BYAKUYA-the Withered Lilac- 作:綾田宗
Chapter7 月と狂乱の親友、再会
不気味なまでに赤く輝く眼鏡越しの片眼が、ゴルドーとその腕の中のツクヨミを捉えていた。
真っ白なボブヘアーに赤い瞳に赤縁の眼鏡。体にぴったりとくっついた赤茶色の戦闘用ボディスーツの少女は、ゴルドーを仕留め損ねたものの、狂ったような笑みを見せていた。
「アッハハハハ……! やぁっとみつけた。ごーよく。みぃつけた!」
耳をつんざくような甲高い笑い声を上げながら、狂った少女は先と同様にゴルドーに向けて、真っ黒な杭のようなモノを放ってきた。
「くそっ……!」
ゴルドーはツクヨミを抱えながらも、上手く飛び退いて相手の飛道具をかわした。
ゴルドーは、大きく飛び退きながら、敵の飛道具の射程から外れた。
「にがすかっ!」
少女の方も射程を維持するべく、素早い動きで距離を積めてくる。
「チィッ!」
「きゃっ!?」
ゴルドーは、ツクヨミの眼を手で覆い、近くの生け垣の中へ背中から飛び込んだ。
「にげてもむだだよぉ? ぜったいにうちがぶっコロすんだからさぁ……!」
狂乱状態の少女は、またも耳障りな声で一人笑った。
「間の悪いときに……! お嬢、怪我はないかい?」
ゴルドーは声を潜めて訊ねる。
「ゾハル!」
「おっ、おい……!?」
少しでも気配を消し、戦えないツクヨミだけでも逃がそうというゴルドーの作戦は、ツクヨミのせいで台無しになってしまった。
「あれれぇ? なぁんかきこえたなぁ……」
「クソったれが……!」
最早潜んでいても無駄だと判断し、ゴルドーはツクヨミをその場に下ろし、少女を迎撃する事にした。
「あぁ、ごーよくだぁ!」
「いかにも、俺が『強欲』の『
返事の代わりに、少女は例の飛び道具を放ってきた。ゴルドーは、とっさに空間に大鎌を顕現させて打ち払う。
「……オーガの旦那の弔い合戦、ってところだろ? オーガの旦那でも敵わなかったってのに、たった一人であのバカ女に楯突こうなんざ死にに行くようなもんだぜ?」
「……だまれ。パらドクすは、うちがコロす。いや、あムネジあのやつら、ぜんぶぶっコロす。オーガにもいわれた。ちょっといってごーよくをけしてこい、って。だからおまえ、ごーよくはうちがコロしてやるんだ」
言葉の端々に、人間の出す声とは思えない声を交えながら、少女は話した。
――まだかすかに自我はあるか。ロジャーと違って、『深淵』から何とか逃げ出せたって感じだな……――
ゴルドーは思うものの、このまま放っておけば、少女が『深淵』の顕現に全身を侵されて虚無に落ちるのも時間の問題であった。
「ゾハル!」
「なっ!? お嬢……ぐっ!」
ツクヨミが垣根から出てきてしまった。ゴルドーは注意力をツクヨミに奪われ、ゾハルというらしい少女の飛び道具に当たってしまった。
「こんなものっ……!」
ゴルドーは、肩口に突き刺さった真っ黒な杭を抜いた。傷口からは血が噴き出す。
「うおっ……!?」
更に、掴んでいた杭が蛇のようなモノに変化し、細長く鋭い牙に手を咬まれた。
毒こそは無いようだったが、痛みは激しい。しかしそれ以上にゴルドーは、異変を察知した。
――顕現が、吸いとられる……!?――
ゴルドーは、自らの顕現が抜けていくのを感じた。それは間違いなく、今咬まれている手からであった。
「このっ!」
ゴルドーは、真っ黒な蛇の牙を無理矢理はぎ取るのではなく、地面にぶつけて圧死させようとした。
ゴルドーの狙いは当たり、蛇は潰されると霧散した。
「いててて……こりゃあ、一体どんなカラクリだい?」
肩口を刺され、更に手を咬まれて出血する所は鋭く痛むが、ゴルドーは冷静を欠かないようにした。
「変移のイグジス、
ツクヨミが説明する。
ゾハルという少女の『二重身』という能力は、能力の中に妙なものは数あれど、その中でも一際変わったものであった。
顕現によって作り出した杭状のモノを敵に突き刺し、当たった後は自らの手足を動かすかのように自在に操ることができる。それにとどまらず、姿形すらも自由に変え、自分の意のままに動かせる。
本来二つと存在しない自身でさえも、その理に抗って顕現の源を探し、そして深くその杭を穿てば、ゾハルはもう一人のゾハルを作ることさえもできた。
ゴルドーが掴んで引き抜いた杭が蛇に変化したように、杭を人と同じ大きさで作り、それを自分と違わない姿にするのである。
「めちゃくちゃすぎるだろ、そりゃあ……」
ゴルドーは、渋い顔をせずにいられなかった。
ふと、ツクヨミは、つかつかとゾハルに歩みより始めた。
「おい、お嬢!?」
ゴルドーは、驚きのあまりに叫んだ。
かつて二人は親友だったというが、ゾハルの自我は非常に薄い。そんなゾハルが、ツクヨミを傷つけない保証はなかった。
「ゾハル。私は……」
「あんた、だれ?」
ゾハルは、片眼でツクヨミを睨んだ。
「えっ……!?」
ゾハルから発せられた言葉に、ツクヨミは一瞬、全ての感情がなくなった。驚くことすらもできなかった。
それでもツクヨミは、必死に言葉を繋ぐ。
「変な冗談は止してよ。私たちずっと一緒だったじゃない!」
「あんたとうちが? しらないね。いや、でもそのこえ、さっきから……」
ゾハルは、さっきもツクヨミの声に反応していた。
意識、自我が崩壊しつつありながらも、ゾハルの意思にはかつての親友の欠片が残っているようだった。
「……うーん、なんだかどこかで、きいたようなきがするんだけど? まあいいわ。うちはごーよくをコロすんだ。じゃましないでよ」
ゾハルは、これ以上邪魔するようなら、命の保証はしないとばかりに、ツクヨミへ手を向ける。
「目を醒ましてゾハル! 私よ! ストリクスよ!」
ツクヨミが叫ぶと、ゾハルの全身がぴくっ、と動いた。
「すと、リ、クス……?」
ゾハルは、ツクヨミに向けていた手を、そのまま自分の頭に当てた。
「思い出して、ゾハル。私の名はストリクス。貴女の親友だったでしょう? いえ、私は今も貴女を親友だと思ってる。だから思い出して! 私と、そして自分自身の事を!」
ツクヨミという存在を内包した、ストリクスという『器』は、必死にゾハルへと呼び掛けた。
「すと、りくす……スとリくス……ストリクス……!」
ゾハルは頭を抱え、ついに膝をついてしまった。
「あのバケモンじみたあいつを、言葉だけでひざまづかせただと……!?」
ゴルドーは愕然とする。
「ストリクス……ストリクス! っんくっは……!」
「ゾハル!」
どういうわけか苦しみ続けるゾハルの背中に、ツクヨミは手を当てた。その瞬間、ゾハルの体から『深淵』の顕現がツクヨミの手を伝った。
「ダメだ、そいつにさわるな!」
ゴルドーが言うが早いか、といった所で、ツクヨミは弾き飛ばされた。
「きゃっ!?」
「ぐうう……あああ……!」
ツクヨミは、軽く尻餅をつく程度で済んだが、ゾハルは苦しみ続けた。
「ゾハル……ゾハル!」
ツクヨミは己が身を省みず、苦しむ親友へと這ってでも近付こうとした。
「やめるんだ、お嬢! 今のアンタに『深淵』の顕現が流れたら……」
ゴルドーが飛ぶようにツクヨミに接近し、その両肩を押さえて動きを封じた。
「放して! 分かっているわ。あの顕現を受ければ、私は虚無に落ちる。でも、たとえ虚無に落ちたとしても! 私はゾハルの『器』を割らなきゃいけないの……!」
ゴルドーは、思わずツクヨミを押さえていた手をはなしていた。
「お嬢……アンタ……」
ストリクスの『器』を持つ女の、やろうとしていることは、かつてゴルドーがなし得なかった事だった。
虚無に落ちかけている、という点で厳密には違うが、虚無落ちの親友を終わらせてやろうとしている。
ゴルドーにはできなかったばかりか、全ての落とし前をつける立場にいながらも、足がすくんで一歩も動けず、更には『
彼女に恨みを持つのはお門違いなのは分かっているが、それでもわき上がる憎しみに支配されている。
もしもここでゾハルを殺そうものなら、ツクヨミに憎しみを抱かせることになるだろう。
しかし、このまま黙ってみていては、ツクヨミは間違いなく人としての死を迎える。
「お嬢……すまねぇ! これ以上は見ていられねぇ……!」
ゴルドーは、大鎌を出現させてツクヨミの前に立った。
「モータル……」
「止めてっ!」
ツクヨミが悲痛な叫びを上げたときだった。
「スとりクス……アッハハハハ! ストリクスじゃん。久しぶりぃ!」
ゾハルの様子が突如として変わった。
たどたどしい言葉で、人間の声とは思えない声を発していたが、ゾハルは見た目に大きな変化こそないものの変化していた。
なによりも、ツクヨミの事をストリクスと明確に認識していた。
「ゾハル、ゾハルなのね! 私のことがわかるの!?」
「アッハハハ! 分かるよ、分かるに決まってるじゃん。お前はオーガのお気に入りだったんだ。それをどれほど憎んだことか……!」
ゾハルはまるで、人格までも二重となっているようだった。
主な人格は、『深淵』の顕現に当てられた殺戮者のようであるが、ツクヨミをストリクスだと分かる人格も持ち合わせていた。
「アンタのことは、『器』を割ってやるだけで許してやろうかと思ったけど、懲りずにうちの前に姿を見せるなんてね。アンタを見ているだけでイライラするわ!」
「ゾハル、違うの。私は貴女と話しがしたくて……!」
「何が違うっていうのよ!? オーガはお前の事を気に入っていた。それが許せなかった! オーガにちやほやされているお前が!」
「違う! 私はちやほやなんか……」
「だまれ! 雌狐!」
ゾハルはまるで、聞く耳を持たなかった。
「……だけど、それももう過ぎた話。オーガは、完全にうちのモノになった……!」
一変してゾハルは静かに語る。
「……どういうこと?」
ゾハルは、口角をこれ以上ないほどに吊り上げた。
「フフフ……ぶっ殺す前にいいもの見せたげる。冥土の土産にね……!」
ゾハルは、右手に巻いた包帯を解いた。右手は『深淵』の顕現に侵されてこそいなかったが、戦慄を覚えるほどのものがあった。
それは一見、ブレスレットに見えたが、狂人の腕輪と言っても過言ではなかった。
「そいつぁ……!?」
虚無に落ちた親友の、無惨な亡骸を目にしたことのあるゴルドーでさえも、顔をしかめずにいられなかった。
ましてや、そういった残酷さに慣れていないツクヨミは、完全に固まっていた。
ゾハルが腕に付けていたもの、それは、人間のものと思われる眼球であった。
眼球を宝石に、付随する視神経を紐のように、腕に巻き付けていたのだ。
「ねぇストリクスー。覚えているよねぇ? オーガは『偽誕者』になるときに虚無に襲われて片眼を喰われちゃったじゃない?」
忘れもしないあの日。軽薄な男が、ツクヨミ、ゾハルという女二人組に歩み寄り、声をかけてきた。
俗にいうナンパをしかけてきたのは、オーガであった。
ツクヨミは、まるで乗り気ではなかったが、ゾハルの方は、オーガの渋い男性的色気に心奪われ、彼に付いていってしまった。
二人の仲を取り持つため、などではなく単に、二人の女を一度に連れていこうとするオーガの人間性を軽蔑し、ツクヨミはその場を去ろうとした。
