指揮官が言うには、補佐役が誰か欲しかったので丁度良かったという。それは秘書艦と何か違うのだろうか? エヌラスが気になって聞き返してみる。
「まぁぶっちゃけ雑用と大差ないと思うけどね。ほら、こう見えてうちの艦隊って大所帯だからボクだけじゃ手が回らないんだ。秘書艦の手を借りても限界はあるし」
「なるほど」
「そういうことだから、エヌラスさんには僕の仕事を補佐してもらおうかと。大丈夫、簡単な仕事から教えてあげますので」
「俺としては何でもいいんだけどな」
「今なんでもって?」
「言ったけど限度はあるからな!?」
眼光鋭く揚げ足鳥。この指揮官はどうやら無能ではないらしい。すぐにニコニコとした笑顔になると、机の中から腕章を取り出して何やらマジックで書き込んでいる。
「はい、出来ました。これをどうぞ」
「手書きで『補佐官』と書かれてもな……」
無いよりはマシか。さりげなく右下に小さく『(研修中)』とか書かれている小粋なジョークも忘れない。
「正式な手続きとかはー……なんか大本営とかと連絡するの面倒なので個人的なものとして取扱させていただきますね」
「本当に大丈夫かそれ」
「何か査察とか来たら異次元の来訪者ですー、で笑って済ませますので。あっはっは」
本当に大丈夫かこの指揮官。一抹の不安を抱えながら、エヌラスはスーツの上着に赤い腕章を通して安全ピンで留めた。
「さて、それでは早速うちの艦船を簡単にご案内しますので。後は図書室などで理解を深めておいてください」
「了解、指揮官殿」
「頼りにさせていただきますよ、補佐官殿。いやぁいいなぁこういうの、懐かしいなぁ。男友達同士の、こう、そういうノリって中々難しくて」
「わかるわ」
「それなー、あっはっは」
「あっはっはっは」
意気投合して笑い合う二人は、執務室を後に母港を再び見て歩く。
「よーっし、それじゃみんな! いっくよー! せーのっ!」
──ねっぷねっぷにし~てや~んよ~♪
「まだまだぁー!」
──ねっぷねっぷにし~てや~んよ~♪
「もういっちょー!」
──ねっぷねっぷにし~てや~んよ~♪
「うんうん、ねぷねぷ音頭もだいぶ板についてきたね! もうコレはパーフェクトハーモニーと言っても過言ではないのではないでしょうか! ね、サンディエゴ!」
「ねぷちゃんの言うとーり! もうこれは大ヒット間違いなし、売り出したらミリオンセラーも夢じゃないよ!」
「いやぁ流石わたし、プラネテューヌの女神は一味違ったかぁ~!」
「パーフェクトもハーモニーもないだろうが、何してんだお前は!?」
「ねぷっ!? この怒鳴り声は、もしやエヌラス!」
「いやぁ盛り上がってるねー。今度お祭りでも開けそうだ」
駆逐艦や軽巡洋艦が大勢集まって母港に響き渡る「ねぷねぷ音頭(作詞作曲・ネプテューヌ)」に乗り込むエヌラスと指揮官。
「指揮官指揮官、しっきっかーん♪ どうどう、ねぷねぷ音頭の盛り上がり!」
「うんうん、大盛況。なんだか屋台の焼きそばが食べたくなってくるね。艦隊のアイドル、サンディエゴも一緒に盛り上げてくれたからかな?」
「でしょー? 指揮官もお仕事なんかしてないで遊ぼーよー?」
「そうしたいけれども、彼にみんなを紹介しないといけないからね。散歩がてら」
「そうなんだ、いってらっしゃーい!」
「はーい、いってきまーす。みんなー、半休だからといって羽目を外しすぎないよーにねー! はい解散!」
『はーい!』
指揮官が手を叩くと、それを合図に和気あいあいと散開する。既にベルファストからの通達が回っているのか、特に疑問もなく広場の人がまばらになっていった。ネプテューヌは腰に手を当てて頬を膨らませている。
