虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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7:メイドと食堂の喧騒-2

 

 

 

 

 

 

「この浮気者!!もう知らないんだから!!」

 バチン!! と怒り狂うモンモランシーの平手が繰り出されれば、それを受けた金髪の少年――ギーシュは派手に吹き飛ばされる。

そして芝生へ倒れたギーシュには目もくれず、「さようなら!」と吐き捨てると何処かへ去って行ってしまった。

 その場にいたシエスタと後から追いついてきたアビゲイル、それに周りの野次馬達はヒステリックな叫び声に誰しもが戦慄してるというこの状況。

 何が有ったのかとアビゲイルがシエスタに尋ねてみれば、どうやらギーシュの服のポケットから落ちた小瓶を拾って渡したところ、その小瓶はモンモランシーからの贈り物の香水だったようで、ギーシュと共にいた1年生の少女がモンモランシーとギーシュが付き合っていると勘違いしたという。

 それでギーシュの事を慕っていた一年生が泣きだしてしまい、騒ぎを聞きつけてつい先ほどここに来たモンモランシーは自分との約束を破って一年生と遊んでいた事に怒って……といった事らしかった。

 

「……それ、要するに二股って事?」

「ま、まぁ、そういう事ですね……」

 

 アビゲイルは溜息を吐く。

 派手に吹き飛ばされるギーシュを見た時は余りにも痛そうだったからすこし同情してしまっていたが、話を聞いてみれば完全に自業自得。悪い事をすると神様はきちんと見ていて、天罰が下るんだなと心に留めた。

周りの生徒達は最初こそモンモランシーの剣幕に怯えて言葉を発しなかったが、モンモランシーが去ってから暫くすればギーシュを囃し立てる生徒がチラホラ見え始めた。

 当の色男の頰には真っ赤な紅葉模様が張り付き、かなり痛むのか頰を抑えて悶絶しているため、野次馬に言い返す元気も無さそうであった。

 

 アビゲイルとしては、モンモランシーは怒って何処かへ歩いて行ってしまったし、自分は周りの生徒のように自業自得でフラれたこの男を笑う趣味はなかったため、さっさとこの場を去ってケーキを食べることにした。

 

「シエスタさん、もう行きましょう」

と声をかけ、この場を去ろうと背を向けて歩き出そうとした直後、

 

「待ちたまえ」

 

 と、背後から声が聞こえたと思えばギーシュはゆっくりと起き上がる。

 相変わらず真っ赤に熱を放つ頰を抑えながら、キッとシエスタを睨み付けると、激しくシエスタを非難し始めた。

 

「どうしてくれるんだ!君の軽率な行動で二人のレディの心に傷を負わせてしまったではないか!!!」

「もっ、申し訳ございません!」

「君がもっと気を利かせてくれれはこんな事にはならなかった!そうだろう!?」

 

 シエスタは怒鳴られ、「はい……」と反論する事もせずに、びくりと肩を震わせて小さくなりながら謝罪を繰り返す。ギーシュ自身、これは完全な八つ当たりだと理解はしていたのだが、まだまだ彼も子供。頰の痛みと周りの野次、それらがやり場のない怒りとなって堪えられなくなってしまったのである。

 その様子を見てゲラゲラと周りの生徒は笑いを浮かべて事の経緯を見守っていた。貴族に叱られる平民、という構図は普遍的であり娯楽にもなったからだ。調子のいい子供は意外と残酷なのである。

 平民を見下すものは皆にやにやと笑い、そうでないものもあまり関わりたくないように遠巻きに見ている。

 

 しかし、この場にたった一人意義を申し立てる人間がいた。

「そんなの……そんなの理不尽すぎるわ!シエスタさんだって、厚意で落し物を拾っただけなのに」

 

 突然割りこむ声にぴしり、とシエスタとギーシュの表情が固まる。そんな人間が現れるとは微塵も思っていなかったからだ。

 誰だ誰だと声のでどころを探していると、シエスタを庇うようにしてアビゲイルが前に飛び出る。イレギュラーの乱入に対して生徒達は物珍しそうに目を丸くしたあと直ぐににやにやと笑って、

 

「そうだぞ!」

「その女の子の言う通りだ」

「いい平手打ちを貰ったじゃないかギーシュ!」

 

とますます囃し立てた。

 

「な、なんだね君は。 貴族に向かって口答えしようと言うのかね?」

 

 突然の出来事に一瞬怯むが、相手が平民だとわかるとすぐに余裕のある表情を浮かべた。そして余裕そうな表情の中に苛立ちを隠せない様子だ。

 ギーシュとは対照的にシエスタはアビゲイルを視界に捕らえると元々恐怖で青ざめていた表情を更に青くし、ぶるぶると震えながらアビゲイルの袖を掴んだ。

 しかしアビゲイルは毅然とした態度で続ける。

 

「だ、だめ、アビーさん」

「全部自業自得だわ! モンモランシーさんだってずっとあなたのことを探していたのに。人の所為にしないでちゃんとあの二人に謝って!」

 

