御坂美琴のラボが吹っ飛び、舞い上がる黒煙に誰より慌てたのは常盤台生。一人一人が能力者で小さなエレメントなら問題ない力を有しているが、率先して脅威をまるで意に介さず狩っていたのは御坂美琴。
異常な事態に対抗していた象徴的な場が木っ端微塵に吹っ飛んで冷静でいられる者は少ない。なにより吹っ飛び方から銃撃だと看破できる者は多くなく、新手の能力者が水を求めて攻めてきたと考える者の方がこの瞬間は多いだろう。
ただ、誰より早くこの事態が誰によって引き起こされているのか分かっている食蜂操祈は、しゃがんだまま立ち上がった法水孫市にリモコンを向けるが、ボタンを押す前に落とされた
「あなたッ」
「重ねて悪いな食蜂さん、この距離なら俺のが速い。できれば校舎から飛び出そうとする常盤台生達を食蜂さんには抑えといて欲しいのだがな。ここでの最低限の仕事は果たしたが、まだやるべきことがある。俺の狙いは常盤台ではないが、分かるだろう?」
言いながら孫市が
学舎の園という閉鎖的な空間内において、本来ならば男が立っているだけで狙撃されて然るべしではあるのだが、こんな状況に加え、緊急事態だから
だがそれも終わり。
一手でラボを破壊されてしまったが、それ以上はないと二体の悪魔が白銀の槍を手に動き出す。
オーバード=シェリーは孫市へと銃口を向け、ロイ=G =マクリシアンは木原円周へ。
この段階で、シェリーは制圧のために頭を動かし、垣根帝督の参戦はないだろうと最悪のケースを切り捨てる。
理由としては単純で、シェリーとロイの思考パターンを写せる円周だからこそ隙を突くことができたが、完全に
故に空への警戒度を一段階下げ、残る面子へとシェリーは集中する。
そこから少し離れたところで、強くロイは目を細めた。対峙する円周がゲルニカM-003から見慣れぬ銃へと獲物を持ち替えていたからということもある。が、それ以上に続けて放たれた弾丸を目視したから。
覗くスコープの先から飛んで来るのはゴム弾。その選ばれた弾丸にこそ不機嫌に口端を歪める。
時の鐘同士が仕事上でやり合う際には殺し合いは御法度、であるとしても、殺す気概がなさ過ぎる。先輩に対しての遠慮なのか、万が一がないようにの配慮なのか、兎に角それが気に入らない。
円周のことをロイがよくは知らないということもあるが、向けられる殺意のなさに失望し、面白くないと素手でゴム弾を弾いたところで目の色が変わる。
膝から急に力が抜ける。
面倒な状況ではあるが、そんな事を考えている場合でもないのに、なぜか身の内に突如として食い込んでくる『怠惰』な感情。二発三発と身に受けることでより増していく怠惰な思いに口端を大きく持ち上げて、ロイは物見
「アッハッハ! オモシロ‼︎ バドゥ! 円周ちゃんがやばいんだけど♪」
「楽しそうにしちゃって、円周ったら大分時の鐘らしくなったじゃない」
ロイの反応にシェリーも口端を持ち上げる。
『木原』として、『
加えて、『木原』の名を冠してる以上、円周の持つそもそものポテンシャルが、性能が平凡とは絶対的に違う。時の鐘に参入し、数ヶ月で超遠距離狙撃を形にしている異常性。
分かりやすく天才。ただでさえ伸び代しかなかったところに、己が技術さえも手にした円周が伸びていないはずがない。
木原円周への脅威度を引き上げながら、ロイ以上にシェリーは笑みを深めた。
他でもない、別の存在が故に。
孫市がいて円周がいる。ではあと他に誰がいるのか?