しかし、オーガはつれない態度を取られながらも、ツクヨミを誘い続けた。
今にして思えば、ゾハルはオーガに一目惚れし、またオーガはツクヨミ自身に興味があったのかもしれない。
ツクヨミたちは、散々オーガに街のあちこちを連れ回された。そうこうしているうちに、夜も更けてきた。
それでもオーガは、まだまだ遊び足りないといった様子で、その日一日で心酔しきったゾハルは、オーガと一晩を過ごしてもいい、といったような事をツクヨミに零していた。
流石に親友と言えど、ツクヨミはゾハルの正気を疑ってしまった。しかし、ゾハルは本気そのものだった。
一晩で終わる仲かもしれない、とツクヨミはもう一度考え直すよう、ゾハルを諭した。
しかし、それからだった。オーガ、ゾハル、ツクヨミ、もといストリクスが『万鬼会』なるものを立ち上げるきっかけができたのは。
三人は、歩いている間に、知らず知らずの内に『虚ろの夜』へと踏み込んでしまっていた。
隣でキャッキャッと笑うゾハル、女性を飽きさせないために、様々な話題を止めどなく振ってくるオーガの二人のせいでツクヨミも違和感を感じられなかった。
気付けば、辺りが非常に静まり返っており、闇がかなり深くなり、お互いの顔を見るのがやっとの状態だった。
そんな中、突如として闇の中から虚無が出現した。
猿のような姿をした虚無であり、その姿通り、機敏な動きでオーガに飛び付き、その爪を振るった。
虚無の爪はオーガの片眼を抉り、それを口らしき場所へと放った。
片方失明という、かなりの深手を負ったオーガだったが、不幸中の幸いか、すぐにその傷口に周囲の顕現が入り込み、彼は『偽誕者』となったのだった。
「もちろん覚えているよねぇ、ストリクス?」
ツクヨミは、はっ、と我に帰る。
ゾハルは、ツクヨミと目があったかと思うと、腕に巻き付けた眼球をしげしげと薄ら笑いを浮かべながら眺めていた。
「……覚えているわ。あの時『偽誕者』になったオーガは、私たちをこんな場所に連れてきたけじめを付けるとか言って、虚無の群に向かっていったわね……」
しかしオーガは、一人では虚無の群を全て倒すことはできなかった。
虚無はツクヨミらにも襲いかかってきた。そして、彼らに付けられた傷に顕現が流れ込み、ゾハルとツクヨミも『偽誕者』となった。
「まさかゾハル、あなたのその腕にある眼は……」
ゾハルは恐ろしい笑みと共に、ツクヨミを横目で見る。
「アハハ……! けっこう大変だったんだから。あの猿野郎を見つけ出して、ハラワタ引き裂いて、やっと取り戻したんだ! 愛しのオーガの体を!」
ゾハルは、眼球に口づけした。
「……あの日、うちが戻っていった時、オーガはもう死んでいた。だから、オーガの身体を引き裂いて、うちだけのものにした! いつだって、オーガを感じられるように、ここにもオーガの一部があるんだよ……」
ゾハルは下腹部をさする。そこは、女にしかない臓器のある辺りである。
「…………っ?」
ツクヨミはまたしても言葉を失ってしまった。
「イカれてやがるぜ、アンタ……」
ゴルドーは、ゾハルの狂気に胸を悪くしていた。
「ゾハルって言ったか? アンタ、オーガの旦那を本当に好いていたんだろうが、やっていることは正気とは思えないぜ」
ゾハルは、これ以上ないほどに目を見開いた。
「お前は黙れ! 『強欲』!」
ゾハルは激昂し、杭を放った。
「何度もくらわねぇぜ?」
ゴルドーは身を翻して杭をかわした。そして反撃に出る。
「グリム・リーパー!」
巨大な鎌を顕現させ、縦に回転させながら突進した。
「あぐっ……!」
鎌の刃は、ゾハルの肩口を切り、血を噴き上がらせた。
「ゾハル!」
「動くな、お嬢!」
ツクヨミは、ゾハルが切られたために、思わず駆け寄ろうとしていた。しかし、ゾハルの様子の変化に気付き、足を止める。
「ふっ……くくく……!」
ゾハルは血の滲んだ肩を押さえながら、苦しんでいるのか、それとも笑っているのか分からない声をあげていた。
「ゾハ、ル……?」
――まずいっ!――
ゴルドーは大声をあげた。
「そいつから離れろ!」
ゴルドーの制止の声とゾハルの凄まじい殺気に、ツクヨミは動けなくなってしまった。
「……もういいや、おまえら、まとめてぶっコロしてやる!」
ゾハルは、手指の爪全てに杭を顕現させ、一番近くにいたツクヨミに襲いかかった。
「シネェッ!」
「っ!?」
「お嬢っ!」
空中に、一筋の光が煌めいた。
――殺られたか……?――
ゴルドーは次の瞬間、ツクヨミの五体が引き裂かれ、血の海ができあがると思った。
しかし、更なる血を流していたのは、ゾハルの方であった。
ゾハルの爪は、ツクヨミに届く寸前のところで止まっていた。
「ぐ、グギィ! ギヤァァァ!」
ゾハルは、耳をつんざく金切声をあげながら、身をよじっている。
何かに拘束されたようであり、動くごとに傷が増えていく。
「あーあ。かかっちゃった……」
変声期途中らしい少し細い声が、暗闇の中からした。
「誰だ! まさか新手か!?」
「なに? カラテカ?」
声はゴルドーの叫びに、バカにしたように、そしてわざと聞き間違ったように答える。
「この声!?」
ツクヨミは大きく反応する。
「僕には。そんな野蛮なことをする力はないよ。空手みたいな事ができるのは。そこにいる我が麗しの姉様だけさ……」
コツコツ、とよく響く靴音と共に、闇の中からギラリと不気味に輝く刃のようなものを背に、声と靴音の主がだんだんと明らかになっていく。
四対八本の鉤爪は、まさに蜘蛛を思わせる。血にまみれた顕現を喰らっていたために、その頭髪は赤紫になっている。
その眼は、
「やっ。こんばんは」
突如として現れた、新たなる闖入者は、片手をヒラヒラとさせ、小さく笑いながら一言挨拶をした。
「ビャクヤ!」
ツクヨミは思わず叫んでいた。つい数時間前に喧嘩別れしたばかりだというのに、ビャクヤはツクヨミの危機に駆けつけるがごとく出現した。
誰もが彼の出現に、驚かずになどいられなかった。
Chapter8 顕現を刈る者、そして喰らう者
新たに出現した少年は、謎に満ち溢れ、それ以上にえもいわれぬ不気味さを醸している。
四対八本の鉤爪を背に顕現させ、ワイシャツの裾を出して、大きくはだけさせた胸元から覗く肌は病的なまでに白い。
古風なループタイを首から下げ、詰め襟の学生服をただ羽織っている。
瞳にはやはり生気がなく、顔も透き通るような白さである。
痩身痩躯で、いかにも病弱な少年、といった感じを受ける。しかしそれはあくまで、見た目の印象にすぎない。
長年、『偽誕者』をやっているゴルドーには、少年がやわな見た目に反して、恐ろしい力を持っているのがすぐに分かった。
――あの爪……ハッタリじゃねぇ。いや、爪は二の次だ。あの小僧、それ以上の何かを持ってやがる……――
ゴルドーの感じた『それ以上の何か』の正体は、やがて明らかとなる。
「グガガガ……ギィッ……!」
人が出すとは思えない叫びを上げながら、ゾハルは自身を縛る糸から抜け出そうともがく。しかし、暴れれば暴れるほどに糸は食い込み、ゾハルから体力と顕現を奪っていく。
「無茶しない方がいいんじゃない? 僕の巣網の糸は。ワイヤーよりも固いよ? あんまり動くと。腕が取れちゃうかもしれないよ?」
ゴルドーは、キラッ、と光る細い糸が、ビャクヤの指先から伸びているのに気付いた。
――あいつから糸が? そいつがゾハルを縛り付けてんのか。糸、巣網、八本の爪……まるでクモみたいだな――
「グウウゥ……ガアアァァァ!」
ゾハルは、身を切り裂く糸に苦しむように叫び続ける。体はもう、綺麗なところがないほどに血にまみれている。
「ゾハル! もう止めなさい、ビャクヤ! これ以上はゾハルが……!」
ツクヨミは、ゾハルに負けないほどの大声で、ビャクヤに訴えかける。
ビャクヤはそっぽを向いて目を閉じ、両手の人さし指を耳の中に挿していた。
「あーもう。うるさいなぁ。セミが引っ掛かった時のクモの気持ちが。今なら分かる気がするよ……」
ビャクヤの注意力が散漫になっている時だった。
「ギィッ、ギャァッ!」
「おっとと……?」
ゾハルは渾身の力で身を捻り、ビャクヤの糸を断ち切った。
ゾハルは、その場にボタボタと血を滴らせ、膝をついた。そしてすぐそばにいるツクヨミには目もくれず、代わりにビャクヤを一睨みし、騒ぎながらその場から一目散に逃げていった。
「ゾハル! 待って!」
「あーらら。逃げられちゃった。あはは……まるで本物のセミだね。運良くクモの巣から抜け出して。あんな大騒ぎしながら逃げてくなんてね。あははは……!」
ビャクヤは無邪気に笑った。
――あいつは、自我をほとんど失っていた。なのに、暴れずに逃げることを優先した。本能でヤバい相手だと悟ったってのか……――
ゴルドーは、まだ笑っているビャクヤを見ながら思った。
――あの小僧、確かに不気味だが、そこまでの力は……いや、さっきのを見た後じゃ侮れないな……――
「あははは……ふぅ……笑い疲れたよ。さて。休憩がてら状況を説明してもらおうかな。姉さん?」
ビャクヤは笑うのを止め、ため息をつくとツクヨミに目を向ける。
しかしツクヨミは、ゾハルが逃げ去った事で緊張の糸が切れ、放心したように崩れて尻餅をついた。
「おーい。姉さーん?」
ビャクヤは、つかつかとツクヨミへと歩み寄り、肩を持って少し揺すった。
それでもツクヨミは、まるで反応を見せない。全身の筋肉が弛緩し、一切動く力を失っているようだった。
「おーい。大丈夫かーい?」
なおもビャクヤは揺する。するとひたひた、というような音として捉えるのが難しい、非常に小さな音がした。
それは、液体がそっと地面を流れていく音であった。液体はツクヨミを中心に放射状に広がっていく。
「えっ? ね。姉さん?」
ツクヨミは、自らの放出するものに快楽を感じつつも、下半身を包む生ぬるさにはっ、と我に帰った。
「……いっ、いやッ! 見ないで!」
ツクヨミは、生ぬるく濡れたワンピースの裾を掴みながら、ビャクヤから紅潮した顔をそらした。
「ふーん。なるほど。よぉく分かったよ……」
ビャクヤは立ち上がる。
「ぷっ……!」
ビャクヤは吹き出したかと思うと、そのまま夜空を仰いで大笑いした。
「アッハハハハハハ……!」
何がそんなに可笑しいのか、ビャクヤの笑い声はとてつもなく大きい。
妙齢の女が、ビャクヤの目の前で失禁したことに対するものにしても、その笑いは異常であった。
「ビャク、ヤ……?」
さすがのツクヨミも、恥よりも畏怖めいた感情に支配され始めた。
やがてビャクヤは、一つ大きく息をし、仰々しく両手を広げ、誰にともなく話し始めた。
「……何から何まで。夢で見た通りだ。一人で『夜』へと向かった姉さんが危険な目に遭う。さっきのセミもまるで同じだ。真っ白な頭してさ。変な格好してるんだもん。ああ。変な格好といえば。さっきからそこにいるおじさんもそうだね……」
ビャクヤは横目でゴルドーを見る。
「裸にコートなんて。まるで露出狂じゃないか。この『夜』に来るまでによくもまあ。警察に捕まらなかったものだねぇ。まったく……つくづく警察ってのは無能だよねぇ」
