ロクでなし魔術講師と東方魔術剣士と禁忌教典 作:KAMITHUNI
「遅い!」
バンッ! と勢い良く机の上面を両手のひらで叩きつけて立ち上がったのは、我らが『説教女神』であるシスティーナ=フィーベル、その人である。
サラッとしている真銀色の美しい髪。 幼気ながら整った顔立ち。 スラッとした躰つきから分かる通り、かなりのレベルの美人だが、その生真面目すぎる性格や、キツイ態度のせいか折角モテる顔立ちにも関わらず、男子生徒からの評価は低い。
クラスの連中から聞いた話では『彼女にしたくない美女ランキング一位』を独走するとの事。
全くもって、惨めである。
「今なんか言った……?」
「イエ、ナニモ……」
おぉ、怖いな……
俺の心の中を覗いてきた……いや、察してきやがった。
その鋭い眼光のせいで、思わず視線を逸らしちまったじゃねぇーか。
とまぁ、彼女が御立腹なのにはちゃんとした訳がある。
それは、サボり魔である俺からすれば大変助かる話なのだが、真面目な生徒諸君には耐え難い事である。
よし、単純に言おう。
元々、担当講師だったヒューイ先生が失踪したため、臨時講師を雇ったのだが、大幅遅刻をしていると言えば判るかな。
因みに、現在は一限目の3分の2が過ぎており、通常の講師ならば、即クビものである。
何せ、この学院の講師は最低でも第四階梯の魔術師が勤めており、そういったルールには特に厳しく律しられている。 まさに、規律正しい名門学院である。
そんなところで大遅刻を平然とやってのける講師とは……腹が据わっているのか、タダのバカなのか……
まぁ、この魔術社会において前者の可能性は皆無だな。
間違いなく、後者だ。 単なる社会不適合者である事は容易に予想できた。
だから、目前の銀髪少女は、その気難しい性格上、その講師を許すことが出来ずに憤怒を隠そうともしないのだ。
他の生徒も呆れ呆れな様子を見せている。
お、如何やら我等が天使様は、健気にも社会不適合者に対して迄擁護するような言葉を紡いでいるのか。
流石です!
「はぁ……」
軽く溜息を溢し、面白味が一切感じられない教科書に辟易しつつ、読む事を止めるようにして閉じた。
全くもって、無駄な内容。
ハッキリ言って、レベルが低い。
詠唱を覚える? 魔術のレパートリーを増やす?
何言ってんだこの教科書は…………
偶に思うのだ。 俺はこんな所に通う必要があったのかと。
確かに、一度はアルザーノ帝国に来たかった事は事実だ。
しかし、それは旅行的な意味で、決して半永住……しかも、今頃学院生活を送るなどという意味では無い。
だが、俺は彼女……元帝国宮廷魔導師団特務分室 No.21『世界』のセリカ=アリフォネア。
大陸最強の異名を欲しいままにした【不死者】。
俺と彼女は師弟関係にあり、俺は彼女から魔術の何とかやらを教えて貰った。
そんで、2年ほど前にセリカ師匠と邂逅し、なんだかんだで半強制的に学院へ入学させられることとなったのだ。
最初は、恨みもしたが、彼女が教えてくれた魔術や心意気、剣術は間違いなく俺から頼み込んで教えてもらったことなので、恩義を返す為に渋々了承したのだ。
そんな風に思い耽っていると……
「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわ!」
がちゃ、と教室前方の扉がまったく悪びれる様子のない声とともに開く。
「やっと来たわね!ちょっと貴方、一体どういうことなの!?貴方はこの学院の講師としての自覚はーー」
一言言ってやろうとフィーベルが男に振り返って、硬直した。
「あ、あ、あああ───貴方は───ッ!?」
ずぶ濡れのままの着崩した服、蹴り倒された時にできた擦り傷、痣、汚れ。
フィーベルとティンジェルが驚愕した顔を浮かべ、フィーベルに至っては指を変態野郎に指差していた。
「…………………違います。人違いです」
自分に指をさしてそう言うフィーベルの姿を認めると、抜け抜けとそんなことを言った。
「人違いなわけないでしょ!?貴方みたいな男がそういてたまるものですかっ!」
「こらこら、お嬢さん。人に指をさしちゃいけませんってご両親に習わなかったかい?」
表情だけは引き締め、男はフィーベルに応じる。
「ていうか、貴方、なんでこんな派手に遅刻してるの!?あの状況からどうやったら遅刻できるって言うの!?」
「そんなの……遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、時間にはまだ余裕があることがわかってほっとして、ちょっと公園で休んでたら本格的な居眠りになったからに決まっているだろう?」
「なんか想像以上に、ダメな理由だった!?」
「まぁ、そういう訳だから……後、適当によろし、く……」
途端、男の体が硬直する。
「え? な、なに? 私の顔に何か付いてるんですか?」
先程までのふざけた顔が嘘のように、真剣な表情を浮かべて視線を向けるロクでなし。
そして……
「いや、気のせいみたいだ…… そんじゃあ、自習……ふぁぁ……俺は寝る」
「え!? ち、ちょっーー!
