「まず、君が考えているような形でのサーヴァント召喚は出来ない。私が鋳造した聖杯の場合、霊基そのものは全クラスを用意出来るが、いささか実体化が困難でね。出来たところで二騎がせいぜいだ」
……さっそく、残念なお知らせが投下された。正直、それくらいは予想していたけれど。
「いや、普通に難しいだろうなって思ってたわよ。本音を言えば、この聖杯戦争じたいが何かのブラフなんじゃないかとすら考えてたから」
だが、そんな悲報と裏腹に、老魔術師は不敵な笑みを浮かべる。
日が沈み、翳りを帯びる部屋のなか、彼のオーラばかりがじっとりとギラついている。
「まあ、話はここからなんだが……そこで私は新しいサーヴァントシステムを考えたんだ。
私の専門たる降霊魔術、それも英霊の憑依を応用したものになるが、七人のマスターそれぞれにサーヴァントの霊基を一騎ずつ憑依・定着させ、肉体の一部にサーヴァントの肉体を一部実体化させるというものだ。
サーヴァントの血と肉を分かち、これを身に宿す……この儀式を名付けて『英霊拝領』と呼ぶ。君もご存知だろう、かの普遍的な宗教における『聖体拝領』に準えてみたのだが、なかなか悪くない名だろう?」
サーヴァントを肉体の一部とする……また、ずいぶんと冬木とは趣の異なるものになった。まあ、英霊の力の行使としてはこちらがより真っ当な形に近いのだろうけれど。
英霊拝領という名もまあ悪くはない。ワインとパンを救世主の血肉に準えて自らの内に取り込むそれと、英霊の血肉を自身の肉体に分有するそれは表層だけを見れば何処か似ている。根本的な目的などはまるで違うにせよ。
「ちなみに、何処にサーヴァントの肉体が実体化されるかは聖痕、および令呪の位置で判別出来る。すでに、君も聖痕が発現している頃ではないかね」
なるほど。これは戦略的にも利用できるシステムだ。敵マスターの令呪の位置からサーヴァントの拝領された部位を読めるというのは知っておくと有利になる。
ちなみに、私の聖痕は両脚に発現している。これはなんとも、僥倖。
「なお、宝具についてなんだが、今回は真名解放が基本的に出来ない。令呪一画による一時的な発動がせいぜいだ」
「つまり、令呪の切りどころが増えるってことね?」
「どうかな……この聖杯戦争において、マスターの生命がサーヴァントにとっては文字通りの“
因みに、令呪の使用回数は冬木と同様に三画だ」
「なるほど。令呪は宝具に使え、か」
横で、カチャカチャと何かをかき混ぜる音がする。
どうやらブラックに降参したアビーが、半ば冷めたコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜているようだ。
しかし、ユノミにティースプーンというのは、我ながら不恰好な取り合わせで申し訳なくなる。
「厳密に言うと、令呪無しでも真名解放は可能ではあるんだがね。ただ、その場合は令呪による魔力補助がないため、ほとんどの場合サーヴァントの霊核が崩壊する。つまり、その時点で敗北だ……まず、そんなことをしたがるサーヴァントがいるとも思えんが」
これは小聖杯だけでサーヴァントのバックアップをするが故の限界だろう。致し方のないことではある。
「ところで、サーヴァント毎のクラス別スキルというのがあったと思うけど」
「それは小聖杯戦争においても健在だ。セイバー、アーチャー、ランサーの対魔力、これに加えてセイバーならば騎乗、アーチャーならば単独行動。ライダーはセイバーと同じく対魔力と騎乗、キャスターは陣地作成と道具作成、アサシンは気配遮断、バーサーカーは狂化。
これらのスキルはサーヴァントの霊基に依存する故、特に肉体の部位に拘わらず使用出来る」
「元は別々のサーヴァントとマスターを乗り換えたり、再契約するのは出来るの?」
「不可能とまではいかないが、現実的ではないな。サーヴァントがマスターの肉体から離れることはすなわち消滅を意味する。アーチャーの単独行動とて最高でも丸一日がせいぜいだろう。しかも霊体以外の姿は取れない。
なお、勝敗は冬木と同様、サーヴァントの消滅かマスターの死亡により決定される。しかし、小聖杯戦争においてサーヴァントとマスターは一心同体」
「つまり、敗北とはすなわちマスターが死ぬことってわけ?」
「理解が早くて助かる。もっとも、令呪無しの真名解放などにより先にサーヴァントの霊核が崩壊した場合などはその限りではないがね」
スリリングという意味ではまあ、こういうのも嫌いじゃない。色々とがっかりしたポイントはあるにせよ、私がやりたかった命の駆け引きは十分に出来そうだ。
「じゃあ、万が一生き延びちゃった敗者への救済措置はないの? 冬木では聖堂教会が保護をしていたけど」
「残念ながら無い。そういう意味でも、敗者に待つ運命は冬木より過酷だろう」
まるで、どこぞの異郷の邪神像のごとく。全身を色とりどりに輝かせながら酷薄に笑う男を見ながら、私はただ、ふうんとしか思わなかった。
正直言って、この男が語ること、やることなすことの一切が凡庸に過ぎる。
別に、参加の意図が揺らいだわけではない。この程度のことは想定内で、その範囲のなかではわりと体裁の整った部類ではある。
だが、その程度の代物を披露して……多少の謙遜を交えているとはいえ……やたらと喜色満面なこいつは何なんだ?
