超次元ロマン海域アズールねぷーん   作:アメリカ兎

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悪魔は一匹見かけたら大勢控室で待機なう

 執務室で指揮官が鼻歌交じりに書類を整理しつつ判を押していると、扉がノックされた。二回、それから一拍置いて入室の断りを入れてからドアノブを捻る──。

 

「やぁ、フッド」

「ごきげんよう、指揮官様。上官より便箋が届いておりますわ」

「ありがとう。なんだろう? この間の船団護衛の謝礼かなー」

「こちらになります」

 フッドから茶色の封筒を受け取り、封を切る。中の書類に目を通して、いつもより少しだけ明るい笑みを浮かべていた。

 

「何か良い報せでしょうか?」

「うん、ありがたいお報せだった。装甲空母の配属がうちに決まったって。いやぁよかったー、航空戦力欲しかったところなんだよねー」

「それは、実に喜ばしいことですね」

「うんうん。えーと何々? 重桜艦隊所属……また重桜かぁーい! もう一隻はー、ユニオン所属の空母。あーよかった、普通そう」

「重桜の艦船は個性的な子が多いですからね。指揮官様の気苦労が窺えます」

「そう? そうかな? ボクは好きだけど」

「……ん、んん! やはり、生まれ故郷の艦船が?」

「それもあるけどさ。ほらかわいいじゃん。ケモミミ」

 あっはっは、とあっけらかんと笑って見せる指揮官にフッドは何か考え込む素振りを見せる。

 

「指揮官様。犬と、猫。どちらがお好みでしょうか」

「うーん。ボクはどっちも好きだけど、やっぱ……飼うなら犬かな。好きなのはネコだけど」

「なるほど」

「あ、だからといって明石を贔屓してるわけじゃないからね」

「存じておりますとも」

「用件はこれだけ?」

「はい。偶々近くを通ったものでして、折角ならと私の手から直接。そういえば、本日の秘書艦が見当たらないようですが、どなたでしょう」

「今日の当番は重桜の予定だったんだけど。うーん、まぁいつもの争奪戦じゃないかな? ほら」

 遠くから砲撃音が聞こえてきた。艦載機のエンジン音が幾つも重なって響いている。どうやら口論でまとまらずに実力行使という名の実践演習で撃破数を競っている模様。相変わらず切磋琢磨に余念がない様子で何よりだ。

 しかし本日の工廠では明石が引きこもりボイコット実行中。

 

「あら。重桜の方々は血気盛んなようで何よりです」

「いやーはっはっは。弾薬も燃料も無料じゃないんだけどなー。まぁいっかー」

「お引き止めにならないのでしょうか?」

「うん。流石に在庫なかったら引き止めるけど今は余裕あるし、っていうか溢れてるくらいだからね。ああして使ってくれる分には特に文句はないよ。強いて言うなら秘書艦決めるの、もっと早くしてほしいなー。もうお昼前なんだけど」

 双眼鏡を机から取り出して、指揮官は演習の様子を眺める。

 駆逐艦では綾波が独走状態だ。近代化改修までされた上に、後先考えず魚雷と斬艦刀を振り回してすれ違う自爆ボート(演習用)を薙ぎ払っている。

 巡洋艦ではやはり高雄と愛宕の戦績が抜きん出ていた。流石「最強」を自負するだけはある。

 空母。言わずもがな。鬼気迫る勢いで一航戦が独走、なのだが二航戦と五航戦に叱咤していた。

 戦艦。伊勢型と扶桑型がトップ争いをしている模様。

 

「いやぁー今日は一段と過激なデッドヒートだ。すごいよ。フッドも見る?」

「では拝借致しますね。……あら、確かにこれは。ロイヤルネイビーも負けていられませんね」

「ロイヤル艦隊も近々やってみる? 大規模火力演習」

「指揮官様の許可をいただければ」

「いいよー。楽しみにしてるね。ちゃんと戦果報告も忘れずに。そうだ、戦績上位者にはボクから何かご褒美あげよっかなー」

「指揮官様は本当に心が寛大な御方ですね」

「もちろん。頑張ったらちゃんと褒めてもらいたいじゃん? じゃんじゃかじゃん?」

「うふふ、そうですね。では、私はこれにて。ロイヤルネイビーに連絡してまいります。それではまた」

 執務室から立ち去るフッドに手を振って、指揮官は再び双眼鏡で重桜艦隊の大規模実践演習(無許可)の様子を眺めていた。

 二隻の空母に、一隻の潜水艦も含めての支援。それだけの活躍を期待されているということか。

 

「そうだ新人歓迎会の用意もしないと」

 まぁそんなこと、指揮官にはあんまり関係のない話なのだが。

 

 

 

 鼻歌交じりに廊下を歩いていたプリンツ・オイゲンがレーベに一声掛けられて立ち止まる。

 

