ロクでなし魔術講師と東方魔術剣士と禁忌教典   作:KAMITHUNI

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遅くなりましたね!
それでは、どうぞッ!!


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決着ッ!

「ハァァァァァッ!」

 

電光石火。 その言葉が当てはまる程の速度を有した剣戟が右から左、将又、上から下、さらには袈裟から逆袈裟までを蹂躙する。

素人が目で追い切れるものでは無く、玄人であったとしても反応できるか分からない剣の暴嵐が疾く猛た。

剣風だけでも暴力的な重みがあり、剣士としての矜持や年月が否応でも無く感じられる剣技。

気合の篭った咆哮は自身へ喝を入れる為のモノ。

一切の油断が命取りになる剣士同士の戦いで、気が抜けないようにと己を奮い立たせる為に敢えて大声をあげているのだ。

 

 

しかし、本人は気が付いていないが、その咆哮は敵からすれば途轍も無い覇気を纏っている為堪ったものではない。

剣士として常識外れな実力を持つゼーロスの低く唸るような咆哮は尋常ならざる力を持つ。これによって並以下の剣士なら気を失い、たとえ達人級であったとしても一瞬の狼狽が生まれる。

 

 

ただし……

 

 

「ふーーーッ……ハッ! タァアアアアアアッッ!!」

 

 

それが目の前の少年に通じるかは又別の話だ。

赤き外套が少年の華麗な舞踏によって腰辺りで靡く。

吹き荒れる剣風でひらりひらりと髪が揺らめき、深く斬りつけ、勢いの付いた状態である剣尖が整った顔を掠めていく。

頬や鼻先に細かい斬り傷があり、其れ等の個所から僅かに血液が滴る。

だが、少年の傷は()()()()()()()

はっきり言って異常だ。

あれ程の剣戟が繰り広げられ、それを真っ向から受けている少年が細やかな切傷が数カ所程にしか出来ていない。

ありえない。それも【双紫電】の呼称を持つゼーロスの乱剣を()()に見切る事によって、その剣技を避けている。

どれ程の達人級の武人だとしても()()()ゼーロスが放つ剣戟を防ぎきる術を持ち合わせてなどいない。

だが、目前の少年は其れをやってのけている。

実際問題、少年は全身に()()()()()()()()、只の一度もゼーロスの剣技に捕まってはいない。

死角から剣を繰り出そうが、緩急を使って反応を鈍らせようが、巧みに剣の軌道を変えようが関係無い。

どれ程の策や技量を練ろうとも、()()少年には()()()()()()()為に意味を成さない。

それにゼーロスは焦燥を覚え、滴る汗や、整わない息の中深い思考に陥った。

 

 

(何故だッ! 何故、ケンヤ殿に私の剣が届かないッ!!ーーー剣技では、本来の武器を持たないケンヤ殿よりも圧倒的アドバンテージを保有しているはずなのだーーー! それでも、どれだけの剣戟を放とうが、技巧を凝らして斬り付けようが、何もかもを見通されたように躱されるッ! 彼の魔術がそれをさせているというのか?! それでも、あの動きはーーー)

 

 

異常。 そう、はっきり言ってバラバラだ。

動きに統一性が無く、そこに『武』が感じられない。

洗練された動きというのは案外読みやすい。 しかし、一端の武者になれば緩急や型にはまらない踏み込みで他者を翻弄する事がある。 だが、ケンヤの動きはそれでは無い。

何故なら、その動きは精彩を欠いた機械的な動作だからだ。

 

 

型や武芸といったモノを一切感じないただのステップやターン、またはジャンプを繰り返しているだけ。

確かにクリティカルに攻撃は受けていないが、その拙い避け方のせいと言っても過言では無い動きで体の彼方此方に細やかな裂傷が生まれている。

それは剣を掠めた何よりの証拠。 総てが届いているわけでは無いが、全く届いていないわけでは無い。このレンジでの有利性は何も変わらずゼーロスに軍配があがる。

 

 

だが、それでも……

 

 

「ーーーフッ! ハァッ!」

 

 

「チッ! (何故だッ!? 何故受け流されるッ!? 私の剣に曇りやクセはない筈だッ! ーーーだが、なんなのだ!? この、全てを()()()()()()感じはッ!!)」

 

 

