罪の向こう、愛の絆シリーズ 【続・六花の森】   作:千野 伊織

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【続・六花の森】の番外編でございます。
「(五)大蛇丸VS六花!!」の大蛇丸が六花を襲撃する数日前のお話です。
登場人物は六花とゼツのみです。
※関連話:「六花の森(完)その結晶はいつかまた輝く」 「続・六花の森(3)~対面~オビトとマダラ、六花とヒミコ」
小さな、でも壮絶な未来へを引き寄せる恋・・・


【続・六花の森・番外編】1時間 46分59秒

目を開けると、六花の背中が小さく見えた。

・・・これは夢…?・・・

それを確かめようとゼツは無意識に“手”を伸ばした。

すると間もなくその手は六花の背中触れ、その温かさでこれが現実世界であることを確かめられた。しかし。

「こ、これ…は⁉」

「?…ん…ゼツ?」

すると眠っていた六花が背中の感覚に気が付き、ゼツの方へゆっくりと振り向いた。

「・・・⁉だ、誰!」

六花は、飛び起きると、自分の隣に横たわっている見知らぬ男を見て驚き、枕元に置いてある刀を握り締めると飛び起きた。しかし男は何も言わずに、横向きに寝ころんだまま動かず、自分の両掌を眺めている。六花は即座に写輪眼を発動して男の顔と姿を見た。

体格は六花よりも少し背が高いくらいの中肉、この時代のものとは思えない服装をしている。サラサラと布団の上に流れる髪は真っ白で、額には二本の角らしきものが生えており、色白な肌の顔は中性的でとても可愛らしい青年だった。そして六花にはこの風貌に、どこか見覚えがあった。

・・・ハゴロモさんとヒミコさんに似てる・・・

すると男はゆっくりと起き上がり、六花の顔をみつめてきた。その顔には徐々に喜びが満ちてゆき、最後は歯を覗かせた大きな笑顔になって口から溢れ出した。

「六花僕ヒトになれたみたいだ!」

六花は目を更に大きく開け、今一度じっくりと青年の姿を見回した。誰かが変化の術を使っている様子は無い。そして、確かにその声は間違いなくゼツのそれだった。

「…貴方もしかして、ゼツなの?」

「うん」

「本当に…?」

六花は訝しげに訊ね、そして言い知れぬ緊張にゴクリと唾を飲み下した。

声はゼツのそれだと言っても、突然現れた青年(ヒト)が、あの黒い球体の身体に目と口が付いている単純なゼツといういきものであるとは俄かに信じることは出来ない。

「マダラの分身で六花のご主人様であるゼツ様だよっ!」

「・・・・。どうやら、本当みたいね…」

青年がゼツと六花しか知りえない事実を口にしたことで、花は未だに信じられないが、このヒトはゼツだと思い握っていた刀をゆっくりと畳の上に置いた。

「で、でも、どうして急にヒトの姿になれたの⁉というか、もしかしてそれがゼツの本当の姿なの?」

六花は恐る恐るだがゼツへと膝を寄せ、前のめりになって訊ねた。するとゼツも座ったままずいずいと六花に近づき、二人の顔が三十センチほどまでに近づいた。

「本当の姿というか将来の姿って言った方が正しいかもね」

「?」

そう言ってゼツは一度六花の顔を見てニカッとしたあとすぐ、窓の方へと顔を向け、眼を細めて語り始める。

「僕は以前も一度だけこの姿になれたことがある…あれからもう千年近く経つんだね。僕が人の姿になれるのは皆既月食の夜、しかもそれが年に三回ある年じゃなきゃダメ。その三回のうち皆既日食の継続時間が一番長い夜にだけこの姿になれるんだ。それが今夜だったってわけ」

難しい話だが聡明な六花は直ぐに理解した。確かに、これまで月食を年に三回観測できる年は意外にも多くあったのだが、その月食が全て『皆既』月食という年は過去これまでも少なかった記憶がある。そして、月食の日は必然的に満月…。

