目覚めたらそこはシシ神の森でした   作:もふもふケモノ大臣

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約半年ぶりにこっそり投下…いやぁ時が経つのは早いですね


モロモロ姫にメロメロなの

きゃっきゃっ、きゃっきゃっ!

待て~待て~。

 

「うわぅッ!あにさま、ノロマー!」

「ハハハ、言ったなこやつ!」

 

オレは今、天国にいる。

いやぁどう見ても天国だよ。

豊かな森…木々の枝々で笑うコダマ…。

良い匂いの苔。ポカポカお天道様。

美味しい天然水。

そして…。

 

「ほら、捕まえたぞ!」

「きゃうん!はなして!まだ わたし つかまってない!しっぽだけじゃダメ!」

 

白いもふもふの小さな子犬…。

おぉ我が妹。

少なくとも天使。

普通にみて女神。

過分に言えば…いやどれだけ讃えようが言い過ぎなんてことは有り得ないノダ。

 

1000シシ神(単位)くらいの価値がある。(断言)

 

おお我が妹…。

超可愛い。

あぁ我が妹…。

可愛いさは罪。

 

オレの前足に尻尾を抑えられ、抜け出そうとパタパタ暴れている。

 

「はなしてぇ!あにさま まだ鬼ごっこは おわってないからね!」

「仕方ない…。もう一回付き合うてやるガ、

 もうじき狩りの時間ダ。これを終えたら長の所に戻るぞ」(デレデレ顔)

「わんっ!ありがとう あにさま だいすき!」

 

あぁ…モロが俺の首にじゃれついてくる。

なんて柔らかい肉球なんだ…。

なんてふわふわなモフモフなんだ…。

なんて愛らしい瞳なんだ…。

尊い…。

 

「じゃあつぎの鬼ごっこ、いくからね…!あにさまがまた鬼!」

「何秒数えるのだ?10秒じゃ足りるまい」(デレデレ顔)

「わふ……じゃあ二十かぞえて!

 わたしのすがたが みえなくなってから かぞえてね!」

 

とてとて走っていく白いモフモフ。尊い。

ああああああああああ!可愛い!

まさに生きたぬいぐるみ!

人間だった時ネットで見た…

長沢なんとかの日本画の、牛の前にだらけて座ってる白子犬みたいな?

日本画の犬って可愛いよね…。

んはあぁっぁああ~~(溜息)俺の妹可愛すぎィ…。

 

はぁ~匂いを嗅ぎたい。

もうモロの諸々(モロモロ)をね!(審議中)

首筋!

腹!

脇の下!

太もも付け根のやっこいとこ!

尻尾の付け根!

耳の付け根!

もう全部だ!

全部に鼻をグリグリ押し付けたい。

鼻突っ込んで深呼吸する。(真顔)

 

「…じゅ~く、に~じゅ!よーし…追いかけるぞ、モロ!」

 

ぬっふっふ…。

わかる…わかるぞ…。

モロの匂いは十里(40km)離れていようと間違わずに嗅ぎ分けられる

このお兄ちゃんから逃げられると思うなよ。(変態)

(※東京からだと千葉市やや越えて、大阪からだと京都市やや手前まで)

 

とててててて、と前方を頑張って走るワンコ発見。

 

…。

 

……。

 

はぁぁぁ~。(クソデカ溜息)

あぁこのままモロの後をずっと追っかけていたい。

 

「わぅ?あっ!あにさま もうきた!?」

 

モロが俺の姿を見て更に頑張って速度をあげる。

短い足が必死に高速回転してる。

なんか走るたびにパタパタ足音してる。

 

ぱたぱたもふもふとてとてとてててててって走るんだよあの義妹。

 

…。

 

……。

 

もう…死んでもいい。

モロの為なら死ねる。

 

「わぅ!わぅ!どうだ あにさま!わたしは はやいだろ!」

 

うわぁ…本犬は超速いつもりなんだよアレ。

たまんねぇ。

可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああ!可愛いいいいいいいいい!!

俺の理性と視野は限りなく狭くなりモロだけしか目に入らない!

 

待て~待て~!モロ待て~!

モロ目掛けて一直線だぁー。

わーい!(バカ犬化)

 

俺はモロとの手加減アリアリな鬼ごっこというのを忘れてモロ一直線で全速力で走る。

これもモロフェロモンがいけないんだよ。

 

わー!まてー!

 

まてまてー。

 

おっ、急カーブしたな!良い急カーブだ!

そんな制動かけれるなんて峠攻められるぞモロ!さすが俺のモロ!

 

でもすぐ追いついちゃうもんねー。

 

まてー。

 

「ゥガフッッ!!!?」

 

尻尾ふりふり走るモロの急カーブに追いつこうと俺まで急カーブした瞬間、

どっかの誰かと俺は頭ごっつんこしてしまった。

頭がクワーンとなって

振動が頭から耳、首、胸、前足、腹、後ろ足、ケツ、尻尾x8へとビリビリィ!

この激突現象、遠い昔に外国のアニメで見たことあるぞ…。

ネズミと猫が仲良くけんかするヤツだ…。

頭がものすごく痛い。

 

ちょっとドコの誰だ!

俺とモロのランデブーを邪魔するバカは!

というか大丈夫デスカ!

俺のガタイと石頭で激突したら結構な確率で相手は死ぬ!

 

「…?あにさま?だいじょうぶ?なにかあったの?」

 

結構な激突音がしたらしく、先行していたモロが戻ってきてくれた。

あぁ、モロ。俺を心配して戻ってきてくれたのかい。

モロ。おお、モロ。なんて兄思いの優しい子なんだ。

見て下さい、この子うちの妹なんです。美犬でしょ。

 

「ウム…ちょっとぶつかってしまった…相手は大丈―――」

「だれとぶつかったの?おっちょこちょいの あにさま!

 ……さるのおかおの しか?

 だいじょうぶか?いきてるのか?あにさまにふまれてるぞ おぬし。

 あにさま!しんでたら コイツたべていい?」

 

妹がぶっ倒れてる猿顔鹿をつんつんしてる。

 

…。

 

……。

 

………。

 

「――シ、シシ神…」

 

えぇ、はい。生と死を司る真の神が瞳孔開きっぱで倒れてます。

おでこにタンコブできてるよ?

頭蓋骨…無事…?

