俺は、ライアン君を先に行かせて聖女っぽい武器を探していた。
いやちょっと待て聖女っぽいロールプレイをしてどうするんだこの村でのんびりスローライフをしてやろうかと思ってたのに。なんて思ってる場合じゃないのは、四本足の犬もどきがイバラのかかった柵を破壊して突き進んでくるあたりで理解した。柵の先の丸太のバリケードを越えて中に入られたら面倒なことになる。
「………」
丸太。ハンマー。収穫用の鎌。どれが聖女っぽいかな?
なんてやってる場合か! とりあえず俺は丸太を掴んでみた。
「………!?」
ひょいと箸でも掴むような軽さで持ち上がった。丸太が。
……みんな丸太は持ったな! じゃねーよ! 丸太をその辺に放り投げてそれっぽいものを探して見たが農具くらいしかない。農具でやれというか、農具で!
……うーん。丸太を掴んだとき、感覚になるがMPを持っていかれた気がする。無意識に腕力を増幅してるのかもしれん。
収穫用の鎌か。これじゃアレやで死神みたいだからやめとくか。トライデントもとい四叉フォークを手にとってみる丁度いい重さ。洗練された武器とは言いがたいが、とりあえずこれにしとくか。
俺はモンスターが襲撃してきているらしい方角に向けて走った。
「近づけるな!」
「どんどん投げろ!」
村人たちが弓を射掛けたり石を投げつけたりしてバリケードを突破されまいとしていた。
二周りはでかい犬―――というよりこれはライオンサイズのモンスターは、矢を避けまくり石をかわして機会をうかがっているようだった。
なんだ? 妙な動きだ。
「聖女様おさがりください!」
「前に出てこないで!」
村人たちが口々に下がるように言うけど、もしかすると活躍できる俺が前に出ないとダメだ。なんとなく、そんな予感がした。
弓を手にあてずっぽうな矢を射ちまくっているライアンの元へと走る。
「アルスティア様! あれを見てくださいっ!」
「………?? ……!」
森の奥から轟音が上がったかと思えば、木々を押しつぶしながらトラック並みのサイズのいのししが出現した。目は血走り、口からは涎が垂れている。今にもバリケードをぶち破らんほどに全身を怒らせて蹄で土を穿り返している。
なのあるぬしよーなにゆえあらぶるのかー………。
……えっ、えぇぇぇぇぇ!? こんなの聞いてねぇよ……。
「あ、アルスティア様………」
ライアンが唖然として弓を下ろして俺を見上げてくる。絶望している顔だが、目はきらめいている。
………なんかほかの村人も俺を見てくるんだが?
あぁわかったよ! やればいいんだろやれば!
内心これは死ぬわという絶望感でひしめていたが、表情筋が仕事をしてくれないので、決意に満ち溢れた表情になっていたと思う。相手が殺す気満々なので逃げても無駄だろうなと思う。話し合いが通じる感じじゃないから撃退しないと。
ぶっつけの本番だが―――やってみよう。
俺はおもむろに跳んだ。バリケードを飛び越して怪物どものいる最前線に降り立つ。
おいおいおいできちゃったぞ! まあ念じるだけで人を治療できる人間(?)の体だからできたのかもしれない。
武器は農具だけ。村人の援護もあてにならない。敵はでかいイノシシとでかい犬が数頭。
『■■■■■■■■■!!!!』
犬は様子見を決め込み始めた。うかつに飛び込んで矢を当てられたら痛いもんな。
一方イノシシは突撃を決めやがる。躊躇とかはしてくれない。何かしないと俺は跳ね飛ばされて地面をバウンドする羽目になる。
かといって避ければバリケードがお釈迦になってしまい村人は間違いなく蹂躙される――。
見ておけ、これが魔術ってやつだ! まずは弱い奴でびびらせらぁ!
俺が右手を伸ばして念じると、腕に複数の円環が発生した。円環は数秒間で手の正面へと収束すると、電流を纏った球体と化した。次の瞬間、球体は崩壊し、緑色のビームが飛んでイノシシの顔面から尻にかけてを貫通した。
「!?」
ちょ………ちょっと威力が!?
哀れイノシシは頭からもんどり打って転倒。俺の正面からずれた位置の丸太にぶつかって止まった。
あせって手を振り回したせいで犬の一頭が消し炭と化した。俺の手の軌道上にあるもの全てが粉々に砕かれていた。あわてて空に向けたものだから、森はもちろん山肌までが順を追って竜巻にでもあったかのように抉り取られていった。余波を受けて空の雲が激しく動揺していた。
遅れて到来する衝撃波。俺は出番のなかったフォークを地面にぶっさすと空母甲板勤務よろしく耐ブラスト姿勢もどきを取った。
俺は、濛々と立ち込める煙の中、燻る篝火と月光を照明に、立ち上がった。服についた汚れを払って髪の毛を整える。
「……」
ふーっ! 終わった! 俺はフォークを引き抜いて、残りの一頭に目を向けた。魔力?らしき力を宿した腕をちらつかせてみると、キャンキャン鳴きながら逃亡していく。
鼻についた汚れを親指で払ってみせる。おととい来やがれってんだ!
俺が振り返って見ると、救世主か何かでも見るような目でこちらを見つめてくる村人一同がいた。
えーっと、何かかっこいいポーズとかしたほうがよくって?
俺は取り合えずフォークを握っていた右腕を高く掲げてやった。
『うぉおおおおおおおおおおおっ!!!』
やんややんやの大騒ぎ。喜び、跳ね回り、抱き付き合う村人の中から一名飛び出してくる人物がいた。
「アルスティア様~~~!」
ライアン君だった。めっちゃ涙をボロボロ溢しながら走ってくる。ただでさえ薄暗いのに足場まで俺のビーム砲撃のせいでボロボロというのに注意もせず走ってくるものだから、案の定こけた。
俺はくすりとも笑ってくれない表情筋に鞭打ちつつ、ライアン君に手を伸ばして立たせた。
それで……………。
「アルスティア様!?」
ふらっときた。貧血にも似た症状だった。あっという間に暗くなっていく視界の中央に心配そうなライアン君の顔があったのを最後に、意識が消えてなくなった。