──僕の、僕達の、最初の記憶は幸せだったと思う。
一番昔の記憶にあるのは母の優しそうな笑み、僕と妹が小さなパイを取り合って喧嘩しているのを困ったように笑っている“お母さん”の姿。
“お母さん”は喧嘩する僕達を宥める為、自分用の、僕達よりも小さなパイを二つに切り分けて、これで我慢してね?と困ったような表情でいう。
どちらか忘れたけど……多分、妹が言ったと思う。
「それじゃあお母さんの分が無くなっちゃうよ」
「いいのよ、母さんは貴方達が幸せそうにしている姿を見ればお腹一杯だから」
……それを聞いた僕達は急いで自分達の分のパイ、どちらが少しでも大きいのを食べるのか喧嘩していたのを忘れて食べる。
そして渡された小さなパイをお母さんに突き返して。
「「もう、お腹一杯」」
声を揃えて、そう言った。
お母さんはそれにまた、困ったような表情を見せながら……ありがとう、と小さく僕達を抱き締めて頭を撫でる。
お母さんから与えられる無償の愛に僕達に満足感を覚えながら笑みを浮かべる。
……結局、そのパイはどうなったんだっけか?お母さんが食べたのか?それとも僕達が食べたのか?
それは“俺”の記憶にはなかった。
“母さん”曰く、僕達の父親はとある大企業の社長さんらしい。
ならば何故、貧乏な生活をしているのか?……そう聞いたのは僕の筈だ。
その問いに困ったような表情を浮かべながら母さんは。
「…
…お母さんは“妾”だからお父さんと一緒に暮らせないの」
妾、愛人……その時は意味は分からなかったが、子供ながら何か特別な理由があって父親と一緒に暮らせないのではないかと察した。
正直、この頃の“僕”は“俺”と違って、父親がどんなものか知らない。
友達もいなかったし……いや、いなくて当然だったし、他の家族に当たり前のようにいる父親の存在は知らない。
だから僕は母さんさえいればそれでいい……そう、答えた。
「……ありがとう」
そう言うと、母さんは洗濯物を放り出して僕に抱きついた。
僕の頬は不自然と濡れ……母さんが泣いていることに気がついた。
それを問うと何でもない、と母さんは答えて僕の頬を濡らす自分の涙を拭う。
……少し、自分達の家が変わっていることに気がついたあの時、“まだ”僕は幸せだった。
……それは確か、僕達が学校に入る前か入った後。
母さんは僕達の養育費を稼ぐために酒場で働き始めた。
その頃から僕達の食事は暖かい料理から作りおきの冷たい料理に変わった。
勿論、たまに母さんが作ってくれることはあるが……その回数は昔と比べると少ない。
日曜日や祝日には出来る限り、暖かい食事を食べさせてくれようとしてくれたが……それでも夕方前まで寝ているのが大半だ。
それでも僕達は母さんと一緒なら幸せだった。
僕達がベッドにつく前、優しく頭を撫でてくれる母さんの笑みは……昔から変わらなかったから。
だけど、この時から……母さんは酒を飲むようになっていた。
……初めて、母さんに叩かれたのは何時だったか。
確か、中等教育が始まる前……いや、始まって少しした後だったか?
多分、そう……9つか10か、それくらいの時。
今思えば異変は、もっと前から始まっていたんだ。母さんは酒が苦手だと言っていた。
だというのに、初等教育が始まる前か、始まった後から……母さんは苦手な酒を家でも飲むようになっていた。
いつも辛そうな顔をしている母さんに僕達は心配そうに声をかけるが……母さんは大丈夫だと、僕達の頭を撫でるばかり。
まだ嘘か本当か、無理をしているのかしてないのか、分からなかった頃……僕達はそれを素直に信じるしかなかった。
そして……母さんが辛そうに泣いている姿を僕は見てもいられず駆け寄り、慰めようとしたら……頬に響くような痛みとぱちんっと言う大きな音が部屋に響いた。
それをシャルロットは驚いたように見つめ、母さんは僕に向かって。
「お前のせいだ!お前なんかがいるから!お前なんかがいるから……!!」
……詳しいことを覚えてない。もっと酷い罵倒を浴びせられたような気もする。
だけど……この事は僕達の思っていた母さん像を打ち砕くのは簡単だった。
その時から……酒を飲んだ母さんの介抱は僕の仕事になった。
押し付けられた訳ではない。自分から望んでやったことだ。
シェリーは心配そうに代わろうか?と言ってくるが……代わるつもりはなかった。
妹に……大切な肉親に、こんな辛い思いをさせることは決して出来なかった。
もう一人の大切な肉親に妹を傷つけさせる訳にもいかない。
僕は痛みを全て……受け入れるつもりだった。それが母さんの為にもシェリーの為にもなる筈だと思って。
それは僕達が
僕は学校に行く為に服を選んでいる最中に……それは気がついた。
……服が一着ない?
