たくさんの人々が、この話を見て、甘いひと時を感じてくれることを願って……
今回は、久しぶりに東方に手を出しまして、それを投稿したのですが、なんともまぁ、難しいものでして。それでもこうやって書くくらいには、とっても好きな作品です。
アリスが好きな皆様に、今回の話を見て、気に入っていただけたら。そう思いつつ、いつもの一言。
それでは、ごゆるりとなさってくださいな。
「本当に、最近はイチャイチャする人が多いですねぇ」
とある一軒家の一室。外のイチャつくカップルを見ながら、少女がぽつりと呟く。
少女の見た目は手にメモとペンを持っていて、シャツにミニスカート。首にカメラを下げた、新聞記者を思わせるものだ。
ただ、それだけではない。背中には黒く染まった、鳥のような翼がそこにはある。
だが。それをおおっぴらに叫ぶ存在は、今彼女が在るこの世界には居ないだろう。
世界の説明を少しだけ。この世界の名前は幻想郷。忘れ去られたものが集う、明確に言えば魑魅魍魎。それこそ神から仏。悪魔に吸血鬼に幽霊にと、何でもありな場所だ。文化としては和風な文化がベースになっていたりと、古来の日本に近いかもしれない。洋服はその為珍しかったりもする。中には、和服と洋服の中間のような服もあるのだが、それは今は置いておく。
そんな世界に存在する、呟きを発した彼女。鴉天狗と呼ばれる存在の、射命丸文という女記者は、少し気になることがあった。
「幻想郷にて彼氏持ち。最近は増えてきましたが、どんな出会いがあったのか。それはとても気になります」
乙女の多い幻想郷。そんな恋愛話が気になるのは、至極当然。彼女もまた、その一人なのだ。
そして、彼女は記者。その体験談を、新聞のコラムにでもしようかと考えている。
「……よし、決めました。取材に行きますか」
そんな考えの元、彼女は自分の家から文字通り飛び出す。自分の求める答えを、探しながら。
■〜その一 人形遣いの恋路〜■
「……それで取材に来たのね」
「はい。一番最初はアリスさんの話にしようかと思いまして」
最初に訪れたのは、幻想郷にて魔法の森と呼ばれる、普通の人間では、入ることの出来ない場所にある家だった。
その宅の家主の名前は、アリス・マーガトロイド。所謂、魔法使いと呼ばれる存在だ。
彼女は、捨虫の魔法という技を使い、外見年齢どころか死ぬ事の無い、悠久の時を過ごす一人というのは、知る人ぞ知る。
外見は、金髪に人形のような精巧な顔立ち。そして、名前のアリスから分かる通り、不思議の国のような青を基調とした、ワンピースにブーツといかにもな格好だ。
そして、この彼女には、文が取材に来たことから分かる通り、一人の恋人がいる。
「全く。恥ずかしいとは思わないの? それじゃあ出歯亀じゃない。まぁ、話すことについては悪くは無いけれど」
「それじゃあ話して頂けるのですか?」
文の食いつきっぷりに、やれやれといった仕草を見せるも、彼女。アリスは、その恋人との馴れ初めを話し始めた。
「そうね、あれはもうかなり前。如月の事かしら__」
「……あら?」
その日、アリスは買い物の為に幻想郷で、様々な人間や妖怪が店を出している、人里まで出向いたのだが、思ったよりも掘り出し物が見つかり、ホクホクと幸せな気分で家への帰路を進んでいた。
そんな折である。魔法の森という、普通の人間では入ることの出来ない森に、幻想郷では珍しい洋服を着た青年が倒れ込んでいた。
いったいどうしたものか。ほんの僅かな興味と共に近寄ると、青年は寝返りをうっているのか、もぞもぞと動いている。どうやら普通の理由で、ここに居る訳では無いのかもしれない。とアリスはゆっくり観察を始めた。
「……一体どこから来たのかしら」
疑問は尽きないが、そのまま眺めていると、ふと大きく青年は動いた。
「あれ、ここはどこだ? ……!? うわぁ!?」
「あ、起きた。って、あー……」
意識が覚醒した青年は、周りを見渡した。見渡す限り、木々ばかり。そして目の前にはアリスが居ることから、びっくりして後ずさる。
ゴンっ。と重く鈍い音をたてて木にぶつかり、痛む頭を抑えながらも、アリスの方に向き直るのだが、まだ何も理解出来ていない様子で、青年は質問を投げかける。
「痛つぅ……えっと、すいません。ここは何処ですか?」
「幻想郷に魔法の森。聞いたことないかしら?」