第一。根源に至れない聖杯戦争なんてありふれている。そんな何処にでもある聖遺物の争奪戦、魔術協会と聖堂教会がいくらでもドンパチやり合ったろう。
もっとも、この男の目的は劣化コピーであろうと冬木式のそれを再演することで魔術協会に一泡吹かせることのようだが、はっきり言おう。彼らはこんなものに興味を示すとは思えない。
せいぜい、神秘の秘匿が破られたときが面倒だからと法政科が鎮圧に乗り出すくらいか。
第二に、ただの降霊魔術の延長に成り下がったサーヴァント・システム。冬木式に存在した様々なリスクや厄介な側面が緩和したぶん、その神秘としての崇高さは失われた。
そも、何故、英霊の人格と肉体まで含めて召喚していたのか。
それが何故、七騎だったのか。
その儀式形態に秘められた、『始まりの御三家』それぞれの大願とは何だったのか。
別に、これが他の魔術師ならば理解できた。あるいは、ここまで聖杯戦争を地に落としたことに対し、何らかの忸怩たる想いが見られたならば納得はした。
だが、コイツがそれを平然と見失っていることに腹が立つ。
――おい、ウォルター・ビショップ。かつては誉れも高き召喚科の
薄っぺらい誇りに目眩ましを食らったまま、この男は信じている。児戯にも等しい奇跡の燃え滓の先に、己の有り得べき栄光が奪還されることを。
まるで、絵空事を画用紙に描く子供のように。
「……話は変わるけど、小聖杯戦争についての説明を私だけにする理由は?」
失望と怒りとで若干声が震えたが、彼は何がしかの感銘によるものと受け取ったようで満悦の笑みである。
「君を勝たせることがジョニーの望みだからさ。そしてジョニーの望みはダニエルの望み。私はそれを叶えるまでさ」
そう言って、コーヒーをまた一口啜る。そして、ぽつりと言葉を継いだ。
「ああ、今のうちに言っておくとな。今回のマスター候補は君を除くと魔術師はいない。代行者の一人娘と修験道崩れのゴロツキ以外は一般人だな。最後の一人がまだ分からないんだが……まあ、君が負けることは万が一にもないだろうよ」
……まさか、気遣いのつもり? ますます興醒めだわ。
「でも、彼らにも最低限の説明は必要なんじゃないの? 別にフェアゲームにしろって意味じゃなくて。
一般人がサーヴァントの力を手に入れて暴れだしたら困るでしょ? 神秘の秘匿なんてあったものじゃない。教会による隠蔽工作も機能しないんじゃ大問題よ」
ああ、駄目だ。口調に苛立ちが混じる。最近、感情を隠すことが下手になってる。焼きが回ったかな。
「そういう意味でも、君には可及的速やかに他のマスターを潰して欲しいんだが、一応そのあたりはこちらにも準備がある……」
そう言ってウォルターは、意味ありげな視線を横に流した。
「そのために、アビーがいるのさ」
次回、我が家の黒いアビーちゃんの紹介回です。