「⋯⋯なぜアマリナを外した?」
馬車の中でつまらなそうに外を見ていたクロジンデからの問いに俺は言葉が詰まった。
一度咳払いをして、感情をどうにか喉奥へと押し込んで、喉で詰まらせた言葉を理性で解いてから、口を開く。
「まだ早かっただけよ。色々と足りなかった、と言い換えてもいいですわね」
「⋯⋯不足があるとは思えない」
「アマリナにはね。そう育てましたし、給仕としてはどこへ出しても問題ありませんわ」
教育は行き届いていた。
身内贔屓があったとしても、少なくとも給仕としては一人前と呼ばれていてもおかしくはないだろう。
そう育てたし、アマリナもそう育った。
問題は貴族側である。
ベリル人だからといって奴隷としか見ない。
他者の所有する奴隷に対して遠慮もなく手を出そうとする。
実に、実に当然の反応である。
そうである筈だけれど、俺がそれを許容できなかった。
「連れて行く相手を見ずに連れ回していた私の不足でもありますわ。貴族側としては当然の反応だったでしょうし」
「⋯⋯そう」
「ええ。だから面倒でしょうけれど、護衛は任せますわ」
「⋯⋯」
俺と二人きりの馬車の中で非常に嫌そうな顔をするクロジンデに苦笑する。
命令には従ってくれているし、頼み事もある程度きいてくれる。当然、相応の報酬を渡している。
ビジネスライクな関係ではある。まあクロジンデはクロジンデで色々と手を焼いてくれてもいるから俺としてはありがたい。ちゃんと請求はしてほしい。
優しいのか、面倒見がいいのか。それとも仕事の範囲が広いのか。
どちらにせよ、助かっている事には変わりないので報酬も適度に増やしている。
「⋯⋯レイは?」
「礼儀の面でまだ駄目ですわね。護衛としては及第点⋯⋯とも言えませんわね」
「⋯⋯たぶん大丈夫」
「護衛としてかしら?」
「⋯⋯」
コクリと頷いたクロジンデ。レイはどうやら頑張っているようである。
対貴族の危険度が読みにくい護衛だから求められる力量はたかが知れている。礼儀の部分が重視される。
クロジンデ的には護衛という最低限の礼儀と力量がレイには身についたらしい。王女であるスピカ様を前にベッドで寝転がったり、「嫌だ」とか言うクロジンデが礼儀を語るのも中々であるが。
「⋯⋯そもそもディーナの護衛が変」
「そうかしら? 悪の令嬢ではあるけれど、非力な女ではありますわ」
「⋯⋯ハッ」
鼻で笑いやがった。
羽根ペンよりも重いものは持てない。と言うつもりはないけれど、正々堂々の剣術だけの試合ならそこらの騎士の方が強いだろう。
アレクもヘリオも上澄みだろうし、正確に自分の力量は測れないけれど⋯⋯鍛え方が違いすぎるので比べるのも烏滸がましい。
「問題がなくとも、今回に限ってはレイではなく貴女を選びますわ」
「⋯⋯相手を殺す?」
「場合によっては、ですわね。あまり強行手段は取りたくはありませんし。穏便にことが済めばそれでいいですわ」
「⋯⋯楽観すぎ」
実際、楽観的である。
王都郊外にある館に招待されている事も。時間が夜である点も。実に怪しい。
相手の立場で考えて無理に理由をつけるなら、組合関係には興味があるけどディーナ・ゲイルディアと表立って会えば派閥から疑われもする。人目につかない夜で、王都郊外の館にする理由としては十分だろう。
という頑張って捻出したような予想でしかない。
⋯⋯十中八九、罠なんだよなぁ。
相手が何を考えているかもわからないし、無視は組合としてよろしくない。貴族に対して公平であり続けなければいけない。
「何にせよ、貴女がいればある程度は問題ないでしょう」
「⋯⋯はぁ」
「どうして溜め息を吐くのかしら?」
「⋯⋯勝手に期待されてる」
