ハリー・ポッターと秘密の守り人   作:風里

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まただいぶ期間が開いてしまった……。



ホグワーツ卒業~
特異点とその裏側で


 

 

 

 

闇の魔法使い達が頭角を現し、暗黒の時代へ移りつつある中、死喰い人と呼ばれる一団の中に一人の女がいた。一族で死喰い人になる者達もいるため、それほど珍しいわけではなかったが、その女は特に異色を放っていた。

 

そんな彼女が何故、死喰い人に混じっているのかというと、ある日彼女はふらりと隠れ家にやって来て警戒する死喰い人、それもヴォルデモートの側近と言われる実力者達に囲まれながらも飄々とした様子でこう宣う。

 

「ヴォルデモート卿に会いに来ちゃった」

 

茶目っ気たっぷりにウインクして笑った彼女。その言葉に真先に感情を爆発させたのは一番の狂信者であり、ヴォルデモート卿に目をかけられているベラトリックス・レストレンジだった。

 

「この無礼者が!!我が君の手を煩わせるまでもないッ!」

 

ベラトリックスが捻じ曲がった杖を彼女に向けたその瞬間、杖ごとその体は壁に叩きつけられていた。

鈍い打音とベラトリックスの苦痛に満ちた呻き声でようやく事態を理解した死喰い人達は一斉に杖を向けた。だが、彼女がつま先でトン、と軽く足音を鳴らすと一陣の風が吹き、気付けば全員が地に伏していた。

 

唯一、一番最初に吹っ飛ばされたベラトリックスだけがかろうじて意識を保っていた。

 

 

「騒がしい、一体何事……」

 

「あら、」

 

屋敷内の騒音を聞きつけたヴォルデモートが不機嫌そうな様子で扉を開けて目にしたのは下僕である死喰い人達が全員軒並み倒れており、中でも特別目をかけており自分を慕っていたベラトリックスの状態を見て一気に頭に血が上った。

 

「貴様……何者だ」

 

今にも怒りを爆発しそうな空気を醸し出すヴォルデモート。

常人であれば恐怖のあまり気絶してもおかしくないほどの圧力を受けて尚、彼女は何事もないような、むしろ愉快そうな表情を浮かべて笑っていた。

 

「Hello,ミスター。貴方とお話しに来たの」

 

「話だと?私の部下をこんな目に遭わせておいて話とは笑わせる」

 

「だって貴方に会いに来ただけなのに杖を向けられちゃったから。売られた喧嘩は買わなくちゃ」

 

「……話とは何だ」

 

「貴方が今一番望むものを持ってきたの」

 

「―――ほぅ?」

 

闇の帝王。そう呼ばれるようになったのはヴォルデモート自身が言い出したことではない。それに見合った実力、カリスマ性、そして何よりそう呼ばれるようになった出来事があった。

これはいくつかる出来事の一つとして語られることになる。

 

 

「言ってみろ」

 

「あら、此処で言ってしまっても良いのかしら?」

 

「……さっさとしろ」

 

「ジル・リドルに行方について」

 

瞬間、ヴォルデモートの顔色が変わる。

 

ジル・リドル。

本名はジル・マールヴォロ・リドル。

ホグワーツでは同じ寮で先輩後輩の関係であったがほとんど関わることもなく、話をした記憶もほとんどない、自身の姉。

 

卒業後、どこかの研究所に就職したと風の噂で耳にはしていたが、具体的な居場所は突き止められずいつもどこかで気にしていた存在だった。

その姉の所在を知ると言う怪しげな女。

 

 

「……来い」

 

「我が君!そんな怪しい者を」

 

「黙れ。私の決定にけち(・・)を付ける気か?」

 

「ヒッ……も、申し訳ありません。御心のままに……!」

 

 

殺気を含んだ視線とともに感じる重圧に耐え切れず死喰い人の何人かは気絶してしまった。

女は足元に倒れ付す死喰い人達を器用に避けると黙ってヴォルデモートの後をついていく。

 

 

長く薄暗い廊下を通り抜け、ある一室へと二人は入る。

すぐに屋敷しもべが紅茶とお茶請けを用意してそれぞれの目の前に置くと恭しく頭を下げて姿を消していった。

 

一口飲み、女は口を開く。

 

「本題に入りましょうか。ジル・リドルの行方について」

 

「…………」

 

目線だけで先を促す。

女はワインレッドの唇を吊り上げて、笑みを浮かべている。

 

「―――久しぶりね(・・・・・)、トム」

 

形の良い唇から紡がれた言葉にヴォルデモートは目を見開いた。

 

「なっ……、お、前は……」

 

今の今まで気付かなかった(・・・・・・・・・・・・)

 

「何故……こんなことが、あるわけがない」

 

目の前にいるのは紛れもなく(・・・・・・・・・・・・・)あの女じゃないか(・・・・・・・・)!!

