ダンジョンマスター ~俺はダンジョン経営者~ 作:ぼいどれげぬん
俺が初めてウールグーの村へ行き、そして帰ってきてから八日後ほど経過した。
初めてウェアリーフが複製を作り出したときそれはたった一昼夜にして成った。しかしその後ウェアリーフと複製に種を蒔かせてみたところ、それらが形を成したのは八日目にしてようやくであった。
自身を含め合計十五。ようやくこれで当初の予定の半分の頭数が揃うこととなった。まだまだ心もとないが、俺たちは小さな軍団を名乗れるほどには増えてきたと思われる。
だが俺には見過ごすことのできない謎が浮上していた。一体何故、ウェアリーフが一番初めに蒔いた種はすぐに成長したのか。そして何故次に蒔いた時は八日間もかかってしまったのか。
この超常的な問題はおそらく俺一人では一生かかっても解決しないだろう。俺はダメ元で崖下の洞窟の最奥へと赴き、もう一度創造主とのコンタクトを試みることにした。
―――― 第9話 『尖兵』 ――――
(……相変わらずジメジメと陰気臭い場所だな)
陰鬱な洞窟の奥は湿気と泥臭さに満ちている。ぽたり、ぽたりと寸分の狂いなく落ち続ける滴の音は無機質で、延々と変わることのない反響がうすら寒い。
初めてこの場所を見渡した時は殺風景としか言い様が無かった。しかし外の世界を知りそして洞窟の内部を探索した今、この場所が如何に異様で不気味な空間だと言うことが痛いほど知れた。
洞窟の内部は以前創造主からも聞いた通りの惨状だった。空気の薄い洞窟内部を無理やり焼き払うのに使用したのだろう油の臭いが残っていたり、健気にひっそりと茂っていたコケや茸の類は悉く焼き捨てられていた。
だと言うのに最奥のこの場所だけは、見た目も臭いも色すらも全く別の空間と化していた。まるでこの場所だけ隠されていて見つからなかったかのように綺麗すぎるのだ。
(忌み地、ね……。なんとなく言いたいことは分かった気がするぜ)
だがひょっとすると、そう感じるのは俺だからなのかも知れない。
例えば、天井に連なる巨大な鍾乳石。あの巨大な岩が落ちてきたら一たまりもないだろう。
例えば、地下深くに出来上がった水脈。まるで真冬の雪解け水のごとく凍みているそれに足を滑らせれば一瞬にして体温を奪われ凍死するに違いない。
脆弱なダーキスだからこそ危険がひしめくこの場所が怖いと感じているだけなのかもしれない。それらはたとえば悪魔のような種族であれば取るに足らない事ではなかろうか?
周りに身の危険を感じている俺には全てが恐ろしい。
『よく来ましたね、リカウス』
こちらから問いかけようとした瞬間、創造主は遮るように俺へ語り掛けてきた。相変わらず姿は見えず、耳にではなく体内から外側へ向かって言葉を発せられているような妙な感覚だ。
俺が質問をするまでもなく、創造主は俺の疑問を先取り言葉を発した。
『何故あの魔物の複製がたった一日にして成長したかを聞きたいのですね』
「流石創造主サマは話が早ぇや。それじゃあ一体全体どういうことか教えてくれませんかね」
『あの魔物が蒔いた種は本来成長しきるのに数日から十数日はかかります。ゆえに私が手助けのため種の生育速度を速めたのです』
成長を速めただと……!?
