超次元ロマン海域アズールねぷーん   作:アメリカ兎

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押したり引いたり、すったりもんだり

 

 

 

 次の日。

 ノワールとプリンツ・オイゲンによる補佐官エヌラス争奪戦は不発に終わり、母港はいつも通り。通常業務に身を入れる指揮官の浮かない顔と来たら曇り空もかくや。本日の秘書官である加賀も額に手を当てて悩んでいた。

 

「指揮官、昨日のことならもう済んだ話だ。そう気に病むことでもなかろう?」

「エヌラスさんにあの後めちゃくちゃしこたまべらぼうに怒られて僕の心はボロボロだよ……」

「そんなにか。ふむ」

 加賀はエヌラスの人物像を描き、常に大体怒ってることを思い浮かべる。そうした人物は大抵怒ってもそんなに怖くない。溜め込んでいる鬱憤を常に晴らしているからだろう。

 

「そんなに恐ろしい相手とは思えないがな」

「ふふ、そうでしょー? 僕もそう思ってたんだ。業務的に詰められるまでは」

「なんというか……」

 弾薬だの業務の滞りだの燃料費だの週次業務だの月次業務やら大講堂の教材の手配に大本営からせっつかれてる業務報告だの確定申告に倉庫整理に工廠の拡張やら倉庫拡張だの燃料備蓄に軍備の確認になんだのかんだの、とにかく重箱の隅をつつくような尋問恫喝脅迫に指揮官のやる気はオイルショック状態。もはや本日の業務に対するモチベなど海の底。

 執務室で執務机に額を押しつけている状態で書類など完全放置すること三十分、これには加賀も苦い顔をしていた。

 

「悪戯が過ぎた、ということで話が終わっているならそれでいいのではないか」

「ふふ、そうだねぇ……でもあの人なんか知らないけどめちゃくちゃウチの資材とか運営とか把握してるからばちくそ口挟んでくるんだよ……いや本人は助言のつもりかもしんないんだけどね? 僕の仕事の補佐官として滞在してくれてるんだろうけどさ」

「少しは仕事に身を入れて片付けたらどうだ?」

「……やだなぁ〜」

 本日の指揮官はダメだ。使い物にならん。加賀は早々に見切りをつけた。

 

「まったく、そんな調子では付き合っていられんな。こちらで可能な仕事を進めておくぞ、あとで目を通しておけ」

「うーん、ごめんね加賀ー。よろしく〜」

 ご立派な机に突っ伏したままの指揮官に憐憫の視線を向けてため息ひとつ、加賀は執務室を後にしようとする。だがその時、扉がノックされた。ちょうど出払おうとしていた加賀が代わりに扉を開けて毛並みの良い白い狐の尻尾がガマのようにぼわっと膨らんだ。

 

「邪魔すんぞ指揮官。今日の秘書は加賀か」

「…………あ、あぁ」

 指揮官が恐ろしく素早く姿勢を正す。余程効いているのかガチガチに緊張していた。

 

「おはようございますエヌラスさん」

「おはよう。なんだまだ仕事進んでねぇのか?」

「いえそのちょっと体調と気分とモチベが不在でして」

「やれ」

「はい、仕事します……」

「いいか、指揮官。別に俺はお前が嫌いじゃないんだ、実際この母港は居心地いいし、ネプテューヌ達も世話になったし、俺もその礼がしたいからこうして手伝いしてんだ。わかるな? 昨日のアレはてめぇまじふざけんなよ止めろや」

「おっしゃる通りですごめんなさい監督不届でした」

「ロイヤル主導合同火力演習の件の打ち合わせだのあるだろうが、そっちは進んでんのか」

「明日打ち合わせの予定ですぅ……」

「おう、そうか。んじゃさっさと今日の日次業務済ませて報告書作って寝ろ。あとこれは完全に私事だがテメェ倉庫にミリとインチの主砲混ぜて保管してんじゃねえぶっ殺すぞ」

「申し訳ありませんでした……」

 ボロクソである。ボロ雑巾である。なんならすでに指揮官は泣きそうだ。

 

「……で、俺から一個謝ることがある」

「なんでしょうか」

「今日って鉄血艦隊の運用予定あったか? 遠征任務でもいいんだが」

「いえ……基本的にうちで遠征任務に従事してもらってるのは重桜の所属艦隊なので。鉄血艦隊の運用予定は今のところは。何かありましたか?」

「そうか。うん、そうか……いや、なんだ。大した話じゃないんだが、まぁ……あー……」

 エヌラスにしては珍しく言葉の歯切れが悪い。申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「……昨日の件でちょっとばかりプリンツ・オイゲンを折檻したんだが、少しばかりそのー……なんだ。加減を間違えた、っつーかなんつーか……やり過ぎたせいで出撃できそうになくてな」

 何をしたらそうなるんだろうか。指揮官は怖くて聞くに聞けなかった。

 

「そんなわけだから今のうちに謝っとこうと思ってよ」

「鉄血艦隊は海域攻略とかそっちの運用が専門なので」

「……興味本位で聞くのだが、補佐官。鉄血の装甲艦で名高いプリンツ・オイゲンをどうしたらそうなる?」

「…………黙秘権行使で頼むわ。俺からの話はそんだけだ。お前やる気出せば午前中で業務片せるんだからがんばれよ、指揮官。んじゃな」

 エヌラスは言うだけ言って執務室から出ていく。加賀は顎に手を当てて考え込む素振りを見せるが、指揮官は深く息を吐き出して天井を仰ぎながら椅子から滑り落ちていく。さぞ生きた心地がしなかっただろう。

