特別試験五日目の朝。
Dクラスは混乱状態にあった。
それは、私がある工作を行ったからだ。
***
話は特別試験の開始前まで遡る。
Aクラスの教師から開始を宣言されるより少し前、私と金田は龍園から呼び出しを受けていた。
「――というわけだ。お前ら二人は雑魚どもの中で遊んで来い」
龍園の予想では、今回、各クラスを測る試験のようなものが行われる……らしい。そして、その結果によってクラスポイントの変動がありうるという話だ。この話は初めてじゃない。少し前――船内のアナウンスが入る前にも同じことを言っていた。その時は、クラスの十数人を集めていた。今回は金田と自分しかいない。
「ちょっと待て。何で試験があるって分かった?さっきの演説じゃ納得できないんだけど」
「あー?いちいちそんな事気にしてどうするんだ?お前は?上のクラスに行くのが目標、その為に協力すると誓ったはずだぜ?なあ、伊吹」
「別に誓っちゃいない。ただ、おまえが思いつきで言ってないか確かめてるだけ」
この男は読めない。思い付きで口走っているようにも見えるし、全てが計画的のようにも見える。ただ、先ほどクラスメイト達の前で行われた「演説」は、過剰で、演出的だった。まるで何かから目を逸らさせるように。
他の有象無象と同じように、騙されるわけにはいかない。
「説明してやってもいいが、お前の頭で理解できるかどうか怪しいな。だが、まあ、俺も今は気分がいい。特別にこうしよう、伊吹、金田。俺がさっき言ったように、『特殊な試験が先ほどアナウンスした時見えた島で行われ、それがクラスごとに行動するもの』であった場合は、お前ら二人は俺に殴られた後、BとDクラスへ潜り込め。もし違ったら、今後は別に俺の命令に聞かなくていい。どうだ?破格だろ」
「質問に答えてないし、それに、何でおまえに殴られないと――」
「――なるほど、つまり苦肉の計ということですな。龍園氏」
「クク、金田、理解が速いな。その理解力のある頭を殴るのは、慈悲深い俺としては避けたいが……、一之瀬を騙せるのはCクラスだとお前と椎名くらいだ。……やれるな?」
「暴力は苦手ですが、龍園氏の役割に比べれば大した苦痛ではないでしょう」
「というわけだ。金田は納得した。伊吹、お前は?」
「――、分かった。おまえの予想が外れてたら代わりにおまえを殴るから」
「好きにしろ、俺はもう行く。お前らは上陸後に殴られに来い」
吐き捨てるように言うと、龍園は一人船内へと歩いて行った。
***
龍園からの指示。
それはDクラス内への潜入と特別試験の妨害だ。船上では大まかな方針だけだったが、ルール判明後、龍園の下へ向かったとき、さらに詳細の内容が伝えられた。
私の役割はDクラス内のリーダーが誰かを調べることだ。ただ、証明の為に、龍園からは、カメラを使いリーダーカードを撮影するようにと言われた。
そのほかにも、トランシーバーを渡された。「これで連絡を取れ」と龍園は言ったが、カメラとトランシーバーを持って潜入だなんて、どう考えても怪しすぎる。
龍園に殴られた跡を使うとしても、不備が多い。一応、Dクラスのベースキャンプの近くに来た時にトランシーバーは隠したが、肝心のカメラは隠すわけにもいかず、持ち物の中に入れるしかなかった。
ただ、Dクラスの生徒たちは想像以上に馬鹿だったため、カメラの件は問題にはなっていない。
――そう、想像以上に馬鹿な連中だ。
彼らの殆どは馬鹿で単純だ。深くものを考えず、危機管理能力に欠ける。主要となる何人かを除くと、ほぼ全員がCクラスの生徒に及ばない。つまり、端的に言うと、Cクラス以下だ。
Cクラスも碌でもないクラスだが、ここのやつらよりは、もう少し頭が回る。
ただ、そんな中でも、数少ない例外も存在する。それは平田と櫛田、そして堀北と赤石だ。前者二人は優秀な面を持つが、こっちが少し引くぐらいにお人好しだ。つまり精神構造が馬鹿だ。しかし後者二人が、少し厄介だ。
平田は典型的な良いやつだ。クラスを率いていて、能力も高い。総合的な力量なら、Cクラスで平田に勝てる生徒は、
しかし、その本質はただの良いやつだ。決してリーダーに据えて良い人間とは、私には思えない。特に、Dクラスのような問題ばかりのクラスでは、良い人であるがゆえの優柔不断さが、難局を呼びやすく、また難局を悪化させるタイプだ。
