ある日、一人の少年が厄神が住んでいる神社を訪れる。自分の命を代償にして、村の厄を払ってもらうために……
厄神様は何とかして少年を喰らおうとするのだが……?
*作者が小説を書き始めたばかりの頃、「小説家になろう」のサイトに掲載していたものを加筆修正したものです。
厄神(やくじん):災厄をもたらす悪神、または--の神である。
童話っぽく書いてみました!
昔々、不気味なほど静かで暗い森の奥。そこには大きな大きな
「厄神様、厄神様、どうぞ私をお召し上がりください」
十代前後の少年が
すると、社の向こうから音が聞こえます。シュルシュル……シュルシュル、と舌なめずりが聞こえます。
何かがゆっくりと少年に近づいてきます。
社の奥から現れたのは黒い大蛇でした。少年が米粒に見えるほどの巨大な蛇。
暗い闇の中で、黒蛇の
「お前は?」
「生贄です厄神様。どうぞ私をお食べください」
少年は厄神と呼ばれた黒蛇に頭を垂れます。
黒蛇は少年を値踏みするようにじっと見つめます。その黄色い瞳に少年の姿が映ります。
「そうか、お前は付近の村のものだな。……私に何を望む。人の子よ」
「どうか村の厄をお祓いください」
「ほう……」
黒蛇はその大きな首をもたげ、考えます。
「……まぁ、お前の味次第では考えてもいいぞ」
「本当ですか!」
「あぁ、約束しようとも」
蛇は口元を愉悦で歪めます。鋭い牙が丸見えでした。
――これはいい。何もしなくても
なんと、蛇は約束を守る気などこれっぽちもありませんでした。
――こいつを喰らった後は村の人間を最後の一人まで食い尽くしてやろう。
厄をはらうための生贄は多い方がいいと勘違いさせるのだ。
「では、いただこうか」
「はい、よろしくお願いします」
蛇は少年を丸のみにしようと頭を近づけます。――すると、
「ん……貴様……」
「あ、申し訳ありません。きれいな服がなくて……」
少年の服はボロボロでした。その薄汚れた衣には泥がついていました。
「む……それも気になるが、そうではない。貴様、目が見えぬのか」
「はい、生まれつき目が見えないのです」
少年は盲目でした。
「……厄介払いか」
――盲目の子供は作物を育てるのに苦労する。働けぬただ飯喰らい、村の食物を消費するだけの厄介者、ゆえに私の贄に選んだか。
「考えたものだ……いや、それよりも少年。貴様、私のこの姿が見えぬのか」
「はい! 見えません」
「チッ、つまらん。私の姿を見て怯おびえ、震える姿を見るのが一番の楽しみなのだがな……」
蛇はつまらなそうに顔をしかめます。さすがの厄神も目は治せません。
「ですが厄神様の立派なお声は聞こえます! 重々しくてかっこいいです。きっとお姿も立派なのでしょう」
「……そうか、かっこいい……か」
嬉しさで蛇の顔がほころびます。普段褒められたことがないこの神は上機嫌でした。
「フフフ……って、はッ!」
--危ない。この小僧にたぶらかされるところだったわ。
「貴様、私をおだてて逃げようとしているな」
「いいえ、滅相もありません。どうぞ召し上がり下さい」
怯えるどころが、自分を敬いはじめた少年に蛇は興味をなくしました。つまらない、と。
「……ハァ……もういい。帰れ、不愉快だ。生贄なんていらん」
――そもそも私に食われたいとか自殺願望者か? 馬鹿らしい。
それにさっき私を褒めたのも素だな。素直に言ってる分、余計に腹が立つ。
「そんな!! このままおめおめ帰ったら村の大人たちに何を言われるか……」
「知らん。帰れ」
「お願いします。僕を召し上がってください!」
――あぁ、もうこのガキうっとうしい! それにめんどくさい!