ビャクヤは、ともすれば、ゴルドーに対して挑発しているようだった。
しかし、このような挑発に乗るようなゴルドーではなかった。
突然現れて、あの狂気の塊たるゾハルに、本能的に訴えかけるほどの恐怖を与えた少年である。おぞましい力の源を暴き出そうと、静かに様子を見続けていた。
先に目をそらしたのは、ビャクヤであった。そしてまた、独り言のように喋り始める。
「……僕はやっぱりだめだ。姉さんの姿がなきゃ。悪夢を見る。そう。これは果てしない。途方もないもの。運命の神様なんかじゃなく。僕に宿る顕現の獣が見せる。まさしく『終わらない悪夢』さ……」
だけど。とビャクヤは続ける。
「そんな『終わらない悪夢』を喰らってくれるのも。そいつなんだ。悪夢を見せたかと思うと。その悪夢を喰ってもくれる。ははは。ワケわかんないよね? ん? もしかして。こう言うことかな? 姉さんを守ることが。僕の存在意義。姉さんの死は。僕にとっての死でもある。僕に死なれちゃ。僕に宿るやつも困る。ああ。だから僕はこんなとこに来てるんだろうね」
ビャクヤは、自分自身の謎を自己完結させた。その表情には、満足げな綻びがあった。
――……この小僧、まるで分からねぇ。場所が場所だ、常識が通用しない手合いは腐るほどいる。だが、コイツは丸っきり常識で推し量れねぇ……力も妙なら、人としても妙ってことか?――
ゴルドーも、ビャクヤに初めて会ったツクヨミと同様に、彼の奇怪さに翻弄されていた。
「ねえ。おじさーん? さっきから何で僕をじっと見てるの? まさか。露出狂だけじゃなくそっちの趣味もあるとか? うっわー。最悪。変な格好してると。趣味まで変になるのかい?」
ゴルドーが考えていたような事を、ビャクヤも口にした。
自分が考えた事とは言え、ビャクヤのような者に人間性を怪しまれ、さすがのゴルドーも黙っていられなくなった。
「黙って聞いてりゃ、なめた口利きやがって。お嬢、いや、てめぇの姉貴守ってやってたってのに……最近のガキは礼の一つも言えねえのか?」
ビャクヤは目を丸くする。
「守ってた? これで?」
ビャクヤはツクヨミを一瞥した。
「お漏らしするくらいに怯えてるのに。キミは姉さんを守ってたって。それでも言えるのかい? さすがに僕が見た夢でも。姉さんはここまで無様な姿にはなってなかったよ? 本当はさっきのセミと同じように。姉さんをいじめてたんじゃないのかい?」
ゴルドーはだんだんと、ビャクヤと問答していても無駄だと思い始めた。
「……これ以上は埒が明かねぇ。小僧、てめぇの姉貴探しに来たんだったら、とっとと連れて帰りな。ちょいとばかり殴ってやりてえ所だが、俺にはそんな暇はない。あばよ」
大の大人が、子供相手に本気で怒るのもどうかと思い、ゴルドーは、これ以上ビャクヤに関わらないことにした。
「あーらら。待ちなよ。僕から逃げられるとでも思っているのかい? 僕は何者であれ。姉さんに危害を加える者は許さない。現にキミは姉さんを恐怖のどん底まで陥れた。それだけで万死に値するよ」
ゴルドーは、黙りを決め込んでいる。しかし次の瞬間、ゴルドーの前に一筋の光が走った。
「これは……!?」
ゴルドーは足を止める。そして良く見ると、光輝くものは、放射状に広がるピアノ線のようなものだった。
「逃げ場はもうないよ。キミは既に僕の巣網にかかってるんだ。そう。キミは『まな板の上の鯉』ってやつさ。大人しく鯉こくになってよ……って鯉こくってどんな料理か知らないけどね」
ピアノ線のような強度を誇るビャクヤの糸は、既に辺り一体に光っていた。ゾハルがかかったのは、それらの内のどれかだった。
いよいよゴルドーも、戦わざるをえない状況となってしまう。
「仕方ねぇな……」
ゴルドーは、大鎌を顕現させた。
「ちぃとばかし、痛い目見なきゃわかんねぇようだな。あまり大人を舐めねぇ方がいいってこと、味わってもらうぜ? それから、俺はまだオッサンって歳じゃねぇぞ」
「あはは。聞こえてたんだ。まあいいや。少しは楽しませてよね。おじさん!」
ビャクヤは、背中の八本の鉤爪を威嚇するように広げた。
「ぬかしやがれ、行くぜ!」
ゴルドーは、先制攻撃を仕掛ける。
「モータルスライド!」
ゴルドーは大鎌の柄先を逆手に持ち、突き出してビャクヤを鎌の刃に引っかけ、瞬時に懐へと柄を引く。
「そんなの……!」
ビャクヤは鉤爪を半分折り畳み、鎌の刃を防ぐ。斬激を防ぐものの、鎌を引っかけられため、ビャクヤはゴルドーの剛腕に引き寄せられる。
「足元がお留守だぜぇ!?」
「んなっ!?」
ゴルドーは、スライディングするようにして、ビャクヤの足を払った。
下からの思いがけない攻撃に、ビャクヤは対応できず、体勢を崩してしまった。
「そらそらどうしたぁ! もうダウンかい!?」
ゴルドーは立ちあがり、更なるダメージを与えようと、ビャクヤへと追撃を加えようとする。
「あーらよ……!」
ビャクヤは体をバネのように縮め、宙に向かって両足を一気に伸ばし
、その反動によって飛び起きた。
ビャクヤは見事な受け身よって、ゴルドーの追撃を止めさせた。
「ほう、お前さん、その動き……ただ能力に頼りきりってワケじゃあなさそうだな?」
「あははは。毎日毎日。そこでちびってる姉様に。投げられ続けたからね。運動神経はそうとう鍛えられたと思うよ」
「なるほどな。こりゃあ、退屈せずにすみそうだ。だが、我が
「そうかいそうかい。それじゃ。今度はこっちから行かせてもらうよ!」
ビャクヤは仕掛けた。
「どう料理しよう?」
鞭のようにしなりつつも、刃として十分な切れ味を誇る変幻自在な鉤爪が、ゴルドーに襲いかかる。
「ほう……!」
ゴルドーは、腕に顕現を纏わせ、上下から襲い来るビャクヤの鉤爪を防ぐ。
「この辺に……」
ビャクヤは鉤爪を引き、手を開いて網を張った。
「っ!? これは……!」
ゴルドーは、顕現の働く腕を盾にしてビャクヤの罠を防ぐが、異変を感じた。
「……仕込んでおこうかな?」
ビャクヤはもう片方の手も広げ、巣網の罠をゴルドーにぶつける。
ゴルドーの感じた異変は、次第に表に現れてきた。
「くっ……クソ……!」
ビャクヤの攻撃、特にも蜘蛛の巣のような罠を受け止める度に、ゴルドーの顕現が奪われていく。腕に纏った顕現が徐々に薄れていく。
「ほらほら! いつまで耐えられるかな!?」
「ぐっ!」
ゴルドーの守りは消えてしまい、腕を少し切られて血を噴いた。
「こっちだ!」
ゴルドーは堪りかね、一先ずビャクヤから距離を離した。
「おっとと……」
ガードを崩されて怯むゴルドーを掴もうとしていたビャクヤだが、ゴルドーのとっさの回避行動によって、その手は虚空を切った。
ゴルドーは、顕現を消され、血の溢れる腕を押さえながらビャクヤを見据える。
「お前さんのその力……確信したぜ。そのツメ、いや、糸の方だな。顕現を吸い取る力がある。そうだろう?」
「へえ……だいたいのやつらは僕の巣網にかかると。冷静さを無くすんだけど。キミは違うみたいだね。その通りさ。この糸は食事のためのものさ。顕現を奪って僕の糧とする。キミも大人しく僕の一部になりなよ」
「なるほどな。けど顕現を喰えるのはお前さんだけじゃないぜ?」
ゴルドーは、一気に間合いを詰めた。圧倒していたと思っていたビャクヤは、不意を突かれ、ゴルドーの接近を許してしまう。
「覚悟しな……!」
ゴルドーはビャクヤを鷲掴みし、引き寄せると、ずっとコートのポケットに入れていた右手を出した。
「なっ!?」
ゴルドーの右手は、顕現によって変化したものだった。爪がまるで毛髪のように垂れるほどに長く、いかにも妖しい、紫色をしていた。
「俺の一部となれ!」
その爪は、見た目に反して非常に鋭く、ビャクヤの胸ぐらに深く突き刺さった。
「アシミレイション(いただきだ)!」
突き刺されるビャクヤであったが、血は一切出ていない。その代わりにビャクヤからは、別のものが噴き、ゴルドーはそれを掴み取っていた。
それはまるで、人魂のように浮遊し、燃え盛っていた。ゴルドーはそれを、爪を通して自らの中に取り込んだ。
「ぐはっ! くっ……!」
出血こそしていないものの、ビャクヤの胸には、まともにパンチを食らったような衝撃があった。
一時的な呼吸困難にくずおれるビャクヤだったが、これ以上追撃を食らわぬよう、ゴルドーに向かって鉤爪を伸ばした。
「分かりやすいぜ!」
ゴルドーは鉤爪をひらりとかわす。
「ごほっ……ごほっ……今のは。一体……?」
「さっきも言っただろ? 顕現を喰えるのはてめぇだけじゃないってな」
「……顕現を? ……っは!?」
ビャクヤは、己が身を通して何が起こったのか、そしてゴルドーの言葉の意味を理解する。
ビャクヤは、自身に宿る顕現が弱まっているのを感じた。先ほどの攻撃により、ゴルドーに奪われたのだと分かるのに時間はかからなかった。
「……なかなかやってくれるじゃないか……」
胸に受けた衝撃の余韻も消え始め、ビャクヤは鉤爪を支えにしながら、ゆらりと立ち上がった。
「ほう……華奢な見た目と違って意外とタフだねぇ。驚きだぜ」
ゴルドーは、まだまだ余裕といった笑みを浮かべていた。
「ふふふ……これは。まずまず楽しめそうだねぇ」
ビャクヤは、ゴルドーの余裕の笑みに対して、不敵な笑みを返す。
――なんだ、ハッタリか?――
不意にビャクヤは、片手を宙にかざし始めた。次の瞬間ゴルドーは、ビャクヤの行動がハッタリなどではないと知らしめられた。
「ふふふふ……」
ビャクヤの体が、青く不気味に輝き始めた。
「な、なんだ!?」
「言ったろ? キミは既に僕の巣網にかかってる。って」
「巣網だと……!?」
ゴルドーは辺りを見回した。
まるで気付かなかった。ビャクヤの張った巣網は、てっきり自身を逃げられなくするためのものだとばかり、ゴルドーは思っていた。
「気付いたようだね? でも。もう遅いよ……」
ビャクヤは己が行動によって、事前に張っておいた罠の意味を示す。
「高まるね。いろいろ……」
罠には、とても数えきれないほどの小さな虚無がかかっていた。ビャクヤは、それらの顕現を一気に吸い取っていたのだ。
「はあああ……!」
顕現を吸い取るにつれ、ビャクヤが纏う輝きは、激しく増していった。
――黙ってみてる場合か!? 早く終わらせねえと!――
ゴルドーは圧倒され、動けずにいたが、ビャクヤの策をこれ以上進ませまいと攻勢に出ようとする。
「終わるわけないよねっ!?」
ビャクヤは、纏っていた顕現を一点に集中させ、ひときわ激しい光を放った。
「ぐうっ!?」
あまりに激しい輝きをまともに受け、ゴルドーの視界は一瞬闇に包まれた。そして耳元に囁きかけるような声がした。
「そろそろ食べ頃かな?」
ビャクヤは両手に糸を纏わせ、目にも止まらぬ速さでゴルドーに突進し、そしてすれ違った。
「仕留める……!」
次の瞬間、ゴルドーは全身を拘束されていた。まるで鉄線を何重にもよった縄で縛られているかのようであり、一切の動きができないばかりか、呼吸すらもできない。
「ごっ……かっ、かあっ……!」
僅かでも息をしようとするが、その僅かすらも空気が入ってこない。
