身代わりの土地神様   作:凍傷(ぜろくろ)

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嘘の無い災害と事故

 長い長い階段を下りた先、噴水広場の前に現れた黒い渦から、人が出てきたと突然言って、果たして何人が信じられるだろう。

 学校という名前、教師という名前、平和の象徴という名前。

 様々な名前に守られた状況の中で、“敵”が現れた時に、平和の只中に居る人はそれに素早く対応できない。

 先生がどれだけ焦りを見せてもどこかで“ああ、どうせ授業の一環だろう”なんて考えを持ってしまう。

 けど───違った。私は、違った。

 匂いでわかる。気配でわかる。アレは違う。

 アレは───お父さんを殺した連中と、同じ匂いを持つやつらだ。

 そんなやつらを目の前に捉えても、相澤先生に動くなと言われた私たちがするべきことは“ひと纏りになって動かないこと”くらいだ。

 そう、目の前。

 目の前に───いつの間にか、黒い霧を纏ったようなものが居た。

 

「初めまして。我々は敵連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせていただいたのは───平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

 ゆらり、と黒が揺れる。

 嫌な予感が個性:土地神から流れ込んでくる。

 あ───これ、まずい。

 敵は黒い渦からぞろぞろと出てきた。出てこれるってことは運べるってこと。つまり“これ”の正体は───!

 

「私の役目はこれ」

 

 黒が広がっていく。

 私たちを飲み込まんとして、ざわりと。

 けれどそれより先に動いた人が居て、それは……かっちゃんと切島くんだった。

 

「「違う! だめだかっちゃん!!」」

 

 気づけば私とイズクンが叫んでた。

 でも二人はとっくに敵へと攻撃を仕掛けていて───13号先生の行動の、その妨げになってしまった。

 二人の攻撃にちっとも怯むことなく黒は広がって、やがて私たちは───分断されることになった。

 

「………、……?」

 

 目を瞑ったわけでもない。ただ、やっぱり強制的に転移させられたんだ。

 気づけば岩山のようなところに居て、傍には轟くんと夜嵐くんと……あ、るーちゃんも。

 

「強制転移……厄介な奴が居たもんだな」

「あの人数を全員ってのだったら凄そうだな! 何度かかっていっても飛ばされそうだ! でも範囲外からの攻撃ならなんとかなりそうだ!」

「こんな時でもテンションすごいなお前……」

「みんな大丈夫かな……って、こっちも暢気してられなさそうだね。うわー、なんかぞろぞろ来ちゃったよー……」

「うわ……」

 

 るーちゃんに言われて、坂になっている岩山の先を見れば、こちらへ登ってくる学校内じゃあ見たこともないガラの悪そうなチンピラさんたち。

 あれ……もしかして全員“敵”ですか?

 

「……穏やかじゃないですね」

「身代祇」

「え? あ、はい」

「あれ、勝手に封殺していいと思うか?」

「正当防衛なら、たぶん。個性の勝手な使用は禁止されているとはいえ、相手も危害を加える気……満々、みたい、ですから」

「あちゃー、惜しい。つっかえずに全部言えそうだったのに」

「ちゃ、茶化さないで、ください、るーちゃん」

「夜嵐」

「俺が上だな!」

「ああ、頼む」

 

 言うや、轟くんが右足をすっと持ち上げて、どんっと地面を踏んだ。

 途端に足から氷の柱がバキバキと走り、チンピラさんたちが驚いて移動しようとした途端に、空から圧力のように風が舞い降りた。

 

「ぐっ、が……!? な、なんだこりゃ!」

「動けねっ……くあっ!? 足が───!」

 

 もたもたしている内に氷が足を包み込んで、チンピラさんの封殺は終了した。

 あの……この二人、強すぎでは……?

 

「さて、お前たちには訊きたいことがある」

 

 動けなくなった敵たちを前に、パキキと氷を踏み砕きながら、轟くん。

 

「ああ! あるな! 俺もあるぞ訊きたいこと! あのオールマイトを倒せる算段とかどんなのだ!? 策も無しにこないよな! な!? な!?」

 

 氷の上でも元気一杯に、夜嵐くん。

 

「元気いっぱいに訊くことじゃないだろ……」

「淡々に訊くことでもないな!」

 

 そしてツッコみ、真顔と笑顔で見つめ合い───

 

「………」

「………」

「「身代祇(サン!)」」

「そこで私なんですか!?」

 

 なんでか私に振ってきた!

