姫補助プレイは世界を救う   作:フォーサイト頑張れ

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前回のあらすじ

野盗に囚われた女性を蘇生させ、吸血鬼に殺された冒険者も蘇生させたミドナは、「赤いポーション」という女の冒険者から出た言葉に疑念を抱いて奥に続く森へと走り出した。


Chapter 5

 

エ・ランテル辺境の森の中に十二人の男女がいた。

 

 在る者は樹木に体を預け、在る者は呆然と面前を眺め、在る者は丁寧に地に伏せられ、また在る者は地に伏せてられた人物に手を翳し魔法を詠唱している。

 各々の表情は疎らではあるが、その背中からは隠しきれない悲壮感を漂わせていた。

 

「ダメです隊長。第八席次と第九席次は既に死亡しております……」

 

 信仰系魔法詠唱者である女の手には仲間の血がべっとりと付着していた。普段は美しいであろう彼女の長く伸びた金髪の毛先にも、今は血で赤く斑に染まっていた。

 青褪めた顔色に緊張が走る。彼女は地に伏せられた人間の生死を報告すると、隊長と呼ばれた男が黙祷するかように瞼を閉じた。

 

「……カイレ様の様態は?」

「重症ではございますが一命は取り留めております。『傾城傾国』(ケイ・セイ・コウク)も特に外傷など見受けられません」

「……そうか、御苦労だった第四席次。死体は本国に持ち帰り復活の儀式を挙げて頂くので丁重に運べ」

 

 つい先刻に吸血鬼(ヴァンパイア)の強襲を受けた彼らは、隊員の内二名が死亡、護衛対象の人物が重症の怪我を負うという甚大な被害を被っていた。

 『破滅の竜王』(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活が懸念されて出撃したまでは良かったが、不幸な遭遇戦によってその足並みは止められていた。

 

「撤退する他ないか」

「あの吸血鬼(ヴァンパイア)は放置するんですか?」

「精神を完全に支配できていないから致し方ないだろう。また暴れられても被害が増すだけだ」

「エドガールの捕縛も効きませんでしたし……糞ッ!」

「名で呼ばないで第六席次。任務中よ」

「す、すまん第七席次……」

「カイレ様ももう少し粘ってくれれば十分に力を発揮できたのにねぇ」

「不敬だぞ第二席次。守り切れなかった我々にこそ落ち度があるのだ」

「はいはい、気を付けますよ、第十席次さん。それで吸血鬼(ヴァンパイア)の追撃はもう終わりかい、第十一席次さん?」

「……はい。あの二体の吸血鬼(ヴァンパイア)が最後だったようです。周囲に張り巡らせている探知魔法に反応はありません」

「んじゃカイレ様もあの様子だし、さっさとお国に帰りましょうか、隊長?」

「……ああ、そうだな。各員、撤退の準備に取り掛かれ」

 

 随分と早い帰還だな……と誰かが小さく呟き、仲間の死体を安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に包もうとした瞬間――どこからか見知らぬ声が聞こえてきた。

 

 

「――大丈夫ですか?! 」

 

 

 

 

 平原で倒れていた女の冒険者の口から出た『赤色のポーション』という言葉に疑念を抱いたミドナは、奥に続く森へと走り出す。

 赤のポーションはユグドラシルで使われていたポーションの色であり、この世界の一般的なポーションは青色だと聞いていた。

 

(ユグドラシルのポーションを投げたから吸血鬼(ヴァンパイア)があの人の命を取らなかったのよね? なぜ……? 偶然? いや、まず絶対にユグドラシル産とは限らないわよね? あの人は王国で新しく冒険者になった人から貰ったと言っていた。それならその冒険者は遠い異国の国から来たと仮定して、その国のポーションは赤色だとも考えられる……?)

 

 その確率は低そうだなとミドナは考え直す。

 

(それよりは私の他にもこの世界にユグドラシルのプレイヤーが転生したと考えたほうが自然? 最近冒険者になったばかりなら、転生した時期は私と被っている……私以外にもこの世界にプレイヤーが……? いや、例えそうだったとしても、王国で冒険者をしているなら人間種よね? 経緯は知らないけど現地の人にポーションを渡している事を考慮すれば良い人だと予想できる。なら吸血鬼(ヴァンパイア)と関連していないと言い……切れない? うーん……)

 

 思考の渦の中で溺れてしまったようだ。考えを整理するためにも、今現在、直面している問題についてミドナは考える。

 

(その吸血鬼(ヴァンパイア)がプレイヤーなのかってことだけど……ありえないわよね? だって中身は人間なのよね? 絶対にありえないわ。人が人に齧り付いて殺すなんて考えられない。もしプレイヤーだったら常軌を逸しているわ……)

 

 あまり考えたくはないが人肉嗜食のような思想の持ち主だったらあり得る事なのかもしれないが、そんな大昔のカニバリズムが現代社会のましてや日本に残っているとは思えなかったので、吸血鬼(ヴァンパイア)はこの世界に元から存在していたモンスターだとミドナは断定する。

 

(問題はその吸血鬼(ヴァンパイア)の数と個体の強さね。この世界の水準を考えるならレベルは差ほど高くはないと思えるけど……もし百レベル級の強さだったら? ……いや、倒せないだろうけど、易々と殺されたりはしないはず……よね? 大丈夫よね? 私戦えるよね……?)

