ロクでなし魔術講師と東方魔術剣士と禁忌教典   作:KAMITHUNI

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なんだかんだすぐ出すとか言っておいて、また大きく期間を開けるバカ作者でごめんなさい(; ̄ェ ̄)
今度もいつ出せるかわかりませんが、頑張って執筆していきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします!


PS・コロナで苦しい時ですが、頑張っていきましょう!(ありきたりなことしかいえなくてごめんなさい!)


楽しい時間はあっという間さ

昨夜の闘争から一夜明け、現在─────

 

 

どこまでも青い空。燦々と輝く太陽。焼けた白い砂浜。

 

 

清らかな潮騒と共に、寄せては引き、引いては寄せ─────千変万化する波の色。

 

 

そんなサイネリア島のビーチに複数の少年少女があった。

 

 

ケンヤ達……グレンのクラスの生徒達である。

 

 

「やっほー、システィ〜」

 

 

ぱしゃりと、水着姿のルミアが海の中から姿を表す。

 

 

青と白のストライプが可愛らしい、ビキニの水着姿。

 

 

その優美な曲線を描く艶かしいボディラインを伝い滴る水。

 

 

潮風に乗って舞い上がる水飛沫が太陽の光を受けてきらきらと輝き、手を振って無邪気に笑うルミアを彩った。

 

 

「かはぁ……ッ!?」

 

 

……そこには断じて、黒髪侍風の男の血潮が混じってはいない。いないったらいないのだ。

 

 

「水が気持ちいいよ! システィもリィエルもおいでよ!」

「うん! わかったわ! 今、行く!」

 

 

砂浜の一角に寄せ集めていた皆の荷物を整理していたシスティーナは、自分の身体をすっぽり包んでいた丈長のタオルをばさりと取り払った。

 

 

不意に露わになる、控えめなカーブのラインが清楚な、そのスレンダーな肢体。

腰に巻かれた花柄のパレオがお洒落な、セパレートの水着姿。

 

 

明るい太陽の下に、透き通るように白く、張りのある健康的な肌が惜しげもなく晒される。その白磁の肌はただ、眩くて─────

 

 

「ぐふぁ……ッ!?」

 

 

……誰かの吐血音が響いた気がするだけで気のせいだろう。気のせいったら気のせいだ。

 

 

たたたたっと、水着姿のシスティーナは元気よく、ルミアが泳いでいる場所へ向かって砂浜を駆けていく。

 

 

そして、波打ち際で膝を抱えるように座り込んで、波の押し引きをじっと見つめているリィエルのそばで立ち止まり、リィエルに手を伸ばす。

 

 

リィエルも水着姿だが、ルミア達のような華やかな水着とは異なり、リィエルはなんの飾り気もない、地味で野暮ったい濃紺のワンピース水着(学院の水泳教練用水着)だ。だが、システィーナ以上に平坦な身体のリィエルが着用すると、その平坦な線がよりいっそう強調され、逆にルミア達とはまた違った、幼さゆえの清廉な魅力を発揮し始める。

 

 

「…………」

「ケンヤァアアアアアアアアアアアア─────ッ!?」

「だ、誰か早くメディイイイイーーークッ!!」

 

 

……どうやら、女性耐性が皆無の東国出身の少年が血塗れで倒れ伏しているらしい。なんとも残念な野郎だ。

 

 

「ほら、一緒に泳ごう? リィエル」

「…………ん」

 

 

しばらく、リィエルは差し出された手をじっと見つめて……やがて、おずおずとシスティーナの手を取り、立ち上がった。

 

 

そして、システィーナに手を引かれるままに、海の中へと入っていく。

 

 

ざぶざぶと、白い宝玉のように波がしぶいた。

 

 

「ルミア、リィエル、ちゃんと【トライ・レジスト】付呪してる?」

「それはもちろん。……焼けるのはちょっと嫌だもんね」

「わたしはやってない。……面倒だから」

 

 

ぼそりとそんなことを呟くリィエルに、システィーナが即座に説教する。

 

 

「ダメよ、リィエル面倒臭がらないで、ちゃんと付呪しておかなきゃ!」

「……肌が焼けるくらい問題ない」

「それじゃせっかくの綺麗な肌が台無しよ、もったいない。焼くにしたって、ちゃんと薬塗らないと肌が傷むだけだし……ほら、私が付呪してあげるから、じっとしてて」

「……ん」

 

 

そして、三人の下に、さらに……

 

