Fate/Rib of the Lady   作:アビコンマン

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英霊拝領/Install:Berserker Ⅴ

7.

 

「冬木における聖杯戦争システムの大部分を担っていたのは大聖杯……円蔵山にある仏教寺院地下の大空洞に秘されていた巨大な儀式装置だった」

 

 頭のあたりを快活な蛍光色が渦巻く男は言葉を区切り、一口コーヒーを啜った。どうやら口に合ったらしく、黄色っぽい満悦が胃の腑に染み渡るのが視えた。

 ユノミは商店街で買った手頃なやつだが、コーヒーそのものの豆と淹れ方にはこだわっている。ごく少量しか出回らないセントヘレナ島産の高級豆……なんでも、かのナポレオンも愛飲した逸品だとか……を自家焙煎の専門店で買い、そこで教わった濾布(ネル)式による繊細な抽出法を用いて仕上げた一杯だ。貴族主義の染み付いた彼も、こればかりは認めざるを得まい。

 

「マスターの選出、聖痕および令呪の付与、サーヴァントの召喚と霊基の維持、小聖杯により穿たれた“世界の外へと至る門”を固定する台座としての役割……聖杯戦争とは本来、大聖杯なくしては成立しないものだろう」

 

 時折、私の視界をアビーの黒いワンピースの袖がよぎり、チャブダイの中央に置かれた木製の椀に盛られた芋ケンピを指先につまんでゆく。

 あれからコーヒーを飲んでいる様子はなく、ひたすら芋ケンピばかりを咀嚼する音が右耳に聞こえる。どうやら先っぽからコリコリと噛み、全部を口の中に入れてからボリボリと磨り潰すという二段構えの楽しみ方をしているようだ。

 

(本当は苦かったんだろうなあ、コーヒー)

 

 私は笑いを噛み殺しながら 、あくまで視線をウォルターに固定するように努めた。

 

「だが……それもあくまで“根源への到達”を目指すなら、という話でしかない。たとえば根源へと至る孔の観測のみを目的とすれば小聖杯で事足りるだろう。それに、願望機としての役割は小聖杯のみで果たせるわけだ」

 

 頭が眩しいくらいに輝き、全身が赤い興奮で炎上する。その表面を額から流れる青が伝い、かろうじて静めている。

 その、グロテスクな極彩色にまみれたドヤ顔は感情視が不要なほどに露骨だ。この男、実は結構、魔術師にしてはわかりやすい性格をしてるのかもしれない。

 

「私が計画した小聖杯戦争というのはつまり、あくまで願望機としての聖杯を求める者達のために編み出したものだ。根源へ至れぬ下位互換とはいえ、この技術こそは協会の奴らが欲したものだろうが。ざまあみろ、俺を認めなかった罰が当たったな!」

 

 何やら興奮のピークを迎え、一人称まで変わってしまったウォルターが歓喜の叫びをあげる。全身がもう太陽のようにメラメラとしているが、しかし何故か、まるで日陰にでも入ったように薄暗いもので覆われている。

 

……そこにあるのは、拭いきれない自らの劣等感を過剰に鼓舞し、周囲を卑下することで振り払おうとする、卑俗で野蛮な人間性。身の丈以上の自尊心を持て余した、無様な男の姿だ。

 私の胸裡に沸き起こる苦い嫌悪の感情。それが単に、男の醜悪さへの侮蔑だけではないこともわかっている。

 

 その姿は、とても私に似ているのだ。認めたくはないけど。

 

“ううーん惜しいんですよねぇ。いやいや、脳をまるごと擬似魔術回路にしちゃうとか宇宙に見立てて天体運営の模倣をしちゃうとかそういう発想はかなりマーヴェラスですよ? そこに脳科学や超心理学なんかのニューエイジ系も合体させて科学と魔術の超融合シンクロナイズな感じに持ってく感性は超電磁砲(レールガン)直撃クラスに電撃(ビリビリ)ものです☆そんな素敵にラディカルで大胆なアプローチはホントにGJ. ずびしっ!”