痛みを感じながらも、その質問をした結果。彼はそのまま逆に、アリスに問いかけられたのだが、地名がわからないのか、きょとんと狐につままれたかのような顔をした後に、少しの間ぽけーっと惚けた表情のまま固まっていた。そんな顔がおかしく見えて、アリスは笑いそうになるのを堪える。
その堪えていることに気づかない彼はと言うと、少しの間何も言えずにいたが、数秒した後に漸く合点がいったと納得した顔を見せる。
「分かった。転送魔法が、なんらかの理由で自分を飛ばしたんだ」
「転送魔法?」
その言葉に思わぬ単語があったアリスは聞き返すと青年は頷く。
「自分。これでも魔法使いなんです。今はもう殆どいないんですけど、それでも日本で生活してました」
「それじゃあ、外の世界の人なの?」
外の世界。幻想郷は色々な世界から、基本的には隔絶された場所の為に、幻想郷以外の世界をそう表すのだが、この場合もその一つ。例に出すならば、現代日本も外の世界に分類される。そして魔法は忘れら去られたと思わしき物のために、現世では存在しないとアリスは考えていたから、驚きを隠せない。
そんなアリスの口から素直に出た疑問に対して、彼は「恐らくはその外の世界かと。ここがもしも異世界ならば」と答えた。
外の世界にも、意外とまだ残っているものがあるのかしら。と思いながらも、もうひとつ浮かんだものがある。
「貴方。帰る事は出来るの?」
「……あっ」
今日一番の間抜けた声。だが、それはそれで好都合と取ったアリスは、よし。と頷くと、思った事を一つだけ口にした。
「貴方。うちに来ない?」
「……はい?」
__その一言から、彼彼女らの関係は始まったのである__
それから数分も経たないうちに、早速アリスは家へと彼を案内した。家の中は彼女の性格が出ているのか、とても綺麗に掃除されている。
彼女は何気に、自分から人を招く経験が無いことから、何か言われるかどうか心配している部分もある。が、青年は悪い事は何も言わなかった。
「綺麗な家ですね。あと、人形が可愛らしいです」
「そ、そうかしら?」
そういえば部屋には自作の人形が沢山ある事から、気味悪がられると思った所でこの言葉。彼女は少し嬉しくなりつつも、取り敢えず紅茶を淹れようと考える。
幸い自分の半自動人形が、お湯を沸かしてくれていたらしく、そのお湯を使い紅茶を用意して彼に飲ませようと思った。
__お湯をティーポットに注ぎ三分蒸らす。カップは余ったお湯で温める__
基本的な事だが、それを忘れた事は無い。そんな彼女が淹れた紅茶は、とても良い香りを放っていた。
「北欧の紅茶。かな」
青年の呟きを耳にした彼女は、少し驚きつつも「そうね。外の世界から仕入れた、スウェーデンという国の物よ」と返答する。
ちょっとした拘りだが、それを理解してくれるのはなんとも嬉しいもので、彼女の気分は人形の件含め上がっていた。
そんなアリスを眺める彼もまた、人に淹れてもらう紅茶はとても久しぶりなために、出される紅茶を心待ちにする。
アリスは作っておいたクッキーと共に、紅茶を置いては「召し上がれ」と一言。そして、紅茶とクッキーを口に含む。
甘い香りと味がなんとも至福と、心を満たした事で青年の前で笑顔を見せる。
対して青年も、クッキーと紅茶を少しずつ上品に飲んでは、優しげな表情のまま笑っていた。
「それで、ここで暮らしてもらう理由だけれども」
そんな中でアリスは、本題を切り出す。その説明はこんなものだ。
「帰り方が分かるまでの衣食住を提供するかわりに、実験の手伝いをして欲しいわ。それと、外の世界の魔法を教えて欲しいの。その間は、助手になってほしいけどいいかしら?」
この三つの提案を、アリスは漏らすことなく伝えると、ふむふむと青年は考える。
そして、数分後にはその心は決まっていた。とても単純なことだ。
「お受けさせてもらいます」
「そう、ありがとう!」
彼からしても知らない魔法を知ることは重要で、この先の研究の捗り具合が変わってくることから、それはとても楽しげにその提案を受けたのである。
そして、同棲がその日から始まったのだが。それから三ヶ月の間、彼らは色んな実験や研究等をしたり、時には談笑をしたり出かけたり。共に人形制作も行った。
"その一部を少しばかり覗くとこんなものだ。"
「そういえばアリスさんって、基本その青のワンピースですよね。こだわりがあるんですか?」
同棲を初めて数週間。唐突な青年の疑問を聞いたアリスは、そういえば彼の前ではこの服が多かったなと思い出す。