 

「そこのお三方ー、私達と一緒にバレーボールに興じませんー?」

「その……皆で遊べば、きっと楽しいよ……」

 

 

手にボールを抱えた、とてもバランスの良いプロポーションのウェンディと、背丈の小柄さのわりには、そこそこ良好な成長を見せているリンまでやってきて─────当然、二人とも水着姿で─────

 

 

「……え、『楽園(エデン)』はここにあったのか……ッ!?」

 

 

カッシュにロッド、そしてカイといった、クラスの男子生徒達は、そんな光景を前に、感涙の涙を禁じえなかった。

 

 

「ごめんな、ケンヤと先生……俺達が……俺達が間違っていました……ッ!」

「なのに俺達ときたら、ケンヤが現在進行形で血塗れになっているのに放ったらかして……ッ! 目先のことばかりしか考えられなくて……ッ!」

「ありがとうな、ケンヤ……どうか、あの世で安らかに眠っていてくれ……俺達のこと、ずっと見守っててくれよ……」

 

 

カッシュ達が見上げる青い空に、ケンヤの不敵な微笑が幻のように浮かんで……

 

 

「《勝手に見捨てるな・アホ共ぉおおおおおお─────ッ》!!」

「「「イギャアアアアアアアア─────ッ!?」」」

 

 

爆発したようなケンヤの怒声が、自分達の世界に浸っている男子生徒陣の浴びせかけられ、二節詠唱の炎熱系統魔術が炸裂された。

 

 

「なにやってんだ……アイツら……」

 

 

他の水着姿の男子生徒達とは違い、いつものシャツにズボンにクラバット、ローブをだらしなく肩に引っ掛けた格好のグレンは、砂浜に立てられた日除けの傘の下にシートを敷き、その上にぐったりと寝転がっていた。

 

 

「まぁ、いい。今日は予備日、丸一日自由時間だ。好きなだけ遊んどけ。ふぁ……寝みぃ」

 

 

だだだだっと、男子生徒陣が燃え上がる尻を押さえ込みながら勢いよく海の方へと駆けていく。

 

 

そんな中─────

 

 

「お前は行かねーのか?」

 

 

グレンは寝転がりながら、近くに立っているヤシの木の木陰に目を向ける。

 

 

「当然でしょう。本来、僕らは遊びに来たのではないですから」

 

 

そこにはギイブルが、木の幹に背中を預けるように座っていた。

遊ぶ生徒達には目もくれず、なんらかの魔術の教科書を開いて読んでいる。当然のように水着姿ではなく、いつもの学院の制服だ。

 

 

「かってぇなぁ……もうちょっと肩の力抜けよ……」

「……ふん。余計なお世話ですよ」

 

 

ギイブルは鼻を鳴らして、教科書に没頭し始めた。

 

 

そんな時である。

 

 

「先生〜」

 

 

ぱたぱたと、誰かが駆け寄ってくる気配がした─────

 

 

そして。

砂浜に作られた、即席のビーチバレー場にて。

 

 

「どぉおりゃぁああああああ─────ッ!」

 

 

ネットを大きく上回る見事な跳躍、弓なりにしならせた身体から、グレンは全身のバネを余すことなく振るい、右腕を宙のボールへと叩きつける。

 

 

刹那、敵陣へ容赦なく打ち込まれた弾丸スパイク。

 

 

ロッドがブロックに飛ぶが、そのスパイクはブロックの上から打ち込まれている。

 

 

咄嗟に、打ち込まれたスパイクにカイが飛びつこうとするが、当然、届かない。

 

 

「《見えざる─────」

 

 

セシルがボールの着弾点を指差し、白魔【サイ・テレキシス】─────遠隔物体操作の呪文を唱えて、そのスパイクを拾おうとするが、それも間に合わない。

 

 

ボールは砂浜を激しく爆ぜさせる勢いで、コート内をバウンドするのであった。

 

 

「ゲームセット! 先生のチームの勝利です!」

「─────っしゃおらぁ!? どぉだぁああ─────ッ!?」

「うーん、先生のチーム、強いなぁ……」

 

 

審判を務めたルミアの宣言に、グレンがガッツポーズをし、セシルが苦笑いする。

 

 

「……何が審判くらいなら、よ。ノリノリじゃない……」

 

 

グレンの大人気ない獅子奮迅の活躍に、システィーナがいつものようにジト目で、呆れ果てたように、ため息を吐いた。

 

 