 この二人はなんの基準で私に頼るんでしょうかねぇもう! 元委員長もどきだからですか? そうなんですか?

 

「いや、尋問は俺達でやるから、お前は他のやつらのこと頼む。この中で移動が誰よりも早いのはお前だと思うし」

「や、あれはすごいよね! とりあえずみんなの無事の確認だけでもいいからさ、行っちゃって! てゆーか私とっても空気!」

「う、うん。空気っていうのは頷かないけど、わかりました。それじゃあ───」

 

 石を何個か拾って左手に集めて、右手で一個を遠くに投げたらそれと身代わり転移。

 空中の高いところまでその連続で移動をすると、上空からみんなの無事を調べていった───直後、水難ゾーンで爆発。

 水が思い切り吹き飛ぶなんて現象を見て、あー……イズクンあそこかー、なんて暢気に考えた。

 あとは───あっ、八百万さんたち発見! 囲まれてる!

 えーと今のわたしの現在地は……よし、水難ゾーンの真上まで転移して、と。あとは適当な敵と場所を交換して乱入。

 

「うおっ!? なんだこいつどっから!?」

「身代祇さん!?」

 

 山の中、10人以上に囲まれた状態とかちょっと勘弁な状況です。

 しかもこっちは八百万さんと耳郎さんと上鳴くんとわたしだけ。

 ……あれ? なんでわたし、馬鹿正直に突っ込んじゃいましたか!?

 遠くから何かしらの援護だけで十分だったのでは!?

 

「お、おう身代祇! 来て早々でわりぃんだけどなんかない!? 囲まれててもうどうしたらいいか!」

「ちょっと上鳴! アンタ男なんだからもっと頼りがいのあるとこ見せなよ!」

「ここって性別理由にする状況!? 電気を纏うだけなんだよ俺は! 正直大して役に立てねぇと思う!」

「どちらにしろ勝てなければどうしようもありませんわ! やれないできないではなく、やりますわよ! 敵を前に、対処できないようでは二流ですわ!」

「………」

 

 敵。

 そうだ、敵。

 あの時ほどの威圧感はない。

 あの時ほどの恐怖はない。

 あの時ほどの悲しみもないし、絶望も。

 あの時のように怒鳴りつけてくるわけじゃない。

 だったら───

 

「敵は滅ぼさなきゃ……敵、敵は、敵───、敵……!!」

 

 心臓がうるさい。ああ、うるさい。

 やめてほしい。わたしは、わたしは……!

 

  “黙ってろクソガキ! 殺されてぇのか!”

 

「っ……」

 

 恐怖が心臓を握り潰そうとした。

 完全にトラウマだ。

 思い出したくもないのに、どうしても思い出してしまう。

 忘れたくても身近に怒鳴る幼馴染がいる所為で忘れられない。

 あの日……攫われて、13号先生が助けてくれるまで、わたしは……! お父さんは───!

 

「みんな、ごめん」

「え? 身代祇さ───」

 

 石を投げた。遠くに。

 それと自分を交換して、自分と八百万さんを交換。

 同じことを繰り返して、囲まれた状態から三人を逃がす。

 

「な、なんだ!? なにしやがったてめぇ!」

「敵……ヴィラン……」

 

 投げられた石と同じ速度で吹き飛んでいった三人にはあとで謝ろう。

 その前に……敵は、滅ぼさなきゃ。

 

「なんとか言えや女ァ!」

「“……ワン・フォー・オール”」

 

 身を低くして、5%を引き出した。

 そうして迫る脅威を順々に殴り、気絶させ───意識の無いそれらから、“敵”の象徴たるそれを引き剥がし、飲み込んでいった。

 ようするに身代わり……いや、肩代わりか。意識のない相手からじゃなきゃできないけれど、個性を持つ権利を肩代わりする。

 肩代わりした個性は個性:土地神に吸収されて、安定化。

 敵は持て余す個性があるから敵になる。だったら、その根本を無くしてやればいい。

 敵は滅ぼさなきゃいけない。人殺しじゃなくて、その根本を奪う方法で。

 叱っただけじゃ治らない。そんなことをしたくらいで平和になるのなら、お父さんは死ぬことなんてなかった筈だ。

 

