斬魄刀ガチャでSCP-444-jpみたいなの引いた   作:はなぼくろ

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草喰み

 

 俺は屑だ。自分の妻子を手前勝手な理由で捨てた奴など、ろくな奴じゃないだろう。だから俺はクズだ。

 

 当時の俺は流魂街のそこそこ治安の良い区画に居を構えていた。

 俺や俺の血を継いだ息子は霊力があり、腹が空くもので日々の糧を得るため笠を編んで生計を立てていた。

 決して質の良くない粟を粥にして食っていたし、それだって毎日食えるわけじゃない。

 それでも充足感があった。仕事があって、可愛い子供がいて、愛する女房がいる。ひもじくとも不満はない。俺の人生の、あるべきカタチだと思っていた。

 

 ある日のことだった。そんな俺のちっぽけな世界を粉々にしてしまうような光景を、俺は見た。

 

 その日、俺の住んでいた村に刀で武装した男連中がやってきた。身なりも、顔つきも野蛮な連中。おそらく遅番で治安の悪い区画からの流れ者なのだと思われる。

 奴らは村の入口にドシドシと入ってくるなり口々に怒声をあげた。

 奪え。襲え。殺せ。食いモンを取り上げろ。男は殺せ。女は犯して殺せ。

 暫くして、悲鳴が聞こえた。苦悶の声、甲高い悲鳴。音をたてて木製の引き戸を蹴破る音。

 そんな略奪と殺戮の声を耳にしながら俺は部屋の隅で妻と子供をかき抱いて縮こまって隠れていた。

 裏口はない。かといって表に出れば逃げる間もなく殺される。

 ああ、神様。どうにか見つかりませんように。

 そんな情けないことを必死で祈りながら、奇跡的に何事もなく嵐が過ぎることを待つことしか俺には出来なかった。

 立ち向かう勇気なんて、なかった。

 

 そして、略奪と殺戮の気配は男達の悲鳴と怒声に変わった。

 

 凄まじい。純粋にそう思った。

 女。長髪の女だった。その黒い装い___死覇装を見る限り彼女は死神なのだろう。それを加味してなお、有り余るチカラを彼女は振るっていた。

 細く、白い腕。ともすれば自分が少し力を込めて握っただけで手折れてしまいそうなほどに可憐な細腕。

 それが舞うように、手にした刀を振るう。それだけで女の周囲を囲っていた男達の首が、腕が、足が、風に吹かれて飛んでいく枯葉のように容易く千切れ、吹き飛んでゆく。命が吹き飛んでゆく。

 一騎当千。数の差をものともしない蹂躙だった。

 自分が知る限り、今まさに皆殺しにされんとするその集団は女ひとりにいいようにされる連中では無かったはずだ。

 死神を殺して奪ったという斬魄刀でもって武装した破落戸共。総勢三十人程だったか。賞金の出ている札付きの猛者共だ。あの恐ろしい虚を倒したこともあるとか。少なくとも、当時の俺じゃ歯が立たないような奴ら。

 そんな奴らが、命の飛沫をあげて、屑ゴミみたく物言わない骸になって果てる。骸は折り重なって、女の周囲に山を築く。

 

 女はあの破落戸共を始末しに来た死神なのだろう。

 助かった。とその光景を見て、怯えながらも俺に笑いかける妻の顔を俺はあまり覚えていない。女の姿に、俺は目を奪われていたからだ。

 チカラだ。鮮烈な輝きを放つチカラ。その時、俺は心底からそれを羨望し、尊敬し、自分のちっぽけな人生がどうでもよくなった。

 

 駄目。行かないで。泣いて追い縋る女房の頬をぶっ叩いて俺は家を出た。

 女、八千流と呼ばれるあの強い死神について行きたいと思ったからだ。そのためには死神になる必要がある。そして、そのためには妻も子供も邪魔でしかなかった。

 強さ。チカラ。この時の俺はそれは何よりも輝かしいものだと疑っていなかった。脳裏に刻まれたあの光景がフラッシュバックする度に、興奮する。

 だから、妻とあの子を捨てることに些かの躊躇もなかった。

 

