遅めになりますが、出来るだけ早く投稿できるよう頑張っていきたいと思います。
アリーナでの一幕があってから、私が真っ先に向かったのは職員室だった。
もちろん、目的は一つ。
ラウラの言葉の意味を問いただすため。
もちろん、手っ取り早いのはラウラ本人に尋ねること。しかし、マトモに答えてくれるかわからない上、
幸いなことに千冬さんは職員室にいたので、探す手間も省けた。
声をかけてみたところ、書類整理もひと段落つき、ちょうど休憩しようとしていたらしく、呼び出しに応じてくれた。
そして現在は生徒指導室に移動し、千冬さんを問い詰めていた。
千冬さん。生徒指導室。文字通り、鬼に金棒。
この組み合わせなら、まず盗み聞きしようとする輩はいないはずだ。私ならしない。
「それで。話とはなんだ? いくつか、心当たりはあるが」
麦茶の入った紙コップを私と自分の前に置き、ソファーの上に腰を下ろしながら千冬さんは言う。そこはかとなく、気分が良さそうに見えるのはなにか良いことでもあったのだろうか。
「ボーデヴィッヒのことです」
「ああ、そっちか」
私がそう言うと、千冬さんはやや残念そうな表情を浮かべる。なぜだ?
いくらか気を落としたように見えた千冬さんだが、すぐにいつもの様子に戻り、こちらに視線を向ける。
「そういえば、ボーデヴィッヒと一悶着あったそうだな」
「揉め事、と言うレベルではありませんでしたが……もう知っていたのですね」
「この学園の生徒は良くも悪くも口が軽い。結果、
意味ありげに釘を刺してくる千冬さんだが、私にはさっぱり、これっぽっちもわからない。
「なにに対してかは敢えて聞きませんが、肝に銘じておきます」
「話が逸れたな。ボーデヴィッヒの件だったか。転入初日にあんなことがあったわけだ。因縁でもつけられたか?」
「一夏はつけられかけていました。私はどちらかといえば宣戦布告ですね」
「ほう。それはまた、随分と面白そうなことになっているな」
「なっていません。というか、宣戦布告を受けた原因は織斑先生にあるんですよ」
「私が?」
千冬さんは皆目見当もつかなかったらしく、意外そうに疑問の声をあげる。
「織斑先生ーーいえ、この場は敢えて千冬さんと呼ばせてもらいます。ボーデヴィッヒになにを吹き込んだのですか?」
「人聞きの悪いことを言う。私がそんな意地の悪い人間に見えるか?」
「もちろん、思いません。ですが、ボーデヴィッヒが、千冬さんが私を『好敵手』だと言っていたと聞きました」
「ああ。その事か。確かにお前のことをボーデヴィッヒに話した。成長すれば、将来的に私に並ぶともな」
問い詰めるまでもなく、千冬さんはあっけらかんと言ってのける。やはり確信犯か、この人。
「どうしてそんな無責任な事を言うんですか。おかげでボーデヴィッヒの中では私は千冬さんクラスのば……んんっ、超人扱いですよ」
勢い余って口が滑りそうになったのを咳払いで誤魔化しつつ、千冬さんにそう伝えると、千冬さんは麦茶を一口飲んで、ふうと息を吐いた。
「嘘は言っていないのだから問題ないだろう。事実、お前は私や
「『織斑千冬の相手が務まる
文字の上ではどちらを基準に考えるか程度の差だが、その実、前者と後者で意味は大きく異なると思っている。
前者の場合は善戦できても、勝ちも引き分けもない。どこまで食い下がれるかという意味。
後者の場合は、倒すないし、押さえ込めることができるという意味。
少なくとも、私は前者の認識だ。評価してくれていることは嬉しく思う反面、この学園で千冬さんと再会した時、改めてその強さを肌で感じた。この人には敵わないと。
「そう大差はない、と言っても伝わらんだろうな」
しかし、千冬さんは私の答えにやや納得がいっていないらしく、腕組みをして、なにやら考え込んでいる様子だ。
千冬さんが思案している間、私も出された麦茶を口にしつつ、千冬さんの言葉の意味について考える。
そうして無言の時間が数分。
静寂を破ったのは、千冬さんだった。
