召喚するのは都市伝説? 噂のストーリーテラーはかく語りき   作:歌うたい

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Tales 73【淑女が袖を引く前に】

 目の奥で、か弱い火花が明滅する。

 背中から広がっていく鈍い痛みに、漏れた自分の呻き声が、他人に鼓膜の1㎜傍で囁かれているような不快感。

 それさえ蹴散らすように近付いて来る、高く抜けた靴音と砂利を踏む音に、ナナルゥはゆっくりと顔を上げた。

 

 

「……で、終わり? アンタがフルヘイムから飛び出して今まで、培って来たものって、こんな程度のものでしか無いっての?」

 

「ぅ……エト、エナ……」

 

 

 深い紅眼の奥で、静かな火花が明滅していた。

 けれどもそこに弱さはなく、青く燃える炎が爛々と灯っている。

 怒り。静かで、確かな怒りが灯っている。

 

 

「フルヘイムを。レイバー様とアレーヌ様を……"アタシの母さん"の命を奪い、屋敷を焼いたヤツの正体を突き止めて、仇を取る。本当に出来ると思ってんの? こんな程度で、こんな弱さで。馬鹿も休み休み言いなさいよ」

 

「ぐ……何を……」

 

「フルヘイム再興の為とかも言ってたけど……だったら、大人しくフルヘイムで復興作業の指揮を取れば良かったのよ。残されたモノのこと全部アタシの父さんに押し付けて、飛び出して」

 

「ぅ……」

 

 

 突き付けられたのは、怒りの炎で熱した刃。喉が震える。

 きっとこれは、『あの日』からずっとエトエナが抱え込んでいた、一切曇りのない剥き出しの本音だったのだろう。

 

 

「アンタ……本当は、逃げたかっただけじゃないの。レイバー様の代わりから。領主の立場から。期待や責任から、臆病風に吹かれて……逃げたかっただけじゃないの」

 

「────」

 

 

 目を閉じたまま、眩暈を覚えるようだった。

 突き詰められて、誰かに直接言葉にされて、初めて気付けたという形の利口の良さじゃない。

 そんな純粋な行儀の良さじゃない。

 

 

「ち、違いますわ。わたくしは……」

 

「……」

 

 

 気付いていたのに、逸らして置き去りにした(臆病)が、(自責)に顔色変えて途端に首を締めてくる。

 

 反論の台詞に、威勢の風が乗らない。喉が詰まる、『あの時』みたいに。

 紅蓮に飲まれていく屋敷を前に、茫然と崩れ落ちるように座り込んだ自分の喉に詰まった、業火の匂いと煤灰の残骸。

 

そして、紅蓮の炎に包まれた屋敷を前に立つ、知らない誰かの"シルエット"。

 

 振り向いた────業火の色を映した瞳。

 

 

「っ……!」

 

 

 あの日に焼き付いたのは、喪った悲しみだけじゃない。

 毅然とし、それでいて優しさを伴った強き父、レイバー。

 エシュティナ国内でも優秀と謳われたエルフである母、アレーヌ。

 そして使用人として働き、落ちこぼれな自分をよく慰めてくれたエトエナの母親である、サミュリ。

 

 その命を奪った、否、奪えてしまえるほどの"存在"。

 悲しみはある。憎しみはある。許せない、赦せない。

 

 けれども────落ちこぼれのエルフである自分に、仇を取ることなんて出来るのだろうか。

 

 

「わたくしは、逃げて、なんて……」

 

 

 そして。

 名主と領民から仰がれた、父。

 国内の精鋭魔法部隊にも席を置いた顔を持つ、母。

 その後釜として、失意に沈むフルヘイムの領民達を導く事が出来るのだろうか。

 落ちこぼれの自分に。鍍金(めっき)で装うしか出来ないそよかぜに。

 

 あの日に焼き付いたのは、喪った悲しみだけじゃない。

 未熟者の心には、『臆病な風』が付きまとうようになってしまったから。

 

 

(逃げてない。自分で決めたはずですのに。なんで……)

 

 

 言葉の先を、否定の完了を、紡ぎ切れない。

 正面に立つ金色の八月ではなく、握り締めた砂利を見つめることしか、ナナルゥは出来なかった。

 

 

 しかし、その俯いた顔を再び持ち上げた色彩は。

 

 

