超次元ロマン海域アズールねぷーん   作:アメリカ兎

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衝突スクランブル交差点

 

 ──エヌラスはいつものように工廠で明石の手伝いをしていた。

 余らせた袖口から無数の工具を覗かせて艤装のメンテから弾薬の補給までテキパキとこなす明石の後ろ姿を盗み見ながら、エヌラスもまた指揮官が取り寄せた作業着に袖を通して作業をこなす。

 

「補佐官は作業の飲み込みが早くて明石も助かってるにゃ」

「んーそっかー」

「一応聞いておきたいんだけど、何か企んでたりしないかにゃ?」

「してねーなー」

 話半分に聞きながら相槌を打って、エヌラスは砲身を掃除する。悪巧みらしい悪巧みなど無い。やったところで何も得るものがない以上は日々の業務に精を出すだけだ。

 油と鉄と火薬の臭いが染み付いた工廠の扉が開かれる。いつもなら夕張辺りが来るのだが、誰が来たかと思えばプリンツ・オイゲンが顔を覗かせた。エヌラスの顔を見るなり、にんまりと嫌な含み笑いを浮かべている。

 

「ハァイ♪」

「うーっす。どうした」

「別に? ただ様子を見に来ただけよ」

「冷やかしなら帰ってくれにゃ。明石は忙しいにゃ」

「いいじゃない。邪魔をするつもりはないんだから」

「イチャつくならよそでやれ、にゃ」

「そんなつもりはないのに。ねぇ?」

「俺に話を振るんじゃねぇ、キラーパスかよ」

 適当な弾薬ボックスに腰を下ろして、プリンツ・オイゲンはエヌラスの作業を見つめていた。足をプラプラと揺らしながら、時々足を組み替える。ミニスカートというにはあまりに短すぎるソレから時折覗く布に気を取られそうになりながらも作業に集中していた。

 

「ふ~ん、砲身にブラシを出し入れして掃除してるのね」

「言い方がエロいからやめれ」

「変なこと考えてない?」

「変なことを彷彿とさせるようなこと言うお前が悪い」

「いいじゃない、別に。男と女がやること。珍しくもない」

「そりゃ男と男がやったら珍しいだろうけどな!? いや女と女もそうだが」

「ぶにゃー! 工廠でエロ談義するにゃー! よそでやってくれにゃー!」

「気にすんな明石。こっちの話だ」

「そうそう、こっちの話よ。気にしないで」

「そっちでえっちな話してる奴らがなに寝ぼけたことを言うにゃ! しっしっ! よそ行くにゃ! しっしっ、ふしゃーっ!」

 明石に工廠を追い出されたエヌラスとプリンツ・オイゲンは時間を確認する。昼休みまでまだまだ時間があった。とはいえ中途半端な時間。ひとまず母港周辺の見回りでもしてみるかとエヌラスが歩き出すと、当然の如く隣にピッタリくっついてくる。

 

「……なぁ? なんで、その、腕を組むんだ?」

「面白いから」

「そうかぁ。うん、そうかー。でもできれば女神様に見つかる前にやめてくれると俺はすげぇ助かるからやめてくれねぇかなー」

「ふぅん?」

 腕を組み、胸を押しつけてイジワルな笑みを浮かべる顔に参った様子で立ち止まった。できればノワールに見つかる前に解放してくれると助かるのだが、なにぶん大きい胸に拘束されて振り解ける男というのは少ないわけで。とても悲しいことに引き離そうとするとますます腕に力を込めてしがみついてくる。どうあっても離すつもりはないようだ。

 

「お前、俺がトラブルに巻き込まれるのを期待してないか?」

「まさか。ひどいわね、私がそんなことを望んでいるように見える?」

「そんなことが起きる前に離してくれることを願う」

「あっ、女神様」

「ぬんっ!?」

 ──振り向いた先。無邪気に笑う睦月型。女神の姿など影も形もなかった。

 エヌラスがプリンツ・オイゲンをじろりと睨む。笑いを堪えていた。

 

「人の寿命を縮めて楽しいか?」

「ええ、とっても。アンタからかい甲斐があって飽きないもの」

「人を玩具にして遊びやがって……」

「悔しかったらやり返せばいいのに。しないの?」

「いや、悔しいというか」

「ん?」

「……ちくしょう、テメェかわいいから言いたいことも言えねぇわ」

「ありがと。お世辞が上手いじゃない」

「は?」

「……えっ。本気で言ってるの?」

「そのつもりだったんだが」

「……そう」

「ああ」

 微妙に気まずい空気が流れ、それを切るように「おっほん!」とわざとらしい咳払い。振り返れば、そこにはノワールが立っていた。笑顔で。

 

