超次元ロマン海域アズールねぷーん   作:アメリカ兎

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補佐官ヒエラルキー急降下中

「あの野郎、ぜってぇ許さねぇ……」

 ブラックハートに襲撃されたエヌラスは作業服の上をはだけさせて肩で息を整えていた。工廠で明石の手伝いをしていたらよくわからない理由とよくわからない危機感とよくわからない罪を口走りながら大剣を振り回されて、死ぬかと思った。こなみ。

 明石が泣いていた。せっかく頑張って実験の準備を進めていたのに台無しにされて半ベソかいていた挙げ句に罪をなすり付けられる。鼻水垂らしながら迫真の表情で迫られたので平謝りを繰り返してなんとか逃げてきた。

 今は桟橋で黄昏れているエヌラスの目に青空がしみる。おかしいな、涙が出てきた。

 

「……」

「……」

「…………」

「………………」

「インディアナポリス、なんか用か?」

 小麦色の肌、小柄な背丈のインディアナポリスも隣で青空を眺める。ぽーっとした様子で相変わらず何を考えているかわからない。

 

「……ううん。お姉ちゃんから逃げてきたの」

「あー……お前の姉、アレだもんな」

「あんまりこういう言い方したくないけれど、アレだから……」

 常に脳みそがインディアナポリス怪文書で埋め尽くされているようなポートランドが脳裏に浮かんだ。

 

「で、その姉は今どうしてるんだ?」

「今日の秘書艦だから、指揮官が面倒を見てるみたい……」

「どっちかっつーと手綱を握ってるっていうか……」

 その暴走特急ポートランドも、指揮官と一緒なら多少は大人しくなる。

 桟橋に腰を下ろすと、隣にインディアナポリスも座り込んだ。

 

「インディアナポリスは、ここに来て長いのか?」

「……インディでいいよ。うん、私もお姉ちゃんもだいぶ長いの。一番古株なのは明石と綾波、それから……エンタープライズだよ」

「へぇ、そうなのか」

「私とお姉ちゃんが着任したのは重桜に母港が襲撃されてから……」

 呑気に飛び回るカモメを眺めながら、エヌラスはインディアナポリスからの話をメモにまとめてみる。経緯はどうあれ、どうも一航戦が母港を襲撃したのは事実らしい。

 詮索する気はないが少々引っかかる。メモを胸ポケットにしまいながら補佐官も空を見上げる。

 

「……カモメって美味いのか?」

「さぁ……食べたことないからわからない……」

「非番の時は何をしてるんだ、インディは」

「……お姉ちゃんの相手をしてるよ。他の子達に迷惑掛けないように」

「……なんっつーか、お疲れ」

「ううん……お姉ちゃんは私なんかよりも強いし、明るいし、スタイルも良いけど……アレだし」

「……アレ、だもんなぁ……」

 

『はぁああぁぁああ~インディちゃんインディちゃん! くぁわいいなぁ本当にもう私の妹なのが信じられないくらいか~わ~い~い~、お姉ちゃんで良かったぁインディちゃんのお姉ちゃんで私本当によかったぁ! もう世界一かわいいよインディちゃん、ちょっと私をゴミを見るような目もクールでミステリアスですっごいかわいい~! きゃー!』

 

「……」

「……」

 二人は無言で脳内でも暴走するポートランドをかき消した。だが、普段はそんなアレ……ポートランドだがいざ戦闘になると重巡洋艦らしく装甲と火力で敵艦を撃沈させる。戦闘中もインディアナポリスに思いを馳せている時があるらしいが、邪魔をされると機嫌が悪くなるようだ。その際の火力は目を見張る物がある。姉妹艦としての連携を頼りにしており、指揮官はなるべく二人を一緒に出撃させていた。

 

「お姉ちゃんは大好きだけど、それでもたまには一人の時間が欲しくなるからこうしてるの」

「そ、そうか……なんかゴメンな、一人の時間を邪魔して」

「ううん。気にしないで……でも補佐官、良い人でよかった。鉄血の艦隊と仲良いみたいだけど」

「鉄血、嫌われ者なのか? なんか、こう、あんま良い顔されないんだが」

「……よくわからないから」

 その度合で言ったらインディも良い勝負だが、エヌラスは黙っておく。インディアナポリスは口数が少ないだけであって素直で良い子だ。重巡洋艦でもプリンツ・オイゲンに比べたら全然わかりやすい。お前何考えてるかぜんっぜん分からんぞプリンツ。この母港はなんというか奇妙な関係が多すぎる。

 

「インディは指揮官のことどう思ってる? あー、どう受け取ってもらってもいいんだけどな」

「指揮官? ……良い人。ちょっと、何を考えてるのかわからないところはあるけれど。私は……好きだよ……?」

 マフラーをつまんで口元を隠すインディアナポリスの頬が少しだけ赤くなっていた。

 