 

「魔力操作による認識の妨害、錯覚。昔、貸した本に書いてあったでしょう?それとも……また(・・)慢心していたのかしら?」

 

笑みを深くしたジルは久方ぶりに相対した弟をじっと見つめた。

あの頃のまま大きくなった目の前の弟は正しく(・・・)歴史を辿っていた。

唯一、自分の行方を探していたこと以外は。

 

「それで、かのヴォルデモート卿がわざわざ私を探していたのは何か理由があったからなんでしょう?出向いてあげたわけですし、勿論それ相応の理由はありますよね?」

 

驚きから声も出ないヴォルデモート、否、トムはこの時ばかりは闇の帝王という名に似つかわしくないほどに狼狽しており、最後に見せたのはいつかも分からないような素の表情を晒していた。

 

「…………ぃ」

 

「え?」

 

しばらくの沈黙の後、微かに聞こえた声にジルが顔を上げると。くしゃりと顔を歪めたトムが唇を噛み締めてポツリと言った。

 

「……理由など、ない」

 

「トム、貴方……」

 

「……ずっと不思議だった。ホグワーツに行って初めてお前と出会ったはずなのに心の奥でもう一人の自分が言うんだ、『悲しい、悲しい、……愛しい』。それはお前が視界に入る度に繰り返された。血縁なだけで、関わりも会話もしたこと無かった筈なのに」

 

握った拳からポタリと血が落ちる。トムは自身の杖を抜くと杖先をジルに突きつける。

 

「お前は僕に何をした!?何を知っている!!洗いざらい吐いてもらう!さもなくば……!!」

 

「……トム、貴方はそれを知ってどうするつもりですか?今更、私が貴方に何をしたのか知っても過去は変えられない。それならばそんな想い(もの)消してしまった方がお互いの為なのでは?それとも……私という姉の存在に、夢でも抱いてます?自分が、愛される存在だと?想われているはずだと?」

 

「……れ」

 

「まさか闇の帝王と呼ばれる者が『愛』なんてものに恋焦がれてるんですか?」

 

「黙れッ!!」

 

トムの杖から緑色の閃光が放たれる。

至近距離から放たれたそれは防御の間もなくジルに直撃した。

 

ゆっくりと崩れ落ちるジル。

冷めた紅茶が赤い絨毯に染みを作る。

 

刹那、我に返ったトムの脳裏にかつての記憶が蘇る。

 

術者の死亡によるかけられた魔法が解除されたせいだ。

それは幼少期、ホグワーツに入学する前の記憶だった。

 

『初めまして、トム。私の可愛い弟』―――初めて出会った時のこと。

 

『貴方は孤独じゃないの。これからは私がそばにいるわ』―――初めて泣きそうになった日のこと。

 

『トムは勤勉ですね。何か目指しているものがあるんですか?』―――初めて己が目指しているものが明確になった日のこと。

 

『魔力というものをまずどういうものか理解する、それが上達への一番の近道ですよ』―――初めて魔法というものについて教えてもらった日のこと。

 

『それじゃ、次はクリスマス休暇に戻ってきますね。元気で』―――初めて離れるのが寂しいと感じた日のこと。

 

 

そして。

 

 

『トム。いつか思い出す時が来たとしたら、私のことを怨んでいいから』

 

 

黒壇の杖が向けられる。

その更に向こう側で、静かに涙を流している姉の姿。

唱えられた呪文は“オブリビエイト”。

 

 

そうしてヴォルデモートは、トムはようやく理解した。

 

どうしてあれほど、ジルの姿を目にする度に悲しい気持ちがこみ上げるのか。

何故、会ったことがないはずの姉にこんなにも感情が揺さぶられていたのか。

卒業後も彼女の行方を捜して会おうとしていた事も。

 

 

「詰めが甘いんだよ……」

 

どうしてもっと、きちんと記憶を消してくれなかったんだ。

中途半端に残された記憶のせいで、唯一の心残りになってしまっていた。

 

自身でも抑えきれない不可思議な感情があふれ出す。

そっと頬を伝う雫を拭うこともせず、トムは力なく呟く。

 

「……どうして」

 

床に力なく横たわる彼女へと手を伸ばし、まだ暖かい彼女の頬へと手を添える。

 

「アンタほどの実力なら、さっきの呪文だって防げたはずだ……なんで、」

 

そう問うても答えはない。

彼女は答えない。否、答えられない。

 

彼女を物言わぬ死体へと変えたのは他ならぬトム自身だ。

トムがそっと彼女の体を抱き締めると、かつて慣れ親しんだ柔らかな甘い匂いが鼻をついた。

 

「……必ず、蘇らせる。何故僕に忘却術をかけたのか、きちんと直接聞かせてもらうからな」

 

 

爛々と輝くその赤い瞳には確固たる決意が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、イギリス、ロンドンの郊外にあるタチアナ邸の一室。

古めかしい外観の館だが、その内装は落ち着いた品のある、見る者が見ればその価値が分かるものばかりだった。

 

そんな館の一室、大きな本棚にずらりと並べられた禁書、中央には大人が三人は横になれるほどの大きな机、最高級の皮で造られた上質な肘掛け椅子。

そこに腰掛けるのは腰まである長い髪を横に流して妖しく笑う女、そしてその横には少年(・・)がいた。

 

「よろしかったのですか?」

 

「仕方ないでしょう。それにしてもある程度の知識を残しただけでここまで影響するとは思ってもなかった。綺麗さっぱり消しておくんだったわ」

 

執務机に並べられた四つの魔道具が映し出す映像を見ながら女はため息混じりに呟いた。

 

「それこそ仕方ないことかと。それよりも、この後の対処は如何なさいますか?」

 

「死体はあのままで構わないわ。トムの記憶もそのままに」

 

「御意に」

 

少年はそう返しつつ慣れた手つきで紅茶を淹れていた。

そっと差し出されたティーカップを受け取り、一口含むと女はほう、と息を吐いて肩を落とした。

 

「うん、相変わらず美味しいわ。ありがとう、ルイス(・・・)

 

「ありがとうございます、ジル(・・)様」

 

「ルイス?」

 

「失礼しました。今はディアナ(・・・・)様でしたね」

 

ルイスの言葉にジルは、否ディアナ(・・・・)は微笑みで返す。

 

視線の先には、自分と同じ顔の女の体を抱きしめて静かに涙を流す唯一の肉親の姿。

何者にも悟らせない完璧な笑顔でただその様子を見つめていた。

 

 

 

 


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