ダンジョンマスター ~俺はダンジョン経営者~ 作:ぼいどれげぬん
村へとやってきた俺は予想以上の賑わいに驚かされた。都市に比べれば人通りも少なく施設も大したものはないだろう。しかし過疎気味の町程度と呼べる程度には発展している。
(な、なんだここ。村……と言えるのか、これ?)
俺が歩いてきた向かい側にもう一つの村の入口が設けられている。むしろあちらの方がしっかりとした作りの門になっており、俺の入ってきた側が裏門にあたるのだとわかった。
門と門の間は大通りになっており村人たちの生活の中心となっているようだ。看板を掲げた施設がいくつも通りに面し、脇では土産のような物を路上で売っている男もいる。
(まるで町になる一歩手前ってところだな。しかしなぜこんなにも人が多い。ここは何か特別なものでもあるのか?)
「……なぁ、あれ」
「ああ、妙な恰好だな」
「え?」
ひそひそと聞こえてくる声に気付き顔を向ける。村人たちは周りの人間たちは俺を物珍しそうに見つめていた。
(な、なんでこんなに注目されて……あっ!!)
俺は村人たちと自分を見比べ自分の置かれている状況を理解した。
彼らの着る服はどれも染色された布服だ。俺のように木の葉に身を包んでいれば奇異な目で見られるのは当然だろう。
(くそ、誤算だった! これじゃあ変装が意味をなさない、俺が魔物だとバレかねんぞ!!)
色鮮やかな服とは意外と高価な品である。と言うのも衣服に使われる染料の中には入手が困難なものがあったり、何より染色自体がかなり手間のかかる作業なのだ。
そしてそのようにして染色を行われた衣服とは一種の贅沢品、鮮やかな染色を施した衣服を着るというのは裕福のステータスと言える。
村に住む人間とは比較的貧しい者ばかりだ。そういった者たちは自然に身を寄せた生き方をするため森に住むエルフたちと友好的な事が多い。
だが裕福な人間には俗物が多くエルフの嫌悪する典型例だ。本来エルフはそう言った人里には決して近づかない。中には人里に住まう変わり者もいるようだが、そういった者たちはそこの人間たちと同じ衣服を纏い生活水準を合わせて暮らしている。
つまりこの人間たちの前に平然と身を晒すエルフは不審であり、ましてや身に纏う衣服は凡そ文明的でない。
もしもこの村に本来のエルフを知るものが居れば、俺は間違いなく窮地に立たされる!!
「なぁアンタ、なんでそんな妙な恰好をしてるんだ」
「あ、う」
一人が突然声をかけてくる。ま、まさか話しかけてくるとは。
それを皮切りに村人たちが一気に人が集まってくる。発展途上と言えどこういった所はまだ村らしさが残ってるらしい。俺は大勢に囲まれすぐさま逃げ道を失った。
「こんな人見たことないなぁ」
「なんだかとても肌が白いけど病気?」
「これ全部木の葉だぜ。なんでこんなものを纏ってるんだ?」
「そ、それは――」
「よぉ、何だどうした! おっ、旅人さんどうかしたかい?」
俺が返事に窮しているとまた一人男がやってくる。その人物はつい今しがた村の外で出会った、俺が初めてであった人間であった。
「あっ、ビゼルさん!」
村人たちは男の存在に気付くと皆が挨拶する。村人たちは俺のことなど忘れたかのように、あっという間にその男を中心とした輪を作りあげた。
「ビゼルさん、この人は知り合いですか?」
「ああ、まぁな。つっても今さっき知り合ったばかりだ。遠いところから越してきた旅人さんらしい。今日は買い物に来られたようだ」
「なるほど、そうでしたか」
「ハハハ! いやすまない旅人さん。みんな悪気はないんだ、許してほしい」
「い、いえ、お気になさらず……」
「ほらお前ら! この方に失礼だろうが、戻った戻った!」
村人たちはビゼルと呼ばれるその男に注意され次々に散っていく。どうやらこの男に助けられたようだな。あれ以上詮索されていればまず間違いなく俺の正体は暴かれていただろう。
……それにしても、この男何者だ? 村人たちが慕う様子からそれなりの権力を持っているように見えるが……。
