虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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8:一方その頃

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、キュルケは食堂で一人待ち惚けていた。

 アビゲイルがケーキを取ってくると言ってから十数分、全く戻ってくる気配がない。それどころか、食堂からちらほらと外へ出ていくのが見える。流石に手近なメイドが見当たらなかったにせよ、時間が掛かりすぎと言えるだろう。

 キュルケの口は既にケーキを受け入れる気満々になっていたため、中々戻ってこない事によって少し口寂しさの様なものを感じていた。 しかしそれよりも心配なのは当然アビゲイル自身の事だ。 

 

「まさか迷子になったのかしら……いや、流石にそんな変な所まで探しに行ってるわけないわよね……」

 

 身長こそルイズと殆ど変わらないものの、中身はまだまだ幼い子供。食事中に話してみれば、意外と好奇心旺盛だということがわかった。興味本位で色々歩き回った結果迷子になってしまった……なんてことも十分に考えられる。

 キュルケは一抹の不安を覚えながら、燃えるように赤い髪をかきあげながら長テーブルへと両肘を着いて「うー」と唸った。

 金髪で長い美しい髪、珍しい黒い服と沢山のリボン、そして透き通った碧眼。 これだけの特徴さえあればすぐに見つけられるはずだ。

 あと5分して戻ってこなかったら、探しに行くとしよう。

 キュルケはそう思いながらアビゲイルの帰りを待った。

 

 

 

 

 

 

 「戻ってこない!!」

 

 ガタッと思い切り音をたてて立ち上がり、キュルケは叫んだ。 不幸にも近くに座っていた男子生徒はビクゥ!と驚き、持っていた水を盛大にこぼした。

 あらごめんなさいね、とウィンクをしながら少し前かがみに謝れば、その誰もが振り返る様な美貌と前かがみになって強調された胸の谷間に目を奪われた男子生徒は鼻の下をだらしなく伸ばしながらキュルケの事をすぐに許した。

 ある意味これはキュルケの持つ得意魔法と呼べるのかもしれない。

 

「……流石に心配よね。 本当に変なことに巻き込まれたりしていないといいんだけど」

 

 ため息を吐いて椅子を机に仕舞い食堂の外へと歩き出す。すると、窓の外に沢山の人が集まっているのを見つけた。

 先ほどからちらほらと外に出ていった生徒たちは真っ直ぐ部屋に戻ったのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 がやがやとその場に立ちながら会話をしている者の集団もあれば、ヴェストリの広場のある方角へ向かって歩き出す集団も見えた。

 男女比で言うならば、その場を動かずに微妙な顔をしているのは女子生徒が多く、これから祭りでも起こるのかと思うほどはしゃいでいるのは男子生徒――特にルイズに対してからかいの言葉を日頃から浴びせている生徒たちが多く見える。

 キュルケは少し嫌な予感がしたが、まずは状況を把握することが先決であると考えた。ひそひそと3人ほどで集まっていた一年生の女子生徒を見つけたため、平然を装い手をひらひらと振って輪に入っていくことにした。

 

「ハーイ、ちょっといいかしら」

「は、はい」

「なんだかやけにあっちの方とか騒がしいけど、何かあったの?」

「それは……」

 

 尋ねてみれば、一人の女子生徒の女子生徒は暗い顔というよりは憐れみのような顔を浮かべた。とても言いにくいことなのだろうかと、キュルケは怪訝そうに眉を顰める。

 

「私たちも遠巻きに見てただけなので詳しい内容はわからないんですけど……ギーシュ様が女の子と口論になって……」

「ギーシュが?あー、痴話喧嘩ね」

 

 その二枚目の見た目から、一年生の女子にそこそこ人気のある男であるが、口を開いてみればナルシストの女好き、というのが同級生の中での共通認識である。 概ね一年生にちょっかいでも掛けて何か問題を起こしたのだろうとキュルケは呆れた。

 

「それで決闘をする事になったんです。 ヴェストリの広場で待ってるって……」

「決闘?貴族同士の決闘は禁止されてるのよ?」

 

 そこまで怒る事だったのだろうかと思いながら、堂々と規則違反をしている事実に再び呆れ返る。しかし、次の言葉で目を大きく見開き、驚愕した。

 

「い、いえ、相手は平民の子だったので規則違反にはならないと思いますけど……」

「え?!」

「だけどなんだか可哀想……あの子戦えそうにないし、きっと一方的に痛めつけられちゃう……」

「ちょ、ちょちょっとまって」

 