「篠ノ之、少し付き合え」
「どこに、ですか?」
「なに、ついて来ればわかる」
そう言って、ニヤリと笑った千冬さんを見て、私は背筋に冷たいものが走る感覚に襲われた。
「さて、始めるか」
スーツからジャージに着替え、私の前に立つ千冬さんは軽くストレッチをしながら、そう言った。
『ついてくればわかる』。
そう言われて連れてこられたのが柔道場。柔道部員に断りを入れた時点で嫌な予感はしていた。
『動きやすい格好に着替えろ』と言われた時点で、こうなることはほぼ確定していた。
とはいえ、千冬さんなりに考えがあるのだろう。言われるがまま準備をしていたら、これだ。いくらなんでも突拍子がなさすぎる。
後、この人もこの人で、姉さんと同じく、一度決めたら梃子でも動かない。救いがあるとすれば、全ての行動が自分本位ではないこと。時と場合は選んでくれることだ。
姉さんの場合は、自分が最優先事項だから。自分本位だし、時も場合も選んでくれない。それで昔よりマシになったのだから、なおのこと始末が悪いわけだが。
「篠ノ之。古武術の方は?」
「一通りは。ただ、剣術よりは劣ります」
「他はどうだ?」
「五十歩百歩、と言ったところです」
「………………まぁ、今回は良いだろう。教員が勝手に備品を壊すのはマズいだろうしな」
良い、と言った割には不満そうに見えるのはスルーしておいた方が良さそうだ。
実際、竹刀を持って立ち会えば、新品だろうが壊れる可能性が高い。なにより
「ルールはどうします?」
「特にない。強いて言うなら、顔への攻撃は無しだ。目に見える怪我は、他の生徒に余計な誤解を生む。お前の場合、ボーデヴィッヒの件もある」
「そうですね」
転入初日の一件と今日のアリーナの一件を見た生徒から、ほぼ全生徒に『篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒは仲が悪い』と知られたはずだ。
その翌日、私が顔などの見える場所に怪我をしている。と言うことになれば、ラウラが私に怪我をさせたなどと、ありもしない誤解が流れるかもしれない。
私としてもそれは避けたい。今後のコミュニケーションに影響が出る。
そして千冬さんの顔に怪我をした痕跡、などあろうものなら、別の意味でパニックが発生する。それも避けたい。
「それにお前の顔に傷をつけては、後で
「仲違いの原因にならないよう、全力でお相手させていただきます」
「ああ、構わん。全力で来い」
互いに一礼し、構える。
試合開始の合図はない。千冬さんから仕掛けてくる様子もないあたり、
それを理解した瞬間、私は畳を蹴り、正面から千冬さんへと仕掛ける。
下手な小細工は不要。正面からの正々堂々とした立ち会いこそ、最も有効な戦術である。
私はそれを姉さんから学んだ。
本当に強い者と相対する時は、全身全霊で正面からぶつかるのだと。
迷いなく、踏み込んだ勢いそのままに千冬さんの腹部へ拳打を放つ。
手加減抜きの一撃。並の人間なら即病院送りに出来るその一撃は、はたして千冬さんにダメージを与えていなかった。
いや、正しくは両手で受け止められていた。
「思い切りの良さ、踏み込み、体捌き、そして迷いのない真っ直ぐな良い一撃だった。よくここまで成長したな」
不敵に笑う千冬さん。褒められたことは素直に嬉しいが……
「実感はありませんね。こうも軽く受け止められてしまっては」
「そう見えるだけだ。本当に軽いなら、手すら使わん。少なくともお前の一撃は私に両手を使わせるだけの威力があった。嬉しいぞ。この実力の相手とやり合えるのは久しくてな」
千冬はニヤリと口角を上げる。それを見た瞬間、私はその場から飛び退く。
ああ、これはマズい。本能が警鐘を鳴らしている。今すぐ逃げろと。
「先に謝罪しておこう。篠ノ之、少しやり過ぎるかもしれん」
「……手遅れかもしれませんが、お手柔らかにお願いします」
およそ生徒に向けるべきではない表情と闘志を滾らせた瞳。
