虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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9:青銅と少女の戦い

 ルイズがいまだ自分のベッドで現実逃避している中、ヴェストリの広場ではいよいよ決闘が始まろうとしていた。

 ワァワァと大いに盛り上がっている人ごみの中心にいるのはギーシュ、そしてアビゲイルだ。 

 見物をしに来た生徒は平民が勝てるわけないだろ、いやいやどんでん返しがあるかも……などと好き放題言いながら賭け事を始めるものや、あの子大丈夫かしら……と心配そうな表情を浮かべるものなど様々な様子だった。

 途中でキュルケの乱入がありそうなシーンが見られたが、今では輪の外に位置し、暫くの間は静観を決めてくれるようだ。

 もっともキュルケと、その隣にいるタバサは杖を持って万が一の時に介入する気満々なのだが、それは中央に意識の向いている誰しもが気が付かないことだろう。

 

 ギーシュは周囲の盛り上がる声に対して何のリアクションも返さずにじっとアビゲイルを見据えていた。

 普段の彼ならば声に応えて手を振ったりと何らかの行動をするのだが、ギーシュの内心は苛立ちと、しかしその熱とは対照的に心が冷え切っていくような奇妙な感覚に襲われていた。

 

 ―――魔法が使えなくたってルイズみたいに必死に努力して、真っ直ぐ自分に向き合っていける人の方がずっと格好いいわ!

 

 目の前にいる少女が言い放った言葉。

 それが頭の中で何度もリフレインし、ギーシュは頭を勢いよく振った。

 

(馬鹿馬鹿しい、無駄な事をする人間の何処が格好いいって? そんなのはただ惨めで、虚しいだけだ)

 

 あの少女の言葉は唯の綺麗事。 唾棄すべき妄言でしかない。

 頭の中では分かっている筈なのに、もやもやとした気分がなかなか晴れずにいた。

 

 ギーシュはそれらの雑念を振り払うように目の前の少女へと語りかけた。

 

「いいのかね、使い魔くん。 彼女の言ったように、危険だからと言って今からでも逃げ出していいんだよ」

「ううん、私は戦う。 貴方からも――ルイズからも逃げない」

 

 アビゲイルは真っ直ぐとギーシュを見て答える。

 

 自分はルイズの事を支えるとキュルケに、そして自分自身に誓った。

 それならば彼女の努力を、その生き方を、馬鹿にされたまま黙っているわけにはいかない。

 彼女のその姿を、他ならぬ、ゼロの使い魔(アビゲイル)がそれを何よりも貴いものだと証明しなくてはならない。

 

 だからこそ、勝たなくては。

 

 アビゲイルは恐怖と緊張で足が震え、両手の指先の温度がどんどん無くなっていくのが分かる。 それでもギーシュを睨み続けた。

 

「っ、……そうか。 ならば決闘を始める前にまずルールを決めようでは無いか」

 

 アビゲイルはこくんと頷いて同意する。

 

「……それなら私が貴方の杖を折ったら、私の勝ちにするわ」

「ほう? 貴族の証たる杖を折るときたか。 良かろう、ならば僕は君自身の心を折るとしよう!」

 

 ギーシュは薔薇を模した自前の杖をアビゲイルへと突き立てるようにして向ける。 ギーシュは呪文を小さく唱えながら杖を振ると、その先端からは造花の薔薇の花弁が一片はらはらと地面に落ちた。

 するとどうだろう。 花弁の触れた地面の土がぼこぼことせり上がり、一体の騎士が現れた。

 

「《クリエイト・ゴーレム》――ワルキューレ。 ……これが『青銅』の二つ名を持つ僕の魔法だ。 さあ、何処からでもかかってくるが良い! 君の覚悟など、僕のワルキューレの前にはどうにもならない事を教えてやる!」

「――ッ!」

 

 ギーシュの叫びと共に、アビゲイルは走り出す。

 ついに始まった決闘に、周りの生徒達はワアッと大いに歓声をあげた。

 

 アビゲイルは何か飛び道具を持っているわけでは無い。 

 それならば取れる行動はただ一つ。 とにかくギーシュへと近づき、彼の持つ薔薇の杖を奪う事だ。 しかし、その為には目の前のワルキューレをなんとかするしか無い。

 アビゲイルは助走をつけて思い切りワルキューレの胴体を蹴飛ばした。 が、

 

 「いいっ?! たぁ……!」

 

 ビリビリと足に反動が返り、アビゲイルの目には痛みで涙が溜まる。

 痛みでじんじんと両足が脈打ち、よろめいて転びそうになりながらも一度ワルキューレから距離を取った。

 ワルキューレは跳び蹴りの勢いに飛ばされないように姿勢をやや丸め、耐える姿勢のまま傷一つ負っていなかった。

 

「はははっ! まさか蹴りなんかで壊れるとでも思ったのかい?」

「ちょ、ちょっと試しただけよ!」

 

 ギーシュが馬鹿にしたように言うと、周りの生徒達もゲラゲラと笑い出す。

 アビゲイルは悔しくなり、むっと頰を膨らませて反論するも、すこしだけそんな淡い期待があったと言う事実も否めない。

 

 (青銅、なんて言うからどれぐらいの硬さかと思ったけど、流石に本物みたいね……土から青銅をつくるなんて、授業の時にやってた《錬金》が基礎になってるんだわ)

 

 アビゲイルは授業を思い出してそう推測し、内心で舌を巻く。 魔法という存在を決して侮っていた訳では無いが、これは想像以上に手強い。

 青銅で作られた騎士を動かすことができるのなら、確かにこれでは『平民』は『貴族』には勝てないと言われるのも分かるものだ。

 

(でも、絶対に諦めない――!)