 数百年経って、あれだけ渇望したチカラに限りなく近づいて、それからやっと気付いたことはチカラは所詮チカラでしかなく、それだけではなんの役にも立たない空虚なものでしかなかったということ。

 戦いをより愉しむため。何かを護るため。己の道を貫くため。果てしない目的のため。

 俺の知ってる強いやつらはチカラの使いどころを知っていた。目的があってそのための手段として、或いは過程でチカラを得た。

 それが彼らの信念であり、彼らを支える確かなバックボーンだったのだろう。だからあれだけ強い。

 自分にはソレがない。信念がない。目的がない。敢えて言うなら、チカラが欲しかった。それも済んだ今、俺には何も無い。

 

 そんな虚無感に支配されていたある時、ふと息子と妻のことを思い出した。そして無性に会いたいと思った。

 気付けば俺は昔住んでいたあの村に戻ってきて、嘗て住んでいたあの長屋の玄関の前に立っていた。

 .............どういう顔をして会えばいいのだろう。反対を押し切って全ての責任を放り捨てて逃げた自分が、今更会って何をするつもりなんだろう。

 脳裏に浮かぶのは後悔、懺悔。そして意外な程に色褪せていなかった素朴で慎ましく、しかし充実していたあの変わらぬ日々の記憶。

 謝ろう。謝って、謝って、どれだけ時間がかかってもいい。取り戻そう、やり直そう。それが駄目でも、兎も角謝らなくちゃいけない。

 そして、扉を開け、

 

 俺を出迎えたのは埃とカビの臭いだけだった。

 色褪せない思い出とは違って、現実は数百年の時を刻んでいた。

 

 それから少し時間が流れ、瀞霊廷が出来た。そこで俺は副隊長というなかなか高い位の役職を与えられたが、胸にはぽっかりと穴が開いたままな気がした。

 それを払拭しようとひたすら修行に打ち込んだ。八千流隊長はそんな俺の努力を褒めていたが、俺の欲しいものはそこにはない。

 何か理由が欲しい。生きる理由が。だから俺は最強の座、剣八を欲した。

 

 あの人を倒すためには今のままではダメだ。これまで一番あの人を近くで見てきたから分かる。今の自分では敵わない。

 より速く。より強く。より硬く。

 技術で優れるとは毛ほども思えない。別ベクトルのアプローチが必要で、自分にはそれが可能だと思った。

 目的に着実に近づく感覚。楽しかった。空虚じゃない。自分の行動に確かな目的が伴っている感じがして、それに満足していた。

 それでも時折、何もかも虚しく感じるときがあったが。

 

 偶然だった。新入りが入隊する日。なんとなく俺はそいつらの面を見てやろうという気になった。俺は副隊長なのだから隊の集会とかで嫌でも顔を合わせることになるのだが、それでもその前に見ておいてやろうかなと。

 

 夢かと思った。息子だ、間違いない。その背を見たとき、根拠もなくそう思ってしまった。

 親の直感というやつだろうか。血の繋がりという、なんとも薄弱で、それでいてこれ以上ない理由で俺はそう確信し、声を掛けた。

 そいつは俺の顔を一瞥すると、腕に巻いた腕章を目敏く見つけ、それから口を開いた。

 

「初めまして、本日貴隊に入隊する二階堂という者です。どうぞ宜しく、副隊長殿」

 

 俺の姓は二階堂でもなければ、子供は女でもなかった。それでも、現実を見ても、何故だか予感は変わらなかった。

 

 

 

 

 百年前のことだ。私が護廷入りしたての頃。

 元々、私は配属なんてどこでも良かった。どうせ私は近くに父親殺しの罪で投獄されると思っていたから、どこの隊に入ろうが関係ないと思っていたしね。

 だから霊術院生時代に稽古で切り結んで以来、矢鱈と面倒を見てくれる卯ノ花隊長から十一番隊に誘われたときには特に隊風とか評判だとか気にせず、素直に勧誘を受けた。

 京楽や浮竹からは止すように言われたが連中の言うことに従うのは癪だったので意地でもそこに入る事にした。あの髭も白髪も、長い付き合いなのだからいい加減私の扱いというものを覚えるべきなんだ。