・・・満月!そういえばヒミコさんは月食の日には現れることが出来るのかしら?もし今夜ヒミコさんも現れたらゼツと・・・

「ねぇ六花ってば話聞いてる?」

「え、あ、うん、聞いてるわ。色々な条件が千年近くの単位でようやく揃ったわけね!」

「そうだよ。でも…」

「でも?」

「何でもない。ねぇこの姿になったら六花としたいことがあったんだ!今からそれしてよ!」

「な、何?…」

そう訊ねながらも、ゼツが自分としたい事はひとつしかないと思っていた。

六花は唇を軽く噛んで僅かに目を伏せてゼツの返事を待つ。

「!」

ゼツが膝の上で重ね慣れている六花の左手首をギュッと握って来て六花は必要以上にビックっと驚いてしまい、思わず顔を上げた。

「六花と手を繋いで外を歩きたい」

「え?…」

「え?じゃなくて!さぁ行こう!」

ゼツは握っている六花の手を引っ張って立ち上がった。六花もつられて一緒に立ち上がる。

「で、でも今から?もう真夜中じゃない。明日にしましょう?」

「六花のご主人様は誰だっけ?」

「・・・。ぜ、ゼツ、だけど…」

「それに昼間は駄目だよ。ヒトの姿してるっていっても人間の姿とは違うんだしさ」

「それはそう、ね…」

そうして六花はなぜか必要以上に急かしてくるゼツに言われるがまま、寝間着から着替えて外出する準備を整えた。

・・・本当に今日は皆既月食なのね・・・

六花は空の上の月を見上げた。今夜は満月の筈だが、月は上弦の月のように上の一部分だけが僅かに光っていた。

いま六花とゼツは柳の植えてある小川の遊歩道を歩いている。

この遊歩道はかつて、初代火影・柱間が造ったもので、いまは〝恋人たちの小径〟と呼ばれ里のデートスポットとして人気の場所として親しまれている。街灯も消え、こんな夜中に歩いている者は他に誰も居ない。

空を見上げていた六花は、いつもの様に目線を左肩に落す。

その視線はゼツのいない左肩をかすめ、そのまま下へ下がってゆき、繋がれた二人の手を見た。しかし、その手には体温は無い。それが今の時間が限れたもの様に、それとも、血潮の果てにある永遠とも感じられ、六花は胸のざわつきを抑えられずにいた。そしてその何とも言えない緊張感に、いつの間にかヒミコのことは忘れていた。

「六花。さっきから黙ってばっかりだけど何か喋ってよ」

「うん・・・って、ゼツから喋ればいいじゃないの」

「ああそうだ。僕って六花の好み?」

ゼツは無邪気な笑顔で自分の顔を指さして六花の顔を覗き込んだ。

「えっ?…うーん」

「即答できないってNOってことじゃん」

ゼツは口を尖らせてそっぽを向いてしまった。

「だって写輪眼があるからってこの暗さだよ?はっきりは見えないもの」

「もういいよ!どうせ六花は僕のものなんだからさ」

「ふふふっ…ヒトになっても中身は変わらないのね」

「なんだよっ」

「そういえば、ゼツはお菓子が大好きだけど、その中でも何が一番好きなの?」

「六花の大福、六花の饅頭、六花のクッキー、六花のパウンドケーキ、六花の…って色々あり過ぎて一番なんてないかな。ああでもこないだの…」

そう言って指折りしながら好きな物を数えるゼツを見て、六花は愛おしい気持になる。その反面、胸の奥がチクリと痛む。

ゼツが自分を好いている、いや愛してくれていることは十二分に伝わって来る。

しかし、六花のゼツへの愛情はゼツのそれとは明らかに違う。ゼツがヒトの姿になっても、きっとそれは変わらない…。

「って自分で質問しといて聞かないとかなんだよ!」

「聞いてる、聞いてる!」

途中ベンチを見つけ、どちらともなくそちらへ向かってゆくと、揃って腰を下ろした。

そして二人は再び沈黙していた。

六花にはゼツに聞きたい事は沢山あった。しかしそれを訊くことは出来ないのだ。

六道仙人と会ったあの日、ゼツの正体のことも知った。そして満月が南中にある数分間だけ

ヒミコの魂と会えるようになってからは夢でヒミコの記憶らしきものを見るようになり、ヒミコやその母・カグヤについての事も少しだが知るようになっていた。

だが六道仙人との約束を遂行するまで、即ち〝予言の子・碧眼の少年〟が世界を救うまではゼツにそれを知られるわけには決して行かないのである。

ぎゅっ…

その感覚に、六花は未だ繋がれたままの手を見た。

「今マダラのこと考えてるでしょ?」

「え…」

「六花のことなら解るんだからねっ」

そう言うとゼツは手を解いて、六花をそっと抱き寄せた。そして六花の後頭部に手を回し、その手で優しく六花の頭を撫で始めた。

「六花…あったかい。あったかいよ」

しかし相変わらずゼツの手も、身体も冷たいままである。六花の体温はその冷たいゼツに奪われてゆくが、それと同時に心までも体温と共に奪われていくように感じて六花は固く目をつぶった。