それは、私のような女をDクラスに迎え入れたことからも立証されている。この特別試験で、この男が中核となっているのはDクラス最大の失敗の一つだ。
櫛田は平田の女版のような生徒だが、平田よりも搦め手寄りのタイプに見える。少し一之瀬に似ていると言えばいいかもしれない。ただ、龍園が多少意識している一之瀬と違い、櫛田は意識されていない。それは、櫛田を見ていると分かる。この女は一之瀬ほどの才能を感じないのだ。一般的な生徒よりは才能があるだろうが、一之瀬には一回り以上遅れている。そんな印象だ。
さらには、平田と同じように私を受け入れ、あろうことが、自身の食糧やテントの一部さえも私に分け与えてきた。平田以上に甘いと言っていい。話をしていて、僅かに気を許しそうになるという点では平田よりは危険度が高いが、一之瀬以下の才能に、平田より甘い精神構造からして、総合的にはDクラスで一番与しやすい相手だ。これがDクラスでも上位の人物なのだから、龍園の言葉にも頷ける。
堀北は優秀な生徒だ。言動から知性は十分に感じられるし、何より、体の動かし方や些細な仕草から、高い運動能力の持ち主であることが分かる。さらには、私の事を完全に疑っている点でも、他のDクラスの生徒より勝っている。堀北は時折私を疑うように視線を送ってくるため、Dクラスを探るときは、私も堀北をかなり意識した。『私が探っている』ということを堀北に察知されるわけにはいかないからだ。総合的には、今回の私の役割において、最も危惧すべき相手であり、そして、恐らくリーダーカードを持っている可能性が一番高い人間だ。
赤石は少し特殊な生徒だ。平田の友人のような立場だが、活動を見ると櫛田と組んで行動することが多い。能力は櫛田には遠く及ばないが、警戒心は櫛田より遥かに高い。その辺りで上手く櫛田と支えあっているのかもしれない。ただ、この男に関して特記すべき点は、堀北と同じように、私に疑いの視線を送ってきていることだ。つまり、Dクラスでは堀北を除いて唯一、私を疑っている生徒だ。
櫛田や平田を慕っている一方で、こちらを疑っている。また、前述した堀北と違い、櫛田や平田のように人望もある。名実ともにDクラスナンバースリーの男といったところだ。
私を警戒しているという点では堀北と同じだが、堀北が能力で危険なのに対して、こちらは人脈で危険な人物と言える。総合的には堀北ほどではないが、平田よりは遥かに警戒すべき人物だ。
ただ、赤石は、櫛田と同じく特別試験に精力的に動いているため、私を監視する時間が、ほぼないようで、偶に私を見るだけのことが多い。もしかしたら、堀北に私への監視を任せているのかもしれない。
実際、堀北が会話をする相手は、取り巻きの綾小路を除くと、櫛田と赤石だけだ。内容は聞き取れていないが、堀北の真剣な表情から推測するに、クラスの運営に関することか、もしくはクラス内に
人的に見て、このクラスは堀北と赤石が厄介だ。逆に言うと、それ以外の生徒は警戒に値しない。私にとって好都合だ。リーダーカードを撮影するのは本来は至難な役割だが、この程度のやつらが相手では失敗はしないし、できない。
堀北と赤石に監視の中で行動するのには限界がある。私はなんらかのアクションを起こす必要があった。
幸い、このクラスには火種はいくらでもある。
例えば、このクラスは女子の力が強い。原因は、おそらく女子集団の中核となっている軽井沢の存在だ。軽井沢が平田と付き合っているため影響力が大きい。しかし、肝心の軽井沢は典型的な馬鹿な女子生徒だ。つまり利用できそうということだ。
他にも、女子の派閥のあり方は複雑で、上手く突けば隙を作れそうだと感じた。さらに、男子生徒の慢性的な不満など、問題点は、部外者の私から見ても沢山あった。
四日目には私は一つの策を思いついた。
それは軽井沢の下着を盗み、Dクラスの男子生徒の鞄に隠すというものだ。男子の鞄から発見されれば、おそらく、軽井沢やDクラスの女子の性格上、最悪の火種となる。仮に男子の鞄から見つからなくても、軽井沢の性格上、騒ぎ出すだろう。そうなれば、Dクラスは混乱し、リーダーカードを写真に撮る機会となる。
本来なら、他クラスである私を疑うところだけど……このクラスの知能のレベルから考えても成功する可能性が高い。
あとは、軽井沢の下着を入れる鞄は……私を疑っていて、クラス内でも貢献度が高い赤石にしよう。この男を失墜させればDクラスの戦力は下がる。その上、私を疑っている人物の信頼性が損なわれる。さらには、この男が軽井沢の下着の処理に意識が向けば、その分、私は自由に動ける。
