虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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5:失意と決意

 あの爆発騒動によって授業は中断。 ルイズとアビゲイルは煤や破片まみれになった無残な教室の床に箒をかけていた。

 さっさっ、と箒の音だけが聞こえる教室にほかの音は何もなく、二人の会話も全くなかった。

 

 

 ルイズは完全に自信を無くし、何かをする気力さえほとんどなくなってしまっていた。

 自分は確かにアビゲイルを召喚した。魔法を使うことに成功したのだ。だからこそ自分はもう今までとは違う、もう魔法を失敗することなんてない。そう思っていた。

 

 しかし現実はあまりにも非情。

 たった一度成功したからと言って、何かが変わるわけでもなかった。

 否―――そもそも、あの召喚だって成功してないのではないだろうか?

 アビゲイルは記憶喪失になって召喚されてきた。それは召喚される前にボロボロになったショックで記憶を失ったものだと思っていた。

 しかし、自分の召喚魔法が失敗しているせいで記憶を失ったのだとしたら?

 そもそも順番が違っていて、自分の失敗の爆発でボロボロになってしまっていたら?

 コントラクト・サーヴァントだってまだ行っていない。もしかしたら、召喚自体はできたもののコントラクト・サーヴァントができないという可能性だってある。

 

 ルイズは暗い思考から抜け出すことができず箒を固く握りしめ、涙が零れ落ちそうになるのを歯を食いしばって堪えながら箒を動かし続けた。

 

 

 一方、アビゲイルは今にも壊れてしまいそうなルイズを見て、なんて声をかければいいのかわからなかった。

 

「今回は失敗しちゃっただけよ」―――違う。 偶然の失敗じゃないことはあの表情を見ればわかる。

「頑張れば、いつかきっとできるようになるわ」―――違う。 彼女はずっとそう信じてきて杖を振っていたはずだ。

 

 頑張れ、元気を出して、諦めちゃ駄目。

 アビゲイルの頭の中に励ましの言葉が思い浮かんでは消えていく。

 

 そう、結局のところルイズを励ますための言葉は思い浮かべはするのだが、記憶の無い自分にルイズの痛みを共有することはできないのだ。その痛みが分からないのであれば、どんな言葉も綺麗事。ルイズには届かない。

 なんて声をかければルイズは元気になるだろう。笑ってくれるだろう。そう考えながら何もできない自分の不甲斐なさに顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして片付けが終わりに近づく頃、ルイズは相変わらず顔を俯かせたままだが、静かに口を開いた。

 

「……『ゼロ』のルイズ。これで私の系統が何なのかわかったでしょ」

「ぁ……それは……」

 

 先ほどの生徒からの罵声の中に混ざっていた『ゼロ』という言葉、それを理解してしまっていたからか、アビゲイルの言葉じりは気まずそうに萎んでいった。

 

「才能『ゼロ』、成功確率『ゼロ』。 ……ずっとそう言われてきた。すごく悔しかった」

 

 爆発するたびに嗤われ、他の生徒が魔法を成功させるたびに「どうして自分はできないのだろう」と悩んだ。自分はヴァリエール家の三女。才能云々であれば、あれほどまでに優秀な姉たちの妹である自分が何故、と苦しんだ。

 

「それでも私、必死に勉強して、魔法の練習だって何回もしたわ。……それなのにコモン・マジックの一つも使えやしない。 一生使えないんじゃないかって、すごく怖かった。 ……でもね、もしかしたら、切っ掛けがあれば使えるようになるんじゃないかって思ってたの。だから、あんたを召喚した今ならきっと……なんて思ったけど」

 

 ぽつりぽつりと溢れる言葉には期待を裏切られた、という悲壮感ありありと見て取れる。

 きっかけがあれば変われるかもしれない――そう信じることで、何度馬鹿にされても曲げずに努力し、立ち続けることができた。どれだけ苦しくても、たった一つの希望があれば耐えることができたから。

 

 

 ――しかしルイズは何も変わらなかった。

 たった一つの希望にさえ裏切られ、力なくルイズは続ける。

 