しばらくお洒落をしていないな。とアリスが記憶を辿っていると、青年は少し沈黙したあとアリスの手を取った。
「それじゃあ今日はアリスさんの服を買いに行きましょう」
「え、え?」
当然アリスは戸惑うのだが、彼は気にせずアリスの手を取ったまま外に向かう。
実は、幻想郷は外の世界……所謂現代日本の通貨も使えるということと、物価が日本よりも低い為に、青年の持つ財布の中身でもかなりの額になるのだ。
だが、幻想郷に来てから彼は基本金を使うことが無かった為に、この事を思いついたのである。
程なくして人里に到着すると、彼はとある場所に向かってそのまま歩き続ける。
「それにしても急にどうしたの?」
アリスは今まで見たことの無い青年の一面を見て、何かあったのかと気にかけているのだが、彼はその時は何も言わずに一軒の店を見て、彼女を連れたまま入った。
「ち、ちょっと……って」
未だに答えないままの彼に、なにか言おうかとアリスが考え、周りを見たその時に気付く。そこには、洋服が沢山置いてあった。
どれもこれも幻想郷では見ることのない、まさしく現世のような衣服ばかりが置いてあることから、思わず惹かれてしまう。
「か、可愛い……」
「でしょう? この中からアリスさんに、似合うものがあるんじゃないかって」
ここに来て漸く口を開いた青年に、そういう事かと疑問が晴れれば、服を幾つも手に取っては自分の前で合わせてみる。なかなかに、良いものばかりだ。
値段も良心的で、なんとも飽きることの無い空間なのだが、奥にいる店主らしき男性はこちらをちらりと見た後、手元にあった新聞を読み始めた。
人形の衣服を作る事もあるアリスは、ほんの興味からその店主に声をかけてみる。
「これ、貴方が作ったんですか?」
「……そうだ。昔からやっている」
なんとも寡黙そうな人だが、性根は優しいのかすんなりと答えてくれた。
へぇ。と感嘆の吐息を漏らしつつも、また服を見定める。と、その時青年がアリスの肩を叩いた。
「これなんかどうですか?」
その服は当時まだ寒かった為に、ぴったりなもこもことしたパーカーで、アリスの長袖のワンピースに合わせても、良いものと言うことから選んだのだが、アリスはそれを自分の前にある鏡で照らし合わせると、ぴったりと合う気がした事から欲しいな。と考える。
するといつの間にか「それじゃあお願いします」と青年が、支払いを終わらせていた。そして彼はそのままにこやかに笑う。
「似合ってますよ」
「あ、ありがとう」
あまり言われたことのない言葉に、顔が赤くなりつつももう一つ。彼から渡されたものが、あることに気づいた。
それは小さな箱である。それが何かと思い、開けるとそこには指輪が入っていた。
「それは自分からのお守りです。持っていてください」
「ふふ、分かったわ」
アリスはその箱を自分の鞄にしまうと、いつに無く上機嫌になりながら、その日は彼とともに帰宅した。
このような生活の中で、彼女。アリスの心境に変化が芽生えるのは、当然だったのかもしれない。
そんなある日のこと。食材等の買い足しのために、ふらっと人里にアリスが向かうと、以前ならよく顔を合わせていた腐れ縁が目に映った。
「ん? アリスじゃないか!」
その腐れ縁はまるで魔女のような格好をしていて、金髪を靡かせながら、アリスを見るや声をかけてきた。本当に久方ぶりという事と、少し悩んでいることから頭の中での一ミリ程の気持ちで、その声に応じる事に決めるのは、視界に入れてから数秒後の事だった。
「魔理沙。何の用かしら?」
「最近見かけなかったからな。なんでも、男と暮らしていると聞いているが」
どうやらそんな噂は、もう既に出回っていたらしい。どこの誰かは知らないが。とため息を吐いたあとに「そうよ。あの人と暮らしているわ」と返答すると、これはまた意外な事なのだが、魔理沙と呼ばれた腐れ縁の彼女は、乙女の顔を見せる。
魔理沙は以前なら、乙女口調だったものの、今は男勝りな部分もあるために、その表情が乙女らしい事に驚きを感じるのはアリスもそうで、どうしたのかと心配になった。
「……つ、つまりそれって恋人か?」
「いえ。今はただの助手よ」
その中での問いかけによりつい、本音が混じったのか"今は"と付けて返事をしてしまった。これは失敗したのかと思うのだが、今日の魔理沙はアリスの記憶と少し違った。
