ダンジョンマスター ~俺はダンジョン経営者~   作:ぼいどれげぬん

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第3話 『初めての僕』

 

 夜になり俺はダンジョンへと戻っていた。夜を徘徊するのは非常に危険が伴う行為だからだ。

 いくら魔物と意思疎通が取れると言えどそれだけでお友達になれるわけではない。別種族の魔物は基本的に敵。同種だろうと共食いをする種族もいるのだ、大した力もないダーキスが阿保のようにうろついていれば格好の餌食である。

 

「……腹減ったなぁ」

 

 俺は愚か者だ。魔物を探すのは当然のことだが、自分の食料を探すのを忘れていた。

 どうやらダーキスは人間にとって敵とみなされているらしい。創造主からは資金をもらっているとはいえ、町へ行こう物ならばなぶり殺しにあうだろう。

 つまり与えられた金は豚に真珠をくれてやるようなものだったわけだ。使えないはした金などではなく食料を与えてくれればいいものを。

 

「……危険を承知で、もう一度外に出てみるか」

 

 ひょっとしたら創造主は今も俺を監視しているかもしれない。しかし俺を殺すことにためらいが無い以上、助けてくれる希望もない。

 使命とやらを果たすには、まずは自分自身が生き長らえる努力をしなければいけないだろう。おそらくこれこそも俺の処理すべき課題と言う物なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――第3話 『初めての(しもべ)』 ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョンの出口まで来たものの外は予想よりも静かだった。月が出ており雲は無く、夜空は星で覆い尽くされている。

 こういった日は本来決して外へと出てはならない。明るく静かな夜は狩猟者にとっては絶好の機会だ。しかし腹が減り過ぎて眠れない以上動くしかあるまい。

 

「まさか、あの犬共が襲ってきたりしないだろうな?」

 

 冷汗が流れる。昼間は敵対はしていないがの友好を築けたわけでもない。違う個体に出くわせば間違いなく襲われるな。

 言葉が通じるだけで和平を結べれば世界は安泰だ。そんなわけがないからこそ俺は――。

 

「ん……? あれ、俺は今何を考えた?」

 

 腹が減り過ぎておかしくなっているのか。どうも妙な事を考えていた気がする。とにかく今は食料を探さなくては。

 

 夜目が利くとはいえ明かりがあるとないとでは大違いだ。洞窟に暮らす生き物はわずかな明かりさえあれば暗闇でも見通せる。しかし逆を言えばわずかな光すらなければ何も見ることができない。

 その点、このダーキスと言う種族は実に素晴らしいと思う。どんな原理かはわからないが完全な闇のなかでも目が見えるのだから。もちろん光があればさらに良く見える。つまり月の出ている夜と言うのは俺にとっては昼と同義と言うことだ。

 その分、昼間の日差しはつらい物があるがな。

 

 さて、そんななか早速この目が役立った。森の奥で確かに、木に赤い小さな実が生っているのを見つけたのだ。

 

「へへ、ちょろいもんだな。なんだ、思ってたより安全に――」

 

 ザウザウザウザウ。

 木の実に触れようとした瞬間、自分の周囲に突如魔物の気配が集うのを察した。

 全身の毛と言う毛が逆立つ。敵意の顕れ。狩猟者の眼差し。舌なめずりをする音。抑えられない興奮の吐息が耳を伝った。

 

(やられたっ!!)

 

 踵を返し全力疾走する。視線の主共は俺が気付いたことに驚いたらしいがすぐさま四足を駆けた。

 

(速い! くそ、やっぱりあの犬畜生共か!?)

 

 自分の走る速度は空腹とは思えないほど速かった。しかしあの魔獣相手では洞窟まで逃げ切ることは不可能だろう。やつらはこの森の主だ、俺以上にこの場所を熟知している。

 

 洞窟へ一直線に向かおうとするも前方から強烈な敵意が迫るのを感じた。すでに回り込まれているらしい。こちらの逃げ道をふさぐ算段のようだ。

 いまだ追いつかれずとも追い詰められているのは明確だった。獲物を追い回し疲れ果てた所で仕留めるつもりなのだ。術中にはまっていようとも俺に対抗する術はない。ひたすらに、死に向かって走るだけだ。

 

「チクショウがああああ!!」

 

 半ば諦めつつ途切れる息を振り絞り大声を放った。瞬間、無数の敵意が飛びかかる。

 ――死を覚悟した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………!?」

 

 無数の気配が一瞬で消えた。どうやら一目散に退散したらしい。

 俺に襲い掛かる絶好の機会のはずだろう。なんだ、何が起きてるんだ……?