「作戦指揮も的確だし。有能だと思ってるし……あの人の指揮下で、幸せ者だなって……そう思ってるけど……」

「ん、そっか」

「……補佐官は?」

「まー、なんつうか。悪いやつじゃないのはわかる。良くも悪くも、どう頑張っても“良い人”止まりなんだよなぁ……」

「わかる……」

(……ちょっとくらい意識させてみるか)

 補佐官は少しだけ間を置いて、思い出したようにエヌラスは言葉を続ける。

 

「ま、でも指揮官も男の子だしな。女の子だらけだし、色々と我慢してるみたいだぞ?」

「……、そうなの?」

「無理もない話だけどな。ほら、そういう経験が少なかったみたいだし。奥手になるのも仕方ないんだ。だから、そっちから歩み寄ってあげるといいぞ」

「指揮官の迷惑じゃないかな……」

「全然。重桜の赤城と愛宕を見ろインディ。あの調子で歩み寄っても笑顔だぞ指揮官」

「そっか」

「即答されて納得されるとなんか俺もちょっと疑問が残るんだが!?」

 艦隊名物「重桜のラブコール騒動」を知らない艦船はいない。何度か静かに頷いてからインディアナポリスは立ち上がって埃を払い落とす。

 

「……補佐官、ありがとう」

「? どういたしまして……」

 そそくさと去っていく背中を見送って、エヌラスは一人で桟橋に寝転がった。

 カモメが寄ってきた。ええい取って食うぞ貴様ら。かと思っていたらいーぐるちゃんも飛んできた。まだ死んでねーからな!? 逃げ出すかと思っていたカモメの群れだったが、どうやら顔なじみなのか逃げ出す様子はない。

 それどころか人の上でくつろぎ始めた。やめんか貴様ら。みゃーじゃねぇ。キーでもねぇ。人を止まり木代わりにするんじゃあない。

 

「…………カモメのケツってあったかいんだな……」

 

 ──なお、カモメではなく鳴いているのはウミネコである。

 

 

 

 

「指揮官。溜まってるって聞いたんだけど……本当?」

 執務室に入るなり爆弾発言をかますインディアナポリスに、ポートランドが手にしていた書類の山をその場に落とした。バサバサと音を立てて床に散らばるが、心ここにあらずという顔をしている。指揮官もいつもの笑顔のまま固まっていた。心臓とか呼吸とか時間とか色々止まっている。

 

「……私、お姉ちゃんみたいにスタイル良くないけど……それでもよかったら……頑張る、よ?」

「えー、っと? うんと? ちょっとまって? ボクいまちょっと理解が追いついてきてないから心の準備をさせてくれないかな」

「指揮官、インディちゃんに手を出すなら私もいいですか~?」

「うんんん???」

「ほらぁ、インディちゃんに触れた手で私を触るっていうことはもうこれは実質インディちゃんと裸のお付き合いってことに」

「お姉ちゃん、それなら直接私に触った方がいいんじゃ……?」

「あ、そっかぁ。インディちゃん流石~♪ じゃあ指揮官、おっぱい揉みます? 私でもいいですけどインディちゃんのも気持ちいいですよ?」

「待って待ってほんとタンマ、ストップして? えっとさ、ボクまだ、その、仕事中っていうか勤務中にそういうのダメだからね二人とも?」

「……夜なら、いいの? うん……いいけど……」

 指揮官が机に顔を突っ伏した。

 

「だ、誰か助けて……」

 

「──とぉ!!! 指揮官様の助けを呼ぶ声に一航戦赤城、推参です!!」

 ガシャンパリーン。執務室の窓ガラスを破りながら赤城がエントリーする。ガラスの破片が頭に刺さってちょっと怖い事になっているが大丈夫だろうか。愛の力で何でも解決。気合でどうにかしていた。

 

「わぁ、ビックリしたぁ」

「…………大丈夫?」

「ふふ、指揮官様の危機に比べればこの程度の怪我どうってことはありませんわ。さぁ指揮官様、ここは赤城に任せてお逃げください!」

「いや、最後の逃げ場が赤城に塞がれたんだけど?」

「………………お逃げください指揮官様!」

「すごい。現実から全力で目を逸らしてる」

「早 く お 逃 げ く だ さ い 指揮官様ぁ!!!」

「あ、うん。ありがとー」

 赤城の鬼気迫る表情に指揮官はそそくさと執務室から逃げ出す。ふしゃー、と二人を威嚇する赤城の額から垂れる血がなんとも恐ろしい。しかし、そんな赤城を心配するポートランドと視線を合わせようとせずに足を見つめるインディアナポリス。

 

