虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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6:メイドと食堂の喧騒-1

キュルケとアビゲイルは昼食をとるために今朝と同じくアルヴィースの食堂を訪れる。

 今朝とは違い教室での一件があった為、既に生徒たちの多くは席に着いて食事をしながら歓談をしている時間であった。

 並んでいるのは今朝とは違った料理ではあるがさすがは貴族の料理といったところか。食欲をそそる良い匂いが鼻腔をくすぐり、再びアビゲイルのお腹がきゅうと鳴ってしまう。

 しかし教室でお腹を鳴らしてしまった時とは違い食堂は騒がしく、今の流行りだとか、誰が気になっているだとか、そういった世間話や恋愛話にかき消されていった。

 すぐにでも料理にありつきたいが、遅れてきてしまった為その前に食事の配膳とルイズへの食事を部屋に運んでもらえるよう誰かに頼まなくてはならない。キュルケには座席を確保してもらうために一度別れ、自分は配膳を頼めそうな人がいないか探しに行くことにした。

 食堂を見渡せば、黒髪のメイドがケーキを運んでいるのが見えたため、声をかけることにした。

 

「あの、ちょっといいかしら」

「? はい、どうかなさいましたか?」

「ちょっと遅れちゃったのだけど、二人分のお料理をお願いできるかしら。 ……それと、ルイズのお部屋に昼食を一人分運んでもらいたくって」

「はい、構いませんよ。 ……あの、もしかしてミス・ヴァリエールの召喚した使い魔の方でしょうか?」

 

 黒髪のメイドは『ルイズ』という単語と見慣れない格好をしたアビゲイルを見て思いついたように質問をする。

 

「ええ、そうだけど……」

「やっぱり!私たちメイドの間でも噂になってたんですよ。ミス・ヴァリエールが平民の女の子を召喚したって」

「そう……なの」

 

 教室での噂話の所為で噂、と聞くとあまり良い印象がないアビゲイルは少しだけ微妙な表情を浮かべて相槌をうつ。もしかしたら平民を召喚したのかと馬鹿にされていると思ったからだ。

 しかし黒髪のメイドは馬鹿にしたような様子もなく、むしろ嬉しそうに笑いながらアビゲイルの手を握って言った。

 

「悩んでる事とかがありましたら何でも言ってくださいね! 折角の平民同士なんですから、遠慮しなくていいですよ!」

 

 とたんに声が大きくなるこのメイドは、ただ単に平民仲間ができて嬉しいだけらしい。

 それが自分より年下の可愛らしい少女ともくればテンションが上がってしまうのも仕方のない事だった。

 きゃっきゃと舞い上がりながら、手をぶんぶんと上下に振るメイドを他所にアビゲイルは「ありがとう」と苦笑いを浮かべる。しかし折角だから仲良くなりたいと自分も思い、自己紹介をする事にした。

 メイドの名前はシエスタというらしく、ラ・ロシェールという場所の向こうにあるシエスタの故郷、タルブ村からはるばる学院に勤めに来たのだという。少しばかりの垂れ目に顔にはうっすらとそばかすがあり、この場所では珍しい黒髪も相まって優しげな印象を受ける。

 貴族たちの洗濯物やベッドメイキング等、身の回りの世話は全てこの学院のメイドが行っているらしく、今は配膳を終え、デザートのケーキを配りに回っているらしい。

 アビゲイルはシエスタとの自己紹介を終えると、ワゴンの上に乗せられたケーキに視線を移す。そこには瑞々しく大きな苺が贅沢に乗せられたショートケーキがいくつも乗せられており、ついつい目を輝かせて見入ってしまった。

 

「そ、そのケーキは私もあとで頂けるのかしら…?」

 

 まだ食前だというのに、食後のデザートにすっかり心を奪われてしまう。

 背丈こそあまり変わらないのだが、子供らしいアビゲイルの様子にシエスタは、

 

「ええ、もちろん。 食事の後にまた声をかけていただければ持ってきますよ」

 

 と、くすくす微笑ましいものを見るように笑った。

 

「ケーキ、お好きなんですか?」

「ええ! 甘ーいショートケーキも好きだけど、塩気のあるパンケーキも大好きよ!」

「へぇ……例えばどんなパンケーキがお好きなんですか?」

 

 シエスタが興味深そうに問うと、アビゲイルは待ってましたと言わんばかりに表情を輝かせる。エピソードは忘れてしまったが、それが自分の知る中で一番美味しいと覚えていた。記憶のヒントになるかもしれない、という考えなどカケラもないアビゲイルは嬉々として前のめりに語り出す。

 

「よくぞ聞いてくださいました!パンケーキと言ったら勿論!ふわっふわのパンケーキにとろっとろのバター! カリッカリに焼いたベーコンを載せていただくの!あぁ、想像しただけでよだれが出てしまいそう……」

 

 厚めのパンケーキにじわりと溶けたバターが滑り、カリカリでジューシーなベーコンが存在感を出す。卵なんかを載せても間違いなく美味しいだろう。

 うっとりと頰を抑えて語るアビゲイルを見て、シエスタはたしかにそれは美味しそうだと思った。

 

「うふふ、それなら今度コック長へ作ってもらえるよう頼んで見ましょうか。話を聞いていたら、私も少し食べて見たくなってしまったので」

「えっ……本当?!ありがとうシエスタさん!」

 