完全、とは言わないまでも、スイッチの入った千冬さんを見て、私はまるで他人事のように思う。
……さて、何分持つことやら。
「けほっ! けほっ!……はぁ……はぁ……」
柔道場の畳に大の字に倒れ、天井を見上げる。
結論から言えば完敗。千冬さんへ有効打を与えられず、私は何発か良いのをもらってしまい、最後は背負い投げを受けて、敗北を喫した。
現役から退いた人間とは思えない動き。私の今出し得る全力でぶつかったが、予想通り、とても届く相手ではなかった。
「少し加減を間違えた。立てるか、篠ノ之」
「いえ……少し……このまま……休ませていただけると……」
息も絶え絶えになりながら、そう答える。
正直なところ、これだけ全力で動いたのは私も久しぶりだった。それにこれだけダメージをもらったことも。
「そうか。では、そのまま話を聞け」
そう言うと、千冬さんは私の横に腰を下ろす。
「篠ノ之。まずお前の能力だが、見立て通りだ。現時点でお前の相手をできるのは私しかいない。お互い万全でなかったにしても、私にそう何発も攻撃を入れられる人間はいない」
「ですが……擦り傷、のようなものでしょう……」
確かに当たりはしたが、どれも軽いか、ガードされている。殆どダメージはないはずだ。
「その擦り傷すら他の者では無理だと言っているんだ。少なくとも、お前は今、私たちに近い領域にいる」
「どう、でしょう……」
強くなった自負はある。小学生の頃から比べれば、千冬さんや姉さんに近づいているという確信もある。いずれは千冬さんや姉さんなみの強さになる可能性だって十分にある。そう思っていた。
だが、実際に闘った結果がこれだ。差は確実に縮まっているのだろが、近い、と言われても、いまいちピンと来ない。
「差があるのは事実。だが、それは私たちの差であるし、私たちだからこそ『差』などという言葉で片付けられる。他の生徒から見れば、お前も、私も、超人の部類だろう」
「では、大差がないというのは……」
「言葉の通りだ。他の生徒からすれば、お前の相手をするのも、私の相手をするのも変わらん。ボーデヴィッヒも含めてな」
「……織斑先生の言わんとしていることはわかりました。どういう意図でボーデヴィッヒに私のことを話したのかも。ですが、好敵手は言い過ぎだと思います」
「なに。そうなって欲しいという私の願望も込みだ。過ぎているのは当然だ」
不敵な笑みを浮かべてそう言う千冬さんに、私は顔を引き攣らせる。
確信犯だ、この人。これはラウラが誤解しているのではなく、千冬さんがはっきりと私を好敵手、またはそうなる人間だと話したのだと、理解した。
誤解でないなら、訂正のしようがない。
「しかし、いい運動になった。また機会があれば、付き合ってもらうぞ」
「ははは……機会があれば」
そんな機会が来ませんように。そう願いながら、私は一足先に更衣室に向かう千冬さんの背中を見送る。
「さて、どうしたものか」
感情にプラスかマイナスかの違いがあれど、原作と異なり、ラウラは私も標的としている。
ラウラの発言からして専用機を持っていない私と戦うつもりはないだろう。大まかな流れは変わらないはずだが……。
「箒!」
やや焦ったような声音で私の名前を呼び、こちらに向かって、走ってくる人物がいた。
「一夏か、どうした?」
「それはこっちの台詞だ! 千冬姉に話があるとか言って、先にあがったのに、俺たちが訓練終わった時には、千冬姉と箒が闘ってるってどういう状況なんだ!?」
倒れた私に血相を変えて詰め寄ってくる一夏。織斑先生ではなく、千冬姉と言っている辺り、相当に焦っているのがわかる。
一夏が言いたいことはわかる。私が逆でも同じ質問をしていた。
とはいえ、どう説明したものか。
「なんというか……成り行きでな」
「成り行きで千冬姉と闘わないでくれよっ! その話を聞いた時、めちゃくちゃ焦ったし、千冬姉と試合が終わった後、倒れたまま動かないなんて言ってるから、マジで肝が冷えたんだからな!?」