 そんなわけで十一番隊に入隊することになったのだが、これがまあ酷いこと酷いこと。隊舎は荒れてるわ、隊員もドブで拾ってきたって感じの奴しかいない。

 加えて視線だ。不躾な視線。

 女隊士が私と卯ノ花隊長しかいないというのもあるだろう。しかも隊長は修羅道に片足どころか頭まで浸かってるようなアレな人なので、そもそも女子認定されてない。実質私が十一番隊の紅一点扱いなようだった。

 まあ連中の気持ちが分からんでもない。私は誰もが振り向くレベルの美少女、いや美女だから仕様が無いことだ。年がら年中女に飢えてそうな獣並の脳しか持たない連中にとっては目に毒なのだと思う。さしずめ私は飛んで火に入る夏の虫、鴨がネギ背負ってきたようなもんに見えるんだろう。

 だがまあ、理解してることと我慢出来ることは決して両立できる訳では無いが。

 別に見られる分にはどうでもいいのだがナニかあっては事だし、こういう頭が性欲だとか捕食だとか一辺倒に思考が偏ってる奴は一遍締め上げて調教してやらにゃモノが分からん。

 たかだか視線感じたくらいで自意識過剰かな?

 でもね、何事も考え過ぎるくらいが丁度いい。杞憂に終わればそれに越した事はないが、何かあった後じゃあ遅い。それを事前に防げるならどんな苦労も厭わない。

 隊長もアレでも一応は性別:女に分類される筈なので多分、きっと私がこれからすることも認めて許してくれるだろう。

 というか一番腹が立つのは私を容易く組み伏せられるだろうと思っていそうな連中の嘲ったような態度。私を舐めきったその態度が一番気に食わない。

 私は基本的に事なかれ主義だが、私を一度でも侮った奴はボコボコにして這いつくばって泣きながら許しを乞う阿呆の頭を踏みつけてやらにゃ気が済まん。

 弱肉強食? それが隊風なら結構なことだ。都合がいい。上下関係ってヤツは初見で刻まにゃ意味が無い。

 というわけで早速十一番隊の連中を全員片タマにしてやろうと動こうとしたところで当時副隊長だったあの人に呼び止められた。

 おい。だとか、そんな感じの無骨な呼ばれ方だったと思う。

 何故だかその声に、遠い昔どこかで聞いたような懐かしさを感じた。

 思わず振り返ると、そこには見知らぬ厳ついおっさんが立っていた。

 それが私の顔を見るなり失望顔をしてくれたものだから、ちょいとカチンときた。

 自分で呼んどいてその態度はなんだ。馬鹿にしてんのか。

 自分でもビックリするくらい無性に頭にきたが、そいつの腕に腕章があるのが見えて思いとどまった。

 十一の数字と鋸草を刻んだ木製の腕章。即ち副隊長の証。

 少しムカつくが、ここは抑えとこう。

 私は自分が大分傍若無人な性格をしていると自覚しているが、相手を選ぶくらいのことはする。上官相手に無闇に楯突こうとは思わない。

 

「初めまして、本日貴隊に入隊する二階堂という者です。どうぞ宜しく、副隊長殿」

 

 でもやっぱり腹立つので努めて慇懃に挨拶する。

 

「あ、ああ。阿左美だ。こちらこそ宜しくだ、二階堂」

 

 私の態度にまで頭が回らなかったのか、ハッとしたように慌てて挨拶を返しながら手を差し出してくる。

 すかさず特に何も考えず握手に応じて、ほうと感嘆した。

 硬い。触ってわかる無骨な手だ。幾千幾万と剣を振って、その度に出来た手のマメを潰して潰して、長い鍛錬の後にできる努力の手だ。やはり副隊長クラスともなると相応の実力があって当然なのだろう。失礼なだけの奴かと思ってたら、こういうところは素直に尊敬出来る。

 そこまで考えて、違和感に気付いた。

 長い。手を握ったまま阿左美副隊長が動かない。離そうとしない。

 

「あの、どうかしましたか」

 

 訝しむようにおずおずと声を掛けると、「いや」とはっきりしない答えが返ってきた。

 

