Force Detonater   作:世嗣

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幕間

 

 

 

 

 

 

 

 空港火災の一件からしばらくして、セルジオはレジアスの執務室を訪れていた。

 

 レジアスはいつも通り執務室の椅子に座って、セルジオの報告書に目を通していく。

 

「死者は0、か」

 

「はい。重軽傷者の報告は来ていますが、民間人、局員どちらも死者はいないようです。首都防衛隊と陸士部隊が指揮が混乱しつつも個々で早い段階で動いてくれたおかげですね」

 

「だが被害は大きい。復興には少し時間がかかるな。……フォーミュラの調子はどうだ」

 

「俺の主治医によればすごく安定してるって。なんでもいくらか寿命の問題も改善してるとかしてないとか……」

 

「そうか、ならばあれをお前に託したのは正解だったな」

 

 報告書を受け取ったレジアスは目頭を揉むと、セルジオが頬を緩める。

 

「お疲れみたいですね、レジアスさん」

 

「当たり前だ。ただでさえ復興に手が回らんのに、この前の勝手な指揮の責任を取れと海からもせっつかれている。まったく、あやつらめ」

 

「あまり強く海を嫌うのはやめてあげてくださいよ。彼らも同じ局員なんですから」

 

「わかっておる。まったく、お前に言われるとセピアにも昔似たようなことを言われたことを思い出す」

 

「はは、母さんの子どもですから」

 

 ふん、と鼻を鳴らすレジアス。

 セルジオはレジアスに一通りの報告を終えると、ずっと触れたかった話題について切り出した。

 

「……あの、最高評議会についてはどうですか。レジアスさんはずっとあの人たちの支援を受けていたんですよね」

 

 レジアスはゆっくりと息を吐くのと一緒に表情を落ち着けた。

 

「……そのことについて、お前に話しておくべきことがある」

 

 レジアスが椅子から立ち上がると、ガラス張りの窓の向こうの地上を見下ろした。

 

「儂は、責任を取ろうと思う」

 

 地上から目を移すと、今度は振り返ってセルジオを見る。

 

「先日の空港火災の件以来最高評議会との連絡は取れなくなった。おそらく、儂は見限られたのだろう」

 

 当然だろう。なにせレジアスは完全に最高評議会の指示を無視したのだから。

 

「最高評議会はあれ以来沈黙している。どう動くかはわからん。

 自分たちが動きにくくなるのを覚悟で儂を粛正するかもしれんし、もしかしたら儂以外のものを手駒にするかもしれん」

 

「完全に、敵対してしまったということでしょうか」

 

「それもわからん。だが一つはっきりしているのは、もう、儂は以前のように最高評議会に頼れないということだけだ」

 

 レジアスのずっと進めていた地上の防衛のための兵器、アインヘリアル計画も恐らく頓挫することになるだろう。

 もとよりレジアスが強固に進めていたプランであったし、それも最高評議会の後押しがなければ実現することはない。

 

「それに、空港火災の現場に行って指揮を執ったからと言ってそれまでの罪が消えるわけではない。儂は間違った。それは、正さねばならん」

 

 す、とレジアスが机の中から取り出した電子端末を机の上で滑らせて、セルジオに差し出す。

 

「情報端末……?」

 

「最高評議会と出会ってからの儂のやったこと、そして儂の知りうる限りの最高評議会の隠蔽の全てについて記されている。公表してもやつらを失墜させることはできないが、おそらくその権力を揺らがせることくらいはできるだろう」

 

「これを俺はどうすれば」

 

 セルジオの問いかけられ、レジアスは語る。

 

「いまのミッドチルダには闇が巣食っている。それは最高評議会であり、それに懐柔された人々であり、そしてジェイル・スカリエッティでもある。

 それは儂が光の道からそれたせいで生まれた闇だ」

 

 地上の未来を守るため、という甘言に惑わされ楽な道を進んだ。

 そのレジアスの決断のせいで多くの命が失われた。

 

 例えその計画を進めたのは最高評議会でも。

 実際に行ったのはジェイルでも。

 レジアスにできることはほとんどなかったのだとしても。

 それでも、レジアスはそれを見てみぬ振りした。

 その事実は、絶対になくならない。

 

 少なくとも、レジアスはそう思っている。

 