「今はって、その先があるかもってことだよな。……羨ましいぜ」
「そうかしら? ……珍しいわね。貴女がそんな感想を持つなんて」
「私だってこれでも乙女だから、な」
アリスはなんとなくだがその言葉で察すると、こういう所もあったのね。と考えを改めた。そして、少しばかり想像の世界に飛ぶ。彼は私の気持ちを聞いたら、なんて言うのかしらと。
__その時はある事を忘れているのにまだ気づかないのだが__
「今度私にも良い人が居たら紹介してくれ。頼むッ!」
「ええ、そうね。そしたら貴女の盗み癖も治るかもしれないし」
「ちょっ、そういうのは今は勘弁してくれ!」
そんな会話をしながら、アリスは紅茶と食材を買いつつも、初めてかもしれない魔理沙との楽しい会話を続ける。
「今日はやることがあるから」と着いてこなかった、彼の事を考えながら、買い物をした後に魔理沙と別れて家へと帰宅する。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
以前なら有り得なかった、家に帰った時の人の声。それは安心を覚える。そして食材を最近幻想郷に普及されている冷蔵庫に整頓して、青年の元へと向かった。
彼に与えられた部屋は最初は何も無かったものの、次第にアリスと共に作った人形や、彼自身の魔導書等が丁寧に置かれていることから、すっかりと私室になっている。
そんな部屋の扉を開くと、昨日まで無かった魔法陣がそこにはあった。
「それ、どうしたの?」
アリスの疑問は最もで、何のために作ったのか分からない魔法陣はその雰囲気からして、重要な物だと理解はできる。が、やはり見たことの無いタイプであるのは、間違いがなかった。
青年はその問いかけに、少しばかり間を置いたあと苦笑いする。その顔はなんとも切なく見えた。
「転移魔法です。転送魔法を、改良した」
「……え?」
その一言を聞いた途端、理解してしまった。今日までずっと一緒に居た、その相手は。自分の心が変わるきっかけを作った彼は。
「……帰っちゃうの?」
ぽつり。と小さく呟いた一言は、彼女の心を表していた。それを聞き逃すということもなく青年は「はい」と答える。
この日まで当たり前だった二人の関係が、崩れ出す瞬間だった。
「自分には、やるべき事がありますから」
「お世話になったアリスさんにはまだ何も返せていません」
「ですが、今この時の決断に関してはどうか許してください」
彼の言葉が、彼女の中でぐるぐると回る。どうして? どうしてなの? と混濁する意識の中、彼女の思考は纏まらないまま「そうなのね」とだけ残してその部屋から去り、自室へと走る。
その晩。アリスは久方ぶりに、泣いてしまった。最後に泣いたのは、何時だったか分からないくらい泣いていなかったのだが、泣いてしまったのだ。
それでも、時は無情にも過ぎて、翌日には青年は帰る事になっていた。
翌日。アリスは最後になるであろう、二人分の朝食を作った。最後なら。と少しばかり張り切って、オムレツとコンソメスープを作る。ソーセージとパンも高い物を出した。
心の中は、整理がついていない。けれどもそれが、運命だったんだと無理やり結論を出しては、起きてきた彼を迎えた。
「おはよう」
「おはようございます」
少ない言葉での挨拶。二人は今迄こんなにも、少ない言葉でやり取りしていた訳では無いのだが、青年が帰るということから、しんみりとして、言葉が無くなっているのだろう。
そして「頂きます」と二人は手を合わせた後に、黙々と食べ進める。美味しい食事のはずなのに、とても物悲しい雰囲気で二人はそこに居た。
そして、特別な会話があるまでもなく食べ終わると、食器を片付けた後に青年はアリスに向き合った。
「それじゃあ、自分は帰ります」
「……そう」
アリスの表情は、俯いたために見ることは出来ないが、それはとても暗いものだと、彼も察することができる。仕方ないのかもしれないが、彼も心が傷んだ。
__それでも、彼は笑うことをやめなかった__
「それじゃあ。行きますね」
最後は笑顔で。その意思を感じたアリスは、反して涙目だった。
「っ、バカ!」
アリスの内心は別れなのに、こんな言葉しか出てこない自分に嫌気がさしている。だが、他には何も言えなかった。
__結局。そのまま彼は帰ってしまった__
それから一月後である。その日は珍しく人里で、魔理沙と話をしていた。腐れ縁なのに。と以前なら言ったが、今は失った寂しさが大きかった。