「すまん、ちょいと考えごとをしていた」

 

 大丈夫かこの人。握手しながら考えごとするやつなんて初めて見たぞ。体調悪いのかな。

 

「それで、なんの用でしょうか」

 

 さっさと話を切り上げたほうがいいだろうと判断し、私を呼んだ用件を聞く。

 だというのに、阿左美副隊長はなんだか困ったような顔をした。いや、そんな顔されても私が困るんだが。じゃあ、なんでわざわざ呼び止めたんだよ。

 

「あー。どうだ、ここの具合は」

 

 少し悩んで絞り出された返答は、そんな要領を得ない質問だった。

 どうだ、とはどういうことなんだ。十一番隊の居心地のことを聞いてるんだろうか。そんなこと、来たばかりだからまだ判別つかないんだが。

 

「............まだ来たばかりなので、どうとも言えませんが」

 

 少し視線がキツイですね。とさり気なく苦情を入れておく。副隊長だし、こうして伝えておけば何かしら行動してくれるかな? とかそんな打算を込めて。

 自力解決は出来ると思うが、なるべく暴力は振るいたくはないのだ。ほら、私平和主義者だし。

 

「まあ、ウチはお前みたいなメンコイのが入隊するのを最初から想定してなかったからな。ここの評判を聞いて好き好んで入ってくるヤツなんていなかったんで、そのへんの規律はしっかりしてるとは言えん」

 

 だから多少は大目に見てやってくれ。と言う副隊長に私はなんとも言えなかった。

 だって企業研究を怠っていた私にも非は少なからずあるし、大きな声で文句は言えない。

 やはり自分の身は自分で守らなければならんということだ。

 

「しかし問題発生の可能性を見過ごすのも戒律ある組織の幹部としては有り得ないことだ。だから、まあ、なんというか、何かあれば俺に相談するといい。力になってやれる、と思う」

 

 なんだか歯切れ悪く言われたその言葉で、私は得心がいった。

 

___この人、私を気にかけてくれてるのか。

 

 なんとも不器用な話だと思う。なら、こんな回りくどい聞き方なんかせず単刀直入にそう言えばいいものを。

 接し方も上官なのだからもう少し高圧的で事務的でも文句は言わないのに、なんだか久方振りに再会した息子と何を喋ればいいか分からずおずおずと距離感を探るような、そんな具合だ。

 

「いえ、お気遣いはありがたいですが結構」

 

 初対面のヤツにそんな風に気にかけられたところではっきりいってどうでもいい。寧ろ、なにか裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうのだが。

 何故だか、この人にそういうふうに心配されるのは居心地がよかった。

 

「私はこれでも滅茶苦茶強いんでね、そういう手合が襲ってきても返り討ちにしてやりますよ」

 

 だから大丈夫だ。と不敵に言ってやる。茶目っ気にウィンクを添えて。

 それを見て少し驚いたのか、それとも意外だったのか目を見開いた後、「そうかい」とだけ言って副隊長は苦笑した。

 

 

 なんとも懐かしい思い出だ。

 それからも副隊長は何かと気にかけてくれたと思う。まるで実の娘みたいに。

 ちょいと過保護なところがあってムズ痒かったが、嫌な気がしなかったのは不思議だ。まるで、昔からそれを望んでいたよう。

 

 だから、これは恩を仇で返す行いなのだろう。

 二代目を継いだ彼に刃を向ける。剣八の座をかけて戦いを挑む。

 阿左美副隊長(今は隊長か)は、私にとって馴染みのある大切な友人であることは間違いない。慕っていた。

 だが要は天秤だった。自分の家族とその他諸々、両者を天秤に掛けて彼には傾かなかっただけのこと。二者択一で選ばれなかったものを切り捨てた。それだけ。

 

 浮竹が言っていた言葉が思い出される。お前に彼を斬れるのか。

 分からなかった。腹は決まっていたが、いざ彼の首に刃を落とす瞬間に決意が鈍らないと言える自信はなかった。

 それでも、やる。やりたくないけどやる。

 自分で決めた道だ。色々な犠牲を嫌って行き着いた道だ。結局血を見なければならないなら、私は開き直るべきなんだ。自分は間違ってないとふんぞり返るべきなんだ。

 それが、私が容認してしまった彼という犠牲に唯一手向けられる私の覚悟だ。

 それが正しいと信じて、そう思い込んで、ゆっくりと前を見据える。

 