「やっと見つけた。まったくフラフラと歩いて探すのに苦労したぞ」

「あら。なにか用事かしら?」

「明日の秘書艦、鉄血が当番だから今のうちに決めておくってよ」

「ふぅん。そう……私抜きで進めてもらって構わないわよ」

「ツェッペリンにはそう言っておくけど、はっはぁん……? あの補佐官も気の毒だな」

「なんのことかしら、おチビちゃん」

「いや、別に。お前に気に入られたんじゃ、この先苦労するだろうなと思っただけだ。あんまいじめてやるなよ」

 腰に手を当てて笑いながらレーベが廊下を走り去ろうとして、ラングレーに見つかって叱られていた。

 そういえば、あの後どこに行ったのか知らない。今のところ出撃要請も来ていない。工廠でも工作艦が何か騒いでいた気がするが、関係のない話だ。

 

「あー、そうだ。補佐官殿なら倉庫整理してるぜー」

「こらー、待ちなさい! 話はまだ」

「ハハハ! 先生には悪いけど俺は忙しいんだ! Auf Wiedersehen(アウフ ウィダゼン)!」

「もう、駆逐艦の子は足が速くて困ります……」

 メガネを直しながらぷりぷり怒るラングレー先生だが、レーベレヒト・マースの足の速さに追いつけないのを知っている。追いかけても無駄なので仕方なく諦めた。

 

「……ふぅん、倉庫整理」

 初めての仕事にしては随分とまた重労働を任されたものだ、可哀想に。

 “応援”でもしてやろうかとプリンツ・オイゲンが踵を返すと、曲がり角でノワールとぶつかりそうになって立ち止まる。

 

「あら」

「のわっ。ビックリしたじゃない、もう」

「ごめんなさいね。それじゃ」

「あ、ちょっと待ちなさいよ。プリンツ・オイゲン、どこに行くの?」

「補佐官のお仕事を手伝ってあげようかと思って」

「またちょっかい出すつもりじゃないでしょうね」

「心外ね、疑われるなんて。同じ重巡洋艦のよしみじゃない」

 左手の指を唇に当ててプリンツ・オイゲンが小首を傾げた。子供っぽい仕草ではあるが、それも美貌が備われば妖艶の一言に尽きる。

 

「確かにそうだけど……さっきの前例があるし」

「ちょっとしたお茶目よ」

「お茶目ってレベルじゃないわよ」

「ふふ。大丈夫よ、女神様が気にするような関係じゃないから」

「当然でしょ。まだこっちにきて三日と経ってないんだから。いや、でも、あのエヌラスだし可能性が無いわけじゃ……いやいやダメよノワール。私がしっかり手綱を握らなきゃ何が起こるか分からないじゃない……」

「知ってる? うちの艦隊、恋愛自由って」

「!?」

「冗談よ」

「あ・な・た・ねぇ~!!」

 クスクスと笑って立ち去ろうとするプリンツ・オイゲンにノワールが続く。向かう先は手付かずの倉庫だ。

 片付けの出来ない指揮官が完全放置している宝の山のゴミ倉庫。艦隊の中ではそういう認識で固まっていた。執務室の掃除や片づけも秘書艦の大事なお仕事の一つ。指揮官の寝室がどうなっているのかを知っている艦船は一人として居ない。

 以前、赤城が潜入を試みた際は銃声が聞こえた。一週間ほど指揮官が口を聞いてくれなかったと半べそをかいていたらしい。そんな事件が起きてからというもの、誰も入ろうとはしない。

 

 ノワールの話を聞き流しつつ、からかいつつ倉庫へ向かうプリンツ・オイゲンだったがその途中でベールとすれ違った。

 

「あら、ノワール。どちらへ?」

「これからエヌラスの様子を見に行くのよ。あなたは?」

「わたくしはこれからロイヤルネイビーの皆様とお茶会ですわ。良い茶葉が手に入ったと聞いて」

「へぇ、そうなの。楽しんできてね」

「それでは失礼しますわ」

 

 ──エヌラスがいるであろう倉庫に到着したが、二人は積み上げられた木箱を見上げる。第一倉庫からはまだドッタンバッタン一人で大騒ぎしている音が聞こえてきた。

 それから開けた扉から木箱がスライドしてくる。カーリングのようにぶつかる直前で止まり、追加で更にふた箱ほど滑ってきた。

 

「すごい埃ね……」

「私が来てからずっと放置されてたから、当然ね」

 装備箱やら設計図やら、使っていない主砲やらと詰め込まれた木箱の数は十や二十では数えきれない。現在使っている装備に不満はないものの、それとこれとでは話が違う。

 

「補佐官、頑張ってるかしら?」

「あー!? 誰だよ今くっそ忙しいんだよ誰かと思えばお前かプリンツ・オイゲン! あとノワールも何しに来やがったこんなゴミ倉庫に! アホかよ何だよこの量あとで指揮官の野郎ぶん殴ってやる! きええええ!!!」

「……彼は人を笑わせないと死ぬ病気なの?」

「あなた何が面白いのよ……」

 ノワールが見渡しただけでも、人が入れるスペースが辛うじて空けられた様子。器用なことにエヌラスは階段状に積み上げた木箱に登って上の方から切り崩している。どうやって積み上げたのかすら分からない、天井スレスレまで達していた。

