──指揮官とエヌラスが大宿舎を見て回っていた頃、ネプテューヌ達は自分たちの艤装を預けていた工廠へと向かっていた。
「やっほー、明石ー!」
「んにゃ? 騒がしいのが来たにゃ。何の用にゃ」
「わたし達の艤装を預かってるってジャベリンから聞いたんだー、どこにあるの?」
「それならちょっと待つにゃ。明石も忙しいんだにゃ」
大きなスパナを持って歩いていた明石がネプテューヌに声を掛けられ、持っていた木箱を降ろすと袖の汚れを落としてから四人の艤装をクレーンで運んでくる。
フックに吊り下げられたネプテューヌ達の艤装はサビ一つどころか汚れ一つ付いておらず、ゲイムギョウ界に戻ってからも指揮官の指示で整備だけは怠っていなかったと明石が話した。居ない間も余った装備などで強化などもしていた為、多少なりとも性能も向上している。
ノワールが試しに背負ってみると、扱っていた艤装が重く感じた。
「んっ……ちょっと、以前とは装着感が違うわね」
「確かに。なんか重くなった?」
「指揮官が強化とかしてたからにゃ」
「いなくなった私達の艤装を勝手に強化したの? 他の娘達を優先すればよかったのに」
「明石に言われても困るにゃ」
「ノワールの言う通り、なんか前より扱いづらいかも」
「それは慣れてくしかないにゃ」
「よーし、それなら早速! ノワール、わたしと演習しない!?」
「ええ、望むところよ。こっちでも貴方に負けないんだからね」
「それはダメにゃ」
「アイエエエ!? ナンデ、明石ナンデ!?」
「そうよ! 折角整備してくれてたのに」
乗り気だった二人だが、明石の言葉に肩を落とす。
「今日は明石の工廠もお休みにゃ。せっかく指揮官からもらった休みなのに仕事を増やさないで欲しいにゃ……」
「それなら明日整備してくれればいいからさぁ、いいでしょ?」
「壊れた艤装置いといたら明石が怒られるし、使った弾薬の補充もあるにゃ。明日から本気出したら明石の仕事が倍々ゲームだから勘弁してにゃ……」
「明石がこう言ってるんだから、別な機会にしましょ……やるなら、ちゃんと指揮官からの許可を貰ってからの方が思い切りやれるじゃない」
「ブランの言う通りね。そっちの方が遠慮なく暴れられそうだもの」
「暴れて母港壊すのは赤城だけで十分にゃ」
前科持ち艦船の名前を口に出して、明石が渋い顔をしていた。壊れた備品の修理なども明石の仕事だ。ただでさえ購買部や売店の店員も兼任しているというのに仕事を増やされては堪ったものではない。自分で壊したものくらい自分で直してほしいものだ。
ひとまず、今日のところは自分たちの艤装がちゃんと整備されていたことを確認出来ただけでも良しとしよう。
「じゃーねー。明石、また明日来るからよろしくー!」
「出来れば何度も来て欲しくないにゃ。一銭の得にもならないと困るにゃ」
「自分に正直なところは誰かさんそっくりね」
「えー、誰だろー? わたしわかんないなー」
「自覚ないのが尚更ね……」
大宿舎を後にしたエヌラスと指揮官、さらに秘書艦のベルファストが並んで歩いていた。だが、指揮官と言葉を交わしてから、ベルファストが会釈して離れる。
「あら、エヌラス。みんなに挨拶回り? そういえばベールを知らないかしら?」
「ゲーム部屋に籠もってた」
「だろうとは思ったけど、やっぱりね……それで、こっちでもやっていけそうかしら」
「覚えることが多すぎて不安になってきた」
「まぁそこは追々、艦船達の協力を仰ぎながら。今夜はネプテューヌさん達との再会に、エヌラスさんの歓迎会も含めてパーティーを開こうかなと」
「おぉ~、さっすが指揮官! 気前が良いんだから! もちろん」
「プリンも用意しておきますよ」
「やったー!」
両手を挙げて喜ぶネプテューヌの現金な態度に、エヌラスとノワールが同時にため息をついた。しかし、そんな急に用意をさせて大丈夫なのだろうか?
