罪の向こう、愛の絆シリーズ 【続・六花の森】 作:千野 伊織
とても久しぶりにナルトと時間を過ごす六花。
それはいつも以上に幸せで、そして悲しい時間でした・・・
愛するひとと里を守る為、六花はうちは一族抹殺、そしてオビトとの対決へと向かいます。
しかし、その胸の内にはある人の存在が消えず・・・
※関連話:『罪の向こう、愛の絆(完)~罪の向こう、愛の絆』
『罪の向こう、愛の絆~マダラとの出会い』
秋日和の午後。空は天高く澄み渡っている。
目の前では幼い子供達がキャッキャと元気に走り回り、その隣では母親たちが笑顔で井戸端会議をしている。店番をする老人たちの顔も明るく、道行く男の忍たちと仲良さそうに挨拶を交わしている。
ここも、木ノ葉の里にある平和な風景、そのものだった。
六花はふと目に留まった茶屋に入ってみた。店内に客は居ない。
「いらっしゃ〜い。どうぞお好きな席に座って頂戴ね~」
見た目以上に元気な老婆が、大きな声と大きな笑顔で迎えてくれた。
六花は窓から町の様子が見える席に着き、先ほど見た平和な風景をもう一度見渡してみる。
すると老婆が冷たいお茶とおしぼりを持って来てくれた。
「今日は十月なのに暑いわねぇ。お茶、温かいのもあるから欲しかったら言って頂戴ね。今日はちょうど味噌饅頭が出来立てなのよ。良かったら」
「ありがとうございます。ではその味噌饅頭を五つお願いします…ああ、あとこの柿羊羹も四つお願いします」
「あらお嬢さん、痩せてるのに沢山食べるのねぇ!うちはの人間じゃ無さそうだけど、くノ一?」
「あはは…甘い物に目が無くて…それに、うちはのお味噌は絶品だって里でも昔から有名ですし。あ、私は一般人です」
「昔は里でも良く売れてたんだけど、八年くらい前からすっかり売れなくなってね…でも味は落ちてないわよ~」
老婆はそう言うと、笑顔だが少し目を伏せ、いそいそと台所へ向かった。
六花は固い表情で老婆の後ろ姿を見つめながら思う。
・・・八年前…九尾事件…うちは一族の仕業だって噂が立ったのよね。そのせいで、もともと扉間様の政策で他の一族とは隔離されていた居住地が、復興の際に更に里外れに追いやられた・・・
「…六花、なんで味噌饅頭十個頼まないんだよ!あと柿羊羹も!…」
ゼツが鞄の中から小さな声で六花に向かって抗議した。
「…独りで十個も注文したら変でしょ⁉恥ずかしいし!…」
暫くすると、老婆が盆に味噌饅頭と柿羊羹を載せて持って来た。
「はい、おまたせ。味噌饅頭一個サービスね」
「ありがとうございます!…あの、おばあちゃまはお一人でこのお店をされていらっしゃるのですか?」
「いいえ~。警務部に勤める息子夫婦と孫が、時々手伝ってくれるの。今夜はね、孫が上忍に就任したお祝いでここでお祝いをするのよ~ほほほほ」
老婆は顔をくしゃくしゃにして笑いながら、テーブルの上に饅頭を置いた。老婆にとって、家族は宝物なのだろう。六花も微笑みながらその顔を見る。
「それはおめでとうございます。ご活躍をお祈りいたします」
「ありがとう。今日は本当に嬉しい日だわ~。孫のことに加えて、とっても久しぶりにうちは以外のお客さん、しかもこんなに美人が来てくれるなんて!」
六花は茶屋を出て、再び道を歩き始めた。
結局、土産で味噌饅頭十個を(ゼツに)買わされた。その紙袋を手に、緩い坂を上る。
坂の両側には住宅地が立ち並んでおり、その全ての家の門には、うちはの家紋が入っている。
何人かとすれ違ったが、うちは一族以外の人間らしき人は一人もいなかった。
気付けば六花は、俯いて歩いていた。
重い足取りを何とか前に進めながら、再びゼツの言葉を思い出す。
『…うちは一族の存在は二代目火影の政策を受継いだ志村ダンゾウにより必要以上に危険視されている…』
遂に、六花の足は止まってしまった。そして坂の下を見下ろす。