「きっといま儂がすべての真実を話したとしてももみ消されるだけだろう。それだけ、この闇は深い。もしかしたら儂でもあれらに勝つのは難しいのかもしれん。

 だがそれでも、この後始末は儂がしなければならん。地上本部の、儂にしかできんのだ」

 

 レジアスがセルジオに向き直る。

 

「儂はこの闇と戦う。そして、全ての闇を消し去ったそのとき―――儂は、然るべき裁きを受けたい。全ての罪を償うために」

 

 これはエゴだ。ただの自己満足だ。

 けれど、レジアスはそれをわかっていて、それでも地上を守りたいと、そう思っている。

 

 その手が既に汚れていても、せめてその手を守るべき美しいものを支えるために使いたいのだ。

 

「だが、儂は自分が強くないのを知っている。一度間違った儂は、また道を誤るかもしれん」

 

 どん、とレジアスがセルジオの胸を叩いた。

 鍛えられた武人のものではなかったが、固く握られた男の手だった。

 

「だからセルジオ、お前が『レジアス・ゲイズは間違っている』と思ったときは、そのデータを公表しろ。そして儂を止めろ」

 

 じっとレジアスが目の前の翠と赤の瞳を見つめた。

 

「頼めるか」

 

 セルジオはしばらく黙して、やがて小さく頷いた。

 

「……わかりました。預かります」

 

 少しだけレジアスが安心したように手の力を抜くと、今度はセルジオがその手を取ってレジアスを見つめた。

 

「実は、俺からもお願いがあるんです」

 

 

 

 

幕間 「未来へ進むために」

 

 

 

 

「あ、来た」

 

「すみません、待たせましたユーノ司書長」

 

「いえ、僕もことの顛末は聞きたかったですし」

 

 レジアスの執務室から退室すると、執務室の前で待ち伏せしていたユーノとはちあった。

 壁によりかかっていたユーノはセルジオの姿を見ると、三課に向けて歩くセルジオの隣に並ぶ。

 

「話はどうでしたか、レジアス中将はなんと?」

 

「これから最高評議会と戦うそうです。

 その証拠に最高評議会のデータももらいました。俺もレジアスさんに力を貸すつもりです」

 

「概ね予想通りですね。

 データをくれたのは予想外でしたが、どうやらレジアス中将の腹は決まっているみたいだ」

 

「これからは俺もレジアスさんのもとで学ぶことになりそうです。

 階級を上げてちゃんとした部隊を持つことも視野に入れた方がいいともいわれました」

 

 二人は念話で事務的に情報交換しながら三課への道を進む。

 

「あれからジェイル・スカリエッティの情報は何かつかめましたか?」

 

「俺の方では何とも言えません。ルーも連れ去られた前後のことはよく覚えてないって言ってましたし、研究所の方ももぬけの殻です。俺をおびき寄せるためだけのダミーだったと考えるのが一番妥当かと。ユーノ司書長は?」

 

「僕の方も似たようなものです。向こうから接触させようとしていたころとは違う。あれだけの幻影と隠蔽の技術がある相手に対して、本気で隠れられれば個人では限界があります」

 

「これ以上は本職の捜査官にも協力を仰ぐのが一番、か」

 

 かちゃっとセルジオとユーノが同じタイミングで眼鏡を押し上げる。

 二人して「ん?」と目を合わせる。

 

「セルジオ空尉、いま真似しました?」

 

「いやしてませんよ。ユーノ司書長こそわざわざ俺のタイミングに合わせなくても……」

 

「してませんよ。貴方が真似したのを押し付けないでください」

 

「俺の方こそしてませんって」

 

「というか、そもそも何が楽しくてセルジオ空尉の真似なんかしなきゃいけないんですか」

 

「でも俺の妹はよく真似してましたよ。一時期は高町の真似で俺は一日百回くらいディバインバスターという名のパンチを食らってました」

 

「妹さんと一緒にされても困りますが。まあ、将来有望な魔導師でよかったですね」

 

 やれやれ、とユーノは肩をすくめると、角を曲がってセルジオとは別の道を歩いていく。

 

「ユーノ司書長?」

 

「空尉との情報交換はこの辺で十分です。僕はこのまま無限書庫に戻ります」

 

「あの、ユーノ司書長」

 

 じゃあ、と片手をあげたユーノをセルジオが呼び止めた。

 ユーノが足を止めて振り返ると、曲がり角の向こう、日に照らされたセルジオがじっと自分を見ていた。

 

