サラザール・スリザリンの従者とか捏造過多となっております。
ルイス・タチアナはノクターン横丁に店を構える老年の男だ。
ホワイトなものからブラックなものまで何でも取り扱う一種の質屋のような仕事をしており、その界隈では名が通っているほどの手腕を振るっていた。
鷹のように鋭い目、日に当たったことがあるのか疑問に思うほど不健康な白い肌。
まともな食事をとっていないような痩せぎすで長身。
見る者が見れば、その男がルイス・タチアナであることは一目瞭然だった。
また、闇の魔術に関係するものを扱うからか、魔道具の扱いや観察眼にも優れており、戦闘に関してもかなり腕が立つためノクターン横丁にいるならず者の中では手を出すべからずと通告が出ていた。
そんなルイスが今日は珍しく店を閉めて新しく入荷する商品を探すためにノクターン横丁の更に奥にある通称、”暗黒街”とも呼ばれるところへと足を伸ばしていると。
ふと、嗅いだことの無い甘い香りが鼻をついた。
咄嗟にローブの袖で鼻と口周りを覆い、辺りを見回すが人気が無いのはいつものことだが、些か今日は静か過ぎるような……?
「……静か過ぎる。魔法薬でも嗅いだことのない匂い。一体何が……」
「判断が早いのですね」
「!!」
外見からは想像つかないほどの素早い身動きで振り返ったタチアナは声の主を目にした途端驚きに目を瞠った。
「――"Dear Monte"」
「"Dear Monte"?」
ルイスの口から零れた言葉を少女は繰り返した。
"Dear Monte"。
それはタチアナの家に代々当主に口伝でのみ伝えられる伝説に出てくる存在を指す言葉だった。
はっと我に返ったルイスは警戒しつつも少女へ笑みを向けた。
「
少女はその言葉に笑みを返して、着ていたワンピースの裾を持ってゆっくりとカーテシーをした。
なかなか様になっている振る舞いにタチアナは少女をどこぞの貴族の娘かとも思ったがそのワンピース自体の質はどちらかと言えばその逆である。
貴族にしろ、平民にしろ、ノクターン横丁の最奥には相応しくない装いであるのは確かだ。
「初めまして、ルイス・タチアナ様。私、ジル・マールヴォロ・リドルと申します。以後お見知りおきを」
「……私の名前を知っていたのかね?」
「えぇ、
「!それをどこで知ったのかね?場合によっては……」
そっと懐にしまってある杖に手を伸ばす。
少女の思わぬ爆弾発言にタチアナは警戒心を一層強くして、更に油断を捨てた。
見た目は年端もいかぬ少女でも、タチアナ家に伝わる秘密を知っているということは侮ってはならない何よりの証拠だったのだ。
「物騒ですねぇ。知っていますわ、だって
「は、」
何を、と思う。
目の前にいるこの少女がサラザール・スリザリンの末裔?
何の悪い冗談だ、と吐き出しそうになるがそれと同時に納得もしていた。
少女を見た瞬間にこぼれた言葉、"Dear Monte"が何よりの確信に至るものでもあった。己に流れる血が、少女を自分の主であると知らしめていたのだ。
"Dear Monte"とは、タチアナ家に伝わる言葉だ。
タチアナ家の始まりはおよそ千二百年ほど前になる。
古くから存在するタチアナ家は代々歴史に名を残す者の従者となることが多く、タチアナが選んだ者に英雄の素質ありと言われることもあったほどだ。
陰の立役者とされてきた歴史の中でもタチアナの名を有名にさせたのはホグワーツ創設者の一人サラザール・スリザリンの従者となったエドワード・タチアナだろう。
タチアナ家十代目当主エドワード・タチアナはタチアナ家でも類を見るほどの才能の持ち主だった。幼い頃より自在に魔法を使って見せ、九代目当主から受け継げるだけの全てを二十にも満たない内に修め、更に賢く、観察眼に長けた人格者だった。
サラザール・スリザリンが他の創設者と教育方針の違いでホグワーツを去ることになり、エドワードも共に姿を消した。
当時すでに結婚し、後継もいたエドワードは従者として一生を費やしたと伝えられている。
そして主人だったサラザール・スリザリンが何らかの原因で亡くなった後はタチアナ家に戻ったが、後を追うようにひっそりと死んだらしい。今際の際にこう言い残した。
―――『"Dear Monte"、我が主。もうすぐ、貴方のお側に』
最期まで従者としての姿勢を見せたエドワード。それが相応しいと思える主に出会えたエドワードはタチアナ家でも至高の幸福を得た当主として伝えられている。
また、最期の言葉、"Dear Monte"は『最高の主人』または『己が仕える至高の存在』『唯一の主』を指して使われるようになった。
それからタチアナ家の当主は
現当主ルイス・タチアナの父、アルカド・タチアナの主もまたサラザール・スリザリンの子孫ではないものの"Dear Monte"に出会い、その言葉を遺して逝った。
父親の最期を看取ったルイスは父親が心底羨ましかった。
"Dear Monte"に出会えたことも、満足そうな穏やかな笑みを見せて逝ったことも。
ルイスは"Dear Monte"を心から求めていた。
影の一族であるタチアナ家が隠れ蓑として始めた店もルイスの元々の手腕もあり、すぐに軌道に乗った。
時折タチアナ家の噂を聞き、従者としてスカウトしに来る貴族もいたが頑として首を縦に振らなかった。それはひとえに自らの主足り得る存在であると、従者として生きたタチアナ家の血が、そして何より己の心が納得しなかったからである。
「君が、サラザール・スリザリンの末裔……?」
「はい。証拠はありませんが、確かですよ」
「いえ、証拠はあります。《
蛇語で語りかければ、少女は一瞬驚きに目を瞠るが、すぐに花のような笑顔で返す。
「《
少女、もといジルの返事にルイスは深々と頭を下げた後、ジルの足元に跪く。
落ち着いた様子のルイスだが、実際内心は歓喜に満ち溢れていた。
――漸く、漸く巡り合えたのだ!!”Dear Monte”!私だけの主!
「ジル様、どうか私を貴女の従者として仕えさせていただけないでしょうか」
「……貴方にどれほどの覚悟があるのかしら?正直に言うとサラザール・スリザリンの末裔は私だけではないの。弟がいるし、性格だけで判断するなら私より弟の方がスリザリンの資質があると思ってる。それに
「……何をお求めでしょうか」
「
「求められるまでもなく」
「では
「
ルイスは跪いたまま恭しく己の杖をジルへと差し出す。
ルイスが持つ杖は二本あり、一本は使用者個人に合った杖であり、もう一本は代々タチアナ家当主に受け継がれるものとある。
タチアナ家当主が持つ杖は当主とその主人に従順で大人しい杖だ。
ツゲの木を使い、芯には屋敷しもべ妖精の骨が使われている。
ルイスが差し出したのは
見るからにまだホグワーツに通う前のジルのためにルイスはその杖を渡したのだ。
ルイスの読み通り、ジルはまだ杖を持っていない。そしてルイスが個人で使っている杖を渡せば杖の忠誠心はルイスにあるため本来の魔法の効果が弱まってしまう。それを良しとしなかった、ジルにどんな魔法をかけられても抵抗しないという紛れもないルイスの意思だった。
ジルは杖を受け取るとその忠誠心が己にも向いていることを感じ取り、僅かに口角を上げた。
ルイスは自分に向けられる杖を臆することなく見つめ、そして。
「《