 アビゲイルを止めようとシエスタが慌てて言うが、アビゲイルは止まらずに主張する。

 貴族が平民に謝罪を求めるというシーンは普遍的であるがその逆、平民が貴族に謝罪を求めるなんて見たことも聞いたこともない。

 生徒達はますます笑い声をあげ、ひどいものには笑い転げているものまで現れた。

 

「お、おいギーシュ。 ふふ、はははは!ぐうの音も出ないなこれは!」

「人の所為にするなよ二股男ー!」

 

 完全にアウェーになったギーシュはあまりの屈辱に余裕そうな表情が崩れ、真っ赤な顔でアビゲイルを睨み付ける。

 

「……この僕を……貴族であるこの僕をコケにしてただで済むと思っているのか?」

「悪いのはそっちよ。そこに平民も貴族も関係ないわ」

「いいや、関係あるね。平民とは貴族に傅くものだ!平民ごときが、貴族に向って口答えをして良いはずがない!……ああ、もっとも君は知らなくても仕方のないことかもしれないね。『ゼロ』のルイズの使い魔くん」

 

 ギーシュは怒りに任せて叫んでから、はっとして気づく。

 真っ黒な服に帽子、そして沢山のリボンをした金髪の女の子――この少女はあの『ゼロ』のルイズが召喚したという使い魔ではないか。

 心底馬鹿にした様子を浮かべて主人のあだ名を呼んでみれば、アビゲイルの表情が険しくなった。

 

「落ちこぼれの『ゼロ』だと思えば、使い魔教育の才能も『ゼロ』だったということか。さっきもそうだが、あの落ちこぼれは人に迷惑しかかけないな。全く、身の程をわきまえてさっさと退学でもしてしまえば良いものを」

「なっ……」

「だってそうだろう?今だってこうして君という使い魔の教育が出来ていないせいで僕は不快な思いをさせられているんだ」

 

 興奮して頭に血が上っているせいかよく口が回り、言ったこともないような誹謗中傷が出てきてしまうが、ヒートアップしていたギーシュは止まることをしらない。次から次へと口から吐き出されるこの場にいないルイズへの罵声はエスカレートしていった。

 あまりの言いっぷりに、「流石に言い過ぎじゃないか……?」という声がちらほら上がるが、ギーシュの頭は完全に冷静さを欠いており、その声は耳に届かない。

 

「魔法も使えない癖にプライドばかり高い。全く、格好悪くて見ていられない。貴族失格だよ」

 

 いつのまにか誰かを貶め、自分のなかの苛立ちを解消することだけが目的にすり替わった罵声。

 周りは完全に引いていたが、ギーシュは言ってやった、口で言い負かしてやったと勝ち誇った気分に浸っていた。現にこの使い魔が俯き、肩を震わせているのが何よりの証拠ではないか。

 最も、この口論に勝ちも負けも無いのだが、熱くなっていたギーシュにはそれを理解するほどの余裕がなかった。

 

しかし、

 

パン!という乾いた音が響く。

誰しもが一瞬何が起きたのか理解できずにいたが、やがて平民の少女が貴族であるギーシュの頰を叩いた事を認識した。

 

「――違う」

 

 アビゲイルは否定する。

 小さな口から絞り出された言葉は決して大きいものではなかった。それにもかかわらず、強く怒気を孕んだ言葉だと理解できた。

 いつのまにか顔を上げ、キッと鋭くギーシュを睨みつける目は、隣で見て見たシエスタも生唾をごくりと飲み込んでしまう程の気迫があり、ギーシュは頰を押さえてたじろいた。

 

「ルイズは誰よりも立派で、誰よりも貴族らしい人だわ」

 

 アビゲイルは言う。

 プライドばかりが高い。

 それは確かに、他人の目から見たらそうなのだろう。

 しかしそれはキュルケが尊敬するとまで言っていたルイズの決して折れない、強い心の現れだ。

 どれだけ努力を積み重ねても結果が出ず、色々な人に蔑まれても腐らずに高いプライドを持ち続けて努力をする。

 時には他人を妬み、どうしようもなく落ち込む時は何度もあっただろう。

 それでも前を向こうとするルイズを貴族(貴い人)と呼ばずして何と呼ぶのか、と。

 

 ルイズに召喚されてからそれほど時間は経っていない。その為、彼女という人間がどういう人間なのか、それを知る機会はそう多くなかった。

 しかしそれでも彼女の優しさを知る事ができたし、彼女の血の滲むような努力はキュルケが見てきた。

 それを『貴族失格』などと言い、否定するのだけはどうしても許せないのだ。

 

「あなたみたいに人を傷つけて、それを人のせいにしようとする人の方がよっぽど貴族失格よ。魔法が使えなくたってルイズみたいに必死に努力して、真っ直ぐ自分に向き合っていける人の方がずっと格好いいわ!」

「―――ッ!」

 