「それにしても、なんで急に帰っちまったんだろうな」
その時の魔理沙の一言を受けて、アリスは黙り込む。魔理沙もやっちまったという顔で慌てていた。
「いや、そんな深い意味はないんだ! 悪い!」
彼女が謝るのも珍しいが、暗い顔をしたアリスもまた珍しかった。人々が心配そうに見る中、その暗い顔からアリスは笑顔を作った。
「大丈夫だから」
それだけである。その一言だけだが、魔理沙は何も言えなくなってしまった。アリスの悲しみを、理解してしまったからなのだ。
だが、自分には何も出来ない。その悔しさにより唇を噛み締めたあとに、よし。と決めた。
「アリス。今日はとことん遊ぼう。そして飲もう。私の奢りだ」
「……良いの?」
「偶にはそんな日があっても良いだろ」
そのまま魔理沙は、アリスを連れ回す。言った通りに遊び、そして人里近くで屋台を出している夜雀の妖怪の店で、飲み明かした。
アリスが久しぶりに飲んだ酒はとても美味しいが、それと同時にとても虚しかった。
"妖怪は精神的な事にとても弱い。意志が折れると力をまともに扱えない妖怪も存在する"
魔法使いも妖怪の一種とされていることから、今のアリスは、まともに魔法を使えているかも怪しかったが、その日はなんとか飛んで家に帰る。そのまま彼女は寝てしまった。
__トントン。カタカタ。コトコト__
不意にそんな音を聞いて、アリスは目が覚めた。最初は幻聴かと思ったが、次第に意識が覚醒する中でそれは本物の音だと理解出来る。香りがあるのだ。とても暖かい料理の匂いが。
胸は期待で膨れ上がる。まさか? まさか。以前の時のように膨れ上がった、自問自答の答えを確かめるためにキッチンへと駆ける。
そこには、何ら変わらない姿で自分の求めた青年が存在していた。
「どう、して?」
「おはようございます。アリスさん」
あの時別れた時と、寸分狂いのない姿で現れた彼は、とてもにこやかな笑顔を浮かべていた。
アリスの方も笑みが溢れてくる。どうして今現れたのか。とか、どうやって戻ってきた。とか、色々聞きたいことがあったが彼女はまず抱きついた。
「バカ。本当にバカ……」
「ええ、バカですいません。向こうの世界に区切りをつけなければなりませんでしたから」
その言葉を聞くと、アリスは驚く。まさか、今まで自分の元を離れていた理由はその為なのか。
その目線を受けて、彼は頷く。言いたいことは、ちゃんと分かっているからだ。
「向こうの世界で、親や友人に別れを告げて来ました。その分時間がかかってしまいましたが……こうして戻ってこられました」
「そう、なのね」
涙が止まらない。別れた時の悲しみの涙ではなく、嬉しい涙。けど、それで良かった。それが良かった。
ふと、彼を見つめると、あの日買ってもらった指輪を差し出されては、アリスは惚けてしまう。
「この指輪には自分の魔力を入れておいたんです。だから、迷う事はありませんでした。そして……」
青年はそこまで言うと、共に膝をつく。まさか。そのまさかだ。
「アリスさん。貴女と共に暮らして良いでしょうか?」
「……ええ、勿論よ!」
その日、彼女は生まれて初めての、告白を受け入れたのであった。
「これが事の顛末よ」
「あやや……これまたロマンチックな。本当に浪漫溢れるお話でしたね」
文はまさかこんなにも、素敵な話を聞けると思っていなかったことから、素直に感動を覚えていた。
事実は小説より奇なりとも言うが、まさにこの事。メモを終えた後に、幸せそうなアリスを見て羨ましさを感じる。
「それにしても、昔とは変わりましたねぇ」
こんな幸せそうな、笑い方をする人でしたっけ。内心で呟いた言葉に気づいたのか、アリスはあらあらととても綺麗な笑みを向けた。
「恋は人を変えるのよ。そして恋は今は愛に変わったの。そんな幸せなことがあって、私が変わらないわけはないじゃない」
「ご最も、ですね」
なんとも貴重な言葉をもらったことにより、コラムの内容が決まったな。と文自身も笑う。
ただ、自分には隣に立つ人が居ないのが、どうにも。とそこだけは悔やみつつ、アリスを眺めた。
すると横から紅茶が差し出される。噂の青年だった。
「文屋さん。次の新聞を楽しみにしていますね」
「ええ。期待していてください」
これは失敗出来ませんね。と、文は久方ぶりに充実した仕事を得たことに喜びつつ、差し出された紅茶に舌づつみをうつのであった。