「もー、せっかく盛り上がってたのにもうお開きにしちゃうなんて」
「お前は来て早々にはしゃぎすぎなんだよ、加減しろ加減」
「遊びに全力出さなくてどうするのさ!」
「仕事しろ」
「残念ながら今回はお仕事で来てるんだな~これが。異文化、コミュニケーションていうの?」
「そのネタ通じるの総じてオッサンだ」
「なん……だと……!?」
「ネタかぶせてくるのやめような!?」
一部始終を笑って眺めていないで止めてもらいたいのだが、エヌラスの気持ちは通じなかった。話を一度区切り、ネプテューヌと別れる。
「ネプテューヌちゃんと仲が良いんだね」
「そう見えるか……俺が振り回されている様を横で笑って見ていた指揮官」
「面白くて」
「ちくしょう!」
歩きながら各陣営の説明がされた。
ユニオン。ロイヤル。重桜。鉄血。中心となるのはこの四大陣営。未知の勢力「セイレーン」と戦っているという話は予め耳にしている。
そして、その中で駆逐艦から戦艦に工作艦までと幅広く才色兼備の艦船を取り扱っている。ネプテューヌ達はどの勢力にも属していないため、交友関係が幅広い。
「──とまぁ、大まかに説明すればこんなところ。うちじゃみんな仲良くするようには言ってあるんだけどね」
それにも限界があるのだろう。指揮官の言葉から心労を察した。
「困ったことに、みんなボクのこととなると目の色変えて喧嘩しちゃうし。気にかけてもらえるのは嬉しいんだけど、あんまり母港を壊さないでほしいんだよね。ほら、施設の修理もタダじゃないからさ」
「うん……うん?」
「いやぁ大変だったなー。母港を艦載機が飛び回って爆撃機が売店壊した時は流石にちょっと焦ったよ。倉庫に飛び火しなくてよかったなーあの時は」
「うんん???」
それは笑って済ませられるレベルの損害ではないのでは? エヌラスは訝しんだ。
「大丈夫……だったのか、それ」
「うん。けが人も奇跡的に出てなかったし、ちょっと資金回収が難しかったくらいかな。エヌラスさんも気をつけてくださいね。特に空母には」
「肝に銘じておく」
空母……艦載機などを搭載した航空戦力。索敵から雷撃、一番馴染み深いのは空爆だろうか。自分の持ち合わせている知識ではそのくらいだ。実際に相手したことはない。しかし、それが少女の姿を取っているとあれば話は別だ。
「…………?」
ふと、人の視線を感じてエヌラスが振り返る。
大宿舎に向けて歩いている道中、並木通りの影から大きな黒い尻尾がはみ出していた。
「……………………」
恨めしそうに、警戒するようにこちらを睨みつけている。ピンと立った狐の耳はこちらの息遣い一つ聞き逃さまいとしているようだ。赤い瞳が幽鬼の如く仄暗いオーラを見せている。
エヌラスは指揮官の肩を叩いた。
「指揮官。なんかめっちゃ見られてるんだが」
「うん? ああ、彼女は一航戦の赤城。うちの航空戦力の主力の一人。元々敵だったんだけどね、当時は空母が足りてなくて協力してもらったんだ。それからは頼りにしてるんだ。赤城ー」
「はぁい指揮官様~♪ 貴方の赤城がただいま参ります~♪」
名前を呼ばれるなり、打って変わって猫なで声で赤城が駆け寄ってくる。花魁のように肩と胸元をはだけさせた赤い着物姿の空母は満面の笑みを指揮官に向けていた。
「お呼びでしょうか、指揮官様?」
「うん。君を紹介しておこうと思って」
「そんなぁ……赤城は指揮官様がいればそれだけで十分ですぅ」
「君が売店ふっ飛ばしたのを笑顔で許したの、ボクだってこと忘れてないよね?」
「────」
赤城の笑顔が凍りつく。心なしか耳もへたれ、九本の尻尾も毛並みを逆立てている。だが指揮官は笑顔のまま変わらない。
「はい、それじゃあ自己紹介お願いね」
