藤晩の2人   作:SPIRIT

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ちょっと自分の芸術への嗜好(戦車を除く)を入れたつもりです。


藤晩の2人

「まだあげ初(そ)めし前髪の 林檎のもとに見えしとき

前にさしたる花櫛(はなぐし)の 花ある君と思ひけり」

「祁山(ぎさん)悲秋の風更(ふ)けて 陣雲暗し五丈原(ごじょうげん)

零露(れいろ)の文(あや)は繁くして 草枯れ馬は肥ゆれども」

 

 ダージリンと西絹代が同じ方向を向き、異なる詩を口にする。戦車道のライバル同士で親睦会を開き月見をしているのだが、十五夜の中光る白い満月がぼうっと輝き、静かな風が頬を刺激する。バックは星ひとつない紺色。視界には芒の穂がなびく。それがあまりにも趣深いため、気取って双方好きな詩を口ずさんだのであった。

「ダージリンさん。それは島崎藤村の『初恋』でありますか?」

「絹代さんが口ずさんでいるのは、土井晩翠の『星落秋風五丈原』よね」

 絹代とダージリンは顔を見合わせていう。

「ええ、私はとある文学館に行ってから、晩翠の詩がすごい気に入りまして。七五調の文体や、要所要所に歴史を感じさせる雰囲気がいいのですよ」

「でも、ちょっと男臭くない? 藤村の詩は流麗で女性的。同じく七五調の詩で、口に出しても読みやすいからいいのよ」

 ダージリンは例のごとく、取っ手付きの白いカップをもって紅茶をすする。絹代は渋染めの湯飲みに入った渋茶を一口含んだ。

 ブルーシートの後ろ、月から一番遠方で静かにカンテレを弾いていたミカは、こっそりと演奏をやめて椅子から立ち、両脚を動かして端っこに移動した。彼女は絹代が苦手なのだ。

「あの……絹代さん。ほしおつ……なに? それに、なんで藤村と晩翠が出たわけ?」

「『星落秋風五丈原』。諸葛孔明こと諸葛亮の最期を詩にしたものだ。みほもお母様から、三国志は正史も演義も読むように言われていたはずだが」

「ご、ごめんお姉ちゃん……最近忘れていて」

 おどおどと戸惑う西住みほに、姉のまほが例のりりしい声と落ち着いた雰囲気でいう。

(それにしても、優雅で品を好むダージリンと、突撃重視の絹代か。2人ともお嬢様育ちと聞くが、好みは正反対だな)

 まほはふと、こう思った。

 こういう時は私服でもいいはずだが、皆々それぞれの学校の制服。ダージリンは長髪を結った金髪に横浜の人間らしい青いブレザーに黒いミニスカート、黒ストッキング。絹代はやや開かれた胸元の襟付きの外套に黄色いミニスカート、腰までかかる黒髪も健在だ。

「まほさんも三国志には親しんでいるのですか。なんとも話が合う」絹代はさわやかに、にっこりという。「私も演義以来、張飛に非常に親近感がわいておりまして、彼のように生きたいと思っているのですよ」

「でも張飛って、酒豪で下品な感じがしない?」ダージリンが異議を唱えてきた。「私は同じ豪傑ならば関羽かな。冷静で理知的で、主君である劉備をかばって非業の死を遂げる」

 みほは唖然としてしまった。嗜好が対照的なのもそうだが、何より――いささか遠いたとえではあるが――『エヴァンゲリオンで好きなヒロインは、アスカかレイか』のように2人が話しているからだ。

続いてダージリンが、

「晩翠も藤村も、それまでの俳句や短歌に代わる芸術『新体詩』の先駆者。2人が活躍した時代を『藤晩時代』というそうだけど。作風は違っていても、リズミカルな文書と題材がいいのよね」

「『吾輩は猫である』『坊ちゃん』の主人公の周りの人たちも、精神的娯楽として新体詩を作ることを求められていた。こうしてみると我々も、戦車以外にこういう話ができるのがいいかもしれない」