グレンの姿は誰よりも砂まみれで汗だくだった。

 

 

その後、なんだかんだ魔術学院式バレーボールに参加させられていたギイブルとグレンの口喧嘩を、システィーナが仲裁する。

 

 

なんとも、大人としてみっともない事か。

 

 

「でも、次の相手は本当に強敵ね……」

 

 

ちらりと、システィーナは次の対戦チームに目を向けた。

 

 

一人目は、人間離れした身体能力を誇るリィエル。

二人目は、色々な分野で人外的能力を遺憾なく発揮するケンヤ。

そして三人目は─────

 

 

「お手柔らかに頼みますね?」

 

 

手を合わせてか柔らかく微笑む、クラスのおっとりお姉さん、テレサである。

 

 

一見、運動とは無縁そうな少女だが、白魔【サイ・テレキシス】のようなサイキック系白魔術の腕前はクラスでも随一を誇る。このビーチバレーでもテレサがレシーバーを務めた際は、まだ一度も得点を許していない。

 

 

加えて、あの健やかかつ魅惑的に育ち過ぎた果実は、跳んだり跳ねたりするたび、色々わがまますぎる故、男子諸君は動けなくなってしまうのだ。

 

 

「……ケンヤ?」

「……っ!?」

 

 

ルミアの冷たい声音に背筋を伸ばすケンヤは、彼女に完璧に尻に敷かれていることを再認識しながら作戦を伝える。

 

 

「……まぁ、やることはさっきまでと何も変わらない。テレサがレシーブでボールを拾い、俺がトスを上げて、リィエルが決める─────それでいいな?」

「はい」

「……ん。よくわからないけど、ボールを叩く」

 

 

頷く両者を見て、不敵な笑いを浮かべたケンヤはボールを持ってサーブゾーンに向かう。

 

 

「さて……まずは、ノータッチエースでも決めますかね?」

 

 

……そんなこんなで、グレン達のチームと、ケンヤ達のチームの試合が始まった。

 

 

「先生!」

 

 

システィーナが、しなやかに身体を伸ばしてトスを上げる。

 

 

「しゃおらっ! 死ねぇえええええええ─────ッ!?」

 

 

すかさずグレンが跳躍し、やはり大人げない全力のスパイクを敵陣に打ち込む。

 

 

だが─────

 

 

「《見えざる手よ》─────ッ!」

 

 

テレサがボールを指差し、呪文を唱えると、ボールは砂浜を叩く直前ギリギリで、ふわりと頭上に上がり─────

 

 

「げっ!? また拾われた!?」

「ほい、リィエル」

 

 

悠然とケンヤがトスを上げて─────さすがは人外的能力を持つケンヤのトスは的確で乱れが一切なく─────やる気なさげに、リィエルがそれに合わせて─────

 

 

「えい」

 

 

ズッッドォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオーーーンンンゥゥッッ!!!!

 

 

と、ボールがひしゃげ砂浜を貫く鈍い音。

 

 

ドザァァアァァア!! と、盛大に空高く上がる砂柱。

 

 

気付けば、グレン側のコートのど真ん中に、ボールが半分以上めり込んでいた。

 

 

「……どうしろと?」

 

 

頬を引きつらせるグレン。

 

 

「リィエル、ナイシュー!」

「……ん」

「テレサもナイスレシーブな!」

「はい。ケンヤさんもナイストスです!」

 

 

リィエルを中心に大はしゃぎな敵陣とは裏腹に、グレンの自陣はお通夜状態だった。

その後、悔しそうに歯噛みしていたギイブルが熱くなって、リィエルの殺人スパイクを止めてみせると豪語し、グレンチームに活力が戻ってくる。

 

 

「勝負はこれからだぜ」

 

 

グレンがボールを砂浜から掘り出して、ジャンプスパイクサーブを打った。

 

 

「《見えざる手よ》─────ッ!」

 

 

テレサが強烈なスパイクサーブを魔術で上げる。

 

 

(ナイス、レシーブッ!)