 

 ミドナは現実(リアル)で誰かと格闘したことなど一度も無い。せいぜい幼少時代に他の子供と喧嘩したことがある程度だ。それも記憶に残っている限りでは口喧嘩だ。誰かを殴ったことなど一度も無い。この体が本当にゲームのように動いてくれるのかと疑問を抱く。

 

(自信ないわ……そもそも上限が百レベルとは限らないし……でも吸血鬼(ヴァンパイア)を止めないと他の誰かが犠牲になってしまうし……私がやるしかない……?)

 

 そう思ったら今するべき事が自然と頭に入ってきた。

 魔法詠唱者が戦闘を行う前にしなければならない事。それは自身を強化する魔法を唱えること。

 ミドナは自己補助魔法を詠唱する。

 

「〈ダーナの祝福〉〈エルピスの防壁〉〈ニーケの魔防結界〉」

 

 ユグドラシルで狩場に出掛ける際に愛用していた魔法を発動させる。能力値(ステータス)上昇、物理攻撃のダメージカット、魔法攻撃のダメージカットの効果を持つ神聖補助魔法だ。

 

「姿も消しておいた方がいいわよね……?〈完全不可知化〉(パーフェクト・アンノウアブル)

 

 ミドナの姿が魔法によって透明化される。

 

 高位の探知魔法や上位職の特殊な能力で看破されない限り、まず身の安全はこれで約束されただろう。透明化を発動させている間は他の魔法が使えないが、まずは武装などを観察して敵の強さを推測しなければならない。透明化していれば先手を取られてしまう可能性も減るだろう。

 

「六十レベルくらいだったら私でも倒せるのかしら……? まぁいいわ。無理そうなら王国で新しく冒険者になった人がプレイヤーだったら、頼んで一緒に戦ってもらいましょう」

 

 ミドナ個人の強さはユグドラシルの中で最弱を誇る魔法詠唱者だ。仲間を守る事を第一に考え組まれた職業構成であり、自ら唱える事ができる攻撃魔法は第六位階の神聖魔法がミドナの最大威力を誇る矛である。つまり自らが戦う事を一切と想定していない。

 しかし逆に強いプレイヤーが味方にいればミドナの存在感は一気に膨れ上がる。それは守る対象が多ければ多いほど、相手に人数差を付けられようと打開できる守護力を有しているのだ。

 

 以上の事柄を頭に入れてミドナは森の中を探索する。タイムリミットはヘッケランが馬車に戻るまでの僅かな時間しか猶予がない。

 そう思いながら走っていると、森の奥に人間の姿がミドナの視界に映り込んだ。

 人間の数を数えてみると十二人。その者達の武装を目にしたミドナは、やはり、と心の中で呟いた。

 

(……ユグドラシルプレイヤーよね? 日本の女子高生みたいなアバターの人もいるし、どれも伝説級(レジェンド)並の装備にも見えるわ。私以外にもこの世界にプレイヤーが来ていたなんて……)

 

 そう考えると、どことなく気分が舞い上がる。だとすればミドナが所属していたギルド『INFINITY』(インフィニティ)のメンバーもこちらの世界に来ている可能性も考えられる。

 

(最後までログインしていたプレイヤー全員がこちらに来ているなら望みはある。エドワードさんにあの時の事を謝りたい……でも礼儀知らずだった私を許してくれるだろうか……いや、まずは謝罪するところからよね。ちゃんと謝って、フォーサイトの皆を紹介して大勢でこの世界を旅してみるのも面白そう!)

 

 心の内で花火を打ち上げていると、彼らに動きがあった。

 挨拶しに行くべきだろうか。そう迷っていると、一人の人間が大きな袋のような物を取り出した。その袋の中に地面に伏している人間を包み込んでいく。

 

 その時初めてミドナは、伏している二人の人間が負傷――もしくは死亡している事に気が付いた。

 

(胸に大きな傷を負ってる……? まさか吸血鬼(ヴァンパイア)と戦ったの? 負傷しながらも勝利を収めたって考えていいのかしら……いや、他に生きている人がいるのだから、討伐したって考えてもいいはずよね。だとしたら向こうで寝ているチャイナドレスのアバターの人も負傷している……?)

 

 彼らの武装を見比べてみると、一人だけ信仰系魔法詠唱者の様相をした女性がいる。彼女では治せなかったのだろうか。

 

  知らないプレイヤーだろうが、中身は人間であり、同じ異世界に飛ばされた同志である。仮想空間が現実になってしまい、胸に大きな傷を負ったらどんな気持ちになるのだろう。いや、痛いに決まっている。想像を絶する激痛に襲われているのではないだろうか。

 

 

 ――そう思うと、居てもたってもいられなかった。

 

 

 

 

 聞き慣れない女の声が突如と付近から聞こえだし、こちらに向かって走ってくる姿が見えてくる。

 暗褐色のローブとフードで身を包み、狐の面をしたどことなく怪しげな存在に、隊長と呼ばれていた男が横の隊員に小さく呟く。

 

「……探知魔法を張り巡らせているのではなかったのか?」

「た、只今感知しました……何か特別な魔道具を持ち合わせている可能性があります」

「……まぁいい」

 