「ふふふふふふふ、やはり指揮官様を惑わせる「害虫」は母港のどこにでもいるものなのですね? 流石にこの赤城の実力を持ってしても少々手こずりそうですわ」

「えっと~。それよりも怪我の手当した方が」

「お心遣いありがたく。ですがこの赤城は指揮官様への愛がある限り不滅!!!」

「むっ。それを言ったらインディちゃんがいる限り、私だって重桜の「最強」にだって負けないんだから! 邪魔しないで!」

「……えっと」

 メラメラ燃える愛の炎と嫉妬の炎に執務室が火の海に包まれていた。

 

「む、なんですかユニオンの仲良し姉妹の大人しい妹の方ことインディアナポリスさん?」

「……書類、踏んでる」

「えっ?」

「あ……」

 本日提出予定の書類が赤城の下駄に踏まれてくしゃくしゃになっている。折角指揮官が頑張って進めていた業務が水の泡だ。

 赤城の絶叫が母港に響き渡る。

 

 

 

 エンタープライズはいーぐるちゃんのご飯の時間なので探し回っていた。普段から一緒にいるわけではない。鳥笛を鳴らしても聞こえない場所にいるのか来てくれなかった。

 首を傾げながら歩いていると、瑞鶴に声を掛けられる。

 

「あ、グレイゴースト」

「ん? ああ、重桜の五航戦じゃないか。いーぐるちゃんを見なかったか? もうご飯の時間なのに来ないんだ」

「私は見てないけど……」

「そうか。一体どこに行ったんだ……?」

「いーぐるちゃんを見かけたら教えるけど、それはそれとして──今度の空母合同演習では絶対に負けないわよ」

「ああ。私も楽しみにしている。確か勝ち抜き戦だったかな。それまで残れるといいな」

「む。その、自分は絶対に優勝するみたいな自信。絶対に打ち負かしてやるんだからね! 覚悟しなさいよ!」

 よくわからないが宣戦布告されてしまった。挑戦状を受け取りながら、エンタープライズは軍帽を直しながらいーぐるちゃんを探す。

 なにやら赤城の悲鳴が聞こえてきたが、まぁよくある事だ。毎度お騒がせしております私の姉さんが、と加賀がペコペコと頭を下げて回る光景が目に浮かぶ。

 

「うーん……本当に、一体どこへ行ってしまったんだ。学園の方にいないとなれば、ドックの方だろうか……」

 工廠に足を運ぶと何故か明石が半べそを掻きながらドックの壊れた壁を直している。

 

「うっ、うっ、ひどいにゃぁ、あんまりだにゃあ……明石は真面目にお仕事してただけなのになんでこんな目に遭わなきゃいけないんだにゃあ……明石なにも悪くないにゃあぁ……」

「………………」

 見ているだけで無性に不憫に思えてならない。ガンガンとハンマーで木材を打ちつけていた。

 

「今日の明石まだ何も悪いことしてないにゃあ……」

(まだ!?)

 袖から出てくるメンテナンス道具を使いこなしながら作業に打ち込む明石に警戒しつつも、エンタープライズはここにもいーぐるちゃんが居ないので工廠から離れた。

 

「…………」

 桟橋に、なんか塊が落ちている。目を凝らしてみると、それはカモメ……ウミネコ? の群れだった。よくわからないが、何故か一箇所に集まってみゃーみゃー鳴いていた。後ろから明石がにゃあにゃあ泣いている。ドンマイとしか言えなかった。

 気になったエンタープライズが近づいてみると、その群れの中心でいーぐるちゃんがくつろいでいる。しかし、こうも一箇所に集まっているのを見るのは初めてだった。

 

「いーぐるちゃん、ご飯の時間だぞ。ほら」

 腕を差し出すと翼を広げてエンタープライズに向かって羽ばたく。それを合図に集まっていたカモメの集団が飛び立って青空へと散開した。目を細めてその光景を見つめていると、爽やかな潮風が頬と銀の髪を撫でていく。

 

「……この平和が続くといいな」

 ポツリと呟き、軍帽を目深に直した。

 ──そこで、足元に誰かが倒れていることに初めて気がつく。

 

「…………」

「…………」

 大の字になって寝転がっていた補佐官、エヌラスの赤い瞳と目が合った。潮風がマントと、スカートをなびかせている。

 無言で起き上がり、身体の埃と羽毛を払い落とした補佐官は遠い目をしていた。

 

「……エンタープライズ。下着、大人っぽいんだな」

「──~~~~、うぅわぁぁぁぁああああっ!!!」

 ぶん殴られた。全力で振りかぶった拳が頬を殴り抜け、エヌラスは大海原に吹っ飛ばされる。

 涙目で真っ赤になった顔を押さえながらエンタープライズは桟橋から走り去っていった。

 

 海面に浮かんだエヌラスのことを魚がひっきりなしにつつく。ええい貴様ら、人を何だと思っていやがる。餌じゃねぇぞこんちきしょう。

 なんか無性にやるせない気持ちになってきたので素潜りで魚を獲って母港に戻ると、原始人のような扱いを受けた。これだから海は嫌いなんだ。

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