ソシャゲ異世界配信系女主人公ちゃんはヒロインをお迎えしたい 作:薄いの
剣と魔法のファンタジーを夢見たことがある人は多いと思う。
男性女性問わず、王子様とお姫様のラブロマンスとか、泥臭い冒険活劇とか、レベルをあげてスキルで殴るのでも、延々と錬金窯掻き交ぜて「できったー!」とかやるのでもいい。
こちとら普通の男子高校生だ。
密かに夢を膨らませるくらいは許してほしいものだ。
話は変わるのだが、グロウ・ツリーラインというアプリゲームがある。
世間ではソシャゲとか現行ゲーム業界の破壊者とか散々に言われてるジャンルのゲームではある。だが、俺たちのような学生にとって元手ゼロで始められる(結局カモになるけど)このジャンルのゲームはまぁ、流行る。
その、グロインとかいう割りとひでー略称のゲームなのだが、昨今のキャラクター課金ゲームとは少し外れた装備課金型のゲームだった。全体攻撃とかステータスバフとか様々なスキルが付与された武器防具を使い分けて遊ぶゲームだ。
主人公の少年、カーネル(女主人公だとリィン)とアプデとかでなんだかんだ増えた今のところ六人の仲間と共に地底世界へ、天空城へと、過去の荒廃世界へと繰り出す硬派なファンタジーだった。
『剣』『槍』『杖』『盾』『魔本』『暗器』の六つの武器属性があり、前半の三つ『剣』『槍』『杖』は初期三属性と呼ばれ、残りの属性は対応キャラクターのラフ画だけ公開され、主人公のみの取得可能スキルとして公開されてから、徐々に仲間キャラクターとして実装されていった歴史があるらしい。そのうち、まだ武器属性ごと増えるかもしんないけど。……ソシャゲの宿命である。
まぁ、俺は初期のプレイヤーじゃないからあんまり詳しくないんだけど。初期三属性の紅一点である『杖』のフィーミリアとかはエイプリルフールにはロリ化スキンが配布され、冬にはミニスカサンタやら、ファンタジー世界なのになぜかどてら着せてこたつに突っ込まれてるログイン画面の一枚絵にされ、夏には水着でおっぱいおっぱいされていたらしい。
『魔本』のレテと『暗器』のナタリーの十代女の子勢が実装されてからは、フィーミリアの運営の玩具具合も鳴りを潜めたが、古参勢は愛着でもあるのか、フィーミリア大好きなのがなんか多いけどよくわかんね。特段歳上趣味もなかったから、フィーミリアかレテかって言ったらツンデレテ派で、フィーミリアは結構放置してたし。というか、フィーミリアの話よりも俺の話である。
そう、俺こと、クロース・ガーランドの話である。
朝起きたら、知らない別人になっていた。
いや、知っている、知ってはいるけど。そういう『知っている』ではなかった。
クロース・ガーランド。
グロウ・ツリーラインにおいて、初期三属性の『剣』の属性を司る仲間キャラクターの一人であった。歳は二十二で、黒髪黒目でガタイのいい、寡黙なイケメン剣士である。
……お気づきだろうか。
そう、ド田舎の男子高校生だった俺は一気に老けたのだ。
なんということをしてくれやがったのでしょう。
こういうのってお約束的に「全盛期の肉体で!」とか「私、若返ってる!」とか「わしかわいい」的な感じでキャラクリしてくれるのではないのか。
本来ならば、この肉体に宿っていたクロースの人生を奪ってしまったのでは、とか葛藤するのが良識ある人間っぽいのだが、別にこちとら転生トラックに轢かれたわけでもなく、TS金髪幼女になにがなんでも崇拝されたいという度し難い性癖の存在Xに会った訳でもなく、別にサービス終了最終日までグロインにログインしていた訳でもないのだ。そもそも終わってないし。
つまりは、死んだつもりはさらさらないので向こうで普通に肉体は生活している疑惑まである。泡沫の夢として始末をつけてもよいのでは。ということだ。明日覚めるかもしれない夢だ。よし、理論武装完了。
色々と理由をつけたが、結局のところ、俺は未知の世界の魅力に抗えなかった。
それに尽きるだろう。
「クロース!」
イドル地方、サルティナの街。
より正確に言えば、グロイン内では『イドル地方 サルティナの街.-西の館-』とかMAP表記されていたのがこの場所である。
身も蓋もない話をしてしまえば、でかい館のテンプレートというやつで、ゲーム内において、『なんかこのパーツの家、どっかで見たぞ』みたいなゲームのグラフィック容量の削減の犠牲に使いまわされてる邸宅その一である。
