超次元ロマン海域アズールねぷーん   作:アメリカ兎

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一ヶ月全裸修行(なお極限環境限定)

 綾波が執務室を出て、ベルファスト達とすれ違う。

 

「おや、綾波様。指揮官様とのお話は終わりましたか?」

「はい」

「そうですか。このあと、ご用事などは」

「特には、ないです」

「なるほど。それでしたら、少々お手伝いいただきたいことが」

「綾波でよければ、お手伝いするです」

 なんでも、陛下──クイーン・エリザベスのことだ。今日の晩餐に何か山の幸がほしいと突然言い出したらしい。しかし、ベルファスト達は見ての通り母港の掃除や洗濯などで手が離せない状況だ。

 そこで、誰かに裏山で山菜などで良いから採りにいってもらおうと思っていたらしい。綾波はベルファストからの申し出に頷いた。一人では心細いので誰か他に誘おうと母港で暇を持て余している人物を探す。

 

「あ」

 ──真っ先に思い当たった人物は、補佐官だった。早速探すことにする。

 戦術学園の中庭で身体を休めている黒スーツの男性を見かけたので、綾波は早速声を掛けた。

 

「補佐官、ちょっといいですか?」

「ん? なんだ綾波か、どうした」

「実はですね──」

 ことの経緯を話すと、承諾して頷く。もう少し人手が欲しいところだ。

 

「んー。そうだな、裏山だろう? なら……あ、ちょうどいいところに。おーい、高雄ー愛宕ー」

 偶々歩いていた二人に声を掛けて、四人で母港の裏山へと向かう。

 

 

 

 ──この母港。当然ながら海に面しており、その敷地から少し離れた場所に山がある。たまに指揮官が川釣りをしたりするらしいが釣れないらしく落ち込む姿がよく見られるようだ。高雄曰く、小さいが滝もあるため修行にも最適と。滝行をするKAN-SENとはこれ如何に。

 生い茂った緑の海。青々と葉が色づいている。山に息づく鳥や虫たちに囲まれながらもエヌラスはずんずんと我が物顔で山を登っていく。その足取りは悪路や獣道を物ともしていない。それにちょっと驚かされながら綾波達もあとに続いていた。

 

「補佐官殿。登山は慣れているのか?」

「その昔、俺は全裸で雪山に放り出されたことがある」

「よ、よく生き延びたな……」

「ああ。凍え死ぬかと思ったが、人間の身体ってのは三時間以内なら急激な環境の変化に耐えられるらしい。俺は二時間くらい雪原を彷徨って雪男達に助けられた。身振り手振りで話しかけてくる全裸の男に憐れみの視線と共に毛皮で作ったコートを渡してくれたアイツらのことは忘れない」

「でも、なんで裸で雪山に?」

「補佐官の趣味、ですか?」

「あのな、綾波? 極限環境で全裸になる男とか正気疑っていいぞ? 修行の一環で雪山に弟子を素っ裸で放り出す師匠はぜってぇ狂気の沙汰だが」

 

 ──生き延びている貴方もだいぶ狂気的なのでは? 綾波たちは思った。だが言わないで胸に秘めておくことにした。

 

「ちなみに俺は他に砂漠に全裸で放り出されたり、寂れた漁村の新興宗教を一人で壊滅させられたりと散々な目に遭ってきた。実は俺、海が苦手なんだ。トラウマしかねぇ」

 

 ──あなた狂気と猟奇的な過去の持ち主では? 高雄達が無言でエヌラスから距離を取った。

 

「……それでも生き延びている補佐官にドン引きです」

「拙者も修行不足だな……」

「過酷な修行だったのね」

「おいやめろ、ちょっと泣きそうになるから人をそんな哀れむな。そんなクスリでもキメてるような師匠の修行を生き延びたおかげで、ちょっとやそっとじゃくたばらない俺の出来上がりってわけだ。その辺、なんか落ちてるから気をつけろよ」

「なんでそんなヤクチューな人に弟子入りしたんですか?」

「ビックリすることに薬をキメてなけりゃ狂気でもないし、正気だった」

 高雄が足元の寂れた看板を避ける。眉を寄せて、かがみ込むと土を払って掠れた文字を読み始めた。

 

「……危険、熊、出没……注意?」

「あら。熊が出るのね、この辺り」

「だけど看板、壊されててだいぶ古いみたいです」

「熊って左手でケツを拭くらしいな」

「その熊の生態、今必要ですか?」

「山の幸に変わりないだろ?」

 あ、この人出てきたら熊を食べる気だ。綾波は察した。逃げて、熊逃げて。出てこないで全力で逃げてください。

 

