先生が好き。
ルーピン先生が好き。
でも、先生は私を生徒としか見てくれない。
でも、好き。
だから今日も先生に逢いにいく。
コンコン
「先生いらっしゃいますか~?」
夕食を終えて、親友のルナと別れた後、アスカはルーピン先生の執務室(その奥は寝室)へと足を運んだ。
『R・J・RUPIN』と表札の扉をノックしたけど、
返事がない。
コンコン
「先生?」
今度は少し強めにノックした。
けど、返事はない。
でも、食堂から出て行く姿はちゃんと確認した。
だからいるはずなのに。
アスカは何の気なしに、ノブを回した。
カチャ
鍵がかかっていない。
ということは、先生は中にいるはず。
「せんせ…失礼しちゃいまぁす…」
アスカは小声で言いながら、無断入室を果たした。
「あれ、いない」
いつもルーピンがいる事務机の前に姿はなかった。
ドキドキ
ちょっと鼓動が早くなる。
もしかして、奥にいるのかな…
奥=寝室
勝手に入ってはいけない。
頭では解ってはいるアスカだったが、足は奥へと進む。
寝室への扉…
アスカの心臓は更に鼓動を早めた。
先生がいるのか、いないのか。
その事も当然ながら、先生の寝室という未知の世界へ多大なる興味がアスカの足を、手を動かしていた。
静かに扉を開ける。
と、そこに鷲色を見つけた。
先生、いた。
ルーピンは一人掛けのソファに座って、無防備に眠っていた。
「勝手に入って、本当にごめんなさい」
小さな声で呟いた。
先生が起きたらきっと怒られる。
ううん、もしかしたら軽蔑されるかも。
解ってはいるんだけど、そう心の中で呟きながらアスカはルーピンのそばに寄った。
「先生?」
ルーピンの瞼は閉じられたまま。
「疲れてるんだよね…」
アスカはルーピンの前にちょこんとしゃがんで、しばらくその寝顔を見つめた。
「私、先生が好きです。
先生が私を好きじゃない事は知ってるけど…でも好きなの」
アスカは意を決したように、立ち上がった。
そしてそのままルーピンの唇に自分の唇を重ねた。
本の数秒のキスをして、「ごめんなさい」そう呟いてアスカは部屋を後にした。
「………まいったな」
アスカが部屋を出ていってすぐ、ルーピンは自分の口元を手で覆って呟いた。
彼女の、アスカの自分に対する好意に気づかなかった訳じゃないが、自分と彼女は15歳以上も歳が離れている。
周りには彼女に似合う、若くて健全な男子が沢山いるだろうに、何故自分なんかに。
ルーピンはため息交じりにぼんやりと考えていたが、アスカの気持ちを量れるはずもなく、結局は結論が出ないまま途中だった仕事に戻ろうとした。
「そういえば、何度も謝っていたなぁ」
ふと、思い出して小さく笑った。
その頃アスカは、
廊下を猛ダッシュしていた。
キスしてしまった!!
といっても寝ている相手に無許可でだけど…!
あー明日の先生の授業、ちゃんとしてられるか心配だ。
10月31日。今日はハロウィン。
今日の授業は午前中のみで、午後からは皆パーティーの準備。
夕食と共に行われるパーティーに向けて、夕暮れ時にはアスカも親友のルナマリアやサリーと共にパーティー用の衣装に着替えていた。
「アスカ~仕度出来た~?もう皆行っちゃったよ?」
友達二人に急かされて、アスカはようやく更衣室から出た。
「あら~似合ってるじゃない!」
「ほント、ホント!これなら皆納得ね~」
更衣室から出てきたアスカを友人二人は手をパチパチさせて言った。
「ホント?おかしくない?」
「全然!」
「そっか、良かった。ありがとう。さ、行こうか」
アスカも素直に応えた。
「去年まではどんなに薦めても男装しかしなかったのに、今年はどういう風の吹きまわし?」
大広間へ向かう途中でサリーが言った。
「ルーピン先生の為よね~」
ルナマリアが言うとアスカの顔は夕日色に染まった。
「え、何なに?アスカとルーピン先生ってそういう仲な訳?」
サリーは興味津々に聞いた。
それをアスカは慌てて否定する。
「ち、違うから!あ、あたしの片思いだもん…吹聴したら鬼の仕返しするからね」
「解ってるって~でも良かったじゃない。アスカもやっと異性を意識してくれて、ねぇルナマリア」
サリーはアスカの背中バシバシ叩いた。
「ほんとにね、ずっと異性に興味無しで、勉強の鬼だったから心配してたんだから」
「まさかストライクゾーンがあんなに上とは思わなかったけどね」
二人はクスクス笑った。
「いーでしょ!一目惚れだったんだもん、好きなんだもん」
大広間に着くと、中はハロウィンパーティー仕様にデコレーションされていた。
「いつもながらすごいね」
アスカたちは歩きながら空いてる席を探しはじめた。
歩きだしてすぐ、アスカは複数の視線を感じ始め、しかもそれは徐々に増えている気がしてならなかった。
「な、なんか妙に視線を感じるんだけど…」
隣を歩く、ルナマリアに小声で話かけた。
「そりゃ当然でしょ。あ、あそこ空いてる」
ルナは何言ってんのという感じの返事をして空席に腰を下ろした。
「ほら、アスカも座ったら」
「あ、うん。」
座る前に教員席を見ると、ルーピンと目が合った。
大広間でルーピンと目が合ったのは実は初めてだった。
アスカは嬉しくてニッコリ微笑んだ。
本当は手を振って、嬉しい事をアピールしたいけど、先生に迷惑がかかるといけないと思いとどまった。
ん?
