「予定変更だ脳無。起きてるだろ? 聞こえてるよなぁ? ───殺れ」
「え」
手の人が言った途端だった。
触れようと伸ばした腕が“めしゃっ”て捕まれて───え? めしゃ、って───
「っ、あ───きゃぁあああああああああああああっ!!」
「若那ちゃん!!」
あまりにもなんでもない動作。
あまりにも自然な“掴む”動作で、わたしの腕は潰れた。
突然の激痛に、身代わりで受け取る際に決める、痛みへの覚悟なんて用意できない。
脳を突き刺すような痛みでみっともなく悲鳴をあげて、そのまま……潰れた腕を掴まれたまま、そいつが立ち上がり、わたしの腕がブギメギと嫌な音を立て始めた。
「あ、ァ、あぁああぁあぁ……!!」
震える声が勝手に漏れる。
自分で聞いていて自分の声じゃないみたい。
悲鳴を上げるたび、泣きながら震えて蹲る峰田くんが耳を塞ぎながら首を横に振るのが見えて───そしてもう一人が。
「手ぇ放せぇえええええっ!!」
地面を蹴って、こちらへ素っ飛んでくるのが見えた。
「脳無」
でも、この世界は言った通り平等じゃない。
苦痛の先には約束された幸せがあるかといったらそんなことは全然なくて、与えられる絶望はいつだって濃厚で、薄っぺらでなんかあってくれない。
イズクンは振るった一撃を片手で受け止められて、驚愕。
最悪だ。超回復どころじゃない。“これ”……個性を複数持ってる。
殴ったままの姿勢で拳ごとぐしゃりと腕を掴まれたイズクンが悲鳴を上げて、わたしたちは二人して宙吊り状態になる。
身代わりで逃げ出したいけど、こうまで掴まれてたら無駄だ。
もう一度、と思ったけど、わたしももう限界だった。
さっきイズクンが殴る瞬間、相手の個性を消そうとしたのに出来なかった。
頭痛がする。吐き気も、寒気も。
そんな状態で、なんとか無理矢理引きずり出した個性を……相手に、ぶつけた。
『アォオオオオオオッ!?』
途端、悲鳴を上げて、わたしとイズクンを振り落とす……脳無、と呼ばれた存在。
「……!? おいおい、次はなんだよ……!」
手の人が驚く中で、わたしは全身のけだるさや痛みから解放された状態で、イズクンの状態を身代わりで受け取る。
直後に拳と腕が潰れたけど、その痛みも受け取る瞬間の覚悟があれば、さっきの痛みよりまだ飲み込める。
「グレ───峰田くん! 走って!」
「ぇ───お、おい! 平気なのかよォ!」
「言ってる場合じゃないんです! 早く!」
自分が受けたことのある痛みやらなにやらを相手に押し付ける個性、
現在負っている苦痛や、記憶の中にある苦痛までを与えることが出来るから、相手の個性がショック吸収だろうと無効だろうと、痛覚遮断だろうと関係ない。
無理矢理にでもオールマイトが内臓破壊された痛みや、わたしが今まで受け取ってきた苦痛などをいっぺんに押し付けることが出来る。
まさか、使う日が来るとは思ってもみませんでしたが。
押し付けたからって、わたしが受けたものの記憶が消えるわけでもないんですが、現在のわたしの疲労や苦痛は消せる。
だから今は、動けるうちに逃げないと……!
「チッ……黒霧、もういいや。オールマイトさえ始末できればって思ってたけど、やっぱり来ないみたいだし……子供の悲鳴にも駆けつけないなら、やっぱり弱ってたんだ。先生に言いたいことあるし、一人か二人連れ攫って、人質にでもしておびき出そう。そして……ゆぅっくりと捻り潰してやるんだ」
「死柄木弔、それは───」
連れ攫う。
そう聞いた時、無様にも足が震えた。
「若那ちゃん!?」
身代わりがどうとか以前に、身体が覚えてしまっている。
うんと小さい頃、子供の頃に受けた恐怖っていうのは抜けないものだ。
体が覚えてしまっていて、力が出てくれない。
状態を受け取ることで万全になっていたイズクンが、急にへたり込んでしまったわたしに肩を貸そうとするけど、その時にはもう脳無、と呼ばれているやつは動き出していた。
「あ……」
巨体がわたしたちを見下ろす。
その大きさに、喉の奥から悲鳴が漏れそうになる。
怒鳴られないだけマシだけど、うんと小さな頃のわたしから見たらとても大きな存在だったあの敵が、拳を振り上げ怒鳴る姿なんて恐怖でしかなかった。
殺すぞと言われればほんとに殺されると思ったし、嘘のかけらもなくあいつはわたしを殴った。
痛くて、怖くて、なにも出来なくて……結果としてお父さんが死んで。
でも。
ここで動けなきゃ、イズクンまで。
この施設に居る、大切な、友達まで───!
「っ……、っ……」
怖いくらい、なんだ……!
震えてるから、なんだ……!
わたしは───!