・・・扉間さま、なぜ?…私のせい?…マダラさまのこと?カガミ君のこと?…いいえ。何か理由があったのよ。そうに決まってる。そうじゃなきゃ私・・・
そう思おうとしたが、六花の瞳は暗いままである。
そして更に、遠い昔、扉間の謀によって殺されそうになったあの事件を想い出した。
しかし扉間のことは許している。
心の底からそう言える。
マダラが柱間に敗れた後、短い間とはいえ互いに心から愛し合い、結婚もした。
その間に、扉間のひとの上に立つ人物としての才能、人望、忍としての強さを改めて知ることができた。
それでも残念ながら、扉間が私情で動く人間ではないと断言することは“芙蓉”には出来なかった…。
六花は、完璧な人間などこの世には一人としていなのだ、そう思うほかなかった。
道が水平になると、右手にひときわ大きな屋敷が見えた。
六花はその屋敷の門の入り口の数メートル前で立ち止まる。前の道に人は居らず、屋敷も静まり返っている。六花は神妙な面持ちで屋敷を眺めた。
すると、六花の前方からナルトと同じ年くらいの黒髪の少年が歩いて来た。
「あの、ウチに何か用ですか?」
少年は睨むような目つきで六花を見て言った。
「…あ、いいえ。随分大きなお屋敷だからつい見てたの。ごめんなさい」
六花はそう言うと申し訳無さそうに微笑み、ゆっくり歩き始め、少年とすれ違う時に軽く会釈をして歩いて行った。
少年は六花が歩き去るのを見届けると、走って門をくぐり屋敷の中へ入って「ただいま」と大きな声で言った。
「さっきの子は、イタチの弟かしら?」
「うん、年頃からしてそうだろうね。ていっても、イタチもまだ十三歳のガキみたいだけどね」
「・・・・。」
六花は大きな池の前で立ち止まった。キラキラと光る池の中央付近には、シロサギが数羽立って居る。その様子に眼を細めた。
・・・十三歳・・・
六花の頭には、あの時自分に向かって手を差し伸べてくれた、元気で優しいオビトの笑顔が浮かんだ。
「…なんとしても、オビトを止めないと…」
六花は、大股でズンズンと歩いて行った。
◆
「ナルトくん、気を付けてね。いってらっしゃい!」
「オウ!行ってくるってばよ!晩飯、お汁粉も忘れないでくれってばよぉ~?」
「ハイハイ。分かってます。でもケーキとお汁粉なんてちょっと変じゃない?」
「いいんだってばよ!今日はオレの食べたい物、なんでも作ってくれんだろ?」
「うん。もちろん!じゃあ、ナルトくんも寄り道しないで早く帰って来てね!」
ナルトはアパートのドアをなかなか閉めず、何度も開けたり閉めたりして六花に手を振ってから、気が済むと元気よく走って登校して行った。その足音が聞こえなくなると、六花は笑いながら玄関の鍵を閉めた。
六花は昨夜からナルトの住むアパートに来て居る。
そして今夜は、ついにオビト(トビ)と会う…
ゼツにはああ言ったが、六花はオビトがナルトから九尾を抜いた場合、自分がナルトを輪廻転生の術で助けると決めている。(勿論、その前にオビトをナルトに近づけないが)
ナルトがもし“予言の子・世界を救う碧眼の少年”ではなかった場合、六花が死んでしまえば、六道仙人との約束を守れない事になってしまうかもしれない。
しかし、六花はこう考えていた。
予言も、運命も、自ら切り開いてこそ実現するものだ。
ナルトは最初から万能の救世主として生まれたのではない。
これから救世主へと成長してゆくのだ。
きっと多くの仲間と、愛すべき人たちと共に…ナルトにはその才能と可能性が存分にある。
ナルトを命がけで守ることは、この先きっと、世界を救うことに繋がっているはずである。
いや、そうに違いないのだから。
◆
秋の日暮れは釣瓶落としで、あっという間に暗くなった。
六花は夕闇に埋もれてゆく町の風景を窓から眺めながら洗濯物を畳んでいる。料理は既に全て出来上がっており、ナルトの帰宅を待つばかりである。
…ガチャ、ガチャ、バン!