 

「え…ししがみって……ははうえがいってた…あのししがみさま?」

 

前足でシシ神の顔をぽふぽふしてたモロがピタリと止まる。

さすが長…ちゃんとモロにシシ神のことを教えていたか。

 

「ししがみさま しんじゃったの?」

 

すごく不安げな表情で俺に尋ねてくるモロほんと可愛い。

 

「シシ神は死なないよ。命そのものだから(キリッ」

 

なんだろう…今、こう言わねばという不思議な義務感に襲われたんだが。

何故だ。

なんか…遠い昔に……俺自身がコレ言おう!って決意した気がしないでもない。

なんの言葉だ、これ。

誰かのセリフか?

 

…。

 

うーん。

 

ま、いいか。(ケモノ脳)

 

 

 

 

 

 

…ん?

 

ヴわぁ!!

足元見たらシシ神がこっちガン見してるぅ!

コワイ!

 

うわぁ…なぜ見てるだけなんです?

…目が覚めたなら起きればいいのに…。

 

…。

 

……?

 

あっ、そうか。

俺が踏んでるんだ。

ごめん。

 

ほら…どいたぞ。

好きな場所に行き、好きに生きな!

 

…。

 

案外、普通に立ち上がるんだね。

神様ムーブしないの?

もっと花咲かせて自分を持ち上げるとか。

ふーん…。

 

しないのか…。(しょんぼり)

 

せっかく歩く度に足元から草生えてカッコいいのに…。

それを応用してさぁ…こう…ブワッとさ。

 

そんなことを考えていたら、

何かまたまたシシ神が俺のことをジーッと見ていた。

見すぎでしょさっきから。

なに?なんなの?案件なの?通報するぞコラ!

 

…。

 

だからその段々赤い目を大きくして瞳孔を横長にするのやめて!

やーめーてー。

コワイの!その目!

やめろっつってんだろ!

 

「……」

 

目を見開いたまま段々と顔を近づけてくるシシ神。

ファ!?

なぜ顔を近づける!

近い!近っ!なんだオマエ!そういう趣味か!

それとも実はオマエ雌か!?

でもごめんなさい!俺にはモロという心に決めた妹がいるんです!

年の差200歳なんて気にしないから俺!

うぉい近づくなァ!?

ヒィッ!(幸せなキス2秒前)

 

俺が本気でシシ神殺しを決意したその瞬間だ!

シシ神がふぅ~っと俺の顔にかほそ~~い息を吹きかけた。

 

…。

 

……。

 

「……ン?」

 

息、臭くない。息リフレッシュ。

 

じゃなくてだね……何なのキミは。

何がしたかったのかね。

まさか、息吹きかけて終わり?

シシ神が「あれ?」みたいな風に首をかしげている。

 

いや、オマエより俺が首かしげたいよ。

 

数秒間首かしげて、シシ神はそのままクルッと回って

俺に意外とプリティーなおケツを見せて向こうへと歩き出したのだった。

えっ。それで去っていくの?

フーってしたかっただけ?用は済んだの…?

ええ…(困惑)

 

一体何なんだコイツ…マジゴッド。

ゴッド過ぎて理解できな―――

 

 

 

――その時俺に電流走る。――

 

 

 

―っ!

あっ!分かった!

今、俺の命吸おうとしたろ!!

絶対そうだ!

今の一連の動きなんか覚えてるぞ!ずっと昔見た気がスル!

命吸う時のやつじゃん!絶対そうじゃん!

何、()のこといきなり殺そうとしてんだ!

そんなに俺のこと嫌いだったの!

この前九州土産の剣を見せびらかしてあげたのに!

とっておきの俺の宝物見せてあげたのに!

ひどい!

友達だと思ってたのに!

ちょっと、喉噛み千切ったことあって

頭突きかまして昏倒させたり

その後踏んづけてただけじゃない!(大罪)

 

「なんてやつだ!」(おまいう)

 

俺はグルルルと唸って走り去るシシ神を追いかけようとした――

が。

 

「あにさま!ししがみさまを いじめちゃだめだ!

 やまいぬのいちぞくは ししがみさまを まもるんでしょ!」

 

ヌッ。

クゥーン…。

ごもっともです。

 

「で、でもな…モロ、アイツ俺の命吸おうとシたんダ…多分…」

 

神様だからってやっていいことと悪いことあんよー。

 

「たぶん!?たぶんで ししがみさまをいじめるの!?

 それに さいしょに ぜんぽーふちゅういで

 ししがみさまに ぶつかったの あにさまでしょ!

 なら、あにさまが まず ししがみさまにあやまらないとだろ!」

 

……。

そのとおりだわん…。

ぐうの音もでないわん…。

うわ。

やだ、何この妹。

 

超優しくて筋通ってること言ってて頭良くてしっかり者。

そして可愛い。天使だ。

 

「わかった…じゃあシシ神に謝ってくる。

 その後、勝手に命吸うなって注意してくる。

 それならイイ?」

「うーん…それなら まぁ…」

「…ヨシ、ちょっと兄ちゃん行ってくるカラな。モロ、先に帰れるカ?」

「わたしは あにさまより しっかりものだからだいじょうぶ。

 いってきていいよ あにさま」

 

妹の許可でたぞ!(ナチュラルに超年下に主導権を握られる義兄)

 

いってらっしゃいと見送ってくれる

モロのプリティオーラを背に受けて俺は超ダッシュしたのだった。

待ってろよシシ神~。

ごめんって言った後ならオマエのことぶって良いって

モロ(プリティドッグエンジェル)から許可でたかんな~。

 

苔むす大地を全力ダッシュすること十数秒、

あっという間に背後のモロは見えなくなる。

そして代わりに前方に見えるは猿面鹿が。

 

「あっ、おい待てぃ(江戸っ子)」

 

走りつつ怒鳴った俺を、シシ神はチラ見して無視して去っていく。

今度は妹じゃなくてオマエと鬼ごっこか。

よぅし。

手加減なしだかんな!

 

…。

 

……。

 

速い…。

 

結構速く走れんだね…。

 

10秒で追いつけると思ったら追いつけない。

おでれーたなぁ!アイツあんな速かったんかァ!

すっごい軽やかに岩場もぴょんぴょんしてる…。

あんな元気なシシ神初めて見たなぁ。

 

あっ。

また俺のことチラ見してる。

ぬぬ…そしてまた例の薄ら笑い浮かべてるよ。

あれがデフォ表情なの?

神の余裕の現れなのか…?

なんにせよ俺を挑発してますねアレは。

くそー今に目に物見せるからなぁ。

見とけよ見とけよ~。

 

ぬお?そっち崖じゃね?

