「グロい事になったなぁ……」
目の前にできた血の池とその中央に鎮座する氷の塊は誰の目から見てもそこには潰れた死体があるのは明らかであった。
エス・ノトの放った氷塊に思わず呟くのも無理はないだろう。戦争だが、人の命を奪う時にここまで酷く嬲り殺したのだから。
だが、その言葉を聞いた滅却師は全員驚愕している。深い意味はこの言葉にはない、的外れな事を言っているわけでもない。むしろ適切な言葉で、大勢でかかって倒したのだから当たり前とも言える。
「!?ナンデ……!!」
「てめぇ、いつの間に……!?」
問題なのは、その言葉を潰されたはずの萩風が話していた事だろう。
4人の星十字騎士団は全員は驚き方に差はあれど、何故萩風が生きているのかわかっていない。それを見て萩風はこの感覚を逆の立場から感じていた事を思い出す。
「いつの間に……か、いつから俺を殺せてたと錯覚していたんだ?」
萩風の心の中で絶対的な壁を作り出す存在、藍染惣右介。隊長としての萩風の心の中での壁であり、今もなお立ち塞がる壁だ。この言葉が自然と出てきたのはそんな藍染に対して自分が少しでも近づこうとしたからかもしれない。
「こいつ、殺す!イラつく言葉使うんじゃないわよ!!」
否定できる言葉では無いのでバンビエッタは今にも飛び掛かりそうになっているが、他の星十字騎士団は動かない。先程の種明かしはされていないからだろう、何をしたのかわかっていないのだ。
意味不明で摩訶不思議で想定不能。だからこそ迂闊に動けない、それを見て萩風は優位に立てているのを見てニヤリと笑う。それは萩風に対して「情報」を持ってないのを理解したからだ。萩風の技は種明かしがされれば卍解ですら対応されてしまうほどリスキーだからこそこれは大きなアドバンテージとなっている。
「待てよ、まさかこいつ虚圏から来たんじゃ……!!」
先程、萩風が『縛道の八十 灰燼障紅』を使ったのは防御の為ではない、次の一手に繋げる為の策であった。それは萩風の斬魄刀、天狐の性質を完璧に扱う為である。天狐は焱熱系の斬魄刀であり、一言で言うなら変幻自在の陽炎を見せるのが主な能力だ。
しかしエス・ノトによって冷やされた大気では上手く能力は使えない、そこで萩風が天狐を使える温度まで大気が冷やされるのも仮定してから放ったのだ。
「僕ノ能力ハ当ッタ……何ヲ」
「お前の毒ならちゃんと抜いた、あれは演技と幻影だ。幻影に合わせて声をつけるの難しかったんだぞ?」
エス・ノトの能力である『恐怖』は身体に触れると溶け込む、傷口などとは関係なくだ。それを一瞬で確認した萩風は毒が効いているかのような幻影を見せている最中に一度腕を切り落とした。
その場にいたからこそ声まで合成し、炎の結界に居たからこそいつもよりも幻影の精度は上がっていた。これを見抜けるのは藍染惣右介レベルでの観察眼を持つものだけだろう。
そして切り落とした腕から血と毒を抜き、また繋ぎなおした。萩風は腕を再生する事は出来ないが腕を繋げる事はでき、氷塊の下にあった血溜まりはこれの処理が行われたからだ。
だがこれは萩風がエス・ノトの能力を毒と勘違いしてからこそできた対応であった。エス・ノトの能力は確かに毒だが、生物の本能を恐怖で縛り付けるのが能力だ。
逆に瞬間的とは言え腕の細胞が壊死したからこそ毒は吐き出されたのだ。死んだモノに本能はない、だから能力が錯覚したのだ。
無茶にも思えるが、萩風には腕の細胞の壊死程度なら蘇生できる。萩風や卯ノ花の若さの秘訣もここにあったりする。
「おい、こりゃ……!!」
バズビーが思わず叫ぶ、それは萩風の後ろから現れた龍に対してだ。
「お前らこんだけ好き勝手したんだ。覚悟は出来てるだろ?……俺は出来てる」
萩風の覚悟は出来たか?と言うのに対して具体的な圧力が支配し、4人に向けて四頭が、卯ノ花達の戦う遠くに向けて一頭を放つ。
「破道の九十九 五龍転滅」
2割しか出ていないとは言え禁術に最も近い鬼道、街並みを破壊しながらそれは猛進した。
☆☆☆☆☆
ハッシュヴァルトは帰還しようとした寸前に、足を止める。それは離れた場所にあった霊圧の迫力、響き渡る轟音、先程まで戦っていた4人の霊圧の沈黙、そしてこちらの方へと飛ぶ龍とその背に乗る死神。
「星十字騎士団が……4人も倒された。この霊圧は……!!」
そして龍は一寸の狂いも無く、ユーハバッハへと落とされた。ハッシュヴァルトとユーハバッハは回避すると、1人の死神が降り立った。
「お前が、ユーハバッハか」
鋭い殺意をぶつける死神、萩風カワウソは自身の斬魄刀である天狐をユーハバッハに向け睨みつける。
ユーハバッハに向けられたそれは山本重國の放つ殺気と似ている、だが萩風のそれは静かだ。心の中で燻り続けられた炎が表に出ようとしているのを完璧に抑えている。萩風は常に冷静さを保とうと努力している、視界に血塗れに装束を赤く濡らす卯ノ花が居ても。いや、居るからこそかもしれない。
「萩風カワウソ、藍染惣右介に劣る死神か」
萩風は藍染惣右介という名を聞くとピクリと眉が動く。そして先程までとは違い、簡単に行くような相手ではないと理解する。先程の星十字騎士団は全力を出させる前に動揺させて倒したが、今度はそんな搦め手も小手先の技も意味を成さないと感じる。
「斬魄刀においても、鬼道においても……全てにおいて下位互換と言って良いお前を警戒する必要は無い。貴様も自覚しているのだろう?藍染惣右介という壁が越えられない事に」
『鏡花水月』は一度始解さえ見せれば完全に『天狐』を上回る。萩風が藍染にないもので力を持つのは回道程度だ。その回道でも、藍染惣右介という壁を登るのには圧倒的に足りていない。
胸中を言い当てられたようで、萩風の顔色は良くない。冷静さを保とうという努力は感じる、しかし崩壊寸前のダムのように堰き止められない憎悪の炎が渦巻いている。
そしてそれをわが身に纏わせず、代わりに斬魄刀に炎として纏わせる。
「わからないようだな、仕方ない。ならば少しだけわからせようか」
ユーハバッハはハッシュヴァルトを下がらせると萩風と相対する。萩風は自身の技である『斬天焔穹』を放ち、ユーハバッハはあえて受けて弾く。
「っ!!」
萩風も最高威力で無いとは言え、生身で受け弾かれるとは思わなかったようで動きが僅かに硬直する。その硬直の間にユーハバッハは一瞬だけ能力の真価を発揮する。
ユーハバッハの能力、それは卯ノ花では全く対応できずに敗北した程の力だ。それは萩風からも分かる身体的な変化、眼球に現れた複数の眼で分かる。
何をしてくるのか?萩風は身構える。どこからどのような攻撃が来たとしても対応できるようにだ。
「貴様……そうか、そういうことか。貴様は半歩とは言え踏み込んでいるのか」
しかし数秒立っても、何も起こらない。戦闘において数秒も立って、何も起こらないのに萩風は次の動きの最善を選べずにいる。
ユーハバッハはそんな萩風に対して意味深な言葉を呟くと、眼を閉じる。萩風はこの呟きの意味をわかっていない、この意味がわかる可能性があるならば浦原喜助などの『とある存在』を認知している者だけだろう。
「最後に良い事を知れた、次に会えるならば楽しみにしておこう」
「行くぞ、ハッシュヴァルト」と彼はハッシュヴァルトを呼ぶと「はい、陛下」と言い追従する。
そして萩風は「逃すわけ」と言いかけた時に卯ノ花が軽く血を吐いたのを横目に見てしまい、踏み止まる。今去ってもらうのは双方にとって不利益はない、ここで仮に戦っても萩風は卯ノ花達を巻き込まないのは不可能だ。更に近くにはまだ真っ二つにされた総隊長の死体もある、今の状況を冷静に判断すればここで無策で追いかけても返り討ちに遭い無意味な被害を出すだけである。
「また会おう、尸魂界よ」
最後にそう呟き、滅却師達は尸魂界を去った。
これにて、第一次侵攻は終了したのであった。
☆☆☆☆☆
護廷十三隊の第一次侵攻による被害報告
死亡者
一番隊隊長 兼 総隊長 山本元柳斎重國
七番隊副隊長 射場鉄座左門
他 席官 67名
隊士 1157名
重傷者
六番隊隊長 朽木白哉 『再起不能の可能性あり』
九番隊隊長 六車拳西
十番隊隊長 日番谷冬獅郎 『再起不能の可能性あり』
十一番隊隊長 更木剣八
十三番隊隊長 浮竹十四郎
六番隊副隊長 阿散井恋次
十番隊副隊長 松本乱菊
十三番隊 朽木ルキア
他 席官 17名
隊士 140名
陛下にどうやったら勝てるか色々考えましたが、陛下って慢心してても隙が殆ど無いのがエグいですよね……。
☆☆☆
萩風→藍染惣右介
卍解を始解で破った怪物、隊長の目安。
萩風→ウルキオラ・シファー
親友、たまに冗談が通じないがいい奴。
萩風→斑目一角
ハゲ、中々扱きに耐える骨のある奴。