アスカは皆の視線が自分に集中しているような気に見舞われて、慌てて着席した。
そして、恥ずかしさを紛らわすように、隣にいた少年に一声かけた。
「はぁい、ハリー隣お邪魔するね」
「どうぞ。あ、アスカがシンデレラだったんだね、すごく似合ってる」
ハリーは一瞬赤くなった後、そう言った。
「ありがとう、ハリーも素敵よ」
アスカはそれを特に気にするわけでもなく、返事をした。
それよりアスカは、さっきのルナマリアのセリフが気になっていたから。
「ねぇ、ルナ。さっきの“当然”ってどうしてよ」
そう聞くなり、ルナは驚いた顔をした。
「まさかとは思うけど、シンデレラを知らない?」
「何よ、シンデレラの物語くらい知ってるわよ」
「…そうじゃなくて」
ルナマリアは思いっきりため息をついた。
隣でサリーが笑ってる。
「アスカなら知らなくても不思議じゃない気がするわ」
それを聞いてルナマリアは軽くため息をついた。
「そうね…去年まで消極的参加だったものね。
じゃ、簡潔に説明してあげる。
シンデレラは4大プリンセスの一人。
4大プリンセスとはシンデレラ・白雪姫・眠れる森の美女・美女と野獣を示す。
そして、ハロウィンパーティーでその衣装を着られるのは各プリンセスにつき一人のみ。
で、貴方はシンデレラに選らばれた。
OK? 」
ルナマリアは早口で言った。
アスカはルナマリアの説明内容は解ったのだが、解せない事がひとつ。
「選ばれたって何?いつ?」
抽選や選抜をした記憶などなかった。
「アスカ、1ヶ月前にハロウィンの衣装を決める時間に、羊皮紙に何が着たいって書いたの?」
「…シンデレラ」
「あんた、自分からエントリーしてんじゃん」
サリーが笑いながら突っ込みを入れた。
「エントリー?」
「んもう、あなたあの時の先生の説明聞いてなかったのね!」
ルナマリアは大袈裟にため息をついた。
「そうみたい」
「あの紙には二つ書く項目があったでしょ。
一つは自分の着たい衣装。もう一つは自分の寮のプリンセスに7年生から誰を選ぶか。
で、あなたがシンデレラに選ばれたの」
「え~、んじゃ、私がシンデレラの衣装を着られたのは、選んでくれた人がいるからって事なの?」
「そういうこと」
知らなかったとは言え、驚きだった。
アスカが去年まで、パーティーの類には全く興味がなかったのは事実。
ハロウィンパーティーは全学年が参加できる催しで、ハロウィンの時期が迫ると何の仮装をするかとか
これがきっかけで誰と誰がと付き合うとか、みんながそういう事に関心を抱いていたのは知っていたけど、自分には無縁だと思っていた。
去年まで、好きな人などいなかったから。
でも、今年は違う。
ルーピン先生に恋したから。
先生に少しでも自分を見てもらいたい。
だから今年はどんなイベントでも先生がいるなら参加しようと決めたんだ。
「そっか…だから皆の視線が痛いほど突き刺さってるのね…」
アスカがようやく納得したところでダンブルドアの話が始まった。
「上級生は判ってると思うが、1年生の為にホグワーツでのハロウィンの説明をしようと思う。
Trick or treat. つまり、そのままじゃ。
みなは誰にでも“トリック・オア・トリート”を言っても良い。もちろんワシにもじゃ。
そして、言われた者はお菓子を差し出さなければならない。
もし、手持ちのお菓子を切らしたら、言った相手に悪戯されるという訳じゃ。
先手必勝じゃな。どんな悪戯も12時を回ると解除される。
それと、相手が死ぬほど嫌だと拒否した場合は悪戯ができない事もあるぞ。
わしは、みなが楽しい時間になるような悪戯を期待しておる」
ダンブルドアが茶目っ気たっぷりで説明した。
それを聞いた一年生たちは、色々な悪戯を想像して目を輝かせた。
「では、今年のプリンセスを紹介するとしようか」
ルーピンの事ばかり見ていて、ろくにダンブルドアの話を聞いてなかったアスカだったが、今のセリフでそういう訳にもいかなくなった。
「ハッフルパフ・スノーホワイト…ジーナ・グレイ。
スリザリン・スリーピングビューティー…トレイシー・シンクレア。
レイブンクロー・ビューティー&ビースト…サンドラ・マートン。
そして、グリフィンドール・シンデレラ…アスカ・エルリック。
さぁ、名前を呼ばれたプリンセスは前に。それ以外の者は拍手じゃ」
ダンブルドアの口からアスカの名前が出た瞬間、グリフィンドール生の視線が一気に集中した。
名前を呼ばれた他のプリンセスたちは喜んで立ち上がり、前を目指している。
「ほらアスカ、あなたも行きなさいよ」
ルナマリアが言った。
「えぇー!前行かないとダメなの!?」
「何言ってんのよ!たかがパーティーの仮装と思ったら大間違いよ。諦めなさい。ほら、さっさと行くの!」
ルナマリアに文字通り背中を押され、アスカは嫌々ながら前へ。
なんだか騙されたような気分で、足取りは重い。
そんな気分の中、そっとルーピンを見ると、本日2回目の視線の逢瀬が。
しかも今回は、アスカに向かっての拍手と笑顔付きだった。
きゃー先生が私を見て笑った!
もう、騙されてても、これが罠でもかまわない!