ゼーロスが放った連続斬りを恰も簡単そうに受け流し、流麗に回転斬りを空中姿勢で放つ。

ケンヤの予測不可能な攻撃を舌打ち一つしながら、二本の魔剣で辛うじて弾きかえすゼーロスは焦燥に駆られ、自身とケンヤの異常なまでの剣戟のやり取りに違和感を感じ始めたのだ。

頭で考えていても理解できずとも、かの《剣聖》とやりあった経験を持つ自分が体で、しかも剣を交えて理解できないものなどありはしないと、自意識過剰ではなく確信めいたモノをもっていたのだ。

 

 

だが、実際はどうだ? ケンヤの動きの正体に一つでも思い当たる節があったのか? それとも、ケンヤの予想外ながらの奇襲に何か一つでも疑問を持っただろうか?

 

 

あぁ、確かにそう考えれば合点が行く。

 

 

初めから勝負など決まっていた。 ケンヤが初めから奇襲という剣士らしからぬ行動を伴っていた時点で、ゼーロスの頭には血が上りきっていた。 好敵手と認めた若き天才剣士と再度見えた喜びと同時に湧き上がる憤然たる思いが普段のゼーロスがもち合わせる冷静な分析力を鈍らせた。

誰だって、認めた相手に矜持など持ち合わせず向き合われたら腹が立つモノ。

たとえ、伝説級の剣士であったとしても人間に変わりは無い。 怒りが湧き起こらない道理など無いのだから。

 

 

ケンヤは理解していた。 ゼーロスという最強剣士は何より誇りと矜持を重んじる人物であることを。

そんな人物が真っ直ぐに磨き上げた剣技に、幾ら天才と持て囃されようとも、今のケンヤでは真っ向から打ち合うことで勝ち得ることはあり得ない。

だったら、それ以外の舞台で勝てば良い。 剣技で勝てないのならば、戦略で勝てば良いのだ。 勿論、奉神戦争を生き延びたゼーロスが戦略で劣るはずも無い。 基本前衛で戦う彼とて、常人から見れば桁外れな戦略家である。

 

 

簡単に追い越せるはずも無い。 だからこそ、ケンヤはゼーロスの誇りを……剣士としてのプライドを愚弄した。

そこに人情など無い。 慈悲すら無い。 だが、彼はそれを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえ、誰もが否定的に捉える戦略であったとしても……

 

 

 

 

たとえ、助け出した人物に蔑まされようと……

 

 

 

 

たとえ、自身が望まぬ未来であったとしても……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ーーーあぁ、それでも、そんな愚図な俺でも、誰かを……ルミアを救えるのならそれでいい!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえ、そこが地獄の淵であったとしても……

 

 

 

 

たとえ、自身が“悪”となったとしても……

 

 

 

 

たとえ、罪過を孕んだ紅蓮の煉獄に焼かれたとしても……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ーーーそう、それが“地獄の先”だったとしても……ケンヤ=サクライは歩み続けるッ! ーーー実母と偶に談笑できない世界が“正義”だというなら、俺は“悪”でいいッ! ルミアと陛下が笑って話せるような世界が作れるのなら、俺は落魄れた愚図でいいッ! だからーーー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥッッォオオオオオオオーーーーッッッッ!!!」

 

 

脳が焼き切れそうな程に魔術回路へと魔力をを無理矢理に流し込む事で、体の節々に痛覚が巻き起こり、視界にノイズがかかる。 脳髄はみっともなく豆腐のように崩れ、まともな思考回路が一つも無い。 【復元する世界】をかけることによって、一命を繫ぎ止めているが度を過ぎた【フィジカル・ブースト】によって断裂した筋が戻されては破壊され、戻されては破壊されを延々と繰り返し、感覚をほぼ失った。 砕かれた骨が内部を傷付け、体の内から壊れていく。

 

 

【対人戦略予知視】による予測は、人智を超えた速度で頭を回転させ、敵の動きの予備動作、場面の構成、角膜の動き、呼吸のタイミング、敵の性格までもを正しく把握し、それらを基に生み出された計測を魔力で単純に底上げしたもの。

ならば、体の限界を超えた魔力を流し込めば、この能力はどうなるのか……

 

 

結果としては脳が弾けとぶ。

 

 

それもそのはず、常識を遙かに逸脱とした計算をコンマ数秒で片すだけの情報処理を脳に負担させるのだから人間の脳では耐えきることができるはずも無い。

彼方の世界(衛宮 士郎が暮らす世界)でいうところのコンピュータと同等以上の演算能力と出力がなければ先ず発動させた瞬間に脳が焼け死ぬぐらいだといえば理解してもらえるだろうか。