「いいねぇその表情。さて。どう味付けしようかな」
ビャクヤはゴルドーの背後に回り、鉤爪をゴルドーのうなじに突き付けた。
「最近塩辛い味ばっかだったからね。たまには甘い味付けにしようかな? いや。酸っぱいのも捨てがたい。どうしよう?」
ビャクヤはまるで、ステーキにどのような味のソースをかけようか、といった具合に味付けを考えていた。
「そうだ。甘酸っぱくしよう。いいとこ取りってやつだね。そうと決まれば早速……」
ビャクヤはゴルドーの顕現を捕食すべく、その手を伸ばす。
「ごおっ! かっ……かっ!」
ゴルドーはどうにかコートのポケットから手を出し、顕現の爪を用いて自身を縛る糸を切った。
「おや?」
ゴルドーを縛っていた糸は、一端が切れると全てが等しく裂けていった。
ゴルドーは、体にまとわり付く残った糸を振り払い、地面に膝付きながら拘束から逃れた。
「ゲホッゴホッ……!」
ゴルドーはようやく入ってきた空気にむせる。
「あらら……大したもんだねぇ。まさか僕の最強の糸に巻かれても抜けるなんてねぇ……」
ゴルドーの力ぶりに、ビャクヤは感嘆する。
「けど。強度が最強なら。その効果も最強だよ。どうだい? 今のキミにどれくらいの顕現が残っているかな?」
ゴルドーは、酸欠状態なのもあったが、それ以上に力が入らない感じがした。
――顕現がごっそり喰われちまったのか……!?――
ゴルドーは、自身の右手を見て驚愕した。
敵の顕現を奪うための爪が消えてしてしまっていたのだ。ゴルドーは再び、能力の行使を試みるが、いっこうに復活しそうになかった。
――こいつぁ、いよいよあぶねぇか……!?――
ゴルドーは立ち上がらず、真っ直ぐビャクヤを見据えていた。
ビャクヤの力量を見誤ってしまった。ゴルドー自身も、『強欲』と呼ばれるだけの顕現喰らう能力を宿していたために、自分を超えるほどの顕現を奪える者はいない、と過信してしまっていた。
「はははは。いいねぇ。完全に絶望したって感じの顔だ。このまま食べてあげたい所だけど。あれは強いだけに連発ができないんだ。キミは運がいい。もうしばらくこの世にいられるんだからさ」
この言葉に、ゴルドーは活路を見いだした。
「連発はできない、ねぇ。そいつはいいことを聞いたぜ……!」
ゴルドーは、羽織っていたコートを脱ぎ、ビャクヤに向けて無造作に投げ付けた。
「うわっ!?」
コートはビャクヤの顔に当たった。一瞬視界が完全なる闇となる。
「わりぃな、俺にはやらなきゃならん事があるんでな。流れはもう俺にはねぇ。命あっての物種だ、退散させてもらうぜ!」
ゴルドーには、大鎌を出すための顕現も残っていなかったため、衣服を投げることでビャクヤの目眩ましをした。
先ほどビャクヤが、大量の虚無の顕現を吸い取った時同時に、辺りに張り巡らされた罠も消えていた。ゴルドーにとってはまたとない逃亡の好機であった。
「ングっ!」
ビャクヤは、顔に巻き付いたコートを振り払った。
回復した視界に写るのは、半裸となったゴルドーの背中が、既に小さくなっているものだった。
「ありゃー。ざんねん……」
ゴルドーは巨躯を持ちながらも、逃げ足は速かった。追いかけようにも、だいぶ距離を引き離された後であったため、ビャクヤは追撃を諦めた。
しかしそれ以上に、ビャクヤにはやるべき事があった。
「まぁいいか。今は。あんなのはほっとこう。それより……」
ビャクヤは後ろを振り返る。そこには、自ら作り出した小水の泉に浸かるツクヨミがいるはずだった。
「あれ?」
小水の泉は確かにあったが、そこにツクヨミの姿はなかった。その代わりに、縮こまった下着が放られていた。
「やれやれ……」
ビャクヤはつかつかと水溜りへ歩み寄り、捨てられた下着を手ではなく、鉤爪で引っかけて拾う。
「あーあ。こんなに汚しちゃって……洗濯するの誰だと思ってるのさ……。まっ。姉さんのものを捨てるなんて選択肢。始めからないけどね」
それでも尿にまみれたものなど触る気にならず、ビャクヤは鉤爪に引っかけたままにしておく。
そして茂みへと歩み、木陰に潜む存在に声をかけた。
「ほら帰るよ。姉さん。隠れててもバレバレだよ。出てきなって」
今の『器』の割れたツクヨミには、十分な顕現は宿っていなかったが、顕現の捕食者であるビャクヤには、その僅かな顕現すらも感じ取れた。
もっとも、顕現で位置を探る以前に、匂いで分かったのだが、さすがにそれは黙っておくことにした。
「…………」
ツクヨミはおずおずと、ワンピースの裾を強く掴み、木陰から顔を覗かせる。
「おや?」
ビャクヤはふと気が付いた。ツクヨミの後の方には、まだ張っておいた罠が残っていた。
「なるほどね……」
ビャクヤは一人、理解する。
ツクヨミは、逃走を試みたのであろうが、逃げた先に罠があり、その上他の逃げ道を探そうともビャクヤらが戦っていたせいで逃げられなかったのだ。
「図らずも僕の巣網が貴女を逃がさなかったってわけだ。探す手間がかからなくてよかったよ」
ビャクヤは喜んだ。
「……私としては、あなたという蜘蛛から逃げられない獲物の気分なんだけれど。……どういうつもりかしら?」
「え? 何がだい?」
「一度、あれほど拒絶していたというのに、わざわざ私を探し、そしてまた姉と呼んでいる。あなたという人間を、分かりきったつもりではないけれど、それでもあなたの行動には疑問が尽きないわ……」
ビャクヤは、質問の意図を理解したのか、傍目からでは分からないが、ケラケラと笑った。
「はははは。なぁんだ。そういうことか。答えは簡単だよ。貴女が僕の姉さんだから。……ていう理由じゃ。姉さん納得しないよね? 仕方がないから詳しく話してあげるよ」
ツクヨミは、自分に限らず、ビャクヤ以外の人間であれば皆悉く理解できないであろう、という言葉が出そうになるが、ビャクヤが話してくれるようなので喉元で押し留めた。
「夢を見たんだよ。さっきもちょっと話したけどね」
「夢……?」
「そう。夢だ。それもとんでもなく現実的で。僕にとっては。それはそれは恐ろしい夢をね……」
ツクヨミと喧嘩別れした後、ビャクヤは疲れきってって眠ってしまった。
その時ビャクヤは、耐え難い悪夢を見た。
髪が真っ白な女と、身長が高く、筋肉質な男によって、ツクヨミが殺される。そのような夢であった。
状況こそ違ったが、現実と照らし合わせると、それはゾハル、そしてゴルドーとあまりにも似ていた。
「そんな夢を見てね。久々に跳ね起きちゃったよ。ただの悪い夢だって。何度も思ったけど。どうやったって振り払えなかった。後はさっき話した通りだ。急いで来てみれば。僕が見た夢の通りだった」
ビャクヤは、自身に悪夢を見せたのは、間違いなく自身に宿る顕現の獣だと確信していた。
何故ビャクヤに異能力を与える存在がそんなことをするのか、そこまでは分かりかねていたが、こう考える事にした。
二度と姉を失わないために、そのような夢を見せるのだと。
「ははは。我ながら都合のいい解釈だよね? けど。あいつらは見たまんまの姿格好だった。もう。こうでも考えるしかないと思わないかい?」
「…………」
ツクヨミには、ビャクヤの虚言であるとしか思えなかった。
しかし、夢を見たらしい事は事実のように思えた。
ビャクヤの人間性はまだまだ謎に包まれているが、あれほど拒絶された後で、しかも命の危機に瀕した瞬間にビャクヤは現れた。偶然にしてはできすぎた話である。
予知夢のようなものを見たのだろうと、ツクヨミは考えたのだった。
「あなたの言いたいことは大体分かった。それで、あなたはどうしたいというのかしら?」
「そんなの。決まっているじゃないか。僕が貴女を。姉さんを守るんだ。姉さんの問いに対する答えとしてはこうだ。姉さんを守る。そのために姉さんと一緒にいたい。それが僕の願いだよ」
死んだ魚のような目をしながらも、ビャクヤは真っ直ぐにツクヨミを見つめ、そして真っ直ぐな気持ちを伝えた。
ツクヨミは、思わずドキリとしてしまった。
――私、何をこんなに……。この子にそんな感情は……――
単なる利用価値のある護身用の武器だとしか考えていなかった。しかし、そんな武器同然のビャクヤが、人並みの心を以て一丁前な言葉をかけてきた。
ツクヨミは、好意のようなものを感じ始めるが、胸に手を当てて落ち着き、自らに言い聞かせる。
――そう、彼は私の剣であり盾である存在。余計な事は口にしない。そんな存在にほだされる事などあり得ない。ただそれだけに、思いもよらない言葉に驚かされた。それだけのこと……――
くしゅっ、とツクヨミはくしゃみをした。
暑い夜が続く時期ではあるが、濡れたワンピースの裾が夜風を受け、ひんやりとしていた。その上、下着を着けておらず、下半身から冷えを感じた。
「ああ……」
ビャクヤは、その手に持ち続けていたゴルドーのコートを広げた。
「ほら。着ときなって」
ツクヨミの後ろに回り、コートを肩に羽織らせる。
「ビャクヤ……」
「なんだい? やっぱり露出狂のコートは嫌かい? けど。残念だけど今はそれで我慢してよ。家に着くまでの辛抱だ。ほらほらさっさと帰るよ!」
ビャクヤは、ツクヨミが汚した下着を引っかけている以外の鉤爪を消し、きびすを返した。
「ああ。そうだ。一つ言い忘れてた。昼間は怒鳴ったりして悪かったよ。僕が大人げなかった。この通り。謝るよ姉さん……。さぁ帰ろうか。その服とこのパンツ。洗濯しなきゃならないからね」
ビャクヤはそのまま振り返ることもせず、先導するように歩き出した。
ツクヨミは、そのまま立ち去ろうと思えば立ち去れた。しかしどうしてか、そのような事をするのに気が咎めた。ビャクヤを裏切るような真似をする気に、どうしてもならなかった。
「姉さーん?」
ビャクヤは気遣っているのか、ツクヨミの事をしっかりと見ないように、首だけを曲げていた。
「早くおいでよ。そんな格好でこんなところにいたら。姉さんまで露出狂扱いされちゃうよ?」
この言葉には、さすがに寛容な受け止め方はできなかった。
「……誰が露出狂かしら? ビャクヤ、あなたの方こそ、女性用の下着をそんな風にぶら下げて、下着泥棒の帰りだと思われるのではなくて?」
ツクヨミは思い付く限りの反撃を試みる。
「はいはい。言ってなよ。これは姉さんのものなんだ。姉さんのものを。弟の僕が管理するのは当然のことだし。変態扱いされるいわれはないよ。そして姉さん自身を管理するのも。いや。言い方が悪いかな。お世話するのも僕の役目さ」
堪らず言い返してくるかと思いきや、ビャクヤにきれいに受け流されてしまった。余計に言葉につまったのはツクヨミの方であった。
「現にさ。こうやって下のお世話まできちんとやっているだろう?」
「誰が下のお世話……っくしゅん!」
「あらあら。早く帰らないと本当に風邪引くよ? 病気の看病に下のお世話。まったく。これじゃあ介護だね。まだそんなのは早いんじゃない? 姉さん」
「っ! …………」
ツクヨミは反論したくなるが、これ以上騒ぐのは愚かだと、言葉を喉の奥で止めた。
「ほら。とっとと帰るよ」
ビャクヤはやはり、振り返ることなく歩き出した。
ツクヨミも仕方なく、その後を付いていくのだった。