 

「あんた、大丈夫ぅ? 珍しいねぇ、こんなところにダーキスなんて」

 

 ぎょっとしながら声の方向へ顔を向ける。全身を覆う外套を風に靡かせる陰影。月の光が照らす肌は青白く美しく。

 だがそれは人ではない。闇の中に爛々と輝く二つの赤満月。外套の下に着こんだ高貴な衣服。腰より生える蛇腹の尾っぽ。

 月を背景に黒い空に浮かぶのは、コウモリの翼を広げた悪魔だった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……お前は、誰、だ……!?」

「無礼なやつだね。名乗るときは自分からするもんだろ? まっ、許してあげるよ。あたしってこう見えて寛大なんだ」

 

 悪魔は翼を羽ばたかせながらも静かに降り立った。俺はいまだに息が整わずまともな返事を返せなかった。しかし悪魔は俺を慈悲深い目で見つめている。

 

「いいよ、焦らなくても。とりあえず息を整えなよ。ロングイヤーウルフに追われてたみたいだね。あたしの存在に気付いて逃げていったけど」

 

 目の前の女悪魔はとてつもないほど恐ろしかった。

 若く美麗な女性の姿をしながら、醸し出す気配は近づくものを畏怖させる。生物の血を啜ったかのような真っ赤な髪と、黒くしなやかなコウモリのような形状の羽は随分と高潔で純粋な上位の魔物であることを感じさせた。

 白く透き通るような肌の裏にどす黒く渦巻いた邪悪さを秘めているのが分かる。しかしその対象が魔物以外に対してなのが救いか。

 

「はぁ、はぁ。す、すまん。俺はリカウス・ゲインズ。お前の言う通り、ダーキスだ」

「ふぅん。あたしはウィルオール・スカーズ・ブラッド・リビアン。あなたたちには長い名前だろうから好きに呼ぶといいわ」

「わかった、ウィルオール。まずは礼を言おう。おかげで助かった、ありがとう」

「別にいいわよそんなの。それよりちょっと話をしない? そっちに切り株があるから行きましょう」

 

 

 

 ウィルオールの案内した場所に行くと確かに切り株と枯れ木が横たわっていた。彼女はこの森に詳しいのだろうか。

 ウィルオールが枯れ木のそばに立つと木を裂くような動作をする。降り下げられた手から透明な刃が見えると同時、枯れ木の一部は手の軌跡をなぞるように綺麗に割れた。

 切断された一部を手に取り口から小さな火を噴いて点火する。俺は一連の妙技に驚き声が出なかった。

 

「火を熾せばやつらも近づかないわ。最も、あたしに襲い掛かるほど度胸があるとは思えないけど」

「お前は一体何者なんだ……?」

「悪魔の血統、そしてリリトゥの末裔……。有り体に言えばリリスよ。悪魔の血が濃いけど」

 

 ウィルオールは優しく笑った。魔物とは思えないほど柔らかく。

 それは俺が魔物だからか? 悪い気はしないのだが、はっきり言って不気味だ。

 

「リリス……!? 悪魔の血統と言っていたが、リリスと悪魔の混合と言うことなのか?」

「あたしのことなんてどうでもいいでしょ。それより、あんたこそ何者? こんなところにダーキスがいるだなんて聞いたことないわ」

 

 ダーキスってのはそんなに有名なのか? 俺はそもそもそんな種族を知らなかったというのに……。

 創造主の与えた知識ってのはどうも中途半端だ。まさか、他に俺の知らない魔物がいたりしないよな?

 

「つい最近住み着き始めたんだ。崖下の洞窟に住んでる」

「崖下の――!?」

 

 ウィルオールが妙な反応を見せた。やはり彼女もあそこで起こった事を知っているのだろう。そう考えるとやはりあの巣穴はそれなりに規模の大きいものだったのかもしれない。

 

「……よくあそこに住もうと思えるね。あそこは今忌み地だってのに」

「訳ありなんだよ。実は主人に使命を言い渡されていてね。とにかく魔物を集めてダンジョンを造らないとならないんだ」

「へぇ、主人がいるんだ。ダンジョンを造らせるだなんて変わったご主人だね」

 

 俺は事の顛末を話した。もちろん、創造主と俺の関係を伏せるために節々に嘘を織り交ぜてだが。

 ウィルオールは意外にも興味深そうに話を聞いてくれた。ひょっとしたら誰かと会話をするのは久しぶりなのかもしれない。

 

 魔物は基本的にしゃべれない。人語を介する魔物は非常に高度な知能を有する種族ばかりであり、そのような魔物は別種と群れることを避ける傾向にある。

 リリスも本来は同種で群れるはずだが、どうやら彼女は違うらしい。自分でも寛大だとか言ってたしな。

 

「本当に面白いね。ダンジョンを経営か。まるで人間みたいなこと考えるよ」

「人間もダンジョンを経営するのか?」

「違う違う。その経営っていうのが人間みたいってこと。だって私たちみたいな存在ってそんな難しいこと考えないじゃん。お腹が空いたら食べる。眠たくなったら寝る。交尾したくなったら相手を探す。これ以上の事を考える魔物はいないでしょ?」

 

 言われてみりゃそうだ。ダーキスって種族がどんな文化を有してるかは知らないが、少なくとも魔物の一員ならそれだけ考えてりゃ十分だ。

 なんだかむかっ腹がたってきた。創造主のヤローめ、俺にこんな苦労を味わわせやがって! 俺はお前の奴隷か!!