崖だった気がするゾ?

結構な高さの崖だった記憶あるけどシシ神さん飛びおりれんの?

あっ。

跳んだァ~!!

一片の迷いもなく跳んだよアイツ。

やりますねぇ!

これは山犬の一族として負けられませんよ~。

あんなトボけた顔した鹿と猿のキメラに負けてちゃ

シシ神を守る山犬は務まんねぇんだよ!

 

あ、そーれ、ピョーン。

 

ヒュー!高ぁーい!

風切る快感気持ちイィーーーー!Foo!

 

ン?

あ!下、水だ!

これじゃ水上歩行スキル持ってるシシ神はゆうゆうと歩いてってオレサマは沈む!

図られた!

あ~図られたよー。

まさかシシ神にそんな知恵があるなんて!

くそー。

シシ神との鬼ごっこに負けるのか俺は!

いやダメだ!

山犬の一族の誇りにかけて鬼ごっこに負けんぞ!(安いプライド)

そうだ!こういうのは気持ちの問題だ!

俺も着地出来る!水の上にストンって着地出来る!

シシ神に出来るんだからシシ神ブラッド吸収した俺もきっと出来る!

出来る出来る出来る!思い込め!出来るって思い込め!俺!

ぬおー!着水!

頼む!頼むぞ!

着水させてくれー!

池ポチャしたくなーい!

 

 

 

 

 

 

 

出来たよ…。(震え声)

まさか出来るとは…!

うわっ、面白い!俺水の上歩いてる!

すごいすごい!

わー楽しい。

シシ神みたいにスッスッスッ…って綺麗に歩けないけど、

パチャパチャパチャって歩けてる!

ヒョー!

わーい、楽しい!

ワはー!

水の上、跳ねられる!ぱしゃんぱしゃん!

 

これって水の上歩きたくないって念じればズブズブ沈むのかな?

やってみよガボボボボボ……ガボ。

 

…ガボ。

 

……ぶくぶくぶく…。

 

ぶほぁ!プハーぁ!?

 

ものの見事に沈みました。

チラッとでも沈もうって思ったら瞬時に溺れていきましたよ?

はぁーん…なるほどね。

わかったわかった。

りろんは理解した!

歩きたいって思ったら歩けるんだ。沈みたいって思ったら沈むんだ!

(理論にすらなっていない模様)

やればできる子じゃない俺!

ファーすごい不思議な感覚ぅ。

水の上歩くってなんか…こう………イイ!

スゴくイイ!

足の裏の表面がフワッ、すそそそ~ってなる感じ…

ああ^~たまらねえぜ。

わふぅークセになるなぁ。

ずっとこの池の上でパシャパシャ歩いてたいなぁ。

モロに味わわせてあげたい感覚だなぁ。

 

…。

 

パシャパシャ。

 

……。

 

パシャパシャパシャパシャ。

 

 

 

 

―2時間経過―

 

 

 

 

パシャパシャ。

 

…。

 

ハッ!?

 

あれ…お、おかしい。

何故だ…?太陽の位置が大分下がってる!?

もうすぐ夕方の時間帯なのでは…?

 

あっ。

シシ神いない。

 

…。

 

まさか…これはシシ神の策略なのでは…?(名推理)

俺に追われたシシ神は切羽詰まり崖下の泉に俺を誘導…

そして俺に水上歩行を与えそれを目眩ましに逃亡した…。

もちろん…俺が水上歩行に夢中になると見越した上での知能的犯行…。

ウム…。

一分のスキもない推理……。

俺の灰色の脳細胞も錆びついていないな。

 

…。

 

あ…やばい。

 

まだ義兄弟に狩り代わってって言ってないじゃない。

俺の当番のままだ…!

長に殺される。(震え声)

急いで帰らなきゃ!

 

ワンワン!帰るワン!

あっ。この泉のこの魚…モロのお土産にしよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリギリ狩りの時間に間に合って怒られませんでした。(にこにこ笑顔)

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

私がモロを生んでからもうニ十年の月日が経つ。

あの子を生んだ時には既に齢五百近くになっていた。

この神の端くれたる我が身を持ってしても老境での妊娠と出産であったが

無事にあの子を産み落とすことができた…。

それが出来たのも、全てはシシ神の意志故だろう。

シシ神がモロの誕生を望んだからこそ、私は無事に娘を授かったのだろうと思う。

そして、モロを産み落とした今、シシ神が私に望むことは無くなった…。

だからこそ、老境にあっても依然、若く強かった私に急激な衰えが見え始めたに違いない。

シシ神が私に与え続けてくれた命を返す時が近いようだ…。

せめて、もう少しモロとヤツフサを導き…

あわよくば孫の顔を見て死にたいというのは欲深いだろうか。

 

ヤツフサは老いない。

私の胎で産み落とした息子達は、皆緩やかに老いて今は立派に大人の山犬だ。

あの子らは成長し尾も二本となり、体も大きく逞しくなった。

出会った時…子の時からヤツフサは大きく、皆一様の体躯となったが…、

だがヤツフサは多少成長はしたようだが、老いぬ。

或いは、出来るやもしれぬがそれはとても緩やかだ…。

少なくとも、私達とヤツフサが家族になってから…

あの子にこれといった肉体的な老化の跡は見受けられない。

ヤツフサの毛艶は若い山犬そのもの。

牙も爪も、磨いたように白く若々しいまま。

身から溢れる神々しさは我らの古き先祖を思い起こさせる程だ。

それに以前の旅話を思い返すに、ヤツフサは己の傷をたちまち治してしまうという…。

私もちょっとやそっとの傷では死なぬ不死身に近い体をしているが、

やはりあの子は特別だろうと思える。

 

我らもまた、ある種の神ではあるが

世代を経て歳月を重ねるごとに神威は失せ、

体は矮小に…そして叡智は忘れ去られて来ている。

だがヤツフサは、我らの血の記憶にある古代の神そのものだ。

あの子がシシ神に呼ばれ地上に降臨した理由とは…

或いは人の世に飲まれつつある世に

再び神の血を蘇らせようというシシ神の意志なのかもしれぬな…。

 

人間が急速に力をつけ知恵を伸ばし数を増やしつつある昨今…、

森と獣が人に飲み込まれ消えゆくは摂理かとも思うたが、

私とて出来るのなら森と獣達を守りたいと思う気持ちはある。

 