 嬉しさのあまりここが食堂である事も忘れてぴょんぴょんと飛び跳ねてしまうが、くすくす笑いながらも優しくシエスタに宥められ、周りの人に慌てて「ごめんなさい」と謝罪をする。

 

「それじゃあシエスタさん。 キュルケさんが待ってるから戻るわ」

「はい。 直ぐにお料理もお持ちしますね。 ミス・ヴァリエールのお部屋にも運んでおきます」

 

 それでは失礼します、魔法学院のメイドらしく上品に礼をすると顔を上げ、再び笑顔を交わした後、アビゲイルはキュルケの元へと戻る。

 それから間も無くして料理が並び、既に空腹感が限界に近かったキュルケとアビゲイルは絶品の料理に舌鼓を打ちながら食事を進める。

 食事をしながら二人はさまざまな会話をした。火の魔法の素晴らしさや曜日の数え方、学園の施設について、そして先ほど仲良くなったメイドのシエスタについてやその時に話に出した絶品のパンケーキなど、他愛もない会話から為になる事まで、いろんな会話を交わしながら楽しい食事の時間を過ごした。

 

 しばらくして食べ終わり、次はルイズとも一緒に食べたいな、そう思いながらご馳走さまと行儀よく両手を合わせた。

 

「さてと、それじゃあキュルケさん、デザートのケーキをいただいてくるわ」

「はぁーい、お願いね」

「ええ!」

 

 そう言ってアビゲイルは再び席を立ち、シエスタを探し始める。

 ちょうど良い満腹感で動くのが億劫であったが、あの大きくて真っ赤な苺のったショートケーキのためならば仕方がない。デザートは別腹とよくいうが、確かに想像するだけで胃が動き、ショートケーキの為のスペースを生み出していくのがわかる。

 

 るんるんと上機嫌で歩いていると、あら、という声が聞こえてアビゲイルは振り返る。

 するとそこにはいかにもお嬢様と言ったような少女が立っていた。

 きちんと手入れがされている髪はさらさらと触り心地が良さそうであり、大きな深紅のリボンとくるくると見事な縦ロールが『お嬢様』と言った感じを際立たせる。

 

「元気になったみたいね」

「え、えっと……あ!」

 

 誰だろうと頭を巡らせていると、料理とは違った独特の良い香りが鼻をくすぐり、ハッとアビゲイルは今朝のルイズの話を思い出す。

 自分が召喚された時にボロボロだったため、貴重な水薬を誰かから手に入れて治療する必要があったと言っていた。そして水薬を譲ってくれると申し出てくれたのが『香水』のモンモランシーだったのだ。

 

「モンモランシーさん……よね! 私の怪我とか治してくれたってルイズから聞いたわ。 本当にありがとう!」

「別にそれは良いわよ。 全く、どんな火遊びをしたらあんなになるんだか」

 

 溜息を吐きながら質問をされるが、それを答えるための記憶は生憎持ち合わせていない。

 答えられない物は仕方ないので、正直に「ごめんなさい、覚えてないの」と言うと「なら仕方ないわね」とそこまでの追及はしてこなかった。

 恐らく嫌な事をあまり深く思い出させまいというモンモランシーなりの気遣いなのだろう。傍から見ればツンとしたお嬢様だが、貴重な水薬を譲ってくれるほどに心根の優しい少女なのだとアビゲイルは思った。

 

 モンモランシーはアビゲイルに声を掛けたものの、しきりに辺りをきょろきょろと見ている。

 もしかして自分と同じくケーキを貰うために適当なメイドを探しているのかと思い、聞いてみることにした。

 

「モンモランシーさんもメイドさんを探してるのかしら?」

「え? ……ああ、違う違う。もう私ケーキは食べたし」

「そうなの?じゃあ何を探してるの?」

「……ギーシュっていうんだけど、そいつを探してるのよ。金髪でちょっと気障なやつ」

 

 聞いたことのない人物の名前が出たため、アビゲイルは小さな声で名前を反芻する。それからどんな人物か聞いてみると、薔薇の杖を持っている事、胸元がぱっかりとはだけていることなどが挙げられた。どうやら一緒に昼食をとる約束をして居たらしいのだが、何の連絡もなしにすっぽかされてしまったらしい。

 不機嫌そうな顔をして周囲を睨みまわすモンモランシーにアビゲイルはちょっとだけ怖いという印象を持ちながらそれを表に出さないよう苦笑いを浮かべた。

 

「じゃ、じゃあ私がそのギーシュさんを見つけたら教えてあげるわ!」

「ええ、ありが―――」

 

 ピシリ、とモンモランシーの表情が固まる。目線の先は食堂のテーブルとはまた別に食事をとる事の出来るテラス席であった。

 

「――どうやらその必要はなくなったみたい」

 

 モンモランシーはにっこりと笑みを浮かべたと思いきや、明らかにぶち切れているのがわかる程両手の拳を握りしめ、顔を薬缶の様に沸騰させていく。それからズシンズシンと歩いているとは到底思えない素早さでテラス席へと歩いていってしまった。 

 触れたら大やけどしてしまいそうなモンモランシーの姿にアビゲイルは「ひっ」という情けない声を出してその背中を見つめていたが、少しだけ遅れてその後ろをついていく事にした。




ちょっと長くなってしまったので半分こしました。
アビーにはいろんな人と仲良くなってもらいたい……

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