Chapter9 真なる月となる空の『
最強の傭兵、『強欲』の名を持つ『偽誕者』、ゴルドーと接触し、ツクヨミのかつての親友、探抗う深杭、 『二重身』のゾハルとの邂逅から一夜明けた。
ツクヨミは、病床に伏していた。
昨晩未明より、発熱と咳があった。ビャクヤの忠告も虚しく、風邪を引いたようだった。
変わり果てたかつての親友の姿を目にし、そして命を狙われる、といったショッキングな出来事が続き、精神的にも疲弊していたことも原因と思われた。
「ゴホッ! ゴホッ……!」
ツクヨミは、激しく咳き込む。だんだんと咳は、湿気を帯びたものになってきた。胸に響いて息苦しさすら感じる。
「はあ……はあ……」
ツクヨミは、口元を覆った手をそのまま額に置いた。
自分でも恐ろしいまでの熱気を感じた。体温は推定、四十度に迫る勢いだと思われる。これほどまでにひどい風邪をひいたのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
ふと、部屋のドアがノックされた。
ノックの後、ツクヨミの返事を待たずに、ドアは開けられた。
「調子はどうだい。姉さん?」
「ビャクヤ……」
買い物の袋をさげ、ビャクヤが部屋へと入ってきた。
「どれどれ……」
ビャクヤは、買い物袋をテーブルの上に置き、ツクヨミの首に手を触れた。
「あらら。すごい熱……ん?」
ビャクヤは一瞬、眉根を寄せた。その様子はまるで、触診で何らかの兆候を悟った医師のようだった。
「なに……」
ツクヨミは、焼けるような喉の痛みを感じつつも、何とか発した。
「ああいや。何でもないよ。それよりほら。薬局で体温計買ってきたからさ。熱を測ろうか」
ビャクヤはすぐに、いつものような微笑を浮かべた表情に戻り、買い物袋をまさぐり始めた。
取り出したのは、彼の言う通り体温計であった。しかし、それはあまり馴染みのない形式のものだった。
ケースとおぼしきものの両端から紐が伸びている。
ビャクヤはそれを掴み、ケースとその中身の体温計をブンブンと振り回し始めた。
「なに……それ?」
ツクヨミは思わず訊ねてしまう。
「ええ? 見たらわかるだろう?」
ビャクヤは、紐を両端にピッ、と引いた。遠心力によって体温計だけがくるくる回る。回転が止むとビャクヤはケースから中身を取り出した。
「ほら。体温計だよ」
ビャクヤが差し出してきたのは、棒状でガラス張りのものだった。細かく目盛りが刻まれており、その中心には銀色の指標があった。
今や、医療現場でも姿を消したはずの、水銀式体温計であった。
「なんでこんな昔の……」
ビャクヤの選択にも思うところがあったが、それよりもむしろ、よくこんなものがまだ市販されていたものだと、ツクヨミは思った。
「知らないのかな? 姉さん。この体温計の方が正確なんだよ。電子体温計なんて邪道だよ。姉さん」
そこまで言い切るに、電子体温計に恨みでもあるのか、とツクヨミは思う。昨今の技術力で、電子体温計はかなりの精度まで高められている。しかも測定にかかる時間も比例するように減っている。
しかし、体温計ごときにぐだぐだ言う気力も体力もないため、ツクヨミは黙っていた。
「さて。測ろうか。脇の下……でもいいんだけど。本当は首の方が正確にはかれるんだけど。どうしようか?」
「……脇の下でいいわよ」
「そう? あれ。口の中の方がよかったような……?」
「早く貸してちょうだい……」
問答しているのが面倒になり、ツクヨミはビャクヤから体温計を取って、すぐに脇に挟んだ。
「ああそうだ。検温には五分かけなきゃダメだよ? ちゃんとした温度がでないからね」
「…………」
「ちょっと姉さん。聞いてる?」
「ゴホッ……聞いているわ。喉が痛いのよ。あまり喋らせないでちょうだい……ゴホッ!」
「おっと。それはごめん。ああほら。『ひんやりんね』も買ってきたから貼りなよ」
ビャクヤは、『ひんやりんね』なる冷却シートを取り出した。
「……どうもありがとう」
頭も痛かったため、これはありがたかった。ツクヨミは、保護フィルムを剥がし、額に貼る。
「ほら。もう一枚。これは脇の下に貼るといいよ。今体温計はどっちに……右だね。それじゃ左脇に……」
ビャクヤは、ツクヨミのシャツの裾に手を伸ばした。
「ちょっと、何してるのよ!?」
ツクヨミは驚いて、大声をあげる。そしてむせかえった。
「ああもう。そんな声出すから。ほら。『ドレーエンカイザー』だよ。飲みなよ」
ビャクヤは、袋からペットボトル入りの経口補水液を差し出す。『ドレーエンカイザー』、一口飲むだけで電解質を全身に回すのが信条、というふれこみで有名な一品である。
ツクヨミは受け取り、口にした。僅かに塩の味がするが、後味はほのかに甘い風味が鼻腔を包んだ。
「ごほ……それくらい自分で貼れるわ。余計なことしないでちょうだい」
「そうかい? おや。そうこうしているうちに。五分たったね。どれ。熱見せてよ」
ツクヨミは、体温計をビャクヤに渡した。
「どれどれ……」
体温計の示す温度を見て、ビャクヤはぎょっとした。
「三十九度五分……!? 大変だ! 急いで熱を下げなきゃ! 確かあれも買っといたはず……!」
ツクヨミの読みは大体当たっていた。それほどの高熱があるのなら、辛いのも当然というものである。むしろ、正確な体温を知ったことで、だるさが増したような気がした。
しかし、滅多なことでは動じなくなったビャクヤが、ここまで慌てている様子を見たのは久しぶりだった。
何を考えているのか、普段は分かりにくいものの、この時ばかりは献身的に尽くしてくれている、とツクヨミは思った。
ーーこの子、本当に私のことを心配して……?ーー
熱でぼんやりしつつも、ツクヨミの心がビャクヤの優しさに揺れかけた。しかし、次の瞬間、その心の揺れは別のものとなる。
「あったあった。これ!」
ビャクヤは、薬箱を取り出し、箱を開けて中身を取り出した。
錠剤にしてはずいぶん大きく、小指の先くらいの大きさがある。そして真っ白な楕円形である。
「……っ!? ちょっとそれって……!」
「何って座薬だよ。解熱用のね。さあ。入れるから。下脱いで!」
「ま、待って、何で座薬なのよ!?」
「僕が小さい時からお世話になっている薬屋さんの薦めだからだよ。解熱剤は口からより。直腸からの方が吸収が早いってね。ほら逃げないで姉さん! これ以上熱が上がったら大変だよ!」
ビャクヤは、布団を払い除け、ツクヨミのシャツを捲り、下着に手をかけた。
「きゃあっ!?」
ツクヨミは、熱以外の原因で顔を真っ赤にし、ビャクヤの手首を両手で押さえ付けて抵抗を試みる。
「姉さん! 何してるのさ!? その手を離して。事態は一刻を争うんだよ!?」
「わ、分かった! 分かったから、ちょっと待って! せめて自分で……ゴホッ……ゴホッ……うっ!?」
ツクヨミは胸元に手を当てると、どさっ、とツクヨミはベッドの上に倒れてしまった。
「ちょっと姉さん? こんなときに。何をバカな真似を……姉さん? おーい姉さん! えっ! 本当に気絶してる!?」
高熱に加え、ビャクヤとの小競り合いで興奮したため、ツクヨミは失神してしまった。
「姉さん! 姉さーん!」
何度呼びかけても、ツクヨミは起きることはなかった。
※※※
街から離れた埠頭の倉庫に、二人の少女、一人の男が一同に会していた。
「よぉ、来てくれたか、ストリクス。それからゾハル」
グレーのスーツに身を包み、肩には純白のストールをかけ、頭には同系色のテンガロンハット被る、隻眼の男が二人を召集していた。
「ちょっとちょっと、オーガぁ? なんでうちの事はついでみたいに言うのー?」
ゾハル、と呼ばれた真っ白なボブヘアーに、赤縁眼鏡、真っ赤な瞳の少女は、遊び人風の男をオーガと呼び、彼の腕にすがった。
「いや、そんなつもりは無かったんだが……すまんすまん。この通り、謝るよ」
オーガは、ゾハルの真っ白な頭を撫でる。
するとゾハルは、まるで幼子のように機嫌が良くなった。
「うんうん。許したげる。うちの事、放っておいたらダメだよ?」
「分かった分かった……」
オーガは、ジャケットの内ポケットから、くしゃくしゃになった煙草の箱を取り出し、残り少ない数本の内の一本を取った。
オーガがそれを咥えると、ゾハルはどこに持っていたのか、ライターを取り出し、火をつけてオーガに差し出した。
オーガは、その火を受けて煙草に火をつけ、ひと口吸うと、ふーっ、と二人にかからぬよう、注意しながら煙を吹き出した。
「……さて、今日来てもらったのは他でもない。いよいよ明日夜に迫った、『忘却の螺旋』との決着の作戦会議のためだ」
オーガは言うと、ふた口目を吸う。
その様子を見て、ストリクスは、呑気なものだと呆れを超して感心してしまった。
「どういうつもりかしら? 大きな戦いが迫っているというのに、召集をかけたのは、私とゾハルだけ。相手はあの『忘却の螺旋』最強の『眩き闇』なのよ。人員を総動員させるべきではないの?」
「まあまあ、落ち着け、ストリクス。お前の言い分は分かるが、数で当たったところで、奴には勝てねぇ。むしろ無用な被害が出るだけだ。『万鬼会』、『忘却の螺旋』っていう組織レベルの話ではあるが、双方の
「そうだよ、ストリクス。余計な小細工抜きで正々堂々勝負する。男らしいオーガにピッタリだよ!」
ゾハルは便乗する。それに対して、オーガは首を横に振る。
「いや、残念ながら、その逆だ。ゾハル。策に策を重ねて奴との決着に臨む」
ゾハルは、驚いてその真っ赤な瞳を丸くした。
「どうして!? いや、オーガがそう言うならそうするけど、オーガ一人でも『眩き闇』なんかイチコロじゃない?」
「ハハハ……そう言ってくれるのは嬉しいがな、ゾハル。ちょっと俺を買いかぶり過ぎだ。情けねぇ話だが、多分、いや間違いねぇな、俺は『眩き闇』に遥かに及ばない」
オーガは自嘲すると、煙草の灰を落とし、咥える。
「……まっ、だからこその今日のこのミーティングだ。力で勝てねぇなら、知恵比べだ。今回の戦いで重要になるのはストリクス。お前の能力『生命の
ストリクスは指名されたが、大して驚きはしなかった。
もとより、ストリクスの能力は変わったもので、直接戦闘に関わる能力ではなかった。
対象者の生命を顕現へと変換させるという、殊、支援には非常に適している能力であった。
「……二対一で戦うようなものじゃない。それって正々堂々と言えるのかしら?」
「まあ、そこは俺も思うところだが、戦うのは俺一人だ。ストリクスは攻撃したりしねぇからギリギリセーフってトコだろ」
つくづく適当な男だ、とストリクスはため息をつく。
「ちょっとちょっと!」
ゾハルは口を尖らせる。
「それじゃあ、うちの役目がないじゃん! うちはどうしろっての!?」
「いいや、ゾハル。お前は戦闘要員だ。まっ、まず間違いなく俺と『眩き闇』とのサシになるだろうが、もしもあちらさんが団体戦を所望してきたとき、戦えるやつがいないと話にならないだろう?」
その可能性は十分にあった。
能力者集団『忘却の螺旋』は、なにも『眩き闇』一強の組織ではない。幹部の者の中には、『眩き闇』に引けを取らない強さを持つと言われる『強欲』のゴルドーがいる。