 隊長はこちらに走ってくる女を油断なく見据え、十分に引き付けた瞬間――疾風の速さで間合いに入り込み女の腹を蹴り上げた。

 

 手応えは十分だった。恐らく致命傷だろう。

 

 女は成す術も無く後方の木に激突し、地面に伏せて倒れ込んだ。

 

「あーあ、御愁傷様だね」

「さっきの吸血鬼(ヴァンパイア)の仲間か?」

「分からないです。でもどの道、私達の姿を目撃してしまった者は始末するしかないですし、仕方がないことです」

「そういうことだ。第十席次、一応、生死を確認して確実に止めを刺しておいてくれ」

「了解しました」

 

 第十席次と呼ばれた男は大きな(アックス)を構えて倒れた女に近寄っていく。

 すると女はのろのろと立ち上がり、付けていた面を地面に投げ捨てた。ライトグリーンの瞳は暗く濁っており、怯えた様子でこちらを伺っている。顔を見る限り、恐らく人間種なのだろうか。いや、相手が人間種だったことよりも、驚くべき事態はそこではなかった。

 

「……嘘でしょ。隊長の蹴りを食らって生きてるなんて……」

「あの吸血鬼(ヴァンパイア)級の化け物だってことか?!」

「加減したんですか、隊長?」

「破裂しない程度には蹴り込んだつもりだが……」

「んじゃ、殺しますよ? いいですよね?」

「ああ、致し方ない――やれ」

 

 隊長が右手を挙げて合図を送ろうとした時、女は口から零れる血液を吐き出しながら苦しそうに呟いた。

 

「――ま、まって……なんで……わ、わたしは……」

 

 蹴り込まれた腹部を両腕で抱えながら彼女は言葉を紡いだ。

 

「わ、私は…………そこの三人の怪我を……治そうとしたのよ……悪気は……ないの……」

 

 必死に訴えてくる姿が痛ましかったが、情に流されるような人間はこの場には存在しない。

 

 彼らはスレイン法国の特殊部隊、六色の内の黒を戴く漆黒聖典の隊員であり、その存在が明るみに出る事は決して許されていない。中でも隊長と呼ばれる男の存在が公になれば『真なる竜王』との決戦に発展してしまう恐れがある。こちらの存在を認識してしまった以上、何者だろうが否応なく命を奪う他ならない。

 

「お前があの化け物と……いや、関係ないな、失言だった。我々の存在を知ってしまった以上、生かしておけないんだ。お前にどんな事情があろうと関係のないことだ」

 

 隊長がそう告げると、女は目を大きく見開き瞠目する。信じられないといった表情を浮かべ、酸素を必死に取り込もうと深呼吸を繰り返す。

 

「……どういうこと? なぜ私を殺そうと……? 私はそっちの負傷者を助けようとしただけ!!」

 

 歯に衣着せない女の必死な弁解を鑑みると、本当に敵意は無かったようだと感じさせた。

 

「……何度も言うようだが、お前の都合など関係ない。お前をこのまま生かして置けないのが我々の都合だ。理解したか?」

 

「……本気で言っているの?」

 

「申し訳ないことにな」

 

 どうやら理解してくれた様子だった。有無を言わず殺してしまってもよかったが、同じ人間のようだったのでせめてもの情けを掛ける。

 

 隊長は再び右手を挙げて、隊員に合図を送った。

 

 

「――包囲しろ、確実に殺せ」

 

 

 

 

 ミドナは腹部の痛みに気を取られながらも、己を取り囲む三人の戦士に気を配る。包囲しながらこちらの様子を伺っているところを見ると、下手に手を出してこない程度には警戒されているようだった。自分を蹴り込んだ男は、現時点では手を出さないようだ。

 

 ミドナは自身の手が震えている事を自覚した。

 

 大勢の人から命を狙われているこの状況に恐怖している自分がいる。腹部に受けた一撃の痛みの恐怖も、未だ脳内に焼き付いて離れない。

 なぜ自分はこんな目に遭っているのかも理解できない。自分は負傷している彼らの仲間を助けようとしただけなのに……。

 

(一体、私が何をしたっていうのよ……)

 

 こんなに理不尽な状況に置かれているのにも関わらず、不思議と彼らに敵意を向けられない自分がここにいる。痛みに戦慄してしまい牙を抜かれてしまったわけではない。彼らには彼らの都合があると、頭のどこかから自分に語り掛けてくるのだ。

 怒りの感情も確かにある。こんな所で死ぬのは御免だ。ただその怒りをどこにぶつけていいのか分からない。彼らに向けるべき感情であるはずなのに、自分は彼らを諭したいと考えてしまう。

 

(でもこのままでは……)

 

 今現在、明白にされている事項は、このままでは殺されるということ。

 そしてもう一つだけミドナは気が付いた事がある。それは彼らの取った行動から予測できることだった。

 

(……この人達はプレイヤーではない可能性が高い。いや、仮にプレイヤーだとしたらお粗末にも程があるわ。もしくは舐め腐ってるかのどっちかね……)

 

 こちらが殺される理由は未だ分からない。だからこそ、ミドナは最後に語り掛けた。

 

「……最後に教えて欲しい。この行動にはどんな大義名分があるのかしら?」

 

「……教えておこう。我々は人類を守護するために存在している。以上だ」

 

「……そう。なら私も私の都合を通させてもらうわ」

 