「『使い魔は主を映し出す鏡である』って言葉があるのよ」

 

 キュルケは火のメイジ。 そしてその使い魔は美しい火蜥蜴(サラマンダー)

 タバサは風のメイジ。そしてその使い魔は教師をも驚かす立派な風竜(ウィンド・ドラゴン)

 

 二人がどれ程のメイジなのかルイズには分からなかったが、少なくともあのような上等な使い魔を召喚出来たということはメイジとしての格が高いという事に他ならなかった。

 そして自分が召喚したのは平民。 なんの力も持たない、魔法とはかけ離れた幼い少女。使い魔が主人をあらわすなら、つまり。

 

「私は人を――あんたみたいな平民を召喚した。……きっとそれが真実だったんだわ」

「―――っ」

 

 絞り出すような声量で呟いたが、静かな教室に響き渡り、アビゲイルの息をのむ音だけが聞こえた。

 言葉にしてみてから、ルイズはハッとする。これではまるでアビゲイルを責めているような言い方ではないか。

 そんな理不尽な事を言われて、アビゲイルは呆れているだろうか。 それとも「なんて勝手な」と怒っているだろうか。

 ルイズは気まずそうにゆっくりと顔を上げる。そこには酷く悲しそうな表情を浮かべたアビゲイルがいた。

 しかしそれでも励ましの言葉をさがしていたのだろう。アビゲイルは何度か口を開き何かを言おうとするが、直ぐに閉口してしまうという事を繰り返す。

 

「……ごめん、あんたを責めるつもりじゃなかったの」

 

 ルイズは力なく謝罪を述べ、再び口を閉ざして顔を逸らす。

 口を開けば、再びアビゲイルを傷つけることになる。そう思って、これ以上の会話をすることを止めた。

 

 それから二人は再び会話をすることなく、掃除が終わるとルイズは「ちょっと部屋で休むわ」と言って一人で教室から立ち去って行った。

 

 

 

===========================

 

 

 

 ぽつんと一人残されたアビゲイルはルイズの事を考えていた。

 ルイズに言われたことはショックだったし、記憶喪失になってしまった自分などではなく、もっと別の誰かがルイズの使い魔であれば、あの時彼女を励ますための言葉の一つや二つ簡単に見つけられたのかもしれない。

 教室の椅子へと腰を下ろし、どうすればよかったのかしら、と呟く。

 

「……それにしても皆ひどいわ。 あんなに笑わなくたっていいのに……」

 

 口をへの字にしてルイズを馬鹿にしていた生徒や、それに一緒になって笑っていた生徒達の顔を思い出す。その中でも金髪でぽっちゃりとした、前髪がふんわりと巻いた部分が少し特徴的な少年が最も特徴に残っていた。

 ゲラゲラといつまでも笑っていたその姿は言われた本人でないアビゲイルでさえかなり不快だった。

 

「〜〜っ!もう!もう!あの人のばか! 私のばか!」

 

今更になって、自分への不甲斐なさとあの少年へ文句を言ってやりたい気持ちがごちゃ混ぜになった怒りがふつふつと湧き上がり、アビゲイルはバシバシと怒りのままに自分の太腿をグーで叩いた。

 

「あら、随分とお怒りね?」

「きゃあああ?!」

 

 教室の壊れた扉から突然顔をのぞかせるキュルケに思わず悲鳴を上げる。くすくすと笑うキュルケを見て、先ほどの行動を見られてた可能性があると思い、アビゲイルは少し恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じながら目を泳がせた。

 

「……見てた?」

「可愛かったわよ」

 

にっこりと笑顔で答える。

アビゲイルは赤くなる顔を抑えながら、うー、と唸り、

 

「え、えっと。 それで、どうしたのキュルケさん」

「……あー、ほら、もうお昼じゃない? だからまた一緒にどうかと思ってね」

 

今度はキュルケの目が少しだけ泳いだ。

アビゲイルは首を傾げるが、直ぐにあっと思い当たり、顔を綻ばせる。

 