 あの人は、阿左美副隊長はこの状況をどう思ってるのだろうと、ふとそんなことを思ってしまった。

 

 

 

 

 剣八の名が持つ重さは、卯ノ花八千流が屍山血河に築き上げた屍の山の重さ。それを受け継ぐということは最強を求めて散った男達の夢を背負うということだ。

 阿左美はその名を受け継ぐには自分はまだ不足していると思った。

 その名は男が勝ち取ったものではない。卯ノ花が自ら手放し、それを偶々副官であった彼が受け取っただけのもの。

 勿論、卯ノ花が剣八に相応しいと認めたからこそ男が選ばれたし、男も名に恥じない力量を持っている。

 だが、彼の受け継いだ名は卯ノ花がそう呼ばれていた時程の重みがない。

 剣八とは当代最強の死神が継承する名。その名は現剣八の敗北と共に勝者に受け継がれ、故にその剣八は歴代最強を名乗れる。

 しかし男は二代目。それも、初代である卯ノ花を倒して受け継いだものではない。その名の示す最強の重みが、自負が、自信が男にはない。

 誰もが羨み、希うその名が、男には薄っぺらな紙切れとしか思えなかった。

 

「浮かない顔をしていますね」

 

 いつの間にそこに居たのだろう、そこには男の見知った知らない女が立っていた。

 嘗て凄惨なまでの狂気が秘められていたその相貌には、その影も見当たらない程穏やかな微笑が浮かんでいる。

 男からすれば、違和感しかない。寧ろある意味不気味で背筋に寒いものが走る。

 

「卯ノ花隊長」

 

 卯ノ花烈。初代剣八。嘗て彼の上官だった女だ。

 

「緊張しますか? 我が子のように想っていた部下を斬るのが」

 

___そんな簡単なことにも物怖じしてしまうのですか?

 

 嘗ての彼女の姿を想起しながら、そう言われているような気がした。

 そう、今の彼を悩ませる原因だった。

 彼女が自分を斬るという選択をしてしまったこと、それ自体は仕方ないと思う。彼女の苦悩はその愚痴を度々聞かされていた彼がよく知るところだったからだ。

 ただ、彼女に要らないものと切り捨てられたことに一抹の寂しさはあったが。

 

「隊長」

「なんですか」

「聞きたいことがあります」

「どうぞ」

「なぜ俺を剣八に選んだのですか」

 

 疑問。そこに、この状況を期せずして作り上げた卯ノ花に対する当てつけじみた気持ちがなかったとは言えないが、ずっと考えていた疑問だった。

 

「それはあなたの実力が伴っていたからで___」

「はっきりいって、剣八を名乗るに相応しかったのは彼女の方だ。実力もそうだが、心の持ち様が。闘争を求める性質が、剣八としての適性が俺よりあった」

 

 「あなたは分かっていたはずだ」卯ノ花の言葉を遮るようにそう言い切った彼はさらに続ける。

 

「俺は空っぽな自分を埋めるため苦し紛れに剣八を志しただけの凡庸な男だ。あんたの求めていた闘争だけを追い求める気狂いには、絶対になれない。彼女の方が、よっぽどらしかった。なぜ俺を選んだんです」

 

 押し潰した感情から絞り出されたような彼の陳述に、卯ノ花は口を開きかけて一瞬躊躇ったあと、意を決して口を開いた。

 

「確かに。あなたの言う通りです。彼女と殺り合うのは愉しい。彼女が学院生時代の頃につい手を出したことがありますが、あれほど打ち合えたことは嘗てなかった。切り結び、避け、躱し、生と死の境界の上を渡るかのような剣戟。拮抗する達人同士が織り成す洗練された戦いとはあの事を指すのでしょうね」

 

___でも、あなたは知っているでしょう。

 