「俺はあなたの期待に応えられただろうか。あなたの、託してくれたものをちゃんと受け取れただろうか」

 

えぇ〜

 

「なんですかその顔俺そんな変なこと言いました!?」

 

 その問いかけにユーノが虫を踏み潰したように、レンジでチンしたハンバーグが中がまだ冷たかったような、そんな何とも言えない表情を浮かべる。

 そして眼鏡をかちゃっとかけなおして、大きく嘆息。

 

「……ええ。嫌になるくらい、貴方は僕の期待に応えてくれました」

 

 なんとなく、ユーノは長く伸ばした髪を触る。いつの間になのはと似た髪型になっていた自分の髪を。

 

「誰かの手を取ってみんなを動かして、なのはを助けた。そしてもっと多くの人を死なせなかった。全部、貴方がいたからできたことだ。

 ……僕にはできないことだった。貴方にしか、できないことだった」

 

 そしてユーノは結んでいた髪をほどくと、ふ、と微笑んだ。

 

「やっぱり、僕はあの時貴方を助けに行ってよかった。いまは心の底からそう思います」

 

 その笑顔はいろんな感情が詰まっているような気がした。

 でもセルジオにはそのすべてを理解することはできなくて。

 でもユーノのことをわかりたいとは、そう思って。

 

 だから、自分の素直な気持ちを伝える。

 

「俺も、実はユーノ司書長がうらやましかったんです」

 

「え?」

 

「俺は人の気持ちがわからないことが多かったから」

 

 セルジオなちょっぴり困ったように微笑んだ。

 

 セルジオ・アウディは自分が少し鈍く、ズレている人間だと自覚している。

 だから、誰かに優しくすることはできても、『危ないからそれはするな』と叱ることはあまり得意ではなかった。

 

 セルジオはどちらかというと、『甘やかしてしまう』タチだった。

 

「だから、高町から信頼して背中を任せられているあなたが、少しだけ羨ましかった。

 危ない時にはちゃんと人を止められて、正しいことを教えられて、ちゃんと叱ってやれるって、誰にでもやれることじゃないと思うので」

 

 ぽりぽりとセルジオが頬を指でかく。

 

「あと、ユーノ司書長の中で俺が理想の姿に見えたのなら、それはユーノ司書長のおかげでもあると思います。

 貴方が俺の妹を助けに行ってくれたから。俺たちは、お互いの大事なものを託し合うことができたから今があります」

 

 セルジオ一人でゼストを止められたわけじゃない。

 セルジオ一人でレジアスを説得しに行けたわけじゃない。

 そして、セルジオ一人でなのはを助けに行けたわけでも、ない。

 

「だから、ありがとうございました、ユーノ司書長」

 

 そしてセルジオが頭を下げる。

 ユーノは前髪をかき上げて、困ったようにつぶやいた。

 

「そういうところが羨ましいよ。けど、そういう貴方なら、いいのかもしれない」

 

 それはセルジオには届かない声だったが、それを言えたことにユーノはすっきりしたようだった。

 どこか、晴れやかさすら感じる表情で「セルジオ空尉」と名前を呼ぶ。

 

「ユーノ司書ちょ──おっと」

 

 ひゅっと紙を投げ渡されたのをセルジオが指で挟んで受け止める。

 

「僕のデバイスのアドレスです。困ったときはいつでも頼ってください」

 

「……いいんですか?」

 

「どうせ乗り掛かった舟だ。ジェイル・スカリエッティと最高評議会のこと、僕も付き合わせてください」

 

「そっか、ありがとう」

 

 セルジオは瞳を僅かに丸くさせたが、すぐにうれしそうに頬をほころばせる。

 そして今までよりいくらか近い距離感で―――まるで友だちにでも語り掛けるように、口を開いた。

 

「なら、俺のことはセルジオでいい。敬語もいらない」

 

「そう。じゃあ僕のこともユーノでいいよ、セルジオ」

 

 ユーノ・スクライアはセルジオ・アウディにはなれない。

 セルジオ・アウディもユーノ・スクライアにはなれない。

 

 だから、二人は相手にないものを補って、これからもっと違う関係を築いていけるのかもしれない。

 

 その関係に名前がつくのは、まだ少し先にはなりそうだが。

 

「……そうそう、言い忘れてたけど」

 