「それは流石に心配し過ぎだ……というか、織斑先生がうっかり生徒を殺すような事をするわけないだろう」
確かに手が出るのが早い千冬さんだが、そんな事で人を殺していたら、今頃刑務所の中にいるはずだ。
「それは……そうだけど、昔から加減するのが苦手な千冬姉のことだから、今の箒が相手じゃ絶対加減とかミスって、やり過ぎるだろって思って」
一夏の言葉に千冬さんが『少し加減を間違えた』と言っていた事を思い出す。
流石は弟だ。姉の特徴をよく把握している。
そして、これは言わない方がいいだろう。一夏の性格からして、教師と生徒としてではなく、姉弟として千冬さんに説教しに行こうとするだろう。学園の外ならともかく、学園内では基本的に千冬さんは教師として振る舞おうとする。であれば、一夏の説教を素直に聞くとは思えないし、そうなれば二人の間に蟠りが出来てしまうかもしれない。
「まぁ、心配するな。少しこうしていたい気分だっただけで、立ち上がれなかったわけではーー」
とても疲れたし、体の節々も痛いが、立てないほどでもない。そう思って立ちあがろうとして……ぐらりと体が横に傾く。
倒れる。そう思った瞬間、私の体を一夏が受け止めていた。
「やっぱり大丈夫じゃないじゃねえか!」
「すまない。どうやら、自分が思っていた以上に疲れているらしい」
それだけではない。動かないうちはそうでもなかったが、動いた瞬間全身が悲鳴を上げた。
「本当に疲れてるだけか? 実は体中痛くて動かすのが辛いとかじゃないよな?」
疑問の篭った、それでいてどこか確信を持った眼差しで私の目を見ていた。
これは……適当に誤魔化せなさそうだ。
「体は痛い。当たり前だ。千冬さんの相手をしていたのだからな」
「やっぱりーー」
「だが、動けないほどではない。精々が全身筋肉痛になったくらいだ。これくらいどうということはない」
私の経験上、これくらいのダメージなら、少しの間動きは鈍くなるだろうが、二日もすれば元通りに動けるはずだ。
「そっか。わかった」
「ああ。だから、少しだけ肩を……きゃ」
肩を貸してくれ、そう言おうとした時、急に体が持ち上げられ、小さく悲鳴も上げてしまう。
そして、周囲から黄色い声が上がった。
それもしかたのないことで、一夏がしているのはお姫様抱っこ。
「い、一夏? これはどういうことだ? なぜ、私は抱きかかえられているんだ?」
「保健室に連れて行って、ちゃんと治療してもらう」
「そんな大袈裟な……こんなものは放っておいても」
「とりあえず、先生に診てもらう。放っておいていいかは、俺たちが決める事じゃないだろ」
一夏から感じる非難の視線。声音。圧力が言外に『拒否権はない』と訴えかけてきていた。
「う、うむ。わ、わかった。わかったから、その、この持ち方はなんとかならないか? 流石にこの状態で保健室まで行くのは、恥ずかしいのだが……」
今の時間、校内をうろついている生徒はそう多くないものの、保健室に行くまでの間に何人かとは出くわすだろう。
正直、ここにいる生徒に見られているだけでも羞恥心で爆発しそうなのに、他の生徒に会うたび、あんなリアクションをされたら、私のメンタルが持たない。
「それもダメ。これが色んな意味で一番良いし、ついでに誤魔化そうとした罰だ。保健室に行くまで、大人しくこのまま運ばれてくれ」
怒った一夏には、私の嘆願は聞き届けられず、私はさながら映画のワンシーンのように周囲から黄色い声が上がる中、お姫様抱っこをされて、保健室へと連れて行かれた。
穴があったら入りたい、というのはまさにこの事を言うのだろう。その間、私は茹で蛸のようになっているであろう顔を手で覆う事しか出来なかった。
結果、大事ではなかったものの、一応三日程度は激しい運動を控えるよう言われ、一夏からも『ちゃんと見てるからな』と釘を刺された。
鈴とセシリア、そしてラウラによる模擬戦という名の喧嘩が勃発したのは、それから数日経った日のことだった。