「剣八を継ぐということの意味、継承者の前には必ず強者が集い、そして闘争の中で死ぬのが剣八の宿命。それをまだ若い彼女に背負わせることは私の良心が咎めた」

 

 朱玄はまだ若い。将来がある。展望がある。そして、いずれこうなりたいというビジョンを彼女自身が描き出すだろう。その未来を、自身の独善で塗りつぶすには卯ノ花は冷酷ではなかった。

 それも、結局元の木阿弥となったわけだが。

 

「だから、実力はあって先のない空っぽの俺が選ばれたと」

 

 バツの悪そうな顔をしながら「ええ、そうです」と言う彼女の顔を見ながら阿左美はクッと笑った。

 長年、彼女の姿を追いかけてきたから分かる。開き直ったような言い方だが、確かな罪悪感を感じているようだった。

 あの八千流が、俺に悪いことしたと思っているらしい。あの鬼のように強かった彼女が。それが堪らなくおかしかった。

 

「別に責めてるわけじゃないんです。寧ろ、良い夢を見せてもらったと思ってます。あなたがいなければ見れない景色もありましたからなぁ」

 

 どこか遠くを見ているような漠然とした雰囲気の阿左美を憐れむように卯ノ花は目を細めると、「もし」と切り出した。

 

「もしあなたが望むのなら、降りてもいいのですよ。私がそうしたように、剣八の座を明け渡しても___」

「それは絶対にダメだ」

 

 ぐるりと、目を限界まで見開いて卯ノ花を睨みつけた彼は食いつくように叫んだ。

 

「それをしたら、俺の人生を否定することになる。これまでの俺の選択を無意味にする。俺の捨てた、女房とガキが、本当に意味のないものになる。だから、それだけは絶対に駄目だ」

 

 何もかも捨てて彼に残ったものは、剣八という称号だけだ。それだけが彼を支える唯一の誇りであり、生き甲斐。何よりも男が執着するもの。それが奪われるときというのは、それこそ男が死ぬときだ。

 

「それに、二階堂が欲しがってるのは剣八の名じゃない。隊長の資格だ。生前贈与しても、隊長としての座は規則で譲れないから結局隊首試験を受けなきゃならなくなる。元々それが嫌で彼女は俺を殺しにくるんでしょう?」

「............そうですね、些か浅慮に過ぎました。今のは忘れてください」

 

 目を伏せて謝罪する卯ノ花から目を背け、男は自身のいる広間の入口へと視線を向ける。

 いつの間にか___いつものように___彼女はそこに立っていた。顔は伏せられているので表情こそ分からなかったが、見なくても分かる。

 二階堂 朱玄が、阿左美の命を奪いにここへやってきた。

 

「時間です。これにて失礼」

 

 そう言って立ち去る阿左美の背中に卯ノ花は何か声を掛けようとして、やめた。

 これ以上、彼の決意を覚悟を揺らがせることは無いだろうと。

 そう思って背を向けて「卯ノ花隊長」と、改まったような口調で阿左美の声がかけられた。

 振り返って目を向けると、そこには深々と頭を下げた阿左美の姿があった。

 

「今まで、ありがとうございました」

 

 それだけ言って、彼は去っていった。

 数瞬、彼の言葉を吟味した彼女は微笑を浮かべて誰に言うともなく、口を開いた。

 

「ご武運を」

 

___せめて、その結末があなた方にとって悔いのないものであることを祈っています。

 

 

 

 

「馬鹿ねえ、お姉様。この私がちょっとやそっとのことで諦めてなるもんですか」

 

 二階堂家の屋敷、朱玄の自室にて、彼女の妹の朱音が些か大ぶりな金槌を手にして、人の悪そうな笑みをそのあどけない顔に浮かべていた。

 目的は当然、姉の恥ずかしいポエムが書かれているであろう彼女の日記。

 こんなおもしろそうなものをむざむざ取り逃がす朱音ではない。これをタネに一ヶ月は弄ってやる腹積もりだった。彼女の抱く姉への親愛は些か屈折してると言わざるおえない。

 とはいえ、彼女に姉の掛けた空間固定の縛道を解く技術はない。彼女はそこまで鬼道に熟達はしていない。だからといって、中身を取り出す手段がないわけではない。

 引き出しがどうあっても開けられない? じゃあ机ごとぶっ壊してやればいいじゃんか。

 なんとも脳筋な発想であった。あの姉にしてこの妹あり。血は争えないということだろうか。

 