恐らく、母さんが洗いっぱなしなのか、干しっぱなしなのだろう。全く仕方ない。
時間もなかったので僕は確認もせず……学校へ向かった。
……これが決定的な間違いだとは思わずに。
家から帰ると、珍しく母さんは早く帰ってきていたようだ。シャルロットは帰ってきてないようだし……帰ってくる前に母さんの介抱を済ませるか。
そう思い、リビングに向かうと……そこには僕の服を着たシェリーが母さんに殴られている姿。
「──何してんだぁ!?」
僕は、また
母さんは酒に溺れた瞳で何かまた、罵詈雑言を僕やシェリーにぶつけた。
……あぁ、それは聞くに耐えない罵倒だった。今、思い出そうにも……腸が煮え繰り返り、沸々と怒りがこみ上げてくる。
そこで初めて……“俺”は母さんのことを殴った。
……確か、母さんはその事にまたヒステリックを起こして、家から出ていった筈だ。
僕は頭から血を流すシェリーを看病しながら……一つ、心に決めた。
もう、“あいつ”は僕達の知る母さんなんかじゃない。僕の……“俺”の家族はシェリー……シャルロットだけだと。
この日……“僕”は“俺”となり、“
それは確か、
その頃になると俺は悪い仲間と組み、金稼ぎに走っていた。
儲かると言われて、この町から別の街へと“薬”を運ぶ仕事。袋の中身を見ずに、中身を海に捨てる仕事。何か特別に赤くなっている床の掃除。
……兎に角、様々な仕事を、恥さえ気にせずに行った。
それは勿論、あいつから独立する為だ。
幸い、この国の教育制度はしっかりとしている。金がない奴でも
後必要なのは……部屋を借りる為の部屋と全うな仕事を見つけるまでの生活費だ。
シェリーに苦労させない為にも……出来る限り、俺が金を稼ぐ。
勿論、あいつも生活費を入れると16になる前に働き出すかもしれないが……その時はその時だ。
一緒に仕事をして生活費を稼げばいいし、それがダメなら俺がまた手を汚して金を稼ぐだけだ。
幸い、この仕事はかなり稼げるし、直ぐに1年か2年くらいは働かなくても暮らせる金を得られるだろう。
……勿論、俺があいつみたいになる危険性や捕まる可能性もあるが、それには目を瞑る。
全ては……大切なシェリーの、
そしてその日はやってきた。
俺が仕事から帰ってくると、そこにはあられもない姿で抵抗するシェリーと、それを犯そうとする男……そして、それを黙ってみているあいつ。
懐からもしもの時の為に、とボスから渡された一丁の
その引き金は想像していたよりも軽く、簡単に弾は放たれ……男の脳髄が部屋中にぶち撒かれた。
突然の出来事に悲鳴すら上げられない二人。
10秒ほど経ち、悲鳴を上げようとしたあいつに向けて、もう一発の弾丸を放つ。
弾丸は喉を貫き、あいつの口と喉から噴水のように泡立った血が溢れ出す。
シェリーは悲鳴を必死にこらえて……あいつだった死体、自分を犯そうとした死体、硝煙を纏う俺を見つめる。
……1分、2分してようやく自分が何をしたのか気がついた。
必死に震える手を押さえつけ、冷静さを保つ。
何とか震えが収まると……俺は歪んだ笑みを浮かべながら。
「これ、片付けてくる」
震えた声でそう言った。
「いってらっしゃい」
同じく震えた声で返してくるシェリー。
……結局、俺は必死にボスに頼み込み、今まで稼いだ金を全部差し出すことを条件に……死体の隠蔽を協力してもらった。
お陰でブタ箱に閉じ込められることはなくなったが……シェリーと暮らす為の金が全部消えることになった。
そして何より、今では飾りでしかない親という庇護が消えた俺達に待ち受けるのは食い物にされるという未来だけ。
……悩んでいる俺にボスは俺を気に入ってくれる、と言ってくれた。
妹を捨て、俺に自分の養子にならないかという言葉まで掛けてくれた。