「クイーン・エリザベス女王陛下ご自慢の優秀なロイヤルメイド隊ですから、きっと夕飯までには用意してくれますよ。少なくともボクはそう信じてるので」
「相変わらず信頼してるのね……」
「ええ。そういえば、ブランさん」
「なにかしら、指揮官」
「例の本、続編を取り寄せてあります。新刊も用意してありますので、よかったら」
「ホント……? それは楽しみだわ」
「ええ。熱心に読んでいたと蒼龍から聞いてましたので」
「どういう本なんだ? ブランが好きそうな本だから、やっぱ歴史書とかそういう類か?」
「いえ、小説ですよ」
「そうか。どんな内容なんだ?」
「それはですね──」
指揮官の言葉を遮るように、ブランがわざとらしく大きな咳払いを挟む。
「──まぁ、物珍しいという理由から読んでいるみたいですし。気にするほどではないかと」
「そうか……俺もちょっと読んでみたい気もするが、今はそれより覚えることあるしな」
「補佐官、乗り気なようでボクも助かりますよ。別に観光だけでゆっくりくつろいでいただいてもいいんですけど」
「俺だけ何もしないってのは気が引けるからな」
「あ、それなら。エヌラスさんも艤装つけて戦闘してみます?」
冗談のつもりで指揮官は言ったのだろう。だがエヌラスは顎に手をやり、真剣な表情で考え込んでいた。
「……冗談ですよ?」
「そうよ。大体、貴方の場合は艦種が何になるのよ?」
「戦艦じゃない? わたし達の中にいないし」
「戦艦エヌラス……?」
「いそうで困るわね」
「なんか大艦巨砲主義の産物みたい。戦艦ポチョキムンみたいな」
「微妙に名前違くないか、それ。あと作れと言われたら、自前でやるぞ俺は」
指揮官が珍しく驚いた顔をしている。どうやら真に受けたことだけでなく、自分で艤装を作る点にも注目したらしい。
「艤装の設計とか出来るんですか? それなら明石と夕張も喜ぶと思います」
「一応これでも、技術職はある程度嗜んでるからな」
「エヌラス。貴方は裏方に徹しなさい」
「え、なんでだノワール……」
「いいから! なんでも! 女神命令!」
ノワールにキツく言われてエヌラスがションボリとした表情を見せた。どうやら暴れられないのが不満らしい。しかし、一度暴れだすと手がつけられないのもまた事実であり、駆逐艦のトラウマ待ったなし。アズールレーン世界との健全な友好関係を保つためにも裏方に徹してもらうべきなのが最良の策だとノワールは睨んだ。
「そんなにキツく言わなくても……」
「これは指揮官のためでもあるの。何があっても、絶対に、エヌラスは戦闘禁止! いいわね!」
「自己防衛で抜刀くらいは許可出してくれなきゃ死ぬぞ」
主に赤城の手によって。遠からずアレとは一戦を交える気がする。
「それくらいならいいけど……でも、自分から剣を抜くのは禁止。わかった?」
「そこまで言われなくてもわかってるっつの」
「ノワールさん。そんなにこの人危険なんですか? 顔に違わず」
「おい指揮官」
「ええ、そうなのよ。だから取扱には十分に注意してね、指揮官」
「おいノワール」
なんて失礼なことを言うんだ。いや、鏡を見てから同じことを言えと言われたら無理な相談だがそれにしても酷い言い草である。
「ちなみに、どれぐらい危険なんですか?」
「母港が焼け野原になる覚悟は必要ね」
「それはすごい。危険度三赤城くらいだ」
「なんだその単位!? 初めて聞いたぞ!?」
というよりもそこまで危険なのか一航戦。そんなのをよく放し飼いにしていられるな指揮官──実はこの艦隊で一番危険なのは指揮官なんじゃないかとエヌラスは思い始めた。そしてその言葉にノワール達も驚きを隠せない様子。
「いやー、あっはっは。実はボクが着任してから間もない頃に赤城と加賀に母港吹っ飛ばされて殺されかけたんですよね」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
「貴方それでよく笑っていられるわね!?」
「え? いやまぁ、それほどの実力があるなら信頼できるかなと思って」
「あなた、なにかズレてないかしら……」
「そうですか? そうですかね? おかしいなぁ、冷静に考えて判断したんだけど……」
「味方になったから良かったものの。もしそれを断られていたらどうしてたのよ?」
「────ご縁が無かったということで」
「そんな就活みたいな言い方で済むの……?」
笑って誤魔化している指揮官の表情が一瞬だけ強張ったのをエヌラスは横で見逃さなかった。しかしノワール達は気が付かなかったようだ。
「とにかく、エヌラスさんに刀を抜かせなければいいんですね。わかりました。うちの艦隊にもそう言っておきます」
「具体的には?」
「そりゃあもちろん、これまで通り──みんな仲良くで!b」
親指を立てる指揮官に、全員がため息をつく。本当にこの指揮官は平和主義というか、平和ボケしているというか。危機感というものが欠落してないだろうか?