「キュイィィィ!!」

 

「は? え、アンタ……」

 

 

 太陽の金色ではなく、月の銀色だった。

 

 

 

────

──

 

【淑女が袖を引く前に】

 

──

────

 

 

 

「ナイン……?」

 

【グルォン!】

 

「キュイィッ!」

 

 

 心深くに塞ぎ込んだタイミングに慮外の光景が重なれば、いよいよも思考も鈍くなる。 

 目の前で三尾を立てて勇ましく鳴く銀色は、紛れもなくあのナインだったが、それすら幻か何かではと心が疑うほどなのだから。

 

 

「そんな、どうして……?」

 

「ちょっと……コイツって確か、アンタのとこのエセ精霊奏者の……」

 

『あ、あれ……えーっと……こ、これは、一体どうしたことでしょうか?! 三回戦で活躍してみせた、ナガレ選手の召喚精霊であるナインちゃんがっ! ナナルゥ選手を護るようにして、エトエナ選手の前に立ち塞がっております!』

 

 

 けれども、幻なんかじゃない証左を音でも光でも色でも訴えられれば、思考も軽さを取り戻せる。

 しかし、では何故、どうしてと疑問が駆け巡るのも当然で。

 瞬く間に埋めつくしていく疑問符を、一際大きく響いた良く知る声が、強引に払った。

 

 

「ナイーーーンッッ!! なにやってんのぉぉぉ!!! 戻って来ぉぉぉぉい!!!!」

 

「イタチさんだー!」

 

「おいおい、これって、どういうことだ?」

 

「俺、あのエルフとあのトリックスターが一緒につるんでる所見たぞ」

 

「仲間のピンチだからってこと? え、それ反則じゃないの?」

 

「ちゃんと手綱握っとけよ、しらけるなぁ」

 

「いや、だが……当の本人、滅茶苦茶焦ってないか。戻って来いって叫んでるし」

 

 

 思わぬ乱入者に加えて、その手綱を握っているはずのナガレの絶叫に、会場の空気は混乱を極めた。

 いよいよクライマックスかという展開に水を差すナインの乱入は、試合の進行において立派な妨害行為だろう。

 

 ルーイック国王による開催宣言の後に説明されたルールに基づけば、試合中、対戦者以外の妨害行為は反則行為以外の何物でもない。

  けれど。

 

 

『…………ど、どうやら何かしらのアクシデントが発生した模様です。し、しかしこれは……どう、したものでしょうか……』

 

「どうって、反則じゃないの? 確か昨日のルール説明の時には、即刻退場って」

 

「あ、あぁ。でもそれは、"故意"だった場合……じゃなかったか?」

 

 

 拡声ロッド(パフォーマンス)を通したソプラノが、困惑した様子のレフェリーの心情を映したかの様に、逡巡を孕んでいた。

 確かに明確な妨害行為であれば、荷担された側の選手及び妨害した当人は退場処置を言い付けられるのが原則。

 

 しかし、それはあくまで、レフェリーや会場内の監視員、"故意である"と判断された場合。

 当のナガレの尋常じゃない焦りっぷりを鑑みれば、少なくとも故意ではなさそうだが。

 

 故意なのか、それともアクシデントか。

 先の試合の行く末を担うが故に、会場に敷き詰まる観客達のざわめきは徐々に膨れ上がっていった。

 

 

──だが。

 

 

【グルル……】

 

「キュイ!」

 

 

 もう一人の当人であるナナルゥには、最早そのざわめきすら耳に入らない。

 彼女の頭を占めるのは、どうしてナインが、今こうして、此処に立っているのか。

 主であるナガレの意思に反する真似をしてまで、エトエナとハティの前に立ち塞がっている、その理由。

 

 深く考えるまでもない。伝わって来る。

 否、"流れ込んでくる"。銀色の意志が。

 

 護る為だった。これ以上、害させない為だった。

 自分を。ナナルゥ・グリーンセプテンバーを。

 

 

(……ナイン)

 

 

 かつて、風無き峠の下り道で語った事。

 ナインは、自分とナガレの力の結晶。自分はいわば、産みの親と言っても過言ではない。

 その気持ちに偽りはなく、それは今この瞬間にも持ち合わせ続けているものだったけれど。 

 

 

(アナタも、そう思ってくれてたんですのね……)

 

 