人間の脳ではコンピューターの内蔵メモリに勝てる道理は無かったのだ。

生み出した存在が人間だとしても、コンピュータがその一歩も二歩も先に行く能力を持ち合わせている。

ただし、魔術が常識にある世界に於いては又別の話だ。

特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()を持つ()()にはその道理は成さない。

何せ、発動中は【術式固定】によって【復元する世界】を断続的に使用するように設定しているからだ。

 

 

(【復元する世界・術式固定(ダ・カーポ=アインハルト)】、かーーーったく、我ながら馬鹿げたチカラだなッ! 効果は、『対象を指定し、【復元する世界】を発動させ、同時に【術式固定】を掛けることによって、固有魔術【復元する世界】を半永続的に持続させることによって、死などが具現化されても、()()()()の状態へと()()で巻き戻される』……常時発動とか反則級だよな)

 

 

だが、今は其れが有難い。 いつもなら、周りの目を気にして忌避する能力だ。 当たり前だが、魔術師という括りに入る以上、無駄な情報を相手に与えるのは命取りになる。 それが常時発動型の魔術なら尚更だ。 手品が解かれるだけで、常時発動型は対策が取りやすくなるからである。

例えば、この【復元する世界・術式固定】は常に高い魔力量が持って行かれるという弱点を持ち合わせている為、発動するには最低でも第五階梯以上の魔力容量と魔力出力が必要不可欠なのだ。 それでも、発動してから持続できるのは凡そ1分程。 1分では戦闘では使い物にならない。

勿論、ケンヤの魔力容量は人外であることは周知の事ではある。 それでも、無限というわけでは無い。 当然の摂理ではあるが、使えばそれだけ減る。

その為、持久戦に持ち込まれれば其れだけ不利になる確率が高い。

それでもーーー

 

 

「ガァァァァッッ!!」

 

 

ケンヤの死角からの高速二連撃により、絶叫に近い苦悶の声が断絶結界内に響き渡る。

軽い血飛沫が巻き上がり、鮮血が石畳で出来た床下を赤黒く染み渡らせる。

そして、赤く染まった腕を抑えながら絶叫に近い苦悶の声を上げるゼーロスの姿がそこにはあった。

大きく後退した状況。 追撃は不可能と判断したケンヤは一旦、荒れた呼吸を落ち着ける為に警戒心だけは緩めずに一間おく。

 

 

「はぁ、はぁ……よ、うやく……捕らえたぞッ!」

 

 

荒く呼気を乱し、マナ欠乏症寸前の為に顔を蒼白にさせて決して無事とは言い難い裂傷を負うケンヤ。

しかし、初めて入った剣先の感触に破顔した。

それも仕方が無い。 通常の相手ならば此処までの喜びは表さない。 その程度のことで嬉々する程に場慣れしていない訳ではない。大人と子供の剣術指南ではあるまいし、そこまで興奮することは無い。 しかし、相手が悪かった。 なにせ、ケンヤの前に立ちはだかる男は人類史の中でも類まぐれな剣士だ。

それも、【英雄】ときた。 何度か手合わせした事もあるが、結局は勝ちは貰えず傷一つ付けることは叶わなかった。

状況からして、手を抜かれていた事もある。 それでも勝てない。 タダの一度も剣尖が掠めたことすら無い。

それでも、今、正に傷を付けたとこである。 正真正銘、最強の剣士の利き腕を持って行ったのだ。

 

 

ーーーただ、それだけで勝ったつもりになるのは早計だ。

 

 

「グッ! み、ぎ腕を持って行かれたか……ッ。 油断をしたつもりは無かったが、少々貴殿を侮り過ぎていたようだーーーやはり、認めざるを得ないな。 ケンヤ=サクライ殿……先程の礼節を欠いた無礼に謝辞するーーーだからこそ、私は貴殿に対する詫びとして、我が剣の最奥を見せようぞ……覚悟はいいな?」

 

 

「おいおい、どんだけ化け物なんだよッ! それだけの技量を出しておいて、まだ切札を持ってんのかよッ!? クソがッ! あぁッ!! そうだった! そうだった! 俺は、いつもそういう役回りに回されるんだよなッ! チクショーッ!! ーーーだが、いいぜ。 あんたの絶技……しかと見させてもらおうじゃねぇか! それ相応の剣技でなきゃ、俺の此奴も防ぎきれないぞ? 『覚悟はいいな?』ーーー は! 笑わせないでくれよ?! そりゃあーーーこっちのセリフだッ!」