 嫌な予感は更に強くなり、憐れみで少し涙ぐむ一年生の生徒を一度止めると深呼吸をする。 まだその平民の子がアビゲイルと決まった訳ではない。 まずは分かりやすい特徴を聞くべきだとキュルケは冷静に判断した。

 

「その平民の女の子はどんな子だった?」

「金髪で真っ黒な珍しい服にリボンが……」

「アビーちゃんじゃない!!」

 

 キュルケは絶叫して頭を抱えた。一年生の子はびくりと肩を震わせる。

 金髪、黒、リボン。 この三点セットはまず間違い無くアビゲイルだ。

 

 キュルケはアビゲイルが記憶喪失であり、またこの世界の住人でないと言う事を知っていた。ルイズとアビゲイルは秘密にしているようだが、実は今朝二人が話しているの部屋の扉の前でを立ち聞きしていたのだ。

 もちろんいい感じのところでノックして入っていくつもりだったのだが、アビゲイルが泣き出してしまった事で入ることもできず、結局泣き止むまで乱入タイミングを掴めずその場にいる事になった、と言う事である。(もちろん静かに退散すると言う選択肢はあったもののそこはキュルケの持ち前の好奇心が勝った)

 

 だからこそ、とキュルケは思った。

 アビゲイルがこれまでに見た事のある魔法は《錬金》とルイズの爆発――これを魔法と呼んでいいかは不明だが――しかないはずだ。

 もちろん食堂で火の系統のスペルについて聞かれた時にいくつか聞かせたが、それを実演した訳ではない。

 つまり、アビゲイルは実戦で使う魔法について、どれほどの危険があるかを知らないはずなのだ。

 彼女の知る、『子供同士の喧嘩』の様には決してならない。

 そこに居るのはドットとは言え、土系統の魔法を操るメイジなのだから。

 

 キュルケは「ありがとう」と一年生に言うと全力で走り出す。女好きのギーシュの事だからそう酷い事にはならない筈だという思いはあるが、決闘を申し込んだとなればそれはどうだか分からない。

 頭に血が上ったギーシュが加減を間違え、最悪殺してしまう……などという未来もあり得るのだ。

 それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 

 走りながら杖を抜きしばらくすると、ヴェストリの広場で人が集まっているのが見えた。幸いにもまだ決闘は始まっていない様子だ。

 ここに向かってきた者の殆どがお祭り気分で盛り上がっている生徒だった為、広場は大勢の生徒たちが一堂に集う食堂よりも遥かに騒がしく、アビゲイルの名前を呼んでも簡単には見つかりそうになかったが、

 

「……いた!」

 

 その目立つ外見からすぐに発見することができた。と言うよりは人集りの中央はこれから決闘をするぞと言わんばかりにぽっかりと空いており、その対面にはギーシュが何時になく険しい表情で立っていた。 対するアビゲイルも真剣な表情ではあるが、やはり緊張しているのか顔を強張らせ、恐怖からか遠目でも少し震えて居るのが分かる。 袖の長い服装であるため、下ろした両手がどうなって居るのか分からないが、きっと硬く握り拳が作られて居るのだろう。

 キュルケは急いで近づいて行くが、既に見やすい位置で見ようとする生徒たちのせいで上手く近づくことができない。 それでも持ち前の身長で何とか顔だけを覗かせる事に成功し、大声でアビゲイルを呼ぶ。

 

「アビーちゃん!」

「! キュルケさん……」

 

 突然聞こえてきたキュルケの声に振り返ると、荒い息を立てながら此方を睨むキュルケの姿があった。 もっとも、キュルケは怒って睨んでいるのではなく、単純に先ほどまで全力で走っていて疲弊していた為にそうなっていたのだが、今まですっかりキュルケの事が頭の中から抜け落ちていたアビゲイルはハッとした表情を浮かべてから、直ぐに申し訳なさそうな表情に変わる。

 

「ご、ごめんなさい。 ケーキ……」

「え? そっち!? そっちはどうでも良いわよ! 危険だから戻って来なさいって!」

 

 予想外の謝罪に素っ頓狂な声を上げて思わずズッコケそうになる。 キュルケは直ぐに勘違いを訂正すると、コホンと小さく可愛らしい咳ばらいをする。 しかしこちら側に戻ってくることは無く、それどころかもう一度だけ「ごめんなさい」と呟くと背を向けて、

 

「……私、此処で逃げるわけにはいかないの」

 