「六花姉ちゃん、ただいまーだってばよ!」
「お帰り!ナルトくん!」
六花は洗濯物をその場に置くと、玄関で靴を脱ぐナルトに駆け寄って行った。ナルトは六花の顔を見上げてニシシと嬉しそうに笑っている。
テーブルの上にはところ狭しとナルトの大好物が並べられた。それを見て、ナルトは目を輝かせている。
六花はその様子が堪らなく愛おしく、そして、辛くなる…。
「・・・六花ねぇちゃんってば!ねぇ?聞こえてんの?食っていい?」
「…ああ、ごめんね。どうぞ召し上がれ~!あ、野菜から食べるのよ」
「嫌だねぇーっと・・・・うん、唐揚げうめぇー!!」
「まったくもう。ウフフフ」
二人は笑み笑みと楽しく食事をした。
いつものように。
そして、いつも以上に…。
食事を終えると六花はテーブルの上を綺麗に片づけた。そして今、部屋の電気を消した。
ナルトは暗闇の中、テーブルに着いて胸を躍らせている。
「じゃんじゃじゃーん!」
「わぁー!あっははは!」
六花は台所から、灯りの付いた八本のロウソクが立てられたホールケーキを手に、ナルトの前に現れた。
ナルトは歓声をあげ、手を叩く。その瞳はロウソクの灯りを受けて、先ほどよりもっともっと輝いている。
そして六花はゆっくりとテーブルの上にケーキを置いた。置くと同時にナルトがジタバタしながら言う。
「これ、消していい?消していい?」
「ウフフ。いいわよ。そおっとね!」
ふぅ―――。
ナルトがゆっくりと八本すべてのロウソクの火を吹き消した。
「ナルトくん、八歳のお誕生日おめでとう!これからも元気でお勉強と修行頑張ってね!」
「おう!六花ねぇちゃん、ありがとうってばよっ!!」
屈託のない満面の笑顔で礼を言うナルトの顔かたちも、身体も、昨年よりもずっと成長している。六花は暫く、そのナルトの顔を深く慈しむ瞳で見つめた。
ナルトは途中、六花のその様子を不思議に思ったが、気づけばナルトも六花の顔をじっと見つめていた。
ナルトにとって、このような温かい瞳で見つめてくれるのは、里において、三代目火影と、ラーメン一楽の店主、そして六花くらいだった。
六花の優しい瞳と表情はまるで温かい春の太陽のようで、ナルトはずっとずっと、この温かい目に見つめられていたいと願った。
一方、六花は今にも泣き出し、ナルトをぎゅっと強く抱き締めて離したくないと思っていた。
いま見つめているナルトの顔は、来年、再来年、五年後、十年後、いったいどんな風に成長するのだろう…それが楽しみであればあるほど、それ以上に、その姿を見ることが出来ない事実があまりにも悲しく、息が出来なくなりそうだった。
そして六花は何事も無いように立ち上がって部屋の灯りをつけると、その手に紙袋を持って戻って来た。
「はい!これ、今年のお誕生日プレゼントよ」
「やったぁ!!なんだろ!なんだろ!ねぇ開けていい?」
「うん!気に入ってくれるといいなぁ~ウフフ」
ナルトは紙袋からプレゼントを取り出し、リボンを解くと包装紙をビリビリと勢いよく破り始めた。
六花はその様子さえも愛おしく感じる。
ナルトが物心ついた頃から、プレゼントを渡すたびにこうして目を輝かせながら勢いよく包装紙を破いてきた姿が、目の前のナルトに何人も重なる…。そして目の前のナルトが本当に三人くらい居る様に見えた。
「わぁ!これってば、欲しかったゴーグル!!覚えててくれたんだ⁉サンキュー!…って、六花ねぇちゃん?…だいじょぶか?」