 

「大丈夫か、指揮官?」

「ダメかもしんない……」

「だろうな」

 加賀はあっさりと吐き捨てて執務室に指揮官を置き去りにした。

 

 

 

「あら、エヌラス。おはよう」

「おはよう、ノワール。今日も非番か?」

「今日もってなによ、今日もって。というか貴方こそ、なんでまた作業着着てるわけ?」

「なんでってそりゃ、まだ倉庫整理終わってねぇんだもん」

 母港を歩いていると寮舎から出てきたノワールに声を掛けられる。場所が変わっても生活リズムに変化なし。女神としての仕事から解放されたとしてもラステイション海軍の運営に活かせるヒントを探していた。

 

「ねぇ。プリンツ・オイゲンはあれからどうしたわけ?」

「え」

「だって気になるじゃない。姿が見えないし」

 エヌラスが硬直する。

 

「……まさかとは思うんだけど、エヌラス。貴方、プリンツ・オイゲンとあの後別れたの?」

「…………あー……」

「そんなわけないわよね。で、どうしたわけ? 一緒じゃないの?」

 目を泳がせるエヌラスの胸ぐらを掴み上げてノワールが鋭い視線で問い詰めた。

 

「──ねーぇー、エヌラスー? 貴方プリンツ・オイゲンに何をしたのかしらー?」

「笑ってるのに顔が怖いですぅノワールさんー、何ってそりゃお前……そりゃ……あー」

「これ以上怒らないから言ってみなさい?」

 怒ってるじゃねぇか。内心ツッコミつつも、観念したように喋り始める。

 

「えーとですね。はい。こっちに来てからというものろくにストレス発散していなかったわけで」

「そう。エッチなことしたのね。それで?」

 先回りされてちょっぴり泣きそうになったがエヌラスはめげなかった。

 

「久々というのもあったので、ちょっとハッスルしちゃいまして」

「…………へぇ」

「…………はい」

「はいじゃなくて。素直に答えなさい」

「──とても気持ちよかったです」

「殴られたいわけ!?」

「言えって言ったのお前だよねぇ!? 悪かったなこんなヤツでよぉ! というかコレに関しちゃ焚きつけたノワールにも責任の一端があると思うんだ! 俺 は 悪 く ね ぇ!!!」

 この男、開き直った! ノワールがガクガクとエヌラスを揺さぶる。

 

「ちょっと貴方ね!? いくらなんでもそれはないんじゃない!? い、いくら私が焚きつけたからといってなにも、そんな、そりゃプリンツ・オイゲンのほうが胸もお尻も大きいかもしんないけれども!?」

「バカ言うなまだ満足してねぇ」

「きゃーーーーケダモノーーーー!!」

「宣戦布告かテメェーーーー!!!」

 

「おー、なんだ補佐官。朝から激しいな女神様と」

 レーベレヒト・マースが笑いながら通り過ぎる。

 二人から凄まじい勢いで追い回されて半泣きになった。

 

 ──気づけば三時間ほど母港をフルマラソンしていたことに気づき、エヌラスは隣のノワール、もとい守護女神ブラックハートを睨む。

 

「飛ぶのはズルくねぇかなぁ!?」

「走れる方がどうかしてんのよッ!! どんなスタミナしてるわけ!?」

「……お前がよく知ってるんじゃねえかな」

 顎を伝う汗を袖で拭い、口をへの字に曲げて反撃に転じる。効果は絶大だったのか、反論するよりも先に顔がみるみる赤くなった。茹でダコ状態。顔面着火インフェルノ大炎上、それこそ顔から火が出るような勢いでブラックハートが押し黙ってしまう。

 

「ッ~~~~、そ、あ……っ~~!」

「よーし朝からいい運動したし真面目に仕事すっかー。ノワール」

「な、なによ……」

「テメェ後で覚えてろ」

「あ、あとでって。いつよ」

「夜」

 身体をクールダウンさせてからエヌラスは倉庫の方角へ向かって走っていってしまった。

 ノワールは後悔した。そもそもこんな女所帯の大艦隊に餓えた狼を放り込んだらどうなるかなんてわかりきっていたのに。だがそれでも、律儀に今日まで我慢していたことだけは、なぜか無性に嬉しかった。

 

「ま、まぁ? 私だってプロポーション完璧なわけだし? プリンツ・オイゲンに負けるわけにはいかないわね。ゲイムギョウ界の守護女神である私が? 一介の「KAN-SEN」に遅れを取るなんてあり得ないんだから」

「…………女神様、独り言結構大きいね」

「のわぁぁぁぁっ!!!」

 通りすがりのインディアナ・ポリスが女神の悲鳴に驚くと、ポートアイランドがどこからともなく駆けつけてきてまた一悶着。

 騒動が落ち着いたのは結局その日の夕方だった。

 指揮官は事後処理で死んだ。

 

「カニになりたい……」

「今夜は鍋だそうだ、指揮官」

 

 加賀は指揮官に同情しつつも無慈悲に書類を押しつける。

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