 と、何やら決意を含んだ声で言った。

 一年生の女子生徒から話を聞いただけのキュルケは何がなんだか分からず、アビゲイルが何のために、何故そんな事をしているのか理解できなかった。

 詳しい話を聞かせてもらうために人ごみをかき分けようとするが、「おい、邪魔をするなよ!」と人ごみの輪の外に追い出されてしまった。

 

「ちょっと……もう!」

 

 軽く舌打ちをしながら、どさくさに紛れて尻を触った男子生徒の髪を後で素敵な髪型(燃えハゲ)にしてやろうと心に誓いながらどうするかを考える。 すると、少し離れた所にタバサが本を読みながら佇んで居るのを発見した。タバサがこういう事に興味を示すのは珍しい、と軽く驚きながら近づいていく。

 

「タバサ! 今どうなってるの?!」

 

 と、声を荒げながら問いかけてみれば、タバサは本から顔を上げて目線を送る。 その先を辿ってみれば黒髪のメイドが今にも泣きそうな表情でアビゲイルを見守っていた。

 

「彼女を庇った」

「……ごめん、もうちょっと詳しくお願いできる?」

 

 タバサの表情は殆ど変わらなかったが、キュルケには一瞬面倒臭そうにしたのが分かった。 それでも答えてくれるのは付き合いが長いからというのが大きいだろう。

 

 タバサはゆっくりと事の経緯を話した。

 ギーシュの二股がばれたこと、それをメイドの責任だと怒鳴り散らしたこと、アビゲイルがメイドを庇った後にギーシュがルイズを『ゼロ』と何度も馬鹿にし、直後にアビゲイルの様子が変わった事。

 

 それを聞いたキュルケは今日何度目か分からないが再び頭を抱える。

 

「あぁぁ……そういう所あの子(ルイズ)にそっくりね……」

「……」

 

 ルイズの持つ貴族観は良くも悪くも『立派』であった。 悪い事は悪い、見逃せない、というのは悪い事ではないのだが、余りにも無鉄砲に突っ込んで行くのは考え物である。

 いつだったか、一年生の時に男子生徒と取っ組み合いの喧嘩になり、相手が泣いて謝るまで続いた、という事件があったのをうっすらと覚えている。

 タバサもそれを覚えているのか、こくんと頷き同意を示した。

 

「……それにしてもタバサも珍しいわね。 こういう事に興味を持つなんて」

 

 普段のタバサであれば、こういうときにはさっさと部屋に戻って本を読んでいるのだが、今回はそうではない様だ。

 太陽が照り、食堂以上の喧騒が聞こえるこの状況にも関わらず本を読んでいるのはなかなか器用だと思ったが、部屋へ向かわずこの場に居ると言うだけでも十分に珍しい。

 タバサはキュルケの質問に答える前に、本を片手に持ちながら再び文字を追い始めるが、そのもう片手で壁にあった杖を手に取ると、

 

「心配」

 

 と、一言だけ呟いた。

 それを聞いたキュルケは思わずぱぁっと表情を明るくしてタバサを抱きしめる。

 

「タバサ! 貴方のそういう所最高よ!」

「苦しい」

 

 鬱陶しそうに呟くもキュルケの抱きつく力は弱まらない。 小さく溜息を吐き、それに、とタバサは続ける。

 

「……それに彼女の力に興味がある」

「うーん……多分、タバサが考えているような事には成らないと思うわよ」

 

 キュルケはタバサの言葉に若干の苦笑いを浮かべる。 確かにアビゲイルが召喚された時、全身に火傷や切り傷を負っているのが見えた。 何かに襲われて、逃げていた所を奇跡的に召喚した、というのが他の生徒たちの見解であったが、二人の場合は少し違うと考えていた。

 彼女には全身、つまり彼女の前面側にも切り傷があった。なんの力もない少女であれば、前など向かずに背を向けて逃げ出す、怯えて小さく体を縮める――いずれにせよ、脅威から逃げ出すだけではそこまでの傷はつく筈がないのだ。

 

 だからこそ、何か力を隠しているのかもしれない。 そう考えていたのだが―――

 

(あの子、今は記憶喪失なのよねぇ……)

 

 先ほどのギーシュを前にして震えている姿。 あれは決して力をひた隠しにしている者の態度ではないように思えた。

 であれば、今あそこの輪の中心にいる少女はただの少女。 メイジでも戦士でもない、幼く純粋な心を持つ紛れもない普通の女の子なのだ。

 

「……? そう」

 

 記憶喪失の事について知らないタバサは、自分と同じ予想を立てていた筈のキュルケの様子に小さく首を傾げた。

 