「──はい~。重桜艦隊所属、一航戦の赤城です。妹の加賀ともどもに、これから“程々に”よろしくお願いしますねぇ~?」
「指揮官の補佐役研修生のエヌラスだ、
強調された、程々、という言葉に「邪魔をするな」の意味を込めて赤城が先制攻撃してきた。それをエヌラスは丁重にスルーする。水面下で繰り広げる一瞬の攻防に、指揮官は頷いた。
「ご苦労さま。それじゃ今日は全艦半休だから自由に過ごしていいよ」
「はい、もちろんです♪ ですが指揮官様、どこの馬の骨とも知れない方を補佐官に任命するというのは些か不用心かと……」
「そうかな? 彼とは気が合いそうだし、ボクとしては健全に末永く付き合っていきたい所存だけど。あぁもちろん、赤城とも最後まで」
「いやですわ指揮官様、そのようなことは口に出さずともこの赤城。指揮官様と一緒になら墓の中までご一緒させていただきますぅ~。もちろん、火の中でも水の中でもお風呂でも厠でもお布団の中でもどこでもこの赤城は指揮官様とずっとずぅっと添い遂げさせていただきますわぁ。だって赤城と指揮官様は結ばれる運命にありますもの」
これはヤベェタイプのヤンデレだ。エヌラスは赤城を要注意艦船に早くも登録しておいた。この手の相手は目標との障害を排除するのに全力を尽くすし、それによる周囲の被害など鑑みない。
そんな吐き気すらする粘り気の感じられる激しい愛情表現に、やはり指揮官は笑っていた。
「トイレは勘弁してほしいかなぁ……」
(言うことはそれだけか指揮官!?)
風呂と布団もいいのか。もっと自分の身の危険性を感じた方が良いぞ指揮官。というか牢屋に放り込まなくて良いのかこの空母は。しかし、どこ吹く風と赤城の頭を撫でて背を向ける。
「重桜だけじゃなくて他の陣営のみんなとも仲良くねー」
「はぁい勿論です~♪」
背中を向けて、しかしエヌラスとすれ違った瞬間に、赤城がボソリと呟いた。
「指揮官様の邪魔をしたら、消すわ」
「…………」
「それでは指揮官様、赤城はお暇をいただきますね~」
「ごゆっくりー。どうかした、エヌラスさん?」
「いや、なんでもない」
この指揮官、只者じゃねぇ──どんな精神力をしていたらそんな平然と笑って接することが出来るんだ。
「指揮官、赤城とどう付き合ってるんだ……?」
「どう? どうって、大したことはしてないですよ? 他のみんなと同じように仲良くしてるだけです。あー、でも少々オイタがすぎる時は叱ってますね」
「驚いた。アンタでも怒るのか」
「本当はボクも怒りたくないんですけどねぇ。疲れますし、なんかそういうキャラじゃありませんし。なんでか駆逐艦は泣きそうな目で見てきますし、しばらくみんなよそよそしくなりますし。でもまぁ現場の最高責任者ですから、そういう時くらい威厳を見せないとですし。つらいなー、やだなー、出来れば怒りたくないんだけどなー」
心底嫌そうに、げんなりとした表情で指揮官は軍帽を直す。
しかし、仏のような指揮官もちゃんと人間らしいところはあるようだ。それに少しだけ安心してエヌラスは隣に並んで歩く。
大宿舎──各陣営ごとに割り当てられた寝室で艦船達は休んでいるらしい。それだけでなく艦種別の部屋も用意されており、任務や出撃で疲れた心身を癒やす。こことは別に寮舎も用意されているが、そちらはまた別な運用がされているようだ。
とある空母達が集まっている一室を覗くと、そこではベールがロング・アイランド達に混じってゲーム三昧。
ポテチにコーラに、食い散らかしたお菓子が散乱しているだけでなくコタツに入り込んで寝ている艦船もいた。
「ふふふ、パーティーゲームと言えどもわたくしは加減致しませんわよ!」