アスカの機嫌はうなぎ登りに良くなって、心なしか足取りも軽い。
ルーピンと目が合っただけでルンルン気分になったアスカは笑顔満面で他の3人と共にダンブルドアの隣に並んだ。
その様子を見届けたダンブルドアが再び口を開いた。
「容姿端麗ながら、成績も優秀、運動能力にも優れていて更に人柄も良い。
ここにいる4人は、これら全てを同じ寮の仲間に認められた事になる。
さぁ今一度、盛大な拍手を」
ダンブルドアの言葉を受けて、各寮が自分たちのプリンセスに盛大な拍手を送った。
「さて、彼女たちにはわしからささやかなプレゼントを送ろう。
お菓子の減らないバスケットじゃ。
と言ってもこのバスケットにかけられた魔法は本日のみ有効で、明日にはただのバスケットになってしまっておる。
じゃが、今日の悪戯からは問題なく免れるじゃろう」
ダンブルドアは瞳をキラキラさせて悪戯に微笑んだ。
アスカは受け取ったバスケットを見つめながら、これ今日だけしか効果なくても、先生にプレゼントしたら喜ぶかな。そんな事を考えていた。
「アスカ、あなたってすごく綺麗。あなたがレイブンクローじゃなくてよかったって今日初めて思ったわ」
隣にいたサンドラ・マートンが話しかけてきた。
「それはよかった。これからはグリフィンドールな私で満足してね」
アスカは笑って返した。
彼女とは昔から仲が良かった。
勉強に関する事で話しかけたのがきっかけだったのだが、仲良くなるにつれ“あなたがレイブンクローだったら良かったのに”とよく言われてきたのだ。
アスカはグリフィンドールで満足していたし、彼女が本気でそう言ってるとは思ってなかったから、いつも軽く流していた。
でも、多少本気で言っていた模様。
「そうね、あなたと同僚だったら私はここに立てなかったもの。これを期に満足しましょう」
サンドラはちょっと悔しそうに、でもにっこり笑っていった。
「腹が減っては戦はできぬ。さぁ、ご馳走にありつこうか」
ダンブルドアが言うと、テーブルがハロウィン仕様のご馳走でいっぱいになった。
生徒たちは歓喜の声を上げて、ご馳走に手を伸ばし始める。
「プリンセスたちも自分の席へ戻るとよい。ご馳走が待っておる」
ダンブルドアが振り返って言った。
アスカたちは軽く返事をして自分の席へと歩き出した。
その時、サンドラがアスカに小声で耳打ちした。
「あなた私の思った通りだったわ、恋したら絶対変わるってね!頑張ってね!」
そう言って視線を教員席へ泳がせてから、アスカを見て微笑んだかと思うと返事は待たずに自分の席へと戻って行った。
アスカは一瞬きょとんとしたが、途端に顔が熱くなるのを感じた。
バレバレってやつですか。
嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちでアスカも教員席に視線を送った。
ルーピンは隣に座ったスネイプ教授に無理矢理乾杯させているところだった。
アスカはクスっと笑って自分の席を目指した。
今日の夜、先生の所へ行こう。
「ただいま」
そう言って、アスカはルナマリアとハリーの間に腰を下ろした。
「おっかえり~トリックオアトリート!」
素早くルナマリアが言った。
「早速ですか…」
アスカは苦笑しながらお菓子の籠をルナマリアの方に差し出した。
すると、籠からお菓子が飛び出して、ルナマリアが差し出していた掌の上へ移動した。
「へー渡す手間要らずなのね…」
「これ!これ食べたかったの~やっぱり噂は本当だったのね」
アスカが籠に対して変に感心している横でルナマリアが嬉しそうに言った。
「え?何の噂?」
「この籠、トリックオアトリートを言った本人の欲しいお菓子を出してくれるって噂よ」
「へぇ~という事はルナマリアはそのお菓子が欲しかったんだ?」
アスカはルナマリアの手元のチョコを見ながら言った。
「そうよ~このチョコ、マグル界では有名なチョコレートのお店のものなの。
前に一度だけ食べた事があって、また食べたかったの」
「そうなんだ、よかったね」
アスカはそう言うと、興味を無くしたようにご馳走に向き直った。
と、そこでふと思う。
「ちょっと、ルナマリア!」
突然呼ばれて驚いているルナマリアを他所にアスカは言葉を続けた。
「もしかして、その噂って有名?」
「そりゃ有名よ~だからみんな、あなたに言いたくて仕方ないはずよ」
そう言われて、アスカは盗み見るように周囲に視線を巡らせた。
みんな目を輝かせてアスカを見ていた。
そして、口をあんぐり開けたまま暫く放心。
「いや~!今夜の私はみんなに追われまくるって事じゃない!」
アスカが小さく叫ぶと、ルナマリアが笑った。
「ご愁傷様でした~でも、それがプリンセスの役目ですから~」
人事だからご機嫌に言うルナマリアを軽く睨んで、はぁとため息を吐いた。
今更逃げる事なんて出来ないだろうから、片っ端から片付けるしかないな…
アスカは半ばやけくそ気味にそう思った。
今夜、先生のところに行けるかしら…
食事をする為に席に着いたはずなのに、アスカは一向にご馳走にありつく事が出来なかった。
「トリックオアトリート!」
途切れる事なく自分に向けられるこの言葉に既にアスカはうんざりしていた。
よく見れば自分のすぐ横に列が出来ていた。
はぁ。
ため息を隠すようにふと別寮のテーブルを見ると、向こう3列にも自分のところ同様に列が連なっていた。
諦めるしかないのね。
アスカは食べるのを諦め、立ち上がって順番を待つ人たちを次々と片付け始めた。
列になっていた人へ全てお菓子を渡すとようやくひと時の急速が訪れた。
「ご苦労様」
腰を下ろすとルナマリアが言った。
