何か、妙な含みのある色をした男の瞳に、私の〈眼〉は彼女へと向けられた。
「…………ッ!?」
果たして、私は表情を隠せていただろうか。
彼女の、そのあまりの異形に。
「ずいぶん待たせてしまったが、そろそろアビーについて、君に説明しなきゃならないね」
それは外見のことじゃない。浅黒い肌、縮れた白髪、掠れた空色の瞳には何の変化もない。
その時代錯誤な……現代ではせいぜい、アーミッシュの集落くらいでしかお目にかかれないような……厳格な貞淑さを示す白い頭巾と黒いワンピースも。
「まず第一に、彼女は孫でも弟子でもない。そもそも人間という括りにはいない。
アビーはサーヴァントなんだ」
私の魔眼は精確に、彼女の感情を視る。その色を、波を、そして
「とは言え、君が気付かないのも無理はない。それには一応理由があるんだが、今はまだ秘密だ」
今、彼女の肉体には観測出来る限り三つほどの精神が同時に存在し、それぞれが独自の色と波の基調を持って活動している。
それらは何らかの“糸”のようなもので無理矢理縫い付けられているように見える。
(これ、霊基ごと弄られてるわよね。三体同時に合体させてるの?)
「さあ、挨拶しておやり」
老魔術師の促しに、少女は無表情で頷いた。
ツギハギだらけの精神が、バラバラに色めく。
「ご挨拶が遅れてごめんなさい、お姉さん。
サーヴァント・
さざ波の立つオーラは、しかして矛盾を暴露する。
まず、彼女がサーヴァントであり、かつ
だが、彼女がアビゲイル・ウィリアムズだということについては事情が異なる。
三つの異なる層をもつ精神のうち、一つを除いて「否定」を示す動きが見える。つまり、
(あの三重人格……と言うよりもはや、複合亡霊のサーヴァント版って感じだけど……そのうち、一つは確かに彼女で、他は違うわけだ)
「……ちょっと待ってよ。情報量と疑問点が多すぎて理解が追い付かないんだけど。
この聖杯戦争、サーヴァント単体での現界は無理なんじゃなかったの?」
彼女の正体を探りつつ、ウォルターの爆弾発言を紐解く作業を並行する。
「そこは言っただろうに、メルクリンの娘よ。私の小聖杯で実体化出来るサーヴァントは二騎までなんだ。
だから、一騎ぶんは私のアビーに回して、残りの一騎ぶんを君達マスターに分配したわけさ」
いけしゃあしゃあと宣う、ウォルターのオーラにブレはない。事実、彼はこの点について嘘は吐いていない。
ただ、真実を言わなかっただけだ。
「いっそ清々しいくらいの職権濫用で気に入ったわ。一発ぶん殴りたいくらい。
でも、それで何でわざわざアビゲイル・ウィリアムズなわけ。元・召喚科の貴方なら、もっといくらでも強い英霊呼べたでしょ……てか、座にいるの? アビゲイルって」
そもそも、英霊の座っていうのは神話や伝説に残る英雄の類いが生前の功績と死後の信仰によって召し上げられる場所だ。そこは過去・現在・未来から切り離され、架空の存在から英霊として昇華された者、未来に英霊へと至った者、そもそも人間ではないもの等も存在するとかなんとか。
ところで、英霊の中には「反英雄」というカテゴリが存在する。なんでも己の悪性が結果的に人々の救済に繋がった功績を以て召し上げられると言う。第五次でライダークラスとして召喚されたメドゥーサが最たる例だろう。
そして、アビゲイル・ウィリアムズと言えばかの悪名高い「セイレム魔女裁判」の引き金を引いた少女だ。なるほど、彼女を枠に嵌めるならば反英雄こそがふさわしい。
だけど、セイレム魔女裁判なんていうのは、17世紀アメリカの一つの村で起きた宗教がらみの集団リンチ事件にすぎない。
その下手人の一人を務めただけの小娘が、なれるか? 反英雄なんて。
そりゃ世界中のオカルトマニアや好事家や学者先生たちの興味と関心は集めてるけど、足りなすぎるだろう。神秘とか色々。
こういった歴史上の事件の裏側に神秘の痕跡を探る魔術師は協会の内外を問わずいるものだが、セイレム魔女裁判やアビゲイル・ウィリアムズに特筆すべき何かがあったという話は聞かない。しかも、村人を絞首刑に追いやった数では別の少女のほうが多いって話じゃなかったか?
(映画のウィノナ・ライダーの影響で座に至ってたら笑うなあ)
……ふっと湧いたアホな考えを棄却する。そもそも本来のアビーもその女優も白人であり、こんな褐色ロリ娘じゃないだろう。
「アビーが英霊なのは君。彼女が今・ここに召喚されていることが全ての証拠じゃないか」
そう言って笑うウォルターのオーラが不自然な反応を示す。
これは完全に、ダウト。
(正規の召喚ではないわね。だから弄ったのかな、アビーの霊基)
「まあ、居るものは居るんだからそうよね。でも、何で彼女なの?」
あえてすっとぼけて話を続けると、ウォルターの感情に奇妙な動きが視えた。
アビーを爆死した私の心に久しく失われていた冬の庭が帰ってくる。