「ええ。貴女の能力は知っていますし、相応に信じているだけですわ」
「⋯⋯人誑し」
誰がじゃい。
人誑しっていうのはアサヒとか陛下とかの事を言うのだ。
俺は自分の身内であるから信頼を置いているだけである。というか、他者を信じなければどうしようもない。
カリスマとかいう才覚は俺にはこれっぽっちもないのである。
「まあいいわ。一応、護衛ではあるから好き勝手に動かないこと。傍にはいて貰う必要はあるけれど、あまり喋る必要はないわ」
「⋯⋯面倒」
「相手の出方次第ですけれど⋯⋯。察しのいい貴女なら柔軟に対処するわね」
「⋯⋯」
めちゃくちゃ顔を顰めて睨んでくる。元々可愛らしい造形だからそんなに怖くない。
怖くはないが、これでも凄腕暗殺者であるし、状況判断は問題ないだろう。
最悪は⋯⋯出向いた先の貴族が既に殺されていて、俺が犯人になる、とかか。その時は痕跡を残さずに帰るだけだが。
社会的に封じるにしても回りくどいし、まだそこまで組合は力を持ってないから大丈夫だろうけど。予想としての最悪は想定しておくべきだろう。
あり得ない話で言うなら、レーゲン並みの暴力が唐突に出現して俺を含む全員を鏖殺して、王都へ進行。
防ぎようがない災害である。
コンラート・エッケルト子爵は、良く言えば安定志向の中堅貴族である。悪く言えば、それだけの貴族でしかない。
中央政治には力は及ばず、地方領地を安定して治めている。
そんな貴族だからこそ、組合としては手を取り合いたい。地方領地の交易許可なんてあればあるほどいい。
「ようこそおいでくださいました、ゲイルディア様」
「エッケルト子爵殿はいるかしら?」
「ご案内致します」
燭台を持った給仕の後ろを着いていく。
ぼんやりと廊下を照らす蝋燭の光を見ながら、辺りを確認し続ける。
館の中に給仕の姿は少ない。夜であるから、それが普通と考えられる程度でもある。
あと、何か忙しなく動いてもいるが⋯⋯その程度は日常の問題として起こりえる事象だろう。
違和感は覚えるけれど、その程度でしかない。
罠と勘繰ったのは早計だったかもしれない。警戒は続けるけれど、決めつけで動くのはよくない。
給仕が扉を開けば、眉を寄せた顔の前で指を組んだ中年の男。身なりは整っているが、筋肉は最低限。
護衛もいない。少なくとも、彼だけならば脅威にはならないだろう。
「本日はお招きいただきありがとうございますわ。エッケルト子爵殿」
「⋯⋯こんな時間にすまない、ゲイルディア卿」
「ええ、本当に。女である私をこのような時間に呼びつけるなんて。あらぬ噂も出るでしょう。奥方様の耳にも入ってしまうかもしれませんわ」
「⋯⋯」
「冗談ですわ」
軽い冗談である。そんなに睨まないでほしい。
貴族にしては珍しい愛妻家であるエッケルト子爵に対して言う必要は無い冗談ではあるけど。
だからこそ、冗談として釘を刺させてもらう。
何が目的かがわからない分、可能性は潰していく。
「⋯⋯私にも派閥での立場がある。公的に卿と会う訳にもいかん」
「お察し致します。私も準男爵ですので、貴殿より上の者からの追及にはお答えするしかありませんので」
「⋯⋯座ってくれ」
エッケルト子爵の前にあるソファに座り、真っ直ぐに子爵を見つめる。クロジンデは後ろに控えているが、既に存在感は薄い。助かるぅ。
さて。予想通りの回答は得た。
同時に最低限の保険も得た。
けれど、違和感は残る。
「それで、お呼びした理由は組合として、でよろしいでしょうか?」
「⋯⋯相違ない」
それにしては忙しなく手を組み替えたり、視線が俺へと固定されない。
なんだ? 罠にしては、あまりにも演技が拙い。
演技ではないと考えれば⋯⋯俺以外に気になっている事がある?