 飛び降りたエヌラスが静かに着地すると、珍しくプリンツ・オイゲンがキョトンとした表情を見せる。埃だらけのスーツを見てノワールが呆れた視線を向けていた。

 

「あなた、その一張羅しか無いのにそんな汚してどうするのよ」

「夜になったら洗えばいいだろ。腕の立つメイドもいることだし」

「それはそうだけど、もうちょっと遠慮とかないの?」

「俺にこんな仕事させる指揮官が悪い。ろんぱー」

「着替えないあなたが悪い。はい論破」

「おいおいおい負けたわ俺」

 そんなやり取りを無視して、プリンツ・オイゲンが歩み寄ると腕や足に触れて揉み始める。眉を寄せながら何か確かめているようだ。

 

「……?」

「な、なんだプリンツ・オイゲン。くすぐったいんだが、マッサージなら頼んでないぞ」

「貴方、何者なの。あんな高さから飛び降りて無傷とか戦術人形じゃあるまいし」

「少女前線とのコラボも明記しないの?」

「ノワール、そういうメタ発言はネプテューヌに言わせとけ。あと隠し味みたいなもんだ」

「鉄の味しかしないわよ!?」

「向こうの鉄血と私達は無関係だからよろしく」

「あ、そ……そうなの? まぁいいわ。エヌラスなんだけど、色々とあるのよ」

「ふぅん……?」

「俺の場合だと、内勁とか。まぁ発勁だな。軽身功ってやつなんだが」

「よくわからないけれど、東煌の艦船がやっている踊りみたいなのかしら」

「あー……多分そんな感じ。あと魔法とか色々」

 よくわかっていないようだが、とりあえず納得した様子で頷く。

 

「それにしても本当に片付いてないわね。ゴミ倉庫っていうのも納得よ」

「それで、はかどってる?」

「終わる気配がまったくしない。ここの掃除だけで一週間は潰れるぞ」

「一週間で片付けられるなら十分よ」

「勘違いするなよ。倉庫一つにつき一週間だ。消し飛ばしていいなら三秒で終わるが」

「だからどうしてあなたはそう危険な方向に思考が傾くのよ!」

「犯罪国家生まれ舐めんな! 大体なんだよこのゴミの山! どれが必要なのか全然わからん! さっきからゴキブリうろちょろしてるしな! ほらその辺」

「のわぁぁぁぁぁぁっ!!!??」

 ノワールがカサコソ動いている黒い物体を見た瞬間エヌラスに泣きついた。プリンツはそれを目で追いかけていたが、思い出したように逆の腕にしがみつく。

 

「きゃー」

「おっそろしい棒読みでくっつくな、プリンツ・オイゲン」

「あら、私も女の子だから怖いものは怖いのよ。きゃー」

「お前ぜってぇゴキブリ程度で怖がったりしな」

「……きゃー」

 ミシッ……。

 その細腕のどこにそんな力があるのか。エヌラスの二の腕が悲鳴を上げていた。嫌な汗がふきだしてくる。才色兼備な美少女艦船の馬力を侮ってはいけない。その気になれば指揮官など一撃だ。

 ノワールは本気で怖がっているのか、少しでも黒い悪魔が動くだけでも涙目で腕にしがみついてくる。柔らかくも痛い。まるで盆と正月がいっぺんに押し寄せてくるような気分だ。

 

「あ、あなたよくこんな環境で平気な顔して仕事できるわね!?」

「いや、そりゃ。見慣れてるし。お前そんなん言ったら人間大サイズのコックローチが人間食ってる現場とかに行かされてみろ?」

「お願いだからやめて考えさせないで想像したくないから!」

「こっちに来てるわよ」

「いぃぃぃやぁぁぁああっ!? なんとかしてぇぇぇぇ!!」

 カサコソ動き回る悪魔に、エヌラスはスーツの懐に手を入れてマグナムリボルバーを取り出すと早撃ちで木っ端微塵にする。体液と足やら何やらが飛び散っていた。

 

「ほれ、これでいいか?」

「うぅ……もういない? あの一匹だけ?」

「人前に出てきたのはアイツ一匹だけだな」

 ぐずりながら涙目で見上げてくるノワールに頭を擦り寄せながら、リボルバーをしまい込もうとしてプリンツ・オイゲンに止められる。

 白銀の手入れされた五十口径リボルバー。違法改造もいいところだ。バレル下部にバヨネットを仕込み、使用しているのも狩猟用スラグ弾。合金製フレーム強度も破格の耐久性能を誇る。

 

「……なにこれ?」

「レイジングジャッジ化け物狩りカスタム。俺の趣味」

「片手で撃たなかった?」

「俺の趣味」

「……ところで、ゴキブリって一匹見かけたら一杯出てくるらしいわよ?」

「知ってる」

 

 ガサ──悪魔の足音が聞こえてきた。ノワールが恐る恐る振り返り、顔が青ざめる。

 仲間の恨み晴らさでおくべきか、とでも言うように倉庫の奥から這い出してきた悪魔の軍勢に女神の悲鳴があがった。

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