「こんな事になるなんて思いもしなかったわ」
アスカはそう言うと、もう残り少なくなったご馳走に手を伸ばした。
隣でハリーがその様子を見てるのに気づき、アスカは声をかけた。
「あ、ハリーはまだだったね」
「うん。でも後でいいよ。おなか空いてるでしょ」
ハリーはこめかみをポリポリ掻きながら言った。
今のアスカにはそんな気遣いがとても嬉しかった。
「ありがとうハリー」
そうお礼を言って、食べる事に専念した。
胃が食べ物で満たされ始めた頃、ルナマリアが言った。
「私たちもそろそろ動きだすけど、アスカはどうする?」
「う~ん、一緒だと迷惑かけそうだから別行動するわ」
「了解。でも、あなたもそろそろ移動しないと、今度は別の寮から奇襲がくるわよ」
ルナマリアは立ち上がりながら小声で囁いた。
あーそっか。自分の寮の人だけに言われるとは限らないんだよね。
「肝に銘じておきます」
アスカが頷くのを見届けると、ルナマリアは「じゃあね、頑張って」そう言ってその場を離れていった。
「ハリーお待たせ」
アスカは食べるのを止めてハリーに向き直った。
「さぁどうぞ」
アスカが言うと、ハリーは一回咳払いをしてから言った。
「トリックオアトリート」
ハリーの言葉に反応してアスカの籠からお菓子が飛び出し、ハリーの下へと飛んでいった。
「ありがとうアスカ」
ハリーがにっこり笑って言った。
「こちらこそ待っていてくれてありがとうね、それじゃ、捕まる前に私行くわ」
アスカもにっこり笑ってから立ち上がり、軽く手を振ってその場を離れた。
それから大広間から出るまでに何度足止めを食らっただろう。
もう数える気にもなれない。
ようやく大広間から脱出して、廊下を少し進むと前方に人だかりが見えた。
どうやらスリザリンのトレイシー・シンクレアが囲まれているらしい。
このままじゃ、私のあの二の舞になる…
「アクシオ!私の箒」
外に続く通路へこっそり移動しながらアスカは小声で叫んだ。
そして、箒をキャッチすると同時に箒に飛び乗り、先に見えた人だかりを避けてそのまま外に出た。
「ダンブルドアは逃げちゃダメとは言わなかったわよね」
そう呟いてからスピードを上げ、屋上を目指した。
間もなくして屋上に到着した。
もちろん誰もいない。
アスカ自身、こんな時間に屋上に来るのは初めてだ。
満ちかけた大きな月が空に浮かび、微量の魔力を降り注ぎつつアスカを見下ろしていた。
満月は明日。
今夜は逢いに行っても大丈夫だよね…ねぇ先生。
アスカは、ルーピンは人狼なのだろうと思っていた。
彼を好きになって、彼を見ていたから自然と判ってしまった。
勇気がなくてルーピン本人に確認したりはしていない。
それにきっと、そんな事を先生に聞いたら、先生はここからいなくなってしまう。
そんな気がしてとても確認しようなどとは思えなかった。
「う~さむーいー!」
屋上に到着して10分もしないうちにアスカは寒さに耐え切れず叫んだ。
寒いのは当然だった。
晴れて月が出ているとは言え、今日は10月末日。
シンデレラの衣装を纏っているアスカはノースリーブのドレス姿。
「今戻ったら、また餌食になるだけだし、先生もまだ誰に追われてるかもしれないし…だけどこのままここでジッとしてたら私、凍死しちゃう」
「凍死しちゃうって」
「そりゃ大変だ」
後ろから声がした。
「だ、誰!?」
勢いよく振り向くと、フレッドとジョージがいた。
「そんなに驚いてくれるとは光栄だね、シンデレラ」 とフレッド。
「こんばんは、アスカ。そんな薄着で月見かい?」 とジョージ。
愛想良く言った二人にアスカは軽くため息を吐いた。
「もう…急に現れるからビックリしたわ。で、あなた達はここで何してるの?」
「「そりゃあ悪戯するためさ」」
二人は声を揃えて言った。
「あ!あなた達はまだだったわね」
アスカは気が付いて、籠を前に出した。
「しまった!」
籠を見たフレッドが叫んだ。
「な、何!?」
その声にビクっとしたアスカは籠を落としそうになって慌てて持ち直した。
「そっか、今年はアスカがシンデレラだから、僕達はどう足掻いても君に悪戯できないんだ」
ジョージが肩をすくめて言うと、隣でジョージが頷いた。
「そういえば、あなた達だけは毎年私の元に言いに来てくれてたわね。初めての年はひどい目にあったけど」
そう言ってクスクス笑いながらアスカは去年までのハロウィンの事を思い出した。
去年までのアスカはハロウィンパーティーには食事だけ参加して、その後は早々に寮に退散していた。
だからアスカに対して、ルナマリアとサリー以外“トリックオアトリート”を言う人はいなかった。
しかし、このフレッドとジョージだけは必ずアスカの元へやってきては、“トリックオアトリート”を叫んでいた。初めて二人が来た夜は、お菓子が無くて思いっきり悪戯をされた。そのおかげで次の年から、彼らの分は必ず用意するようになっていた。
そして彼らは今年もアスカの元へと来てくれた。
二人はアスカがシンデレラだから来たのではない。
そう思うと、アスカはなんだかとても嬉しかった。
「今年もあなた達が来てくれて嬉しいわ」
アスカはまだ笑いながらそう素直な気持ちで言った。
そんなアスカを見たフレッドとジョージは一瞬アスカに見とれて薄っすらと頬を赤くした。
「そう言ってもらえると来た甲斐があったってもんだ」
フレッドが照れを隠すように言うと、ジョージもうんうんと嬉しそうに頷いた。
「さぁ、今年で最後になっちゃうのは寂しいけど、最後だから思いっきりどうぞ」
アスカが悪戯な笑顔を見せると、二人はニッと笑ってから声を揃えて言った。
「「トリックオアトリート!」」