……首を縦に振れば、きっと、少なくとも……俺の未来は幸せな物なのだろう。
このご時世、男というだけでレッテルが張られる女尊男卑時代だ。
なら今はまだ男の力の強い裏の社会で暮らしていくのも……良いかもしれない。
少しだけ悩み、俺は首を横に振った。
……結局、俺は妹を、シェリーを見捨てられなかったのだ。
ボスは俺の答えが分かっていたのか、笑いながら「困ったことがあるならファミリーを頼れ」と言い残し、俺を送り出してくれた。
妹が待っている家まで車で送ってもらい……そこで俺はまたある奴……正確に言えば、ある男の代理人に出会う。
それは俺達の父親となる男の代理人。
そいつは母親を亡くした俺達を大変不憫に思い、自分が引き取ると言い出したのだ。
その代わりに……高いISの適性を持つシェリーが自分の会社の為にIS開発の手伝いをしろ、とのことだ。
そんなのこと……シェリーを道具のように扱うことは俺は出来なかった。
だから何とか断ろうとしたが……シェリーが、それを止める。
「……今まで兄さんが頑張ってきたんだし、次は私の番だよ」
……その力強い瞳に対して、俺は何も言えなかった。
そして俺達は一年もの間、デュノア家という俺達の居場所がない場所で暮らしていた。
時たま、実験だとシェリーは連れ出され……俺も、それについていくという生活が続いていた。
実験はというと……正直、初めの方はISに対して知識も無かったし、よく分からなかった。
だけどシェリーの為にも……シェリーが危ない目に合わない為にも俺は慣れないISの勉強を頑張り、無茶な実験に対しては止めようと進言できるだけの知識は得ることができた。
……結局、止める権限など俺にはなく、シェリーもやめるつもりは無いようで……俺は無力だ。
そして一年経ち……俺達はまた父親の命令で、今度はとある学園に潜入することになった。
その学園とはIS学園という世界最大のIS……インフィニット・ストラトスの搭乗者育成校だ。
そこで俺達は“二人で一人の男”となり……世界で二番目の男性搭乗者の振りをしろとのことだ。
そして可能なら本当の、世界で唯一の男性搭乗者である織斑一夏のサンプルを入手しろとのご命令を渡させる。
全く、あの男の欲望は果てしないものだ……たくっ。
「兄さん、座学は任せたよ」
「そっちこそ、俺の……僕の振りをちゃんとしてくれよ?バレるとしたら間違いなく、そっちが原因だろうし」
「分かってるよ。でも大丈夫、兄さんを一番近くで見てきたのは誰だい?」
「……それもそうだね。分かった、それじゃあ実技の方は任せたよシェリー……ううん、
「分かってるよ。そっちこそ……あんまり素にならないでね?そっち、真似しにくいんだからさ、
「……善処する」
……さて、これで準備は完了だ。
「……いってくるね、シェリー」
「いってらっしゃい、兄さん。……兄さんのこと、見守ってるよ」
シェリーに挨拶を交わして部屋を出る。
……この部屋はデュノア車の息のかかった生徒の部屋であり、俺達の待機部屋だ。
少し遠回りして、俺の“部屋”から繋がる道を通り……服担任だという眼鏡の女の後をついていく。
その道中、眼帯をした女の子も拾うが……特に会話もなかったし、こちらからも触れないこととする。
出来る限り、他の人間との接触は避けたいしね。
そして僕達のクラスだという部屋の前で待機し……名前を呼ばれるのを待つ。
名前を呼ばれ、“俺”から“僕”に気持ちを切り替え……足を踏み入れた。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、よろしくお願いします。……それと君達のような綺麗な方々と一緒のクラスになれて幸いです♪」
それと同時に体に響く黄色い歓声。
これ、少しキャラ付け間違えたかもしれない。
続くかどうかは未定