おいおい、まさか創造主サマは全知全能とでも言いたいのかよ。俺は人間たちの言うような神サマってのを信じちゃいないが、創造主のやってることはまさしく神の所業じゃないのか。
「最早なんでもアリかよ……。ますますわかんねぇな。なんでそんなことまでできるのにわざわざ俺にダンジョン造りを命じるんだ?」
『あなたがそれを知る必要はありません。あなたは何も考えずただ私の意志に従い事を運べばよいのです』
結局それか。まぁ予想通りってやつだな。
『ですが手を貸すのはこれ切りです。しかしこれであなたのやりたい事は実行できるでしょう』
「もう手助けしてもらえないのは残念だけど、そっちは初めから期待してなかったからな。素直に感謝するぜ」
『それで、まだ問いたい事があるのでしょう』
「ギクッ」
あー……やっぱり創造主様は何もかもお見通しのようで。
俺はそれまでの横柄な態度を一変させ、両手をニギりながら腰を折って話し始めた。
「いやぁ、そのですね? 近頃も不景気といいますか? 我々も何かと物入りでございまして」
『それで』
「ですからぁ。創造主様のおチカラでぇ、今一度このダーキスめにお恵み頂けたらなと。ややっ! そんな大金をせびるつもりなど毛頭ございません! しかしですね、ダンジョン造りと言うのは創造主様もご存じの通り一筋縄では行かぬものでして。できましたら今一度ご助力をば頂きたく候……」
『駄目です』
「けちっ!!」
『言ったはずです。足りない分は自身で考え、稼ぐのですと。もしそれが困難であると言うのであれば、あなたを適正なしとみなし抹消します』
ぐ……わかっちゃいたがやっぱり駄目だったか。
冗談も通じねぇなコイツ。
『聞きたいことは以上ですね。それではリカウスよ。努々、私の期待を裏切らぬように』
「あっ、ちょっと! 創造主様!?」
再び呼びかけてみるも反応なし。どうやら創造主は再びどこかへ行かれたようだ。
しかし改めて自分が窮地に立たされているのだと実感せざるを得ない。そこそこの資金を与えられて何とかなりそうだと勇んではいたものの、理解を深めれば深めるほど考える事が多すぎる。今となっては当初与えられた資金すらあまりにも少ないと言わざるを得ない。
どうして創造主が俺にこのような試練を与えるのかは知れない。だがそんなことはどうでもいいのかもしれない。俺が考えるべきは明日をどう生き延び、そしてどう生き延び続けるかなのだから。
目の前ではネズミの集団が右往左往に動き回っている。俺の指示に異を唱えることなく奔走する彼らの姿は産み元であるウェアリーフの血を引いていることを確信させた。
細い枝や木の葉を一所へと集め初めて数刻、それらは小さな山のように積みあがっていた。このように作業自体は順調だと言うのに問題が解消されないままなのはどうにも気持ち悪い。
「うーん困ったなぁ」
『リカウス様、どうかされましたか?』
腕を組み頭を悩ませる俺にすかさずウェアリーフが問いかけてくる。最近のこいつは完全に俺の秘書のような扱いになってきた。いや、とても助かっているしありがたい事なので文句などないのだが。
「予定調和のはずなんだが、俺は最後の詰めが甘いと言うかな」
『ひょっとして、資金と複製のことですか?』
俺は無言で首を縦に振る。
先ほどの創造主との話し合いの後、このウェアリーフには全てを話しておいた。創造主の事については大した関心もなさそうであったが、自分の複製が何故あれほど爆速で成長したかについては納得したようだ。
だが資金についてはこいつもからきし解決策が思いつかない。そもそも本来魔物にとって金など無用の長物である。文化的な生活を送る一部の魔物や蒐集癖のある魔物ならば別だろうが。
『私も翌日に複製が育っていたのには驚きましたが、初めて蒔いたものですからこんなものかとばかり思っていました』
「俺もだよ。創造主が裏で手を貸していた、ましてやそんな力があるとも思ってなかったからな」
『金についても困りましたね。話を聞くと金とはリカウス様にとっての生命線。私たちで言う大地の恵みのようなものと捉えましたが』
「嫌な捉え方するねお前。あながち間違ってないから言葉に詰まるよ」
……そういえば複製たちを見ていて気付いたことがある。複製たちはどこか会話がカタコトだ。それに指示に対しても理解するまでに若干時間を要したり意味をくみ取れないことも多々ある。
俺が今隣で話している原物――複製に対して――のウェアリーフはとても知能が高い。そしてこいつだけが特別と言うことも無く、きっと他のウェアリーフもそうなのだろうと俺は思っている。
これは複製たちが生まれて間もないからなのか? それともやはり、このウェアリーフだけが特別なのか? いずれこれもはっきりさせておいた方が良いだろう。
「とにかく今はできることをやって行くしかない。明日また俺は村まで降りてくる。留守の事は任せるぞ」
『かしこまりました。また収穫があることをお祈りしております』