言い終わると同時に手元の籠から大きな箱が飛び出した。
「わぉう!百味ピーンズコンプリートだ!」
「さすがはダンブルドアだな」
二人はご満悦で箱を抱えた。
そんな二人を見ながら、アスカが言った。
「トリックオアトリート!」
アスカの言った言葉に、フレッドもジョージも一瞬目を見開いて、お互いの顔を見た。
そしてもう一度アスカを見ると、手に持っていた百味ビーンズの箱を放り投げた。
「「アスカ!」」
二人ははにかみながら微笑んでいたアスカに思わず飛びついた。
「きゃあ!」
突然飛びつかれたアスカは二人を支えきれず、その場に倒れこんだ。
「いった~い!二人とも、突然どうしたのよ~」
アスカは思いっきり尻餅をついて、恨めしそうに二人に言った。
しかし、飛びついた当の二人はアスカから離れようともせずに嬉々として言った。
「アスカが俺達に向かって言うの、初めてだぜ!」
「俺達、毎年アスカから言われるのを楽しみにしてたんだ」
二人はすごく嬉しそうだった。
アスカは何故こんなにも二人が喜んでくれるのか、思い当たる節があった。
去年まで、アスカの元に来てくれる二人に対して、自分からお菓子をねだった事はなかったし、
来てくれる事を嬉しく思っていたくせに、恥ずかしい事もあっていつもそっけない態度しかしてあげられなかった。
「フレッド、ジョージ。二人ともありがとう」
アスカは二人に手を回して小さな声でそう言った。
「おいおい、俺達はまだお菓子を渡してないぜ」
「あぁ、そうね…でも言いたかったの」
フレッドはそう言ったが、アスカはお菓子が欲しかった訳じゃなかった。
ただ、なんとなく言いたくなって言ってみた。
だけど、二人はそうはいかないよと揃ってアスカの手を引き、その手のひらに小さなチョコを載せた。
そしてそのままアスカの手首をやんわり掴んで、アスカごと立ち上がった。
「あり…が…!?」
アスカはお礼を言おうとしたが、その言葉は最後まで続かなかった。
フレッドが左頬に、ジョージが右頬にその唇を落としていったからだ。
パッと頬を染めたアスカを悪戯な笑みで見つめると、二人は転がった百味ビーンズの箱を魔法で引き寄せ、箒に跨った。
そして浮上すると、フレッドが叫んだ。
「アスカ!ルーピンはもう一人で事務室へ戻ったぜ!」
そしてジョージはウインクを投げた。
「じゃぁアスカ!よいハロウィンを!」
二人は呆気にとられたままのアスカを残して見事なほど鮮やかにその場から姿を消した。
「きゃー!あの二人にもバレバレなの!?ってかなんで知ってるくせにキスなんてするのよー!」
アスカは真っ赤になって既にいない二人に向かって叫んだ。
双子が去り、ホグワーツの夜空に静けさが戻った。
ひんやりとした空気が流れて、再び体が寒さで震えあがる。
フレッドとジョージがいてくれた時は寒さなどすっかり忘れていたというのに、現金な体だ。
アスカは片手で体をさすりながら、立てかけておいた箒に手を伸ばした。
そして箒に乗り、フレッドの言葉を信じてルーピンの部屋へと向かった。
最後に月を一睨みして。
コンコン。
「先生いらっしゃいますか~?」
アスカは数ヶ月前と同じ内容の言葉で、呼びかけた。
あの日以来、ルナマリアたちと一緒にここを訪ねた事はあっても、一人でくるのは初めてだった。
変にドキドキする鼓動を抑えつつ、返事を待つ。
しかし、一向に帰ってくる様子はない。
もしかしてお留守なの?
そんなぁ…と思いつつも手はノブへ。
一度経験してしまうと体は勝手に動いてしまうものらしい。
と都合よく解釈してノブを回してみる。
カチャリ。
開いてる!先生、中にいる!
アスカはこっそり中を覗いてみた。
だが、少し覗いただけでは、ルーピンの姿は確認できず、結局今回も無断入室をすることとなった。
「またしても勝手に失礼致します…」
堂々と入っていけばいいのに、何故かコソコソしてしまう。
静かに足を進めると、事務机に突っ伏しているルーピンを発見した。
「先生…眠ってるの?」
アスカは静かにルーピンへと近づいた。
「ん…」
人の気配を感じたルーピンが薄っすらと目を開いた。
「あ、せ、先生、起きてらっしゃったんですね。その…お邪魔してます、ごめんなさい」
アスカは慌てて謝った。
あたふたしているアスカの様子を見てルーピンは体を起こしつつ小さく笑った。
「やぁアスカ…私はどうやら少し居眠りをしてしまったようだね」
「先生、顔色が良くないです…大丈夫ですか?私、失礼した方が…」
「いや…大丈夫だよ。せっかく来てくれたんだからお茶でもご馳走しよう」
そう言ったルーピンは少しダルそうだった。
それは満ちかけた月の所為だと判ったアスカは自分ではどうする事も出来ないと悲しくなった。
「アスカ…どうかしたかい?」
表情を暗くしたアスカを心配してルーピンが声をかけた。
「あ、何でもないです。あの、私もちょっと疲れたなぁって思って…」
アスカは何とか取り繕うと嘘を吐いた。
「あぁ…そうか、君は今夜は大変だっただろう。ほら、立っていないでどうぞ座って」
お茶を淹れる為に立ち上がったルーピンは椅子をアスカの傍まで引き寄せた。
「ありがとうございます」
素直にお礼を言って腰掛けると、ルーピンはにっこり微笑んだ。
「どういたしまして、シンデレラ」
「え?あ…」
「とても良く似合ってる。綺麗だよ」
ルーピンはそう言うと杖を取り出しながらアスカに背を向け、魔法でお茶の用意をし始めた。
その時アスカは、今しがたルーピンに言われた言葉を頭の中で何度もリフレインさせていた。
先生が褒めてくれた!
先生が似合うって!
先生が綺麗だって…言ってくれた!