モロとヤツフサが森を救い…そして、叶うならば人さえも

森に生きる一員としての自覚を思いださせ導いてくれれば言うことは無いのだが。

……軽快な足音が石山の下から聞こえてくる…来たか。

 

「母様…参りました」

 

山犬一族が寝座に使う石窟に身を横たえる私へと差し込んでいた陽光が遮られる。

 

「モロ…呼び立てて済まなかったね」

「お体の具合はどうです」

「私も老いた。…………山犬一族は役目を終える時、老い衰える。

 私の母…お前の祖母もそうだった…。

 一族を導く役目も、もう終いにして休んでいいというシシ神の意志さ」

「何を馬鹿なことを……母様は弱気になっておられる」

 

私の言葉は自嘲などではなく満足から出たものだったが、

若い娘には衰え故の弱気と受け止められたらしい。

優しげな声色で、励まそうという意志ある言葉を投げかけてくれる優しい娘だ。

 

「モロ…お聞き」

 

私が声をやや低く発したことで、

娘はこれから話すことがとても大切なものなのだと理解したようだ。

居住まいを正し、目の前に座ると黙って真摯な視線を私へと向けてくる。

私とモロの視線がまっすぐに交差した。

 

「私が次にシシ神と会う時…恐らくシシ神は私の命を奪うだろう。

 私が死んだら、一族の長となるのはヤツフサだ。

 …だが、あの子は少々…なんというか抜けている所がある。お前が支えてやって欲しい。

 (つがい)として、な」

「わ、私が兄様のつがい!?

 じょ、冗談はよしていただきたい、母様!

 いえ、そ、それよりも母様の命をシシ神が奪うはずが…!」

 

注ぐ愛情に変わりはないが、少々馬鹿な息子らと違い

出来すぎるくらい良く出来た娘、モロ。

だがその賢狼たる愛娘も流石に狼狽が隠せないようだ。

矢継ぎ早にモロの疑問が口に出されているが、

特にその中の一節を聞いて私はとても安堵した。

ヤツフサの存在はモロの中でも特別な…

兄妹以上の存在として受け止めているらしいと、モロの言葉から感じられる。

 

「安心したぞ…どうやら…ヤツフサのことはちゃんとオスとして見ていてくれたか。

 (つがい)となるのに障害はなさそうだ」

「な、なぜそういう話になるのです。血はつながっていなくとも兄様は兄様です。

 今は母様の命が問題で――」

「そのようなことこそ大した話でもない。

 生まれればいつかは死ぬというだけだ。例外は真の神だけさ」

 

モロは黙って母である私の言葉を聞いている。

本当にこの娘は賢い。私が何を言いたいかを察しつつある。

 

「……………この地上で老いぬは、シシ神と……兄様だけ」

「その通り…。

 それはつまり…シシ神とヤツフサが

 この地上に残された最後の(うつつ)の神だということ。

 私達のような血の薄まった紛い物ではない、まことの神だ」

 

古、地上を闊歩していた原始の神々。我が祖先達。

それぞれがそれぞれの理由で姿を消していった。

 

「シシ神は番も持たぬし、ましてや子も()さぬ。

 その意志すら無いだろう。だがヤツフサは違う…あの子は意志ある神なのだ。

 言葉を持ち、心を持ち、地上の命に対して同じ目線から向き合ってくれる最後の神だ。

 モロ…お前の役目はヤツフサと交合い神の血を授かることだよ。

 薄れゆく神の血を取り戻し強き子を産んでおくれ。地上から神を絶やしてはならない。

 森とシシ神を守るんだ……それが、いつかは人の為にもなるだろう」

 

伝えるべきことは伝えた。

そう思うと更にドッと体から力が抜ける。

これは私自身安心したからでもあるが、やはりシシ神が私に望む役目を果たしたからだろう。

遠くから、今もシシ神は私を見ている。

シシ神の意思も、ヤツフサの血を地上に繁栄させることなのだろう。

その真意は今は分からぬが、そもそもあの子(ヤツフサ)が神の血を濃く持っていようがいまいが、

あのバカ息子は私の子だ。その繁栄を願わぬ理由はない。

 

「母様、今の言葉…このモロ、心に刻み込みます」

「いい子だ。さぁ、少し休ませてくれ…もうお行き」

「ですが、あ、兄様とつがいになるかどうかは、その…兄様の心次第で…」

「いいからお行き!締まらないね…ヤツフサのとこ行って色仕掛でも仕掛けといで!」

「い、色…!?くぅーん…そんな方法、お、教わっていません…」

 

私はため息をつきながら、

きゅーんきゅーんと情けなくしょぼくれつつ慌てるモロを洞窟から追い出した。

頼りになる末娘だと思ったがこっち方面ではまだまだ修練が足りないようだ。

何だかまだまだ安心して死ねそうにない。

…孫の顔まで見てからじゃないと安心して逝けないね。やれやれ。

シシ神よ…願わくば神祖の子を見守る為…もう少し私に時間をくれ…。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

なんかまた百年ぐらい無駄に時間を過ごした気がするゾ。

もう今が何年か誰か分かるか?オレは分からない。

 

「おさ!オレは旅に出る!」

 

そんなオレはある日、長の洞窟に突撃してそう宣言するのだった!

 

「またかい…」

 

あっ、このBBA心底うんざりそうな顔してら!

 

「なんで旅に出たいんだい?」

「この剣ダ!この剣呪われてるのではないかってオレ、気付いたノダ」

「…あぁ、鎮西の旅で拾ったっていう錆びたゴミか」

「ゴミって言わないでクレ!たまにキラキラ光ってすごくピカピカなんだ!

 ほら見てくれよオサ…コイツをどう思う?」

 

尻尾の中に隠していた剣をてぃ!って投げ出すと

ガシャコーン!クワーンクワーンクワーンと派手な音を立てて石の床の上で跳ねた。

…。

ヨカッター、折れたかと思った!

 

…。

 

改めてジックリ見るとさ…

錆びまくってる。超汚い。

よく今ので折れなかったナァ…。

 

「汚いねぇ…。で?旅に出てこの呪われたゴミをどうするって?」

「汚いごもっとも!

 もとあった場所に返してくる…。

 この剣持ってるとたまに意識失ってオレはイキリトになっちゃうんだ。

 突然イキリトになるなんて、これはもう立派な呪いだ!