そして、今は前線に立つことはほとんどなくなったものの、かつて暴君と呼ばれ、恐れられていた『忘却の螺旋』のブレーン、ケイアス。
更に、ごく最近に、『眩き闇』の目に止まり、そのままスカウトを受ける形で『忘却の螺旋』の幹部格となった男、『罪切りの獣』エンキドゥ。
彼らの存在も加味すれば、戦力差は圧倒的に『忘却の螺旋』側が勝っている。幹部同士で戦い合わせ、『眩き闇』がオーガを倒すことで、『万鬼会』を再起不能になるまで徹底的に潰しにかかる事は想像するに難くなかった。
「メンツ的にはあちらさんの完全有利だが、戦いは勝ち抜き戦だ。俺とゾハルで『強欲』たちを相手にして、残った『眩き闇』を俺とストリクスで叩くってわけだ。ゾハルの役目は影の立役者ってところだな」
「ふーん……」
ゾハルは、膨れっ面のままである。
「まあまあ、そう怒るなって、ゾハル。よく考えてみろ。野球だとピッチャーが目立つが、実際はショートの方が守備の要だろ? バスケだって、ポイントゲッターが活躍するには、リバウンダーの活躍が必要だ。ゾハル、お前は結構重要なポジションにいるんだぜ?」
「剣道や柔道の試合も同じ。大将戦に持ち越すためにも、三連敗すればその瞬間に終わり。もしも前の二人が負けたとしても、その流れを断ち切るために、中堅が勝つ必要がある。だから中堅は五人組の中で最も強い者が務めるべき。そうだったわね、オーガ? だからゾハルは……」
言ってストリクスは、違和感を覚えた。
何故かこの感じ、以前にもあったような、そんな既視感がしたのである。
自分から出た言葉であるにも関わらず、ストリクスは、この例えがオーガから以前に出たもののような気がしてならなかった。
「……へー。なるほど。オーガとストリクスは、この時から以心伝心だったってワケか!」
ゾハルは、突然に豹変した。
同時に、オーガの体が土塊のように砕けて落ちた。
ゾハルに掴まれていたオーガの腕だけは残ったが、ゾハルはそれをいとも容易く砕き散らしてしまった。
ストリクスは、状況の理解が追い付かず、茫然と立ち尽くすしかなかった。
「……やっぱりお前は、ぶっ殺す。『器』を割るだけで放っとこうかと思ったけど、もうぶっ殺してやる……!」
ゾハルは、能力によって杭を顕現させ、その先端をストリクスに向けた。
「っ!?」
ゾハルは、ストリクスの心臓を貫こうと、杭を突き出した。
『始めよう……いや。終わらせよう……!』
ストリクスに死の危機が迫った瞬間、どこからともなく声が響き、辺り一帯が鋭い光沢を放つ糸に包まれた。
「ゾハルっ!?」
「うぐっ!? があ……アアアア……!」
謎の糸はゾハルを巻き込み、身動きを封じるのみならず、その姿が見えなくなるほど絡み、縛り上げていく。
やがて、ゾハルは繭のようになった。内部でまだ抗っているのか、繭は振動している。
『諦めるんだね。キミはもう逃げられない。大人しくこの腹に収まりなよ』
ゾハルを繭にした者が、足音を立ててストリクスの方へ近寄ってきた。
「誰っ!? ゾハルを放して!」
姿を見て、ストリクスは再び言葉を失った。
現れたのは、まさしく異形の存在であり、人の形をしているが、その顔は一切窺えず、全身が黒く、そして紅く染まっていた。
背中から四対八本の鉤爪を生やしており、その刃は完全に血に染まった深紅であった。
そんな異形の存在を前にして、ストリクスは何故か、その者の事を知っているような気がした。
「び……びゃく……」
それ以上は言えなかった。
『
異形の者に、先にストリクスの名を、ファミリーネームと共に言われたためだった。
『へえ。なかなか洒落た名前じゃないか。
異形の者は、上体を反らした。次の瞬間、その者の頭、上体、そして鉤爪が巨大化し、それらが一体となった。
残っていた足は、牙になった。黒と紅が混じり合う、おぞましい姿の蜘蛛となった。
『打ち喰らおう。終らない悪夢を……!』
八本の鈎脚が、ゾハルを巻いた糸もろとも引き裂き、牙を突き立てる。
「ゾハルー!」
ストリクスは、親友が目の前で喰われ、殺される所を最後に、意識が遠退くのだった。
※※※
「ゾハル!」
ツクヨミは、叫びと共に上体を起こした。
「うわー。ビックリした。姉さん大丈夫?」
すぐそばに、目を丸くしたビャクヤがいた。
「ビャク、ヤ……? ここは……」
埠頭の倉庫内ではない。最早見慣れた、ビャクヤの家であり、ツクヨミの部屋であった。
「夢……」
ツクヨミは目覚めて全てを理解した。あれは全て、熱にうなされたために見た悪夢であったのだと。
「姉さん。すごいうなされようだったよ? 一体なんの夢見てたのか知らないけど。『ぞ、はる、ぞはる』って」
「私、そんなことを……?」
うわ言を喋ってしまっていたらしい。ツクヨミは、ビャクヤに内緒にしていた人物がバレたかと内心慌てる。
「ひょっとして。春が来そうで来ない夢でも見てたのかな? 『来たぞ、春!』なんつって!」
ビャクヤのあまりにも無理矢理なこじつけに、ツクヨミは唖然としてしまう。
「……はっ?」
「アハハハ……! はぁ……」
ビャクヤは少し笑ったが、すぐにくたびれたようにため息をついた。
「……なんて。無理に笑っても面白くないものは面白くないよね? 分かってる。分かってるとも。そんなことより……」
ビャクヤは、ツクヨミの額に手を当て、もう片方の手は自分の額に当てる。
「うーん。まだ少し熱があるかなぁ? まったく。あれから大変だったんだよ? 一時熱が四十度超えちゃったから、お医者さんを呼んだんだ。それで解熱の注射を射ってもらったよ。熱はその内に引くってさ。感染症の疑いもあるっていうから。熱が下がらなければ。検査に来てほしいって言われたけど。この分なら寝てれば大丈夫かな?」
喋りながらビャクヤは欠伸を噛み殺した。よく見ると、目の下にくまができている。
「ビャクヤ、あなた、もしかして……?」
「ああ別に。ちょっと寝てないだけさ。姉さん丸一日は眠ってたからね。寝ずに看病するのは当たり前だよ……とはいえ。さすがに眠いや。ふあぁ……」
ビャクヤは、今度は抑えようともせずに、大きく欠伸した。
ーー
ふとツクヨミに、夢の中で自らを呼ぶ声が甦る。
あの異形の者の声音は、こうしてビャクヤと話している内に、ビャクヤのもののような気がしてきた。
夢であるからには、理屈が通っているか、など断定することはできないが、どうにもビャクヤにあの名を呼ばれたような気がしてならなかった。
「ビャクヤ、一つ訊かせてもらえるかしら?」
「なんだい姉さん? 僕に分かる範囲の事なら答えるよ」
ビャクヤの許しを得て、ツクヨミは、意を決して訊ねた。
「私の名前は?」
「へっ?」
今度はビャクヤが固まった。しかし、ツクヨミの言っていることは、
まだ病気であるがゆえの戯言だと考え、冷静に返した。
「まだひどい夢の影響があるのかい? 姉さんは姉さん。僕の愛する姉。
やはりただの悪い夢だったのか。そう思いたい所であったが、ツクヨミは、どうにも思い過ごしだと考えられなかった。
ふと、ツクヨミは、首の辺りがヒリヒリする感じがした。
「ああ。ダメだよ掻きむしっちゃ。汗疹ができてるんだ。ほら。塗り薬ならあるから」
ビャクヤはそう言って、軟膏薬の瓶を差し出した。
「あら、塗ってあげる、とか言わないのね?」
ツクヨミが気絶する前は、しきりに何かをしようとしていたビャクヤであったが、今回は瓶を手渡すだけで、後は自分で塗れと言わんばかりだった。
「峠は越えたからね。後は自分でもできるだろ? 献身的な看病はもう終わりだ。この抗菌薬飲んで寝なよ」
ビャクヤはポケットからカプセル製剤を取り出した。
「…………?」
何故か、ビャクヤの様子がまるっきり変わってしまったような気がした。無理に座薬を入れようとしてきたあの時と比べると、かなり冷めたような雰囲気であった。
「……さてと。それじゃ僕も寝るとしようかな」
ビャクヤは、腰かけていた椅子から立ち上がり、部屋を出ていった。
自分の部屋に戻って寝るのか、とツクヨミが思っていると、ビャクヤは寝具一式を持って戻ってきた。
「よっこらせ。と……」
ビャクヤは床に布団を敷く。
「どうしてここで……自分の部屋で寝たらいいでしょう?」
「峠は越えたとはいえ。一応は病人だ。僕の目の届く所にいてほしい。それに。僕にでも移せば。もっと治りが早くなるんじゃないかな?」
「そんな無茶苦茶な……」
「はいはい。もうおしゃべりは終わり。お休み姉さん……」
ビャクヤは布団に横たわり、ツクヨミに背を向けて後ろ手に手を振った。やがて寝息を立て始めた。
ーーよっぽど疲れていたのかしら? こんなにすぐに寝つくなんてーー
ツクヨミは、ビャクヤの寝顔を覗いてみた。
すっかりと曇ってしまっている瞳は閉じられ、いつも浮かべている何を考えているのか分からない薄ら笑いがないせいか、まともな表情のビャクヤを見るのは初めてな気がした。
生気の無い眼をしているため、ビャクヤの顔は常にくたびれた様子であったが、寝顔はその限りではなかった。
普段の彼からは想像できないほどに安らかである。こうしてよく見ると、目鼻立ちととのった、中性的美少年だと再認識させられる。
ーー普段から、こんな顔をしていれば、少しは可愛げがあると言うものなのに……ーー
思ってツクヨミは、はっとなった。
ーー私は何を考えているのかしら? ただの武器に愛着が湧くなんて。けれど、どうして? どうしてこの子を見ていると、胸が……ーー
ビャクヤとの協力関係は、彼が全面的にツクヨミに付き従い、降りかかる火の粉は全て払う、といった契約の下に成り立っている。
そして加えるならば、ビャクヤはツクヨミの剣であり盾である。壊れるようなことがあれば、破棄して新たな武器を手に入れればいい。それほどまでに、絆など生まれる事の無い関係である。
ツクヨミは、その様にしか考えていないはずだった。
ーーこの子は、私にとって、ただゾハルを捜す為の障害を振り払うための道具に過ぎない。それ以上の感情なんて……ーー
考えるほどにツクヨミは、胸が苦しくなる。
ただの道具であり、奴隷同然の相手に命を救われ、程度はどうであれ、こうして病に倒れた時も、彼は自身を顧みずに看病してくれた。
ツクヨミとて血の通った人間である以上、感謝の気持ちは浮かんでいた。
ーー感謝? いえ、違うわね。これは……そう、借りを受けただけよ。この気持ちはそんな意思の現れ。借りを返せば、恐らくは……ーー
「んー……んう。姉さん……」
ビャクヤの顔をじっと覗き込んでいたため、ビャクヤがツクヨミの視線を感じて目を覚ましたか、とツクヨミは驚いてしまった。
「んうう……姉さん。大好きだよ……」
ビャクヤは寝返りを打つ。どうやら、単なる寝言のようだった。
寝言であったが、余計にツクヨミの気持ちは昂ってしまう。
ーーこれ以上を超えてはいけないわ。でも、どうしたら……ーー
ツクヨミはふと、思い付いた。
これ以上の関係を超えないこと、それは自らの在り方を利用することであった。しかし、それはまた、僅かに残る『ストリクス』の存在を抹消することにもなりえる。
