『瑞穂の里』は米の名産地でありながら
続く日照りによって遂に水源も枯れてしまう。
『瑞穂の里』の巫女『実』は
この惨状を解決するために、
空神『八咫鴉』が住まう霊山へと向かうのであった。
この話はサークルの同人作品で原作を担当した際の書いたものです。
オリジナル設定の日本神話的な内容となっております。
それではどうぞ、『瑞穂の巫女とヤタガラス』お楽しみください。
これは昔、昔の話
神々がヒトと住んでいた頃の話
とあるところに天空を統べる神である
空神『
険しい山があったそうな
そんな険しい山を一人の少女が登っておった
旅装束に身を包み、長いこと旅をしてきたのであろう、
草鞋や足袋は黒ずんでおり、装束も所々泥で汚れておった
「早く…………皆のために…」
少女の名前は『
その表情は真剣な顔であった
「急がなくては………」
決意を胸に実は足を踏み出す
ギュムッ!!
何かを踏んだ感触を感じ、実は足下を見る
足下には猫が一匹、
そしてその猫の尻尾の先は………
実の足の下へと延びておった
「……………………」
一瞬の筈が永遠の時かと思われるような静寂の間
そして、
「ぎにゃあああああああああああああああああああああああ!!」
「きゃああああ!? 御免なさい――――!!」
その静寂は猫の怒号と実の謝罪の悲鳴で打ち消されたのであった
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「ははははは!」
場所は変わり大きな酒蔵がある一軒家
そこで大柄で変わった装束を着た男と先程の少女、実が縁側で座っていた
男の膝には尻尾を踏まれた猫が丸まっていた
実に尻尾を踏まれたことにまだ腹を立てているようであった
「いやあ、驚いたよ。
こんな山奥にまで女の子が一人で来るなんてなぁ」
酒蔵の主である男、『
猫は鬼助の飼い猫であった
「はい…
いえ、あの何かすみません。
騒がせてしまったみたいで」
猫に飛び掛かられたのであろう
若干の引っ掻き傷と砂埃が付いており
草臥れた様子で実は謝る
「なぁに、気にするな」
男は笑顔で気にしていないと答えながら
猫の背を撫でて落ち着かせていた
(でもまさか、
こんな山奥にこんなに大きな酒蔵があっただなんて…)
実は鬼助の酒蔵の大きさに大変驚いた
山が険しいのは勿論のこと
空神『八咫鴉』が住むこの霊山を
人は恐れ敬って立ち入ろうとはしなかった
しかし『八咫鴉』の加護なのか
この山の獣は他の山の獣よりも大きく
水や木の実はとても美味いという話だ
「しかし見上げたもんだなぁ」
鬼助は猫を抱きかかえながら実に感心した言葉を掛ける
「里の為にたった一人でこの山に来たって?」
「――…はい、」
実は答えると茶を啜り口を潤す
「私の…
『
…このままでは作物が全て枯れ果ててしまいます」
実は辛い表情で話す
最近、どの集落や里も雨が碌に降る事無く水不足に苦しんでおった
『瑞穂の里』は元々水の豊かな里であったが長き日照りによって
とうとう、水源が枯れてしまったのであった
彼女は『瑞穂の里』の者であり、その里の巫女であった
里の者達の願いを受け、立ち上がったのである
「そこで」
辛い表情を消し、実は真剣な表情を構える
「この危機を霊山に住むという空神『八咫鴉』様にお救いして頂くべく、
私はここまで参ったのです」
空神『八咫鴉』は空神という呼び名の通り天空を統べる神である
天候は勿論のこと、日夜すらをも操ることが出来る存在として、
いつの時代の王朝も敬い続けておった
古き伝記では
愚かにもその力を欲せんが為に、
大軍を率いて山へ攻め込もうとした王がいたそうであるが、
空から一筋の閃光が大軍の真ん中を貫いたかと思うと
炎の嵐が吹き荒れ、
刹那の内に大軍を灰塵に帰したのであった
空神の怒りは止むことなく、
王が逃げ帰った都に幾万もの雷を落とし
王の血族が絶えて都が滅びる去るまで
決して雷が止むことは無かったという
しかし、空神を敬い邪な心を持たぬ者には加護を与え、
恵みの雨を与えたり、嵐を止めたりしたという
「ふむ、
『瑞穂の里』といや米の名産地じゃあないか。
俺もよく世話になっているが、あそこの米で造った酒は絶品だ」
「有難う御座います」
『瑞穂の里』は名前の通り米の名産地として国全体に名を馳せていた
里の近くから湧き出る水は清く美しく、
この里で育った稲穂は皆多々と穂を付けており、味も格別
豪商や王族も御用達にする程で、
湧水が出る山や里の周囲を荒らす者に厳罰を与える様にしたという
実にとっても自分の里の米は自慢であり、
褒めてくれた鬼助に感謝した
「――しかしこのままでは凶作は免れません。
…急がなくては」
湯呑を脇に置き、実は立ち上がる
「おう、もう行くのか?」
「はい、有難う御座いました」
「じゃあほら、これ持ってけ」
「!」
礼をして去ろうとする実を呼び止め、鬼助はある物を投げる
受け取った実はそれを見ると水筒大の瓢箪であり、
ちゃぽんと中から音がしたことから何か液体が入っている様であった
「俺の自信作だ。
八咫様に願うならきっと役に立つだろう。
頑張れよ!」
「…!」
鬼助は満面の笑みで実を見送る
実は鬼助の行為に感謝し、再び礼をすると
今度こそ山奥の空神『八咫鴉』が居るという屋代へ向かって行った
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険しい山道を乗り越え、幾刻を歩き続け、
実は遂に山頂付近へ辿り着いた
(皆が待っている。
早く八咫様の処へ…!)