 オレはもうイキリトになりとうない!だからまた海に捨ててくる」

「イキリトってなんなんだい…まぁいい、今に始まったことじゃないしね。行っといで」

「何と言われようとオレは行くぜ、長!オレの決意はそれはもう固く強く――」

「行っといで」

「――例えモロに引き止められようとこの呪われた剣を捨てるまではオレはもう絶対絶対…、

 えっ?行っていいの?」

「ただし、条件があるよ」

「条件!守る守る!オレサマ守る!」

 

ベロを出しながら後ろ足でジャンプしつつ前足でちょうだいちょうだいするオレ。

凄いジャンプ力だろ!

 

「前回は、バカ息子二人旅にしてしまって私は本当に反省している。

 鎮西の乙事主にも迷惑をかけたし、

 おまけにシシ神の森にナゴの守まで持って帰ってきおってからに…」

「メイワクかけてない!むしろオレ鎮西制覇手伝った!」

「だまれ小僧!」

「っ!!…………………クゥ~ン」

 

なんか今の言葉すっごい聞いたことあるんだけど…。ちょっと感動しかけた。

でも長の迫力にオレの耳はヘナヘナになって俯いちゃうんだ…だって怖いんだもん…。

 

「だから、今回のお前の旅の伴はモロだ。モロを連れてお行き。

 そして万事良くモロの言うことを聞くんだよ」

「ええ!?マイスゥイートエンジェルと旅を!?できらぁ!!」

 

もう反射反応的に咄嗟に満面の笑みでオレは答えていた。

だって(天使)なんだぜ…?

モロと二人旅で外泊でにゃんにゃんなワンコ旅なんてこのBBA太っ腹だぜ。

 

「…?まい…すいーと……?………お前は…もう少しまともな言葉を喋りなさい?

 まったく…狩りや戦い方だけじゃなく、もう少し勉強させるべきだったな…。

 出会った当初は…ほんのもう少し今より頭が良かった気がするんだが…。

 モロ、来なさい」

「はい、母様」

「いいね?ヤツフサのこと、くれぐれも頼んだよ。

 それと…あっちの方も……()()()?」

 

何やらオサと妹が真剣な顔で話し合ってる。

 

「アッチって?」

 

おいおい、このお兄ちゃんを差し置いて妹と秘密の話し合いなんて水臭いよオサ!

お兄ちゃんも仲間にいーれーてー!

 

「アッチってなにオサ!オレにも聞かせてクレ!」

「……ヤツフサ、お前…裏の洞窟から干し肉をとっておいで。

 奮発してやるよ…何枚でも持ってお行き」

 

俺は脱兎の如く駆け出した。おにくにく!

一番脂のった良い干し肉とってこよ!わおん!モロと食べるんだ~。

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

バカ息子は元気よく走り去った。

年月を経る毎に神の血が薄まり、低下している森の神々の知恵と体躯だが、

ヤツフサは……ま、まぁ知恵は置いておいて神の血は間違いなく濃い。

濃い筈だ。濃くあってくれ。

いやいや、息子から聞いた鎮西での働きっぷりや

ヤツフサの若々しく逞しい様を見ても神祖そのものの獣なのは間違いない。

だから…、

 

「いいねモロ。しっかりおやり」

「で、でも母様…」

 

ええい!この娘はここに来て何を人間の生娘みたいに!…生娘か。

だが獣なら本能のままにオスを迎え入れれば………、

そうか、モロは頭が良いからな…バカ息子共とは違って恥じらいが強いのか。

うむ…まるで私の若い頃みたいじゃないか。花も恥らう乙女だね。ふふ。

 

「いいから!毎夜毎夜ヤツフサの首筋なり尻尾の付け根なりに鼻突っ込んで刺激しておやり!

 オスなんてこの時期は隙あらば盛り出すんだ…そういう季節だ。時勢はお前の味方だよモロ。

 私ももう齢なんだ…早いとこ済ませて孫の顔を見せとくれ。

 私とあの良人…お前の父さんだが…それはもう早かったよ?

 出会って三日目には番になってたというのに!

 全くお前達の色恋と来たら何時まで経っても進展しやしない!

 人間の田畑を耕してる牛と馬より遅いよ!百年以上義兄妹の仲のままじゃないか!

 あぁ、お前達が心配でおっ死ねやしない…

 だが、ある意味感謝しなきゃならないね…

 お前達のお陰で私はまだまだ生きる活力が湧いてきたからな…ふっはっはっは…!」

「…そ、その…普段は兄様が…あまりにもほんわかしてるせいで…

 こ、今回はぜ、全力を…つ、尽くし…その…」

 

モロが白く美しい毛並みで覆われた端正な頬を

薄っすら桜色に染めて(繰り返すが私の若い頃そっくりで美人だ)

ややしどろもどろで答えた。あぁ大丈夫かね…若い二匹で上手く交尾やれるかね。

ここ数か月はそういう知識をモロに与えているが…。

 

「いいね…オスのを受け止める時はこう尻を高く上げて――」

「わかってます!わかってますからもう言わなくて結構です!」

 

本当に大丈夫か…あぁ老婆心が湧き上がってくる。私も旅に付いていこうか…。

シシ神の森には、今はナゴの守もバカ息子達もいるし……、

いやいや、ここは若い二匹に任せるが吉か。だが任せた結果、百年以上進展なしという…。

 

「おーい!モロ、お待たせだ!見ろ!オサがどんな肉でも持ってってイイと言うからな!

 オレが厳選した脂たっぷりの干し肉をたっぷりと……この風呂敷に包んできたノダ!」

 

ヤツフサが騒がしく戻ってきた。

…相変わらずの色気より食い気かこのバカ息子は。だがいよいよだ。

私はチラリとモロを見ると、娘は緊張した面持ちで…相変わらずの薄っすら紅色の頬で

 

「わ、私の準備は出来ている、イこう兄様っ」

 

いつもの冷静顔を取り繕っている風で思い切り目は泳いでいる。

声も震えておるわ…。

母は誤魔化せんぞモロ。

 

「ゴミは持ったか兄様」

「ゴミじゃない!このキラキラの剣はオレの宝物で…」

「でも捨てに行くのだろう?」

「う……ち、違う…元あった場所に返すんダ…。だってイキリトの呪いがな?」

 

おお、何だかこの調子ならモロも意識し過ぎて失敗…とはなりそうもないな!