浜面は逃げる為の足担当で離れているのか、本当にいないのか定かでないが、姿が見えないこと自体に意味がある釣鐘の存在がシェリーの頭に引っかかる。
忍者。アサシン。隠密を旨とする釣鐘がどのタイミングで出てくるのか、いないものとして考えてしまった瞬間にこそ、出て来る可能性が非常に高い。
だからこそ、どんな状況でも釣鐘を知っていれば釣鐘に対して意識を割かねばならず、ただ姿が見えないのでどこまで警戒すればいいか不明瞭。物理的な脅威度よりも精神的な脅威度が高い。
狙撃とて視認できなければ狙撃もできない。その不自由なままならさにシェリーは微笑み、ロイ同様、物見
この場で、シェリーとロイが気にしなければならないことはある種明確だ。
一つ、円周からの狙撃は受けてしまえば強制的に隙ができるので当たってはいけない。
二つ、釣鐘の存在を意識から外してはいけない。
三つ、孫市を自由にしていると、他に対処しようとした瞬間に狙撃されるので放っておくのは悪手。
たったの三人でなかなかに嫌らしい戦場を構築している。
「ロイジー、私は孫市の相手をするから貴女は引き続き円周の相手をなさい」
「え〜⁉︎ あたしもそっちがいいぜ! 狙撃苦手なのに!」
「貴女も時の鐘でしょう、文句言わない」
普段の流れなら、狙撃において世界最強のシェリーがさっさと円周を落とし孫市を孤立させるのが定石ではあるのだが、不確定要素があるが故にシェリーは手順を入れ替える。
孫市が纏う白銀色の軟体生物のような服。
目に見える距離に姿を現したシェリーを前に、孫市も目を丸くする。時の鐘の総隊長が直々に相手してくれるからというわけでもなく。
「姉さん水着じゃんッ‼︎ マジかぁッ‼︎」
白いビキニ姿のオーバード=シェリーに、つい孫市はぐっと拳を握る。白井黒子の水着姿を泣く泣く我慢し、それ以外に見たい誰ぞの水着姿などほとんどない中でお目に掛かれた唯一の幸運。嬉しくないはずがない。
暑さも吹っ飛ぶ衝撃に孫市は目を輝かせ、弟分の愚行にシェリーは冷ややかに目を引き絞る。
「それが今生最後の言葉でいいのかしら孫市? ちなみに黒子は常盤台の」
「うわああああやめてくれる⁉︎ 楽しみが減るッ⁉︎」
ズドンッ。
身を
「……できれば引いて欲しいんですがねボス。時の鐘とやり合う必要性をあまり感じないもので」
「私達は今常盤台の教師よ? 無理を言うものじゃないわね。ここを攻めることを選んだ己を恨みなさい」
「……まあこれは想定内だししょうがないか」
最低限の仕事は果たしたが、次のステップに移行するまでの間の最大の障壁。常盤台で暴れるにあたって、絶対に対峙をしなければならない相手。土御門に上条と孫市が送られた時とは状況も事情も違うが故に手加減など期待できない。
「その
「漁に来たのは俺達の方さ」
始まりの合図は必要ない。銃を構えてから引き金を引くまで、呼吸のようにスムーズに移行するシェリーの動きの波に合わせて、孫市は自分の体を中心に巻き込みように渦を巻く。
その姿に楽しげにシェリーは舌を打った。
渦を巻く孫市に追随して宙を踊る、
無数の足を踊らせて、そのまま孫市の姿がシェリーの視界の横へとすっ飛んだ。
「……なるほど」
重さは速さへ。形は保てど流体である
つまり、
なんでもない一般人であったなら、まともに真っ直ぐ歩くことなどできず、最悪少し歩くだけで毎回転ぶ羽目になるだろう。
そんな不自由製造機である
一歩を踏み生まれる大波を用いれば、身体能力以上の動きが生まれる。そこに走り回るといったスマートさは微塵もないが、時の鐘の軍隊格闘技で習得した地を転がる技術を合わせ、白銀の
「…………なんなのあれ」
それを誰より呆然と見つめるのは、中心地にいるオーバード=シェリーや食蜂操祈ではなく、離れた校舎から見つめるお嬢様達。
不可視の波に乗って浮いたり沈んだりを繰り返し地を走る孫市。それを追い宙を舞う触手。ただでさえ不気味だった風貌が、今や空に浮く
そして、そんな
数の多い能力者に向けて、共通する嫌な音を音色を変えながら奏で続ける。動き音を垂れ流し続ける騒音被害による能力封じ。常盤台生の動きを牽制しつつ、流転する視界の中で孫市は口端を引き結ぶ。
孫市は目を開けているようで何も見ていない。正確には第三の瞳で波の世界だけを見つめている。その目的は。
「あら孫市、私相手に時間稼ぎ? 偉くなったわね?」
自分に手を出さず転がり続ける孫市の動きに当たりをつけ、シェリーは突っ込むと手にする狙撃銃で泳ぐ触手を巻き上げる。
そのままつんのめる体を孫市は止めることなく踏ん張れば、しなった触手がシェリーを釣り上げた。宙へと浮いた狙撃手を弾くように
肩口を滑り地に落ちる銃弾。校庭の地面を抉るように、落とされ埋まった銃弾を孫市はシェリーへと向ける。追撃はせずに
近づかれれば弾いて引き剥がし、その場に留まるなら転がり続け視界に止まらない。完全な時間稼ぎの動きにシェリーは微笑む。
(
シェリーでさえ足を止めさせるのは骨が折れる。
そもそも、孫市の全身をほぼ