 

 

綺麗にケンヤの頭上へ上がったボールをリィエルに上げるため、ケンヤはセットの構えで跳躍。

 

 

「リィエルだっ! 来るぞッ!」

 

 

遠いところから速く広く使ったリィエルの平行スパイクこそ、ケンヤチームのリーサルウェポン。

 

 

当然、視線は知らずのうちにリィエルに移るわけで─────たとえ、その視線の移動を敏感に感じ取ったケンヤがツーアタックでグレン陣営にボールをゆっくりとスパイクしてたとしても、誰も気がつかない。

 

 

「な……!?」

「ここで、ツーアタック!?」

 

 

虚を突かれたグレンが、見事な手際で得点を奪ったケンヤを睨み付けるように見る。

 

 

「勝負はこれからなんでしょ? リィエルばっか目に入ってると、すぐに試合が終わっちゃいますよ?」

「……へ、上等だ」

 

 

強がりに等しい乾いた笑みと共に、試合が進んでいく。

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

…………

 

 

「はぁ────はぁ────はぁ───」

 

 

……試合後。

 

 

全身、汗まみれ、砂まみれのギイブルがコートから少し離れた場所で蹲っていた。ギイブルは水着に着替えていなかったので、それはもう酷い有様であった。

 

 

だが、不思議と悪い気分ではなかった。

 

 

今はもう、別のチームの試合が始まり、クラス中の注意はそっちに向いている。

そんな喧騒から離れ、ギイブルが一人静かに息を整えていると……

 

 

「…………?」

 

 

ふと、人の気配を感じ、ギイブルが顔を上げる。

目の前にいたのはリィエルだった。

 

 

「……何か用かい?」

 

 

ギイブルがぶっきら棒に問うと。

 

 

「あなた、凄かった。多分、ないすぷれー」

 

 

ぼそりと、リィエルは眠たげにそう言って、飲み物の入ったコップを差し出した。

ギイブルはそれをじっと見つめる。

 

 

つい先日までの自分なら、迷わずはね除けただろう。

何もかもがド素人臭いくせに、魔術師としては恐らく自分を圧倒的に上回るだろうこの風変わりな転入生は、自分にとっては敵だった。あの大剣の高速錬成を見た瞬間、敵わないと心のどこかで思い知らされ、それが単純に悔しくて、許せなかったのだ。

 

 

それもリィエルだけじゃない。

 

 

「……なぁ、ルミアさん。さすがにこれは近すぎると思うんですけど…………」

「うふふ、全然近くないよ? ほら、もっとこっち来て? それとも、テレサの方が良かったりする……?」

「いや……あの…………はい」

 

 

衆目から離れた木陰でルミアとイチャコラして鼻の下を伸ばしているアホケンヤにも、それは該当する。

 

 

【投影魔術】、【復元する世界】という二つの固有魔術だけではなく、その他の分野でも他の追随を許さないケンヤの魔術師としての手腕にも妬いていたのだ。

 

 

だが、なんというか……まぁ、やっぱり自分もこの陽気に頭をやられたらしい。

そう実感しながら、ギイブルはこう呟いて、大人しくコップを受け取った。

 

 

「ふん……負けないよ、君達には。……今は勝てなくても、いつかね……」

「……ん。そう」

 

 

暑く火照った肌に心地良い、風が吹いた。

 

 

 

 

 

あの後、俺達は体力の底が尽きるまで遊びに遊び尽くした。

 

 

海を引き上げたら、観光街を練り歩いて─────釣り堀で釣りしたり。

 

 

日が暮れたら、皆でわいわい騒ぎながら砂浜でバーベキューして─────夜の海で釣糸を垂らして海魚を釣ったり。

 

 

一人離れて釣りを謳歌していた俺に、ルミアが体を密着させながらあーんさせてきたり。そのせいで周囲の視線で殺されかけたりと。

 

 

楽しい時間は飛ぶように過ぎ去っていく。

 

 

そして─────

 

 

「よし……」

 

 

時分はすっかり深夜。就寝時間はすっかり過ぎて、部屋の奴らはぐっすりと夢の中。

今日一日の遊び疲れで、すでに寝ているのだろう。

 

 

「この時間なら珍しい魚が釣れたりするし、な……。今日くらいは許してほしいね」

 

 

俺は誰かに向かって呟くわけでもなく、一人で釣り道具を抱え込みながら海岸へ座り込む。

 

 

遠見では、オレンジ色に点々煌々と燃え揺らめく無数のランプの光がサイネリア島観光街を、この上なくエキゾチックな雰囲気にしていた。

 

 

夜の街並みを見てきたわけではないが、あれほどに煌々としているなら、威勢よく盛り上がっていることだろう。

 

 

「ふぅ……やっぱ、魚を釣ってる時は落ち着くぜ……」

 

 

俺は手近な岩陰に腰かけ、持ってきたゲロ不味い試作品一号のゲソのピーナッツバター和えを咥えながら釣糸を垂らす。

 