ーーこれは、この子との姉弟ごっこを更に濃密にするためのこと。そうすることで、生まれるメリットはたくさんある。決して私だけのためではない……ーー
ツクヨミは、自らに強く語りかける。
ーー全てはあの子、ゾハルを捜し出して詫びるため。そのためならば、『ストリクス』の私は消えてもいい。ビャクヤの親戚、『田村小夜子』でもない。ビャクヤの姉『月夜見』になる必要がある。そのために……ーー
ツクヨミは、テーブルの上にある、ビャクヤと在りし日の『月夜見』が写る写真を見る。
ーーこれしかないわね……ーー
ツクヨミは、何かを悟るのだった。
※※※
ツクヨミがひどい風邪を引いてから、数日が経った。
予後は極めて良好であり、熱はあの日で下がり、咳や喉の痛みもすぐによくなった。
まだ、『夜』には赴いていなかったが、この分ならそろそろビャクヤと同行しても問題は無さそうだった。
ビャクヤと『夜』に行かなかった理由は、療養のためばかりではなかった。
ビャクヤが虚無や『偽誕者』を狩り、そして顕現を食すために『夜』に行っている間に、ツクヨミは密かに進めている事があった。
ツクヨミの部屋のクローゼットにしまわれていたもの、ビャクヤの真の姉、『月夜見』が最期の瞬間まで身に纏っていたセーラー服の制服。それの修繕をしていたのだった。
交通事故に遭い、はねられて地面に投げ出されたと聞いていたが、制服の損傷はそれほど大きくはなかった。
彼女の死因は、頭部裂傷による脳挫傷、ならび大量出血によるものとのことだった。不幸中の幸い、というのは非常におかしな事だが、胴体の損傷が少なかったため、制服は原型をとどめることができていた。
アスファルトに強く擦り付けられたために、制服には破れた場所がいくつかあったが、目立たないほどに縫い合わせる事はできた。
「できた……!」
そして今宵、制服の修繕は完了した。『月夜見』の死後、すぐに制服は洗浄されており、血痕などの汚れはなかった。
新品同然、とまでは言えないまでも、これを来て歩くぶんには問題ないほどの仕上がりとなった。
「あと用意するものといったら……」
ツクヨミはフォトスタンドに目をやる。
さすがにこればかりは遺されてはいなかった。事故によって頭を怪我したためか、『月夜見』の頭にある、百合の髪飾りは処分されていた。
「百合の造花、それも精巧にできたもの。あるかしら?」
ふと、ツクヨミは思い出した。
もう何週間も帰っていない自宅マンションに、造花を買って、そのままにしてあるものがあった。
手芸が好きなツクヨミは、造花を使った飾りを作ろうと買っていたのだった。しかし、様々な出来事が重なったために、趣味の手芸に興じる時間がなかった。
こうして手先の器用さを利用できたのは、この制服の修繕が久しぶりの事だった。
「明日の朝、ビャクヤが寝静まった頃に出掛けるとしましょう」
ツクヨミは予定を決めると、制服をクローゼットにしまい、裁縫道具一式を片付けた。
この行動は、できればビャクヤには秘密にしておきたかった。少々子供っぽいが、いつも彼の言動に驚かされることばかりなので、今回はこちらが驚かしてやりたい、という気持ちがあったからだった。
翌日早朝、ビャクヤは『夜』から帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ビャクヤ。疲れているでしょう? 今日は早く寝たらどう?」
「んー? 何だかずいぶん寝かしつけたがるねぇ? 僕が寝てる間に。何かよからぬことでも企んでいるのかい?」
どうせ適当な事を言っているだけであろうが、企み事態はあるので、ツクヨミは内心ドキリとする。
「まあいいや。今日の……いや。昨日の夜って言った方がいいかな? なかなか手応えのある奴と会ってね。戦ったんだけど。そいつ。ちっとも顕現を持ってなくてね。骨折り損だったよ……」
ビャクヤほどの強者を、顕現による能力ほとんどなしに善戦したという者がいるとは、とツクヨミは意外に思う。
「しかしまあ。あれかい? 最近の『偽誕者』は能力に目覚めると。露出狂にも目覚めちゃうのかい? この前の奴もそうだったけど。昨日会った奴も上半身裸でさ。どうやって警察に捕まらずに『夜』に来るんだろうね?」
「それは災難だったわね」
ツクヨミは、当たり障りの無い返答をする。
「まったくだよ。見苦しいものを見せられてる。こっちの身にもなってほしいってものだね。……ふあーあ。眠いや。寝よう……お休み姉さん……」
ビャクヤは眠りにつくべく、階段を上って自室へと引っ込んでいった。
ーー顕現をほとんど持たない、腕っぷしだけで戦う『偽誕者』……ーー
ツクヨミは、そのような人物に心当たりがあった。しかし、いくらビャクヤが強大な能力を持っていたとしても、あの者が遅れを取るなど考えにくかった。
ーー思い過ごしよね。顕現が少ないけど、喧嘩は強い手合い、『夜』にはいくらでもいるはず。それよりも……ーー
ツクヨミは、ビャクヤが眠った頃合いを見計らって出かけた。
いつもはビャクヤと夜に来る川沿いの広場を通り、都心部にある高層マンションに久方ぶりに帰ってきた。
七階建ての五階の三号室、そこが『ストリクス』の部屋であった。
何週間と帰っていなかったために、ドアのポストにはポスティング用のチラシが大量に入れられていた。
中には公共料金の受領書などもあったが、ツクヨミはまとめてゴミ箱に放り込む。
「……あった!」
ツクヨミはクローゼットの中に、段ボールに詰め込まれた造花を見つけた。
段ボールにはマリーゴールド、カーネーション、チューリップにカモミール、桜や椿、更には彼岸花など、和風なものも込めて、様々な花の造り物が入っている。探していた百合の造花も、その中にあった。
ーーこれで完璧ねーー
目的のものを見つけ出し、ツクヨミは一人、小さな笑みを浮かべると、百合の造花を一輪持って部屋を後にした。
そしてその日の晩。
「ビャクヤ、起きなさい」
いつもは夕方に目を覚ますビャクヤであったが、その日は日が落ちるまで眠っていた。
「起きなさい、我が弟、ビャクヤ」
「……うーん。なんだい姉さん。その邪気眼みたいなセリフ……いい歳してそんなのに……」
罹って、とビャクヤの言葉は中断された。そして目が、頭がどんどん冴えていく。
「姉さん……? 月夜見。姉さん……!?」
ビャクヤの眼前にいたのは、在りし日の姉であった。
古風だが品を感じさせるセーラー服に、膝下丈のスカートを穿き、頭には百合の髪飾りをしている。
「やっと起きたのね。ほら、早く支度なさい。出かけるわよ」
「姉さん。どうしてその格好を? 前にお願いしたときは。嫌だって言ってたのに」
「少しでも借りを返せればと思っただけ。寝ずに看病してくれたしね。それに、よく考えたのよ。制服姿でいた方が、より姉弟らしく見えるってね。あなたのためだけ、ってわけではないわ。勘違いはしないようにね」
ビャクヤは、目に涙をためていた。
「……ああ。これで本当に帰ってきてくれた。月夜見。姉さん……」
この姿になることは、思った以上に効果的だった。ツクヨミは、頑張って制服の修繕をしてよかったと達成感を持っていた。
そして思った通り、ビャクヤのツクヨミを見る目が、より姉に対する敬愛を持ったものとなった。
ーーこれで、よかったのよね。これで……ーー
しかし同時に、ツクヨミは複雑な気持ちにもなった。
ツクヨミはこれで、『ストリクス』としての個が限りなく無となり、『月夜見』としての存在感が強くなった。ビャクヤの姉という地位も強まることになった。
ビャクヤの姉という立場を確固とするために、この変身を行った。ビャクヤへの想い、それが一線を超えないため、姉という立場を強めたのだ。
これでよかったと思う反面、ビャクヤはもう、ツクヨミを『月夜見』という姉の姿としか見てくれないという思いが、ツクヨミを形容しがたい心地にした。
ーー何を迷っているのかしらね、私は……こんな男に、そんな感情を持つなんて有り得ない。この子は私の剣であり盾。ただのモノよーー
ツクヨミはそれ以上考えることはせず、更に前へと踏み出す。
「さあ、ビャクヤ。感傷に浸るのはその辺にしてちょうだい。私たちに立ち止まっている時間など無いのだから」
「……そうだね。僕は姉さんを守る。今度こそ守りきると決めたんだ。姉さんがそんなに僕を想ってくれているように。僕も姉さんを本当に愛してる。心からね」
愛するなどと言われ、ツクヨミは思わず顔をそらしてしまった。
「戯言を……さっさと出かけるわよ」
「ああ。何処へでも付いていくし。どんなことだってしよう。この命。この顕現の能力。全ては姉さんのためのものなんだからさ」
それから、噂の多い『虚ろの夜』に、新たな噂が立ち始めた。
学生と思われる二人組の男女が、『虚ろの夜』へと現れては、出会った者を完膚なきまでに叩きのめす、という噂が。
姉弟と思われる二人組であるが、姉の方は一切戦いに関与せず、弟の方がその得物の鉤爪を振るい、敵を切り刻み、その顕現を喰らう。
その様子は、奴隷と君主のそれであったが、奴隷である弟は主の命令に喜んで戦い、君主である姉の方は、どこか、彼に対して慈愛を持っているようだという。
奇妙な噂に事欠かない『虚ろの夜』であったが、この噂は広く強く、『偽誕者』たちの間に広まるのだった。
おまけコンボレシピ、戦術
5B>2C>5C>3C>jc>JB>J2C>JC>A罠>2C>A料理一段>A罠>A派生>DB>A料理全段>C食べ頃
なかなか判定強めの5B始動。
2C>5C>3Cで浮かせてエリアルにいく。ヴォーパル込みで3900位のダメージ。罠を二回当てるため、グリッドの回収もよい。前回の5A始動とやることは似ているが、こちらはJC後に罠が繋がるため少しやりやすい。また、外す危険があるが、A料理一段をすっ飛ばしてA罠を当てることも可能。ダメージが少し上がるがゲージ回収は落ちる。しかし、差は微々たるものなので、好みで使い分けても問題はない。
空中ヒット5B >3C>jc>JB>J2C>JC>A罠2C>(A料理一段)>A罠>A派生>DB>A料理全段>C食べ頃
意外と5Bは上に判定が強いため、対空としても機能する。空中ヒットを確認するのは少しばかり難しいが、CS後に使うと分かりやすい。相手の甘えたアサルトを叩き落とすのに有効。3Cだと発生が少し遅いので、アサルトと相討ちになりやすい。
IJ2C>2C>5C>3C>jc>JB>J2C>JC>A罠>A料理一段>A派生>A料理全段>C食べ頃
通称アハハハ始動。この始動のすごいところは、補正がほとんどかからないので2C>5C>3Cと繋がる上に、JCの後に罠が繋がること。ダメージはおおよそ3700となかなかいいダメージを叩き出す。なお、A罠の後に着地してから2Cも繋がるので、ダメージを伸ばしてゲージも欲しいときは入れるといい。
DB>B料理二段>A罠>2C>5C>3C>jc>ldJB >J2C>h2JC>2C>A料理一段>A罠>A派生>DB>A料理全段>C食べ頃
※ld=little delay ちょっとディレイ