身を弾くように当てただけではただ移動に力を使われるだけ。
弾数に限りさえないのなら、銃弾を楔のように撃ち続け止めることもできようが、弾切れのない決戦用狙撃銃である
力で止めようにも単純な膂力なら孫市の方が上であり、波の世界を最大限活用する孫市に近接で挑むのは自殺志願者もかくやだ。方法としては共倒れ覚悟で転がる孫市に突っ込み、流転に巻き込まれながら銃口を隙間に捩じ込むことだが。
(勝算としては五分より低いわね)
仮にそれで孫市を倒せたとして、シェリー側にも大きな隙が生まれるのは必須。その生まれた隙にこそ、未だ姿を見せない釣鐘が突っ込んで来る好機となり得る。
釣鐘はいないと期待して相打ち覚悟で突っ込むか。
それとも、相打ち覚悟で突っ込むと見せ掛けて釣鐘を誘い出し先に討つか。ただこの場合、波の動きで察せられ孫市から一撃貰う可能性が濃厚。
円周を倒してやって来るロイを待つ。ただ、近接戦でもなく狙撃合戦でロイが円周に早々に勝てるかは微妙。
戦闘経験薄い常盤台のお嬢様達に期待するのはなかなかに酷。しかも孫市に能力を妨害されている中で。
結局どれもあまり現実的ではない。無数にある選択肢の中で、どうせ選ぶなら一か八か刺し違えの方が美味しい。そう決めてシェリーが笑みを深め────。
「食蜂‼︎」
常盤台ではとんと聞くことのない孫市達もよく知る男の声が外側から飛び込んだ。その声を聞いて孫市は目の色を変える。
「この瞬間を待っていたッ!」
『水晶の塔』を御坂美琴達が破壊しに出て行って、そこまで時間掛からずに目標を達成できるように木原唯一に調整してもらった。
教師として学園都市の、それもセキュリティの高い常盤台に赴任して来たオーバード=シェリーとロイ=G =マクリシアンの装備が整っていないことは分かっていた。
そんな中で時間を稼ぎ、孫市達が狙っていたのは、御坂美琴が帰って来たまさにこの瞬間。状況に頭が追いつかず、足を止めてしまうこの瞬間。
思考パターンを拾える円周のエミュレート能力を用いて昼から夜まで嫌というほどシュミレーションした。
「さぁ、星の胎動を骨で聞けッ」
恐怖心を煽るその姿の危うさにシェリーは孫市へ銃口を向け、この瞬間のためにこそ隠密に徹していた釣鐘がシェリーに向けて突っ込んだ。シェリーは倒せずとも構わない、ただ、一発の銃弾を吐き出すための時間が欲しい。
大地を揺さぶる振動が一発の銃弾へと姿を変える。特殊振動弾を超えた振動の結晶。
指先に伸びる引き金を孫市が押し込んだその瞬間。
「……ここで来るかっ」
外側で大きく膨れ上がった波が、津波のように学舎の園を取り囲んでいる壁を押し流し、孫市と美琴の間に伸びる空間を横断する。数多の瓦礫に着弾点をズラされて、斜め上へと走り抜けた振動の結晶が立ち並ぶビルの壁を粉微塵にしながら彼方へ消えた。
孫市達とも美琴達とも違う第三陣営。ここに来るまでの間に、数多のエレメントや武器を噛み砕き力を蓄えただろう
崩れ去った壁の根元に立ち並ぶ人影を見つめながら、射撃の反動を殺すために天へと掲げた
それだけを済ませて孫市は釣鐘を踏み付け縫い付けているシェリーへと突っ込んだ。高速で転がりながらシェリーを触手で軽く弾き、転がったまま釣鐘を引っ掴み回収。そのまま誰もいない空間へとひた走る。背中に狙撃を受けながら。
「悪目立ちすれば上里側も出張って来るだろうとは思っていたが、随分と良い、いや、悪いタイミングで来てくれた。当初の予定通り次のステップに移行する。御坂さんの背負う『
「いやっ、あのっ、ちょっ、止まっ、気分があッ⁉︎」
「よし、大丈夫そうだ」
「嘘っスよね⁉︎」
シェリーにお腹を踏んづけられ、すぐに流転する世界への旅。いくら忍者として普段街中跳び回っていると言っても、慣れない視界の中で状況を整えろは無理がある。が、それもすぐに止まった。
回転する孫市と地面の間に噛ませるように放たれた銃弾に体を滑らされ、遂に孫市の動きが止まる。もう動きに慣れたと冷徹に目をひん曲げるシェリーの眼光に孫市がゾッと背筋を凍らせ笑みを浮かべれば、なだれ込んで来る多くの影。
上条達が、上里達が、常盤台の中心へと殺到するその外側から更に、これまでほとんど無軌道に動いていたエレメントが群れを成して突っ込んで来る。
頭上へと孫市が銃弾を放ち音を奏でたのは合図のため。他でもない木原唯一への。エレメントを動かすための。エレメントの一体の背に乗って手を振りやって来ると同時に飛び込んで来た円周を孫市は受け止め離脱する。
混沌に堕ちた状況の中で、やるべきことはただ一つ。
「万事は上手くいかなかったが、第一目標を優先する。この混乱に乗じて一度場を離れ、居場所の割れた上里側の追跡を開始する。行けるよな釣鐘?」
「うぷっ、りょ、了解っす」
「円周もご苦労だったな。さて、とんずらするとしよう」
無数の破壊音を背に聞きながら孫市達はひた走る。全く色々と割に合わないと孫市は顔を歪めながら。エレメントに蹂躙され、崩れてゆく学舎の園のヨーロッパ風の街並みがスイスとダブる。
「……せいぜい俺を、恨んでくれよ」