詳細の計画を煮詰めた私は五日目の早朝、音を立てないようにひっそりと起き上がり、誰も目覚めていなことを確認した後、隣のテントの軽井沢の下着を盗み、男子のテントの前に置かれていた
***
そうして、今。
私の工作により、Dクラスは混乱状態にある。女子たちは怒り狂い、男子は困惑している。やはり思った通りの展開になった。
しかし、一方で、赤石は何食わぬ顔で事態を静観している。中々のポーカーフェイスといったところだろうか。
けれど、赤石の余裕は途中で崩れた。それは女子が持ち物検査をすると宣言したからだ。
持ち物検査の列に並ぶ赤石は、ちらちらと周りを気にしていた。その上、彼の表情は少し暗いように、私には見えた。ただ、かなり表情を隠しているので、誰の鞄に入っているか予め知っている私以外には気付く者はいないだろう。……いや、堀北だけは気付いているかもしれない。
三宅と呼ばれた生徒の検査が終わった後、赤石の番になった。女子たちの中では赤石への信頼があるのか、あまり疑いの視線を向けているものはいない。しかし、ここからひっくり返る、そう思っていた私だったが、待てど待てども、赤石の鞄から下着が発見されることは無かった。
――どういうこと?
上手く隠した……いや既に処分した後か?
私が思考を巡らせている間も検査は続き、残りは二人になった。確か、名前は……片方は堀北の取り巻きの綾小路で、もう一人は池だったと思う。この二人はやけに検査を渋っていた。もしかしたら、赤石はこの二人の鞄に隠したのだろうか。それなら大した役者だが……普通、処分するなら、土の中や森の中に隠すべきじゃないのか?なぜ、同じクラスの男子の鞄に?
しかし、この考えも、結局無駄に終わった。なぜなら、軽井沢の下着は最後まで出てこなかったからだ。ということは、やはり処分したか?だが、もしそうならば、短時間で、よくそこまで判断したと思う。実際、赤石が処理する為にかけられる時間は、僅かだ。つまり私が仕込みをしてから、軽井沢が気付くまでの間の時間だ。その時間で、軽井沢の下着を自分の鞄から見つけ、それの処理を判断し、どこか最適な隠し場所を見つけた。判断が早い。拙速ならぬ巧速だ。しかも演技力もあった。それにさっきの暗い顔をした時、周囲の女子を観察していた。もしかしたら、誰がやったのかを逆探知していたのかもしれない……私は少し赤石を見くびっていたようだ。こいつの冷静さと演技力、そして度胸と判断力は堀北と良い勝負だ。
持ち物検査が終わった後、軽井沢が騒いだため、綾小路と平田が女子のテントを動かすことになった。途中で平田が抜けた事を確認した私は、探りを入れるために、綾小路と接触することにした。
テントの移動を終えたころを見計らい声をかける。
「ちょっといい」
私の言葉に反応して綾小路がこちらを見た。こちらに意識を向けたのを確認して、私は、用意していた言葉を続けた。
「今朝の下着泥棒の件、何て言うか大変そうだな。Dクラスも一枚岩じゃないっつーか」
「まあ、な。色々苦労は絶えないな」
それから、私は綾小路と言葉を交わしてみたが、得られた情報は大してなかった。見た目通り、平凡なDクラスの生徒の一人だ。
ただ、
――私のことを犯人ではないと断言した綾小路の表情が妙に頭から離れなかった。
真剣な目でこちらを見る綾小路に対して、僅かだが罪悪感のようなものを抱いた。それを振り払うためにも、この堀北の小間使いに疑念の種を蒔く。
「おまえは犯人に心当たりは無いって言ったけど、私はちょっと怪しいやつはいると思う」
綾小路は少し驚いたように目を開いた。興味があるようだ。
「それは……誰か聞いてもいいか?」
「あの赤石ってやつは怪しい」
おそらく、実際に軽井沢の下着を処分しているから、もしかしたら本当に怪しい動きをしているかもしれない。それを確かめる意図も込めた一言だったが、綾小路の反応は予想外のものだった。
「オレはそうは思わない」
ピシャリと言い放つような言葉が耳に入り、思わず目の前の男を見る。腑抜けたような顔だ。つまり今、声を上げたのは綾小路に他ならない。意外だ。この無気力を固めたかのような男が、突然話し方を変えたのだから。赤石とは友人なのだろか。
「なんで?」