「泣きながらでも立ち上がるとか、勇気があるなぁ。絶望を前にしても折れない心とか、そういうのってどこから湧いてくるんだ? まあでも───虫唾が走るからお前はいいや。やれ、脳無」
手の人がそう言った瞬間だった。
黒い巨体が前動作もなく拳を振るってきて、それを───奪った中の個性のひとつ、分散で受け止めて、散らしたけど散らしきれなくて、軽く吹き飛んで。
「っ……てめぇええええっ!!」
イズクンが殴りかかる。
意識が吹き飛びそうな痛みの中、地面に倒れながらでも無理矢理に脳無を睨みつけて、個性を消した。
結果としてイズクンの拳は脳無を吹き飛ばしたけど、連続して追い詰められないからすぐに回復して、戻ってきてしまう。
イズクンの攻撃の威力が強すぎて、視界に納められる範囲で留めておけないのだ。見失ってしまったら、超回復も消したままでいられない。
悪循環だ。
このままじゃ、わたしたちは……
「最近の子供は強いなぁ。いいな、俺もそんな自信を持てる個性が欲しかったよ。巨悪を前に試行錯誤して立ち向かう……立派立派、涙が出るよ。……その上で、捻り潰してやりたい」
今度は手の人が来る。
脳無は吹き飛んだまま姿を見せない。
イズクンは100%の反動で右拳が砕けたまま。
峰田くんは───
「くそ……くっそぉおお! なんなんだよお前らぁ! 来んな! 来んなよぉ!!」
頭の葡萄……葡萄? をもぎっては、手の人に向けて投げつけていた。
「……? なんだこれ。爆弾かなにかか?」
一応の警戒を見せて、手の人が下がる。
黒い霧の人も同じく警戒して距離を取ってくれた……その時。
「───、え?」
最初にわたしたちが入ってきた入り口の方から轟音。
長い階段がある所為で見えないけれど、どうやらあんなに大きかったこのUSJの扉が吹き飛んだようで……
「もう大丈夫。───私が来た!!」
聞こえた声に、こんなに……涙が出るほど安堵したのは、13号先生に助けられて以来だった。
……。
もうもうと、土煙が上がる中、オールマイトは現れた。
たぶん、誰かが連絡してくれたか……いや。彼自身が教えてくれた。
飯田くんが走ってくれたんだと。必死になって、助けを呼んでくれたんだと。
そりゃそうだ、こんなことをしでかす敵が、連絡手段を潰してない筈がない。走るしかなかったんだ。そして、走ってくれた。
ありがとう、飯田くん。これで───
「待ったよヒーロー。社会のゴミ」
一言。彼がそう言った瞬間、
「───め?」
目の前に、平和の象徴。
いつの間に、なんて言葉が追いつかないくらいの速さでその場に立った彼の後ろでは、思い出したかのように突風が吹き荒れ、残っていたチンピラ敵たちをほぼ同時に気絶へと導いた。
「え? あれ? ───速ェエエエッ!?」
そう、峰田くんが叫ぶように、速すぎて見えやしない。
チンピラ敵を気絶させて、峰田くんとイズクンを気絶している相澤先生が居る場所まで集めて、倒れているわたしの目の前に来て屈むまで、ほんの一瞬。
「お、おぉる、まい……」
「喋らなくていいよ、若那くん。怖かったろうに……よく、頑張った」
怖かった。
怖くて、敵がいっぱい居るってだけで怖くて、でも……自分で立ち上がらなきゃ、また誰か死んじゃうんじゃないかって。
わたしの所為で、って……わたしが動かなかった所為でって思ったら、ただただ動かなきゃって必死で。
身代わりになるのなんて本当は嫌なんです。
でも、それで助かる人が居るならって、お父さんに気持ち悪いって言っちゃった分、それが勲章であった分だけ助けなきゃって思ったら、震えてなんていられなくて。
でも、でも───
「大丈夫。大人が居る内は甘えなさい」
ふわりと、大きな手がわたしの頭を撫でた。
怒鳴りつけることも、殴ることもしない大きな手。
あの黒い巨体とは違う、トラウマなんて一切引き出さない優しさが、そこにはあった。
「さて……なんの目的でこんなことをしたのかは知らないが」
「目的? ───脳無、黒霧」
オールマイトが立ち上がり、ゆっくりと敵を見据える。
手の人が脳無を呼べばそれは呆れる速度でそこに来て、黒い霧の人はゆらりと手の人の傍に立った。
「目的……目的。あぁそうだそうそう。……いやぁ実はね? ───あんたに死んでもらおうと思って」
顔を覆い尽くすほど手の平の装飾の下、手の人がにたりと笑った瞬間、黒い巨体が動いた。
途端に伝えなきゃいけないことを思い出す。
「けほっ……お、おぉる、オールマイト! その黒いのは、個性がいくつもあって、たぶんショック吸収とか無効とかと、超───」
伝える言葉が詰まるほどの突風。
どうしていきなり、なんて言葉も必要ないくらいの風の発生源が、地面に激突して動かなくなった。
「……回───、……復……」
たった四発くらい……だと思う。
突風が吹き荒れた回数でしか確認できないけれど、それだけで脳無は地面に激突して、ぐったりと動かなくなってしまった。
「なんの目的でこんなことをしたのかは知らないが。───……久しぶりに怒っているぞ、私は───!!」