「ではごたいめーん」

 

 そう言って躊躇なく金槌を振り下ろす彼女に姉への罪悪感というのはこれっぽっちもない。

 あとで新品にでも取り替えておけば、ずぼらな彼女の姉は気付くこともないだろうという算段もあったから。

 

 結果として、彼女の目論見は成功することはなかった。

 空間固定は机そのものにかけられていた、言ってしまえばそれだけのことだった。

 朱音には姉が「お前の考えそうなことくらい分かってんだぜ」とほくそ笑んでいる姿を想像して、ぐぬぬと悔しがった。流石、抜け目ない。

 

「はぁ、これじゃ駄目ね。つまんないのー」

 

 口では残念そうにしながらも、表情はそれほど堪えていない。元々ダメもとでやったことだし、彼女にとってあまり大きな問題でもない。ただ、仕方ないかと思うだけだった。

___さて、もうここには用はないし、爺やにバレる前に倉庫からくすねたこの金槌を元の場所に戻しとかなきゃ。

 そう思って立ち上がった瞬間だった。

 

 

 がたり。

 

「え?」

 

 

 突如鳴ったその音に朱音は視線を向ける。

 件の引き出しが、いつの間にかひとりでに開かれていた。

 

 

 

 

 朱玄と阿左美。両者の間に言葉はなかった。何を言えばいいか分からなかった。

 朱玄は罪悪感から、阿左美は朱玄の考えを聞くことが怖かったから。

 そして、相手の言葉を聞くことで固まった決意が揺らぐのを恐れた。それが自分の死に繋がりかねない要素であるから、尚更だった。

 

 彼らの間柄はそう悪いものではなかった。誰かが親子みたいだと言うくらいには親しかった。

 ついこの間、どこかの定食屋の飯を一緒に食べたことを朱玄は思い出した。また来ような。とか阿左美が言っていた。結局、それが叶えられることはないのだろうと思った。

 

 彼らはここに死合うためにここに集った。

 やりたくはない。だが、やる。

 覚悟が執着が、状況が過去が、彼らの退路を完全に塞いでいた。

 

___なら、最早言葉は不要だ。

 

「卍解」

 

 阿左美の放った力ある言の葉に、大気の霊子が震えた。

 覚悟、全ての迷いを振り切る言葉。目を見開く朱玄に、視線を投げつける。

 

___迷うな、戦え。

 

 意を汲んだか、朱玄は鞘から自身の分身を抜き放つ。血のように緋い、緋色の斬魄刀は、その不気味でかつ美しい姿をようやく曝した。

 

「『餓者髑髏』」

 

 男の放つその巨大な霊圧は、重々しい確かな圧を伴って破壊を振り撒いた。

 物理的な破壊すら齎すそれは男の周囲の石畳に亀裂を走らせ、砕き、破壊する。

 乱れる力場の影響か、宙を漂い始めた瓦礫は一点に収束を始め、何かを作り出す。

 かくして生まれたのは白皙の肉体を持つ骸骨の巨人。百足のように幾百もの足を持つそれは巨大な顎を開き、咆哮をあげる。

 

 それが決戦の合図となった。

 




思いの他長くなったので二分割にすることに。もう話数に余裕がないのだからさっさと先に進ませろオラァン。

お久しぶりです。3週間ぶりですかね、申し訳ない。
言い訳するなら、開示する予定の情報と大方の展開は決まっていたのですが今回の話をどうにも上手く書けなかったので、同じような話を3つくらい書いて見比べながらああでもないこうでもないしてたらいつの間にか3週間経っていました。馬鹿ですね。
難所は去ったので投稿期間が今回くらい間延びすることはないとは思いますが、もしいつまで経っても投稿しないときがあったら「あいつまだ手間取ってんのか」くらいに思ってください。

次回、阿左美(オリキャラ)死す!デュエルスタンバイ!
オリキャラの命は紙細工より脆く儚い
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