エヌラスは少しだけ不安になってきた。
この先、自分がどれだけ苦労することになるのだろうかと。
──そして、夜。
四女神との再会を祝し、エヌラスの歓迎会も兼ねたパーティーが開催された。元々休みを言い渡されていた艦船達はパーティー会場に集まり、騒がしい場が苦手な艦船はいつも通り食事を済ませて早々に退散している。
マイクを片手に指揮官が壇上に立ち、マイクテストをしてから会場に呼び掛けた。
『あーあー、マイクテストー。よし……えー会場にお集まりの皆さんこんばんわ。ご存知艦隊の最高責任者、指揮官です。本日は歓迎会にお集まりいただきありがとうございます──ボクこういうの苦手なので手短にいきまーす!』
緊張感の欠片すら感じられない指揮官の開会の言葉に、艦船達からは笑みがこぼれる。
『まずは異次元からの来訪者、四女神であるネプテューヌちゃん、ノワールさん、ブランさん、ベールさんとの再会を祝しましてー、かんぱーい。続きましてー、急なことではございますが、ボクの多大なる業務軽減のためにこのたび補佐官を雇うことにしました。三食昼寝付き……かどうかはまだ分かりませんが、新しい仲間が増えました。はい拍手ー』
わー、パチパチパチ──。
『ではご紹介します。エヌラスさん、どうぞこちらへ!』
「もぐ?」
『あー、ご飯食べてました? 飲み込んでからでいいのですよ』
「もぐもぐもぐ……ぷはぁ。悪い、あまりに美味かったもので」
『それは勿論。クイーン・エリザベス陛下自慢のロイヤルメイド隊が腕を振るって用意した料理ですからね。ええ、ボクも美味しく戴いてます。この場を借りてお礼を。いつもありがとうございます』
当然、とでも言わんばかりに胸を張るクイーン・エリザベスに、ベルファスト達が控えめに会釈する。
エヌラスは指に付いたソースを舐め取り、手を拭うと指揮官の隣に並ぶ。
『えー、こちらの一見カタギには見えない黒スーツのおにいさんがエヌラスさんです』
「おい指揮官。それは冗談か?」
『ボクらがいるのは壇上ですね』
「誰が上手いこと言えと」
『ボクの中のボクですかね?』
「酒でも入ってるのかー指揮官、酔っ払ってないかーお前?」
『あっはっはっはっは、ご冗談を』
「いやこっちの台詞なんだよなぁ!?」
『とまぁこんな感じで、顔に似つかわしくないくらい親しみやすい人ですので顔で判断しないで仲良くしてあげてくださーい!』
「本人を目の前にしてよくも言ったなテメェこの野郎!! 漫才するつもりで呼んだわけじゃないだろうが!」
『はっはっは、ご冗談を』
「天丼も驚きの上乗せだな」
『でもほら、ウケてますよ? はーい拍手ー!』
会場からの喝采にエヌラスが頭を抱える。どうにもやりにくい相手だ。マイペースが過ぎるというか、悪気がないのが一層タチが悪い。
「なんでこんな即興ショートコントしなきゃならないんだよ!」
『驚きの十割アドリブですもんねー、いやぁノリが良い方だ。そういうのボクはとても良いと思います』
「せめてこういう時くらい真面目にする気、ないのか?」
『無いですね! ボク苦手なので! 面倒ですし!』
「自分に正直だなぁオイ!」
『じゃあはい、マイク渡すのでご自分でお願いします。ボクちょっと飲み物とご飯食べてきますので、場を繋いでおいてください』
「そういうのはマイクを切ってから言えよ!?」