「ねぇ二人共? 道のど真ん中で立ってたら邪魔なんだけど」

「……すいませんでした」

「あら、ごめんなさい」

「で!? なんで腕を組んでるのよ!?」

「俺が聞きてぇよ!?」

「じゃあなんで組ませてるのよ! 引き剥がせばいいでしょ!」

「引き離そうとするとゴリラばりの馬鹿力でイデデデデデ!!」

「私かよわい女の子よ」

「か弱い乙女が大海原で戦闘するわけねぇだろ寝言は来世でどうぞ!」

 エヌラスの腕からなにか骨の軋む音が聞こえてくるが、青い顔で我慢している。プリンツ・オイゲンは怒り心頭のノワールとエヌラスの顔を交互に見比べて、それから一度腕から離れた。

 ようやく自由になった腕をさすり、痛みを和らげていると今度は体に抱きついてくる。

 

「~♪」

「なっ──!?」

「おい、ちょっと、なんだいきなり!?」

 胸元に頭を擦り寄せて上目遣いで見つめてくると、唇を少しだけ突き出してきた。目を細めて、吐息を漏らしながら顔を近づけて──ついにノワールがキレた。

 プリンツ・オイゲンをむりやり引き離すと、指を突きつける。

 

「もぉーーー!!! いい加減頭に来たわ! どうせあなた午後から時間持て余してるでしょ、模擬戦で勝負よ! 同じ重巡洋艦の艤装を扱うからこれまで見逃してたけど女神にだって堪忍袋の尾ぐらいあるわよ!」

「あのー、ノワールさーん、落ち着いて」

「落 ち 着 い て る わ よッ!!!」

「いやもう阿修羅も逃げ出す勢いで怒髪天じゃねぇか……こわっ」

「別に女神様のモノでもないでしょ? 恋人同士でもないのに、そこまで怒らなくてもいいじゃない? ねぇ、補佐官」

「だからそこで俺に話を振るな! ほらみろノワールすげぇ怖い顔で睨んでくる!」

「ぬぅ~~っ!!!」

 女神化しかねない勢いでノワールが拳をわななかせていた。

 

「おや、なにやら盛り上がってますね?」

「助け舟の指揮官、助けろ! かくかく以下略!」

「なにかありました? ──ふんふん、なるほど。じゃあ午後から演習の用意とりつけておきますね。今日のお昼は何だろなー」

「止めてあげようかなとかいう気の利かせ方とか無いのかお前はぁぁぁぁっ!!」

「そこになければないですね!」

 騒ぎに首を突っ込んだ指揮官はエヌラスの手で海に落とされる。頭からつま先まで海水でずぶ濡れになった指揮官が本日の秘書艦であるインディアナポリスに引き上げられるも、二度目の正直でまた叩き込まれた。

 

 ──お昼休憩を挟んで、母港近海の一部を演習用にセッティングする。

 

「はいっ、というわけで『第一回・KAN-SEN対女神合同演習』が開催というわけですが。司会は毎度おなじみ、ボクこと母港の責任者、指揮官が務めさせていただきまーすっ」

「なんで俺は解説席に座っているんだ。補佐官のエヌラスだ」

「今日の秘書艦だから……ゲストの、インディアナポリスだよ……」

 バッチリ観戦席まで用意してちょっとしたお祭り騒ぎだ。ネプテューヌ達も興味津々といった様子で席に着いている。

 

「なによこの騒ぎは!? どうしてこうなったの!?」

「アンタのせいでしょ? ま、やるからには全力を尽くすけど」

 手袋を詰めながら、珍しく真剣な表情でプリンツ・オイゲンが艤装を装着していた。ノワールはなぜこうも大事になってしまっているのか頭を抱えている。とはいえ、ラステイションの守護女神がアズールレーン世界で遅れを取るわけにもいかない。気を引き締めていた。

 ロイヤル陣営は紅茶片手に高みの見物。

 ユニオン陣営は興味本位。

 鉄血陣営はプリンツ・オイゲンが女神と演習ということで観戦。

 重桜陣営も物見遊山。──まぁ要は、暇を持て余している艦隊がこぞって見に来ている。

 