明日は消耗品の補充と合わせ村人たちから情報収集を行う予定だ。武器はともかく罠までは売っていないだろうし、どうせ作るなら両方とも自作したほうが安上がりだろう。
それと今集めている枝や木の葉では大した罠も武器も作れそうにない。大掛かりなものを作るとなると大木も必要になるだろう。伐採技術や工具も揃えておきたいところだな。
考えもあらかたまとまり俺も手を動かし始めようとしたときであった。
複製のウェアリーフが何かに気付いたのか「キキィッ!」と大きくおびえる声を上げた。他の者たちも作業を止めてそちらへと目を向ける。
「あっ! あいつは!!」
茶色い体毛に長く垂れた耳。肉食性の魔物ロングイヤーウルフ。初めて俺が目にした魔物であり……そして襲いかかってきた相手。
俺は久しぶりとなるその姿に警戒を強めた。
「あの犬畜生、何のようだ……!?」
『私たちを狙っているのでしょうか』
「おそらくな。俺も奴らに襲われたことがある」
複製たちは仕事放り出しダンジョンの側へと逃げ込んでくる。俺はその場を動かずにじっと相手を見つめていた。相手の方も何かしてくる様子はない。姿を現したその場から身動きせず、草むらの陰からじっとこちらを見つめている。
「一体だけか……? 何か用かよ」
言葉が通じることは分かっているため話しかけてみる。だが返答はない。
そのうちロングイヤーウルフはぷいとそっぽを向くと、わざとらしくガサガサと音を立て去っていった。
「……行ったみたいだな」
『あれこそ我らの天敵に他なりません。情けない事ですが、私も身が竦んで動けませんでした……』
「それが普通だよ。俺だって虚勢を張ってただけで、襲われた場合の事なんて何も考えてなかったんだ」
安心するなりどっと汗が噴き出してきた。以前ここは奴らの縄張りだと言っていた。いずれ再び会う、または襲われるであろうことは予想していた。
だが邂逅しただけでこんなにも気疲れするとは……。これは一刻も早く、ダンジョンに防衛線を張ることが望まれるな。
「はぁ全く。今日の作業は中止だな」
複製達は怖がってダンジョンから出ようとしないため仕事は進みそうにない。
こいつらにもゆくゆくはダンジョン防衛のために働いてもらうつもりだったが……この調子じゃ先が思いやられるな。
結局夜になっても何もないまま次の朝を迎える事となった。
犬共の事なので夜にでも群れで襲ってくるかと思ったが、まぁ何事も無くて幸いだ。
「それじゃ留守番頼んだぞ。くれぐれもあの犬共には気をつけろよ」
『承知しております。……リカウス様もどうかお気をつけて』
ウェアリーフは未だ納得のいかない様子で村へと足を運ぶ俺を見送った。昨日の事がまだ引っかかっているのだろう。気持ちはわからなくはないがじっとしているわけにもいかない。
俺自身あいつらをあの場に残して行くのは不安が残る。しかし魔物を引き連れて村にやってくるエルフなど信用できようか?
一応護身用として今日は長い木を加工して作った槍を持ってきた。無論囲まれては一たまりもないだろうがあると無いでは安心感が違うものだ。
(しかし本当に、昨日のあれは一体……)
奴らが俺たちを疎ましく思っているのは知っている。だが今になっても何もしてこないのは少々不気味だ。
おそらく機会を伺っているのだろう。するとなると、やはり今のように一人きりでいる事が不味いのでは……。
考えるなり嫌な予感が沸いて仕方がない。
そして残念なことに、俺の嫌な予感と言うのは大概当たるのだ。
――ガサッ。
「うっ!」
音が聞こえた方向を見やる。そこには昨日と同じように――否、昨日と異なり三頭ほどのロングイヤーウルフが待ち構えていた。
今度ばかりは奴さんも臨戦態勢を取っている。やはり集団からはぐれた所を複数で襲おうってクチかよ!
「やるかッ!?」
大声をあげながら槍を構える。今度ばかりは俺も決死の覚悟だ。
背中には嫌な汗が吹き出し木の葉のローブは絨毯のように張り付いていた。だが決して三頭から視線はそらさない。
体が自然と戦闘の態勢を取る。槍術など身に覚えがあるわけでもない。だが自分でも驚くほど戦える自信に満ちていた。
(どうしてだ……。武器の扱い方を体が覚えている! 不思議だ、負ける気がしない)
根拠のない自信に満ちた瞳はロングイヤーウルフたちに後退りを強要した。奴らは俺一人に対して怪我を負う事を躊躇ったのだ。
もう二頭もいれば状況は異なったのだろうが、三頭では無傷では済まないと判断したのだろう。三頭は踵を返し草陰へと身を消した。遠ざかる規則的な足音は安全が訪れたことを伝える証拠だった。
「……退けた、のか?」
自分でも信じられなかった。脅威をやり過ごした事実とその現実に。そして、先ほどまでの溢れるまでの自信と自分の行動が。
「これも創造主の力か?」
創造主が自分に与えた物はダンジョン造りに必要な知識と少しの資金のはず。
俺は自分の身に起きている事の説明が付かなかった。