「甘く見てもらっては困る。私達だってただ食っちゃ寝してゲーム部屋に籠もり、干物艦船として自堕落的に過ごしていただけではないと証明させてもらおう」
「むむ、ロング・アイランドさんもまた腕を上げましたわね……ですが、ゲイムギョウ界の女神としてこのグリーンハート、もといベール。ゲームにおいて精神的動揺によるミスは無いと思っていただきたいですわ!」
「グワーッ! 脱落!」
……馴染んでいる。この上なく馴染んでいる。それどころか自堕落筆頭株主。女神としての仕事を放棄してベールの神技が冴えるゲームプレイングには対戦相手も魅了されていた。ローディングの合間にポテチを頬張り、コーラで流し込む。
指揮官はそんな干物部屋を見渡してから、咳払いをひとつ。ようやく指揮官(と、エヌラス)の存在に気づいた艦船達が振り返った。
「し、指揮官!? これは、その」
「いや大丈夫。楽にしてていいよ、ロング・アイランド。みんな楽しそうでなによりだ。でも部屋の掃除はちゃんとしてくれないと困るかな。ゴミの日までに片付けておくように。頼んだよ?」
「ベール。お前はこっちでもゲーム三昧か」
「あら、エヌラス? よろしかったらいかがです。こちらも中々に味わい深いですわよ?」
「遠慮しとく。研修中だからな」
「補佐官、研修生……まぁ、そうでしたか。頑張ってくださいまし♪」
腕章に気づいたのか、ベールが柔らかい笑みを向けて励ましてくれるが──せめて画面を見てゲームをプレイしろ。ノールックで手持ちのカードを使用して妨害行動をするな。よくわからないが阿鼻叫喚の大惨事が巻き起こって参加している艦船達が頭を抱えている。
「ベールさんも相変わらずですねー」
「指揮官様。ええ、ご厚意に甘えて。寛がせていただいておりますわ」
「どうぞどうぞ、ご自由になさってください。女神のお仕事、大変でしょうし」
「まぁ♪ そう言っていただいてありがたいですわ。指揮官様はゲームなどなさらないのですか? せっかくこんなに取り揃えていらっしゃいますのに」
「いやー、あっはっは。残念なことにボクはあんまり得意じゃないんですよ。昔はハマってたんですけどね。ここにあるのも要望があったものばかりですので」
「そうでしたか。ちなみに、どのようなゲームを嗜んでいたか教えていただきます?」
「そうですねー、パズル系とかFPSですかね。大した腕じゃないですけど」
「機会があればご一緒したいですわ」
「考えておきますね。さて、それじゃあ他の部屋を案内しましょう」
指揮官とエヌラスが干物部屋を後にして、ようやくロング・アイランドが緊張の糸をほぐした。
「ビックリした……まさか指揮官が私達に挨拶に来るなんて思ってもなかった……」
「そういえば、前回わたくし達がお邪魔した際はゲーム部屋に来ませんでしたわね」
「うぅ、この部屋の惨状を目の当たりにしても笑って許してくれるなんて。私はこの艦隊で良かった。まさに運命の出会い……」
(……そういえば、あまり気にしませんでしたけれども)
ここにあるゲーミングパソコンも、最新のゲーム機も、箱買いされたポテチもコーラも。それだけじゃない。モニターにマウスにキーボード、ネット環境も全種取り揃えられている。
(水冷デスクトップPCにタワー型。得意ではないというのもウソ、ですわね……そうでなければこれほどの機材を取り揃えられませんもの)
これは──武者震いだ。能ある鷹は爪を隠す、そちらに明るくなければとても取り揃えられない環境を用意した指揮官との対戦をベールは心待ちにしていた。
「今だ、隙あり!」
「無いですわ」
「あぁぁぁんまりだぁぁぁ!!!」
物思いに耽るベールのキャラクターに妨害行動、しかし失敗した挙げ句に反撃を食らった夕張が突っ伏している。