―――― 第7話 『潜入と詮索』 ――――
「さっきは災難だったな。いや全くすまない、元々小さな村だったせいか他所から来た人をみるといつもああなんだ」
ビゼルは歩きながら申し訳なさそうに頭を下げた。確かに「いつも」通りなようでその表情には真剣さが無かったが。
俺としては生死に関わる重大問題のため全く持って気を付けてもらいたいものである。
「いえ、助かりました。失礼ですが、あなたは一体?」
「俺はこの村――ウールグーの村長の息子なんだ。ありがたいことにみんな俺の事を慕ってくれてる。さっき俺の言うことに素直に従ってくれたのもそれが理由だろうな」
ほう、まさか村長の息子とは。だがその割には中々ガッシリとした体つきだ。最初見た時は俺も件の冒険者とやらと見間違えたくらいだし。
「旅人さんは買い物のためにここに来たと言ってたな。大したものも無い村だが、何か探し物でも?」
「なに、生活に必要な物を買いに来ただけですよ。食料やその他消耗品などです」
「ふむ……。それなら、もしよければこの村の紹介をさせてくれないか! ちょうど俺も今日の仕事はもうない。あんたが良ければだが、ぜひともこの村の良さを知ってほしいんだ」
「案内……ですか」
できれば一人で行動したいんだがな……あまり近づかれてボロが出るのも避けたいし。
それにこの男は村長の息子と言うこともあり顔が広い。共に行動すると目立ちそうだ。
「まぁまぁ。また村人たちがあんたに色々失礼するかもしれないしよ。俺と一緒にいればさっきみたいな事にはならないだろう?」
「む……た、確かに」
良く考えたら俺はとっくに目立っていたな……。
一人でいてまた村人たちに詮索されるのも困る。ならば関わり合いを持つ人間は最小限に抑えたほうが得策かもしれんな。
「それじゃあお言葉に甘えましょう。よろしくお願いしますよ」
「ああ、任せてくれ! ……そういや自己紹介がまだだったな。改めて、俺はビゼルだ。よろしく!」
「リカウスです。どうぞよろしく」
俺たちは握手を交わし再び歩き始めた。
ビゼルは目に移る村の施設を逐一説明してくれた。雑貨屋、宿屋、酒場、農耕に必要な道具を取りそろえた道具屋など、やはり町で見られそうなものが目を引く。
彼自身も事あるごとにここがただの村でない事を強調しようとしていた。
「雑貨屋では職人たちが手作りで作ったランプや民芸品を多く取り扱ってる。宿屋なんかは村なんかじゃ珍しいだろ? 意外とここにはあんたみたいな旅人が来るもんでそこそこ繁盛してるんだ」
「なるほど。例えば、冒険者……とか?」
「そうだな、冒険者も意外と訪れるよ。そうそう、ちょうど今も村に冒険者が滞在してるぜ」
「そ、そうでしたか。……それはそうと、この村は随分と発展していますね。人口も多く施設も整っている」
「いいところに気付くな! そう、この村は今新しく生まれ変わろうとしてるんだ!」
ビゼルが興奮し大声を出す。俺の驚く様子に気付き「いや、すまない」と謝りながら話を続けた。
「ここも数年前までは魔物の被害におびえるごく平凡な村だったんだ。だけどある冒険者の一行が訪れてから少しずつ変わり始めた」
「冒険者ですか?」
「彼らはすごかった! 村の周辺に住まう魔物を追い払い、過疎化しつつある村の復興にも協力してくれた。彼らのおかげで少しずつ村に活気が戻ってきたんだ!」
それはまたすごい話だ。周辺に住んでいた魔物とはロングイヤーウルフだろうか? しかしやつら相手でも普通の人間であれば太刀打ちできないだろう。やはり冒険者は侮れない存在だな。
それにしても村の復興も手伝うとは妙な連中だ。冒険者とは人間たちにとっては救世主のような存在なのだろうか。
「あの……冒険者と言う存在について少々お尋ねしたいのですが、彼らは人々にとってはどのような存在なのでしょう?」