 二人が別れようとしたとき、今度はユーノがセルジオを呼び止めた。

 

 セルジオが声のままに振り替えると、ユーノは満面の笑みを―――今までで一番イキイキとしたいい笑顔を浮かべていた。

 

「僕、セルジオのこと嫌いだから」

 

「えっ」

 

「いや君のことは認めたよ? すごいと思うし、尊敬もしてる。協力もする。でもそれとなのはを三年間ほったらかしにしたのは一ミリも許すつもりないから」

 

「う゛っ」

 

 セルジオが胸を抑えて後ずさる。

 どうやらなのはの件はセルジオにとって中々深い傷になっているようだった。

 

「そもそも年上のくせになのはに押されすぎだと思うよ。あと君の解析魔法精度はいいけど無駄が多い。今度術式見てあげるから持ってきなよ。今のままじゃちょっと見てられない」

 

「……ユーノ、結構言う方なのな」

 

 セルジオがじろっと睨むと、ユーノはこれまた楽しそうに笑った。

 

「当たり前だよ。僕の好きだった女の子を悲しませたんだ、少なくとも十年は蒸し返させてもらうよ、セルジオ」

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえりーセルジオ先輩」

 

 三課に戻るとはやてが出迎えてくれた。

 セルジオは制服の上着をかけると、自分のデスクの椅子を引いて座る。

 

「ありがとう。でも、今日八神は非番じゃなかったか?」

 

「新居の下見でこっちに来たもんやから、ついでに私物でも整理しよかなおもて」

 

「そういえば卒業のタイミングでミッドに越してくるつもりなんだったか」

 

「ですねー。家族もみんな管理局勤めやし、春からは私は高校いかずに本格的に局員やるんでそっちの方が都合がよくて」

 

「もう一年か。なんだかお前が三課に来たのがずいぶん昔に思えるな」

 

「私にとっては気の休まらない一年でした。なんせ、私の上官がえろう無茶しはる人でして。あー、私がいなくなった後が心配やわ」

 

「おっと、そんな上官に書類仕事から何から陸の仕事を叩き込まれたのはどこの誰だったかな」

 

「と、それを言われたら勝てませんね」

 

 ヨヨヨ、と泣き崩れる真似をするはやてだったが、セルジオの反撃にあうと一転、てへって舌を出してお道化てみせた。

 

 一年ではやてとも随分仲を深められた。

 光を失ったセルジオははやてのこの明るさに、言葉に何度も助けられただろうか。

 そんな後輩ともお別れともなれば、少しさみしいような気もした。

 

「にしても、部屋片付きましたね。もうデスクも私たちのくらいしか残ってへんし」

 

 そう言うはやてが三課を見渡すと、その言葉の通りがらんとしたオフィスが広がっている。

 以前はセルジオ、はやて、リインの三人しかいない部隊には不釣り合いなほどたくさんのデスクがあったのに、いまはもうセルジオとはやてのものくらいしか残っていない。

 

 セルジオははやてにつられるように三課を見渡した。

 

「少し前までは、変えてしまうのが嫌だったんだ。このオフィスをすっかり模様替えしてしまって、俺の知ってる三課がなくなってしまうことが嫌だった。そうすることで、俺が壊したものが戻らないことを認めることが嫌だった」

 

 そう語るセルジオの目はひどく優しい。

 

「でも、三課がもうすぐなくなるってなって、ゼストさんとお別れができて、俺もようやく前に進める。あの人たちの気持ちと一緒に、託してくれたものと一緒に、()()()()とお別れができる」

 

 セルジオが自分のデスクを撫でる。

 

 母親を失って、帰る家がないセルジオにとって三課こそが自分の居場所だった。

 入局してからずっとそうで、だからセルジオは誰よりも『三課』という形にこだわりがあった。

 一度自分が力任せに壊しても、元通り元に戻して、たった一人っきりでもたくさんのデスクを並べてしまうくらいには、変えたくなかった場所だった。

 

 でもそんなセルジオもようやく前に進める。

 見た目だけの形ではなくて、大切な仲間から託されたものはまだ手の中にたくさん残っていることに気づくことができたから。

 

 もう、大丈夫。

 

「やっぱり、三課はなくなってまうん?」

 

「ああ。『航空魔導隊三課』の運用期限は終わりだ。いや本当はもう終わっていたらしいが……まあ、とにかく終わりだ」

 