 

 そうミドナは宣言し、魔法を詠唱した。

 

 

 

 

「これは一体……?」

 

 包囲した女を中心に半径二十メートルほどの真っ白な魔法陣が地面に形成される。魔法陣から沸々と浮き上がるように幾つもの光球がゆらゆらと飛び交う幻想的な光景に隊長は思わず目が奪われてしまう。

 

(嗚呼、美しい……)

 

 このような魔法陣はスレイン法国の巫女姫達の大儀式ですら形成することは叶わないだろう。周囲を見渡せば全ての隊員が女の周囲で舞い踊る鮮麗な光球に見惚れていた。処刑の現場であったはずの厳粛な空気は、静謐という静かで穏やかな空気に一瞬で塗り替えられていた。

 

 しかし今は幻想に魅了されている場合ではない。魔法の詠唱を止めなければこちらの身が危ういのは明確。この場に居る全ての人間がその魔法陣の範囲内にいることを危惧し、喝を入れるように檄を飛ばした。

 

「――魔法詠唱を止めろ! 前衛は斬り掛かれ!」

 

「〈疾風走破〉〈急所知覚〉 ――ッ!!」

 

 隊長の一喝に、真っ先に我に返り突撃したのは第二席次。部隊の戦士の中で隊長に次ぐ実力を持つ彼の剣技は本物だ。英雄級を凌駕した彼のレイピアによる突きを見切れる者はスレイン法国でも極少数だ。

 白黒のレイピアを前に突き出し、人ならざる速さで突きを繰り出し――弾かれる。

 

「――な、なんだ? 何が起きた!」

 

 誰もが女の胸部を貫いたと幻視した。女が一歩と動けなかったのは、彼の速さを視認できずにいるのだと感じさせた。

 しかしレイピアは何かに弾かれたのだ。

 まるで女の周りに見えない壁でもあるかのようだった。いや、見えなかったわけではない。弾かれる瞬間に翼のような効果(エフェクト)が一瞬だけ目に入った。その翼が彼の体ごと後方へと弾いてしまったのだ。

 

「〈能力向上〉〈能力超向上〉〈不落要塞〉――いくぞ!」

 

「〈疾風走破〉〈流水加速〉〈剛腕剛撃〉――おう!」 

 

 第六席次と第十席次が同時に攻撃を繰り出す。彼らは部隊の中でも二位、三位を誇る攻撃力の持ち主だ。闇属性の巨大な(アックス)と光属性の大剣を同時に繰り出すこの一撃は、どれほどの堅牢な盾でさえも容易く砕いてしまうだろう。

 

 そんな彼らの攻撃も、見えない翼によって再び弾かれた。

 

「――くそっ! 貫通しない!」

 

「この武器を凌駕する魔防壁ということか……」

 

「――下がれお前達! 第三席次!」

 

「お任せを――〈魔法解除〉(マジック・レリーズ)

 

 魔法を行使したのは第三席次の老人。彼の年齢はその見た目よりも更に長く生きており、魔法で延命してまで部隊を支えてくれている魔力系魔法詠唱者だ。バハルス帝国が誇るフールーダ・パラダインよりはその魔法の実力は劣るものの、英雄級以上の実力を持つ彼は部隊の中でもトップクラスの魔法詠唱者だ。

 

 そんな彼の魔法も虚しく、未だ魔法陣が地面に形成され続けていた。

 

「……レジストされましたな」

 

「――ちっ! 時間がない、俺がやる!」

 

 第一次席である隊長は二本の槍を携えて謎の魔法詠唱者に突撃する。

 彼の正体は六百年前に現れた六大神の血筋を受け継ぐ『神人』だ。六大神の子孫である神人はその血を覚醒させると驚異的な身体能力を得られ、この部隊に置いて二位と大差をつける程の実力者であり、もはや他の隊員と比べる事すら烏滸(おこ)がましいと言えた。

 

 隊長は使い慣れている槍を選択する。もう片方の槍はスレイン法国の最秘宝であり、己が死ぬ寸前まで使用することを国から禁じられている最後の手段だ。今この手札を切る事は許されていない。

 しかし隊長は自身がこの危険な状況に置かれているのにも関わらず、不思議と危機感が込み上げてこないことに違和感を感じる。それどころか魔法の詠唱が進むに連れて、心が安らいでいくような安寧感を感じてしまっているほどだ。まるで母親によしよしと頭を優しく撫でられているような奇妙な感覚に心を惑わす。

 

(――俺達は一体、何を相手にしているんだ!)

