TS小娘とふた姉の日常 作:エルフスキー三世
神よ切に願う! 私より弱いやつと……戦いたい‼
汗と湿気が混じった熱気の中、板張りの広い道場に何人もの息遣いだけが響いていた。
今行っているのは乱取り稽古……技をかけあう自由練習みたいなものだ。
私は汗の吸い込んだ道着の重さに息を吐いた。
「シオン先輩!動きが悪くなってるぞ!」
対峙している相手から鋭い声が飛ぶ。
空振りした拳が地味に重く体が引っ張られてふらふらと流れる。
私は止まらない汗を拭いながら彼を睨みつけた。
目の前にいるのは、日に焼けた大柄の体と刈り上げた髪がなんともスポーツマンって感じの少年。
彼の年は私のひとつ下である。
京子と同じ学校に通っている高校一年生なので、私のことは当然「先輩」と呼んでくる*1
まあ、中身はともかく見た目だけだと完全に私のほうが年下だからね……
「うるさいな大吾くん、ちょっと疲れてるだけだよ」
強がりながらも体は正直だ。
足が生まれたて子鹿のようにぷるぷるに震えている。
最近は、夜間マラソンと週三日の道場通いで無理していたため体力的には限界に近い。
この体になってから運動らしい運動を全然してこなかったのも地味に効いている。
それ以前に相手してもらっている大吾くんとは地力というか、武道をやっていた年数に差があるわけで……。
というか、体格差がありすぎるんですけど?
頭一個分以上の背の違いってウエイト階級なんキロ差?
これなんてイジメかな?
私の毎回の乱取り相手がこんなゴリラじゃなくてもう少し体格近い人にチェンジしてくれないかな……
いま、そんな146cmのチビ助じゃ小学生くらいしか相手がいないでしょうと笑ったやつ……怒ってないからかかってこいやぶん殴る‼
「疲れてるなら休め。無理してまでやる必要もないさ」
大吾くんはそう言って構えを解くと、スポーツドリンクのボトルを取ってきて差し出してくれた。
こういうところは本当に気が利く。
「……ありがとネ」
私は大人なので、先ほどまでのごちゃごちゃした気持ちを放り捨て、素直に受け取って一口飲む。
冷たい液体が喉を通る感覚が心地よい。
「シオン先輩は大事な道場仲間だからな」
ニッと不器用な感じで笑う大吾くん。
無骨って感じで、爽やかな省吾さんとはまた違った男らしいイケメンさんや……
女の子受けはまったくしなさそうなツラだけど、いつの間にかいい嫁さん捕まえてそうなタイプだよ!
私は再び燃焼した(理不尽な)怒りのあまり大吾くんの大きな尻めがけて正拳突きをだした。
「うぎゃ⁉」
「……ん?」
痛い硬い……おまぇ臀部まで筋肉でできてるのかよぉ⁉
それどころか、あまり効いてなさそう。
手のひらでシッシっとされる。
ああ、小学部の面倒見にいくのか……
なんというか私に対しての扱いが完全に年下の子というか「あとで兄ちゃんが遊んでやるから」という年の離れた弟か妹に対する態度だよ……一人っ子だったから分からんけど。
大吾くんには年の離れた妹がいるらしいのでそういう感じなのかも知れないね。
しばらくして……
「先輩、大丈夫になったか?無理しない程度に続けるぞ」
……ウッス。
強くなりたい……でも痛い思いしないで楽して強くなりたいんですよ安西先生。
大吾くんの構えは、どっしりとしていて崩れない。
武道の教本とかに出てきそうなそんなカッコいい感じ。
正直、どうやって攻めたらいいか見当つかない。
あと、なんだかんだと容赦ないし……
私は大きく息を吸ってから、頭を空っぽにすると、彼に向かって飛んで蹴りをかましてみることにした。
道場からの帰り道、あたりはすっかりと暗くなっていた。
服は流石にいつものメイド服ではなく、マラソン用も兼ねたジャージである。
住宅街を抜けながら、私は隣を歩く大吾くんをちらりと横目で見る。
彼はさっきまでの
「シオン先輩」
大吾くんが口を開く。
「毎日マラソンとかもしてるんだな」
私が首をかしげると、大吾くんは頷いた。
「誰から聞いたの?」
「誰って……兄貴からだけど」
あ、省吾さん帰ってきてたんか。
道場の隣に建ってる和風豪邸が実家らしいし。
私はそんなことを考えながら肩をすくめる。
「省吾さんに、体力づくりと同時に夜中の道とかを覚えておけば、いざという時の防犯にもなるからって勧められて」
「防犯?……夜中にうろつくほうが逆に危険じゃないか?」
大吾くんが納得いかないのか眉をひそめる。
「シオン先輩は女の子なんだぞ」
「……」
女の子……まあ、女の子ですね生物学上は。
「別に」
できるだけ冷淡な声で返した。
「夜に出歩くの慣れてるし、それに……男に襲われたりもしないから」
「……どういう意味だ?」
「いや、こんなお化けみたいな見た目でちんちくりんの可愛げもない不愛想な女なんて襲う人はまずいないでしょ?」
自分の真っ白な髪をつまんでいじりながら言うと、大吾くんは歯切れの悪い感じで呟く。
「いや……それは……どうなんだろう……な」
「私に欲情するようなヤツがいたらかなりの変態だよ、変態」
そう言い切ってから、いたわ
「それに、私だって多少は強くなってるはずだから」
大吾くんは何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わなかった。
しばらく沈黙が続く。
住宅街の角を曲がると、マンションが見えてきた。
いつもの分岐点。