 ゼスト・グランガイツが作り上げ、レジアス・ゲイズが背中を押して作った『航空魔導隊三課』は解体される。

 かつて陸の人手不足の問題を解消するために作られた部隊は、いま静かに終わりを告げようとしていた。

 

「けど、全てが終わるわけじゃない」

 

 だが、これは終わりではない。

 

「俺はこれから新しい部隊を作る。ゼストさんの作った『航空魔導隊三課』じゃない。俺の、俺がすべきことをやるための部隊を」

 

 セルジオの言葉にはやてが少し驚きつつも、今聞いた言葉を咀嚼していく。

 

「ええと、それはつまり、これからもセルジオ先輩は陸で、それもレジアスさんのもとでやっていくっちゅうことですか」

 

「そうなるな。そのためのレジアスさんの協力ももう取り付けてきた」

 

「はやっ! いつの間に!?」

 

「んー、つい一時間前くらいだな」

 

「めっちゃ今さっき!」

 

 『ジェイル・スカリエッティを追う部隊を作ること』。

 それがセルジオがレジアスとかわした約束だった。

 

 なんとなく、今回の空港火災の一件を通してセルジオは感じ始めていた。

 ジェイル・スカリエッティとは自分が決着をつけなくてはならないと。

 そのためにいまの前線に出るだけの魔導師としての自分だけではだめだと。

 

 ジェイル・スカリエッティは最高評議会がバックについた違法科学者であり、その手駒には魔法の通用しない戦闘機人、いくらでも生産できるガジェットドローンがいる。

 それは一人で追いかけるだけでは絶対に捕まえることができない。

 

 『部隊』がいる。

 ジェイル・スカリエッティに対抗できるような、信頼できる仲間たちが。

 

「まあ、だけどしばらくは仲間集めだな。いまは俺一人だし、そもそも八神がいなくなると補佐もいなくなるから、そこから探さないとなあ」

 

「補佐、やて」

 

 セルジオのぼやきを聞いたはやては、隣に忍び寄るとふっふっふと肩を揺らして笑う。

 ちょっと、いや、かなり不気味だった。

 

「セルジオ先輩、補佐……というか仲間が欲しいなら一人心当たりありますよ、私」

 

「心当たり?」

 

「はい。実はこの前から三課が新しい人員を募集してないか話を聞かれてまして、実はこのあと会う約束もしてるんです。ちょうどええですし、ここに呼びますね」

 

「ちょ、お前勝手に……」

 

「大丈夫です大丈夫です、絶対セルジオ先輩も納得する人ですから」

 

 俺でも納得する人?と首を傾げるセルジオをそのままに、はやては通信端末を二、三操作するとその人物を三課まで呼び出した。

 そして、数分して三課のドアが叩かれると、はやてが扉を開けた。

 

「紹介します、こちら私の後任の子です。春から管理局に配属されることになってる、新人ちゃんです……と言っても、セルジオ先輩の方が詳しいでしょうし、私はこれで失礼します~」

 

「あ、ちょ、おい!」

 

「お二人でごゆっくり~」

 

 はやてと入れ替わるように、三課に一人の人物が―――少女が入ってくる。

 

 長い藍色の髪。同じ色の深い色の瞳。セルジオが姉のように慕っていた人物とよく似た―――けれど、クイントよりも少しだけ大人しさがある、そんな少女。

 そして、セルジオはそんな彼女のことを知っている。いっそ、知りすぎているほどに、知っていた。

 

 彼女はセルジオに敬礼すると、母親譲りのはきはきとした声で名乗る。

 

「来月付で時空管理局地上本部に配属されます、ギンガ・ナカジマです。よろしくお願いします、セルジオ・アウディ一尉」

 

 クイント・ナカジマの娘、ギンガ・ナカジマだった。

 

「ぎ、ギンガちゃん!?」

 

 セルジオが困惑したように立ち上がってギンガのもとまで駆け寄って、ぴたりと止まった。

 思わず駆け寄ってしまったが、まともに話すのは久しぶりだ。どういう距離感が正しいのかわからなかった。

 

「えと、なんで俺のところに……?」

 

「訓練校は今年で卒業なんです。なのでどこかに配属希望を出すことになるんですが、セルジオ・アウディ一尉の補佐がいなくなられるというお話を聞いたので、ダメもとで希望を出してみようかと思いまして」