「どのような? うーん、普通ならばあまり良い印象は無いだろうな。都会で見かけるのは暇さえあれば酒場に入り浸っているようなのばかりだったよ。最も、そういった者たちのせいで迷惑を被ってる善良な冒険者もいる」
「村の復興を手伝うのが冒険者の仕事ですか」
「ハハハ、まさか! 冒険者の主だった仕事は魔物退治、ダンジョン探索とかだろう。私が出会った彼らは例外中の例外さ。しかし妙な事を聞くもんだなぁ」
「は、はは……せ、世間に疎いものでしてな!」
ビゼルは大笑いした。しかし俺を怪しむ様子が無いのは救いか。
しかし俺はこう言った情報収取がどうも苦手だ。今の質問はこの男が相手でなければもっと怪しまれていた可能性がある。気を付けなければ……。
「さて、主要な施設はこんなものか。リカウスさんは食料を買いに来たんだったな。どんな食料を買うつもりなんだい」
「野菜や果物……あっ。あと肉も少々ですね」
「よし、それじゃあこっちについてきてくれ!」
当然だがちゃんと食料を扱っている場所があるようだな。クク、一時はどうなるかと思ったがいよいよこれで食料問題も解消されそうだ。
おまけに肉も取り扱ってるとは有り難い! ここ数日は果実だけだったから肉が食いたくて仕方が無かったからな。
しかし本当にこの男と知り合って助かったな。一時はどうとでもなると考えていた俺だが、やはり突然実際に身の危険に晒されると思い通りにいかないものだ。
元々人間を嫌っていたわけではないが人間もそこまで悪いものでもないのかもしれん。ビゼルのようなものばかりであれば魔物と、もといダーキスと人間は仲良くできるのではないだろうか。
「ビゼルさん、昨日は本当にありがとうございました」
「礼には及ばないさ! またいつでも村に来てくれよ。歓迎するぜ」
ビゼルに礼を告げ門の外へと出ていく。朝日が昇りきらない時分だと言うのに見送りに来てくれるとは随分と情に厚い男だ。
昨日、俺はビゼルに案内され食料を買い込むことが出来た。しかし少し長居し過ぎたようで気付けば日は落ち始めていた。
流石に夜を移動するのは危険だったためどうしようかと思っていたが、ビゼルが宿屋に泊まることを提案してくれて助かった。さらには宿の主人に話を付けてくれるし、あいつ本当に良いやつだな。
「ウェアリーフには悪い事をした。早く良い報せを持って帰ってやらんとな」
律儀なあいつの事だから俺が帰らないことを心配しているかも知れない。それにあいつの分身とやらについても気になるところだ。
ああ、事がうまく運びすぎていて自分が怖い。はやる気持ちが表れたか、気付けば俺の足取りは軽やかだった。
「よぉみんな、お勤めご苦労さん。また景気良くやってるな!」
「ビゼル! 久しぶりだな。お前こそ忙しいだろうにこんなところで油売ってていいのか?」
リカウスと別れたその日の夜、村長の息子であるビゼルは酒場へとやってきた。
彼の姿を見るなり誰もが顔を綻ばせ挨拶を返す。誰にでも分け隔てなく、そして頼りがいのある彼に人々は自然と惹かれてしまう。村長の息子と言う立場を抜きにしても誰かの上に立つことが出来る人物だ。
辺りを見回した彼はいつもの汚らしい顔ぶれに安らぎを覚えた。彼らは村人たちの中でも特に気の置けない友人たちだ。
行く行くは自らが村民を従えていかなくてはならない。先導者の責任感という重圧も彼らと酒を交わすときだけは忘れることができた。
「店主、カインさんはいるかい」
「ええ。店の奥でお仲間と飲んでいらっしゃいますよ」
「ありがとう。それとミードを頼む」
「かしこまりました」
カウンターの店主が酒を注いでいる間にビゼルは店内の奥へと向かう。幕のかかった小部屋の中から数人の笑い声が聞こえてくる。幕を片手で持ち上げながらビゼルは中を覗いた。
「おお、ビゼル! 来たか!」
「すっかり出来上がってるな! 俺も混ぜろよ」
「ほれ詰めろ詰めろ! 次期村長のお通りだぞ!」
大柄な男たちが近しい体格のビゼルを座らせるため席を詰めていく。その中で一人、微動だにせず静かに笑う男へとビゼルは声をかけた。