 

 右手の槍を強く握りしめる。削がれていく戦意を持ちなおそうと歯を食いしばる。魔法の発動は間近なのだろう。女を中心に集結していく光球が眩く輝き始める。閃光に視覚を奪われそうになりながらも、彼は雄たけびを上げて突撃した。

 

「――うおおおおおおおおおお」

 

 突き出した槍は案の定、見えない翼によって弾かれる。しかし女の様子に変化があった。一歩、二歩とよろめくように後退し、右手で頭を抱えて狼狽する。

 

 

 その姿を最後に、彼の視界は閃光に染まっていった。

 

 

 

 

 眩暈のような感覚に襲われながらも、ミドナは魔法の効果が発動されたことに安堵する。

 ここに至るまでに蘇生魔法の連続使用、上位の強化魔法、透明化、そして現在、発動させた二つの魔法の使用によってMPを消耗させ過ぎたのだろう。

 強化魔法や透明化は差ほど気にならない魔力消費だが、高位の蘇生魔法は多くの魔力消費を伴う。

 そして今回発動させた魔法〈最後の生命への恵み〉(Last Blessing Revive)と〈アルテミスの守護翼〉の使用によってミドナのMPは残り僅かとなっていた。

 

(危なかった……〈アルテミスの守護翼〉の使用は本当に諸刃の剣ね……でもこれで……)

 

 ミドナは周囲を見渡す。倒れている三人の姿を横目で確認すると、ミドナは隊長と呼ばれていた男を見据える。

 

 この男の強さは間違いなくプレイヤー級だ。〈アルテミスの守護翼〉は発動している間は自身の意思とは関係なく物理攻撃を自動的に防御してくれる魔法であるが、防いだダメージ分はMPに換算されて差し引かれる。他の人間の攻撃はそれほど削られなかったのに対し、この男の攻撃はミドナのMPを多く消耗させた。

 〈アルテミスの守護翼〉は便利な魔法のように思えるが、発動している間も魔力消費を伴うため、常時展開することができない。攻撃を弾くというノックアップの恩恵があるとはいえ、袋叩きにされるとすぐにMPが枯渇してしまう燃費が悪い自己防御魔法だ。

 

(ユグドラシル時代であれば、私が攻撃を受け続けるなんて状況になったら負け戦もいいとこだったわね――ん?)

 

 頭の中から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。すぐにその声の主を言い当てる。

 

「アルシェ? 何?」

『――ミドナ、今どこ?』

「どこって……ちょっと今立て込んでて」

『――すぐに戻って来て欲しい。もうヘッケランも戻ってきた』

「わかったわ」

 

 〈伝言〉(メッセージ)を切り、再び意識を彼らに集中させる。

 発動させた魔法の効果を理解していないのか、周囲の状況を確認しながらも再びミドナに敵意を向ける。

 

「さて、私の都合は通させてもらったし……」

 

 ミドナの緊張を解すような態度に、隊長は疑心の目を向ける。

 

「……お前は一体何者なんだ?」

「ただの通りすがりのお節介さんよ……邪魔したわね」

「――まて! 逃がすな!」

 

 ミドナがこの場を立ち去ろうとすると、彼らは再び戦闘態勢を整える。

 再びミドナの周囲を取り囲もうとする彼らの姿に、はぁ、と息を一つ吐き、ミドナは人差し指を隊長に向けた。

 

「最後に一つだけ忠告。魔法詠唱者をPKする際はまず転移阻害を張ること。『包囲しろ』なんて片腹痛いにも程があるわ。それじゃあね――〈上位転移〉(グレーター・テレポーテーション)

 

 

 それだけ言い残し、ミドナは馬車へと転移した。

 

 

 

 

 謎の魔法詠唱者の姿が消え去り、途方に暮れる彼らは静寂に包まれる。

 魔法の発動を許してしまったが、特に被害を被ったわけでも無ければ、何かが変化した様子もない。何の魔法であったのか、未だ不明のままだった。

 

「……第十一席次、奴はどこに消えた?」

「……わかりません。探知魔法に反応が無いことから、恐らく範囲外に消えたと考えられます」

「…………」

 

 逃げられた――この結果がどれほどの災いを招いてしまう事になるのか、隊長は頭の中で危険な思考を試みる。超人的な力を持つ彼でも、母国を滅ぼしかねない事態を想像すると、その恐怖から思わず身震いしてしまう。

 国に帰還したらこの一連の出来事を上に報告せねばならない。国は自分にどんな罰を課せるのだろうか。命で償えるようなら安いものだと考えるが、今回の己の失敗は『真なる竜王』とスレイン法国の決戦を招いてしまう可能性がある。決して自分一人の命で償えるようなものではないだろう。

 失敗は誰にでもある、なんて甘い言葉が一切と通じないのは十分承知しているが、とにかく今は一刻も早く国へ帰還して報告せねばならない。

 

「……各員、何か異常がないか調査せよ」

「……隊長。第四席次の様子がおかしいです」

「何だと?」

 

 見ると彼女は地面に跪き、両手を合わせて敬拝している。一点の曇りも見受けられない輝く瞳からは涙を流し続け、神に祈りを捧げる一人の敬虔な信仰者がそこにはいた。

 

「嗚呼……神よ……私達はなんて愚かな行為を……どうかお許しください……嗚呼……」

「ど、どうした第四席次! 何があった!」

 

 正気の沙汰ではない彼女の様子に、隊長は動揺する。

 先ほどの魔法に何か仕掛けがあったのだろうか。他の隊員を見比べてみるが、特に変わった様子は見受けられない。彼女だけに魔法を行使したのだろうかと考えてみるが、ここに居る全ての人間が巨大な魔法陣の範囲内に居たはずだ。それは考え難い。

 

「第四席次、返事をしろ!」

「た、隊長? ……隊長はあの神聖なる魔力の波動を感じられなかったのですか……? 生の神が六百年の時を超えて現世に再び君臨されたのですよ!」

「……な、何を言っている? お前の言動は六大神様が一柱、アーラ・アラフ様を侮辱する背徳行為だと理解して言っているのか!」

「……嗚呼……お許しください……我が神聖なる神よ……」

 