 

「いや君はほら、ゲンヤさんの陸士部隊とかあったろ?」

 

「最初は考えましたが、父に相談したところ『セの字のところに行きたいなら行ってやったらいい。あいつのもとでなら学べることも多いはずだ』と背中を押してもらいました」

 

「ゲンヤさん、ああ、くそお目付け役ってことかこれ?」

 

 いやそもそも、とセルジオが頭をかく。

 

「俺は、その……君に、嫌われていると思っていた。俺は、クイントさんの死に関わっているから」

 

「……そうですね。昔は、貴方のことを考えることが辛い時期も、ありました」

 

 ギンガが目を伏せて何かに耐えるように自分の身を抱く。

 だがすぐに顔を上げると、頭一つ高いセルジオを見上げる。

 

「でもいまは貴方のことを知りたいと思っています」

 

 深い藍色の瞳はセルジオを真正面から見つめて離さない。

 

「あの火災の日、セルジオさんは戦っていました。貴方の背中は変わっていなくて、なんだかその姿は、お母さんみたいで」

 

 燃える空港でセルジオはギンガに「管理局員としての在り方」を伝えてくれた。

 その姿は間違いなく、ギンガの知っている優しいセルジオのものだった。

 

 変わったと思った人は本当は変わっていなくて。

 お母さんの守りたかったものを今も守っている人のように思えて。

 でもギンガにはいまセルジオが何と戦って、何を守ろうとしているのかわからなくて。

 どうすれば母親のような人を守る局員になれるか、目指す方向も見えなくて。

 

「だから、あなたの隣で、あなたの目指すものが私も見たい。その先にどんな光景があるのかを知って、私の道を見つけたいんです」

 

 真剣な瞳だった。

 瞳の奥には確固とした自分の意志を宿した光が宿っていた。

 もう、小さいころから知っている子どもだとは言えない、そういう強い光だった。

 

「俺、ギンガちゃんが思ってるよりも情けないかも」

 

「これからセルジオさんのことを知っていきたかったので知らない一面を知れるのはありがたいですね」

 

「たぶんしばらくはいろいろ忙しいと思う。俺、部隊立ち上げとかいろいろあるし」

 

「仕事が忙しいのはいいことです。やりがいもありますし」

 

「……八神曰く、俺の補佐はけっこう大変らしいぞ」

 

「望むところです。私、普段から父の栄養管理もしてるので。ばっちりセルジオさんのこともサポートします」

 

「あー、うん、それは、お手柔らかに頼みたいけど……」

 

 やがてセルジオが根負けしたように笑みを見せると、手を差し出した。

 それにギンガも応じて、同じようにほほ笑んだ。

 

「よろしく、俺の補佐のギンガちゃん」

 

「よろしくお願いします、私の上官のセルジオさん」

 

 二人の手が結ばれる。

 そうしてセルジオは、他には誰もいない隊室で新たな仲間の一人目と、再出発の握手を交わしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 セルジオ自身に少なくない変化が起きたように、セルジオの周囲の環境もまた変わっていく。

 その中でも一番大きな変化は融合機『アギト』についてだった。

 

「お前の罪は重くない。保護観察は入るけどもう出ていいってさ。しばらくは俺が身元引受人になるから」

 

「そーかよ」

 

「魔力ランクとかの制限もいらないそうだ。取り調べにも協力的だったおかげだな。ありがとう」

 

「そーかよ」

 

「このあとはどうするかは……」

 

「……本当に良かったのかよ」

 

「何が?」

 

 管理局の犯罪者更生のための隔離施設、その一室でアギトの身元引受人の書類にサインをしていたセルジオはアギトに名前を呼ばれて顔を上げた。

 セルジオの前には人間サイズのアギトがいる。施設に収容されたら着ることになる拘束衣ではなく、既に普通の私服である。

 

「アタシを引き取ることだ。聖王教会からいろいろ言われたんじゃないのか」

 

「あー、まあ」

 

 ずり、と鼻の頭から眼鏡がずり落ちる。

 

 アギトは古代ベルカの純正のユニゾンデバイスである。

 いまはゼファーに仕込まれていたリアクターのシステムが混ざりこんでいるため以前よりも稀少価値は下がってはいるのだろうが、それでもその存在はベルカを主体とする聖王教会としては喉から手が出るほど欲しいだろう。

 