 高雄と愛宕は帯刀しており、綾波も念のため、後ろ腰に艤装の一つである対艦刀を帯びているが補佐官は素手だ。だが、鉄血から広まった話によればマグナムリボルバーを持っているらしい。

 レイジングジャッジ。装弾数、五発。バレルに過剰な違法改造を施し、化け物狩り用として改良を重ねた回転式弾倉拳銃。主に使用するのがゲージ弾。五十口径を片手で撃つ──らしい。プリンツ・オイゲンからの話では。しかし、過酷な自然で育った生き物を侮ってはならない。……なおエヌラスを過酷な自然で育った生き物にカウントしていいかは非常に判断に困るところである。

 山菜を採りつつ、川に出た四人。流れる清水を覗くと魚影が何匹か見えた。

 

「魚が泳いでますね」

「しかし、拙者達は釣り竿など持ってきていないぞ?」

「いや素手で捕りゃいいだろ」

「それが出来たら苦労しないのよねぇ……」

 ……まさか? と思った矢先に補佐官は川に入っていく。ゆらりと構えた右手の指を緩く開き、目で魚を追っていた。最初こそ侵入者に驚いて逃げていった川魚達だが、微動だにしない足に警戒心を薄くして近づいてくる。

 次の瞬間、エヌラスの素手が目にも留まらぬ速度で水面を叩いた……のか綾波達の目には定かではないが、一瞬だけ波紋が広がった。

 川辺でビチビチと跳ねる魚の姿を綾波達が視界の端で捉えて、視線を向けている。

 

「俺が捕るから、よろしくな」

「……熊ですか貴方は」

「ふっ──。鷲掴みとかも出来るぞ?」

「……補佐官殿を見ていると拙者の修行不足を痛感するよ、愛宕」

「大丈夫よ高雄。今のままでも十分指揮官の力になれているから……」

「全裸で雪山に放り出されて一月生き延びれたら誰でもこうなる。俺は極寒の湖で素潜りしてた男だぞ」

「補佐官、あなた不死身ですか」

「んなわけねぇだろ、何言ってんだ。死ぬかと思ったっつうの」

 会話しながらもエヌラスの手の中で魚が暴れていた。しかし、左手に力を込めると痙攣してすぐに動かなくなる。生け捕りだけでなく活け締めも片手間にやってのけていた。この人本当に補佐官として務めてていい人なのだろうか? 疑問が湧いて出てくるが、深く考えたら負けな気がする。

 

「捕ってくれるのはありがたいが、流石に山菜と一緒にするのは」

「そうよねぇ?」

 エヌラスが川辺を見渡し、木の生皮を剥いで編んでいく。手先が器用なのか、あっという間に目の粗い編みカゴを作ると、中に葉っぱを詰めて川魚を入れた。

 

「ほい」

「……もしかして補佐官。サバイバル能力カンストしてる、です?」

「俺を助けてくれた雪男達が作り方教えてくれたんだ。自分で作れなきゃ大自然で生き残れないからな。最初こそ色々と教わったが、最終的に自分でテント作ったり魚捕ったりトナカイの角とかで物々交換までしてたし、なんなら雪男達と話せるぞ俺」

「高雄、深く考えちゃダメよ。考えちゃダメ、感じるの。フィーリング。分かる?」

「なるほど。セブンセンシズという、指揮官殿の持っていた漫画のアレのことか」

「アニメじゃなくて原作版というところに指揮官のこだわりが見られるわね……」

「拙者はアニメも踏破した」

「大丈夫? 何か変なの目覚めてない? そのセブン……なんちゃらとかじゃなくて」

 約一名ほど目覚めているどころか何か人間が踏み入れてはならない領域にまで達しているが。──お忘れないように注記しておくが、エヌラスは魔人である。

 

「雪男と会話できるなんて、ちょっと……」

「ちなみに人類が発せる言語じゃないから、人間が発音しようとするとウェンディ語になるらしいぞ。彼らの移動手段は主に上位種族である飛行体で惑星を飛び回ってるから人間の目に知覚できないとか。徒歩での移動は狩りの時だな。基本的には友好的な種族だ。だが人間に対してあまり良い目はしていないな。というのも環境変化で住める過酷な環境が近年著しく減少しているかららしく惑星からの撤退も考えているとか」