「ちなみに景品は補佐官殿でーす」

「テメェそれ初耳なんだけど」

「正確には補佐官のこと一日貸出でーすっ」

「だからそれ今初めて聞いたって言ってんだろおぉん? テメェの頭剥いてやろうか? イガ栗みてぇにバカッといくぞテメェこら?」

「ははは勘弁してもらっていいですかねごめんなさい。負けた方は特にペナルティないので思う存分撃ちまくってくださーい」

「えっと……勝敗は、ペイント弾で判別。多く当てるか、艤装の機関部に着弾判定がとれたらそこで試合終了──でいいの? 指揮官」

「いいよー、ありがとねーインディー。なでなでぇ」

「んっ……ありがと……」

 重桜からなぜか殺気が飛んでくるが、エヌラスは頬杖をつきながら睨み合うプリンツ・オイゲンとノワールの二人を眺めていた。

 

「なお会場のセッティングには暇していたユニオン艦隊のご協力がありましたー、重ねてありがとうございまーす。ではここで選手の紹介とインタビューに行ってみましょう、エンタープライズ。よろしくー」

「あ、ああ……なんで私が……? いや、まぁ、いいんだけど……コホン。それではまずは、鉄血艦隊所属の重巡洋艦。艦隊の中でも屈指の防御力を誇るプリンツ・オイゲンからだ。えーと……試合への意気込みとかあるだろうか?」

 マイクを持ったエンタープライズが困惑しながらもプリンツ・オイゲンにマイクを向ける。毛先をいじりながら、ノワールを見て鼻で笑った。

 

「そうねぇ、別次元の女神様とか言われてもいまいち私にはピンと来ないから……楽しませてくれれば、それだけで十分よ」

「なるほど。確かにプリンツ・オイゲンは戦艦クラスの主砲ですら耐える頑強な装甲がウリだ。それを過信して被弾数による敗北が懸念されるが、そこはどうだろうか」

「当たれば、ね? これでも長いこと戦場に立ってるんだもの、負ける気がしないわ」

「では続けて、女神陣営のノワールだ。ラステイションの守護女神、同じ重巡洋艦ということでプリンツ・オイゲンとは年季の差が出るかもしれない。だが戦闘能力は私達と違って陸海だけでなく女神化? をすれば空も制する。今回の試合の発端でもあるとか。意気込みの方は?」

「絶対に負けないわよ。戦闘経験なら私だって長いんだもの、舐めないでもらえる」

「こちらも試合に対する意気込みは十分なようだ。インタビューは以上でいいだろうか、指揮官」

「あ、それと勝った時の景品をどう使うかも聞いてもらえるー?」

 エンタープライズがものすごくなにか言いたそうにしていたが、指揮官に言われたとおりに二人にマイクを再び向ける。

 

「え~……、景品は補佐官を一日貸出ということだが……景品の使いみち、とかあるだろうかー」

「ん~……」

 プリンツ・オイゲンは唇に指を当てて小首を傾げながら見慣れたポーズで考え込んでいた。その視線は解説席で水を飲んでいるエヌラスに向けられている。

 

「丸一日、好きにしていいってことよね? それなら、フフッ……ちょっとここでは言えないような事とかしてみたいわ」

「……だそうだが、そちらは……?」

「えっ!? ここで言わなきゃダメ? え、えっと……そうね、それなら──こっちの世界で、デート……とか、じゃない?」

「それじゃ勝っても使いみちなさそうね? 普通にすればいいじゃない」

「なによ!? あなただってここじゃ言えないようなことするって、どんなことするつもりよ!」

「どうどう、まだ試合は始まってないんだから……落ち着いてくれ」

 エヌラスは不安になってきた。どっちが勝っても自分は絶対にロクな目に遭わないだろう。もうどうにでもなりやがれ。そんな心境でいっぱいだった。

 

「えー、制限時間は百八十秒。カップラーメンとか光の巨人の制限時間きっかりで」

「それじゃあ、両者……位置について……」

 睨み合って火花を散らしながら、プリンツ・オイゲンとノワールは母港から出撃する。試合中継は艦載機に括り付けたカメラで観戦するようだ。ドローンとかでいいのでは? とエヌラスは思ったが、予算の都合という指揮官の渋い一言で全てを察した。


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