その調子だモロ…まずは落ち着いていくのだぞ。

 

「あぁそうだな、呪いだな…では、行こうぞ兄様。

 い、いいい行って参ります、母様っ」(吃りプラス1オクターブ上昇声)

 

…ダメかもしれないねぇ。(遠い目)

見てくれだけは本当に神話時代の絵巻物のように立派な

大きな大きな体と八つの雄々しき尾を靡かせた山犬と、

その隣に並ぶとかなり小さく見える美しい毛並みの一尾の山犬。

 

ヤツフサとモロが、私とその他のバカ息子達に見送られ出立する。

私は二匹の子の背中を見送って何時までも視線を外せなかった。

山の稜線の向こうに、その白い背中が消えるまでずっとずっと見守っていた。

 

「シシ神よ…どうか子宝をっっ!!」

 

その夜、私は久々にそんな祈祷をシシ神に送っていた。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

「ここだここだ!モロ、この海底に剣落ちてたんだよ!」

「…そうか」

 

何故か我がプリティ妹・モロはここ数日すっごくガッカリした顔しているんだ。

見るからにショボーンという顔で、お兄ちゃんまで心が沈むよ!

どうした!

お兄ちゃんに相談してごらんよ!

 

「モロ?海、キライか?ずっと元気ないな。シシ神の森に帰りたいか?」

 

オレは鼻っ面でモロの背中を掻くように擦る。

さすさすしていると互いの温もりが伝わって安心するんだ。

お兄ちゃんPOWERをモロに注入してやる。そらそらそら!伝搬しろ~。

 

「…んっ、わふ、ぁ…や、やめ…やめろ!くすぐったいだろう兄様!」

 

天使はズサっと飛び退いて数歩バックしてしまった。

お兄ちゃんは振られた。

 

…。

 

……。

 

鬱だ。死のう。

あ、いや待てィ。死んだらモロともふもふできなくなるじゃないか。

死ねない。(断固とした決意)

 

「モロ…シシ神の森を出てからずっと変ダナ。元気がない。

 病気かもしれないし――」

「病ではないっ!心配は無用だ……ぬぅ…」

「ん?」

 

モロがじーっとオレを見ている。

可愛いぜ…。

 

「なんだ?」

「そ、その…」

 

うんうん言ってごらん。

 

「…」

「…」

 

「……」

「……」

 

「………」

「………」

 

ずーっと待ってるんだけど。モロが何も言ってくれない。

何でなの…お兄ちゃん、ひょっとして本格的に嫌われてるの?

モロ反抗期なの…?

うぅ…反抗期なんてこの世から消えてしまえ。

 

「…オレといるのが嫌なら…お前だけでシシ神の森帰ってイイんだぞ?」

「そうじゃない!その…こ、今晩……私と………、

 私と……こ、こ、こう…こう…」

 

「???」

「こう…こう、こうして!私とこうして海を見るのもわ、悪くないな…兄様!」

 

「おお!そうか!お前も海が気に入ったか!

 そうだよな…シシ神の森に海は無いものナァ…海は広くていいナァ!

 潮風の匂いが中々癖になるノダ……なんだか、お腹が減ってくる」

「それは兄様だけだろう」

「そうかもしれないな。ハハハハハ!」

「ふふふ!…ふ、ふ…ふぅ……あぁ私はこうも意気地のない…」(ボソッ

 

わぁーい、モロが笑ったぞ。妹の笑顔は実に久しぶり!

シシ神の森を出てから初笑顔じゃないですか?

やだ、お兄ちゃん嬉しい。

 

「そうだ!モロ、オレの背中に乗れ!」

「え、な、何故だ?」

 

キョトンしている妹がまじでラブリー。

 

「ふっふっふっ…モロは未だ知るまい…!

 このヤツフサ…シシ神の競争相手を務めている内にあやつの技を盗んだのよ!」

「シシ神の技…?」

 

いいからいいから乗ってマイエンジェル。

オレはモロの股下にぐいっと頭を潜らせてから持ち上げ、無理やりモロを背中へ押し上げた。

 

「っ!な、なにを!くぅん、わふぅ…そ、そこ…触るな…」

「おぉ、すまん!くすぐったかったか?

 しっかり掴まってろよ…兄の首は丈夫だから噛んでてイイゾ!振り落とされるナヨ」

「う、うむ…わかった」

 

あふん。

モロの(オレから見れば)小さいお口で首の皮噛まれるの気持ち良いぃ~。(恍惚)

ふへへ、おら!モロ驚け!

秘技!

お兄ちゃん水走り!

 

「そぉれ!わっハッハッハッハッ!」

「な、なんと!?あ、兄様が海の上を…!」

 

オレはぴょいんと荒い海面目掛けて崖の上から飛び降りると、

そのまま思い切り海の上を駆け出したのだー。すごいぞー。

モロが驚いてるぞー!くぁわいいぞー!

 

パシャパシャパシャ波の上に水飛沫を立たせて思い切り走る。

モロが背中にいるからか、オレのテンションは天井知らずだ。

そしてテンションあがれば身体能力だって限界突破だ。

これぞモロPOWER!

妹パワー!

わはははは!

 

「何という疾さだ!誠に兄様は神の獣よ!」

 

大きくなってからはクール系妹になっていたモロが

オレの背中でキャッキャ笑ってて超可愛い。

お兄ちゃんもっと速度上げたげちゃうっ!

もうこのまま大陸まで駆け抜けられるレベルっ!

うぉぉおおおおおお兄ちゃんパぅワーッ!MAX!

 

「わははははは!」

「はははは、兄様は三国一の山犬だ!すごいっ!!」

 

オレの走る両脇を波が逆巻いてなんかすごいソニックブームみたいな?

伝わった?すごいのよ、なんか。

波がしゅばーって!(語彙貧弱)

 

わおーん!オレはまるで海上戦闘機だ!マッハで行くぜ!

 

 

 

 

 

 

正直、調子に乗ってしまった感はある。

だから、その…先に謝っておこうと思うんだ。

 

「っ!?兄様!ま、前!人間の船団がいるぞ!!」

「なに?む…誠か!?誠だ!!!止まれん!!し、しっかり掴まってろモロ!!」

 

wwwwゴメンwwwwwオレ止まれなかったwwwwww

そして見事にオレは人間の船団に突っ込んでいき、

そしてボーリングのピンを吹き飛ばすボーリング玉の如くそりゃあ見事にすっぽぽぽ~んとね。

人間の船を轢き飛ばしては粉砕し、轢き飛ばしては粉砕し…。

これはもうゴメンナサイしても許してもらえないかもしれませんねぇ。

 

…。

 

というか人間の船多すぎない?

滅茶苦茶おおいよ?