「補佐官、大丈夫ですか。なんか受信してませんか?」

「いや現地人から聞いた話」

「現地人っていうか原始人ですよね?」

「原始人じゃねぇ、文化的な価値観を持つ一つの種族だ。独自の文化と文明を築いてきたのが人類の好奇心で脅かされてきた可哀想な種族なんだぞ」

「ご、ごめんなさい……です……」

 ガサゴソ、と。川を挟んだ森の中から黒い塊が顔を覗かせた。

 誰だろうかと愛宕が視線を向けると──熊だった。こちらをじっと見つめている。

 

「いいか綾波。元々惑星に生きていたのは人類じゃなくてだな──」

「はい、はい。綾波聞いていますです──」

「──バイアクヘーや古きものや奉仕種族であるショゴスだけでなく──」

「……おぉ……星の神秘、です……」

「──深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ……」

「……いあ……いあー……くとぅ」

「待て綾波! 待て! 宇宙を見たネコのような顔になっているぞ! 戻ってこい、宇宙の神秘など拙者達にはまだ早すぎる! 黄金の十二宮を越えてからにすべきだ!」

「高雄も何かずれている気がするけどぉ……それよりもお客さんが……」

 高雄に肩を激しく揺すぶられ、焦点の定まらない瞳がハッと正気を取り戻す。エヌラスはそれに舌打ちしながら、愛宕が指差す方向に視線を向けた。

 

「……熊じゃん」

「熊、出ちゃった」

「紛うことなき、熊……だな」

「……綾波、何か変な物が見えた気がするです……」

「帰ってこい綾波。3、2、1……ポカン」

「ハッ……! あ、綾波はいったい何を……?」

「悪い夢でも見たんだろ」

 黒い毛並みの熊はのっそのっそとこちらに視線を向けながら川に近づいていく。エヌラスはそれに目を離さず、川魚の入った編みかごを持って歩み寄っていった。

 

「あ、補佐官……」

「……もしかして熊と交流を?」

 この補佐官なら、或いは自然動物との和平交渉すら可能とするかもしれない──! 高雄達が固唾を飲み込み、川を渡って熊とにらみ合う補佐官を見守る。

 唸り声をあげる熊。威嚇しているが、エヌラスが網カゴから川魚を一匹投げた。鼻を鳴らしながらニオイを嗅いでいたが、やがて頬張り始める。顔を上げた熊にもう一匹。餌に気を取られている内に少しずつ距離を縮めていった。

 やがて編みかごの中身を見せて、その中に入っている川魚に熊が頭を近づけた──次の瞬間、網カゴの口から紐を伸ばして熊の頭にかぶせて引っ張る。そこからは瞬きする暇もないほどの鮮やかな動きだった。

 頭を封じて、視界を覆われた熊が暴れだすより先にエヌラスは身を翻して四つん這いの熊の背中に乗って首に手を回して背後から締め上げる。魔術回路に魔力を流し込み、全力で頭を曲げた。

 ゴギャリ、と。鈍く嫌な音を立てた熊が立ち上がり、ヨロヨロと力なく歩き出すがどこからともなく手元に日本刀を召喚すると、毛の隙間から突き立てる。うなじから脳幹を貫く鮮やかな手並みは暗殺者の手際だった。

 地に伏し、動かなくなった熊から降りて血振りをした刀を収め、エヌラスが腕を掲げる。

 

「熊、獲ったぞー」

「……」

「……」

「…………熊の首、折ったです」

「補佐官殿が味方で拙者は良かった……」

「問答無用に襲ってきてたらどうしてたつもり?」

「ぶった斬ってたな。良いか、自然動物に決して心を許すな。交流なんて出来るはずがねぇ。食うなら殺せ。容赦するな。躊躇したら死ぬ。生きるために殺せ──が、雪男たちからの教訓」

 冗談で聞いていたつもりだったが、まさか本当に雪男達と交流してたのだろうか?

 改めて魚を捕り、山菜を集め、仕留めた熊をエヌラスが担いで持って帰る。

 

 ──母港で熊を見せられたベルファストの驚きは初めて見る顔をしていた。

 なんとなく気になって、高雄達が指揮官に雪国の鹿がどんなものか見せてもらうが、泣くかと思ったほどだ。

 全長二メートル近い巨体が、人間の腰まである雪の中をトラックのように物ともせず駆け抜ける動画を見て自分たちの活動する場所が海で良かったと心底思った。


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