天に昇る気分とはこの事なんだと思った。
先生に言われた言葉を鍵をかけて大事に閉まっておきたい。
アスカは嬉しい悲鳴と胸のドキドキを愛おしく抱きしめた。
「寒いかい?」
お茶の用意を魔法で運んできたルーピンがアスカが両腕で自分を抱きしめている姿を見て言った。
「え?あ、寒くないです!大丈夫です!」
アスカは急に声をかけられてビックリして両手をバタバタと動かした。
「本当に?」
「本当です!先生に褒めてもらえて嬉しかったから、ちょっと浸っちゃっただけです」
顔を真っ赤にしながらアスカは言った。
そしていい終わると同時に、余計な事まで言ってしまったと慌てて自分の口を両手で押さえた。
そんなアスカをルーピンはただ優しく見つめて「本当の事を言っただけだよ」と笑った。
その笑顔は反則だ…倒れるかと思った
アスカは再び顔を真っ赤にして、心の中で呟いた。
「どうぞ、体も温まるよ」
ルーピンがティーカップを差し出した。
「頂きます」
アスカは赤くなった顔を隠すようにカップを持ちあげ、一口飲んだ。
「美味しい…」
「それはよかった。」
「先生、今夜は先生とお菓子が食べたくて来たんです。ほら、私シンデレラだから魔法の籠にはお菓子がいっぱいなんです」
そう言って、お菓子の籠を持ち上げた。
「それは嬉しい訪問だ」
ルーピンは笑顔で答えてくれたが、どこか辛そうに見えた。
アスカは来るべきじゃなかったのかもしれないと少しの後悔を感じた。
と、その時、後ろからドアをノックする音が聞こえてきた。
あぁ邪魔が入った…
そうガックリしたと同時に聞こえた声に驚く。
「ルーピン、薬を持ってきた」
スネイプ教授だ。
こんな時間になぜスネイプ教授が?と疑問を浮かべたアスカの前でルーピンが立ち上がった。
「あぁセブルス。今開けるよ」
ルーピンはいそいそとドアへ向かい、そしてその扉を開けた。
「いつもすまないねぇ」
ルーピンが何かを受け取りながらお礼を言っている。
「そう思うのなら、その薬をさっさと飲め…ん?」
スネイプがルーピンの後ろでこちらを見ているアスカに気づいた。
「ミス・エルリック…ここで何をしている」
突然自分に投げられた言葉にアスカの体はビクッとなった。
アスカはスネイプが苦手だった。
人を見下している様な態度が嫌でいつも極力近づかないようにしてきた相手だ。
だけど、今はそんな事を言ってられそうにない。
「あの、こんばんはスネイプ教授…」
「我輩は何をしているのかと聞いている」
アスカが出来るだけ愛想良く挨拶をすると、それが気に入らないというように言葉を被せたスネイプ。
挨拶しなかったら、しなかったで文句言うくせに!とアスカは憤慨して言葉が出ない。
「セブルス、彼女はお菓子を持ってきてくれたんだよ」
ルーピンにはそんなアスカが怯えているように見えて、助け舟を出した。
「ふん、貴様には聞いてない。…まぁいい。ミス・エルリック、」
「は、はい」
「今夜は早々にこの部屋を去った方がいい。今夜のルーピン教授はもう起きているのも辛いだろうからな」
スネイプは冷ややかにそう言うと、ローブを翻して背を向けた。
アスカはその後姿に思いっきりべーッと悪態ついた。もちろん、ルーピンには見られないように。
それにしても…あれは何の薬だろう。それに、さっき先生、スネイプ教授をセブルスを呼んでた…
お二人は仲がいいのだろうか…スネイプ教授は薬をわざわざ届けにきたくらいだし…
アスカが浮かんだ疑問に小首をかしげていると、そんな様子を見たルーピンが笑った。
「アスカはスネイプ教授が苦手なのかい?」
「はい…でも、グリフィンドール生はみんな苦手です」
「そう、みたいだね…でも、少なくとも彼は君を気に入っているようだよ」
「い?そんな、まさか!」
ルーピンはテーブルの上に、スネイプが持ってきた薬入りのゴブレットを静かに置いてアスカの隣に腰掛けた。
「そんなに意外かい?」
アスカはルーピンがさっきより近い位置に座った事にドキドキしていた。
「意外どころか、スネイプ教授こそがグリフィンドール生を嫌いなんですよ」
「でも、気に掛けてない相手に、“危ないから帰れ”なんて言ったりしないよ」
珍しく折れないルーピン。
そんな彼の意図になんとなく気づいているけど、アスカは気づいてないフリをする。
きっと、満月前だから、早めに退室して欲しいルーピンは思っているのだろう。
いつもならもうとっくに寮へ戻らなければならない時間。
だけど、今日は12時まで自由を許されている。
だからルーピンももう遅いから帰りさないと言えずに困っているのだろう。
アスカはそう思った。
ごめんなさい先生…でも、もう少しだけここにいたい。
「そうかもしれませんけど、単なる気まぐれかもしれませんよ」
「ははは、そうだね」
ルーピンはまるでアスカの心の声を聞き入れてくれたかのように、それ以上は何も言わずただ微笑んだ。
その微笑を見たアスカは体中の血液が沸騰してしまったのかのように体がカーッと熱くなったのを感じて、それを誤魔化す為に目の前に置かれたティーカップを手に取り、一口飲み込んだ。
「アスカそれは!」
珍しくルーピンが叫んだ。
「にがっ!!」
ティーカップを手にしたつもりだったアスカは、おそるおそる自分の手元をみると、なんとルーピンのゴブレットを手にしていた。
「ご、ごめんなさい!」
「謝らなくていいんだ。すぐに飲まなかったのも、紛らわしい位置に置いてしまったのも私なんだから。それより飲んでしまったかい?」
「一口だけ…」
「その薬は特殊なものでね…風邪薬とかとは違うんだ。一口だけと言っても君にどんな影響を及ぼすか…。申し訳ないとは思うが、今夜はここで休んでもらった方がいいかもしれない。何かあった時の為に私のそばに…」
ルーピンの口からなんだか嬉しい言葉が出てきたと判っているのに頭がボーっとしてきて、更には意識も薄れてきて、喜ぶなんて到底出来なかった。
「アスカ?」
ルーピンもそんなアスカに気づいて心配そうに呼びかけた。
「せんせ…も、ダメ。ねむ、い…」
やっとの思いでそう言ったかと思うと、アスカの体はその場に崩れた。
「アスカ!」
ルーピンは倒れこむアスカを受け止め、急いでその顔を覗き込んだ。
アスカはルーピンの心配を他所に穏やかな寝息をたてていた。
その様子を見てルーピンはホッとした様に小さく微笑んだ。
良かった。どうやら睡眠薬のような効果で済んだらしい。
どの道アスカには今夜はここで休んでもらうつもりだったし、彼女からの承諾を得る事は出来なかったが、今どんなに頑張って起こそうとしてもきっと暫くは夢の中だろう。
ルーピンは軽く息を吐くと、ゴブレットに手を伸ばした。