 

 

二人の間に壮絶な程の剣気がぶつかり合う。

最早、言葉はいらない。 残った全てを使い切る為に、両者は最後のエネルギーを比喩でもなんでもなく命の限りを尽くして絞り出す。

ただらぬ空気を感じ取ったグレンたちは愈々決着が付くと判断した。

微かに残った先程までの残圧が嘘のように搔き消え、今では両者が放つプレッシャーに押しつぶされまいと唇の端を血が滲むほど噛みしめる。

確かに、これで全ての決着がつくのだろう。 それはまごう事なき事実であり、確定的に起こる未来だ。 しかし、結果までは予測できないのが世の常であり、常識なのだ。

だが、今回ばかりは予測がつく。

 

そう、それはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺がヘマさえしなけりゃ……間違いなく、俺()の勝ちだッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケンヤは地を蹴り、真っ直ぐに敵将へと駆ける。

その時に、両手を背後へやり、干将・莫耶を3本ずつ投影し持つ。

 

 

「ハァアアアアアアアッ!」

 

 

ゼーロスは、己が身体のポテンシャルを最大限にまで引き上げた状態で、直線上に走り出し、右手の剣を捨て、使える左腕だけで突進する。

恐らく、最速最強の最終手段であると伺え知れた。

鬼の様な形相を浮かべ、正に【紫電】の名に相応しい速度でケンヤへ迫る。 ケンヤが持ち得る最高の予測を最速の動きを以って制圧する為に脚力に力を入れ大地を抉る。

それだけで途轍もない余波を与え、空気が震撼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー 心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ケンヤに動揺は見られない。寧ろ、冷徹に感じるほど落ち着いた様子で真っ直ぐに駆ける。

さらには、投影した干将・莫耶の3本をそれぞれあらゆる方向へ投擲する。

手首のスナップによって縦回転のかかった白と黒の中華剣は宙を舞う。 煌びやかにも見える光景が広がる。ただし、それは人を殺す為の武器であることは覚えておかなければ、痛い目にあうことをゼーロスは知っている。

だからこそ、投擲された剣を無視することは出来ない。

 

 

「ち! フンッ!」

 

 

ゼーロスは向かってくる剣を全て弾き、さらなる加速によって雷速が神速に達した。

最早、ケンヤにそれを防ぐすべは無い。

加速に加速を加えた超速突撃。 威力は絶大。 喰らえば死。

大地が荒れ狂う程の突進撃がケンヤの額を穿たんと唸りをあげて頭蓋へと吸い込まれてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ、みずをわかつ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガギンッ!

 

金属がぶつかり合う甲高い音が鼓膜を刺激し、ゼーロスの剣から火花を散らせる。

瞬間、赤く染まった世界に脳裏が事態を掴めずに、目を白黒させた。

 

「な、にぃ……ッ!?」

 

 

焦りが含まれた言葉。だが、出てしまっても仕方が無い。

なにせ、ゼーロスにとっては絶対的な好機が、一瞬にして絶望へと塗り替えられる光景へと目前で繰り広げられることとなったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー 唯名 別天ニ納メ(せいめい、りきゅうにとどき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火の粉舞う剣は既に左腕から離れ、その場で立ち尽くすことしか出来なくなったゼーロス。

そんな彼に届くのは、恐ろしく機械的に感じる無機質な声。

冷酷で冷徹で無頓着。 何に対しても無の趣を感じさせる清冽な声。 それでも芯が一本道に通り、自らの念を信じ続ける気骨の入った声だった。

右手に莫耶、左手に干将……二本の魔剣がさらなる魔刀へと変貌し、刀身が禍々しく伸びた。

先程までの双剣は外型すら見失い、全く別物のようにさえ感じる。 剣圧は比べるまでもなく、達人級に至ったゼーロスでさえ生唾を飲み込むほどの圧力が込められた其れは、正に魔刀剣と名付けても違和感など無いだろう。

細く尖った双眸が、対象を射貫き、玲瓏たる漆黒が世界を斬り裂く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら、ともにてんをいだかず)……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詠唱の終わりと同時に、先程弾かれた剣の内、ゼーロスの剣を弾いた剣とは別に残った4本の夫婦剣が螺旋を描くように戻ってくる。 まるで磁石のように互いを互いに引き合う特性を持つ干将・莫耶の能力を最大限に引き上げた、『衛宮 士郎』の必殺剣。