私が追求すると、彼も自身の行動のおかしさに気づいたのか、「ああ、いや……」といつもの様に語調を整えて、考えるように答え始めた。
「……、…………、赤石は良い奴だし、それに平田とも仲が良い。そんな事はしないだろう」
綾小路自身も上手く説明できていない事に自覚があるのか、不明瞭な内容だった。つまりは、『なんとなく、そう思う』以上の考えはないのだろう。平田と仲が良いことは下着泥棒でないことの証明にはならないし、説明にしても主観的すぎる意見だ。やはり、この綾小路はDクラス相応の無能な生徒だ。おそらく、赤石とは仲が良いのだろう。だから、咄嗟に否定したのだろう。
「そう。じゃあ、そうかもね」
そうして、私は綾小路との会話を打ち切った。やはり、先ほど思った通り、綾小路は頭が回らない男だ。堀北が連れまわすほどの人物だから、どれ程かと思ったが、能力は特別優れているわけではないようだ。雑用程度か、あとはせいぜい護衛だろうか?まあ、護衛だったとしても、あまり強そうには見えないし、もし戦えば100%私が勝つが。
やはり、堀北にとって一番の有力な協力者は赤石だろう。特別試験二日目には、堀北は、綾小路の他に赤石とも一緒に行動していた。ただ、普段から一緒というわけでは無いから、きっと対等な協力者といったところだろう。できれば、この二人が一緒にいるときの会話を聞いておきたかったが、それはできなかった。なぜなら、二人が会話するときは綾小路と櫛田以外は近くに置かないようにしているようだからだ。それは徹底していて、同じDクラスの生徒さえ三人の周りにはいなかった。信頼できないDクラスの生徒に聞かれないように、なんらかの作戦を立てているのだろう。これは堀北の警戒心の強さが良く分かる点だ。やはりDクラスで一番障害になるのは、この女だ。
当然、部外者の私が近付けるわけもなく、この五日間、堀北と赤石の会話の内容は分からないままだ。だが、間違いなく作戦を練っているのだろう。私がここにいる理由にも当たりを付けているかもしれない。やはり、いち早く行動を起こす必要がある。
おそらくリーダーは堀北。何とかしてカードをカメラに写す。
***
私はDクラスが食糧探索に出かけるときに動こうとしたが、肝心の堀北と赤石がベースキャンプに残ってしまい動けずにいた。ただ、軽井沢の下着が効いているおかげで、女子の何人かが男子を監視するのに駆り出されている。また赤石も他の男子ほどではないが、『男子』という理由で女子から警戒されている。私は、堀北が見張りになるタイミングを見計らい、行動した。そして、それは実際に最良のタイミングとなった。なぜなら、堀北は見張りになり少し経った後、彼女は赤石と二人でベースキャンプの端へと移動したからだ。間違いなく密談。完全に私はフリーになった。
――好機!
私は誰にも視界に入らない位置に移動する。本来ならこの時点で怪しまれるが、今はベースキャンプに殆ど人がいない。そして一番警戒すべき堀北と赤石は作戦会議中だ。
そのまま、鞄の中からカメラを取り出し、一度撮影の練習をしようとして、思わず動きが止まった。カメラが反応しないからだ。
――故障!?こんな時に……
龍園からは確実に撮影するように言われている。リーダーカードを目視するだけでは駄目だと。用心深いだけか、または何か策に利用するのかもしれない。どちらにしろ、撮影は不可能だ。
……盗るか?
不確実で危険だが、これだけ隙だらけのクラスだ。また騒動を起こし、その隙に盗る……アリか。
再度作戦を練り直した私は、自分の役割を果たすため、特別試験六日目に備えるのだった。
五日目 伊吹視点
次は物語の裏側の人の話です。
4巻部分以降についての知識調査(今後の執筆内容に関わります)
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小説の4巻部分を読んだことがある
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アニメ版の無人島(3巻)までしか知らない
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小説未読だが、4巻部分の内容を知っている
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そもそも原作を知らない