 

 アビゲイルは再び前屈みになり走り出す姿勢になると、そこから一気にワルキューレへと走り出す。

 また同じ事を繰り返すつもりかい?とギーシュが言い、外野から嘲笑の声が上がるが、アビゲイルは突然ワルキューレの目の前で大きく横に飛んだ。

 

「何?!」

 

 再び跳び蹴りをすると思っていた所に不意を突かれ、ギーシュは叫ぶ。 慌ててワルキューレの耐える姿勢を切り替え、アビゲイルに掴みかかろうとしたが、ワルキューレの指先はアビゲイルの服の裾を掴んだ所でするりと抜けてしまった。 

 ワルキューレの指先もつるりとした青銅でできており、摩擦が少なかった為にその指先から抜けてしまったのだ。

 

 まさか勝っちゃうんじゃないか?!と外野がざわつき、アビゲイルはそのまま一気にギーシュへと距離を詰める。

 ギーシュまであと少し―――という所で、アビゲイルは盛大に転んだ。

 

「きゃうっ!?」

 

 物凄い派手に転びそのままヘッドスライディングでも決めそうになるが、そうはならない。 転びはしたが慣性は殺され、その場に縫い付けられる様に静止しているのだ。

 アビゲイルは全身を打ち付け悶絶するが、それよりも片足首に強烈な痛みが走った。

 違和感を覚えて見てみれば、そこにはがっしりと足にまとわりつく土の手が生え、地面へと縫い付けられていた。

 

「《アース・ハンド》……僕の魔法は一つじゃない。 残念だが、君の疾走は僕には届かないよ」

 

 にやりとギーシュは笑い、もう一度杖を振る。

 背後からがしゃがしゃとワルキューレの発する金属鎧の擦れる音が聞こえだと思えば、アビゲイルはワルキューレに片手で持ち上げられた。

 

「っ…」

「さて僕も反撃といこうか」

 

 

 ワルキューレの力は強く、片腕だけで持ち上げているというのに、その強い握力は大の大人でも抵抗をするのは難しいのではないかと思うほどだ。 このまま空いている手で何度も殴りつけられたら、鍛えてもいない自分の体など容易く折れ砕けてしまうだろう。

 まずい、とアビゲイルはなんとか拘束から逃れようと暴れる。

 しかし非力な自分が力を入れてみても、ワルキューレはびくりともしなかった。

 

 暫く格闘を続けているとアビゲイルは突然宙へと浮いた。

 ワルキューレがブン!とアビゲイルを空中へ放り投げたのだ。

 

 不格好のまま投げ出されたアビゲイルは、受け身も取ることができずに背中から地面へと叩きつけられる。

 

「か、は――」

 

 全身の酸素が一気に吐き出され、背中に鈍い衝撃が広がる。

 それからゴロゴロと勢いのまま芝生の上を転がっていった。

 高さとしては2メートルに届かないほどの高さから地面へと叩きつけられるという事。

 2メートル、といえば大したことがないと思うかもしれないが、受け身も取れずに背中から落ちた時の衝撃は計り知れない。

 

「もうおしまいかね?」

「……まさか。 まだ始まったばかりよ」 

 

 アビゲイルが暫くの間動けずにいると、ギーシュが腕を組みながら声をかける。

 すると苦しそうに息をしながら答え、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……ふん。 ならば何度でもかかってくるがいい! 全て無駄だと君自身が理解するまで、いくらでも付き合ってやる!」

 

 ギーシュはマントをはためかせて叫ぶ。

 それに答えるように、アビゲイルは大きく息を吸い、再び駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれぐらいの時間が経ち、何度この攻防が続いただろう。

 アビゲイルはギーシュに少しずつ迫ることができるどころか、≪アース・ハンド≫を最初に受けて以降ワルキューレを出し抜く事すら困難になっていた。

 

 アビゲイルが左に飛ぶとワルキューレは追従するように素早くサイドステップし、アビゲイルの腕を掴む。

 アビゲイルが右に飛び、再びワルキューレが腕を掴もうとした所を上体を反らして避ける。 しかしワルキューレが更に一歩素早く踏み込み、アビゲイルの胸ぐらを掴む。

 走る、転がる、飛ぶ―――あらゆる方法を駆使しても、ワルキューレの守りを突破することができない。

 ワルキューレは青銅で作り上げられたゴーレムだ。 しかし彼の生み出すゴーレムの最たる特徴はその機動力にあった。

 人間とそう変わらない素早さを、金属鎧で覆われた体で行うことができるというのがワルキューレの武器なのだ。

 