 …………いや、奴隷みたいなもんか。悲しい。

 

「あんたみたいなの、一人いたなぁ」

 

 ウィルオールはポツリととんでもないことを言った。俺みたいなのがいるなどとは驚きだ! ぜひともあってみたい。きっと仲良くなれる。

 

「そ、そいつは今どこに!? 頼む、ぜひ合わせてくれないか!!」

「死んだよ。つい最近ね」

「……! そ、そうか……」

 

 ウィルオールは寂しそうな顔をした。おそらく仲が良かったのだろう。妙に馴れ馴れしいのはつい最近まで俺と同じく話せる相手がいたからだろう。

 俺としても残念だ。もしも生きてさえいて話すことができれば、きっと有力な情報を得られたに違いない。ダーキスの目を持ってしても見通せない暗闇の未来に希望の光を見いだせただろうに。

 

 だが、これはこれでチャンスではないか? ウィルオールは今傷心している。そこに付け入るような真似ではあるが、彼女をダンジョンに連れ帰れば色々と捗るではないか!

 ……なんだかいやらしい考え方になってしまったな。そんなつもりは毛頭ないのに。

 

「……なぁ、ウィルオール。一つ提案があるんだが」

「提案?」

「ああ。良かったら、俺のダンジョン経営に協力してくれないか?」

 

 ウィルオールの赤い瞳が満月のようにまん丸を剥いた。驚かれるのも無理はないが、俺としても今回ばかりはうまくいく気がするのだ。

 彼女は死んだその魔物が俺に似ているといった。寂しさを埋めるには別の何かに依存すればよい。俺がその依存対象となれれば――!

 

「悪いけどお断りよ」

 

 ありゃ?

 

「あの忌み地に住むだなんて考えたくもない。はっきり言ってありえないわ」

 

 な、なんだそりゃ! おいおい、一体全体あそこがなんだってんだよ!!

 冗談じゃない。こんな千載一遇のチャンスを逃してたまるか。

 

「た、頼む! お前が協力してくれればきっとうまくいくんだ!」

「ふぅ……あのねぇ、仮にも上位種族である悪魔の血統が、たかだか一介の下位種族に過ぎないダーキスの僕になれっていうの?」

 

 俺は開いた口がふさがらなかった。

 ダーキスって、立場低いんだ……。

 

「そういうことだから、じゃあね。せいぜい頑張りなさいよ」

 

 ウィルオールは優雅に飛び去って行った。俺はただ茫然と小さくなる彼女の姿を見送る事しかできなかった。

 実は外套の下の衣服からも彼女が位の高い魔物と言うことはわかっていた。しかしこのような辺鄙な場所に一人でいることから、彼女も仲間を持たないはぐれなのではないかと予想していたのだ。

 はぐれならば協力してくれると思ったんだが……考えが浅かったか。

 

 

 

「あの場所に住み着く変人が、まさかあんたに似てるとはね。いったいどういう運命の悪戯なのかしらね、リキンドゥ……」

 

 

 

 

 

 

 ウィルオールが去ったあと、俺はたき火から火を移したいまつを作る事にした。正直火を持って移動するのはリスクが伴う。明かりにつられて魔物が寄ってくる恐れがあるからだ。

 しかし彼女はあの犬共――ロングイヤーウルフは火があれば襲ってこないとも言っていた。理由はわからないがその言葉を信じるほかあるまい。どの道彼女が去った時点で俺は死んだようなものなのだから。

 

 結果として俺は無事に洞窟へと戻ってくることができた。おまけに道中で川を見つけることができ、とりあえず水で腹を満たすことは叶った。残念ながら食料はないが、それは翌日に何とかしよう。

 火を掲げたまま洞窟へと入ろうとする。たいまつの明かりのおかげか、そのとき奥で何かが蠢くのを俺は見逃さなかった。

 

「!! 誰だ、そこで何をしている!」

 

 俺は自分がこの洞窟の主だと言わんばかりに声を張り上げた。おそらく中にいるのは魔物だ。それもロングイヤーウルフではない、新手の魔物。

 これは博打だ。相手が好戦的な者であれば俺は殺されるかもしれない。だがうまくいけば仲間に引き入れることができるのでは。

 そのためには相手が何者だろうと決して臆してはならない。大丈夫、この洞窟にやってきたということは根城を求めているということだ。このダンジョンを貸すことを条件にすればあるいは……。

 

「そこにいるのはわかっている! 姿を見せろ! 姿を見せないのであれば力づくで引きずり出す!!」

「……」

 

 隠れ続けている相手に再度恫喝する。内心俺もドギマギだ。お願いですから怖い魔物じゃありませんように……。

 

『……お許しを。まさか、主がいるとは思いませんで』

「……お、お前は?」

 

 俺はそのあまりにもみょうちくりんな姿に呆気に取られた。

 その姿はまるで植物であり、たいまつの光におびえる小動物のようでもあったからだ。

 

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