 

 何故、こんな時に。

 

“性能の一部も私のより凄いかもですよ? 刻印も碌に株分けされなかった分家さんにしてはすっっっごく頑張ったというか大出世だと思うんですけど、その道をレーマン家(うち)が選ばなかった理由も分かっちゃいました”

 

 思い出して、しまうのか。

 

“色々と無駄が多すぎるという以前に。それ、もう魔眼じゃないですよね。似て非なる何かです。人間になるため一生懸命進化してたらいつの間にか鯨になっちゃった哺乳類というか。目指すもの、根本的に間違えてません?”

 

――黙れ、本家の娘(イヴェット)

 

 フラッシュ・バックする記憶の澱。

 それは私を呪縛する、言葉の檻。

 

 思わず、奥歯を噛み締める。

 

「ところでジョニーから聞いたけど、貴方って元は降霊科(ユリフィス)祭位(フェス)だったのよね」

 

 それでもあくまで、微笑を崩さず。澱を流すように話題を変える。ただし、本題からはズレすぎない程度に。

 

「ああ。より厳密にはその下位にあたる召喚科が専門だった。境界記録帯(ゴーストライナー)……つまり英霊の降霊や召喚の技術については右に出る者なぞいなかったよ」

 

 ウォルターが言う英霊の降霊や召喚とは、魔術により『座』に記録された英霊の能力や宝具の力を一時的かつ限定的に利用するものをさす。冬木のように人格ごと現世に再現するような規格外の代物ではない。

 

「なるほど。ってことは聖杯戦争を研究してたの?」

 

「しようとはしていた。第四次が始まる前からな。だが、法政科からの圧力ゆえ取り掛かることが出来なかった」

 

 セピアというのは懐古の原色なのだろうか。男の脳裡からその色が、苦く煤けながら滲み出す。

 

 もっとも。感情視も魔眼や保持者自身の特性や文化圏により様々な視え方の違いがあるというのが父の意見だ。あくまでこれは、私が思い出に与える色彩にすぎないのかもしれない。

 

「もしかして、協会を離脱したのもそれが理由?」

 

「ああ。しびれを切らして英国を去ってから十数年……第四次終結の三年後から解体戦争終結のその日まで……私は日本に潜伏していた。冬木を調査するためにな。もっとも、第五次まではマキリの監視がやたらと執拗でな。終結直後のどさくさに紛れて大聖杯の存在までは突き止めたが、すぐさま法政科の管理下に置かれた。まったく、使い魔をいくつ潰されたか思い出したくもない」

 

 ふーん、と聞きながら、すこし、何かが頭に引っかかる。

 

「でも、おかしくない? 貴方は召喚科、それも英霊専門のそれで祭位(フェス)になったんでしょ? 法政科は調査協力を求めなかったの?」

 

「…………」

 

 沈黙する老魔術師の腹部に黒い渦が生まれる。それは男の存在の基底より漏れ出す、深淵の情念。

 彼が協会に抱く劣等感や敵愾心と結び付くものでありながら、本質においてはまったく別の、異次元の悪意。

 

 あえて陳腐な名を与えるならば“狂気”。あるいはそれが、彼の【起源】に由来する衝動か。

 

 残念ながら、感情視では複雑な思考までを読み取れるわけではない。ただ一つ、推測出来るのは。

 

 何らかの理由で、男は協会に危険視されていた、ということだけ。

 

「いささか、話題が逸れたな。ちなみに今回の聖杯戦争における英霊召喚についてなんだが……」

 

 とても不自然な話題の転換だが、仕方ない。ここで下手に踏み込むのは危険だし、何よりこの情報を入手するのが先決だ。




文章量の増加のため分割投稿。展開がやや遅くなりますが、この段階で描いておく必要のある場面を色々と盛り込ませていただきました。申し訳ありません。

次回は英霊拝領システムと小聖杯戦争Q&A回です。比較的淡々とした内容になると思います。
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