こんな時間に呼び寄せて? 他の優先度の方が高い⋯⋯?
「他に気になる事があるようでしたら、日を改めますが?」
「いやっ、今日でなければいかんっ!」
「⋯⋯なるほど。拙速を尊ぶのは素晴らしいことだと思いますわ」
何を企んでいる?
焦って俺をこの場へ引き留めた。今日である理由がある。
組合への妨害としては⋯⋯いや、そこまで組合は力を持っていない。違う。
俺個人をここに留める理由はエッケルト子爵には無いと思うけど⋯⋯。
見えてない部分が多いから後手になるな。
少しだけ思案に浸る。
見える範囲と予想できる範囲。ディーナ・ゲイルディアの見られ方。
後手になるにしても、思考し続けなければならない。
「⋯⋯ゲイルディア卿」
「はい?」
思考を切るように、エッケルト子爵の声が耳を打つ。
不安と疑念が含まれた声色。
エッケルト子爵は何かを迷いながら、恐る恐る、震える口が開いた。
「⋯⋯卿が謀っていることではないのか?」
「何を──」
先の言葉は溢れなかった。
俺とエッケルト子爵、そしてクロジンデ以外誰もいなかった筈の室内。
蝋燭の光によって出来た
「ディーナ・ゲイルディアだな?」
確認出来るだけでも五人。部屋の中、影から現れた者たち。
一人は俺へと剣を向け、一人はエッケルト子爵へ剣を向け、扉と窓に一人ずつ。そして俺へと声を掛けた残り一人。
放たれた声は男性のもの。太く、強い声である。
顔は隠れているし、肌も見えない。黒の装束はまるで影に同化しているようだ。
殺す気は無いのだろう。
殺すつもりなら既に俺は殺されている筈だし、クロジンデも動いていただろう。
加えて言えば、甘い。暗殺者らしからぬ動きであるし、対象の無力化すらしていない。
⋯⋯暗殺者としても、襲撃者としても未熟でありながら、この場に彼らはやってきた。
溜め息を吐き出してしまう。
情報が足りないと、現状の把握すら覚束ない。
右手を動かして、指を弾く。
「ゔっ!?」
コチラに剣を向けている相手に空気の塊を頭上から叩きつけるようにぶつけて、手放された剣を奪う。
他の人間が俺へと鋒を向ける前に、床に伏せさせた人間を踏んで、首筋に剣を向ける。
「動かないでいただけるかしら? お仲間の命が惜しいのなら」
「⋯⋯私ごとっ」
「お黙りなさい。それとも、喋れないようにして差し上げればよろしくて?」
足元の人間は声色的に女である。顔は隠れてるし、体格もわからないが。
彼女の視界に映るように剣をチラつかせ、黙らせる。
さて、状況は良くはないけれど。一旦は膠着するかな。
辺りを確認しながら、ゆっくりとエッケルト子爵へと視線を向け、微笑む。
「エッケルト卿。お伺いしても?」
「ち、違うっ! 私ではないっ! わ、私はただこの場に卿を呼べと⋯⋯っ! 妻と子がっ」
「⋯⋯そう」
狼狽して答えるエッケルト子爵の言葉。
事実だけ見れば、俺がエッケルト子爵を怪しむべきなんだけど。それにしては杜撰であったし、罠とバレるような振舞いに意味はない。
俺は声を出していた男へと視線を向ける。
俺の動きに対して警戒はされてはいる。無駄な動きはない。
ただ、視線が交差する。
「目的を聞こうかしら?」
「⋯⋯」
「無言でも構わないわ。エッケルト子爵のご夫人と御子息のことは知らないかしら」
「⋯⋯」
答えはない。面倒くせぇ。
ハッキリ目的を言われた方が動きやすい。吐かせる方法はあるけど、エッケルト子爵を守りながらは俺には無理がある。
本当に知らないか、黙っているだけか。
どちらにせよ、たぶん彼らも使い捨てだ。
ただ使い捨てられるにしても⋯⋯。