まぁ、実際のところ、細部は違うだろうし、この俺にとってのリアルとなったサルティナの街はゲーム内みたいに狭い町でもないが、ところどころ目印みたいにゲーム内にもあった建物が見えるので、街の中で迷子になった時なんかは便利だったりする。俺はこっちの世界の土地感ないし。
「聞いているのですか? クロース!」
そして、ここからが大事なのだが、俺こと、クロースはカーネルの六人の仲間のうち一人である。クロースに出会い、仲間にする難易度は非常に低い。なぜなら『剣』の仲間であるクロースは初期実装のキャラクターだからだ。仲間にする難易度自体が非常に低い。
「はい。なんでしょうかお嬢様」
クロースは寡黙であり、忍耐強い。
その点で無暗に他人の不興を買わない流浪の剣士である彼は、甘やかされて育った令嬢のクソ幼女にコキ使われ、あちらでおつかい、こちらで討伐と、振り回されながらも雇われ剣士として、この街で生活の糧を得ている。
偶然出会った主人公一行を巻き込んでクソ幼女にコキ使われたあげくに結局放逐され、ならば、と主人公に合流し、仲間になる。それがクロース・ガーランドの初期ストーリーラインだ。
俺は木剣を素振りする腕を止め、視線をやる。
そこにいるのは輝くばかりの金の髪を肩まで伸ばし、青い瞳の整った顔立ちの幼い女の子。
しかし、彼女はむっつりとした顔をして、不機嫌なオーラを振りまいており、半ば睨むように俺を見つめている。
そして、少しばかりの沈黙を挟んでから、彼女はようやく口を開いた。
「この街の街道を東に行った先にある洞窟型の迷宮の深層はたいそう美しいと聞くわ。一度、私も見てみたいものね」
「アホか、そんなところ行ったら死ぬわ」
「……言葉に気を付けなさい」
あっ、ヤッベ。素が出た。
「お死にになりますお嬢様」
キリリ、と表情を引き締めて一言。
これで誰がどう見てもクロース・ガーランド。イケメン剣士ですよ! イケメン剣士!
だというのに、我がフロイラインは額に青筋を浮かべて、口の端をぴくぴくさせてらっしゃる。
この幼女、未だ歳の頃十にも届かないというのに、なんでこんなに怒ってばかりなのか。
卒業した小学校中学校が、俺の卒業と同時に廃校になるようなド田舎のクソガキだった俺には最近の子どもはよく分からん。必然的にみんな幼馴染だし。ロマンもクソもないな。
というか、サルティナの東の洞窟ダンジョンってあれだろ。地神の祭壇。
装備素材用のダンジョンで、浅い層だと雑魚のみだけど、底がめっちゃ深くて最深層だとゴーレム系のボスが湧くし、製作装備でPT三人レベル60は欲しい。
多分、この不機嫌幼女が綺麗って言ってるのは全30階層のうち、15層から20層までの水晶エリアのことだと思う。
エリア全体が色のついた水晶でキラキラしてて、採掘すると水晶装備っていう、使い勝手のいい無属性攻撃スキルのついた、中堅くらいの製作装備が作れたりする。そこまででも俺だけのソロだと、レベル35くらいは要ると思う。
「……ふぅ。つまらないわね。迷宮の奥底に私を捨てて見せるような気概はないのかしら」
溜息を吐く幼女。
すげぇな、こいつ、この歳で人生に飽き飽きしてらっしゃるぞ。
俺なんて今、人生で一番わくわくしているというのに。
「そんな暇なんすか?」
「次にその言葉遣いで喋ったらぶっ飛ばすわよ」
フロイラインこわい(震え声)。
クロースが俺になったせいで、日に日に、お嬢様が不機嫌令嬢を通り越して粗暴で粗野路線になっていってる気がする。
まぁ、いずれ俺はこの子に放逐されるんだからいいっちゃいいんだけど。
そういうところ、やっぱり俺じゃクロースになれないなって感じがある。
というか、中身がジャパニーズ高校生だし、そもそもの話、イケメン寡黙実直剣士とか無理無理毛虫って話なんだけど。
あぁ、でも、水晶エリアの鉱石は一応、地神の祭壇周辺の岩壁から採取出来たような。でも、採掘ポイントの採掘回数が少なくて、ポイントの回復時間も結構長いんだよな。とてもじゃないけど、装備作るのに必要な数は揃わない。それでも、まぁ、眺めて面白がるくらいの欠片くらいは掘れるやもしれん。
多少、我儘幼女の気も紛れるのではと思い立ち、探索用の装備(低ランクの素材だけで作れる採取数・採掘数が増えるやつ)に着替えて出かけようとしたのだがバレて、なぜかお嬢様が付いてくることになり、身の丈に合わない大人用のピッケルを引きずる姿を見て含み笑いしてたら脛に鋭い蹴りを入れられた。
俺は悶絶して転げまわった。
クソァ! HPバーは削れてないはずだろ! 仕事しろシステム!