 取り付く島もないようだ。やはり洗脳されたのだろうかと疑っていると、後ろの隊員達がざわつき始める。第二席次が腰を抜かしたのか地面に尻餅をつき、指を震わせながらそれを差した。

 

「お、おい……あれ……」

 

「――こ、ここは……一体? ……ど、どうしました第二席次?」

「……な、何かあったのですか……?」

 

 死体であったはずの第八席次と第九席次が上体を起こす。愕然としている隊員達の奇妙な雰囲気に呑まれたのか、状況を理解できていない二人は互いの顔を見合わせ首を傾げた。

 

「う、嘘……生き返ってる……」

「どういう事だ……確かに死亡していたよな……?」

「――ま、まさか……」

 

 隊長は重体だったカイレの姿に視線を向ける。

 予想通り吸血鬼(ヴァンパイア)に潰された左肩の傷跡は見受けられなかった。青褪めていた老婆の顔色も、すっかり元に戻って健やかに寝息を立てて眠っているほどだった。

 奇々怪々な体験と不可思議な光景を目の前にした彼らは再び静まり返る。己の頭脳では解明できない事態の連続に、隊長は耳に凧ができるほど吐いた台詞を呟いた。

 

「な、何が起きているんだ……」

 

「――嗚呼!! 神よ!! 愚かな私達に罰を与えるどころか、このようなお情けまで頂けるなんて……嗚呼! 我が神聖なる神……いえ――女神様!!」

 

 

 狂った第四席次の声だけが森の中で響き渡った。

 

 

 

 

 野盗に囚われていた女性達に簡単な衣服を着せて馬車に乗せ終わったヘッケラン達はミドナの帰りを待っていた。

 

「彼女達は目を覚まさなかったのか?」

「――今騒がれると危険だから〈睡眠〉(スリープ)の魔法を掛けておいた」

「間違いないな。目を覚ましたら怪しい仮面を付けた集団が目の前にいたら誰だって怖がるだろうよ」

「この子達はどうするわけ? 冒険者は死ぬ前の記憶を維持していたんでしょ? この子達も起きたら不審に思うんじゃないの?」

「あぁ、グラン家の娘以外にはこちらの素性を知られるわけにはいかねえな……いや、冒険者を生き返らせてしまった以上、それすらも危険か? 自分が死んだことに気が付いてなきゃいいんだが……」

「例えそうだったとしても、王国の近辺で囚われていた彼女達が目を覚ましたら帝国に居るわけですから、帝国内で何かしらの噂が立ってしまうのではないでしょうか?」

「――依頼主の娘以外が王国の民だった場合、彼女達は王国に戻ったら必ず誰かに事情を話すと思う。そうなると最初に足掛かりになるのは『帝国で目を覚ました』という情報」

「冒険者を蘇生させちまってるしな。彼女達と冒険者の話の辻褄が合っちまうと、帝国の誰かが蘇生させたと考えるのが道理か?」

「そうですね。そして帝国で依頼を非公式で受けられるのは請負人(ワーカー)くらいですから、そこまで一気に絞られてしまいます」

「……どうにかしてグラン家の娘以外を王国に置いてこれないか?」

「どうなんでしょう。ミドナさんならできそうではありますが、どの方が依頼主の娘さんなのかも分かりませんし……そもそもあの中に居るのかもわかりませんよ」

「――例えわかったとしても依頼主の娘をこのまま帝国に連れて帰るのは危険。依頼主は王国の冒険者組合にも依頼の要請をしてしまっている以上、一度エ・ランテルで身元を確認させてからでないと彼女を帝国に帰すべきではない。彼女だけが知らない間に帝国に戻ってきていると王国側に知られたら、そこから私達の足が付く恐れがある。つまり、誰一人として帝国に連れて帰るべきではない」

「なるほど……」

 

 助けたのはいいが、この後どうしたものかと頭を悩ませていると、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「待たせたわ」

「ああ、ミドナか……って大丈夫か! 何があった!」

「え?」

 

 きょとんとしているミドナの口元には吐血の跡が残っていた。ヘッケランが指摘すると、ミドナは口元の血痕をローブの裾で拭った。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)と戦ったのか?」

「…………そうね。恐らくだけど倒せたと思うわ」

「あぶないなー。勝手なことばかりして……次からはちゃんと協調してよね?」

「……そうね。少し身勝手な行動が過ぎたわ。ごめんなさい」

「妙に素直だな? 何かあったのか?」

「私はいつも素直ないい子じゃなかったかしら?」

「……今日の出来事を思い返してもう一度そのセリフを言ってみてくれ」

「…………ごめんなさい」

「わかりゃいいよ。んで問題があるんだが――」

 

 ヘッケランは四人で話し合った内容をミドナに伝える。

 

「……なるほど。なら私に任せて欲しいわ」

「何か策はあるのか?」

「転移魔法でエ・ランテルの都市内に誰にも見られず彼女達を転移させてしまいましょう」

「他人も転移させられるの?」

「ええ。でも見たこと無い場所には転移できないから、一度私はエ・ランテルに出向かないとダメね。どこに彼女達を置いてくればいいかしら……やっぱり神殿? でも姿を晒すわけにはいかないし……宿屋に侵入してお金だけ置いてくるとかアリ?」