 

同時、6方向からの剣と、前方からの剣閃。 幾度と修羅場を潜ってきたゼーロスといえど、全方位からの連撃を剣なしで防ぎきる術は持たず、そこにあるのは敗北という二文字だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーハァァアアアアッ! 啖えッ! 【鶴翼三連】ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三対の双剣による三連撃が敗北を濃厚とさせたゼーロスへ最後の手向けと言わんと、無慈悲に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……ッ! な、ぜだ? 何故、私を殺さな、い……こ、んな、使命、す、ら、果たせない、愚弄な、に……ん間を、生かし、ておいて、貴殿の、な、んの得に……ッ!」

 

 

「ゼーロスさん……あんたは一つ、思い違いをしている」

 

 

決着後。 立つことすらままならない俺とゼーロスさんは石畳の祭壇にて、断絶結界の虚空を見上げながら、肝を割って話す。

 

 

「な、に? ……わ、たしが、おも、い……違い、だ、と?」

 

 

おぉ……息も途切れ途切れもいいところなのに、まだそんなに射抜く様な双眸が作れんのかよ。 相変わらず、馬鹿げた戦闘人間だぜ。

ま、そんな奴と渡り合う、俺も俺かもしれないが、マジで立てない。 手足どころか、頭を回転させるのも嫌になる。

体が冷めてくる感覚も出てきてるし、なんだかんだで骨が軋んで鈍痛が脳を痙攣させる。

恐らく、マナ欠乏症と無理矢理に底上げした予測の所為で、脳がオーバーヒートを起こしているのだろうな。

しかし、まだ気絶する訳にはいかない。

彼には一つ訂正をしておかなければならない。

だから、俺は強がって、至って余裕ぶり、力が入らない身体を無理矢理にいう事を聞かせ、痛みを根気で屈服させた。

眩暈や立ち眩みが襲うが、正直、脳が熱量で裂かれた様な痛みのせいで、あまり違和感を感じなかった。

 

 

「あ、あぁ……あんたは女王陛下を救う為にルミアを殺そうとしたーーーそうなんだろう?」

 

 

「……」

 

 

黙り、か……

まぁ、これは予想通りだ。 なにせ、話せば女王陛下が死ぬと思い込んでいるからだ。 実際、さっき迄の状況なら間違いなく女王陛下は事情を説明しただけで死は免れずに御殉職されていた可能性が高い。

だけど、この場にグレン先生を連れてきた時点で、ある程度の解決はなっていた。

それに気がついたのは、俺もこの場に来てようやっとだったが、成る程、古典的ではあるが、目的の遂行の為ならかなりの有効打である。

実際、護衛が多く徘徊する女王陛下が人質に取られるなど誰も考えないし、ましてや今は魔術競技祭だ。 より一層の警戒があるのだから誰しもが其方に気を向けない。

 

 

「ど、どういうことなの? ケンヤ」

 

 

お、漸く顔を上げたか。 声のした方へ視線を移す。

そこには、目を赤くさせ、涙で瞼を腫らしたルミアが事態の説明を求めてくる。

それには、ゼーロスさんも同意のようで、俺は肩を竦めながら、右の人差し指で視線を誘発した。

そして……

 

 

パリンッ!!

 

 

「「なーーーッ?!」」

 

 

二人は驚きのあまり、上手く声が出ずに、只々、釈然とその光景を眺める。

そりゃあ、驚きもするよね? ま、驚きの種類は違うんだろうけど。

 

 

ゼーロスさんからすればあり得ない事態が起きて、ルミアの場合は、突然、物が音を立てて壊れた事に対する驚愕だった。

 

 

そして、それを難無くやってのけた人物は……

 

 

 

「ふぅ、お戯れは程々にお願いしますよ。 陛下」

 

 

赤き衣装を纏い、誰もが目を奪われる美貌が悔恨を滲ませる女性へ軽やかにウインクを一つ向けて、ルミアへとその女性を誘う。

すると、その件の女性……アリシア七世女王陛下が涙ぐみながら、立ち上がったルミアへ抱擁した。

 

 

「エルミアナッ! ごめんなさいッ!ーーー私は、ま、た……貴女が傷付く様な事をしましたーーーッ! で、も……無事で……本当に、ぶ、じで、よかった……」

 