なんか、鎮西の西っかわの海を埋め尽くす勢いだよ。

なぁにしてんだ人間は?

こんないっぱいの船でなにするんだ?

 

「○△XXX□○○ッ!?X○X□X○○△Xッッ!!!」

 

ん?今飛んでった人間の言葉何語?

 

「倭人じゃない!?兄様、この大船団は大陸の者共のだ!」

「そうか!どっちにしろマズイな…ハッハッハッハッ!!」

 

もう笑うしかないよね。こういう場合。

ヤケクソっていうの?ハハッ(乾いた笑い)

 

「フフッ!人間をこうも簡単に蹴散らし高らかに笑う…!

 まるで王者のよう…いや、大王者だ!」

 

おっ?モロちゃんに好評だよ。

よぉしお兄ちゃんもっと笑っちゃうよぉー^^

 

いやまて、現実逃避しまくってる場合じゃない気がするな。

というか本格的にまずくない?

人間の大船団の被害尋常じゃないことになりそうなんだけど(震え声)

オレにタックル食らって船が粉砕されてるし、

オレが巻き起こしてた海面ソニックブームで船が木端微塵だし、

オレが巻き起こしてた海面ソニックブームの波で船が吹っ飛んでるし、

オレの急ブレーキ津波で船が飲み込まれてるし、

 

…。

 

……。

 

………。

 

イキリトの呪いどころじゃねぇ!

わし、人間を大量虐殺してもうたぞ!?

おいぃ訴訟!訴訟されたら敗ける!

え?倫理観?

いや、オレ犬だし。ドッグだし。

顔知ってる人間は可愛いペットぐらいに思うけど知らない人間は…

あ、ちょっとやっぱり可哀想かも。

そういえばオレは昔人間だった気がするし。

 

だが、もはやこれは何もかも手遅れな気がする!

オレは逃げる!

モロもいるしね!?妹にこんな凄惨な事故現場見せる訳にはいかない!(手遅れ)

うわー!止まれ止まれ止まってちょうだい!

おっそうだ(名案)

 

捨てようと思ってたピカピカ剣~(ドラ○もん)

 

オレは尻尾の中からあの剣を取り出して

それを何とアンカー代わりに海中へ投げ込む作戦を閃いたのだ。

今はゴミのように錆びていても…そこは腐っても鉄剣。錨代わりになるでしょう。

いやーオレってクレバーだなぁ。

 

てぃ!!アンカー元気いっぱいに投入っ!!

 

おわー!?勢いよく投げ入れ過ぎた!?

水柱ーーーーアッー!?

オレ打ち上げられるぅー!Foo↑気持ち良いー!

ワンちゃんロケットだゾ!

 

「うぉおおおおっ!モロぉ!?しっかり掴まってろよ!!」

 

「な、何をしたんだ兄様!!何故私達が飛んでいる!?これも兄様の神通力かっ!?」

 

前足と後ろ足、全てのお手手とあんよでお兄ちゃんにハッシと掴まってくる妹

すごくもふもふでやっこくて温かくてかわいい。尊い。

 

「ぬわー!?着水…じゃなくて着地するぞモロ!人間のでかい船が足元にぃ!!」

 

あっ、オレが着地する前にオレと一緒に落ちてきた水の塊が…。

でかい船を爆砕してしまった……ひぇ…ご、ごめん人間…。

 

…。

 

……。

 

………。

 

むっ(閃き)

 

水柱に打ち上げられたお陰でようやく止まることが出来たオレは、

ぷかぷか浮かぶ大量の木片やら、

その他のxxxっぽい大量のxxxに囲まれながら海の上にデデンと堂々と立つ。

もう責任転嫁するしかない。

そう。この惨劇は全てオレの意思ではないと人間たちに言い訳するんだ。

いや、言い訳じゃない。弁明するんだ。そうそう、正当な理由を説明するんだ。

 

全身の総毛を逆立たせて、

八本の尻尾も(無駄に)広げて(無駄に)立派に見えるようにしてっと…。

そしてオレは尻尾に巻き付けている剣を高々と掲げてこう言ってやったのだよ。

 

「貴様たちを裁いたは我に非ず…全てはこの剣の意思よ…」

 

ソウナンダ!全部この剣ってやつが悪いんだ!

ボクの意思ジャナイんだよー。これはイキリトの呪いでしてね?

たまにオレ、剣に意識乗っ取られるんだよー、つれぇわー、やっぱつれぇわー。

オレは永遠の厨二病患者なんだよー、許してくれよー人間たちー!

 

おっ?辛うじて残ってる船の人とか、遠くの岸にいる人間たちが騒いでいる。

皆、この剣見てるかな?見てるっぽいかな?

よし、全部剣が悪いってよく見せてもっとアピールだ。

ね?全部この剣の仕業でしょう?

 

…。

 

……。

 

じゃ、そういうことで…。

もう行っていいよね?

ぷかぷか浮いてる人間は食べないから、溺れ死ぬ前に回収してあげたほうがいいよ?

魚の餌になっちゃうからね(精一杯の優しい助言)

 

じゃあオレは逃げるぜ!

サラバダー人間!ちょっとだけゴメンね!!

お詫びにシシ神の近所の集落にオレの抜け落ちた冬毛送っとくから!

オレの毛で布団作ったら気持ち良いから!

許して!

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

その日、鎌倉幕府は日の本開闢以来の未曾有の侵攻を迎え撃つことになっていた。

九州武士を総動員し、錚々たる武家を肥前に結集し、

土塁防壁で九州の大陸玄関口を固めて、

海洋を渡って現れるであろう敵達の大侵攻を瀬戸際で食い止めるのだ。

相手はユーラシア大陸を今も尚飲み込み続ける大モンゴル帝国。

大モンゴル第5代ハーンにして元王朝初代皇帝フビライの命を受けて押し寄せるは

存分に誇大して兵員10万、軍船1000艘の大船団。

この時代、空前絶後の大兵力だった。

数年前の一度目の侵攻失敗を受けて、フビライは雪辱に燃えていた。

日本に対して豊かな国土だとか人的資源だとかを求めての侵攻ではない。

事前の調査で山多く野は少なく、人は獰猛で孝行を知らぬとは既知であった。

ただただ森羅万象を手に入れたいと願う大帝国の主君の業であった。

だが、純然たる支配欲の侵攻故に、「勝っても得るものは少なく、負ければ失うものが多い」

と古臣が諌めても効果は無くもはや誰にもフビライを止めることは出来なかった。

 