「検問はどうするんだ? 姿を晒すのも危険な状況だぞ?」

「その辺りは抜かりなくやるわ、造作もないことよ。それよりこの場所は危険だから、今は帝国の近辺まで転移して帰りましょう」

「馬車はどうするんだ?」

「問題ないわ」

 

 そういってミドナは魔法を詠唱した。

 どこまで行っても終わりがなさそうな、薄っぺらい楕円の形をした光の門が地面に浮かび上がる。天国に繋がっているのではないかと思うその神秘的な門に、ミドナは手招きして自分達を(いざな)った。

 

 まだ事後処理が残っている。しかしやっとこの仕事の終わりが見えてきたことに、ヘッケランは口元を緩ませた。

 

「ははっ……とりあえず問題は片付いたってことでいいのか?」

「ええ。不可解な現象が起きてしまうことに変わりはありませんが、私達に足が付く確率はかなり減ったでしょう。ですが依頼は失敗という形になるのでしょうね」

「――私達が帝国に連れて帰れない以上、致し方ない。雇い主には野盗の居場所は掴めなかったと伝えるべき」

「じゃあ前金も返すことになるの?! そんなぁ……」

「小銭にもならない人助けだったな……」

 

「――何してるの? 早く帰りましょう」

 

 光の門から半身だけ覗かせてミドナが呼びかける。

 

 何の利益にもならない人助けに無情の喜びを感じられるほどヘッケランは善人ではない。ましてや今回においては誰からも感謝すらされることはないだろう。

 

「これで喜べるなら偽りのない善人ってことなんかね……まぁ、いいか……」

 

 疲れた……と肩を落としつつも、ヘッケランの足は不思議と軽かった。

 

 

◆ 

 

 

 エ・ランテルの近郊の森の中に一つの影が潜んでいた。

 白金の全身鎧を纏い、フルフェイスヘルムを装備している彼の姿は、誰が見ても『人間種』だと認識されることだろう。

 そんな重鎧を纏った彼の視界の先には四人の男女が森の入り口で談話している。

 彼の目的はスレイン法国の特殊部隊――漆黒聖典を尾行することであり、今すべきことはこの人間達を観察することではない。

 しかし真夜中の森の中で何をしているのだろうと気になった彼は、少しだけ様子を伺っていると、一人の人物が突如と彼らの元へ転移してきた。

 

(転移魔法……? インベルンかな? ……いや、違うようだ)

 

 彼の知人は吸血鬼(ヴァンパイア)であり、不死者であることから体の成長が子供の頃から止まっている。魔力系魔法詠唱者という様相に共通点を感じたが、知人と彼女の体躯が全く異なることに、彼は眉根を顰めた。

 

(……私の知人以外にも転移魔法の使い手が?)

 

 そのまま伺っていると、彼女は何もない所に手を翳し、光の門を形成した。

 

(〈転移門〉(ゲート)……? スルシャーナと同じ魔法?)

 

 彼の知る〈転移門〉(ゲート)は漆黒で禍々しい印象であったのだが、形状は何ら変わらず性質も恐らく同じ魔法だろうと考察する。

 そのまま彼女達は光の門の中へと消えて行った。

 

「……横顔しか見えなかったけど、人間種のようだったかな? 百年の揺り返しというわけか? 今回のユグドラシルプレイヤーも世界に協力的だと願うばかりだね……」

 

 思わぬ遭遇に驚いたが、今は他にやらなければならないことがある。彼は再び森の中を走り出した。

 

 

 

 

 コンコンと、部屋の扉がノックされる。

 アインズは己の心の内の感情を誤魔化す様に、鷹揚な声で応えた。

 

「どうぞ」

「失礼します」

「よく来てくれました。入ってください」

 

 入室してきたのはつい先日までアインズの先輩だった女の冒険者だ。

 彼女はアインズが纏う漆黒の鎧の胸元にあるミスリルのプレートに目を配る。(カッパー)のプレートをしていた者が、突然ミスリルのプレートに昇格していたが故の畏敬と驚嘆からくる眼差しを向けられる。

 

「あの、私に聞きたいことがあると組合長に呼ばれて来たのですが……」

「ええ、先日の吸血鬼(ヴァンパイア)の事件であなたにお聞きしたいことがありまして」

 

 アインズが彼女を呼び出したのは他でもない。

 つい先ほどエ・ランテル近郊に出現した吸血鬼(ヴァンパイア)の対応の件についてミスリルの冒険者、冒険者組合長、魔術師組合相、都市長との会合が行われていたのだが、そこでアインズは奇妙な話を耳にした。何でも吸血鬼(ヴァンパイア)と対峙して生還した冒険者達が、口を揃えて「生き返った」だの「悪夢を見ていた」だのと妙な妄言をしていたと冒険者組合長であるアインザックが語っていた。

 その会合では吸血鬼(ヴァンパイア)の得意とする魅了(チャーム)の魔法によって精神を操られていた、もしくはその魔法の後遺症のようなものだろうとこの話題は簡単に流されたのだが、その真実を確かめるためにアインズは冒険者組合の応接室に彼女を呼びつけたのだ。

 

「どうぞ、お座りください。ブリタさん」

「あ、ど、どうも」

 