 

嗚咽混じりに、陛下は強く抱きしめ、まるで誰にも取られないようにキツくキツく……それでも、何処か暖かな気持ちを覚える優しい抱擁で涙を止めることなく出し続ける。

ルミアも、唖然としていたが、それも一瞬。

直ぐに、事態を把握し、縋り付く様に……今迄の空白の時間を埋める様に……親の暖かみを噛みしめる様に、強く、强く、靭く抱き締め返した。

 

 

その光景の真意を掴め切れていない、ゼーロスさんは困った顔を浮かべた。

そして、ありえない事態を生み出したグレン先生へ何とも言えない顔で尋ねた。

 

 

「ーーー何故、条件起動式の呪殺具が発動しなかったのだ」

 

 

その疑問へ、答えの変わりにグレン先生はズボンのポケットから【愚者のアルカナ】を取り出す。

それを見たゼーロスさんは、戸惑いを覚えながら答えへ行き着く。

 

 

「ぐ、【愚者のアルカナ】?! ま、まさか貴公ーーーッ!」

 

 

「フ、まぁ、俺が何者でもいいじゃねぇか。 今は、あの二人の時間を邪魔しないでおいてやろうぜ」

 

 

「先生、カッコつけて決めてる風に終わらせようとしてますけど、気づくの、遅すぎませんかぁ〜? 危うく、俺、殺されるところだったんですけどぉ〜!! あぁ! 怖かったッ! 師匠も師匠でもっとマシなヒント下さいよぉ〜。ったく、俺がいなきゃ、先生も陛下もルミアも死んでたかもしれないし無いですかぁ〜! ほんと、しっかりしてくださいよぉ〜」

 

 

「「「急にウザいなッ!!」」」

 

 

おや? ゼーロスさんまでツッコミましたか? あるぅぇ〜!? この人、こんなにノリ良かったの?

え? そこに驚きを覚えたんだけど。 マジかぁ〜、ゼーロスさんってボケにツッコでくれる人かぁ〜。 これはいい情報だったなぁ〜。

 

 

「ま、まぁ、実際、あれだけのヒントでよく私達の意図を汲んでくれたな。 グレンは絶対に気付くと思っていたが、まさかケンヤまで理解して動いてくれるとは思わなかったぞ。 確かに、お前がいなければゼーロスは防ぎきれなかったしな」

 

 

「え? あれ? これ、俺、褒められてんの? ねぇ? 褒められてないよね?! バカにされてるよね? 安易に、俺がゴリゴリの脳筋思考で戦ってると思ってたよね?! おいコラ! そこの腐れ教師、何視線を逸らしてやがる! ーーーはい! 制裁決定ッ! 歯ぁ食い縛れよッ!!」

 

 

「は? おいッ!! ち、ちょっと待てッ!! 俺、なんもしてねぇーだろッ!! ーーーおい、冗談抜きで止めろ……残った魔力を集めて拳に溜めるなッ!! お、おい、やめろ……止めてくれぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ、ケンヤはこんな状況でも変わらないね」

 

 

「え? あぁ、彼ですかーーー確かに、ケンヤは変わりませんね。 本当に不思議な男の子ですね。 私や貴女の事を知っても尻好みしない精神力も、その強靭的な戦闘能力も……その、全てを見通したような優しき目も……なんだか、ホッとしますね」

 

 

帝国の二つの至宝が、寵愛の微笑みを浮かべ、一人の少年を優しく見つめていたことは誰も気づかないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、ところでエルミアナ? 貴女、ケンヤの事をどう思っているのです?」

 

 

「えぇ!? そ、それは、そのぉ〜……ぅぅ」

 

 

「成る程、貴女の想いが通じるといいですね。 彼は一見、聡いように見えますが、そういったところは鈍感ですからね。 彼のせいで何人の侍女が涙を見せたのやら……」

 

 

「やっぱり、ケンヤはモテますよね……はぁ、私も頑張らないと!」

 

 

(ヤル気ですね……! 頑張ってくださいね、エルミアナ!

それと、ケンヤーーーエルミアナを泣かせたら……フフ♫

どうしましょうかねぇ❤︎)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおッ! (ぶるッ)」

 

 

「ん? どうしたんだ、ケンヤ」

 

 

「いや、なんか寒気が……(ガタガタ)」

 


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