 

一口頬張れば絶妙な苦味と甘味が重なり合ってゲロゲロになるゲソのピーナッツバター和えを肴に、高級魚を釣れた時の快感に想いを馳せて、いい気分で寝る……これが完璧なシチュエーションである。

 

 

「……にしても、景色なんてどーでもいいって思ってたけど、これを見てるとそうは言えなくなっちまう」

 

 

ダークブルーに染まった海と地平線。空には白銀に輝く三日月。

月光が揺らめく波間を金剛石のように白く輝かせ、その光景はただただ幻想的だ。

 

 

この光景だけは目に焼き付け堪能しておかなければ人生の損……そう思わせる圧巻な光景だった。

 

 

ちゃぷちゃぷ……と。

釣針を揺らして魚を誘ってからどれくらい時間が経っただろうか。

 

 

「……なんの用だ、屍人使い」

 

 

人の腐り切ったぬめっとした気配が接敵するのを身に感じ、咄嗟に【投影】した干将をソイツに向けて投擲する。

 

 

「ふふ、感覚だけで私の気配を掴み取り、剰え能力を直感しましたか……御強い人」

「…………」

 

 

闇夜から現れた人影の正体は、かつて女王陛下暗殺計画の主犯であり『天の知慧研究会』の密偵だったエレノア=シャーレットだ。

 

 

前回の事件で身元を喪失させていた神出鬼没の元侍女だ。魔術師としての実力もそうだが、今し方の投擲を片手で封殺する体術も大したものである。

 

 

そんな彼女は優雅にも微笑を浮かべながらスカートの端を捲し上げ一礼する。

 

 

「天の知慧研究会、第二団《地位》が一翼、エレノア=シャーレットです───今宵は熱く燃え滾るようで、背徳的で退廃的な法悦な一時をご提供いたしますわ……」

「悪いな」

 

 

俺は手に持っていた釣竿を明後日の方向へ放り投げると同時に、隙のない挙動で、振り向きざまに右手の莫耶を投擲する。

 

 

すでに発動済みの呪文が起動され、【投影魔術】で生み出した刀剣の一閃が、エレノアへと真っ直ぐ、空気を薙ぎながら駆ける。

 

 

エレノアはそれを余裕綽綽に跳躍して躱し、近くの巨木の枝の上にふわりと優雅に舞い降り立った。

 

 

「俺はアンタのような腐り切った女よりも、もっと可憐でお淑やかな娘の方が好みだ。死ね」

「あら、つれないお方……それに剣の投擲なんて、レディーの扱いとしてはマイナス点ですわ」

「うるせぇぞ、ネクロマンサー。今回は何が目的だ……!」

「うふふ、その表情……あながち察しがついているのではなくて?」

 

 

俺の殺意を受けても悠然と佇むエレノアは、頬を朱色に染めて妖しく微笑っていた。

 

 

察しか……。いや、コイツが出しゃばってる時点でそれ以外に考えはつかないが、いくらなんでも俺に接敵する時点でもっと何かしらの理由があるはずだ。

 

 

いや、わかってる───サイネリア島でコイツらがルミアを狙う時点で標的はルミアだけではない。

他にも、もっとヤバい原子爆弾が身近にいるじゃねぇか……!?

 

 

「てめぇらクズ共が出しゃばってる時点でルミア狙いは判る……だが、わざわざ俺に近づいてきた理由はなんだ?」

「うふふ……気付いておきながら女性に答えを求めるなんて、いけませんわ──『Project: Revive Life』と貴方様の固有魔術・【復元する世界】……面白い組み合わせではございませんか?」

「──殺すッ!」

 

 

コイツは触れてはならない禁忌に接触しやがった……。

許されない。死者を冒涜するコイツらのやり方を俺は……俺だけは認めてはならない!

 

 

「うふふ、さぁ始めましょうか───甘美で美醜に染まった幻想譚を!!」

 

 

詠唱を終えたエレノアの背後。俺の眼前に広がる肌が爛れた人の形を取ったバケモノの軍勢。

圧倒的な物量に対抗すべく俺も刀剣を無数に投影する。

絶対に負けられない。アイツらに報いるためにも、アイツらにこれ以上の罪を重ねないためにも……!!

 

 

「これ以上、アイツらの死を弄ばれてたまるかぁああああ───ッッ!!!!」

 




次回・物量 対 物量

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