◇
もしかしてこの世界に主人公くん居らんのでは?
ボブは訝しんだ。
俺がクロースになってから、はや半年が経った。
だというのに、いつになっても主人公のカーネルが迎えに来やがらねぇ。
カーネルくん本当にこの世界におりゅ? おりゃんの?
というか、中身が俺でも、物語の中の剣士様の片鱗が見えてきてしまって、地神の祭壇の水晶エリアくらいならお嬢様を守りながら物見遊山がてら、楽々巡回出来るようになってしまった。
お陰で、装備製作可能なまでに素材が溜まったらしく、お嬢様が水晶剣やら精緻な装飾の施された指輪やらを作ってプレゼントしてくれた。
お嬢様の提案で、お遊びで二人だけで騎士の叙任式みたいな変な格好つけの儀式もどきをやってみたけど、中の人の高校生的には結構面白かった。この年中不機嫌みたいなお嬢様にもユーモアってあるんだなって。口に出したら一週間口効いて貰えなかったけど。
とはいえ、流石の初期三属性である。現行の環境では『盾』という『剣』以上のタンク用の属性があるが、主人公を考慮から除いた初期三属性は前衛『剣』中衛『槍』後衛『杖』のスタンダードタイプとして設計されただけあって、万能前衛と評して十分な性能を持っていることを実感した。
とはいえ、ここまで俺に音沙汰がないと、今度は心配になってくる。
どっかで主人公、野垂れ死んでたりしないよね……?
とりあえずは、カーネルが存在する前提で考えてみる。
まず、俺がカーネルだったなら、まず迎えにいくのは『剣』の俺(クロース)、又は『杖』のフィーミリアだ。
なぜなら、両者とも汎用性で言えば頭ひとつ抜けていると言わざるを得ないからだ。
ついでに言えば、仲間にする難易度が初期三属性だけあって低いこともある。
つまりは、俺のところにカーネルが来ていない以上、フィーミリアのところに行ったのではないか?
そう決めてからの俺の行動は早かった。
しかし、仕事をお休みするときってなんて言うものなんだろう。
なんというか、元々、特にアルバイト経験とかもなかったのでこういう時に結構困る。
なんだっけ……なんかドラマとかで見たんだよな。
……あー、……そう。そうだ。『お暇をいただきます』、だ!
あー、すっきりした。意外と簡単だった(密かな自慢)この世界の文字でそう書き置きを残し、俺は旅に出ることにした。
◇
ラダ村はうちの実家よりヤバいド田舎だった。
どうしよう。元々フィーミリアには特に感心なかったんだけど、ちょっと親近感。
まぁ、おっぱいのでかい女はちょっとご遠慮願いたいからそういうあれではない。所詮は脂肪ですよ。脂肪。
そして、衝撃の事実。
主人公がカーネルくんじゃなくてリィンちゃんだった。
ほんともうね、超びっくり。
実際のところ俺が主人公をカーネルくんでプレイしていたからっていう俺の思い込みもあるんだけど。
数ヶ月前に、リィンちゃんがこの村に来て、トレントども(多分フィーミリア加入クエストのアレ)を討伐したらしいと、村人に聞いたらすぐ分かった。
村の恩人に手を貸すべくフィーミリアもリィンについていったらしい。
なんかフィーミリアが燃える杖を持ってたとかも聞いたけど炎属性の杖でも持ってるのだろうか。
初期装備は最低レアリティの樫の杖だった気がするけど。まぁ、俺が初期装備の鉄の剣じゃなくて、水晶剣持ってるように、フィーミリアが炎属性の杖持ってても別におかしくないっちゃないけど。
なにはともかく、リィン・アドライナ、リィン・アドライナである。
年齢設定15歳。銀髪碧眼のウルトラ美少女である。ちなみにおっぱいはない。素晴らしい。
来てる……間違いなく来ている……! 俺を中心に渦巻いている大いなる運命の奔流が……!