「………」

 

 イズクンとはもう何度も身代わり交換をした。

 当然、“気絶したイズクン”とも。その時に得たのがワン・フォー・オールだ。

 まさか自分が使う日が来るとは思ってもみなかったけど。

 

「……行かなきゃ」

 

 ごめんなさいオールマイト。

 今はそれを、敵を滅ぼすために使わせていただきます。

 あなたが平和の象徴なら、わたしは……裁きの象徴になります。

 悪さをしたらこうなるのだという、圧倒的なまでの裁きの象徴に。

 

……。

 

 ずっと昔、わたしは誘拐されたことがある。

 気に入らないことがあれば怒鳴って威嚇する、個性“怒号”を持つ敵に。

 幼馴染も知らないこと。出会う前だから当たり前だ。

 お父さんが死んで、お母さんが身代祇の家を出る前の話だ。

 いつ殺されるかもわからない状況の中、敵と同じ部屋で怯え、敵が苛立てば怒鳴られ続けた。

 お陰で怒鳴る人が怖くてたまらない。相手が幼馴染だろうと怖いのだ。

 助けられたんならいいじゃないかなんて、事情を知らないひとは笑って言う。

 じゃあ。だったら。

 それを助けるために無茶をして、娘がそれで助かるならと無謀な突撃の傷を請け負って死んだのが父だといったら、笑ってなどいられるのだろうか。

 ……敵は滅ぼさなきゃいけない。

 能力があるからいけないんだ。個性なんてなければよかった。

 だからきっと。

 わたしがこんな個性を持てたのにも、理由がある筈だから。

 

「……ここは片付いてる……爆破の跡? かっちゃんかな」

 

 馬鹿正直に交換転移しないで、きちんと自分の足で散策する。

 さっき上空から見た時に、あらかたの争いが起きた場所は把握してあったから。

 そうして辿り着いた場所では、敵達がうめき声をあげて倒れているだけ。

 とりあえずトドメを刺して気絶させて、個性を肩代わりする。

 悪さを働いたという自覚も……───したことがあるとするのなら、無個性を笑った後悔も、噛み締めて生きてください。

 

「───急ごう」

 

 耳に騒音が届いた。元の広場のほうだ。

 広場では相澤先生が戦っていた筈だ。

 先生の個性は個性の無力化……なのにあんな騒音が鳴るっていうことは、なにかよくないことが起きた証拠だ。

 急いで───手数を増やそう。辿り着いても無力じゃあ、なんの意味もないから。

 だからわたしは水難ゾーンがある方向に石を投げて、その場に居た敵を気絶させて……個性を奪った。

 奪って奪って……その先で辿り着いた広場で、相澤先生がまるでマッスルフォーム状態のオールマイトほどの巨体のナニカに、顔面を地面に叩きつけられるのを見た。

 

「───!!」

 

 それを見れば、次はどうするかなんて簡単だった。

 巨体(・・)との位置を交換して、気絶してしまっている相澤先生に触れる。

 ……大丈夫、死んでるわけじゃない。まだ生きてる。……お父さんみたいに、冷たくなってない───まだ間に合う!

 

「っ……ぁ、クぁああアあああアぁァッ!!」

 

 傷を受け取り、その痛みと、どうしてか崩れていた肘の感覚に耐え切れず悲鳴をあげる。

 でも、間に合った……生きてる、生きてる……!!

 

「カッ───は、ハ、ァ……っぐ、ぅうう……!!」

 

 そしてわたしも元に戻った。

 痛みはじくんじくんと幻視痛のように残ったけど、それもすぐ消える。

 それよりも、梅雨ちゃんに手を伸ばしているあの無数の手をくっつけた男を───! ……いや、だめだ、ここであいつと身代わり転移したら、気絶してる相澤先生が危ない……!