進み続ける内に、
屋代の姿が実の目に留まった
(ここだ!)
屋代には「空神、此処に奉る」と書かれておった
(八咫様の屋代、
やっと辿り着い…)
実が足を踏み出した途端、
足元の地面が消えた
(――――!?)
気が付くと音が一切しない
周りを見渡すと山頂近くの景色は無く、
真っ暗な闇となっていた
「な…っ」
思わず声が出ながら、
実は落下していく感覚に陥る
(これは…妖術!?)
人では不可能であり、
妖怪や神が操ることが出来るという術
実は何時の間にか其の中の幻術に掛かっていた
(駄目だ…
心を強く持て!)
体が落ちていく感覚に恐怖を感じながらも
実は瞳を閉じて心を落ち着かせる
「グルルルルルルルルッ!」
獣が獲物を見付けた様な唸り声が聞こえ、
自分の傍に大きな気配を感じた
ナニかがいる……
実はキッとした表情で瞳を開いた
目の前には小屋程の大きな獣、
其の口を開けば人など簡単に食べられてしまうだろう
獣は口を大きく広げ、実を呑みこもうとした
しかし、実は臆する事無く強い表情で言葉を紡ぐ
「私は瑞穂の巫女、実。
八咫様に御用があり此処へ参りました。
八咫様は何処でしょう!」
実と獣は睨み合う
睨み合って数刻の音が一切無い間、
声を出したのは獣の方であった
「くくく…あはははは!
あんた気に入ったよ!」
声と共に獣の巨体が溶けるように消えてゆく
真っ暗であった周りも何時の間にか元に戻っており、
風に揺れる草木の音や虫の声が戻ってきた
そして目の前には白銀の尾っぽを揺らした妙齢の女が立っておった
その尾っぽは九本ゆらゆらと動いており、
女の頭には狐の耳が生えておった
「地神銀狐『
「おや、あたしを知ってるかい?
ま、当然か…」
地神銀狐「珠誉」、
空神『八咫鴉』と対をなす存在であり、
女性の姿であることから地母神とも呼ばれる
『八咫鴉』が天空を統べる神であるならば
『珠誉』は大地を統べる神である
敬う者には大地の恵みを、
悪しき者には大地の裁きを与える
伝記によると、
嘗て大陸にて大暴れしながらも大陸の英雄によって瀕死になり、
この国へ命辛々逃げてきた九尾の妖狐が
この国の守護神の1柱であった銀狐神に助けられた際、
互いに惹かれ合い、間に生まれたのが『珠誉』だという
因みに大陸では悪名高かった九尾の妖狐は、
この国に来てからは人が変わったように丸くなり、
夫となった銀狐神と共にこの国の為に尽くしたという…
「驚かせて悪かったな、
丁度退屈していたんだよ」
美しい銀髪を手で流し、珠誉は笑う
「おーい、八咫!