※h2=hold 2(2押しっぱなし)
上級者の間では基礎コンボと呼ばれるコンボ。全46ヒットでダメージ4026。難易度が高すぎるので、個人的にあまり実戦ではオススメできないコンボ。しかし、こうした上級コンボを完走できるようになれば、コンボの精度が身につくので、決して無駄な練習にはならない。
このコンボのコツとしては、B料理で罠を張って下りた後、できるだけ相手に近づくこと。そうしないと3Cが当たらない。それから近づきすぎも×。裏回ってコンボにならない。2C>5C>3Cを連続して入れるのではなく、一個一個いい位置で当たっているのを確認しながら入れる。恐らくここが一番難しい所だが、JBを出すときジャンプしてすぐに出すと2Cの時に抜けられてしまう。ちょっとディレイのかけ方だが、ビャクヤがジャンプしきった所でようやくJBを出す。すると以降繋がりやすくなる。
以上、非常に難しいコンボだが、これができるとアドリブが効くようになるので、ぜひ挑戦してほしい。
戦術①食べ頃拾い
ビャクヤの強みである、ガード不能投げのA,B食べ頃だが、実はこれは罠に引っ掛かった敵を拾い直す効果もある。ぐるぐる巻きになった相手を更に巻いて罠初ヒットみたいにしばらく拘束することができる。以降はコンボも可能。
狙い目としては、壁際でC食べ頃締めをしたときに、214C>D派生>2369Bで相手の頭上、足元、少し前に罠を張った状態の時。2BキャンセルB食べ頃で拾える。
この連携の強みとしては、たとえ2Bでシールドを取られても続くB食べ頃で割ることができるということである。もちろん、当たっていれば大ダメージをもう一度与え、更に起き攻めにいける。A,B食べ頃は、発生がとてつもなく遅く、外したら確反と扱いが難しいが、相手が防御に徹するであろう壁際で三つ罠張られている状況にて真価を発揮する。
ジャンプで拒否しようにも、頭上にも罠があるため、相手からするとかなり辛い状況である。
しかし、相手に2Bを当てるタイミングが早いと、カス当たりになるので注意。コツとしては、相手が相手がしっかり立った(起き上がってくらい判定が復活した)のを見極めること。なかなか難しいときは、少し近づいて2B>A食べ頃でも拾えるが、A食べ頃は2Bをシールドされた時投げられないため反撃をもらいやすい。
ちなみに、どちらの食べ頃もそうだが、出てから少しの間ビャクヤが消えるため無敵時間がある。
戦術②守りの方法
ビャクヤは攻めについてはかなり強いキャラと言えるが、切り返しの手段に乏しいため、固めの強いキャラに転がされると、そのまま何もできずK.O.などということが起こりやすい。
ビャクヤに限らずだが、ガードがしっかりできるプレイヤーこそが上手いプレイヤーと言える。
ではシールドをどんどん張るべきなのか、というとそれは固いガードとは言えない。シールドは投げに全くの無力だからである。空中ガードが基本的に無理なこのゲームにおいて、ファジージャンプは危険すぎる行動。暴れようにもビャクヤ攻撃は最速でも6フレームのため、5フレームの技や、投げに潰される。無敵技があるにはあるが、暗転するタイプなので暗転返しを食らいやすい。
となればできることは一つ。暴れたい、シールドしたい気持ちを抑え、ひたすら我慢をする事である。
下手にガードシールドをしてもグリッドが減る上にゲージも削られてしまうが、普通のガードだとグリッドが減ることはない。相手が打撃で固めてきていると分かってからシールドを張っても遅くはないし、リターンが高い。
追い詰められた時にこそ冷静に相手を見れば、刺し返しのタイミングが見えてくる。
とにかく、甘えたシールドは張らないようにすること。相手は格上でまず間違いなく割りに来ると思った方がいい。
それから、金投げは必ず抜けられるようにしよう。この場合の金投げとは、ガード硬直中に無げを仕掛けられたものである。全キャラの投げはもちろん、ワレンのBドルヒボーレン、ゴルドーのモータルスライド派生アシミ、ミカのBキャノンなどもこれに当たる。普通の投げ抜けは難しくとも、金投げは投げ抜けの猶予が長いため、見てから投げ抜けができる。これが抜けられるか否かで、次に解説するCS権に大きく影響が出る。
戦術③CSを使う
何を今さらと思うかもしれないが、このゲームにおいて最強の行動はチェインシフト、CSである。これは全国で上位にいる上級プレイヤーの言っていることなので間違いはない。
また、これもその上級プレイヤーが言っていることだが、グリッドを腐らせるのは非常にもったいない事だという。CSを使うことをケチって負けるというのは一番よくない負け方らしい。
確かにCSは、発生、暗転が1フレームなうえに無敵なため、やって損はないと言える。それどころか、グリッドがゲージに変換されるので、むしろ得があるくらいである。
ではどんな時に使うのがよいのか。いざというとき、なかなか分からないものなので、個人的に思う使い所を挙げる。
一つ目は、ダウン復帰直後、リバサで使うことである。暗転の瞬間に相手がやっていることが見えるので、切り返しがしやすくなる。しかし、ガード方向にキーが入力されていると、シールドが出るので、ニュートラルが怖い人は2を押しながらDを連打する事をオススメする。
もう一つは、あえて技をガードさせてから使うこと。もしも暗転の瞬間、相手のガードシールドが漏れていた場合、ダッシュ投げで割ることができる。グリッドブレイクすると、しばらくDを使った行動ができなくなるため、かなり辛いのはこのゲームをやっている人ならば分かるだろう。ブレイク中にもう一度CS権がやってくることもある。ビャクヤはキャラ特性としてグリッド吸収能力があるため、システム的には優遇されたキャラといえよう。また、ビャクヤのFFはガードでほぼ全てのキャラから反撃をもらうので、FFを使うときには是非ともヴォーパル状態でいたい。
もう一つだけ挙げるとすれば、もうどうやってもグリッドを盛り返せない時である。どうせ相手にCS権が行ってしまうのだから、せめてゲージを回収しようという目的で使う。これが一番グリッドを腐らせない方法であろう。その瞬間に、相手が何らかの行動をしておりそれに対して刺し返しが効くのであれば儲けものである。
偉そうなことを言いながら、作者もまだまだCSの使い方が上手いとは言えないので、とりあえずCS権を腐らせない事を意識しよう。
どうも。作者の綾田です。
前回の投稿から約半年近くも経過していて、我ながら筆が進まないなぁともどかしく思う次第です。
さて、ビャクヤを主人公にした物語も折り返し地点に差し掛かりました。今回はビャクヤというより、ツクヨミことストリクスが主人公っぽい物語になったと思います。
ちなみにですが、ストリクスのファミリーネームは私の妄想ですが、ゾハルの能力、探抗う深杭(ピアッシングハート)は公式です。ビャクヤのストーリーにも、ツクヨミのクロニクルにもその名は出ていませんが、対ワーグナー戦で勝利したとき、ツクヨミがたまに言います。あんまり対戦でワーグナーに当たることがなかった時に、ツクヨミがこんなことを言い出したので、急いでゾハルについての話を修正をしました。(もっと早く言ってよ姉さん……)
これまで愛用していたPSVITAの上キーが壊れたのと、対戦人口が少なくなってきたので、メインの対戦環境をPS4に移行しました。まだ150戦ほどしかしていませんが、VITAでやっていた時と比べ、遥かに色んなプレイヤーと対戦できて、歯応えを感じています。意外とビャクヤ使いの方が多く、このキャラを敵に回すとこんなに厄介だったのか、と思い知らされています。PSNのIDはayada-syuとそのままなので、この作品を読んでくださっている方と対戦できているかもしれませんね。プレイヤーアイコンもビャクヤなので、見たことある、という方がいらっしゃったら、間違いなく私のことです。マッチングしたら、容赦なくボコボコにしてください。キャラ対したいなーと思っていますので。
さて、全然小説の執筆が進んでいないくせに、最近BBCTAG始めました。とはいっても、まだシステムも微妙なので、あまり対戦はしてないです。リアルに仕事が忙しくて、PS4自体にもあまり触れてないです……。
アークシステムワークス様の格ゲーは、UNI以外ですと、アルカナハートとギルティギアしかやったことがなかったりします。P4Uはゲーセンでちょっと、BBに至っては名前しか知らないという状態でした。
前から気になってはいましたが今回、アルカナハートが参戦した事と、コンボ動画を観て面白そうだと思って始めました。メインにハザマとオリエを使っています。はい、中の人つながりですとも( ̄^ ̄)
劣等生の兄と優等生の妹という組み合わせがあまりにも有名ですが、私としては、妹大好き高校生と、事あるごとに相談を持ちかけるヤンデレ中学生を意識してます。キャラ的にもハザマはやられ役っぽいですし、オリエは正義正義言って刺し貫いておきながら、戦いに疑問を持つ、ちょっとアレな(オリエ好きな方、申し訳ありません!)キャラなので、彼らだと思うんですよね(^_^;)
電撃FCIの時もそうでしたが、二人以上のキャラを選ぶゲームってなんか中の人ネタやりたくなるんです。やりたくなりません!? 中の人ネタ!
しかしそれ以上に、私は格ゲーのキャラ選ぶときって、キャラ性能とかじゃなく、そのキャラが面白い子かどうかで選ぶんですよね。その点、ハザマは感覚的にピンと来ました。丁寧に煽る感じながら、ダメージ受けたら「参りましたッ!」「あだだだ!」「もう少し優しくッ!」と笑わせに来ているキャラだなと思いました。(バティスタの投げ食らった時の「まわるー」も面白かったですが)
逆に主人公とか、それに類するキャラはまず選ばないです。だからUNIでは、ハイドとかリンネを選ばず、かなりキャラ的に(性能的にも)変わったビャクヤを選びました。前々回でも言いましたが、あそこまで清々しく煽るキャラは面白いですよ。UNIのキャラってだいたいみんな相手を煽りますけど、陰湿さがまるっきりないのには惚れました。(後中の人も好きなので)
次回参戦してほしいのは、アルカナハートからシャルラッハロート、P4Uから足立透、UNIからビャクヤですね。この三人に共通している事といえば、世の中に嫌気がさしていることでしょうか。ただ、シャルが出たら、鎖使いが三人目になりますね。(ハザマのウロボロス、ラビリスのチェーンナックル)まあでも、一番は本当にビャクヤです。今まで遊んだ格ゲーの中で一番入れ込んでいるキャラなので、ビャクヤは本気で来てほしいと思ってます。(後ハザマと中の人ネタができるし……)
さて、ただの作者の趣味や願望並べ立てただけの、最早あとがきとは言えないものになってしまっていますが、本編がシリアス路線だったので、いい清涼剤になったかと思います。後二回、できるだけ早く投稿したいと思いますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。
では、また次回お会いしましょう