「…はぁ。今日も変わらずひどい味だ」
呟いて、空っぽになったゴブレットを恨めしそうに見つめた。
「さて、アスカをベッドへ連れていかないと…私もそろそろ限界だ」
腕に倒れこんだままのアスカをそのまま抱きかかえ立ち上がった。
「こんなおじさんのベッドで申し訳ないが我慢しておくれ」
ルーピンはふらつききながらも私室のベッドにたどり着くと、アスカを寝かせながら囁いた。
こんな調子でアスカに何か異変があった時、自分はすぐさま起きれるのだろうか。
ルーピンにとって忌まわしい夜が明日に迫っている事と、脱狼薬の副作用で体力・気力そのどちらも、もう底をつきそうだった。
とりあえず、自分が寝る為のソファをやっとの思いでベッドのそばまで動かして、そのまま体を休めた。もしもの事を考えて、体を横にすることはなく、敢えて座ったままの状態にした。
ルーピンが深い眠りにつくまでにそう時間はかからなかった。
それから数時間後。
ルーピンのベッドに寝ていたアスカはうまく寝返りが打てないおかげで嫌々ながらも目を覚ました。
「あれ…ここどこだ?」
目に飛び込んできたものがいつもと違う。
寮のベッドの天井がない。
アスカは目をこすりながら起き上がろうとした。
が、起き上がれない。
何でだと布団の中を見てみると、その理由が判った。
どんな格好で寝てたのか判らないが、布団の中でシンデレラの衣装が折り重なって足に絡みついていた。
「私、ドレス着たまま寝ちゃったのね」
どおりで寝返りが打てなかった訳だと苦笑して、器用にも寝転がったままもう用済みとなったシンデレラの衣装を脱ぎすて、更にグローブを放り投げた。
「なんだか体が軽くなったわ」
そう言って今度こそ起き上がった。
「先生!?」
目の前に、ソファで寝ているルーピンがいてアスカは驚いた。
「なんでそんなところに寝て…」
そう呟きながら、気が付いた。
「ここって先生の寝室だ…そうだ私!」
アスカは何で自分がルーピンの寝室にいて、しかも彼のベッドで寝ていたのか、ようやく思い出した。
私、先生のお薬を飲んじゃって、その所為で急激な眠気に襲われて…そのまま寝てしまったんだわ。
アスカはベッドから降りると、ルーピンの眠るソファの前まで行き、ルーピンの寝顔をそっと窺った。
「先生…顔色がよくないわ…」
突然眠ってしまった私をベッドまで運んでくださった上、ご自分はソファで眠っているなんて…
先生のベッドを使わせてもらった嬉しさより、体調の良くない先生をソファで寝かせる事になってしまった事の申し訳なさが勝っていた。
かと言って、眠っているルーピンを彼が自分にそうしてくれたように抱き上げて運ぶ事など出来やしない。
「う~ん…」
前にマダム・ポンフリーが倒れた生徒を運ぶ為に使って魔法をふと思い出した。
「あれは人に対して使ってもいいのよね」
アスカは悩んだ挙句、魔法を使ってルーピンをベッドまで運ぶ事にした。
「っとその前に私の杖は…あ、ここか」
さっき脱ぎ捨てたドレスを見に行こうとして、自分の足に杖があるのを見つけた。
「杖ホルダー付のガーターストッキングってのも意外便利ね」
ルナマリアに渡された時は、長いドレスを巻くって杖を取り出さなきゃいけないからあまり重宝はしないなと思っていたが。
さてと。
アスカは杖を持ってルーピンに向き直り深呼吸をした。
「失敗して落としてしまったらごめんなさい」
人に対して初めて使う呪文だから、多少の不安があった為かアスカは祈るように先に謝った。
「うまくいきますように!モビリアーブス!」
ルーピンに向かって魔法を放つと、ゆっくりとその体を持ち上げ、慎重にベッドへと動かした。
ルーピンは起きる気配はない。
アスカはそっとルーピンの体をベッドの上に沈めた。
「はぁ~上手くいった…よかったぁ」
心底ホッとして青白い顔で眠り続けるルーピンの顔を見つめた。
「……キスしたいかも」
ベッドの上ですやすやと寝息を立てるルーピンに引き寄せられるかのようにアスカも自分もベッドに上った。
そして、ルーピンの体を挟むように両手を付いて彼の寝顔を見つめた。
ルーピンの瞳は硬く閉じられたままだったが、その下の唇は軽く開かれている。
キスしたい。
その衝動を抑える事が出来ず、アスカは自分の唇をそっとルーピンのそれに重ねた。
先生好き。
気持ちが溢れてくるばかりで、なかなか離れずにいると、ルーピンが苦しそうに唸った。
その声を聞いてアスカはハッと我に返った。
慌ててルーピンから離れようとしたが、バランスを崩してその上に倒れ込みそうになる。
なんとか寸で堪えてその隣にドタっと倒れこんだのだが、倒れた時にベッドが沈んだ反動でルーピンが片腕を伸ばしつつ寝返りを打った。
気がつけばルーピンの腕は自分の胸の上。
そして横を向けばルーピンの寝顔が目と鼻の先だった。
どどどどどどうしよう…動けない!
ルーピンの意思ではないにしろ、結果的に押さえつけられている形になっている為、アスカは全く身動きが取れない。
それが嬉しくもあるのも確かなのだが。
そっとルーピンを覗きみると、相変わらず顔色はよくなくて、ルーピンの頬に触れてみると体温が低い事に気が付いた。
「モビリアーブス!布団よ」
そっと呪文を唱えて、ルーピンに布団をかけた。
しかし、いまだにルーピンの腕の下にいるアスカにも自然と布団がかかり、少しずつ体が温められていく。
先生とベッドで添い寝!?
早くなった鼓動を聞いているうちに段々と眠気に誘われて、アスカはそのまま眠りに落ちてしまった。
窓の外では朝の光が降り注ぎ、部屋にも明るさが戻った頃、ルーピンはようやく眠りから覚めようとしていた。
しかし、ものすごく体がだるい。出来ればこのまま起き上がりたくなどないと思った。
「あぁ…今夜は満月だからか」
この気だるさの原因を思い出しため息を吐くと、ずっしりと重い目蓋を開いた。
すると視界の端で、布団がモゾモゾと動くのが見えた。
ルーピンは深く考えずそちらに手を伸ばした。
そして動いた箇所とトントンと叩いてみた。
「う~ん…」
そこから声がした。
それは聞き覚えのある声で…
「アスカ!?」
ルーピンは思い出した。夕べアスカをこのベッドに寝かせた事を。
しかしそこで疑問が浮ぶ。
夕べは確かにアスカだけをベッドに寝かせ、自分はソファで寝たはず。
ルーピンは視線を動かして、夕べ自分が寝ていたソファがいつもの位置からベッドの傍へ移動しているのを確認した。
何故、自分までもがベッドにいるのか。
いや、そんな事より生徒と同じベッドで共に夜を過ごしたなど、教師として失格だ。
私は無意識にベッドに移ってしまったのか?