「うん、ちょっと煙が滲みただけ…もちろんよ!ナルトくんのことならぜーんぶ、何だって覚えてるんだってばよ?ウフフフ!」
「うん。オレも六花ねぇちゃんとの想い出は、いっぱい覚えてるってばよ!へへ!」
「…ありが…とう…」
◆
午後十時。
ナルトは九時前に就寝し、隣の部屋でゴーグルを握りしめて熟睡している。
六花は暗いリビングで、手元を照らす小さな明かりをつけて短い手紙を書いていた。
「ナルトくんへ。今日のごはんののこりは、れいぞうこに入っています。早めに食べてね。こんどの私のしごとはたいへんです。とうぶん里には帰ってこられません。ごめんね。つぎにナルトくんに会えるときは、おともだちをしょうかいしてほしいな。楽しみにしてるね。六花」
本当は、もっと書きたい事は山ほどある。
この短い手紙一枚を書くのに、十枚もメモ用紙を使ってしまった。それでもようやく書き終えたのだが、ペンを置くことが躊躇われ、何度も首を振る。
なんとか思い切ってペンを置くと、六花は静かに立ち上がった。
そして洗面所に行って服を脱ぎ、戦闘服に着替え始める。
着替え終わると、ナルトの部屋の扉を僅かに開け、月明りに照らされているナルトの寝顔を見つめた。
「…ナルトくん…ナルトくんなら絶対立派な火影になれるよ。頑張って…愛してる…」
小声でそう呟くと、目の前が滲む前に扉を閉め、玄関に向かって歩いてゆく。
そして静かに玄関を出てドアを閉めると鍵をかけ、いつものようにポストに鍵を入れた。
そして、その場から姿を消した。
六花は建物の屋根、電信柱伝いに夜の街を駆けている。
すると左肩に載るゼツが言う。
「まず間違いなくオビトは六花に抹殺を手伝わせる気だ。もう一度聞くけど、手伝う気はないんだね?」
「うん…だって私にはそんなこと、到底…出来ない…」
「だよね。じゃあキッパリ拒否して。どんな脅しをされてもね。それでもし戦闘になるようならオビトを殺すんだ」
「…けど、オビトを殺してはマダラさまの代役が…それに私にそんな事…」
「オビトはもういいよ。代案はある。マダラとナルトが協力して世界を救う所を見たいなら、ここで非情になるんだ。いいね?」
ゼツの言葉を聞き、六花は唇を噛んで顔をしかめたが、直ぐに口を真一文字に結びキッと強い眼差しで前を見た。ゼツが言葉を続ける。
「それと、うちは一族の抹殺を止めようなんて絶対にするな。これはマダラの意思でもあるけど、木ノ葉の忍とうちは一族が招いた結果であり、必然なんだ。それに抹殺の場にはイタチも居る。オビトに加えて万華鏡写輪眼を開眼しているイタチ、あの二人同時相手じゃ僕が居たとしても勝てない。分った?絶対だよ」
その話を聞き終わると、六花は里と旧うちは領地の森との境界線である高い壁の上で足を止めた。
そして後ろに振り返り月明りに照らされている里を眺め、言う。
「結果…その結果に至るまでの道筋をつけたのは・・・」
六花は歴代火影たちの顔岩に目を移す。
左から、初代火影・千手柱間、二代目火影・千手扉間、三代目火影・猿飛ヒルゼン、四代目火影・波風ミナトの顔岩が在る。
「うん。その道筋をつけたのは芙蓉の元夫で六花が命を助けてマダラから超キレられた“あの”二代目火影だね。うちは一族の戦闘能力を活かす名目で警務部隊を組織させたのは建前。体のいい迫害さ。だから恨むんならマダラじゃなく君の元夫を恨むべきだと思うよ」
「私に、恨むべき人など一人もいないわ…居るとしたら、私自身。只一人」
そう言うと六花は壁を飛び降り、森の中に消えて行った。
つづく