そして日の本側も、大帝国の侵略に怯えるだとか恐怖するだとかとは無縁だった。

血気盛んな荒くれ者が集まる鎌倉武士は、

日本を傘下に収めんという意思がありありと見えるモンゴル帝国からの書状を

検討の余地も無く握りつぶして使者も切って捨てた。

冷酷なまでの捨て駒戦法によってモンゴル側の戦略も戦力も見抜き、

「鴨が葱を背負って来る」とばかりに戦を楽しみにしていた。

 

肥後国御家人・竹崎季長はこの戦に正しく命を賭けていた。

同族菊池氏内での権力争いに敗れた竹崎氏は

雀の涙の所領しか持たぬ無足の御家人だった。

先だって行われた防衛戦での恩賞で海東郷の地頭にまで出世したが、

だからこそ弘安の今に押し寄せてきた二度目の蒙古襲来を待ち望んでいた。

更なる出世の機会だ。

 

「待ち遠しかのぉ…()()()()()()めの素っ首をまた叩き落としてやりたか…」

 

彼の上司・安達盛宗に進言して先駆け急襲でも仕掛けてやろうか。

季長がそんな事を考えながら、

息巻きつつどんどんと迫りくる海上の大船団を睨みつけていた時、それは起こった。

 

「あっ!?」

 

安達盛宗も思わず素っ頓狂な声をあげ床几から立ち上がり、

遠目に立ち上がる異常なものを目撃していた。

 

「す、水龍じゃ…!水神様じゃ!!!」

 

白い光の矢が海上を真っ直ぐに横切り徐々に押し寄せる蒙古軍へと突き刺さったかと思うと、

たちまちに静かな海が荒れ狂い…しかも海面から天へと昇っていくかのように

怒涛の如くの津波が立ち昇った。

 

「あぁ!儂の手柄首が…」

 

竹崎季長は一瞬そう叫んで落胆したが、直ぐに余りの常識外れの光景に息を呑む。

海がうねった。

蒙古の大軍団を次々に消し去るかのように粉砕していく海から沸き立つ竜巻。

海底から腕を伸ばし掴み沈むかのような大津波。

海の神(わたつみ)が猛り狂っている。

そうとしか思えない異常現象が鎌倉武士達の視界いっぱいで繰り広げられていた。

 

「おおおっ!わたつみの怒りじゃぞ!これはえれぇことになった!!」

「信じられん、信じられんっ!!なんじゃありゃ…!海が天に昇って…!!」

「……っ、ま、まこと神仏の為せる御業じゃ…!」

 

血と死に慣れよ、生首を絶やすことなかれと幼少より生きる武士達ですら戦慄してしまう光景。

その大水柱と大津波が荒れ狂う様は、

長門の西端、壱岐島、鷹島、博多らの武士団にも目撃されたという。

そして何より、

 

「あぁ!!見ろっ!!なんじゃあれは!!」

「犬ぅ!?ま、真白い…とんでもなくでけぇ犬が…!!」

「お、おら知ってるで…地元の神社に祀られとる!ありゃ、八尾の妖犬…いや神犬じゃ!!」

「あぁ、間違いねぇ…!見ろっ!!八尾のオオカミの尾の先を!!

 光った剣が……!!」

「じゃ、じゃああれが伝説の……草薙の剣…!!

 八岐の大蛇の化身…安徳天皇の転生…八尾のオオカミ……伝説は本当だったんじゃ!!」

「日の本を…守ってくださっているんだ!!」

「おらぁ手柄首なんざいらん!!あぁ信じらねぇ!おっかぁ!神様を見ただ!!」

「お、おい聞いたか!今の、今の声はオオカミ様のものじゃねぇか!?」

「あぁ聞いた、おらも聞いた!!草薙の剣の意思で、わしらを守って戦ってくださると!!」

「オオカミ様じゃ…!日の本の守り神じゃ!!」

「蒙古を全部、水龍を操って食っちまった!ははは!」

「あの水龍…あれはきっと八岐の大蛇じゃぞ、おい!!すげぇの見ちまった!

 おら達、本当にまだ生きとるのか!?もうあの世にいんじゃねぇのか!?」

「ひ、ひぃぃ、とんでもねぇ!あんなの見たら目が潰れる!!」

 

拝み倒す者。

恐れ入る者。

ただただ唖然と突っ立つ者。

血と闘争に明け暮れたモノノフ達も、ただただその異様を畏怖するしかなかった。

 

後に、竹崎季長が描かせた絵巻として後世に伝わる

『蒙古襲来絵詞~草薙の神犬降臨八水龍暴れ図~』は御物として宮内庁が保管し、

また歴史の授業では元寇とセットで必ず神犬降臨は習うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍団壊滅。その凶報を受け取ったフビライは最初、伝令を殺す勢いで怒り狂ったが、

敗戦の報の詳細を知るにつれて天を仰ぎ嘆息したという。

モンゴルの者は狼を霊的な、一種の神として信仰している。

その精霊たる狼(トーテム)に己の野望を完全に砕かれたのだ。

最初はこの大ハーンの意思に逆らうモノなどこの世にはないと激昂し、

また蒙古人の祖たる狼が草原の勇者である自分の野望を阻止する筈がないと確信していた。

しかし命からがら逃げ帰った部下らは口を揃えてこう言うのだ。

 

「眩いばかりに光り輝く白い巨狼が、八つの尾を怒らせて、

 巨大な水の悪霊を従えて船団を瞬く間に飲み込んだ」

「あれは草原に伝わる蒼き狼だ。蒼き狼が我らを裁いた」

「蒼き狼が怒っておられる」

 

敗戦の責を逃れようという苦し紛れの言い訳だ。

そんなわけがないとフビライはそれでも思っていた。

だが、勇者揃いの己の部下…

モンゴル部族の戦士達までがそう言って、いつまでも怯えているのを見て初めて信念が揺らいだ。

ようやく命を保って逃げ帰ってきた彼らは、海の藻屑に消えた南宋や高麗の弱兵ではない。

生粋の草原の勇者達なのだ。

 

「我が野望は…間違っているというのか、蒼き狼よ…」

 

老いた大ハーンは、ガックリと肩を落としてその日は早々に寝所へ籠もってしまったと伝わる。

大量の船員と船そのものを失った元王朝は、その後二度と海を越えることはなく、

そして方方への領土拡大戦争もキッパリと止めてしまったという。

彼の覇道はその時終わってしまったようだった。

 


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