 ブリタはアインズの向かいのソファーに腰を下ろした。

 

「何やら大変な目に遭ったらしいですね」

「……ええ、思い出すのも嫌なくらい……私はもう冒険者を引退するつもりです。どこか辺境の村にでも越して静かに暮らそうと思っています」

「……そうですか。ですが私達はこれより吸血鬼(ヴァンパイア)の討伐に出向かなければなりません。辛いとは思いますが、最後に教えてください。そこで何があったのかを」

「……わかりました。ではまず――」

「――ああ、いやいや、何も喋らなくて結構です。後はこちらで勝手にやらせてもらいますので」

「え?」

 

 アインズは立ち上がり、ブリタの顔の前に手を翳す。

 

「――〈支配〉(ドミネート)

 

 アインズの魔法に、ブリタの瞳が虚ろに変わっていくのを確認する。

 

「よし、部屋の外にはナーベラルを立たせているし問題ないな」

 

 アインズは全身鎧の姿から普段の骸骨の姿に戻る。鎧を纏ったままでは使える魔法が限られてしまうためだ。

 

「――〈記憶操作〉(コントール・アムネジア)

 

 魔法を発動させ、ブリタの記憶の一部始終を覗き込んだ。

 

(…………なるほど。確かに冒険者達はシャルティアによって殺されているな…………俺が渡したポーションを投げたからシャルティアはこの女を殺さなかったのか? ……あ、シャルティアの〈魅了〉(チャーム)で記憶が途切れている…………――なっ! 本当に冒険者達が生き返っているじゃないか! この二人は一体……一人は剣士で、もう一人は魔法詠唱者か? 仮面をしていて顔が見えないな。冒険者ではなさそうだが…………『赤いポーション』に反応した? 仮面の女が森に走っていったが…………後は割とどうでもいい情報だな。とりあえずこの女の記憶からシャルティアの情報だけは弄っておかないとまずいな……)

 

 記憶の操作を終えて、ふぅ、と息を吐く素振りを演じてアインズはソファーに座り込む。アンデットに疲労は感じないが、魔法によって膨大な魔力を消費させてしまったが故の行動だ。

 

(やはり記憶の操作は魔力消費が激しいな……それにしても何者なんだ? 蘇生魔法は最下位でも第五位階からだよな? 王国では第三位階でも習得は難しいと聞いていたが……こいつらにプレイヤーの可能性があると考えたほうが自然か? シャルティアの件と何か関係しているのか? 少なくとも仮面の女は何かを知っている様子だった。こいつは最近冒険者になった者から貰ったポーションだと仮面の女にヒントを与えてしまっている……危険だな。まさかあの時渡してしまったポーション一つでここまで事態が悪化するとは……)

 

 アインズは己の軽率な行動の数々に怒りを覚える。

 

 確証は得られていないが、仮面の女がプレイヤーであった場合、何らかの力を使ってシャルティアを洗脳した可能性も考えられる。ユグドラシルのポーションでシャルティアがブリタの命を取らなかった不可解な行動を推測されてしまうと、冒険者モモンと吸血鬼(ヴァンパイア)には何らかの関係性があると疑いを持たれてしまうだろう。そして泣きっ面に蜂とも言える最悪の問題点はポーションの事柄から冒険者モモンはプレイヤーだと仮面の女に教えてしまっているということ。登録したばかりの冒険者が一気にミスリルまで駆け上がるという偉業を成し遂げたアインズは注目の的だ。少し調べれば容易に己がプレイヤーだと断定されてしまうだろう。完全にこちらが後手に回っている危険な状況であると、アインズは眩むように骨の手で眼を覆った。

 

(……失態だ。今さらこの女を始末したところで遅すぎる……しかし冒険者を蘇生する意味はなんだ? どんな利益があるんだ? 俺だったらユグドラシルのポーションの存在に気が付いた時点でこの女諸共始末するのに……だってそうだよな? こいつらを蘇生したから俺に知られてしまっているわけだし……そのぐらいは容易に想像つくよな? ではなぜだ? 何の意図があって蘇生した? …………あー! わからん! 何かの陰謀か? 敢えてこちらに存在を教えることで、俺を嵌めようとしているのか……? くそ! わからん……) 

 

 言葉通り空っぽの脳味噌をフル回転させたことによりアインズは倦怠感を覚える。しかし今は時間に猶予がない。間もなくミスリルの冒険者達と共にシャルティアの偵察に行かなくてはならないのだ。長時間の思考は許されていない。

 

「……まぁいい。とりあえず黒いローブに身を包んだ仮面の魔法詠唱者だけはしっかり覚えておかないとな。それより問題は俺の失態から来ているこの一連をどうアルベドとデミウルゴスに相談するかだよなぁ……あー胃が痛い……」

 

 再び鎧を纏い、忘れかけていたブリタの存在に煩わしく思いながらも精神支配の魔法を解除した。

 きょろきょろと周囲を見渡す彼女を見ていると、アインズはどこか虫唾が走るような苛立ちを覚えて拳を強く握り締める。

 

(あーこいつのせいだ。こいつさえいなきゃ……あー殺してしまいたい……)

 

 

 胸の内に宿る黒い感情が、アインズの心の中に渦巻いた。

 

 

 chapter5 end

 

 




早くアインズ様に会いたいです。
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