「カインさん、お久しぶりです。戻られてましたか」
「ようビゼル。お前も最近は忙しそうだな」
「お待たせしました! ミードになります!」
可愛らしい女性の店員から蜂蜜酒を受け取り「ありがとう」と告げてグラスを軽く上げる。太い腕に見合わぬ細かい所作にカインと呼ばれた男は再び笑った。
「フフ、相変わらず見た目と違って細かいやつだ」
「小さな事柄にも目を配れ、そう教えてくださったのはあなた方でしょう」
「そんな事言ったかな」カインはカラカラと笑った。顎に生やした先細った髭が笑うたびにかすかに揺れる。自分よりも少しばかり年長のカインだが、顔を合わせるたびに自分よりも遥かに大人だと感じさせた。
――さすが幾たびの死線を潜り抜けた猛者だな。
村を魔物から救い復興を支持してくれた憧れの冒険者の一人である彼を見るビゼルの目は、少しの呆れと羨望が入り混じった少年のようであった。
「そうそう。今日はカインさんに一つご報告があるんです」
「ほう、良い相手でも見つかったか?」
「からかわないでください。俺にはまだそんな相手はいませんよ」
「謙遜しやがって色男、お前なら幾らでも相手がいるだろうに。そら、さっきの店員のコなんてどうだ。中々器量がいいぜ」
カインはカラカラと笑った。どうやら相当酔っているらしい。
いざと言うときは一行の誰よりも周りに気を配る鋭い目を持っているが、どうして普段はこう大雑把で横柄なのか。ビゼルはやれやれと頭を抱えて首を振った。
「それで、報告ってのは」
「大したことではありませんよ。つい昨日新しい旅人が村に訪れまして。カインさん言ってたでしょう、旅人が来たらできるだけ報告しろと」
「そうだったな。……まぁしかし、その様子からすると悪い奴でもないんだろう。お前の人を見る目は確かだ」
「カインさんに褒めていただけるのは嬉しいですよ。ですがその者、少し変わった格好だったのが気になるんですよ」
「変わった格好?」
カインの眉がぴくりと動く。握っていた木製ジョッキをテーブルに置いてビゼルの話に耳を傾ける。ビゼルは気にするそぶりも無く話を続けた。
「その旅人、衣服が特徴的でして。なんと全身が木の葉を編んで作られたものだったんです。しかし以前カインさんから旅人には余計な詮索はしてはいけない、と釘を刺されていましたので詮索はしませんでした」
「木の葉……。肌の色はどうだった」
「殆ど露出させていませんでしたが、顔や手は真っ白でしたね」
「そいつは何の用で村にきた? 今どこにいる?」
「食料を買いに来た、と言ってました。昨日のうちに野菜や肉を買い、宿屋に一宿して今朝村を出ました。洞窟のある森の方向に向かったようです」
カインは考え込むように黙り込む。ビゼルはそのときようやくカインの真剣な表情に気が付いた。
周りでは相変わらず大男たちがくだらない話に花を咲かせ笑っている。だがカインと面するビゼルは不思議と静寂が場を支配しているかのように感じた。
「……何か、気になる事があるんですね」
「ああ、まぁな」
カインが何を考えているかはビゼルには知れない。だが間違いなく、この村に不利益な事が起こらんとしているのだと察することはできた。
「そいつは村に戻ってくる可能性はあるか?」
「ええ、おそらくは。しかし危険な人物であるならば村に近づかせないようにした方が良いでしょうか」
その者が何者かはわからないが村に害をもたらす存在を見過ごすわけにはいかない。
そんなビゼルの心配を他所に、カインは普段の彼らしく意地悪そうにニヤリと笑った。
「いいや、その必要はない。しばらくは泳がせておけ。だが決して監視を怠るな。……でかしたぜビゼル、良く教えてくれた」
ジョッキを持ち直し中身を一気に喉へと流し込み、空となった器をテーブルにたたきつける。大雑把で横柄な見慣れた態度に戻ったようだ。
「残党狩りをする必要がありそうだ」
クックックと喉を鳴らすその男の顔は、まるで魔物のように邪悪であった。