まるで、黒焦げの山から火の手があがっているような夕暮れ。
住宅街の片隅、都市型の小さな公園で錆びたブランコが揺れる。
「黒ーく、黒ーく、烏が啼くわ。今夜はあなたを連れていこう……」
ギィ、ギィ、と揺れる、黒衣の少女の歌声は鈴のように、しかし虚ろな響きを湛え、土草の匂う空気に溶けてゆく。
「お歌を作っているのかい?」
ブランコの横に立つ、大きな男が問う。
少女の影の爪先が、男の帽子の影を蹴る。
「ええ。でも、うまくいかないの」
9月初旬の涼しい風が、俯く少女の頭巾のフリルを揺らした。
「いいお歌を作るなら、素敵なものに触れるといい」
シルクハットの下、男は皺だらけの口元に笑みを刻む。そこに浮かぶ感情の色は、窺い知れない。
「でも、この街はすべてが退屈だわ。きっと、これから始まるお話も」
公園沿いの通りを、花柄のエプロンを着た女が無表情でベビーカーを押してゆき、舌を垂らした雑種犬を連れた老人とすれ違う……そんな、どの時代にも大差なくありふれた景色を見つめて、少女の碧眼は乾いていた。
「ああ、そうだとも。これはとてもちっぽけで、ひっそりしていて、世界の命運なんか少しも関係ない」
男は灰色のコートに手を突っ込んだまま肩をゆすった……どうやら笑っているらしい。
「ただ、誰もが夢をみて、蹴落とし合って。そのうち一人が夢を叶える、どこにでもあるお話」
そう、少女が欠伸を噛み殺すように間延びした呟きを漏らすと、通りの犬が立ち止まり、威嚇をはじめた。
「……ならば、私たちが面白くすればいいだろう?」
豹変した犬は吠え狂い、必死に止めようとする老人は腰を痛めてうずくまり、思わず手綱を離してしまう。
「ええ、その通りよおじ様。私たちだって、この舞台の役者さんなのだから」
エプロンの女の背中を掠め、弾丸のように疾駆する狂気の犬は、背中を向けたコートの男には目もくれず、ひたすらブランコに乗る少女に迫った。
「今夜で役者を揃えようと思う。構わないね?」
少女に「おじ様」と呼ばれた男は微動だにしない。
「ええ、私、すっかり待ちくたびれたわ」
敷地に躍り出て直角に曲がり、眼前に迫る犬を前に、少女は――。
「ああ、やっと始められるのだ」
公園に、犬のあげる悲鳴が響いた。
「私の、いと小さき聖杯戦争を」
――その日、街から一匹の犬が行方不明となり、一人の老人と一人の主婦が一時的な記憶障害となった。
この奇妙でこそあれ小さな事件が、今回の亜種聖杯戦争に因むものだとは、遂に誰にも知られることはなかった。
読者のみなさま、はじめまして。凡戸耕作(ぼんど こうさく)と申します。
奈須きのこさんに憧れ続けて、ようやく自分なりの聖杯戦争を書いてみることとなりました。
素人ゆえのぐだぐだ&行き当たりばったりもありましょうが、お付き合い頂ければ幸いです。