『スパッと?』
「スイッチだよ! あーもースタッフー! 飲み物と食べ物を指揮官にー!」
そんな壇上から繰り広げられる指揮官とエヌラスによるほのぼの(?)ショートコントを眺めていた女神と艦船達だが──和やかな雰囲気の中であっても、壁際で眺めていた艦隊だけは表情をあまり変えなかった。
貼りつけたような微笑を浮かべたままのプリンツ・オイゲン。ウォッカの入ったグラスを静かに揺らすグラーフ・ツェッペリン。料理を頬張るレーベレヒト・マース。
「……プリンツ・オイゲン」
「なに? グラーフ」
「楽しそうだな」
「そう見える? そうね……でも、まぁ、面白い人じゃない? 指揮官よりも」
『いやぁどうもどうも、ありがとう。そして、ありがとう』
「隙あらばネタを挟み込まないと死ぬ病気かなんかか指揮官!」
『この間の健康診断では驚くほど健康体でしたよ』
「診断結果を聞きたいわけじゃないんだよなぁ俺! 持病持ちか!?」
『あ、すいません。ちょっと食事するので待ってもらえます?』
「はーもー、なんていうかやってらんねぇぇぇっ!! もう俺の紹介いいだろ!? 飯食ってきていいか指揮官!?」
『そんなこと言わずに。あ、唐揚げ美味しいですよ? 食べます』
「なら一個よこせ」
『当店セルフサービスとなっておりまーす』
「俺をおちょくって楽しいか貴様ぁぁぁぁぁっ!!!」
「……とっても、からかい甲斐がありそうで」
「めずらひいな、お前がひょんなわらふなんへ」
「レーベ、食べながら話すな」
「ぷはっ……んっ」
料理を頬張っていたレーベレヒト・マースの口に付いた食べかすをグラーフが拭う。まだ二人の漫才が続き、それにパーティー会場の緊張感もすっかり解されていたようだ。自分たちが出会った時から何一つ変わらない、不思議な指揮官にグラーフ・ツェッペリンもウォッカを口に含んでグラスを空にする。しかしそこで、指揮官と目が合った。
いつものようにニコニコと笑顔を浮かべている。小さく片手を振り、挨拶された。それに仕方なく手を振り返すと一瞬だけキョトンとした顔をしていた。そんな指揮官にエヌラスが肩を組んで捕まえる。
「あんまり俺を怒らせないほうがいいぞぉ、指揮官。こっからお前を投げ飛ばすのなんて片手で十分なんだからな?」
『いやぁ首が飛ばされないだけボクは食い扶持に困らないのでそれくらいなら』
「お前心が広すぎるんだよ! どんだけだよ!」
『これだけしか持ってないでーす』
「カツアゲじゃねぇよ!?」
『串揚げ食べます?』
「いや油物の話しもしてないからな!?」
『じゃあ何食べたいんですか』
「食い物の話もしてないよなぁ俺ぇ!」
『じゃあ唐揚げいただきま~す! もぐもぐ』
「あ、テメ! 人の唐揚げかっさらって美味しいか貴様ぁぁぁっ!!」
『ええ、とても!』
「指揮官、どの辺に投げ飛ばされたいか言ってみろ。望み通りにしてやる!」
『お腹いっぱいになったら眠くなってきたのでベッドまでお願いしまーす』
「油断ならねぇなぁホントお前ってやつぁよぉ!!」
──こうして、指揮官主催の歓迎会は大盛況のままに終わった。終始エヌラスが振り回されてばかりだったが、その甲斐あってか艦船達から向けられる視線は親しげだった。
同情とか、言ってはいけない。気づいても言ってはならない。思っても言ってはならない。それが優しさというものだから。