 でも、あんなに無防備に手を伸ばすってことはそこに絶対の自信と、手に関する個性があるってことだ。

 触れられる前になんとかしなくちゃいけないのに───梅雨ちゃんと位置を交代する? ───いや。

 

「ごめんなさい、相澤先生───!」

 

 相澤先生を抱き締める。そして……個性を奪った(・・・・・・)

 すぐに返したけど、“元に戻す個性”ですぐにそれもわたしの中に。

 

「……、……? イレイザー・ヘッド?」

 

 ひたり、と梅雨ちゃんの顔に触れた男が、こちらを見た。

 ワン・フォー・オールを行使して地面を蹴り弾き、自分を睨みつけながら地を這うように跳躍してきたわたしを。

 

「───!!」

「「手っ……放せぇえええっ!!」」

 

 動いたのはわたしだけじゃなく、イズクンもだった。

 同時にSMASHを放ち、男を引き剥がしにかかる。

 けど───

 

「脳無」

 

 たった一言。

 それだけで、その行動はあっさりととめられてしまった。

 振った拳が弾力のある硬さに受け止められると、そこには……さっき空中で位置交換した黒い巨体が。

 速っ……!? なに……!? 個性……!? 転移───高速移動───ショック吸収……!? 無効……!?

 様々な疑問が頭に浮かぶけど、だったらともう一度拳を握った。

 

「イズクン! フルパワー!!」

「おぉおおあぁああああああっ!!」

「え? あちょっ───」

 

 言うまでもなく既に振るってるとか滅茶苦茶です!

 反対側にわたしが居るの忘れてませんかでもいいですそれで!

 ショック吸収だろうと無効だろうと、超速移動だろうと転移だろうと───個性を消して物理で殴る!!

 

「「DETOROIT SMASH!!」」

 

 前方後方からのSMASH同時攻撃。

 当然わたしは拳を破壊するわけにはいかないから、あくまで5%。

 けどイズクンは違う。フルパワーでぶん殴り、こっちからも殴ったにも関わらず黒い巨体を殴り飛ばした。

 ……あ、一応、わたしのことも考えてくれてたみたいです。

 敵、横に吹き飛びました。

 

「…………。……あ?」

 

 巨体が消えて、視界が広くなるや、わたしはイズクンの傷を身代わりして受け取る。

 やっぱり襲い掛かる激痛に歯を食い縛って耐えて、直後には……こっちに気を取られて梅雨ちゃんから意識を逸らした無数の手の敵から、イズクンが梅雨ちゃんと……あれ? グレープ? 居たんですか? を、救出した。

 

「はぁっ、はぁっ……! はぁっ……! はっ……、~……あ、ありがとう、若那ちゃん……! 来てくれなかったら、ヤバかった……!」

「っ……つ、ぁ……ぁあ……~……!!」

「───! ご、ごめんっ……ごめんね若那ちゃん! いっつもこんな……!」

「後悔なんて、あとで……いいですから……! 今は、ここから逃げる算段を……!」

「若那ちゃ……───うん!!」

 

 痛みに涙を零して苦しむわたしを見て、イズクンはやっぱりいつでも後悔しているみたいだ。

 でも、今はそれは置いておいていい。

 今は無事生還することがなによりも大切だ。

 

「脳無がやられるなんて……なんだ? なんだこれ。対平和の象徴用じゃなかったのかよ……! どうなってんだよ先生……! こんな雑魚どもにやられるなんて、聞いてないぞ……!」

「……、……」

 

 吹き飛んでいった巨体を見る。完全に馴染んでないとはいえ、100%のSMASHだ。無個性状態で喰らっては、どれだけ鍛えていようとただでは済まない。

 でも、怖いものは消してしまうに限るんだ。

 もしあれの個性がショック無効でも吸収でも高速移動でもなく、人間の限界を無視した“超回復”とかだったら、このままにしておくのはまずい。

 さすがにもう使いすぎて、痛みも倍増だし眩暈だってするけど……今やらなきゃきっと後悔する。

 だから───

 

「っ……」

 

 個性を使おうとして、頭がズキンと痛んだ。

 それでも使う。あいつの傍にある石と場所を交換して、その巨体から個性を……、……え? なに、これ。個性、ひとつじゃ───


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