ルーピンが頭を抱えて苦悩している脇でアスカもようやく眠りから覚めた。
一人で唸っているルーピンを不思議に思ったアスカはしばらくの間その様子を窺っていたが、いいかげん気になり思い切って声をかけた。
「先生?どうかされたんですか?」
突然かけられた声に、ルーピンの体はビクッと揺れた。
「ア、アスカ!そ、その…申し訳ない!」
ルーピンは座ったままの体勢で深々と頭を下げた。
その突然の行動にアスカは目をぱちくりさせた。
「先生、頭を上げて下さい。何で謝るんですか?」
「え?あ、いや、それは…まさか寝ぼけていたのか判らないが、君が寝ているベッドに自分まで寝てしまうなんて」
ルーピンが妙に焦ってそう言うものだから、アスカはいけないと思いつつもつい笑ってしまった。
突然笑い出したアスカを見てルーピンは惚けた。
「先生、先生は何もしていませんし、悪くないんです。だって、先生をベッドに運んだのは私なんですから」
「それはどういう…」
「物を動かす魔法を使いました。先生に対して“物”を動かす魔法なんて使ってすみません…でもそれしか思い浮かばなくて…」
「いや、謝る必要なんてないよ。その魔法は人に対して使ってもいいものだからね。でもいつの間に私を?」
「夜中に一度目が覚めたんです。それでソファの上で眠っている先生を見て、そのなんだかだるそうだったから…」
「そうだったのか…ありがとうアスカ。でもホッとしたよ…私はてっきり君が生徒という事を忘れて自制の鎖を切ってしまったのかと思ったから」
「え…」
思いもよらぬルーピンの言葉にアスカの体は言葉よりずっと大きく反応した。
そんなアスカに気づいたルーピンは慌てて言った。
「あぁ、今のは忘れてほしい」
だけどアスカは首を横に振った。
「いいえ、忘れるなんて出来るわけない…だって今のって…先生は私を一人の女として見てくれた事があるって事だもの」
アスカはかみ締めるように静かに言った。
「困ったな…」
ルーピンはただ苦笑いをしただけだったが、アスカには充分だった。
ルーピンが自分を生徒以上に見てくれた時が一度でもあったという事が何よりも嬉しかったから。
だけど、恋する乙女は強欲で、もっともっとと願ってしまうもの。
「先生ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「私が、先生の特別な女の子になれる可能性はゼロじゃない?」
アスカは、まるで神の審判が下るのを待つかのようにジッとルーピンを見つめた。
不安ばかりを表情に浮かべて自分をじっと見つめるアスカに、ルーピンは胸の内でお手上げだと両手をあげ、観念した。
「アスカ」
ルーピンは今までとは違って、いつもの優しい表情で名を呼んだ。
「は、はい!」
アスカはそんなルーピンの笑顔がいつもよりずっと優しく感じられて、思わず赤面してしまった。
「まだ赤くなるような事は言ってないはずだけど…」
「い、いいんです!気にしないで続きを言ってください」
ルーピンはクスクス笑い、アスカはますます赤くなった。
「アスカ、君は私にとってもうずっと前から特別な女の子だよ」
そう言ったあと、ルーピンはそっとアスカの額にキスをした。
「気づかなかったかい?」
にっこりしながら小首を傾げたルーピンをアスカは今はただ見つめる事しかできずにいた。
「アスカ?」
何の反応もない、瞬きもしないでいるアスカにルーピンが呼びかけた。
アスカはその声にようやく自分を取り戻し、叫んだ。
「先生、今の…今の本当ですか!?」
「本当だよ。君は特別だ、アスカ」
もう一度言い聞かせるようにゆっくりと紡がれた言葉にアスカはその瞳を潤ませた。
「だけど…」
「だけど?」
アスカが同じ言葉をリフレインすると、ルーピンは苦笑した。
「私は教師で、君は生徒。だからこれからもこの関係は変わらないのも確かなんだ」
ルーピンの言葉にアスカはショックを受けることもなく、静かに頷いた。
本当は人狼の事を言われるのかと思っていた。
それを理由に自分を受け入れてもらえないかもしれないと不安が過ぎったけれど、ルーピンから出た言葉は真面目なルーピンらしい言葉で、アスカを少しホッとさせた。
「判ってます。でも、それももう少しの間だけです。だってもうすぐ私はここを卒業しますから!」
アスカは満面の笑顔で言った。
そんなアスカの笑顔を見てルーピンは不安を覚え、小さな声で呟いた。
「私の方が我慢が効かないかもしれないな…」
苦笑しているルーピンにアスカはそっと抱きついた。
「卒業まで我慢しますから、今だけは…」
ルーピンはただ黙ってアスカを抱きしめた。
大好きな先生の腕が自分を抱きしめてる。その感覚を確かめるとアスカはようやく自分の想いが通じた事を実感できた。
「先生、大好きです。先生が人狼でもそれはかわりません」
その言葉と共にアスカはルーピンにキスをした。
放たれた言葉、そして突然のキスにルーピンは驚いたが、それ以上にアスカの唇が震えている事にもっと驚いた。
大胆にもルーピンの唇を奪ったアスカだったけど、本当は緊張で全身はカチカチだった。
まさかアスカが自分が人狼であることを知っていたなんて思いもよらなかった。
だけど、小さな体でそれすらも受け止めようとしているアスカをルーピンはとても愛おしく思った。
アスカの緊張が解けるように、自分の足かせが消える事はなくとも、彼女の負担にならないようにと祈りながらと抱きしめる腕に力を込めた。
そして囁いた。
「私もアスカが大好きだよ」