 おそらくアギトが行くと言えば喜んで聖王教会は迎えてくれるだろうし、きっとかなりの好待遇が約束されているだろう。

 融合機、魔法によって作られた命であっても、アギトを軽視するような組織でないことはセルジオも理解している。

 

「でもアギトはそうしたくないんだろう? なら俺はそれを無理強いはしたくないな」

 

 エクリプスの紅、生来の翠の二色の瞳が眼鏡の位置が正されると共に両方とも翠の瞳に戻る。

 

「でも俺の方も聞いておきたいな。なんでアギトは聖王教会に行きたくないんだ?」

 

 そして、セルジオはアギトのことをじっと見つめると、アギトの言葉を待った。

 

 アギトは少しだけ居心地悪そうにしていたが、やがて居住まいを正して語り始める。

 

「アタシは、ジェイルに思い知らせてやらなくちゃならねえ。ゼストの旦那の、ベルカの騎士の誇りを汚した罪の重さを」

 

 ゼストは死んだ。

 けれど、全てが終わってしまったわけではない。

 

「そしてアタシの今のロードはお前だ、セルジオ。だからアタシはお前と一緒に戦う。そのために、まだ教会に行くわけにはいかない」

 

 ゼストのため。ベルカの騎士のため。

 それが今のアギトが動くための理由であるらしかった。

 

 セルジオは書類に記載をしていたペンを置くと、アギトに向き直る。

 

「……俺でいいのか」

 

「正直ダメだな。まだまだゼストの旦那には遠く及ばねえし。ベルカの騎士一年生ってところだ」

 

 でも、とアギトは言葉をつなぐ。

 

「アタシはお前を選んだ。そうしたいって、そうするって、あの燃える空港でアタシは決めた」

 

「アギト」

 

「それに、お前、ジェイル・スカリエッティを追うんだろ。あの、メガーヌとかいう人たちを取り返すために」

 

 メガーヌ、という言葉を聞いたセルジオが動揺が体に現れたかのように体を揺らした。

 だがそれも一瞬の揺らぎ。すぐに「ああ」と頷いた。

 

「俺にはな、義理の妹がいるんだ」

 

 そして今度はセルジオが語る。いま、ゼストから託されたものへの想いを。

 

「その子はメガーヌさんの娘で、俺はその子を引き取ってメガーヌさんたちの代わりに育ててた。

 でも、家族にはなれなくてさ。ずっと家族がどうすればいいのかわからなくて、俺は『兄』としてあの子のそばにいていいのかも、わからなかった」

 

 ルーテシア・アルピーノはセルジオのことを「おにーちゃん」と呼んでくれていた。

 それでもセルジオにはそれに応えてあげる自信がなくて、だからずっと壊れ物に触れるみたいに扱っていた。

 

「でも、今なら言える。

 俺は『兄』として、ルーテシアをもう一度母親に会わせて見せる。

 それが今の俺の決意だ」

 

 ゼストが見せてくれた可能性をセルジオは信じる。

 引き継いだ意志と約束を叶えて、ルーテシアに再び母親と会わせる。

 それが再起した、セルジオ・アウディのルーテシアとの向き合い方。

 

 セルジオの言葉を聞いて、ハッとアギトが笑った。

 そして表情を引き締めると、セルジオの制服の襟首をつかんでぐいっと引き寄せる。

 

「ならこれは契約だ。アタシはお前に力を貸す。だからお前もアタシに力を貸せ。いつか、ジェイル・スカリエッティを倒すまで」

 

「……いいんだな」

 

「お前の道はアタシの道だ。お前の戦いはアタシの戦いだ。お前の夢は、アタシの夢だ。さっきも言ったろ、アタシはあの空港の中でお前と戦うことを決めたって」

 

 わかった、とセルジオが頷いた。

 

「なら契約だ。俺はアギトと一緒にジェイル・スカリエッティを倒す。そして罪を償わせて、奪われたものを取り戻す」

 

 ニッとアギトが悪戯っ子のように笑った。

 

「……契約完了だな。マイロード」

 

 セルジオもまたそれに微笑み返すと、手元の書類を持って立ち上がる。

 

「それじゃあ俺の家に行こうか。いま妹と二人暮らしなんだけど、やっぱアギトも自室ほしいよな」

 

「は?」

 