 威勢と尊大の仮面の裏にある臆病さは、それさえも身勝手な押し付けなんじゃないかと、脅えていた。

 落ちこぼれではないと鼓舞する為の、自身の力の証であって欲しいが為の──醜い執着なんじゃないか。

 

 一方通行なだけの、みじめな固執なのではないか、と。

 

 

 けれども、違った。

 

 

『ドレスに土つけてるだけの今のお嬢は、優雅でもなんでもない』

 

 

 こうして流れ込んでくる、心を配る銀の風は。

 必死に護ろうとしてくれている。

 産みの親である自分を。

 

 嗚呼。それは確かに、嬉しい事ではあるけれども。

 絆を感じるべき、喜ばしい事ではあるけれども。

 

 

『従者だけに頑張らせて肝心の主人達は何もしないってのは……格好が悪すぎる、でしょ?』

 

 

 

 格好がつかない、どころじゃないだろう。

 

 

 

 

「────ナインッッッッッ!!!!!」

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 喉を張り裂きかねない大きな叫びは、最早怒号と言っても良かった。

 心のままに投じた一石が、シンとした静寂を呼び込む。波紋に乱れていた水面が、瞬く間に元の形に戻る様に。

 

 けれどこの際、周りが騒いでいようが静まり返ろうが、ナナルゥにとってはどうでも良い。

 ヨロヨロと立ち上がりながら、騒動の種火の首根っこをみょんと摘まみ上げた。

 

 

「なぁにをやってますの、ナイン」

 

「キュ……?」

 

「きゅ? じゃありませんわよ! これはわたくしとちんちくりんの闘い。正々堂々の勝負なんですの。ナイン、貴方の出る幕じゃありませんわ」

 

「キュ、キュイ……」

 

 

 ムスッと口を尖らせて言い連ねれば、ナインの視線が焦ったようにオロオロと泳ぎ出す。

 時折そのつぶらな深い紅に映る自分の顔は、土埃に汚れていた。

 

 優雅ではない。美意識に欠ける。普段ならすぐにでも綺麗に拭き取っているだろう。

 それでも、ナナルゥは手より足を動かした。

 

 

「わたくしの身を案じる、その気持ちはありがたく受け取っておきます。けれど見くびって貰っては困りますわ。このわたくしが、このままむざむざと負けるとでも思ったんですの? 」

 

「キュイ……?」

 

「それに…………ほんの少し挫けただけで、庇って貰ってばかりでは。わたくし、立つ瀬が無くなるじゃありませんの」

 

 

 呆れたように腕を組み、それでも文句ひとつ言わずに事態を傍観するエトエナの脇を、通り過ぎた。

 奇妙な沈黙に包まれたコロシアム。

 けれど周囲の事はど意に介さない、高飛車な彼女らしい足音が高く響く。

 

 

「だから……」

 

「キュイ?」

 

「え、あの……ナナルゥ選手?」

 

 

 行き着いた先。

 唖然と成り行きを眺めていたジャッジに、受け取れとばかりにナインを突き出す。

 戸惑う審判の女性ではあったが、有無を言わせないナナルゥの視線と迫力に、已む無くナインを腕に抱き留めた。

 

 

「特等席でご覧なさい。黄金風の……いえ。このわたくしの、正々堂々の闘いぶりを」

 

 

 そう。この闘いに、ナインの出る幕はない。

 あってはならない。それでは"順序が逆になる"。

 自分は、ナナルゥ・グリーンセプテンバーはまだ。

 何も示せてやいないのだから。

 

 

「グリーンセプテンバーの家訓が一条!」

 

 

 ナインに。我が子に等しき存在に。

 胸を張って誇るべきものを。

 尊敬すべき両親の、優雅で真っ直ぐで逞しい背を見て育った自分が、何も示せていない。

 

 

「矜持を示し、誇りを胸に、向かい風に受けて立て──ですわ!」

 

 

 だというのに、ナインの守護に喜び、甘んじるだなんて。

 ルール以前に、あってはならないこと。順序が逆だ。

 "そんなの"、格好がつかないどころじゃないだろうから。

 

 

「さぁ──黄金風になりますわよ!」

 

 

 格好の良い理想の自分で在れるように。

 風に受けて立つように。

 ナナルゥは背筋をピンと高く伸ばした。

 

 

 


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