 戦車道一辺倒のまほがこんな言を口にするのは珍しく、絹代もダージリンもちらりと顔を見合わせた。

「ま、戦車道が坊ちゃんの好きな食い道楽のような、品のない物質的娯楽とは思いたくはないけど」

「あ、でも、華さんのお母さんは戦車を油臭くて無粋なものと嫌ってましたし」

 みほは苦笑いしながら言う。少し空気が白けたが、

「五十鈴のお母様は頑固なだけでありましょう」

 絹代は笑いながらいなした。

 りーりーと、鈴虫の音がかすかに聞こえ始めた。薄く黒い雲が白い満月をわずかに隠す。

「『丞相病篤かりき』か……」ふと、絹代は遠くの月を見ながら、「私も福田という名丞相がいなければチームを勝利に導けない『助けようのない阿斗』。この前のエキシビジョンマッチや大学選抜チームとの戦いで、つくづく痛感しました」

「お姉ちゃん、『阿斗』って」

「劉備の子劉禅で、蜀の二世皇帝な。先代に比べると暗君と言われていて、『阿斗に呆れる』という意味で『阿呆』という言が生まれたという話もある」

 みほはまた訳が分からず、姉にまた質問した。

「知波単は突撃が伝統的な美徳。それを変えるのは難しいものよ。こんな格言を知ってる? 『一隻の軍艦を造るには三年、新しい伝統を築くには三百年かかる』」

「イギリスのアンドリュー・カニンガムですよね」

はきはきと答える絹代に対し、ダージリンが落ち着いた声で話す。

「それに劉禅は二世皇帝としてはまだましな方。馬と鹿の区別がつかない二世皇帝もいたんだから」

 絹代はうなずいて、

「秦の胡亥ですよね。しかして『馬鹿』というとか」

「絹代さんはこんな言葉を知ってる? 『白い糸は染められるままに何色にも変ずる』」

「『三国志』『魏志倭人伝』の作者である陳寿が言った言葉ですよね。『周りの人間が有能なら善く、悪かったら駄目になるような人間』という意味で」

「劉禅はそう評されていた。考えてみれば私自身も、戦車に乗ってる時こそ大きく構えているけど、オレンジペコやアッサムといった有能な人に囲まれてやっていけるようなものねえ。

アールグレイさんから隊長の座を引き継いだ当初は私も、『不肖の子』『凡将』と言われていたものよ。その中で自分の在り方を自覚して、私の足りないところをあの2人に引き継がせた」

「周りが有能な人だからこそ今の自分がある、ということでございますね。それは私も同じです。辻つつじさんから隊長を引き継いだ身ではありますけど、突撃一辺倒で、『凡将』いや『愚将』なところがいまだに直ってない」

「有能な人材をどれだけ上に引き立てられるか、それが『将に将たる器』かどうかが試される時だと思うの。絹代さんは大学選抜チームとの戦いのとき、福田さんの意見を受け入れて善戦した。あなたは将に将たる器だと思うわ」

「ありがとうございます」

「その点はいい意味でダージリンも絹代も、関羽や張飛とは違っているのかもしれないな」まほが穏やかな声で答えた。「関羽も張飛も、自身の腕っぷしは強かったが、集団の中で人間関係を作ったり、配下を率いていくのには向かなかった。関羽は同僚に傲慢で、張飛は部下に横暴だった。結果的にそれが自分たちを破滅に導かせた」

「劉備に残ったのは諸葛亮だけだったから、痛ましい限りでござったでしょう。ぼちぼちこうして3人集まったのだから、私達3人で『桃園の誓い』やりませんかね?」

「やめてくれ、私たちはそんな間柄ではない」

「それに今は秋。明らかに季節外れでしょう」

 そっけなくまほにもダージリンにも断られ、

「ですよねー。あははは……」

 声をあげて絹代は笑った。

 それでもみほは想像できてしまった。劉備の格好をしたまほ、関羽の格好をしたダージリン、張飛の格好をした絹代が、桜の花びらが舞う中で腕を組みあい、

「我ら天に誓う!」

「生まれた時は違えども!」

「死す時は同じ!」

 と青空に向かって叫ぶ光景が。思わずぷーっと吹き出してしまった。当然3人の目が彼女に集中する。思わずそそくさと立ち去る羽目になった。

 それを見送った後、再び月に向き合い、ダージリンは再び『初恋』の一説を口にした。

「やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは

薄紅の秋の実に 人こひ初(そ)めしはじめなり」

「ひょっとして、ダージリンさん、恋をしてるのでありますか?」

 するとダージリンは白い顔をぽっと赤く染めて目を背けてしまった。絹代は喉の奥で「え……」と声を出す。

「いえ……。でも、私の友達がすっごく熱い恋をしたのよね」

「友達が、ですか」

「当初その友人の思い人は別の人に恋をしてたんで、友人は自分が仲介する形で、その2人を突き合せた。でも、結局その人の思いをあきらめきれず、流れ流された結果、その思い人と男女の関係に至った」