エンディングが……、見えた!
大事な話なのだが、誓約の石碑というアイテムがある。
ぶっちゃけて言えばカッコカリである。なにが、とかは特になにも言うつもりはない。
グロインは主人公を除いて男性キャラが三人、女性キャラが三人だ。
男性キャラクターに関しては『剣』(寡黙で実直)、『槍』(根暗で厨二病)『盾』(おっさん)。
この選択肢だったらまず俺を選ぶだろ。というか、選んでくれ。
いや確かに、俺は『魔本』のレテちゃんが嫁だ。なぜなら、おっぱい抉れててちっこいから。
だが、俺はクロースなのだ。どうか、いちゲーマーとしてだれかに分かってほしい。
レテちゃんは主人公の嫁なのだ。断じてクロースの嫁ではない。
要するにギャルゲーにおいて、攻略したヒロインが主人公に選ばれなかったルートではサブキャラとくっついてるとかそんな残酷なことをして俺の童貞ハートを傷つけないで欲しいのだ。
だが、リィンとクロースがくっつくのなら自然だ。むしろそうなるべきだ。
本音で言えばリィンちゃんには日本に居た頃からいろいろお世話になりました。
リィンちゃんおるやんけ! と分かった時点で俺は大目標を達成した。
もう、これ以上ないほど爽やかな心境だ。
もはや、半ば観光客気分で、フィーミリアとリィンが手に汗握る激しい共闘を繰り広げたであろう林道を、穏やかな笑みを浮かべながら歩み、帰路についた。肝心の俺が居ないと、仲間加入イベントも起こせないしなっ!
いやー、参ったなぁっ! リィンちゃんかぁっ!へへっ、リィンちゃんかぁっ!!
◇
意気揚々と戻ってまいりましたサルティナの街。
後はもうリィンちゃんを待つだけ! まだ見ぬ大冒険が俺を待っている!
そう思っていた時期が俺にもありました。
館に戻った俺を待ち受けていたのはいつもとは様子の違うお嬢様だった。
不確かな足取りに、ふらふら揺れる上体。
何事かと、駆け寄って支えると、俯いていた顔が見上げられる。
寝不足なのか、メイクではとても隠しきれていない目元に広がるクマに、大きく見開かれた瞳。
言葉を出そうとして、ぱく、ぱく、と唇を空回りさせているお嬢様。
なに、なんなのこのクッソ重い空気。俺に一体どうしろというの。
「や、やっほ! ぼく、クロース」
俺の空気を和ませるクロースジョークが炸裂した。
瞬間、俺の片腕ががっちりと、お嬢様の掌で握り潰すように押さえつけられる。
なにこれ、痛い! なに、なんなの。この体、一応そこそこ高レベル剣士の肉体なんだけど!
「……ダメね。私ったら、
お嬢様、満面のアルカイックスマイル。
だというのに、目は完全に据わっているし、今だって万力のように俺の腕を締め上げている。
キミ、ステータスだけじゃなくて、今の俺の肉体年齢と十以上差があるはずだよね!?
お嬢様の空いている方の指先が、俺の指に嵌められている剣と共に贈られた水晶の指輪を撫ぜる。
今度は掴まれた腕を引かれ、無理矢理に屈まされた俺の首元へと、掌を移動させ、労わるように撫でられた。
俺の背筋にぞわぞわとするものが奔った。
お嬢様は、そのまま俺の耳元で囁く。
「……ねぇ。もっと、分かりやすい印が必要?」
な に か が ま ず い 。
現代日本人らしく、喪われていた動物としての危機感知力がここに来て、初めて警鐘を鳴らしていた。
リィンちゃん! 早く迎えに来てくれ!
できれば、俺のなにかが終わってしまう前に!
◇
◇
活動報告でプロトタイプのお話にゴーサイン出してくださった方々ありがとうございました。