⋯⋯嫌な手段だ。
「はぁ⋯⋯目的は私ね」
パチン、ともう一度右手の指を弾いて風を起こす。
風によって開いた窓を少しだけ見てから、小さく息を吐き出す。
この場から逃げ出すことは容易い。
クロジンデの力も借りれば俺とクロジンデは無傷で撤退できる。
ただそうするとエッケルト子爵が殺されるだろう。少なくとも喋れない状態になる。そして襲撃の罪は悪の令嬢たるディーナ・ゲイルディアに。
俺の評判が悪いのも問題だが、良かろうが変わらないだろう。
彼らを殺し尽くす事も可能である。なんならクロジンデ一人でも問題ない。
そうすれば、彼らを殺せば俺自身の目的に支障が出る。俺が手出ししてないからこそ、察しのいいクロジンデは動いていない。
何より嫌なのが、彼らが貴族同士の密会を襲撃したことである。
どうなるかなど火を見るより明らかだ。
目的を達成するまでに過半数は死ぬ。だから少数精鋭なのか、それだけしか数がいなかったのかはわからないが。
仲間が踏まれてなお飛び込んではこない。
無謀なのに、撤退もしない。
覚悟をもって、この場へ来ている。
彼らは少なくとも俺を殺すつもりはない。
そうであるなら既に決着している。どちらが死んでいるかはおいといて。
⋯⋯死んだら死ぬだけか。
死にたくはないが、現状で俺が打てる手は少ない。
「取引をしましょう。私が無抵抗であなた方に攫われる。代わりに私以外に危害は加えないこと」
「⋯⋯拒否すれば?」
「私の足元にいるお仲間を殺しますわ」
「私のことはいいっ」
「二度も同じ事を言わせないでくださる? 死にたいのなら勝手に死んでくれるかしら」
踏んでいる足へ体重を少し乗せる。
随分と感情的な襲撃者である。精鋭、というよりは単なる寄せ集めなのだろうか。
それにしては男によって統制は取れている。
この女だけが未熟なのだろう。
「で、答えを聞こうかしら?」
「⋯⋯わかった。彼女を放せ」
「いい判断ですわ」
話はわかるらしい。
俺は剣を放して、両手を上げる。足を一歩退けて、抵抗をやめる。
お互いに被害は出したくはない。
クロジンデもいるし、こちらは最低限の保険はある。反故にすれば殺す。それだけである。
エッケルト子爵へと顔を向けて、微笑む。
「エッケルト子爵。変に動かない事をおすすめしますわ」
「⋯⋯ゲイルディア卿」
「ご夫人と御子息の無事をお祈りいたしますわ」
エッケルト子爵側から見れば、悪の令嬢である俺がこういう動きをしている時点で、俺の計画だと思っているかもしれない。
まあ、それはそれで構いやしないんだけど。今更俺の評判など落ちようがないし。
ご夫人と子供の無事を願っているのは本心である。
俺が企てていたら妻子を殺しているし、この場でエッケルト子爵も殺している。
そうしなかった理由が首謀者にはあった。
罠を踏みはしたけれど、死ぬような罠ではない。
「お前がっ!」
「おいっ!?」
だからこそ、さっきまで抑えていたこの女からの拳は避けもしない。
無抵抗は取引として成立している。
回避も、また契約内であろう。
綺麗に顎に決められた。視界が揺れる。
揺れる視界の中、俺は真っ直ぐに取引をした男へと視線を向ける。
違えば殺す。
二度も言う必要は無い。意識も揺れているから言葉にも出来ないが。
揺れる視界。
男の声と女の叫びが遠くに聞こえる。
保険は掛けた。
察しはいいが面倒臭がりな誰かの溜め息が小さく空気を揺らした。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん