※脱字修正
慌ただしく基地へと帰還した彼を追ってから数日、ようやく取材を終えた私は南半球最後の一日を過ごしていた。明日のいま頃には船上の人だ。
母国に帰ってからもやることは多い。今回の事件の取材成果をまとめ、同僚と会議を繰り返し、子供の機嫌を取る。特に最後が難敵だ。我が家のエースはお土産のサンタクロースを気に入ってくれるだろうか。
昼食をとるため、この国で新しくできた友人たちに教えてもらった店に入る。
そこにはキャスパーと数名の護衛がいた。
向うもこちらに気づいたようだ。まずチェキータと目が合うと、その視線の先をたどったキャスパーがこちらに挨拶してきた。私も手を挙げて挨拶を返す。
彼らは個室を予約していたようだったが、話すうちに自然と同席する流れになった。
それにしても、ようやく画点がいった。
爆撃機スレイプニル、対空レーザー砲台、プラズマ兵器、進化する無人戦闘機。私はこれらの兵器については“彼”を通じていくばくかの情報をもたらされていた。
その時はおかしな話だと思った。いくら最新兵器に惜しみなくコストを費やす美味しい客であったとしても、あれだけの超兵器を用意し、戦場への流通経路を作ることのできる商人とはいったい何者なのか。特に、最終ミッション前のあの周到な増援。私は並みの商人ではないと考えていた。
だが、こうした疑問も氷解した。キャスパーの姿を見て、私はあのナバロ将軍に手を貸していたのは誰であるかを理解したのだ。
〝それで、打ち上げた花火が不発だった感想はどうだい?〟
無理もないが、普段の自分にしてみれば少々毒の強い言葉を使ってしまった。
線の細い端正なマスクに甘い声、男女問わず人を楽しませる大げさなしぐさ。はっきり言って、私はキャスパーのことを嫌っている。
戦場には場違いな彼の演出趣味に加え、この男の商売のやり口が気に入らなかったからだ。
キャスパーは生粋の放火魔なのだ。しかも、燃やす対象が悪すぎるし、その犯罪を容認する社会の中で生き続けている。
「いやあ、円卓が燃え上がってた時期はうちにも超兵器の注文が相次いだのはいいんですが、親父が2000年代になってもその流れで調子に乗って作りすぎたせいで管理費がもう酷くて、ヘクマティアルとあろうものが倉庫代で一部門を潰しかねない有様だったんですよ……将軍の暴走はこちらとしても渡りに船でした、親の失態で恥をかかないで済みましたよ」
――それじゃあ、君たちは在庫がはけて万々歳というわけだ。これはそのささやかな晩餐会かな?
「そうでもないですよ。将軍が無茶したおかげで肝いりの無人戦闘機の戦闘データも機体ごとおじゃんにされるし、決算すると今回は散々ですね。将軍はもう少し頑張ってくれると思ってたんですが……最後の最後であんな酷い負け方をされたんじゃどうしようもありませんよ」
こう言いながらも、大口の顧客が自滅してなお、実際は商売的損失は少ないのだろう。キャスパーは自称する“敗北”さえも愉快そうに笑い飛ばしていた。
「ところで、僕も質問いいですか? ちょっと気になったことがあるんです」
いいよ、と答えると食事が来た。自分はシーフードフライ盛り合わせとココナッツジュース。キャスパーは多様なハンバーガーと氷菓子だ。息子も外食のたびに好んで注文する組み合わせだが、キャスパーは会うたびにこればかり注文している気がする。前に一度指摘したことがあるが、「好きなんですよ」で済まされた。
「美味そうですね、先に食事にしますか?」
食いながらでも構わない、そう答えてフライとタルタルソースの出会いを楽しむと、キャスパーはハンバーガーを数口かじってから質問してきた。
「美味い。初めてですが、ここはいい店ですね。覚えておきます……それで質問なんですが、今回あなたはずいぶん早い段階で将軍の裏事情を調べ始めていましたね。アレ、何が切っ掛けだったんですか?」
――どうしてこちらの行動が完全に把握されているのか、はさておき。
早い。あの瞬間をキャスパーはそう表現した。よく考えてみればそうかもしれない。あの時のオーレリアは極限まで追いつめられており、どこにも逆転へのらちはなく、ユージアの勝利はゆるぎないものだと誰もが信じ、ゆるみきっていた。そんなタイミングだったのは事実だ。
だからこそ、戦争をしているあの時、ホテル内は将軍という戦争の責任者がいるにも拘らず、緊張感がまったくないことに違和感を覚えた。そこはあまりにも“安全で豪勢な最前線”という奇妙な光景だったのだ。
その奇妙な空間に用意された美食、ワイン通気取りが話す一ドルにもならない含蓄を聞いて思った〝あのワインはいくらだったかな?〟という疑問。
あれが全ての始まりだったのだ。
「そうか、あの馬鹿高いワインですか……まいったな、あの人最初から最後まで見込みゼロじゃないか」
「キャスパー、最初に会った後もそう言ってたじゃない」
そこまで話すと、キャスパーは顔を手で覆って笑いだした。チェキータが見たこともない肉を切り分けながらその演技臭いしぐさを楽しんでいる。
最初。そういえば、キャスパーはいつ頃からこの周辺に火種をばらまいていたのだろうか。私は非常に気になって、尋ねてみた。
「そうですね、ま、今回はそこまで凝ったことはしていませんよ。一番の目的は円卓からダブついていた特注の戦術兵器の在庫処分です。だから、なんだが出世しそうな人に目をつけておいて、その太鼓持ちと友達になってから改めて紹介してもらいました」
いやあ、ああいう人ほどゲテモノ好きなんですよ。
キャスパーは嬉しそうに笑っていた。
ゲテモノ、確かにそうなのだろう。だがそのゲテモノのせいでどれほど多くの命が失われたのか。買う金で救えた命は、そこらじゅうの路地に転がっていた。
戦災復興という課題が果たされる日はあまりに遠く、戦争の失わせた時間はあまりに永い。そして、これらの問題を解決するために必要な金はすべて、ヘクマティアルの懐に収まった。
しかし、このキャスパーという男はそうしたことをおしなべて過去として処理し、また次の戦争へと向かうのだろう。
あなたはエースっていうものについてどう思います?
食事を終え、早々に離席しようとした私にキャスパーはそう尋ねた。
いつごろからだろう、エースという言葉がこの世界で特別な意味を持つようになったのは。
私の師はあるフィルムでエースとは何であるかを語る兵士を見せてくれた。
敵対者は人の姿をした兵器だという。
人類として道具の扱いに長けた正当な進化者と学者は唱える。
彼らに助けられたものは英雄と称える。
その有り様は千差万別で、区分することに意味を見出すのは困難だ。
ただ、共通のするのは一つ――“終わらせるもの”であること。
第一次オーシア戦争を皮切りに、レシプロとラプターが混在する奇妙な技術的発展を遂げてしまったこの空に突如と現れ、彼らは全てを終わらせていく。
あらゆる悲劇を未然に食い止めたわけではないし、彼らは全てを救うものではない。
しかし、全てが急転直下で最悪の方向に転がり落ちる寸前で、その流れ全てを変える力を持つものだ。
悪し様に例えるなら、線路上に置かれた石のような。
「その例えは面白いですね。覚えておきます」
締めくくりの例えを聞いたキャスパーは笑みを浮かべ――私たちは並んで店を出た。
「実は今、社内で面白いプロジェクトが始まっているんですよ」
時刻はとっくに2時だが、太陽は燃えるように暑い。私がタクシーを待つ間、ランチを盛り上げてくれたお礼とかで、キャスパーは明日の天気でも語るかのような調子で社外秘を語りだした。
「さっき話したエースに関わる話でして……あなたはさっき、共通点を述べられましたね。でもボクは、もう一つそいつがあると思ってるんですよ」
それはなんだ、とこわばった声が溢れる。
「とんでもなく強い!」
容易に想像がつく、身も蓋もない表現だった。これが息子の言う事なら――1番お気に入りのコミックを抱えて――とても可愛げのあるものだが、目の前にいるのはキャスパーだ。
きっと、彼らのことを世界一安価な戦略兵器とでも思っているのだろう。
だからこう思うしかない。
――あまりな言い草だ。人が人に下すような評価ではない、と。
「価値観の違いですね。僕は少なくとも彼らを同じ世界線に生きてきた存在と思えない」
「強い兵士ならいくらでも知り合いがいます。最近、あなたのお子さんくらいの少年兵とも知り合いました……そんな顔もされるんですね」
「ですが彼らは違う。ただ強いだけでは説明がつかない。個人に宿る強さで世界の流れさえ変えられたのではたまったものじゃない」
「だからこそ……」
彼らはきっと、新たな商品になる
キャスパーという商人と最後に会った時、彼はそう言い残したと父は教えてくれた。
それから何年になるのだろう。思い出のサンタクロースが色褪せるように、空はゆっくりと変化し始めている。
エルジアとオーシアの何度めかの戦いの後、世界の空は突如現れた世界蛇(ヨルムンガンド)に飲み込まれた。
人と陸海空はあらゆる争いから切り離されて久しい。
では何が変わったのかというと……私には答えられない。
トランシーバー代わりに角笛が用いられることがあった。
バイクがわりに馬が、伝令として鳩が育成され、安価な消耗品となった。
その鳩を狩る猛禽が新たな対空兵器となった。
森の木々は弓矢の材料となった。
なんのことはない。命が戦いと切り離されることはなかったのだ。
望むとか、望まないとか、正常か狂気かではなく、われわれはそういうものなのだと証明された。
――変わらなかったものがひとつ有る。
2041年を告げる日の出に押され、天に向かい飛行機雲が伸びていく。
世界蛇のとぐろをくぐり、心臓を穿つ鋼鉄の鷹が羽ばたいた。
――エースは今も空にいる。
そして父と同じく記者になった私のやるべきことは一つ。彼の帰還を待ち、明日にも生まれ来る我が子に語り継ぐことだろう。父がわたしにしてくれたように。