蛇は嫌そうに顔をしかめます。
それにもかかわらず、少年は蛇の体にしがみつき必死に懇願します。
「お願いします! どうか! どうか!」
「……チッ。うるさい小僧だ……」
――変態か、この小僧は。もういいからさっさと黙らせよう。
再び蛇は少年に頭を近づけ、少年を飲み込もうとします。少年は無抵抗のまま蛇に飲み込まれ――
「ッッ!! ――――くっっさぁ!!」
蛇はたまらずのけぞります。少年から発されるごみ溜めのような匂いのせいで思わず食い損ねてしまいました。
「小僧! お前、何日風呂入っていないんだ!!」
「え? えーと……覚えていません。きれいな水辺が村の近くになかったので……」
――なんてことだ。
もう蛇の目には少年がゴミの塊にしか見えませんでした。とてもではありませんが食べられる気がしません。
「こんなもの食えるか!!」
なんと、巨大な黒蛇の体がはみるみると縮んでいきます。
「……この姿のほうが動きやすいな。ええい、小僧! こっちにこい!」
黒蛇は黒い衣をまとった黒髪の女性に姿を変えました。少年の手を握り、社の裏の方へ走ります。
「わぁ、厄神様は人に近いお姿なのですね。手が柔らかいです」
「黙らんと張り倒すぞ!!」
社の裏にあったのは大きな湖でした。湖の水は鏡のように澄んでいました。
「今から貴様を綺麗すぎて気持ち悪くなるほど綺麗にしてやる。そこから一歩も動くな」
人間に化けた厄神は着物の袖から箱を取り出します。中身は良い匂いのする薬草汁です。
「ありがとうございます。厄神様」
少年は太陽のように微笑んできます。
「……ムカつくガキだ」
――感謝されることには慣れない厄神様でした。
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「……さて、これぐらいでいいか」
厄神の手によって少年は生まれ変わったように綺麗になりました。薄汚れた着物は新品同様、真っ白に。先ほどまでゴミみたいな匂いのした少年の体は、今では驚くほど良い匂いがします。
「……すごいです! 厄神様!!」
「ふふ、私にかかればこんなもの……さぁ覚悟はいいか? 小僧」
――やっと、食える。
再び厄神は蛇の姿に戻り、舌なめずりをします。
今度こそ少年は助からないでしょう。
「……おっと、そういえば貴様には私の姿が見えないのだったな」
厄神は体全体から少年に邪気を放ちます。
――ならば、私の邪気で
「――あ」
少年の腰から下が――濡れていました。厄神のあまりの威圧で漏もらしてしまったのです。
せっかく洗ったのに台無しです。
「――もう、帰れお前ッッッ!!!」
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そして、夜が明け太陽が顔を出し始めます。
「本当によろしいのですか……?」
替えの下着をもち、少年が厄神に話しかけます。厄神が適当なものをあげたのでしょう。
今の厄神は人の姿をとっていました。
「いいから帰れ。……村の厄払いの件は何とかしてやる。ただし、二度とここに来るな」
少年に向かって、シッシッと厄神は手を払います。
「ありがとうございます」
少年は満面の笑みを浮かべます。
――その笑顔は苦手だ。
「両親達に『厄神との取引に成功した』とでも伝えておけ」
『両親』、その言葉を聞いた途端に少年の顔が曇ります。
「……私に両親はおりません。物心つく前に亡くなりました」
「……そうか」
――私と同じ……か
厄神様は両親の顔を知りません。
自分はどこからきて、どこへ逝くのか。それは厄神様自身にも分かりませんでした。
「小僧、名前は?」
「シンヤ、です」
「
厄神はシンヤと名乗った少年に背を向け、社の方に戻ります。
「厄神様のお名前は……」
「ない。勝手につけようとか考えるなよ?」
厄神は黄色い目でギロッとシンヤをにらみつけます。
「薬と厄神からヤク様、とかどうでしょうか?」
「貴様ぁ……!! 私の話を聞いていたのかぁ? もう行け! おしゃべりは終わりだ!!」
厄神はふん、とため息をつきます。
「では、ヤク様。また来ます。それまでお元気で」
少年は笑って山を下りていきました。
「二度とくるなぁ!!!!」
夜が明けた森に厄神の怒号が響き渡りました。
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そして、数か月がたち――
社の裏の湖に太陽が綺麗に映っています。
「はぁ……お茶がうまいな……」
厄神様は社で今もくつろいでいます。やはり人の姿の方が落ち着くようです。
手足を延ばし、あくびをします。
「……こんないい住まい、なかなかないな……あれ以来人間も来ないし、私を退治しようとする愚か者もこの地にはいない。静かだし最高……」
「失礼します!」
「ブッ!!」
聞き覚えのある声を聞いて、厄神様はお茶を噴き出してしまいました。
――まさか……!!
「シンヤ……!! 貴様、また来たのか!! 来るなと伝えたはずだぞ!」
すぐに厄神は社の裏から祭壇のある表に回ります。
すると、祭壇の上にシンヤがお茶を飲んで座っていました。
「あ! ヤク様! 名前を覚えてくれたのですね!! このお茶美味しいです」
「いつの間に……!! しかもおいておいた私のお茶(二杯目)を……!!」
怒りで厄神の拳がプルプルと震えます。
「僕のものかと思いました」
「んなわけあるか!!」
厄神はシンヤの頭に思いっきりゲンコツを喰らわせます。
「いてて……ごめんなさいヤク様。代わりにこれを……」
シンヤが差し出したのは彼の後ろに積んであった米俵でした。
「ほう……これは……」
「ヤク様のおかげで豊作です。厄払いのおかげで作物の不作がおさまりました」
「私のものを盗み食いとは、恐れ知らずな奴め」
「ヤク様の寛大さに甘えているだけです」
「チッ……まぁ……私のお茶のことはこの米で許してやろう。……ところで貴様、今日は何をしに来た?」
キッと厄神はシンヤをにらみつける。
――よく見てみると服が前に来た時とは違って綺麗だ。
「隣村でイナゴが大量発生してしまって……村にまた被害が出ないよう厄払いにと……」
「ほう……それでこの米を、というわけか?」
満足げに厄神は微笑む。
――なるほど、米の量が多いのは依頼料、といったところか。肉でないのは残念だが、まぁ腹の足しにはなるだろう。さて今日の夕食のおかずは魚かな……
「いいえ! 僕をお召し上がり下さい!! 今回は僕も身ぎれいにしてきました!!」
「帰れぇ!!」
今日も山にバチーン、と子気味のいい平手打ちの音が聞こえてきます。
~おしまい~