どれくらいだろうか。数分後、ゼツはようやく六花から身体を離した。

先ほどまで地球に侵食されていた月は、ようやくそこから脱して半分ほど姿を見せている。しかしその色はいつもとは違う、少し不気味な赤銅食だった。

七月とはいえ梅雨時期の今、夜は肌寒く感じる。冷たいはずのゼツの身体が離れ、六花はその寒暖差で一層気温の低さを感じる気がした。それに戸惑い僅かに目を泳がす。

「六花」

その声に六花は顔を上げてゼツの顔を見た。

どことなくヒミコに似ている美しい顔と、感情を見て取るのが難しいその瞳は〝白眼〟である。

チュッ…

ゼツはぎこちなく、六花の唇を吸っている。

六花も自然と眼を閉じ、その感触に浸った。

本来なら満月の強い光に隠されているはずの天の川が輝いている。そして、その中の星が一つ、流れて消えていった。

先日の七夕には、織姫と彦星は再会できたのだろうか。そしてまた〝いつか〟再会することができるのだろうか。六花は“今”が永遠では無い事に気が付いた。

そして、ゼツが先に唇を離した。

「来月六花の誕生日だよね」

そう言うと突然立ち上がり数歩前に歩み出ると、草むらにしゃがみ込んで何かを探し始めた。そして手を伸ばしプチプチとそれを摘み取ってゆく。六花は不思議そうにそれを眺めていた。

「ちょっと早いけど僕からのプレゼント」

ゼツは摘み取った数本の花を六花に向けて見せた。

「あ、ありがとう…」

「本当はもっともっと沢山摘んででっかい花束にして渡したいんだけどそれには時間足りないかな」

そう言いながら花を見つけては急いで摘んでゆく。六花はその姿を見て、何かを想うよりも先に、涙が頬を伝った。

「ゼツ!」

そしてためらうことなく、ゼツの背中に抱き着いた。

「もういいよ!時間が勿体ないわ。もっとゼツのしたい事をして!お願い」

「だから僕が六花にプレゼントあげたいんだってば。はいこれ」

ゼツは、強く背中に抱き着いて顔を埋めている六花の眼の前に花束を差し出して見せた。六花はゆっくり顔を上げる。

そこには、つゆ草、イヌダテ、カワラ撫子、ゲンノショウコ、ヒメジョオンなど、数種類のちいさな夏の草花たちが顔を揃えて六花に向かって微笑んでいた。六花はゆっくりとその花からゼツの顔へと目線を移すと、ゼツの顔は草花よりも遥かに大きな笑顔だった。その顔が、いつものゼツ、丸くて黒くて目とニヤッとしている口しかない単純な顔が重なり、六花は思わずプッと吹き出してしまった。

「何だよひとの顔見て笑うとか失礼じゃない?せっかくプレゼントしてあげたのにさ」

「ふふふっ…ごめん」

六花はそう言ってゼツの手から花束を受け取ると、胸にギュッと抱き締めた。

「ありがとう…ゼツ。とっても嬉しい…」

その六花の切なくも喜びが溢れる表情を見て、ゼツはそっと顔を逸らすと地面を見ながら軽く唇を噛んだ。

「ホントはもっといいものあげたいんだけど。六花が作ってくれるお菓子みたいなさ…」「ううん!充分素敵な誕生日プレゼントよ。これ、押し花にして栞に貼って使うから。ずっと大切にするから、だから…」

「でもいつか!いつかきっと僕が六花を幸せにするから。マダラが蘇ったら、そしたら…」

ゼツは六花の言葉を遮ってそう言ったが、途中で言葉を飲み込んで再び俯いた。

「・・・?」

「帰ろうよ。最後にこの身体で六花のお菓子食べてみたんだ」

「う、うん!急いで帰りましょう」

六花はゼツの手を握って一緒に立ち上がった。

「走…れる?」

六花はゼツの手を握ったまま少し上目遣いで悪戯っぽく訊ねた。

「うん。走れるよ」

「コケないでよね」

「馬鹿にすんな!」

二人は手を繋いで小さく一歩を踏み出すと、その歩みは徐々に早くなってゆき、そして走り出した。

 

月はもう、西の山の派に近づいていた。

六花は健やかな顔で横向きになって眠っている。その頭の上にゼツがぴょんと飛び載った。

『私、今日のことも、ゼツの姿も絶対忘れない』

ゼツの頭に、別れ際に言われた六花の言葉が蘇る。ゼツは丸い小さな目でじっと六花の横顔を見つめた。六花の美しい横顔は月明りに照らされ、僅かに青白く光っている。

「残念だけど今夜の事は目が覚めたら忘れてしまうんだよ六花。でもいいんだ。だってまた直ぐあの姿で会えるから。そしたらその時は…」

満月の光と共に薄れてゆく記憶を、六花の枕元の草花たちだけがその身に宿し、そっと二人を見守っていた。

 

おしまい


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