「優しいのね、キュルケさんは。 でも残念だわ……ルイズは先に部屋に戻って行ってしまったの」

「な、なんであの子が出てくるのよ」

「隠さなくってもいいのに。 ルイズの事、心配してきてくれたのでしょう?」

 

 キュルケはぽりぽりと頰を掻く。それから、はぁ、と小さくため息を吐き、降参と言わんばかりに両手をひらひらとさせる。

 

「……まぁ違くはないんだけどね。 あの子、魔法の失敗自体はこれまでに何度もあったし、周りから揶揄われるのもいつものことだったけど、あの落ち込み方は初めて見たわ」

「そうなの……?」

「えぇ。あの子、プライドだけは一流でね。どれだけ周りから何言われても全然折れないのよ。きっと沢山悩んでるんでしょうけど、真っ直ぐ前だけ見ていて、人前で弱音を吐いた所なんて見たことない」

 

 そういう所が応援したくなるのよ、と言いながらキュルケは小さく笑う。

使い魔召喚の儀(サモン・サーヴァント)の時もそうだったが、ルイズは何度失敗したって諦めなかった。何度も呪文を唱え、その度に爆発して髪がぐしゃぐしゃになり、土煙に巻かれて咳き込んでも、その目だけは決して死ぬ事は無かった。

 だから呪文を唱えた後の煙が晴れるに連れて、その煙の中になにかが見えた時、キュルケはつい大声を上げ、ルイズと同じぐらい――もちろん表にはだしてやらないが――喜んでしまった。

 

「よく見ていらっしゃるのね。さすがお友達だわ」

「……アビーちゃんからかってるでしょ」

「ふふふ、そんなことないわ? 良いお友達だと思う」

「それ、ルイズが聞いたら発狂するからね」

 

 ヴァリエールとツェルプストーの因縁は深い。

 ルイズの実家ヴァリエール家とは領地が国境を挟んだ隣同士であり、先祖が何度も戦いを繰り広げてきた上に、「ツェルプストー家がヴァリエール家の恋人を奪った」という事例がいくつもある――いわゆる仇敵同士の間柄なのである。

 

「それでも二人はお友達だわ。 喧嘩するほど仲がいいって、きっとこういう事だと思う」

 

 くすくすとアビゲイルは笑った後、すぐに真面目な顔になると、

 

「ねぇ、キュルケさん……ルイズは立ち直れるかしら? 」

「分からないわ。 あの子は今までずっと一人で戦ってきた……だけど今はもう違うでしょう? もし立ち直れそうにない時は貴方が支えて上げてちょうだい」

 

 不安そうに問うアビゲイルの頭をぽんぽんと撫でてキュルケは笑う。

 アビゲイルもつられて小さく笑うと、力強く頷いた。

 

「……! ええ、任せて!」

 

 何ができるかわからない、だけど、ルイズがそうしてくれたように泣いていたら抱きしめてあげよう。

 胸を張って、アビゲイルがそう決意した直後、

 

 きゅぅ

 

 と、アビゲイルのお腹が空腹を訴え始めた。

 あわててお腹を押さえるが、なってしまった事実はもう取り消せない。

 キュルケにもしっかりと聞こえていたようで、くすくすと笑うと、

 

「さ、とりあえず食べに行っちゃいましょ。 ルイズの分は食堂へ行ったついでに部屋に運んでもらうようお願いすればいいでしょ」

 

 と気を使ってくれる。

 アビゲイルは「え、ええ…」と顔が再び赤くなりながらも頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 




まるでキュルケがメインみたいだあ……(おったまげ)

魔法が成功しない→でも召喚できてるじゃん!の流れは二次創作では王道だけど、ルイズが「召喚できたんだから成功するでしょ!」って意識で臨まれると、失敗魔法がなぜ爆発するのか?に焦点を当てないと励ますの難しそうですね。そしてそれにはある程度魔法の存在を知る使い魔じゃないと指摘できない……助けてキュケオーンのキャスター!!
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