 

 そうこうしている内に人だかりの輪ができている方からワァッ!っと歓声が上がる。 どうやらそろそろ決闘が始まるらしい。

 

「タバサ、アビーちゃんの事お願いね。 なんならギーシュの奴をぶっ飛ばしちゃっていいから」

「任せて」

 

 そう言いながら、キュルケも杖を握りしめてアビゲイルを見守る。

 願わくば彼女がすぐに降参することを祈りながら。

 

 

 

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 ルイズは一人、部屋の中。 マントを椅子に掛け、制服のままでベッドの上に身体を投げ出し、枕に頭を埋めて唸っていた。

 カーテンは閉めきっており、ランプもつけていない為、カーテンからうっすら漏れる光だけがこの部屋を照らして居る。

 何もする気が起きない……もうどうでもいい……そう思って居たのだが、今では別の事を考える余裕ができる程に回復していた。

 つい先ほど部屋に食事が届き、それを食べていたらいつの間にか気分がある程度戻ったのである。

 

 という訳でルイズは現在絶賛自己嫌悪中。

 先ほど教室でアビゲイルに対して少し酷いことを言ってしまったのに、どうやら彼女はわざわざ自分の部屋に料理を届けてくれるよう頼んでくれていた様なのだ。

 優しくて可愛い私の使い魔。

 それなのに私という奴は……

 

「う"ううぉぉ……馬鹿馬鹿私の馬鹿……」

 

 ルイズはおよそヴァリエール家の令嬢とは思えない声でうめき声をあげる。

 声の大きさもそれなりで、万が一キュルケが部屋にいたならこの呪いの様な呻き声を思い切り聞かれていただろうが、幸いにも不在だったので聞かれてしまうという事故は起こらなかった。

 

 ルイズは頭をゆっくりと持ち上げて溜息を吐き、しかしすぐに力尽きた様に再び頭を枕へ埋める。 既に何度繰り返されたか分からない動作であったがその痕跡を残すかの様に髪の毛はぐしゃぐしゃになっていた。

 もぞもぞ動きながら毛を揺らし、呻き声を上げる。 そこに居るのはもはやピンクの怪物であった。

 

 「はぁ……ヤな愚痴も聞かせちゃったし、かっこ悪い所も見せちゃったし、八つ当たりみたいな事もしちゃったし……もう最悪。 アビーが私の事を励まそうとしてたのは分かってたのに……最悪のご主人様よ……」

 

 ピンクの怪物は泣きたくなった。 あんな所を見せてしまって、アビゲイルがどんな印象を自分に持ったのか想像するだけで恐ろしかった。

 せめて嫌われてないといいな……そう思いながらうとうとと眠気が襲ってきた為、ぐしゃぐしゃの髪のまま現実逃避するように眠りについた。

 

 

 

 

 

 それから暫くして、ドンドン!という扉を叩く音に叩き起こされる。 そのあまりに激しいノックに「うるさいわね!」と憤慨して飛び起き、文句を言ってやろうと思い扉を開けた。

 

「なんなのよ!」

「ルイ……キャァァ!!ピンクの怪物!!!」

「なんなのよ!!?」

 

 余りにも失礼な言い分に憤慨すると、目の前で悲鳴を上げるのは金髪の縦ロールと輝くおでこ――モンモランシーだった。

 貴重な水薬を譲って貰うまで接点のほとんど無かった彼女がルイズの部屋を訪れるのは珍しく、ルイズは「何事?」と首を傾げた。

 

「あなた窓の外見た?! 私もさっき気がついたんだけど、大変な事になってるの!」

「はぁ……?」

 

 言われてみれば外が何やら騒がしい。

 ルイズは怪訝そうな顔をして窓にかけられたカーテンを開く。すると、

 

「なっ………何やってんのよあいつは………!」

 

 ルイズは絶句した。 それから直ぐに部屋を飛び出た。

 モンモランシーはルイズの素早い行動に暫く唖然としていたが、髪はともかく、マントぐらい持って行きなさいよと椅子に掛けられたルイズのマントを手に取り、その後を追いかけた。

 

 

 

 




長くなっちゃった!
次回はようやくギーシュ戦です。
オスマン氏の覗き見の話はやりませんが、一応みてはいます。

なんか女子ーズがママみ高くなってる……母性本能かな?


そう言えばちょっと自分では解決できなさそうな疑問があるので、ゼロ使がちょっと詳しい方にお聞きしたいことがあります!活動報告も見てくれると嬉しいです。

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