個性を消さなきゃどうにもならず、消してイズクンの100%で殴っても精々で倒れさせるくらいしか出来なかった脳無が、個性を消す間もなく地面に激突、気絶してしまった。
「……は? …………は? え、おい、ちょっと待てよ……。おい黒霧、これ、どうなって……」
「しっ……! 死柄木、弔……! どうなって、どころではなく、これはつまり……!」
「弱るどころじゃないじゃないか……! チートがぁああ!!」
じゃり、と……ゆっくりとオールマイトが歩んでいく。
対する敵は後退るばかりで……わたしは、脳無を睨みつけたまま立ち上がり、ゆっくりとその傍へと歩んでいく。
「おい……おい! 起きろ脳無! 脳無! 役に立てよ! この時のために作ったんだろうが!」
呼びかけても起き上がらない。当たり前だ。
持っていると予測されるショック耐性も超回復も、今は消させてもらっている。
そのまま辿り着いて、気絶しているそれから個性を奪った。
これでいい。
あとは、圧倒的戦力差を覆され、さっきまでのわたしたちのようになっているあの敵二人がどうするか、だ
……ああ、いや……あと、さっきオールマイトが気絶させたチンピラ敵からも……奪わないと。
それと、たぶん、戦いに参加していない13号先生も傷を負っているんだろうから……。
やることいっぱいだ。
ふらふらする。
気絶はだめ。
今出来ることを、気の緩み程度で諦めるわけにはいかない。
「………」
イズクンと峰田くんの意識がオールマイトと敵の動向に向いている内に……!
……。
結局。
今回の襲撃事件で、襲ってきた敵達はあの手の人と黒い霧の人以外は捕まった。
黒の渦とともに消えた二人はどうにもならなかったけど、脳無と呼ばれた脅威を捕らえられたのは大きかった……と思います。
その後の処理がどうなったのかは、正直わたし達生徒には詳しいところまではわかりません。
「負傷者ゼロ……これだけの大騒ぎの中、こんなもんで済んだのは奇跡と言っていいのかどうか」
「………」
「若那くん。私ね、怒ってるよ?」
「………」
「気絶するまで傷を受け取るなんて、どれほど無茶なことかわかっているのかい!? 言いたくはないけど、キミのお父さんと同じことになるかもしれなかったんだ!」
「………」
保健室。
この襲撃事件“唯一”の負傷者であるわたしは、個性の使いすぎと傷の受け取りすぎで気絶、一人だけ保健室に運ばれた。
リカバリーガールも呼ばれたらしいけど、気絶したわたしの体力を治癒に回したりなんかしたら、それこそ死にかねないからってそのまま放置。
目が覚めるまで超快眠なわたしは、どうやら臨時休校を丸一日潰して寝込んでいたらしい。せっかくの休みが……!
「……いや。そもそも私が事件解決を優先させすぎて、学校行事に遅れてしまったのが問題か。けどね、若那くん。今後、無茶な行動は謹んでもらうよ?」
「無茶はお互い様です。自分だってほうっておけないくせに」
「むぐっ!? い、いや、私は平和の象徴としてだね……!」
「平和の象徴を盾にしないでください。これは個人的なお話です」
「OH……」
それに、個性の反動もそろそろ癒える。
そうなればすぐに元通りになるのだから、もう少しの辛抱だ。
「あの、オールマイト? それで……結局訓練はどうなるんでしょうか」
「ここに来て訓練の心配とか……はぁ、まったくキミって娘は。でも、そうだね。とりあえず諸々の処理と、キミたちが回復したら、もう一度授業をやり直すつもりさ」
「そう、ですか。13号先生の授業……とても興味がありましたから、受けられるのなら是非……!」
「いや……回復してから、っていうのは主にキミのことだからね? そこんところわかってね?」
「大丈夫です、もう少しですから。もう少し、もう少し───はい治った!! さあオールマイト! 13号先生の授業です!」
「張り切り具合がハンパないな! 先生ちょっぴりジェラシー!」
そんなことはどうでもよいのです。
それよりも、さあ、回復しましたよオールマイト! わたし回復しました!
いつですかいつやるんですか問題とかなにかありますかどうしたらいいですか!?
「張り切っているところすまないけどね、若那くん。……USJが思いのほかボロボロでね。修理が終わるまではオアズケだよ?」
「はうぅっ!?」
がーん、でした。出鼻を挫かれた。
途端に、急に動かした体がピキーンと攣る。悶絶ものの攣りでした。
「個性で回復したとはいえ、破壊して治ったんだ、筋肉にも当然影響が出てる。それを急に起き上がったりするから、体がびっくりしたんだろう。とにかく、若那くん。キミはもう少し休むべきだよ」
「は、はいぃい……!」
痛いですだめですああこれ無理ですやっぱり休みますごめんなさい13号先生。
そんなことを、オールマイトを探していたらしい警察の……友人さんがやってくるまで、しみじみ考えておりました。
とりあえずここまで。
気が向いたらまた書くかもです。
一応ラストまでの話は頭の中にあるので。