 

 投げ飛ばされ、叩きつけられ、髪の毛や服に芝生を絡めさせながら転がる。

 アビゲイルはもはや何度目かも分からぬほどそれを繰り返し、そして今もまた投げ飛ばされ、倒れていた。

 

「……もう分かっただろう。 無駄なことをしても何も変わらない。 君とてこれ以上の苦しみを続ける必要もなかろう」

 

 ギーシュは仰向けに倒れこんだままのアビゲイルを見下ろす。

 服の至る所は破れ、さらさらと綺麗な金糸の様な髪は見る影も無くぐしゃぐしゃに乱れ、その至る所に草と土を纏わりつかせている。 

 

 ギーシュとて、この無力な平民の少女に本気で殴りつけようとは思っていない。

 もちろん、いくら決闘だとはいえ女性に、それも無力な女の子相手に一方的な暴力を振るうほどギーシュは非道ではないということもある。

 しかし、それとはまた違った理由でその選択を選ばなかった。

 この戦いは言わばプライドの勝負。 彼女自身の口から「参った」と言わせなくてはならない。 彼女の言葉を、彼女自身が間違っていたと否定させる必要があるのだ。

 

 もともと体力がそこまでない少女だったのか、最初こそは乱れた呼吸を整えるために荒い呼吸を何度も繰り返している。 今となってはそれすらも苦しいのか浅い呼吸を細かく繰り返しているに過ぎない。

 何度も転がるうちに口を切ったのか、口の端からはたらりと血が流れているのが見える。

 

 彼女はもう立ち上がれない。

 

 ギーシュはそう確信していた。

 

 だが、その予想は裏切られる。 アビゲイルはゆらりと、まるで幽鬼の様に立ち上がるのだ。

 何度も、何度も、何度も――それが無駄ではないと言うように立ち向かってくる。 

 彼女のその目はいまだ死んでおらず、真っ直ぐと此方を見ている。

 

 ギーシュはこの少女が恐ろしくなり、じり、と一歩後ずさりをした。

 

 何度も地べたを転がり、無様を晒して、どうしてそこまで立ち上がれる?

 ボロボロになって、力の差は分かっている筈なのに、何故そうやって前を向ける?

 

 そんな思考が頭の中をぐるぐると巡り――

 

「!! しまった!」

 

 アビゲイルの接近に一瞬反応が遅れてしまう。 既に彼女は握りこぶしを作って走り始めていたのだ。

 ギーシュは慌てて杖を振り、ワルキューレへを動かす。

 ワルキューレはがしゃがしゃと高い金属音を響かせながら、その高い敏捷性でアビゲイルの胴体目がけて手を伸ばし、服を掴んだ。

 

 しかし、ビリ、という布の破ける音と共にアビゲイルは疾走を続ける。

 何度も転んで脆くなった服の生地を引っ張ったことで、ついに破けてしまったのだ。

 

「何っ…!? だ、だが……!」

 

 素早く≪アース・ハンド≫を唱えてしまえば、それは一番最初の光景の焼き直しになるだけだ。

 周囲の生徒達も一瞬驚いていたが、ギーシュが素早く次の詠唱を始めたことを察して落胆する。

 

 だが、同じ光景の焼き直しにはならなかった。

 

「やあっ!!」

 

 バッっとアビゲイルが握りこぶしを開き、ギーシュへと何かを投擲する。

 それが土だと理解した直後、アビゲイルの手から放たれた土は瞬く間に拡散してギーシュの目を潰した。

 

「ぐあああ!!?」

 

 まずい、まずい、まずい――!!

 視界が潰され、魔法の照準が定められない。

 

 まさか、僕は負けるのか?

 そう思うと冷静では居られなかった。

 縋るような思いで杖を振り、咄嗟に《クリエイト・ゴーレム》を唱える。

 

「ああああああ! ワルキューレッ!!」

 

 悲鳴のように叫び、ただ闇雲に目の前にワルキューレを召喚して暴れさせる。闇雲に振るわれた青銅の腕は―――

 

 ゴッ、っと鈍い音を鳴らした。

 

 




馬鹿野郎(平民の少女が)青銅に勝てるわけないやろ!

何人か予想はされてましたが、ギーシュは極悪ヤンキーではないのでちゃんと手心は加えてくれています(もちろん別の理由もありましたが)

いいところまでは行ったんですがギーシュ奇跡のラッキーパンチです。
そして「え?!本当に行けるんじゃない!?」からのあまりにも偶発的に起こりすぎてタバサとキュルケの介入の判断が遅れる事態。
やっぱ、キュケオーン食べてないからかな……早くキュルケオーンになって。


結構長めに書いたら1話で決着まで行けるかなって思ったけど結局分割です。
申し訳NASUS!

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