6.
私が住んでるアパートの、ふだん生活している和室。そのど真ん中に置かれたチャブダイに、二人の魔術師と一人の少女が座っている。
魔術師のうち、一人はもちろん私のこと。フスマなる横開きのドアのほうに背を向けあぐらをかいている。
もう一人は聖杯戦争の主催者たる老魔術師のウォルター。薄手のレースカーテンの掛かる窓側に腰掛けているが、どうもそわそわして落ち着かない様子だ。顔は居心地の悪さを隠そうともしてないし。
……まあ、椅子に慣れ親しんだ身体がザブトンに馴染むには時間が要るから仕方ない。
そして、少女は私から見て右側、陽の暮れてゆく西の方にて正座している。ウォルターと私のコートが掛かった壁に向け、背筋をしゃんと伸ばしている。
別に故郷で日本文化を教わったわけでもあるまいに、楚々とした佇まいが妙に絵になっていた。
「あなた、ずいぶん慣れてるのね。正座」
「おじ様の書庫のご本で知っているから。それに駅前の電気屋敷で不思議な劇を見たわ。『KABAJIRUSHI』って言うのだけれど」
少女はとくに表情を変えず、どこか気怠い声音で淡々と答える。こちらに流す横目がなんともオマセだ。
「KABAJIRUSHI……ああ、街頭ビジョンか。ヤジマ電機の。まさか、あの電気ポットのコマーシャルでマスターしたわけ?」
「街頭ビジョン?……コマーシャル?……え、ええ、その通りよ」
澄まし顔を保とうとするも、すこし困り顔をしてしまうのが可愛らしい。それでも背伸びをしようとするのが年相応でたいへんよろしい。
「さりげなくすごいのね、あなた」
社会的微笑に愉悦を秘めて、ちょっぴり褒めてあげれば案の定。ほっと安堵の色を浮かべてから澄まし顔に戻るも、何処か鼻高々といった感情の色は隠しきれない。ほんの少しだけ口許が緩んでいる。
ちなみに、KABAJIRUSHIとは河馬印という日本の家電メーカーのことであり、彼女の見たものは電気式保温ポットの
それから彼女はチャブダイに置かれたユノミ……スモー・レスラーの名前が並ぶクールなやつだ……の底に左手を、側面に右手を添え、厚手の縁に薄く小さな唇をあて、緑茶代わりに注がれたコーヒーを音を立てて啜った。
「よいオテマエで」
私の目をじっと見つめて、アビーは真顔でそう言った。
(こうして見ると可愛げがあるけど……)
正直、私はまだ彼女の目を直視出来ない。なので、彼女を見るときは褐色にツヤめくおでこに視線を向けることにしている。
“あの目の奥に、覗き込んではいけない何かが潜んでいる”
そんな、奇妙な確信。自分でもいささか笑ってしまうような、けれど拭いがたい畏怖の感覚。
たとえ根拠がなくても、私は私の勘を信じることにしている。故に、私はそれを見ない。
きっと、それが正解だと思うから。
「さて……アビーについての説明の前に、私が君に会いに来たそもそもの目的を果たすとしよう……業腹だが、
咳払いをひとつして、ウォルターが話を切り出した。
(じゃ、ここからは〈視〉るとしましょうか)
私は老魔術師……脱いだ帽子の形に潰れた髪型もそのままに、皺だらけのワイシャツの両肩にサスペンダーを掛けたその男へと視線を向けた。
――目の奥で、カチリ、カチリと。人知れず駆動する〈眼〉が光る。
それは機構仕掛けの万華鏡。今は無色の
【
頭蓋に響く内言詠唱。超伝導する細胞膜に
【
我が偽りの
詠唱から発現まですべて私の脳と眼球内で完結するそれは、かの老魔術師にも気付かれることはあるまい。擬似魔術回路をなす幾つもの宝石製チップを組み込まれた脳を守る頭蓋骨から魔眼を担う
――視界が、切り換わる。老魔術師の全身を色彩の靄が覆うのが視える。それは色と形を変えながら、今この瞬間も変動している。
つまりはこれが視覚化された感情。
「ふうん……ずいぶん義理堅いのね。適当な理由で参加を蹴られた貴方がそこまでする必要ある?」
「そんなものは無いさ、本来ならな。正直私は彼奴や貴様のことなぞどうでもいい。我が盟友、ダニエル・B・グッドマンが私に宛てた遺書に従い、彼の息子の頼みには可能な限り応える……その契約を果たしているまでのこと」
鼻を鳴らした男の腹に赤く針鼠状の怒りが澱む。尖度はさほどでもないが粘っこい。額には灰色がかった青が内側から撫で付けられていて、理性を保つ努力が見受けられる。
しかし、何より〈眼〉を惹くのは、鳩尾のあたりから額までに立ち昇る白い誠実さだ。どうやら彼の盟友とやらに対する想いに偽りはなく、その強さもまた尋常ではない。
「貴方、意外と愚直なのね。そういう人は嫌いじゃないわ」
社交辞令と本音を半々に織り交ぜながら微笑すると、腹部の赤が暗色にくすんで萎縮した。
……まさか、緊張しているのか?
「私に媚びたところで無駄だよ」
そう言うと男の全身は灰色に染まり、ところどころに曖昧な紫が滲んだ。全体的に暗い色調だが、時折どこかが微細に震えるほかはすっかり落ち着いた。
「話の腰を折ってごめんなさいね。もう邪魔はしないわ」
軽く謝ると、男はひとつ咳払いをした。これが話を本筋に戻すという合図だった。
「では、この儀式における聖杯について説明するとしよう」
投稿ノルマと実生活との時間配分を鑑み、予定の半分程を投稿。
感情視の魔眼のビジョンについては、事件簿においてイヴェットちゃんが断片的に語る情報をベースに独自解釈を多分に盛り込んだ形となりました。
ようやく次回でこの聖杯戦争のシステム解説になります。果たしてサブタイトルの英霊拝領とはなんぞやという疑問にもようやく答えが出せます。
そして謎の黒いアビーについても、色んなことがちょっとだけ明かされます。