道場からここまで10分もない道のりだけど大吾くんは毎回マンションまで私を送ってくれる。
「ありがとう、大吾くん」
私が言うと、彼は照れ臭そうに頬をかいた。
「シオン先輩、今夜はちゃんと休めよ。強くなりたくても無理は禁物だ」
お母さんみたいに小言を何度も繰り返す彼に、私は苦笑するしかない。
まあ、大吾くん。
うるさいし、練習中は容赦なしだけど、なんだかんだで優しいところのある
「はいはい、剣持大吾師匠の言う通りにしますよ」
「師匠」という言葉を強調して言うと、大吾くんは苦笑したような表情をうかべた。
省吾さんとはまったく顔立ちの方向性は違うのに、こういうシニカル系の表情はよく似てるよなぁと、なんだか感心。
マンションの入り口に視線を向けると、予想通りの人影があった。
御堂京子です……
相変わらずの美人だけど、どこか落ち着かない様子でキョロキョロしている。
毎回待ってなくてもいいんだけどなぁ……
どうにも私の周りは過保護が多い気がする。
私たちが近づくと、京子の目がパッと輝いた。
「シオン! おかえりなさい!」
走り寄ってくるその声は弾んでいた。
まるで恋人を待っていたみたいだ。
いや、彼女からしたら実際そうなのかもしれないけど。
「ただいま、京子」
私が答えると、京子は満足そうに笑った。
「剣持くんも、ありがとうね」
京子が
「いえ、御堂先輩そんなことは……」
そして私に目配せすると
「それでは、自分はこれで失礼します」
礼儀正しく挨拶すると、歩いてきた道を戻っていた。
ふ~ん、剣持さんちの大吾くんもやっぱり京子のことが気になるのかねぇ。
まあ京子、学校では美人な才媛で通っているし、中身あれだけど見た目と外面はまじでいいからなぁ。
う~ん、京子がもてるという事実がなぜか面白くない……
マンションのエントランスに入ると、京子が私の腕に自分の腕を絡ませてきた。
まるで子犬が飼い主に甘えるみたいだ。
中身は淫獣だけどね。
「今日は随分遅かったわね。道場で何をしてたの?」
なんだろう、京子の声には微妙に棘がある。
「あー、大吾くんと練習してたよ。あのやろう、相変わらずデカいし硬いし怖いしで嫌になるんだよね」
私が答えると、京子の眉がピクリと動いた。
「……大吾くん?」
「剣持さんちの弟くんのことだけど?」
「知ってるわよ……大吾くんって馴れ馴れしく呼んでるのね?」
京子の声のトーンが一段階低くなった。
「え? だって呼びやすいし。京子も呼びたければそう呼べばいいんじゃない?」
私の言葉に京子は一瞬黙り込んだ後、小さくため息をついた。
彼女は呆れたよう……
「あなたって本当に鈍いのね……」
「何が?」
私が首を傾げると京子は目を逸らした。
「なんでもないわよ」
「ふーん?」
私は興味深そうに京子の顔を覗き込む。
「なによ?」
京子は警戒するように身構える。
「京子ってさ、大吾くんのこと気になってる?」
単刀直入に訊くと、京子は顔を真っ赤にして目を見開いた。
「はぁ⁉ そんなわけないじゃない!」
京子は慌てて否定するけど、動揺は隠しきれてない。
「そうなの? なんか挙動不審だけど?」
私がニヤニヤしながら言うと、京子は唇を噛んで俯いた。
「……だって、あなたが剣持くんと仲良くしてるから」
京子は蚊の鳴くような声で呟いた。
「え? 私?」
「そうよ! あなたが剣持くんと楽しそうに話してるから、モヤモヤするの!」
京子は顔を真っ赤にして叫び、私は目を丸くした。
「いや、それは……?」
京子の言ってることがよくわからない。
なんで私が大吾くんと仲良くすると京子がモヤモヤするんだろう?
「あなたは鈍感すぎるのよ! 剣持くんがあなたに好意を持ってるかもしれないって考えたことないの?」
京子は苛立ったように言う。
「え? 大吾くんが私に?……大吾くんって京子みたいな美人タイプのほうが好きそうだよ。私みたいなちんちくりんなんて眼中にないでしょ?」
私は率直に思ったことを言った。
「それが問題なのよ!」
京子は頭を抱えて叫んだ。
「あなたが自分の魅力に気づいてないから、剣持くんみたいな人が勘違いするのよ!」
京子は力説するけど、私は納得できない。
「いや、大吾くんが私のこと好きなわけないじゃん。仲いい男友達的なあれだよ」
けして弟者妹者の面倒をみる兄者的なあれじゃないはず……?
「それに、私みたいな人間を好きになるのなんて、京子ぐらいなもんだよ」
私が言うと、京子は一瞬固まった後、小さく微笑んだ。
「そうね……あなたを好きなのは私だけでいいわ」
京子は私の耳を軽く摘まむと囁いた。
その声は甘くて、ゾッとするほど蠱惑的だった。
「ちょっと待って⁉」
私が慌てて言うと、京子は唇に人差し指を当て、悪戯っぽく笑った。
「ふふっ、冗談よ。でも、剣持くんのことはもう少し警戒した方がいいわよ?」
京子はそう言うと、私の腕を開放して先にエレベーターに乗ってしまった。
私は京子の背中を見つめながら、さっきの言葉の意味を考えていた。
大吾くんが私に女の子として興味があるねぇ?
思うに、練習中の私に対してのあのボロ雑巾を使うかのような雑な扱いはどう考えても好きな子に対するものじゃねーだろうが。
……うん、ねーわ。
きっと京子は私をからかってるだけなんだ。
そう自分に言い聞かせながら、私は京子の後に続いてエレベーターに乗ったのである。