何も言わさぬまま、講師は名乗りあげる事もなく、黒板に自習という文字だけを残して教台に突っ伏す。
勿論、真面目なフィーベルが激昂したのは言うまでもなく、それを優しく喩す女神・ルミア様。
対象が違えど、起きていることはいつも通りだなと割り切り、俺も机に突っ伏す事にした。
この時、俺は彼の事を、ただ気が合うだけのロクでなしという認識しかしていなかったのだ。
ーーアルザーノ帝国 アルザーノ魔術学院 屋上
「ーーふむ。 そうか。 グレンが講義中に爆睡か。 まぁ、彼奴はいつも通りだな!」
「いや、ここの名誉教授としてどうなのかって話になるぐらいの適当さだな。まぁ、どうでもいいけど……それより、アレがあんたから聞かされていた兄弟子、『グレン=レーダス』とはな。 確かに、若いし、俺と気が合いそうだ」
「はっはっは! そうだろう!? 彼奴とお前って、怠惰な思考がそっくりなんだよなぁ〜! く、ぷぷ…… ま、また笑いが込み上げてきたわ……!」
「……流石に笑いすぎだろ。 何処にツボる要素があったよ」
今現在、午前の講義が全て終わり昼食の時間に、俺はセリカ師匠に腕輪の連絡装置で呼び出された。
話しの内容は勿論、今日転任してきた講師、『グレン=レーダス』の事だ。
彼は、セリカの拾い子で俺よりも前に弟子として育ていた。謂わば兄弟子である。
それに加え、異色の経歴としては、あの【魔術師殺し】の元帝国宮廷魔導師団特務分室No.0【愚者】であると聞かされた。
【愚者】といえば、格上の魔術師を相手にしても確実に葬り去るという噂を持つ驚異的な存在として讃えられていると、以前旅をしていた時に聞いた気がする。
まさか、その正体が、あのようなロクでなしの魔術講師で兄弟子だとは…… 少々、残念な気がしてならない。
「まぁ、お前の言いたいことは大体わかるよ。 それでも、グレンにも色々あったんだ……お前みたいに、な」
「……そうか」
心中を察しての言葉だったのだろう。
彼女の表情には何時ものような明るさはなく、何処か自虐したような影が落ちていた。
どうせ、私には師匠としての才能がないんだな、とか考えているのかもしれない。
とはいえ、俺から何か言えるはずもなく、この気まずい空気の中、買ってきた焼きそばパンを口に放り込むのだった。
◇
ーー地獄を見た。
肌を焼き、爛れた肉片が辺り一帯に散らばった。
肉の焼けた匂いが充満するが、けっして、食欲を誘うものではない事が一目瞭然だ。
ーー地獄を見た。
突き刺さった刃が、肉を断ち切って生命の営みを奪い去る。 貫通した肺から漏れ出た空気が抜けていく音だけが鼓膜を刺激し続けた。
ーー地獄を見た。
刃こぼれ一つ無い名刀は、幾度と無く繰り返した殺人によって美しく煌びやかに輝いていた白銀は、血で赤黒く装飾された。 『聖剣』とまで呼ばれた刀が、『魔剣』と成り代わった瞬間であった。
ーーそして、最初に地獄を見た。
存在していたはずの故郷が焼け焦げ、育ててきた農作物や家畜。 それだけでなく、富と人そのものを焼き払っていく煉獄なる地獄。
起こした張本人たちの組織を後に知ることになった。
……『天の知慧研究会』。 大陸各地で不祥事を撒き散らす、極悪非道な天才達の集団。
テロリスト。 その言葉がしっくり来る組織だ。
目的は不明だが、俺の故郷は、奴らに跡形も無く消され、ケシかけてきたやつは、
そして、屠った後に残ったのは、灰塵と化した村と、血祭りに上げた屑どもの遺体だけだった……