「え……」絹代は呆然として、「それって『寝取った』ってことなんじゃあ……」

「『イギリス人は恋愛と戦争では手段を択ばない』とはよく言うけど、それを地で行く人なのよ。当初その人と付き合っていた人と犬猿の仲になってしまった」

「それで」いきり立つ絹代と違い、まほは冷静だ。「どうなったんだ?」

「曲折の果て、結局振られちゃった」

「そうでしたか。自分から災いのもとを作った人間ゆえ、当然なのかもしれませんね」

「そのことで多少荒れ狂ったこともあったけど、今は新しい恋が実って落ち着いているそうよ」ダージリンは、ほっと安どの表情を浮かべた。「恋も大事だけど、その人保育士を目指して勉強してるみたい。母子家庭だから、同じ境遇の子供たちに寂しい思いをさせたくないって」

「そうでしたか……」絹代はうなり、「なんか複雑な気分です。私は恋愛したことがないし、もししてもドギマギするばかりだと思うけど。なんか罰とかないのかね、その子」

 するとダージリンが、敵意のあるとげとげしい目で絹代を見た。

「あ……すみません、そうですよね。ダージリンさんの友達でもあるんでしたよね、その子」

「いろいろあったんだろうが、立ち直っただけでも良かったんじゃないかな」まほが2人を仲裁してきた。「私たちは男っ気がないから、恋愛の本質なんて理解できようもないが、それができるのも若いうち」

「こんな言葉を知ってる? 『恋は盲目』」

 まほも絹代もうなずく。

(こうして横浜暮らしも長くなったけど、また会えるかしら……ワールドさん……)

 遠くにいる友人を思い出し、ダージリンは口ずさみ始めていた。

「『名も知らぬ 遠き島より』――」

「ダージリン、藤村の詩が好きなのはわかるが、『椰子の実』はちょっと季節外れであろう。新体詩にちなんだ秋の歌といえば」

「まほさんもわかりますか」

 絹代は感心したようにうなずき、その歌を先陣きって口ずさみ始め、続いてダージリンとまほが続いた。『荒城の月』の2番の節を。

 

秋陣営の霜の色

鳴き行く雁の数見せて

植うる剣に照り沿いし

昔の光今いずこ

 

 

「な、なんか話についていけない……」

 みほは椅子から立ってそそくさと後ずさり、ブルーシートの奥に逃げてしまった。

「ミホーシャ……あんた……戦車以外はからっきし……」

 8歳児ぐらいの少女(これでも高3)カチューシャが、みほをからかってくる。もっとも彼女も今までの話は全然訳が分からなかったらしく、あからさまにうつらうつらしているが。

「って、カチューシャさんも眠そうじゃ……」

「『'O sole mio sta 'nfronte a te(オーソーレーミーオ、スタンフロンテアテー)♪』。私はラブソングならこっちのほうが好きだな」

 団子を手でほおばりながら、アンチョビはカンツォーネの1節を高らかに歌う。

「アンチョビさん、それは……」

「知らないのか? イタリアのカンツォーネの代表にしてラブソングの代表でもある『オー・ソレ・ミオ』。『私の太陽』という意味だ。『'O sole, 'o sole mio(オーソーレー、オーソーレーミーオー)』♪」

 クラシックギターを抱えて歌い狂うアンチョビ。

「アンチョビがギターできるなんて、ちょっと驚きね。カチューシャもバラライカならちょっとできるかな」

 カチューシャの言葉を聞いて、みほの中に妙なイメージが浮かんだ。

 公園で相手の猫に背後から抱き着かれたボコられぐまのボコが「よかったのか、ホイホイついてきて」「俺はノ〇ケだって食っちまうクマだぜ」「お前俺のケツの中でショ〇ベンしろよ」と誘惑する姿がありありと浮かんだ。思わずぷっとなってしまう。