「あ、もしかしてアギトってそっちの人間サイズじゃなくて妖精みたいな大きさの方が本当の姿だったりするのか? じゃあでっかい部屋だとかえって落ち着かない?」

 

「いや、ちょ、待て待て待て待て」

 

 アギトが慌てて言葉を遮ると、はて?と首を傾げる青年に詰め寄った。

 

「え、なんだアタシと一緒に住む気なのか?」

 

「そりゃそうだろ。だって俺アギトのロードで身元引受人なんだから衣食住の面倒くらい見てあげなきゃな。それに保護観察の都合もあるから目の届くところにはいてもらわないと困るし」

 

「いやだとしてもアタシは一人でもやっていけるっていうか……」

 

「そう言うなって。アギトってゼスト(とう)さんに助けられたんだろう?

 じゃあ俺にとっては家族みたいなもんだよ。俺もあの人に世話になったしさ、家族の面倒くらいは見させてくれよ」

 

 アギトの目が丸くなる。

 

「家族って、アタシ、その、融合機で、人間でもなくて……」

 

「それを言うなら俺だって生まれはまともじゃないよ。なにせビーカーの中らしいからな。大した違いでもない」

 

「それ、は……」

 

 アギトがもじもじと指を組み合わせて、迷うそぶりを見せる。

 ふ、とセルジオはいたずらっぽく笑う。

 

「ははーん、アギトさては照れてるな。はは、気にしなくていいよ、俺はやりたいことやってるだけだからさ」

 

「照れてなんかにゃい!」

 

「あ、かんだ。アギト、けっこう子どもっぽいとこあるんだな。ユニゾンの時はすごく頼りになったからわからなかったよ」

 

「ああああもう調子狂う! しらん! アタシをからかうのはやめろ!」

 

 

 変わらないものはない。

 

 変われなかった青年も一つの転機を以て前へと進む。

 

 ゆっくりと、しかし確実に、止まっていたセルジオ・アウディの時計の針は動き始めていた。

 

 

 




 
多くのものを失った。
星は見えなくなった。
一度は立ち止まってしまったこともあった。

それでも信じてくれた人たちのために彼は立ち、彼自身が誰かを照らす星となる。
そして、新たな仲間と共に未来へ進む。
四章はそういうお話なのでした。


『レジアス・ゲイズ』
セルジオの上司。
セルジオの存在があったためか、原作ほど強固に戦闘機人の計画を推し進めていない。そのため最高評議会からは自分たちの権力の代行者として使われている面が大きかった。
けれど、戦闘機人計画で消費される命、その被害を償う道を選んだ。全ての戦いが終わった後は職を辞し、然るべき裁きを受けるつもりでいる。
セルジオと話してからは、いくらか本局やレアスキル保有者への当たりを柔らかくしている。
最近はセルジオに自分のノウハウを叩き込み、セルジオを文官としても使えるように鍛えてるのだとか。

『ギンガ・ナカジマ』
セルジオの新しい補佐官。はやての後任。
と、言っても新人なので部下の一人という扱いで、補佐官のような仕事をすることになる。
クイントの信念を継ぐセルジオの目指すものを一緒に見るために、セルジオのもとで戦うことを決めた。
部下なので「ギンガちゃん」はそろそろやめてくださいと言っている。

『アギト』
セルジオの融合機で新しい家族。
ベルカ式のユニゾンデバイスとしての純正さは失い、今ではどちらかというと『リアクター』としての側面の方が強い。
セルジオはそれを気にしておりはやてとアギトの身体を元に戻す方法を探そうとしているが、当のアギトはそんなに気にしてなかったりする。
セルジオのことを世話のやける弟くらいの気持ちで見ているが、セルジオもアギトのことは頼りになる妹くらいに思っていることを知らない。

『ユーノ・スクライア』
友人のような仕事仲間のような腐れ縁のような、なんとも言えない関係の似た者同士。
セルジオに面倒な仕事を頼まれた時はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしつつ、速攻で取り掛かってくれる。
頼まれた仕事が終わった時は、セルジオのポケットマネーで死ぬほど焼肉を食って帰る程度の仲。

『最高評議会』
レジアスはもう連絡を取れない。
ただまだその影響力は残っており、彼らが今後何をするかはレジアスですら読めない。

『無限の欲望』
もう、喝采は響かない。



改めてになりますが、フォーデト四章にお付き合いいただきありがとうございました。

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