客が来てるぜー!」
「――ふん、」
空神『八咫鴉』に対してこの馴れ馴れしい態度
流石は対を成す同じ神であろうか…
『珠誉』の呼びかけに声が返ってくると、
屋代の前の景色が歪んでいく
その歪みが次第にヒトガタに成ってゆくと、
その背に大きな黑き翼を持った厳格な男が現れた
「――――人の子が何の用だ?」
鋭い目で実を見詰める
「空神、八咫様…!」
実は里や周囲の現状を伝えた
「――――という訳で、
どうか『瑞穂の里』に雨を降らせてい「断る」…」
八咫はきっぱりと断ってしまった
「そんな…っ!?」
「人の為に、
神が簡単に手を貸してはならん」
まったく、と言いながら八咫は顔を実から背ける
「お望みとあらば、
この命なり何なり捧げます!
ですからどうか…」
「去れ」
「しかしっ…」
八咫は取りつく島が無い
しかし実も下がれない
里は日照りで後が無いのだ
「…」
その光景を珠誉は呆れながら見ておった
この八咫、実は非常に気紛れな性格であり、そして頑固だ
一度決めたことは頑なに曲げようとはしない、
それが例え大人げないような事でもだ
そして今、その気紛れと頑固が出ていた
「おい八咫、
お前の力なら天気を操ることなんて造作もないだろう?
巫女の話を聞いてやれよ」
珠誉が実に助け船を出す
しかし、
「知らん」
八咫は珠誉にも顔を背ける
神は全てにおいて人より優れている訳では無い
どんな神も何処か人間臭い所があった
しかしながら八咫は妙な所でそれが酷かった
「ちっ、
相変わらず頑固だな…」
溜息を吐き、珠誉は頭を掻きながら実を見やる
策が尽きた実はどうしようかと落ち込んでいた
「悪いけど嬢ちゃん――――ん?」
あるモノが珠誉の目に映る
実が腰に下げていた瓢箪であった
「あんた、その酒―――」
(酒!?)
珠誉の言葉に顔を背けていた八咫はピクリと反応する
そして実もその言葉にハッと鬼助に言われたことを思い出す
「八咫様に願うならきっと役に立つだろう」
実は腰から瓢箪を外し、八咫の前へ差し出す
「あの、
これは山の麓の酒蔵の御主人に頂いたものです
これも差し上げますからどうか、
今一度考え直しては戴けないでしょうか?」
「へぇ、鬼助のとこの酒か…」
珠誉は実の横からその酒が入った瓢箪をまじまじと見やる
「おっ! その上至上の神酒『鬼殺し』ときた!」
神酒『鬼殺し』、
読んで名の如く、大酒豪である筈の鬼が
一口飲んだだけで昏倒してしまった逸話から
其の名が付いた
しかし何故か鬼以外の者が飲んでも
酔いつぶれること無く美味しく飲めるという
不思議な酒である
最上の酒とも呼ばれており、
神々の間でも非常に好まれている酒であるが
この酒を造れるのが鬼助しかいないために
とても貴重で珍しい酒となっている
八咫は横目で瓢箪をちらりと見やる
「八咫、あんた
これが欲しくて何度も鬼助に頭を下げていたっけ?
けど一滴たりともこいつにありつけなかったとか…」
にやにや笑いながら珠誉は八咫を見詰める
八咫は気まずそうに目を逸らしていた
「残念だったな、
米の名所である『瑞穂の里』が干からびちゃ
二度とこんな銘酒は造れなくなるな」
神は酒好きが多い
八咫もそれに洩れず呑兵衛であった
自分がまだ飲んだ事の無い銘酒がもう飲めないようになるのは
八咫にとって問題であるし、
自分がすぐ解決できるこの問題を解決しないであれば
他の神々に何を言われるか分かったものではなかった
「………、あー…
おい娘、
…実といったか?」
八咫は実に声をかける
軽く咳払いをし、
「そこまで頼まれては無下にも出来ん、
その酒と引き換えと云うならば…」
その視線を実へと向ける
「……いいだろう、手を貸してやる」
「!」
実の表情に笑顔が戻る
「それでは、
お救い下さるのですね!?」
「ああ、
そうと決まれば急いで里へ戻るぞ、
肝心の稲穂が枯れては敵わん」
八咫は黑き翼を大きく広げる
「…稲穂が無事に実るまで、
空の安寧は約束しよう」
そして空へと舞いあがる
「早く来い、案内しろ」
「! …はい、
有難う御座います」
実は八咫の元へ駆けてゆく
「有難う御座います!」
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――――こうして、
『瑞穂の里』は凶作という難を逃れ
空神『八咫鴉』の加護もあった為か
何時にも増して豊かな恵みを得たという
これにて話はお終い
めでたし
めでたし
お読み頂き有り難う御座いました。