「ミホーシャ……。何がおかしいの? 私は大きく構える大将だから看過するけど、そうでなかったらシベリア送りよ」

「ごめんなさい、カチューシャさん。バラライカと聞いて『すごく大きいです』『お前俺のケツの中でショ〇ベンしろよ』って思いだしちゃって」

「みほ……それ全然違うぞ」

「あははは……」苦笑いしながら、みほは「ところで、さっきから気になってたんですが、この椅子はいったいなんなんですか……こわい……」

 みほは先ほど座っていた椅子のデザインを見た。赤色で、円柱に半球を乗せたようなデザインだが、頭頂にぎろりとにらみを利かせているような三白眼の目玉が2つついている。

「あれ、ミホ知らないの? What a surprise!」大げさにケイが驚いてみせた。「岡本太郎の名作、『座ることを拒否するいす』よ! 椅子に目や顔を描いてさながら生き物のようにして、椅子と座る人間を対等にしようとして作られたの。もちろんサンダース校で作ったレプリカだけどね。中を空洞にしたから簡単に持ち運べるわ」

 ケイはそう言っていたずらっぽく笑い、木の容器に入っている緑の団子を一つつまんだ。彼女の座っている『座ることを拒否するいす』も、黄色い色につぶらな黒目が2つついているが、口は不規則な曲線を描き、ゆがんだ笑みを浮かべていた。

「こんな言葉を知ってるかな」アンチョビの歌に合わせてカンテレを弾いていたミカが、「『顔は瞬間瞬間の発見だ、どんなものにも顔がある、グラスの底に顔があったっていいじゃないか』」

「Oh! 岡本の名言よね!! 人間の顔を芸術の極みと見極める!! 言い方はダージリンっぽいけど、ミカもよく知ってるじゃない!!」

 ケイは感心しながらミカの首に抱き着く。スキンシップに慣れてないらしく、ミカの額から冷や汗が流れた。

「これもケイが用意したものよね」カチューシャは杉の机に置いてあるコップを取り出し、「これもオカモトタローの作品なんだっけ、可愛いじゃない」

「Yeah!」

 ニコニコしながらグラスの底を眺めるカチューシャを気にしつつ、みほは横からのぞき込む。以前テレビで見た『太陽の塔』によく似たむすっとした顔がそこに刻まれていた。

(可愛い……? むしろ怖いじゃない……)

多少どぎまぎしつつも、みほは先ほど自分が座っていた赤い椅子に刻まれた2つの目を見つめた。確かに感じさせられるものがある。

(みんなよくこの椅子に座って平然と月見できるよなあ。それとももしかして、芸術を解せない野暮天は私だけ……?)

 赤毛のアンほどではないが、自身になかなかの想像力があることも気づかず、みほは落ち込んだ。

 

 

 たわいもない、ばかばかしい会話をしながら、月見の夜は更けていく。

 

 

終わり

 

 




あとがき


どちらかというとこれは戯作中の戯作、テーマもこれと言って決めずに書いちゃいました。ただ以前自身のブログに『死せる孔明生ける仲達を走らす』をもじったサブタイトルで記事を書いたので、それをきっかけに『星落秋風五丈原』『初恋』と思い出したのをきっかけにこの話を着想しました。
西絹代とダージリンの接点はあまりないですが、どちらも『お嬢様育ち』ではないかということで、ファンの間でいろいろ想像が膨らんでいるようです。
というか、本来は天然で脳筋なはずの絹代が妙に知的な気が。
当初は晩翠の詩はミカに言わせようとも考えていたのですが、晩翠の詩はあまりに男性的で、ミカに合わないと思ったので、消去法で絹代に言わせることにしました。
僕も『西ダジ』というキーワードでこれを書きましたが、恋愛的な描写はなく、あくまで嗜好が合うという感じで書いてみました。ちなみに僕は絹代の感性に近く、つまり晩翠の詩や張飛が好きだったりします。
(僕の中の張飛は横山光輝版のイメージが強いんですけどね、つまり孫悟空にも似た外見で、酒豪で粗暴だが豪胆で義理堅いと。村の子供たちと戯れるシーンをアニメで見ましたが、それが妙に好きだったりします)


特に山もおちもない話でごめんなさい。意味としては……僕自身の藤村と晩翠の詩の思い入れを入れてみた感じです。ついでにケイを介して岡本太郎の作品の思い入れについても。


ちなみに岡本太郎の『座ることを拒否するいす』はこんな感じです。


【挿絵表示】



【挿絵表示】



【挿絵表示】




ちなみに、小説中でアンチョビが歌った『O Sole Mio』はこんな曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=d_mLFHLSULw



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