 ギーシュは一瞬体の熱が急速に冷めていくような感覚に襲われた。ぐさり、とアビゲイルの言葉が胸に刺さったからだ。

 実らない努力。ドットの自分。アビゲイルの言うそれは決して自分の知らないことでは無かった。

 目を逸らしそうになるが、必死に堪えて睨み返す。そう言われて目を逸らしてしまえば、自分の非を(諦めた自分を)認めたことになるからだ。

 それに平民に手を出された以上、これ以上黙っているわけにもいかない。

 

「……今の行動、到底許される事ではないが大目に見よう。しかし僕の事を『貴族失格』だと言ったことは看過できない」

「……」

「何もできない『ゼロ』のルイズの方が格好いいだと?馬鹿げている!そんなわけある筈がない!」

 

 ギーシュは怒り、というよりも悲鳴のような叫び声をあげて否定する。

 生徒たちはワイワイとはやし立てるばかりでその様子の変化に気づくことはなかったが、アビゲイルとその近くにいたシエスタだけは様子の変化をわずかに感じ取っていた。

 ギーシュはポケットから薔薇の杖を抜き出してびっとアビゲイルへ突きつけて激しく宣言する。

 

「君に決闘を申し込む! 多少痛い目をみて貰えば不躾な使い魔くんも少しはお利口になるだろう! 君の主張が正しいというのならば僕と戦ってそれを証明して見せろ! 場所はヴェストリの広場だ!」

 

 もっとも臆病風に吹かれて逃げ出してもいいがな、と言うとギーシュはマントを翻し、眉間に深くしわを寄せながら去って行った。野次馬の生徒達は面白いものが見られると沸き立ち、いい場所で決闘を見られるようにとヴェストリの広場へと駈け出して行った。

 『決闘』などといえばそれらしくも聞こえるが、これは魔法を使える『貴族』と何も持たない『平民』が主役を務めるもの。つまり、一方的な懲罰に他ならなかった。

 それを理解していたシエスタはぶるぶると震え、涙を流しながらアビゲイルの腕をがしりと掴む。

 

「あ、あなた殺されちゃう……今からでも謝りましょう! ミスタ・グラモンも今ならまだ、許してくださるかも!」

 

 懇願するシエスタの腕をそっとはずし、ゆっくりと首を横に振る。

 

「シエスタ、私をヴェストリの広場に案内して」

「アビーさん……!」

 

 シエスタはくしゃりと表情を歪め、まるで懇願するようにアビゲイルに縋り付いた。ヴェストリの広場へとアビゲイルを連れていくということ、それはまるで処刑台に連れ出す役人のようだったからだ。

 この少女を今広場に連れ出せば、間違いなく大怪我を負う。それどころか本当に殺されてしまうかもしれない。

 もちろん、自分のことを庇って貴族を怒らせる事になってしまった事に対しての罪悪感はあった。しかしそれ以上にこの幼い少女が痛めつけられ、苦悶の表情を浮かべさせる事になることが堪らなく恐ろしかった。

 シエスタという少女の持つ優しい心がじくじくと痛み悲鳴を上げる。

 

「お願い。 ここで逃げたくないの」

「どうして……」

 

 顔を上げて見てみれば、さらさらと金糸の様な髪が風に揺れ、その中に見える表情は決意の様な力強さがあった。怖くないのだろうかとシエスタは思い、もう一度アビゲイルの手に触れてみれば、自分の手のひらからアビゲイルの震えが確かに伝わって来た。

 

(怖くないわけない……アビーさんだってこんなに震えてる。 それでも戦おうとしてるんだ)

 

 シエスタにはアビゲイルが何を考えているのか、なぜそこまでして戦おうとするのか分からない。しかしそれでも戦おうとする理由がきっとそこには有るのだ。 それならば、自分ができることはもう、一つしか残っていない。

 

 バクバクと心臓の鼓動が激しく、恐怖で体の震えが止まらない。 シエスタは二度三度と深呼吸をして息を整えた。 それからアビゲイルを一度だけ抱きしめ、ゆっくりとした動きで離れてからヴェストリの広場のある方角へと数歩あるき、振り返る。

 

「こちらです。 ……絶対に無理しないでくださいね」

 

 自分にできることは最後まで見届けることだけ。 恐怖で今にも逃げ出しそうな足に力を入れて再び歩き出す。 シエスタはパン!と自分の頰を両手で叩き覚悟を決めたが、

 

「う、うん……頑張る」

 

と、何とも頼りない返事が返って来たので、シエスタは再び不安になり、広場に着くまでに何度か「やっぱりやめませんか」と聞いた。




ギーシュ戦までながぁい!

クロスもなのにギーシュ相手に怯える主人公アビーちゃん。
普通に考えて青銅で作られた鎧騎士を7体使役するとかめちゃんこつよい……つよくない……?


あと今思ったけどギーシュ主人公のサクセスストーリーを見たことがないのでアヴィケプロン大先生のクロス小説でだれか書いてください。お願いしますなんでもしまむら!

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